カテゴリー「雑記」の70件の記事

2009/11/28

さいたま市 浦和の骨董市

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写真展をやっているギャラリー楽風の近くの調神社では、毎月第4土曜日、骨董市が開かれる。

今日がその骨董市だった。

イチョウの葉がはらはらと落ちる中、数十店舗が骨董品をならべている。

外国人に販売したのだろうか、着物姿の日本女性が写った古いモノクロのポストカード。


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2009/11/25

2010年の干支 「寅 虎 とら」のトンパ文字

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今年も年賀状を準備する季節になりました。

ある人から、2010年の干支「寅」のトンパ文字を頼まれたので、ついでにブログでも紹介します。

今日のところ、文字は2種類だけですが、これから増やしていきます。

Ya_2トンパ文字

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2009/08/29

「ジャランポン」「ザランボ」のルーツ

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昨日「葬式」を意味する方言、秩父の「ジャランポン」と、山形の「ザランボ」が同じルーツかも?と書きましたが、あのあと気になって調べてみました。

Google で「葬式 方言」で検索して出てきた、主なページです。

千葉県大網白里町  「ジャンボン」 (大網白里町の方言

茨城県 「ジャンボ」 (住まいの資料館

長野県小諸市 「おじゃんぼん」 (大塚酒造株式会社のホームページ

秋田県八郎潟町 「だみ」 (秋田県八郎潟弁

福島県中通り 「ザザンボ」 (方言ログ・ぽ~の語り

青森県 「だみ」 (レッツ方言

山形県 「ざらぶ」

栃木県 「じゃあぼ」

山梨県 「おとぼれぇ」

三重県 「そぉれ」

近畿地方 「そうれん」

岡山県 「おくり」

熊本県 「のべおくり」

東京都 「おともらい」 (げんごや.com

新潟県田上町 「そうれ」 (新潟県南蒲原郡田上町の方言

岐阜県飛騨 「トムライ」、「オクリ」、「シバサンマイ」、「トリオキ」、「ソウレイ」、(岐阜県方言地図

ざっとこれだけ見ても、山形、福島、栃木、茨城、千葉、埼玉、長野が、鐃鈸の音をルーツにしている名称の地域らしいということがわかりました。東日本の一部で、連続した地域です。やっぱり秩父の「ジャランポン」と山形の「ザランボ」は、関係があったんですね。同じルーツのようです。


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2009/06/04

都会での危ない話

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仕事の打ち合わせが終わった後、ひとりで入ったファーストフード店で、危ない会話を聞いた。

その店は3階まであって、すいていた3階の席に座っていた。すいているにもかかわらず、ふたりの男がやってきて、俺の近くに座った。

そして一人の男(Aとする)が、「もう会うのは今日だけにしてくれない?」と、もう一人(Bとする)に切り出した。

「どうしてそうなるの?」と、BがAに聞いた。「ちゃんと説明してよ」

別に聞こうとしていたわけではない。すいているので、声がよく通るのである。だから、嫌でも聞こえてしまうのだった。

「もう会わないなんて、俺たちホモじゃないんだから」とBが言う。Aはそれを聞いて、不自然に笑った。

どうも、Aは最近ヤクザになったらしく、Bに迷惑がかかるから、もう会わないようにしようという話らしい。Aは、しきりに、オヤジをカツアゲしたことを自慢していた。捕まらない、いい方法があるという。それをBに説明している。

でも、どうも妙なのだ。Bは、それを聞いてひるむどころか、Aに対して高圧的で、むしろ、静かに答えるBの方が、凄みがあって怖ろしい。

一席置いてふたりが座っていたので、顔を見ようと思えば見れたのだが、目を合わす勇気はなかったので、会話だけ聞いていた。

Aがハイテンションで声高に話せば話すほど、何か弱みをつかまれている(たとえばお金を借りている)のが分かってくる。ヤクザに入った話をしたが、嘘かもしれない。Bから逃れるためだ。

だいたいにして、Aがヤクザになったのは、「試しにやってみるか?」と言われたので入ったらしい。大手(@@会とか)ではなくて、個人でやっているところ(?)らしい。俺はヤクザの世界を知らないので、個人営業のヤクザがあるのかどうか知らないが、ちょっと胡散臭い。

もしAの話が本当のことなら、警察に通報されたらやばいんじゃないか?と思うのだが、俺のことを人とも思っていないのか、延々と危ない話をしているのである。こういうところから考えても、Aの言っていることは半分嘘なんだろう。Bから逃れたい必死さだけは伝わってきた。

それにしても、Bの落ち着き払った態度と声。こっちが本物じゃないかと思ってしまった。

都会には、いろんな人がいるねぇ。

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2009/02/16

「150」という数字

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昨日の朝日新聞に、「150」という数字について書いてあり、興味をひかれました。

それは、150人くらいの集団が、一番機能しやすい一塊になる、といった話です。たとえば、戦いでも150人くらいの部隊が活躍する、みたいな話だったと思います。

それと、アフリカから出た我々の祖先も、DNA解析から、150人程度のグループだったといいいます。これよりも、多くても少なくても、地球上で生き延びられなかったのではないか、というのです。

そういえば、30代のころ、俺は、今まで何人の人間と知り合っただろうか?と、ふと考えて、過去を思い出しながら数えたことがあります。ただし、たとえば、店で話しかけられた店員とか、街中で喧嘩したヤツとか、職務質問した警官とか、そういうのは含めません。名詞交換までいかなくても、お互いが、素性を明かし、人格を認め合ったくらいの知り合いです。

親、妹、じいちゃん、ばあちゃんから始まって、親戚、幼稚園、小、中、高校、大学、バイト先、旅先で会った人たち、カメラマンや編集者、写真展で会った人たち、酒乱の元暴力団員などなど。

たしかこの計算をしたのは、35歳くらいのときで、2000人程度ではなかったかと思います。これを多いというか、少ないというか分かりませんが、俺は、感覚として、少ないなぁと思いました。

知り合ったあとも、付き合いが続いているのは、何人いるでしょうか。せいぜい年賀状のやり取りをしている人たちは、少なくとも、1年に1回、その人のことを思い出すので、それを考慮すると、だいたい150人くらいなのです。150人ならば、顔も素性も思い出し、「考えられる範囲」「何か頼まれたとき、責任を持てる範囲」といってもいいでしょう。

もちろん中には、500人も、1000人も年賀状を出す人もいるでしょうが、ひとりひとりのことを考えられるのか、ちょっと疑問。少なくとも、俺にはできません。

一生のうち、俺は、まぁ多く見積もっても、5000人程度の人としか知り合わないということです。(どんな仕事をしているかで、知り合う人の数は、かなり違ってくるでしょうが) 67億人の中の、わずか5000人です。

世界で知り合わない人のなんと多いことか。知らないことのなんと多いことか。ということに気がつき、ちょっと愕然とします。ずいぶん狭い範囲で生きて、死ぬんだなぁと。

でも、最初に戻りますが、150人程度を知っていれば、いいんでしょうね。もっと少なくてもいいのかもしれません。「数」よりも、「質」です。俺は友だちが少ないので、多少ヒガミが入っていますが。


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2008/12/12

2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (4) カラチ郊外の農村で泊まった民家

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昔、パキスタンの南部、カラチに行ったとき、町の食堂で知り合った青年たちに誘われて、彼らの家へいったことがあります。

当時は、外国人を誘拐する事件はあまりなかったので(誘拐ではなく、強盗殺人はあった)、ある程度注意していれば、危険な目には遭わなかったのです。

俺が、こいつは信用できるかどうかを判断する基準としていたのは、まず、「英語や日本語(外国語)をしゃべらない」ということと「向こうから声を掛けてきたのではない」という条件でした。そういう人たちの誘いには、喜んでついていったのでした。

このときも、英語はほとんどしゃべらなかったし、外国人が行くような地区の食堂ではなかったので、一緒に行っても大丈夫だと思いました。(片言のウルドゥー語と英単語だけでなんとかなりました)

実際、彼らの村では、大歓迎され、たいへん面白い体験をすることができました。

夕食後、電気のない暗い民家では早めに寝てしまうのですが、俺は、ある部屋のベッドを貸してもらいました。手探りで連れて行かれて、服を着たままそのベッドに横になりました。懐中電灯もなく、部屋の中がどんな様子なのかさっぱりわかりませんでした。

夜中、変な音で目が覚めました。なにか、水を捨てているような音がしたのです。しかも、けっこう近くから聞こえてきました。それでも、俺は疲れていたのか、すぐにまた眠ってしまいました。

そして朝、明るくなったころ起きて、びっくりしたのです。

なんと、俺の隣には、牛がいたのでした。その部屋は、家畜小屋というのではないのでしょうが、田舎の農村の家なので、お客さんを泊める部屋は、ここくらいしかなかったのでしょう。俺は一晩牛と寝ていたことを知りました。つまり、夜中の音は、牛がオシッコを垂れ流していた音だったのです。

朝食には、牛乳が出されましたが、水っぽい味でした。そういえば、この乳は、いっしょに寝ていたあの牛の乳? 味はともかく、夜中の小便の音が耳から離れず、この牛乳をあまりおいしく飲めなかったのは残念でした。

Ya_2「2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (3) チベット高原のヤク」 (2008/12/11)

Ya_2「トンパ文字」(雲南館)


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2008/12/11

2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (3) チベット高原のヤク

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■牛(■は、牛へんに毛)とは、チベット高原のヤク牛のこと。チベット族にとって、ヤクはなくてはならない家畜です。

草原を歩いていると、牧畜民のテントのそばに、活発に走り回っている黒っぽい動物。あれは・・・。てっきりチベット犬かな?と、顔が青ざめ、立ち止まってしまいます。犬に何度か噛まれているので、ほんとに怖いんです。

ところが、その動物は、ヤクの子どもなんですね。それがわかって一安心。

ヤクの子どもを遠くから見ると、犬に見えるのは、あの活発な動き方が、どうしても大人のヤクの、どっしりとした動きから想像しづらいからです。身軽なんですよ、子どものヤクは。それと、俺が犬に敏感だからなのは言うまでもありません。

毛は(毛牛というくらいだから毛が長い)、チベット族牧畜民のテントやロープの材料に、乳は各種乳製品に、肉はもちろん食料に、糞は木がない高原では貴重な燃料になります。ヤクを利用することで、厳しい環境にも適応してきました。

牧畜民のところで食事をごちそうになると、かならずヤクの干し肉が出ましたが、これが、想像通り堅い。大きな塊を、ナイフで小さく切りながら食べるのですが、なかなか噛み砕くのに時間がかかります。だから、顎が丈夫になり、唾液も良く出て、体には良いような気がしますが。

ヤクのヨーグルトには、あたりはずれがあります。ほんとにおいしいものは、どんぶり2杯も食べましたが、たまに、独特の匂いのするものもあります。新鮮さの違いかもしれません。

Ya_2「2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (2) マダガスカルのゼブ牛」 (2008/11/30)

Ya_2「トンパ文字」(雲南館)


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2008/12/10

2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (2) マダガスカルのゼブ牛

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マダガスカルの中央高地、アンバラヴァウ郊外では、水曜、木曜の午前中を中心にゼブ牛を売買する市「ゼブ・マーケット」が開かれます。マダガスカル第二の規模だそうです。

ところで、アジアを旅していて、牛に襲われたという話を聞いたことはありません。メコンの水牛だろうが、チベットのヤクだろうが、というものは、おとなしい動物だというイメージが焼きついています。闘牛を別として。 

ところが、この感覚で、マダガスカルのゼブ牛に接するのは時に危険です。俺たちが、ある農家に立ち寄ったとき、ちょうど牛車から牛をはずしているところでしたが、「危険だから近づくな」と注意されたことがあります。

実際、ゼブ牛は、気性が荒く、暴れていました。「かわいい~」などと言って近づいたら大ケガをしそうです。もし、マダガスカルへ行かれる方は、注意してください。

ネパールへ行ったときは、「バフ・テキ」を食べました。「バッファロー(水牛)・ステーキ」のことですね。マダガスカルでも、ゼブ牛の肉料理はもちろんあります。「ゼブ・テキ」とは言わなかったようですが、アゴを丈夫にできるくらいの、程よい硬さのステーキを食べることができます。

アンチラベ郊外で食べた、ゼブ牛のタンの煮込み料理はうまかったですよ。(昨日触れたアニマル・ライツの信奉者からは怒られてしまうんでしょうねぇ)


Ya_2「2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (1) 貴州省の闘牛」 (2008/11/30)

Ya_2「2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (3) チベット高原のヤク」(2008/12/11)

Ya_2「トンパ文字」(雲南館)

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2008/11/30

2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (1) 貴州省の闘牛

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今年も、年賀状の季節です。

来年は、「丑年」。

恒例の年賀状サンプル、トンパ(東巴)文字のデザインです。参考にしてください。

トンパ文字は、雲南省麗江地区、ナシ族に伝わる象形文字です。

Ya_2「トンパ文字」(雲南館)

     ●●●

中国貴州省では闘牛を見ることができます。とくに、1月下旬から2月上旬にかけての中国正月の時期。田んぼに何も作物がないところが会場になります。↑の写真は、凱里郊外のミャオ族の闘牛の様子です。

普段はおとなしそうに見える牛(水牛)ですが、男たちからけしかけられて興奮した牛たちは、角を突き合わせて激しく闘います。近づいて写真を撮るのは、ちょっと怖い。

逃げたら負けです。中には、それだけエネルギーがあったら闘えるだろうと思えるような、何キロにもわたる逃走劇を演じてしまい、観客から失笑をかってしまう牛もいました。

ミャオ族の料理に、水牛のモツ煮込みのような食べ物があります。肉も内臓もいっしょに煮てある、しかも、塩味だけのシンプルな料理で、市場などで食べることができました。

味はともかく、食べた後、脂が固まって、唇に蝋を塗ったようになってしまったのは、困りました。


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2008/11/29

『福井昭夫 絵画展』 アジアを描く画家の個展

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『福井昭夫 絵画展』

期間: 08年12月11日(木)~16日(火)
     12:00~20:00 【15日(月)は、18:00まで】

場所: COFFEE & GALLERY るなん
     〒152-0035 目黒区自由ヶ丘1-9-6
     Phone: 03-3724-1785

友人の画家、福井昭夫の絵画展です。

↑の写真は、今回のDMですが、「中国貴州省 黎平」の絵です。黎平は俺も行ったことがあり、「オリザ館」で写真も公開していますが、トン族の「鼓楼」や「風雨橋」で有名です。この絵の左上に描いてあるのがその「鼓楼」です。

しっとりと落ち着いた瓦屋根のトン族村は美しい。村の存在感がジワ~~ンと迫ってきます。

るなんのホームページ


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