ご冥福お祈りいたします

これは、Sさんがとても気に入ってくれた冬の棚田の写真でした。
大雪の降る日、Sさんからあたたかい雑煮のおもてなしを受けたことを、昨日のことのように思い出します。
ご冥福お祈りいたします。

これは、Sさんがとても気に入ってくれた冬の棚田の写真でした。
大雪の降る日、Sさんからあたたかい雑煮のおもてなしを受けたことを、昨日のことのように思い出します。
ご冥福お祈りいたします。

この年末年始にかけて、「環境」「地球」をキーワードにした番組が多かったように思います。それだけみんなの感心が高くなっている証拠なのでしょう。
過去、大きな文明が滅んでいったのは、快適さや便利さの麻薬から抜け出せなくなったこと、というのもひとつの理由でしょうか。もちろん俺も、快適さや便利さに慣れきっているひとりです。
あるコメンテーターは「エネルギーを使いすぎているのはわかるけど、今さら江戸時代のレベルには落とせないんだよなぁ」と言っていました。
俺も、そう思います。でも、待てよ、とも思いました。レベルを落とせないと考えるのは、便利さや快適さが、右肩上がりに「上昇」することがあたりまえだという思い込みからきているのかもしれません。
たとえば、バックパッカー。必需品はすべてバックパックひとつに収まってしまうし、発展途上国を旅すると、エネルギー消費や便利さと快適さは、江戸時代並、と言ってしまうと大げさですが、でも、日本で日常生活しているときと比べると、確実に「低い」のです。
だから、できないことではないし、逆戻りしたからと言って、不幸なんかではありません。その覚悟があるかどうかですかね。かなりの覚悟ですが。
正直、俺にはまだその覚悟はできません。一時的な旅ならいいですが、一生となると考えてしまいます。

(写真は雲南省元陽の棚田)
初夢は、食べ物の夢でした。
場所は中国雲南省。ビニール袋に入った黄色いカステラを売っている商店で、どんな大きさのものを買おうか迷っているというものでした。雲南省のカステラは、しっとりとした食感があり、好物です。ただ、どうして大きさがバラバラなんだろうと思っているところで目が覚めました。
去年は食品の偽装や改ざん問題がたくさんあって、世の中を賑わしました。今年も、食に関しての関心は高くなっていくことでしょう。
そういう意味で、初夢が「食」に関するものだったことに、少し因縁を感じます。たぶん当ブログでも、「食」に関したことをたくさん書くことになりそうです。初仕事も、「食」の撮影だし。

一昨日は、山形県朝日町の旅館に泊まったのでしたが、翌朝、目の前の消雪道路を眺めながら、女将さんと話をしていたら、最近雪が降らなくなって助かっていますよという話になりました。
実は私も出身は河北町なんで、雪がないと助かる気持ちはわかりますよといいました。
そうなんですよね。俺は気象学者じゃないので、雪が少なくなっていることが、地球温暖化のせいなのかどうかわかりませんが、もしそうならば、「温暖化」で助かっているところもあるんだなぁと思いました。ただし、局地的なメリットよりは、全地球的なことから考えなければならないのでしょう。そこまで切羽詰った問題だと思います。
雪国の除雪費の負担は莫大なものです。雪下ろしは大変です。かといって、雪がまったくなくなったら、これもどうかなと思いますが。雪が多いという「逆境」を逆手にとってスキー場などをやっているわけだし、雪による経済的メリットはあるし、山に積もった雪は、ゆっくりと融けて田畑を潤してくれる貴重な水資源になるし、なにより、雪景色の美しさを知っているのも、雪国の人たちです。
だから雪に対しては、「嫌いだけど、好きだ」という感情ではないでしょうか。俺はそうです。矛盾するふたつの感情を雪に対しては持っていますね。
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ぼちぼちと、このブログに「トンパ文字 年賀状」などの検索ワードで来てくれるようになりました。2008年の年賀状の季節になったんですね。
俺は、旅が多く、季節感の少ない東南アジアなどの外国へも行くし、普通の会社員ではないので、正月、お盆などの決まった休みもないので、意外と季節には無頓着かもしれません。唯一、田んぼの色で感じてはいますが。
なので、「年賀状」「トンパ文字」「象形文字」「干支」などの検索ワードが来ると、あぁ年末が近づいているんだなぁと感じます。
とりあえず、2008年の干支、「子」のトンパ(東巴)文字の基本形を載せておきます。これから年末にかけて、徐々にパターンを増やしていきます。参考にしてください。

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「ネズミ」というと思い出すのは、元陽のモンピン棚田で民家に泊めてもらったときのこと。
その日一日、太陽の光を受けて、刻々と変化する棚田をずっと見て過ごしました。最後は西側に太陽が沈み、1日が終わり、なんて贅沢な時間の過ごし方ができたろうと、そのときは、満足だったのですが・・・。
さて町に帰ろうとして、最終バスを待ったのですが、7時半の予定が、8時になってもバスはやってきませんでした。月も昇らない真っ暗な夜で、まったく途方にくれてしまいました。
と、そのとき、暗闇で口笛が聴こえました。よほど真っ暗な闇が怖かったのでしょう。ハッとして身構えてしまいました。そして灯がつきました。地元の青年が持っている懐中電灯でした。
彼は村へ帰るイ族の青年で、俺が事情を話すと、「バスは来るときと来ないときがある。良かったらうちに泊まって、明日の朝、元陽に戻ればいい」と親切に言ってくれました。これ以上、この暗闇で来るか来ないかわからないバスを待つのは、危険も感じたので、この青年の好意に甘えることにしました。
それで彼の家に1泊させてもらったのですが、夜中、何かの拍子に目が覚めて、窓から射し込む月明かりに照らされた床をボーっと見ていると、黒い小さい影が、いくつも横切っていました。ネズミたちの運動会が始まったのです。
障害物競争でもやっているのか、俺の布団の上や腕にも登ってきて、そのたび、ネズミを振払ったりして、ほとんど眠れませんでした。
翌朝、彼のお父さんはニコニコしながら「よく眠れたかい?」と聞くので、「もちろん、よく眠れました。ありがとうございました」と、俺は目に隈をつくりながら、爽やかに嘘をついたのでした。
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どうしてこう、何事も自分の思い通りにならないのでしょうか。今までのことを振り返ってみても、「こうあってほしい」ということが実現したことは、ほんとに少ない。
理想とする状態が、何でも実現してしまうのは、それこそ理想的な「桃源郷」と言えるのかもしれないけど、実際、そんなことはないし、もし仮にそんな簡単に何事も実現してしまったら、嬉しくも楽しくもないと言うことにもなります。矛盾してますね。
なかなか思い通りにならないからこそ、なったときは嬉しいし、幸せな気分にもなります。だからこその「桃源郷」なのでしょう。
そう考えれば、桃源郷の入口には、命を失ってしまいかねない危険があるのもうなずけるし、「擬似的な死」とか「死と再生の儀式」が必要でもあるのでしょう。
でも、それをわかってもなぁ・・・と凡人の俺は思ってしまいます。
思い通りにならない辛さが弱まるわけではありません。辛いのは辛い。それは変わらない。でもしかたないんでしょうね。
なんてこった。
それでも俺は「桃源郷」を探したい、とは思いますよ。
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俺は、トンネル恐怖症なのではないか、という話は以前書きました。
「車中泊の撮影旅 (2) 天城山隧道」(2007/10/09)。
↑のトンネルは、四国のどこだったか、山の中のトンネル。
トンネルは、俺にとって、再生の儀式の道具なのです。いったん死んで、母親の子宮から再び出ようとする胎児のように。このトンネルを通過しない限り、新しく生まれ変れないとすれば、この狭さと暗さに我慢しなければならないんでしょう。
でも、やっぱり怖い。もしかしたら、もうこのトンネルから出られないのでは?という怖さがいつも付きまといます。まぁ、怖さがなかったら儀式にもならないんですが。
俺は死にました。そして、また新しい世界に出ることにします。簡単ではないかもしれませんが、このトンネルは何とか抜け出さなければ・・・。
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映画『ウルガ』のオリジナルサウンドトラックCDを聴きながら、これを書いています。心の深いところに染み入るような、ほんとにいい音楽です。だから、今日は、ちょっとした「幸福論」を。
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ主演の映画『幸せのレシピ』が公開されますね。
でも、この映画の内容について書こうというのではありません。(キャサリン・ゼタ=ジョーンズはいいなと思いますが) このタイトルから思い浮かべる、ある特殊な「幸福」についてです。
幸せのレシピというものがあるとすれば、それは、家庭料理の味がそれぞれ各家庭のレシピで違うように、幸せのレシピもそれぞれ違っていて当然です。これしかない、という絶対的なレシピはないのです。
「プチ★不幸」という言葉を思いつきました。
ホントに不幸であっては、不幸を感じますが、かと言って、周りからも、自分自身でも幸せだと思える状況になったとき、そこに違和感を覚え、むしろ、少し不幸目の方が、逆に幸せを感じてしまうという人間、それを「プチ(小さな)★不幸」な人間と呼ぶことにしましょう。
「少し不幸目に幸せを感じる」と書きましたが、「少し不幸目だと気持ちが落ち着く」「どこかに不幸を抱えているほうが楽だ」ということかもしれません。
ほんとに人の気持ちは謎ですね。周りからも「あなたは幸せだね」といわれ、自分でも「幸せだ」と自覚があって、にも関わらず、心の深いところでは幸せを精一杯感じていないことに気がつく瞬間。いや、誰が見ても幸せだと思える状況になる前に、その状況を拒んでしまう、ということもあります。
なんででしょうかね。自分が幸せになることは、別な他人を不幸にしていることを気にするからでしょうか。だから、自分が幸せになることの後ろめたさでしょうか。幸せと感じる気持ちは長続きしないかも、という怖れでしょうか。あるいは、幸せに伴って付いてくる責任の重さがたえられないからでしょうか。
いずれにせよ、この「プチ★不幸」の状態で落ち着けるなら(幸せに対する免罪符であれ)、これもまた、幸せのレシピのひとつであることに違いはありません。人それぞれなんだから、それでいいと思います。ちょっと特殊と言えますが。それを認めてくれる人がきっといます。
俺の中にも、「プチ★不幸」な人間の、性質はあるようです。だから、そういう気持ちはわかります。
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友人の『福井昭夫絵画展』が、自由ヶ丘のギャラリー喫茶「るなん」で開かれています。
福井さんは、アジアを旅する絵描きです。今年3月の、「『福井昭夫 旅の絵画展』 アジアの風景」(2007/03/22)でも紹介しました。
10月2日まで。(26日(水)は定休日)
12:00~21:00 (最終日20:00)
COFFEE&GALLERY るなん
東京都目黒区自由ヶ丘1-9-6
Phone 03-3724-1785
自由ヶ丘南口を出て、メルサの向かい側、東京書房の2Fです。
今回は、アジアの花の絵と、イエメン、タイなどの風景画です。福井さんの絵に囲まれ、コーヒーでも飲みながら、アジアの風を感じてください。
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(写真は、旧高山町役場に展示してあった古い電話)
電話のセールス。苦手です。
対応を間違えると、ちょっとやっかいになります。とくに不動産関係ですね。俺は、そういうセールスの電話が来ると、「お金がありません」「けっこうです」と言って、途中で切ってしまうのですが(これ、普通でしょ?)、何か、相手の「闘争心」に火を着けてしまうところが、たまにあるようです。
特別嫌な感じで対応しているとも思ってないし、相手を罵倒するわけでもないのですが、どうも、相手の何か触れてはいけない部分に触れてしまうのかもしれません。何度も電話されてきて、「いいかげんにしてくれ」と、受話器をガチャンと置くこともありました。
なので、ここ何度かかかっていた(最初かかってきたのは1ヶ月前くらいか?)電話に対して、今日は切らずに、話を聞いてあげ、それで、購入する意志のないことをわかってもらい、ようやく終わりました。たぶん、もうかかってこないでしょう。
今から、10年以上前ですが、やっぱり、マンションのセールスだったと思いますが、このセールスマンとのバトルが3ヶ月間ほど続いたことがありました。もちろん「いらない」と断っているんですよ。それでもしつこく何度も電話をかけてきました。留守番電話にまで録音されるようになりました。
それから、1ヶ月半ほどの海外旅行に出たのですが、帰ったとき、さすがにもう大丈夫だと思っていたので受話器を取ってみると、またあいつでした。そのしつこさには、腹が立つというよりも、恐怖を覚えたものです。
ここまで来ると、相手も、セールスなんてどうでもよくて、俺を困らせることに生きがいを感じ始めていることはわかりました。後ろに入っている、仲間の罵声。たぶん、わざと俺に聞かせていたんでしょうね。「そっちに行くぞ!」と言われて、俺は正直ビビリました。
本当は、そんなことはしないんです。そんなことすれば、自分が逮捕されることを知っているからです。(住所は知らないし) 単なる脅しなんですが、ただ、何ヶ月も続くと、来るかもしれないと思い込んでくるんです。
以前、俺は、犬に噛まれやすい性格だと書きましたが(「俺はどうして犬に噛まれるのか?(1)~(4)」2006/07/29)、やっぱり、これも同じ理由なのかな?と、思わないこともありません。
みなさんは、こういう電話にどうやって対応しているんでしょうか? いい方法があったら教えてください。
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事情があって、妻の実家から2週間の予定で、ビーグル犬を預かっています。犬とは相性のあまりいいとは言えない俺なので(犬に噛まれた話は、以前書いた「俺はどうして犬に噛まれるのか?(1)~(3)」を、噛まれやすい性格については「俺はどうして犬に噛まれるのか?(4)を参照)、世話はもっぱら妻の役目。
名前はピッピ。14歳のおばあさん。↑の写真。「可愛く撮ろう」という意志の感じられない写真であることは、俺も自覚してます。当ブログは、「愛犬ブログ」ではないので、ご了承ください。(でも、生き物の悲哀は感じるでしょ?)
目も見えない老犬ですが、食欲だけは、驚くほどあります。食べて排泄して眠る。これだけシンプルなことはありません。「生きる」とは、突き詰めていくと、この3つかなと思うほど。
ピッピを預かってから、なぜか眠くてしかたありません。俺も、食べて、ウンコして、ブログ書いて、眠る、シンプルになっているような気がします。「犬は飼い主に似る」とか、「人は飼い犬に似る」とか、言われていますが、俺の場合、後者のようです。
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国民投票法案が参議院本会議で賛成多数で可決、成立しました。いずれ投票する日が来るのでしょうか。
国民投票法案が与党の賛成多数で可決・成立
(asahi.com http://www.asahi.com/business/reuters/RTR200705140043.html 参照)
ところで、投票所での疑問があります。
先月、選挙がありました。俺も投票に行きました。
投票日が近づくと選挙管理委員会から葉書が届きます。名前が書いてある投票所入場整理券。それをハサミで切って持って行きます。
俺が指定されている投票所は、近所にある高校の体育館ですが、入っていくと、「どうぞ」と言われて、係員にその整理券を渡します。すると、名前が呼び上げられ、投票用紙が渡されます。
それを持って机の前へ行き、候補者の名前を書き、二つ折りにして投票箱に入れると、「ご苦労様です」と声がかかりますが、これで終りです。
不思議に思いました。
何か? それは、IDの確認がないことです。免許証や国民健康保険証の提示もないし、生年月日や住所を聞かれるでもありません。ということは、別人が投票できるということですよね。
もちろん、して悪いのですが、してもわからない方法になっています。どうしてなんでしょうか? 投票所に実際来た人と、チケットに書いてある名前の人が、同一人物であると、確認しなくてもいいんでしょうか。「そんな悪いことをする人はいない」などという、のんきな理由ではないでしょう? ここでは、たまたまそうなのか、どうもわかりません。それとも俺の勘違いでしょうか。
名前が「@@子さん」と読み上げられたとき、来ていたのが男性だったら、不審がられますが、同性だったらわからないでしょう。たまたま知り合いがそこに来ていてもバレますが、都会だと、その確率はあまり高いとは言えないし。悪意を持った人間が、この整理券を「売買」することを考えることはないのでしょうか。
国民投票が実施されることになったとき、どうするんでしょうか。
そういえば、日本でIDを確かめられることは、外国と比べて少ないように感じてきました。外国ではパスポートを携帯していて、国によっては、街を歩いていても、パスポート提示を求められたりしました。日本ではあまりありません。(外国人に対しては頻繁にやっているんでしょうか)
昔、アメリカ大統領が来日した日、地下鉄の銀座駅で、警官から職務質問を受け、持っていたスポーツバッグを開けさせられたことがありました。
当時やっていたアルバイト、ビルの窓拭きで使う「シャンプー」、「スクイジー」、軍手、20mのロープ、金具各種が出てきて、かなり怪しまれました。道具の使い方をいちいち説明して、ようやく解放されました。でも、そのときも、IDを証明するものは持っていなかったし、それですみました。
自分が、自分であることを証明するのは意外と難しいのです。でも、それをあまり気にしない社会というのは、みんな顔見知りで、「自分」が「自分」であることを証明する必要がない、悪いことができないという「村社会」の延長と考えればいいのか、個人などどうでもいい、つまり「庶民」と一くくりで考える「お上」の伝統が残っていると考えればいいのか、どうなんでしょうか。
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カーナビって、不思議なものですね。カーナビの登場で、「旅」が変わっていくのを実感しています。
俺は普段は使いませんが、レンタカーに付いているので使います。その便利さに驚きます。(今どき、こんな話題で、かなり遅れているのは自覚していますが)
とくに夜ですね。カーナビを使わないときは、地図を頼りにドライブするわけですが、暗くて地図が見づらいということがよくあります。それで何度道を間違えたことか。
それと、夜のドライブは寂しいもので、カーナビからの「この先、5kmで右折です」などという女性の声に癒されます。そのうち、話し相手になってくれるカーナビなんかも登場するのではないでしょうか。眠気防止にもなると思うし、夜間走行するトラックの運ちゃんに需要はあると思うのですが。
でも、カーナビを使うことで、目的地までの途中の意味が変わってきます。俺が日本の棚田の旅を始めたのは、今から7、8年前ですが、もし、カーナビを使っていたら、これだけ棚田を探す旅にのめりこんだか、ちょっと疑問です。
便利なカーナビは、使いたい人だけ、使いたいときだけ使えるので、選択肢が増えたことは悪いことではありません。ただ、探すおもしろさを求める旅では、俺は使わないかなぁ、と思いますが。便利さが、必ずしも「旅」のおもしろさに結びつきません。人に道を尋ねることも少なくなってしまいます。
カーナビを使うと「運転する」から「運転させられる」感じがしないでもありません。大げさに言えば、自由度が下がるような・・・。そのときの気分で、こっちに行きたいのに、あるルートを指定されてしまったり、裏道を通ったり、地図では右折できそうなところも、実際は右折禁止のところも、ちゃんとそこを迂回して誘導してくれるとか、最近のカーナビは驚くほど賢いんですよね、いや、賢すぎます。
そのうち、慣れてしまうんでしょうか。ケイタイが普及して「待ち合わせ」の意味と方法が変わってしまったと同じように。
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(写真は新潟県夏井のはさ木)
東北地方の撮影旅行を終えて、一段落着きました。今度は、今月20日ころから出かける予定です。
それにしても、日本は広い。
「広い」と感じるときは、車中泊しながら旅しているとき、かな? 反対に、同じ日本を「狭い」と感じることもあります。東京の電車の中で、知人に向かい合わせで会ったりする偶然を体験すると、「世間は狭いなぁ」などと思いますね。(「世間」と「日本」は違うんだけど)
俺は最初、中東やヨーローッパなど、自分とは遠いところを旅しようとしましたが、「棚田」以降、日本を旅することが多くなりました。日本の旅行が、「おもしろい」と思えたのは、「探すことができる」からでした。棚田百選のリストをもらって、集落の名前を頼りに、人に聞きながら探し歩く、そのこと自体がおもしろかったことが、棚田の旅、日本の旅にはまった大きな理由のひとつといってもいいでしょう。
つまり、「探すことができる」ということは、日本を「広い」と感じたからです。狭かったら、どこも全部知っていて(知ったつもりになっていて)、探すことはありません。日本を旅してみるまで、俺は、日本は狭いと思い込んでいたのでした。
「旅」は自分で作り上げるもの、と言ってもいいでしょう。どんな旅がおもしろいと思うかは、まったく個人の感性しだい、ということなんですね。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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4月27日、金曜日、曇りのち晴れ
今日は、母校で講義を頼まれました。卒業生が後輩たちにメッセージを送るもの。
「卒業生」とは言っても、俺は、ほとんどバイトざんまいで、外国に行ったきり帰ってこなかったような学生だったので、自慢じゃないけど、「りっぱな学生」ではありませんでした。
それでもいいということだったので、今回の講義を引き受けました。「反面教師」としては、いい教材なのでは?と思ったからです。
ところで、今回実家で初めて大学の卒業証書を見ました。(ほんとに卒業していたかどうか確認しました) 俺は卒業式にも出席せずに、すぐ神奈川県にちり紙交換のバイトに出てしまったので、卒業証書は郵送してもらったのです。だから実際には見ていませんでした。
今回、卒業以来、初めて足を踏み入れた大学校内。20数年以上たっていますが、なんとなく建物の様子は覚えていました。
講義を受けてくれた学生たちを見て、こんな初々しい時期、俺にもあったんだろうかと思いました。メコン川や棚田の写真を映し、どんなふうにして「写真家」になったのかという話をしました。それと「旅」から学んだ偶然の出会いの大切さ。もちろん、留年した話や、卒業式に出なかった話もしました。それから「自分探し」はほんとに必要なのか、ということ。
こっちをちゃんと見ていたので、それなりに真剣に聞いているなぁという実感はありました。とくに、バックパッカーについては興味津々でしたね。新入生なので、100人いるうち、外国へいったことのある人は、10人くらいでした。たぶん、これが2年、3年生になってくると、外国旅行体験者は増えていくのでしょう。ぜひ、学生時代にバックパッカーを体験してもらいたいですね。(俺みたいになっては困りますが)
最近の学生は、一時期の「しらけ」世代とは変わってきていると聞きました。「いっしょうけんめい」がまた美徳として復活しているのかなと思います。
真剣に聞かれると、こちらもできる限り対等に、まじめに返事をしようと思ったし、緊張感が生まれて良かったのではないでしょうか。彼らからエネルギーをもらった気がします。今日の話は、難しいところもあったかもしれません。だから、何年かあと、「あぁ、あおやぎさんが言っていたのはこういうことだったんだ」とわかってくれれば嬉しいですね。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

友人の絵描き、福井昭夫さんの個展情報です。
先月、埼玉県浦和の和風ギャラリー「楽風」で個展を開いたことや、ふたりでトークショーをやったことは書きました。(福井さんについては、前の記事『福井昭夫 旅の絵画展』を見てください)
今度は大阪です。近くの方は、どうぞ。俺も撮影旅行の途中で立ち寄るつもりでしたが、期間中大阪まで行くのは難しくなってしまいました。残念。
『福井昭夫作品展』
2007年4月23日(月)~28日(土)
11:00am~7:00pm(最終日は5:00pmまで)
マサゴ画廊
〒530-0047 大阪市北区西天満2-2-4 (裁判所西側の筋小山医院角入る)
06-6361-2255
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松田重仁君と再会してきました。
高校の同窓生で、彫刻家です。
彼の作品は、パブリックコレクションとして、山形市役所、江戸川区総合区民ホール、多摩区総合庁舎、関西電力本社などでも展示されています。
直接会うのは、15年ぶりくらいではないでしょうか。いつのまにか音信不通になっていました。と、言うより、こいつとは、またどこかで会うだろうと思っていたので、特別連絡を取りあう気もなかったのですが。そういう人って、いますよねぇ。
高校時代は、それほど親しい付き合いをしていたわけではないのですが、やっぱり「サラリーマンではない」生活をしていると、しかも、写真、彫刻というアート系の仕事をしていると、自然に再会するもんなのでしょう。
ところで、彼は、「高校時代、いっしょにデッサンしたよね」などといいましたが、覚えていません。当時は、俺も絵に興味を持っている時期なので、したと言われれば、したのだと思います。(自分の写真家としての物語に必要ないものは忘れてしまったようです)
おととし、新潟県松代の農舞台で写真展をやったとき、松田君もそこで展示したことを聞き、その偶然に驚いたのでしたが、去年、『大地の芸術祭』について触れたとき、出展者である松田君のことも書きました。彼はインターネットで自分の名前を検索して、この記事を「発見」し、連絡をくれたのです。そして今回の再会につながりました。ブログのすごさですねぇ。
作品は「浮遊する水」をテーマに制作しています。偶然なのですが「棚田」と関係がなくはない。彼の性格が表れているようなやさしく自然な作品群です。小川を流れている木の葉を、のんびり眺めているような心地よさを感じました。
興味のある方は、いってみてください。
第9回現代彫刻美術館特別展示 『松田重仁 展』
2007年4月14日(土)~6月24日(日)
開館時間:午前10時~午後5時 (入場は午後4時30分まで)
月曜休館・入館無料
[4/30(月)開館 5/1(火)休館]
現代彫刻美術館
〒153-0061 東京都目黒区中目黒4-12-18
電話03-3792-5858
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昨日は、埼玉県さいたま市浦和のギャラリー楽風で、旅する絵描き福井昭夫氏のお話会に行きました。
俺は今回進行役を勤めましたが、ちょっと難しかったですね。自分のことならぺらぺらしゃべることができるのに、人の話を聞き出すことの難しさを初めて知りました。でも、福井氏の生活の素朴さと絵に対する誠実さは伝わったのではないでしょうか。
休憩時間で出したイランのお茶や、なつめの砂糖菓子、何とかいうナッツは好評だったようです。(売ってる店をみんなに聞かれました。御茶ノ水にあるイラン商店「ダルヤー」です。「ダルヤー」とは「海」を意味するペルシャ語です。丸の内線出入口のある大通りを秋葉原方向にいった、神田川沿いにある店です。店主は日本語OK)
お話会が始まる直前、窓から見た光景が↑に掲載の写真です。福井氏の絵が、桜の中に浮かんで見えました。外と内の明るさのバランスがちょうどいいとき、窓ガラス越しに、これが見えるのですが、考えてみれば、この数分間、しかも桜は昨日が満開のようで、1年でこの日しか、この光景には出会えないということなのでしょう。
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家で仕事をしているときは、ラジオをつけていますが、ふと、「記憶は作られる」という言葉にハッとしました。それで、仕事の手を休め、急いでラジオのボリュームを上げたのですが、もう話題は、他のことになっていて、だからどういったことから「記憶は作られる」という言葉が出てきたのかは不明です。
自分がなんで、この言葉に「異常に」反応したのでしょうか。
雑誌やラジオのインタビューを受けたとき、かならず言うことがあります。それが最近は、すんなりと言葉が出てきて、極端に言えば、せりふの一語一語さえも決まってきたようにも感じます。それは何かというと、写真を始めるきっかけを聞かれたときの俺の答えです。
パリでギャルソンのアルバイト中、レストラン近くの本屋で写真集を立ち読みしたとき、たまたま感動した写真集が日本人撮影の写真集だとわかって驚いた。写真は言葉がわからなくても万国共通語になるんだなぁと思った。それが写真を始めたきっかけだと。
ところが、あるとき、当時の日記を見つけたので、そのときの感動をどう書いていたのか調べたことがあるんです。そしたら、「写真集に感動した」なんていう文章は見つかりませんでした。「バゲットはおいしい」とか「フランス語はたいへんだ」とかは書いていましたが、写真集については触れてないのです。書くほどの印象ではなかったようです。
これは意外でした。なぜなら今から思えば、俺が写真に本格的に興味を持ったのは、たしかにこの写真集との出会いがターニングポイントになっているからです。さんざん人にもそう説明してきました。
人の記憶ってあいまいです。いや、ターニングポイントは、その時点ではわからないということでしょうか。そのときは重要ではないように感じることでも、何年か後、とても意味のあることに変わってくる、そういうことでしょうか。
それとも、記憶とは、自分の都合の良いように再構成されるということなのかもしれません。すべての出来事を覚えていることはできないでしょう。だから意識上は(無意識ではわかりませんが)、どれかを捨てて、どれかを覚えておくということで、記憶を整理しなければなりません。こうやって自分の記憶を積み上げていっているのでしょうか。
ある意味、自分に都合のいい「物語」ですね。もちろん、嫌な思い出さえも、ですが。なんとなく、俺の答え方に、自分で後ろめたさを感じなくもない・・・。もちろん嘘ではないのだけれど、写真を始めたのは、それだけが理由ではないし、シンプルに語りすぎているのではないだろうか? 作っているのではないだろうか? 分かりやすさに媚を売っているのではないだろうか?という後ろめたさです。だから、ラジオからの「記憶は作られる」という言葉に異常に反応してしまったのだと思います。
いや、実際問題、限られた時間内に話をしなければならないときは、しかたのないことなのです。だからこれからも、その答え方をしていくに違いないのですが。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

(写真は、雲南省北西部、梅里雪山とチベット集落)
雲南関係の仕事が入ってきたので、雲南で撮影した写真をあらためて見直しています。
そういえば、去年は1回も雲南に行ってないんですよね。そんな年は、ここ20年で、3回(年)くらいで、ほぼ毎年少なくとも1回は雲南に行っていました。今年は行けるでしょうか。
それにしても、自分で言うのもなんですが、よくこんなに雲南省の写真を撮ったものだと感心します。よほど暇なのか、バカか、というくらいです。職業として考えると、経済的にはほとんど成り立ちません。にも関わらず、撮り続けるには、かなり強力なワケがあるはずです。
それはなんなのか? まぁ、一言で言ってしまえば、「おもしろい」からです。「おもしろさ」は大切です。たぶん、雲南が、肌に合ったのでしょう。一目惚れしたと言ってもいい。とにかく、おもしろくないと、なかなかそこまでのめりこむことはなかったわけです。
でも、こんな俺の行動が、「市場原理」からすると、やっぱり理解できないと考える人もいると思います。どうしてお金にもならないことをいっしょうけんめいやるのか?と。(実際は、少しだけお金になっていますが) なので、こう考えてみてください。
俺が雲南に行かないと、その時間を使って仕事をしたときに稼げるお金があるわけです。そのお金を使って雲南の「おもしろさ」を買っていると考えるんですね。バーター交易です。お金は見えませんが、ちゃんとお金が動いていると考えてみるんです。
よく「お金にもならないことを」と言う人がいますが、それは正しくないかもしれません。ちゃんとお金は動いている、ただ見えないだけです。「おもしろさ」を与えてくれる雲南に、俺がお金を払うのはあたりまえです。そう考えれば、摩訶不思議な行動も、市場原理から理解されるのではないかなと思います。どうでしょうか。
それはボランティア活動もそうだと思いますよ。「無償で」助けるといいますが、そういう活動をすることによって、助ける人が、助けられる人から、「満足感」「達成感」「生きがい」「やりがい」などを、見えないお金で買っているんです。表面上は「無償で」活動しているように見えるだけ。
こう言った方がわかりやすいでしょうか? 「満足感」「達成感」「生きがい」「やりがい」を与えてくれるんだから、お金を払っても当然だと。(あくまでも、お金を払っているのは、助ける活動をしている人の方ですよ)
そう考えれば、助ける人は傲慢にならないし、助けられる人も卑屈になることもないし、対等な関係をもてると思います。
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昨日の「ゴミタワー」に引き続いて「ゴミ屋敷」のことを書きます。どうも、気になるんですよね。いや、俺は「ゴミ」に寛容なのです。
写真(↑)は30代の頃借りてたアパートの部屋です。(今住んでいるところは、もう少しきれいですよ) 俺は、この部屋を「コックピット」と呼んでいました。イスから動かずに、電話、パソコン、もろもろを操作できて便利だったからです。(ここ、自慢話です) よくこんな写真を撮ったと思いますが、そしてまさか、この写真が日の目を見るとは想像もしていませんでしたが。
俺は「ゴミ屋敷」に迷惑している近所の人の気持ちはわかります。風が吹いて飛ぶかもしれない、生ゴミは臭い、火事になったら危ない。確かにそうでしょう。でも、例えば北海道のゴミ屋敷が、東京や大阪の人間に迷惑をかけているとはとうてい考えられません。
「みんなに迷惑でしょ?」「いつ片付けるんですか?」とレポーターは突っ込みます。レポーターの彼女(彼)の後ろには、「善良な」視聴者がいます。「こんな迷惑な人がいるんだ。ほんとにひどい人ね。まわりに迷惑かけるなんてとんでもない」と、「善良な」市民は、我が事のように憤慨します。自分の道徳心を満足させてくれるかっこうの話題なのかもしれません。
大きな犬を公道で散歩させたり、香水を付けて電車に乗り込んだり、電車内で携帯を使ったりする迷惑行為は、自分の身に降りかかる確率は高いけれど、ゴミ屋敷は、かなりまれな例ですからね。安心して見ていられる話題です。
しつこく取材するレポーターにキレて、北海道のごみ屋敷の主人は「うるさい! ばばぁ!」とか暴言を吐いてしまいました。こぶしを振り上げて、殴ろうとします。そうするとレポーターは「こんなひどいことを言われました」「私たちは何もやってないのに、殴られそうになりました」といって怒ってみせます。でも本音は、主人の「ひどさ」を強調できるので「いいコメントと画が撮れた」とほくそえんでいるのです。俺だって、しつこくカメラを向けられたら怒りますよ。
反対に、ゴミ屋敷の主人が「改心」して、片付けでもしようものなら、「善良な」視聴者は、その姿を見て満足するのです。そしてレポーターは、まるで正義の見方のように満足な顔をテレビの画面にさらすのです。
なんなんですかねぇ。これはフェアじゃない、バランスを欠いていると思います。レポーターと視聴者が「道徳心」という錦の御旗を立てて、よってたかってひとりの人間を糾弾する一種の見せしめですね。イジメと言ってもいいでしょう。
別な、東京近郊のゴミ屋敷の主人は、おばあさんでしたが、関係者によると「彼女は孤独を埋めようと、ゴミを集めているんでしょう」だって。こちらのテレビレポーターは、北海道のとは違って、おばあさんに誕生日プレゼントにケーキまで持ってきてあげていました。それは、孤独感をなくし、ゴミを集めないようにしてもらおうというのでしょうか?
一見違ったタイプのレポーターですが、根っこは同じ。よってたかって、彼女を「まともな」人間にしようと奮闘します。おばあさんが、それでも、のらりくらりと、嘘をついたり、とぼけたりしながら、ゴミ集めを続けるのがとても痛快です。そういうレポーターの本心を見透かしているようです。
別に俺はゴミ屋敷の主人たちに肩入れするつもりはありません。確かにゴミ屋敷は、周辺住民には迷惑です。仮に隣の家がゴミ屋敷なら、俺は隣の人と戦うでしょう。言ってもわからないヤツなら、窃盗犯になってもかまわないので、勝手にゴミを片付けるでしょう。
でもみんなで糾弾するほどどひどい人たちでしょうか? 今の社会になじめない人、むしろ、社会の弱者というふうに見えるんですが。昨日も書きましたが、「ゴミ集め」は、「もったいない」という無意識の「表現」なのではないかとさえ思います。今の社会に「何か」を訴えているような気がしてならないんです。
政治家など、糾弾すべき人はたくさんいます。そっちの方をまず、「まともな」人間にしてあげたほうがいいのではないでしょうか。
俺は想像してしまうんですよね。ゴミ屋敷ほど目立たなくても、ちょっとした迷惑をやったとき、集団で糾弾される怖さを。いや、自分でも迷惑だと自覚していることなら、しかたないのですが、でも、自分で正しいと思っていることで、もし集団で糾弾されたとしたら? 「数の暴力」とでも言ったらいいんでしょうか。あるいは、「善意の暴力」といってもいいかもしれません。それが、とても恐ろしい・・・。
「まともな」人間しか許してもらえない社会が、そんなにいいでしょうか? 俺たちは、「あなたは、まともじゃない」と、誰から判断されるのでしょうか? 人事じゃないんです。
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「犯罪」と「創作」は紙一重のところがあるんですよね。などと、以前書いたことがあったと思いますが、まさに、このゴミタワーは、そのことと関係があります。
“築10年”10メートルゴミタワー解体
(スポニチ http://www.sponichi.co.jp/society/news/2007/03/02/01.html 参照)
ゴミを自宅の屋根に積み上げた、いわゆる「ゴミ屋敷」の変型版。高さは10m以上にもなっていて、見たところ『ハウルの動く城』みたいです。ゴミタワーの中には、「菜園」まであって、植物も栽培されているし、片付けている作業員たちはさかんに「臭い、臭い」と言っているので、何かが発酵しているのでしょう。微生物たちにとっては天国なのかもしれません。
ここで問題になっているのは、住宅街にこれを「創作」してしまったことでしょう。隣近所の人たちにしてみれば迷惑な話です。
だから、周りに民家もない場所でこれを「創作」したとしたら、たぶん、ゴミタワーのオヤジが「芸術です」と訴えれば、みんな「そうですね」と納得するかもしれません。仮に積極的にホメることはなくても、迷惑でないかぎりにおいて、消極的には認めてくれると思います。
さかんにレポーターは、「どうしてこんなことをしたの?」とオヤジに聞いています。でも、オヤジは、わけのわからないことを繰り返すだけです。「どうして」なんて、オヤジにもわからないんではないでしょうか。これを「創作」せざるをえない心の状態だったと、俺は想像するだけです。「もったいない」という無意識の「表現」なのかも、と。
これを「創作」するのに、10年以上かかったらしいですね。よくここまでやったな、という驚きを与える「作品」です。人の心を揺さぶる作品を創るのが芸術家であると定義するならば、このオヤジもそういっていいのかもしれません。芸術に、道徳とか、法律とか持ち出してきても、あまり関係ないでしょうからねえ。
もちろん、俺は、ある人たちとって「ゴミ」でも、別な人たちから見たら「芸術」にもなりえる、そしてそのふたつの境界は意外とあいまいだと言いたいだけであって、オヤジを全面的に支持したり、賛同したりしているわけではありません。念のため。
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(写真はミャンマー・パガン遺跡)
「鈍感力」ということばが話題になっています。元総理の小泉さんが言ったことで話題になりましたが、もともとは渡辺淳一氏の『鈍感力』というエッセイがあります。
渡辺淳一オフィシャルブログ
(http://watanabe-junichi.net/archives/2007/02/post_49.html 参照)
安部総理がまわりを気にしすぎているのを見かねて言ったという話もありますが、これが話題になること自体、今の日本人に欠けているから、「そうだよな」と思わせるところがあるのかもしれません。そして「鈍感」はどちらかというとマイナスイメージだったので、その意外性にも注目させられるのでしょう。
話題になったから言うわけではありませんが、俺も、似たようなことを考えていたので、「こんな言葉だと、しっくりくるなぁ」と、感心しました。(渡辺淳一氏の『鈍感力』も知らなかったし)
本の内容からすると、人間関係が主題のようです。細かいことを気にしないというか、もっと大きな包容力を持って人と接しましょうということでしょう。敏感なのだけが良いわけではない、行き過ぎるとよくないという意味でもあると解釈できます。
とくに最近の言葉狩りのような、言葉尻をとらえて、ああでもない、こうでもない、こんなことを言った、あんなことを言ったと、問題になることが多いように思います。その細かな(中には見過ごせないものもあるのは確かですが)ことにエネルギーを使ってしまい、本質的なことがおろそかになってしまっては、元も子もありません。そんなことも意識した小泉さんの発言だったかもしれません。
これは「鈍感力」と言えるかどうかわかりませんが、いつも思っていることがあります。「部分」を積み上げていっても、「全体」になるかどうか?と言えば、俺は疑問に思っています。「全体」は「全体」として、感じなければならないし、見なければならない。「部分」をひとつひとつ正確に理解しても、全体を理解したことにはならないということです。同じように、「部分」を正しいものにしたとしても、合わせたその「全体」が正しくなるとは限りません。
ぼんやりと見ることも大切なんですね。本質が逆に見えてくることがあるかもしれません。この「鈍感力」は、あまりにもギスギスし、細々したことに右往左往する今の日本人に、ちょっとしたショックを与える効果はあるのではないでしょうか。
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(写真はミャンマー・インレー湖)
日本人旅行者が出会うと、たいていは早い段階で、年の話になることが多い気がします。欧米系旅行者と会っても、いきなり年を聞かれることはあまりないので、これは、日本人特有なのかもしれません。
先輩後輩を気にする、目上を敬うなど、儒教的な文化があるからだと言われますが、とすると、中国人や、韓国人もそうなのかもしれませんが、年を聞いて、自分との関係が決まらないと、不安なんでしょうね。(人事のように言いますが)
学生たちを見ていてもどこの大学で、何年生で、という話をよくしていますよね。(おじさんには最初から近づいてこないので、年を聞かれることもないし、いや、すでに俺の場合、だいぶ上であることは見かけでわかるので、あえて聞く必要がないからでしょうが。ちょっと、ここ、仲間にしてもらえない、ひがみが入っています)
学生にとっては、年とともに重要なのは学校名らしい。日本では、学校名は、一種「身分」と考える人たちもいるようなので、それを聞いて、自分とその人との関係を作っていかなければならないので大切なんでしょう。
以前、ある旅行者と会い、話をしているとき、俺に対して敬語を使っていたので(この人は年を聞きませんでした)、ずいぶん丁寧な人だなぁと思っていました。見たところ、俺よりも5歳くらい上の人のようでした。
ところが、2、3日たって年の話になったとき、俺が彼よりも若いことがわかり、びっくりしていましたが、それ以来、俺を呼ぶとき、「あおやぎさん」から「あおやぎくん」に劇的に変わり、今度は俺がびっくりしました。(それだけ、老けて見られたということでもありますが) でも、それで関係がもっとしっくりしたように感じましたが、気のせいでしょうか。俺も、実は気にしてないようで、気にしているのかもしれません。
まぁ、それが良いとか悪いとか言うつもりはもうとうありませんが、外国を旅していて、不思議だなぁと思っていたことのひとつです。
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(写真はミャンマー・インレー湖畔)
俺がまだ20代のころ、旅先でよく説教されました。
俺は説教されやすい風貌をしていたのではないでしょうか。もともと、年上でも年下でも、あまり年齢を気にし