カテゴリー「旅(日本)」の567件の記事

2020/06/08

ほとんど犯罪的な狛犬

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八王子方面に仕事があったので、寄ってみた八王子市兵衛の熊野神社。

前から気になっていた狛犬にようやく会えました。

やばいでしょ。これはほとんど犯罪的な狛犬です。両方とも前足が取れています。だからまるで床から斜めにニョキッ!と生えているように見えます。

タウンニュース八王子版(https://www.townnews.co.jp/0305/2018/01/01/412647.html)によれば、

「2003年に社殿を修復する際、縁の下からこの狛犬が見つかったという。「おそらく前足が破損したのはずいぶん昔。『本来は神社にあったものだし、粗末にしない方がいい』ということで本来の立ち姿に近い形で設置されたようです」と糠信さん。背中の刻印によると作られたのは明和2(1765)年。神社ができたのもその頃と推定されている。」

とのこと。

狛犬はずいぶんと古いものです。縁の下から「見つかった」とあるので、長い間放置されていて、前足が壊れてしまったということらしい。

でも、ここが面白い発想だと思うのですが、前足があったころの立ち姿を想像して、角度をつけて設置したというのです。

そこに「ウケよう」などという邪心は感じられず、まじめだからかえって可笑しみ(魅力)が増しているように思います。もともと顔もユニークで、それだけでもかなりインパクトがある上に、この設置方法は、やばすぎます。

これが狼像だったらよかったのになぁ。

ところでひとつ疑問が生まれました。この狛犬、「狛犬研究会」の報告では、1998.10訪問とあって、1998年時点ですでにこの狛犬が設置されていたようなのですが、「タウンニュース八王子版」では、氏子会副総代は2003年に発見されたと言っています。時間的な矛盾があります。発見年について、勘違いされているのかもしれません。あるいは記者が勘違いしたのかも。そのうち真相を調べてみます。

 

 

 

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2020/05/28

大宮のタイ料理「マリタイ」

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(食い終わりの写真をアップするのも珍しいかな)

 

このコロナ禍が収束するまで、しばらくはマイクロツーリズム(近距離旅行)が主になるだろうという星野リゾート代表、星野佳路氏の言葉。だろうなと俺も思います。マイクロツーリズムとは、自宅から車で1時間程度のところまでの旅をいうらしい。

でもこれは地元の再発見にもつながっていいことかもしれません。

ここ1年やってきた関東地方の狼信仰を訪ねる旅も、方向性としてはマイクロツーリズムと合致しています。ただ、車で1時間とすると「関東地方」でも広すぎるかもしれませんが。

とりあえずその範囲の中でも、まだ参拝していない三峯・御嶽神社はたくさんあります。そこからやるしかないかなと思っています。

そしてもうひとつの「マイクロツーリズム」。

海外旅行には当分行けないし、行く気分でもありませんが、その代用として考えられるのは、各国料理を出すレストラン・食堂巡りをすることです。今までもこういった食べ歩きはやってきたわけですが、コロナ以降は、違った意味を持ってきます。これも「マイクロツーリズム」で「外国旅行」です。

さっそく家族で、大宮のタイ料理店へ行きました。妻がネットで探した店です。

東口から徒歩5分にあるマリタイという店。故国王の肖像画も飾ってあったので、これは日本人の舌に媚びた「おいしい」タイ料理ではなく、タイ人も認めるタイ料理だなと期待したのです。じゃっかん日本人を意識した部分も感じられましたが、まぁ悪くない味と雰囲気。このタイ料理は当たりです。

タイふうサラミの「ネーム」。空心菜炒め「パップンファイデーン」。海老の湯葉巻き揚げ。チャーハン「カオパッ」。レモングラス風味鶏のから揚げ「ガイタカイ」。ライスヌードルの「クイッティオ」。春雨サラダ「ヤムウンセン」。デザートにはタロイモのカスタードプリン「カノムモーケン」。

ご主人一人で切り盛りしていましたが、このご時世なので、従業員を雇えなくなったとかそんな事情もあるのかもしれません。注文してから料理が出てくるまで時間がかかったことはしかたないことだし、俺たちも久しぶりの外食でビールを飲み(3カ月ぶりくらい)、待ち時間も楽しいくらいでした。

 

 

 

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2020/05/16

note「写真家 青柳健二のセルフセラピーへの道」

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「セルフセラピーへの道」をnoteに初投稿しました。

今まで旅と写真で、かろうじて精神的な安定を得ていたのが、コロナ禍で、先行き不透明となって不安が増しています。旅ができないことは「ワンダーラスト」の病を持った俺にとっては、セラピストを失ったようなものです。

だからこのnoteに書くこと自体が、俺のセルフセラピーの役には立つだろうと期待して、新しい表現にチャレンジしてみることにしました。

詳しくは、noteでお読みください。

https://note.com/aoyagikenji/

 

 

 

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2020/05/09

今年はコロナ禍で見られない「田毎の月」

 

この時期は「田毎の月」が見られる季節です。今年は、新型コロナ禍で移動できないので、「田毎の月」が見られません。なので、過去に作った動画をアップします。

「田毎の月」は、昔から俳句に詠まれたり、浮世絵に描かれたりしていました。とくに、長野県千曲市の姨捨の棚田の月が有名ですが、当然田んぼに水がないとダメだし、苗は、あまりにも成長し過ぎてしまうと水面を隠してしまうので、ちょうどいい時期というのは、1年でもわずか、この時期だけなのです。

「田毎の月」は、すべての田んぼに月が映る、という意味でもあるのですが、実際、光学的には、月は1個しか映りません。それでこれを「嘘だ」という人がいるのですが、そうでもありません。

というのも、「嘘だ」という人は、夜中に田んぼで月を見たことがない人なのではないでしょうか。月は徐々に天空を移動するので、次から次へと、映った月は田んぼを移動していきます。あるいは、自分が動き回ると、月は田んぼを移動します。結果、すべての田んぼに月が映ったようなイメージを抱きます。

こういった体験で、「田毎の月」を味わうことができます。「田毎の月」は、日本人の心象風景なのです。

 

 

 

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2020/03/02

佃島の於咲稲荷大明神は「尾崎大明神」のことか?

287a6462(佃天台子育地蔵尊入り口)

287a6457(地蔵堂)

287a6453(佃天台子育地蔵尊)

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287a6404(於咲稲荷大明神)

287a6394(於咲稲荷大明神)

287a6389(於咲稲荷大明神の「さし石」)

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前から気になっていた神社があり、確かめるために佃島へ行きました。

その前に、その神社の向かい側に、長さ15mほどの、人ひとり通れるくらいの細い通路があって、途中には、地蔵堂に佃天台子育地蔵尊がありました。地蔵堂は天井を貫く大きな銀杏が生えており、1畳ほどの狭いところに、地蔵菩薩の姿が刻まれた平らな黒い自然石が立っています。多くの人が撫でるからでしょうか、姿が消えかかっているので、触わってはダメらしい。

そしてその通路を反対側に抜けると、問題の神社があります。「於咲稲荷神社」です。「於咲」は「おさき」と読みます。

安政五年に日本でコレラが流行り、アメリカ狐やイギリス疫兎をやっつけるのは、狼だとのことで、三峯神社や武蔵御嶽神社でコレラ除けのため、お犬さま(狼)を借りた、という話を書きました。

その続きですが、同じく高橋敏著『幕末狂乱 コレラがやって来た!』には、江戸の様子が書かれています。

江戸のコレラ騒ぎを記録したものに江戸在住の文人、金屯道人が書いた「項痢記」があります。

安政五年7月上旬に、コレラは赤坂あたりから発生し始め、ただちに霊岸島、築地、鉄砲洲、佃島の海岸に飛び火しました。8月に入ると江戸市中一円を席巻しました。江戸は人口100万を越える巨大都市で、過密な住環境の中にコレラが襲ってきたわけです。

お棺が所狭しと積まれ山となり、焼き場はてんてこ舞いだったという。人々の間にはコレラ変じて「狐狼狸」なりの流言が飛び交い、妖怪変化の仕業と信じてパニック状態になりました。

8月中旬、佃島の漁師に野狐が取り憑いたというので、神官、修験を頼んで狐落としを行いました。ついに狐が体から抜け出したところを捕まえて打ち殺しました。町の長が、狐の死骸を焼き捨て煙とし、その近くに3尺四方の祠を建てて霊を祭り、「尾崎大明神」と崇めたという。

関東地方の山村に伝わる狐の憑き物を「オサキ」とか「オサキギツネ」といいます。この「尾崎」は、この「オサキギツネ」のことらしい。オサキギツネは、人体に侵入して悪さをする「くだ狐」と似たものと考えられるという。曲亭馬琴著『曲亭雑記』ではキツネより小さいイタチに似た獣だとあります。

コレラ患者には、瘤ができるらしく、それが何か小さな妖獣が体内に入り込んでいるというイメージを造り上げた原因の一つでもあるらしい。

この佃島の於咲稲荷神社は、「項痢記」に記されている尾崎大明神のことなのではないでしょうか。

近くの住吉神社で聞いたところ、由来ははっきりせず、「おさき」とは人の名前と聞いているとのことでした。人の名前説は、ネットにも載っていますが、出典はわかりません。

ところで、この神社境内に置いてある3つの「さし石(力石)」は中央区有形民俗文化財にもなっています。

於咲稲荷神社から30mほど離れたところに「佃小橋」が架かっています。この橋のたもとに「麗江」という店がありました。読みもアルファベットで書いてあり「RI:JAN(リージャン)」とあります(中国語ピンインでは「Li Jiang」)。となると、これは雲南省のあの都市、麗江のことなのでしょうか。

言われて見れば、水辺で橋が架かっているところなど、麗江を彷彿とさせます。ただ、料理はナシ族料理でもなく、雲南料理でもなく、普通の中華料理のようです。

そしてこのビルを回り込むと、「日の出湯」という銭湯になっていました。この先が住吉神社です。なかなか趣深い界隈ですね。

 

 

 

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2020/01/15

オリジナル音楽アルバム『棚田水景』『ASIAGE 1』『ASIAGE MARCH』

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オリジナル音楽アルバム『ASIAGE 1』『ASIAGE MARCH』『棚田水景』を久しぶりに購入していただきました。数年ぶりではないでしょうか。

もともとは自分の写真展のために作曲したBGMでしたが写真よりも好評のときも(苦笑)。パソコンで作った民族音楽ふう曲が主で(とくにASIAGEは)、エスニックなサウンドだと思っています。(だから自分の写真展で流したわけですが)

こちらのページからサンプル曲の一部が聴けます。

http://www.asia-photo.net/asiage/asiage.html

久しぶりで聴き直してみると、よくこんな曲が作れたなぁと凝ったものもあって、自分で驚いています。

90年代は、テープでしたが、そのうちCDになり、そして今はデータ販売です。これも時代の流れを感じます。

前回、新曲を出したのが数年前でしょうか。これはヴィーノを歌ったものです。主人を思う犬の立場(?)で作った曲です。YouTubeにアップしています。

https://youtu.be/uXRQ7WPCHxo 

久しく作曲はしていませんが、たまに脳内に音楽が聴こえてくることがあります。耳鳴りと言えば、耳鳴りかもしれません。耳鳴りを譜面にすると音楽になる、といった感じでしょうか。これも無意識からのメッセージで、「夢」や「写真表現」と基本は同じと言ってもいいでしょう。

 

 

 

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2019/12/04

大嘗宮

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287a7209_20191203171201(南神門)

287a7252(主基殿とビル)

287a7265(主基殿)

287a7280(主基殿)

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287a7267(廻立殿の方から見た大嘗宮) 

 

大嘗宮は、天皇陛下の国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念する大嘗祭の中心的儀式「大嘗宮の儀」のために造営されたものです。11月14日の夕方から夜にかけて「悠紀殿供饌の儀」、15日の晩前に「主基殿供饌の儀」が行われたところです。

12月8日まで一般公開されています。これまで棚田や稲作文化をテーマに写真を撮ってきたので、いつかは、稲作文化の儀式の中でも最も重要な儀式の場所の写真が必要になるときがくるのではないかと思って、撮影してきました。

今は、乾通りの紅葉と重なり、たくさんの人出です。俺が行った12月3日は、昼12時ころに荷物検査場の前から並び始め、大嘗宮にたどりつくまで2時間かかりました。

そして大嘗宮前はまるで戦場のような賑やかさでした。今はみんなスマホを持って写真を撮るので、人の流れが止まってしまうのです。それに殺気立った警備の警官やスタッフの荒っぽい対応は、みんなの不評を買っているようでした。と、いうのも、そもそも人の流れを妨げているのは、彼ら自身でもあったからです。

みんな写真を撮るために警官たちが自分の前からどくのを待っているのでした。もう少し、なぜ人がとどまってしまうかを考えて警備をした方がいいのでは?と思いました。昔とは違うのです。

まぁ混雑はしかたありません。でも、建物自体はそれなりにすばらしいものです。

印象的だったのは、その大嘗宮の背景に高層ビル群が見えることでした。これぞ現代の大嘗祭という光景でしょうか。このコントラストにはめまいがしそうでした。

 

 

 

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2019/11/25

スライド&トークショー「オオカミは大神:狼像をめぐる旅」を終えて

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(渋谷区 宮益御嶽神社)

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(練馬区土支田八幡 三峯神社)

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(豊玉氷川神社 三峯神社)

 

最初は予約者が少なく、どうなるんだろうと心配していたイベントでしたが、最終的には満席になって、断ったお客さんも出ました。

こういったイベントは最後になるかもしれません。当日朝まで、映写するファイルを、ああでもない、こうでもないといじっていましたが、どうすれば自分の思いが伝わるのか、それを考えながら作るファイル制作は時間がかかってたいへんだからです。しかも、「狼像・狼信仰」についてのファイルは初めてだったので、特にそう感じたのかもしれません。

昨日の話は、狼像や狼信仰を「こんな古いものがまだ残っていた」ということだけではなくて、今あるものに、自分との新しい物語を見つけることを提案するものでした。

その物語は個人的なものでいいのですが、そうすることで、狼像や狼信仰は、過去の民俗ではなくて、今のものとなって、それをめぐる意味というものも生まれてくるのではないでしょうか。

狼像をめぐりながら、街歩きをしながら、自分の物語を見つけていく。そのきっかけとなるような話にしたいという思いでした。

 

物語のテーマとしては、たとえば:

●1: パワースポット(自然崇拝)として 鎮守の杜を守る狼像など

●2: 「お犬さま」つながりで、愛犬の健康祈願など

●3: 「おいぬ」から「老いぬ」にこじつけ、長寿祈願

●4: 狼・犬の「多産・安産」のイメージから、子安信仰の対象

●5: 家族のきずなが強い狼のイメージから、縁結び・恋愛成就の守り神

●6: 土地の物語の掘り起こし (地域おこし)

●7: 自然(山)と人間をつなぐもの(たとえば、『もののけ姫』のサンは、300歳の白い狼犬モロの君に育てられた。モロの君自身が自然神「シシ神」との橋渡し役)

●8: 目に見えない世界・異界とのつながり

初めは害獣除けとしての信仰から始まった狼信仰も、火災除け、盗難除け、疫病除け、戦争中は武運長久の祈願など、時代が要請する人々の願いが狼信仰に現れているわけで、それなら現代でも、時代の要請としての新しいご神徳を見つけられるのではないか。信仰も生き物なので、形を変えて生き延びていくのは自然なことでしょう。

そこで、狼像や狼信仰を過去の民俗としてではなくて、自分との物語を新しく構築して、狼像をめぐる巡礼をしてみませんか、という提案をしたわけです。

 

そして俺個人の物語として、自然崇拝というところから、都内の狼像を「ゴジラ型お犬さま」というくくりで並べてみました。

狼信仰は、農作物を守ってくれる感謝の思いだけではなく、山に棲む得体のしれないものに対する畏れもありました。それは、自然に対する「感謝」と「畏れ」そのものです。自然を象徴する存在としての「お犬さま」に見えます。

一方のゴジラも、アメリカ映画が描く、ただ単に人間を襲う凶暴な怪物「GODZILLA」とは少し違った感覚です。

確かに日本の街はゴジラによって何度も壊されました。しかしそれは、台風・津波・地震と同じ自然災害のようにも感じられます。

だからゴジラを倒せばハッピーエンドか、というと、そうでもなく、来てほしくないけど、いなくなったら困るみたいな存在ではないかなと思います。

実際、映画『シン・ゴジラ』では、「ゴジラは自然災害か?」という議論が交わされました。

 

 

 

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2019/11/17

立川市 昭和記念公園

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撮影で立川へ行きましたが、昭和記念公園は、イチョウの黄色が見頃でした。夜はライトアップをするらしい。

今日は天気も良くて、たくさんの人出が。

と、思ったら、公園では蚤の市が開かれていて、その来場者でいっぱいでした。

駅前の人だかりを覗いたら、上棟式(たてまえ)の再現が行われていました。残念ながら撒かれたお菓子は拾えませんでした。

昔はよく「たてまえ」やってましたね。子供のころ、覚えています。たしか、大工さんは餅を撒いていました。

中国雲南省大理に住むペー族も、「たてまえ」のときには、鶏の血を新築の4柱に付けてから、ドラやチャルメラの楽隊の演奏の中、棟木を引っ張り上げてから、棟梁が撒きますが、撒くのは「マントウ」。中を割ってみたら、5分硬貨が入っていて、日本でも5円硬貨が入っていたことを思い出したものです。

 

 

 

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2019/11/12

令和二年(2020年)版 「旧暦棚田ごよみ」ネット販売中

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NPO棚田ネットワークのHPで、令和二年(2020年)版 「旧暦棚田ごよみ」販売中です。

https://www.tanada.or.jp/tanada_goyomi/

平成25年版から発行している「旧暦棚田ごよみ」も、今回で8年目を迎えます。新天皇が5月1日に即位して令和の時代がスタートしました。だからこれが「令和」と印刷された最初の「旧暦棚田ごよみ」になります。時代の変わり目に、使う暦も変えてみてはいかがでしょうか。

昔の人は、毎日変化する月の満ち欠けに規則性を見出しました。でも、月の満ち欠けだけでは、季節がずれていきます。それで太陽の動きも考慮したのが太陰太陽暦です。

中国の創世神話では、五代目皇帝・帝俊の義和夫人は太陽である息子を10人、嫦娥夫人は月である娘を12人産みました。ところが堯帝の時代に、10人の太陽がいっせいに輝き、大地は灼熱地獄になりました。堯帝は弓の名手・羿(げい)に、9個の太陽を射落とさせました。太陽は一つとなり、元の世界に戻りました。日本にもこれと似た射日神話が伝わっています。

中国古代の地理書である『山海経』にも、10個の太陽や12個の月が水浴するという話が出てきます。これは1年間が12か月からなる考えを反映したものだそうです。

太陽が多すぎる混沌とした世界を月の存在で秩序を保つと解釈できるかもしれません。また、10個の太陽や12個の月は、十干十二支や太陰太陽暦を連想させます。

日本では中国由来の太陰太陽暦を日本風に改良して使ってきましたが、明治5年に太陽暦(新暦)に変更され、それまで使っていた暦は「旧暦」と呼ばれることになりました。

人が生活していくうえで、季節や月日の区切りというのは、大切なものです。自分がどこにいるかわからないと不安を覚えるのと同じように、時間的にも自分の現在の位置が分からないと不安になるからです。だから暦の大切さを実感するし、どのような暦を使うかで、その人のライフスタイルが決まるといってもいいでしょう。

明治以降、近代文明は、夏は涼しく、冬は暖かく、という人間にとっては住みやすい環境を作ってきたわけで、それはそれで悪いことではありませんが、それに伴って、季節感を失っていきました。何かを得れば、何かを失うのは、仕方ありません。

「旧暦棚田ごよみ」は太陽暦(新暦)に慣れている人にとっては、正直使いづらいものです。でも、使いづらいことが、かえって日付や季節や月の満ち欠けを意識させてくれます。

旧暦をあえて令和の時代に使うことは、大げさにいうと、季節感を取り戻す意識革命なのです。

 

 来年は閏年なので、13カ月あるので、表紙と合わせて14カ所の棚田で構成されます。

京都府伊根町 新井の棚田

長野県長野市 大岡乙の棚田

熊本県上天草市 大作山の千枚田

新潟県十日町市 星峠の棚田

長野県千曲市 姨捨棚田

島根県益田市 中内垣の棚田

群馬県中之条町 上沢渡の棚田 

福岡県東峰村 竹の棚田

三重県熊野市 丸山千枚田

山形県大蔵村 南山の棚田

長崎県長崎市 大中尾の棚田

埼玉県横瀬町 寺坂の棚田

栃木県茂木町 石畑の棚田

山形県山辺町 大蕨の棚田

 

 

 

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