カテゴリー「旅(日本)」の151件の記事

2008/05/02

長瀞の天然氷のかき氷

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新緑が美しい季節になりました。

埼玉県の観光地、長瀞の近くには、天然氷を使ったかき氷屋がありました。冬の間、天然水を凍らせて作った氷を使っているとのこと。阿左美冷蔵 (アサミレイゾウ) といいます。甘いもの好きにはたまりません。

でも、黒糖みつは、練乳といっしょでは甘すぎでした。山葡萄や野苺など、ちょっと酸っぱめのが、練乳との相性はいいようです。練乳にこだわらなければ、もちろん黒糖みつも、おいしいですが。

「梅酒」というのが人気らしいことは、帰ってから知りました。(残念!)

国道沿いの阿左美冷蔵は、古民家を改装したものらしく、趣のある店構え。ほっと一息つける、ゆったりした空間で、味はもちろんのこと、なかなか良い雰囲気でした。

新店舗(宝登山道店)もあるようです。


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2007/11/09

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録08) 棚田の藁ボッチと「ミステリーサークル」

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「ミステリーサークル」ってありますよね。不思議だと俺も思っていました。今では、人間の「作品」だというのが知られるようになり、宇宙人説や自然現象説は一掃されてしまったようです。

どうして不思議だったかというと、畑の作物が、一晩のうちに(短い時間で)なぎ倒されて、幾何学的な模様を描くからです。この「一晩のうちに」というのがミソだったのですが。

これが「一晩のうちに」ではなくて、365日ぐらいかけてゆっくり模様を描いていたとしたら、どうでしょうか? それでも不思議は不思議ですが、「一晩のうちに」出現するミステリーサークルの模様のインパクトには及びません。

つまり何が言いたいかというと、時間的感覚が違う生物がやっているのだとすれば、ミステリーサークルは別に不思議ではなくなるんじゃないかということなのです。

実際は、人間のいたずらだったわけですが、ミステリーサークルをこしらえている生物が別にいたとすると、俺たちが、棚田に苗が植えられ、やがて稲が刈りとられて藁ボッチが置かれていく一連の状況を、何の不思議もなく(自然な流れとして)見ているのと同じような感覚で見るんだろうなぁと、この藁ボッチを見て思いました

逆に言えば、人間の1000倍も長生きする地球外知的生物(ようするに「宇宙人」)がいるとすると、たぶん、棚田を見ていてびっくりすると思いますよ。突然「一晩のうちに(宇宙人にとっての一晩だけど)」緑の田んぼが黄色くなって、そのあとに藁ボッチがランダムに置かれている状況を、「ミステリー藁ボッチだ」とか言いながら不思議がるんじゃないかな。(ないか?)

藁ボッチの置かれている位置に、何か特別な意味があるのだろうか?と悩むんですよ。そして知ったかぶりするアホな宇宙人は言うんです。「これは我々に向けられたメッセージです」などと。別に意味などないんだけどね。

藁ボッチは、深いなぁ。藁ボッチ写真家にでもなろうかな。


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2007/11/08

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録08) 高知県土佐町の棚田の藁ボッチ(2)

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昨日に続いて、今日も藁ボッチの写真です。

藁ボッチを見ると、どうしても音楽のリズムが聴こえてきます。

昨日書きましたが、音符に見える(見る)からでしょうか。


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2007/11/07

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録07) 高知県土佐町の棚田の藁ボッチ(1)

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収穫の終わったあとに置かれた藁ボッチは、まるで五線譜の音符を見るようです。

農家の人は藁ボッチを、そんなことを意識してこの位置に置いたのではないはずですが、でも、この位置でなければならなかったのかもしれず、「農家の無意識の美」は、やっぱり自然に表れるのかもしれません。

いや「美」というのとは、ちょっと違うかな。でも、「何か」を感じます。

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2007/11/06

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録06) 徳島県木沢村の山村 & 《第2回東京棚田フェスティバル》のスケジュール

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徳島県上勝町の樫原棚田を撮影した翌日、山越えして木沢村に抜けましたが、そのとき、山の中腹に民家があるのに気がつきました。

朝日に照らされている日と時間帯でなければ、きっと見逃していた風景です。

迫りくる山の斜面に囲まれたこの民家に住む人の苦労を、人事ながら想像してしまいます。

●●●

ところで以前お知らせした《第2回東京棚田フェスティバル》での、スライド&トークショー(農's(のうず)ギャラリー)のスケジュールが決まりました。13:00~14:30です。(入場無料) 今回の旅で撮った写真も使うつもりです。よかったら観に来てください。

【日時】11月10日(土) 

【場所】東京交通会館前広場 地域の物産と棚田米販売(正午~17:00)

    交通会館1階「農's(のうず)ギャラリー」
    ※入場無料
    ・スライド&トークショー:写真家・青柳健二(13:00~14:30)
    ・スライド:棚田ビオトープの生き物たち(14:40~15:10)
    ・DVD上映「よみがえる棚田~美しき日本の原風景~」

詳しくは、棚田ネットのホームページでどうぞ。
http://www.tanada.or.jp/


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2007/11/05

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録05) 和歌山県 有田川

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和歌山県「あらぎ島の棚田」の撮影後、有田川に沿って金屋方面に走っていると、左手下に川面が見えて急停車しました。

自然に任せて流れる水の曲線は美しいものです。

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2007/11/04

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録04) 伊勢志摩 伊雑ノ浦の漁村

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海苔養殖場の写真を撮るために、夕日を待っていると、東側の空にいわし雲が浮かんでいました。

秋の訪れを感じる空を見上げた伊勢志摩の夕方でした。


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2007/11/03

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録03) 舞阪のアサリ採り

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2007/11/02

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録02) 岩の上の鳥居

071102
伊豆半島の石廊崎から北へ、海岸沿いを走っていたとき、ハッとして車を止め写真を撮りました。

岩の上に鳥居があるのを見つけました。写真では小さくてわからないかもしれませんが、鳥居の上に、黒い鳥が止まっています。

この断崖絶壁を、どうやって上るんだろうと不思議でした。


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2007/11/01

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録01) 撮影旅行から帰りました

071101
撮影旅行から帰りました。

約3週間の旅。集中力もそろそろ途切れてくる時期。後半、ちょっと疲れました。

今日から期間中アップできなかった写真や、小さく扱った写真を「付録」としてもう一度アップしていきます。

今日の写真は、伊豆半島の天城湯ヶ島「荒原の棚田」です。サッと射し込んだ夕日が棚田を照らしました。その一瞬の写真です。


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2007/10/31

2007秋、車中泊の撮影旅 (22) 善通寺市出水、丸亀市条里地割

071030
10月29日、月曜日、晴れ時々曇り

「道の駅 さいた」を7時20分に出た。まず、行ったのは、善通寺市。水の風景を撮るためだ。「出水」の場所やため池など、情報をもらうために市役所を訪ねたかったが、まだ7時代で早すぎたので、善通寺に行ってみることにした。

自衛隊の車両がひっきりなしに通る。自衛隊駐屯基地の先にりっぱな五重塔が見えてくる。まだ朝早いので、お遍路さんも少ない。五重塔の隣にある金堂へ入った。尼さんたちが掃除をしていた。

そこに、お賽銭箱がおいてあったが、「お米のかたはこちらへ」と書いて、別の箱がおいてある。聞いたら、昔は、みんなお米をお供えしていたので、その名残とか。今でも、お米を持ってくる人がいるので、こういう箱を設けている。1表袋を持ってくる人もいて、お供えしてあった。

8時半を過ぎ、市役所へ行って情報を聞いた。中学校の近く、「二頭出水(ふたがしらですい)」は、ちょっとした公園風に整備されている。水は透明で、錦鯉が泳いでいる。

立っていた説明書きによると、「この出水は、古くから農業用水として用いられるとともに、かつては、市の重要な水道資源としても利用されてきた。2ヶ所から水が常に湧き出ているところから二頭出水と呼ばれる」とある。

善通寺ため池へいってみたが、半分も水がない。そのあと、ミカン畑の山を越えて3分、吉原腕貸塚は、横穴式石室がのこる巨石古墳で、池の中にある。市役所でも「珍しいですよ」といわれたのが、大塚池だ。ここも水が涸れかかっている。

次に行ったのが、「永井清水(ながいのしみず)」。静かな住宅街にある。民家の庭から石段が水辺に続いている。ここで炊事の準備や洗濯をしていたのではないだろうか。昔、お殿様が休憩するために「お茶屋」と呼ばれる休憩所も設けられていたらしい。

善通寺市から、隣の丸亀市へ。ここでは、教育委員会の文化課で「条里地割」の情報を行く。昔の整然とした水田のあと「条里地割」の場所。「条里地割」自体は市内に3ヶ所ほど残っているという。その中で、市の南部に、仁池というため池があり、その堤からなら見れるのでは?とアドバイスをもらい、行ってみた。

途中、「セルフ うどん」があったので腹ごしらえ。冷たい「ぶっかけ」はうまいねぇ。特にこんな暑い日は。(10月末とは思えない) 昨日も食べたが、このコシのあるうどんは俺好みだ。土産も買おう。

それほど高い位置からではないが、遠くまで区画された条里地割のあとがわかる。長方形の畦がずっと続いている。

埼玉県の三富新田も、やっぱり短冊状に区画された地割が残っていて、文化的景観の候補になっている。(『栄養と料理』11月号では、地元埼玉から、ひとつくらいはと思って、この三富新田の雑木林の写真を載せています)

高松市を経由して鳴門市へ。道の駅で「讃岐うどん」の半生うどんのセットを買った。香川県を通りすぎると、とたんに「うどん」の看板が減ったような気がする。

高速道路で、淡路に渡った。今度は淡路島の西側を海岸沿いに走っている県道を北へ。サンセットラインと呼ばれるように、夕日が美しい。

1週間前と同じ、近くの岩屋温泉会館で入浴。コンビニで弁当食べて「道の駅 あわじ」で仮眠。明日は、4時25分発の「たこフェリー」で明石へ。そこから埼玉を目指すつもり。


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2007/10/28

2007秋、車中泊の撮影旅 (21) 津賀谷の棚田、土佐町の棚田、満濃池

071028
10月28日、日曜日、晴れ

昨日は、吾北村(?)の「道の駅 R633美」に泊まった。でも、嫌な予感は、たしかにしたのだ。

やっぱり夜中、バイクが来た。10台くらい。広い駐車場を乗り回す。時々、集まっては、何か話し合っていたが、きっと、「安全運転の心得」とか、「エコドライブ」についての勉強会だったと思う。(な、わけないか)

とにかくやかましいんだよ! 俺の他3台の車はいなくなり、車は俺一人。でも、俺は眠かったし、面倒なので、動かなかった。どうせ集会も、長続きしないのは知っていた。実際、1時間ほどしたらどこかへ去った。めでたし、めでたし。

今朝は、そういうわけで、寝不足で、起きたのは7時半。頭痛がする。車中泊の旅の、唯一のリスクが、バイクかな、と思う。まぁ、でも、俺もだいぶ慣れてきたので、たいした問題じゃない。

国道439を東へ進む。看板が出ていた。「津賀谷の棚田」。棚田の看板を見たら、行ってみるしかないでしょう。村道を1kmくらい上がっていくと、集落があり、左手にだいぶ大きな棚田が開けていた。ハサ掛けされた稲もある。

一番上まで行ってみたが、途中、半分くらいは耕作放棄されていた。それでも、かなりりっぱな棚田だ。あれだけの看板を立てるだけはある。

この国道439号線沿いは、「棚田街道」と呼んでもいいくらい棚田だらけだった。だから、しょっちゅう止まって写真を撮るので、なかなか進まない。

藁ぼっちがたくさん見れるようになると、そこは土佐町。ひとつの谷に入り込んだら、けっこう棚田がたくさんある。「道の駅 土佐さめうら」で聞いてわかったが、土佐町は、知る人ぞ知る、棚田の町なのだという。俺は知らなかったが。

道の駅で、地図をもらい、土佐町の棚田見学。「高須の棚田」というらしい(写真)。とにかく広い。谷一面が巨大な棚田だ。藁ぼっちは、最近少なくなったと道の駅の人はいっていた。コンバインで稲刈りするし、肥料や牛の餌として必要だった藁がいらなくなったからだ。

それでも、かなり多いと思う。ずっと走ってきたが、これだけ残っているのは、土佐町に入ってからだ。

土佐町から、大豊町を経由。ここで一件あったのだが、時期はずれなので、それは撮影をやめて、国道32号線で、高松方面を目指す。途中、うどん屋で、遅い昼食。

満濃池のほとりに着いたのは、午後3時。たくさんの観光客がいる。

池に、龍(大蛇)が住んでる話は、このあたりでは普通に言われている話だそうだ。『今昔物語』にも「その池は弘法大師のその国の衆生を哀れがるために築き給へる池なり。池などとは見えずして、海とぞ見えけり。池の内、底ひ無く深ければ大小の魚ども量無し。また龍の住家としてぞ有りける」(看板より)とある。

龍は、アジアでは「ナーガ」として、水を司る神様としてあがめられている。満濃池は、このあたりの水不足を補ってくれる大切なもの。水に対しての関心の高さの表れでもあるだろう。

近くの「塩入温泉」に。500円。アルカリ鉱泉を沸かしたものらしい。湯は少し白い。肌がツルツルになった。

財田町の「道の駅 さいた」に泊まる。(ここにも温泉があった)


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2007秋、車中泊の撮影旅 (20) 泉谷棚田、城川町茶堂、四国カルスト

071027
10月27日、土曜日、晴れ時々曇り

今日の撮影地は3ヶ所。

写真、上から順に、内子町(旧五十崎町)の泉谷棚田、城川町の茶堂、四国カルストの放牧。

道の駅を7時に出て、旧五十崎町の山の中へ。泉谷の集落は、県道から2kmほど奥まった谷にある。ここを訪れるのは数年ぶり。前回来たのは、5月の夕方だった。夕日を待つカメラマンが数人来ていた。棚田は変わっていないが、水車付の小屋、トイレ、遊歩道ができていた。山から出た朝日が、泉谷の谷を照らしていく。

看板には、「標高470m、4haに、95枚の水田を、5戸の農家で組織する「泉谷地区棚田を守る会」が中心となって、ほとんどの棚田を耕作している」とのこと。それと「おいしいお米を作っています。育てる喜び、食べる楽しみ。いっしょに体験してみませんか?」

県道に出て、山越えした。すばらしい景色。ところどころに民家が見える。河辺村のほうに降りて、国道197号線に戻り、南下。城川町へ。ここの道の駅で、「茶堂」について聞く。

地図をくれた。でも、特別「これ」という茶堂はないそうなので、自分でいい茶堂を探さなければならない。でも、それがいい、ともいえる。自分で探すことのおもしろさ。そもそも、茶堂が何であるかさえ知らないで来た。なので、「茶堂って何ですか?」と幼稚な質問をしてしまった。

駅の人は、「お遍路さんたちにお茶をあげたりしたのが始まりらしいです。今でも、何かあると村人が集まる集会所みたいになっています」という説明に納得。

実際、城川町をあちこち周ってみた。最初見つけたのは、県道2号線沿いの茶堂。屋根つきの休憩所のようで、石仏などが祭られている。これはいい。山の景色を見渡せるようなところもあった。

道沿いにあるものはわかるが、ちょっとでも外れていると見えない。でも、だんだん茶堂に目が慣れてくると、林の奥にひっそりたたずむ茶堂や、集落の屋根の重なりの中から茶堂が見えるようになるから不思議なもんだ。

城川町は、美しい棚田が多い。写真を撮っては止まり、撮っては止まりしているので、なかなか前に進まない。

ある集落の商店で飲み物を買ったついでに、近くの茶堂について聞いた。商店のおばあさんは、この上にある集落の茶堂では、毎年お盆のとき、村の人が集まってお祈りしたり(びわの葉を使って何かやるらしい)、そのあと飲み食いしますよ、と教えてくれた。そういう伝統的な祭りをやっているのは、ここくらいなものらしい。

もちろん、昔は、それぞれの茶堂でも、同じような祭りがあったのだろう。おばあさんの話から想像すると、茶堂は、お遍路さんへのお接待のためというより、この地区ではもっと宗教的なものだったらしい。お寺の代わりをする場所?

その村は、郵便局の脇道を上のほうに1kmほど上るとあった。村の入り口に茶堂の屋根が見えてきた。そして、

「すごい」

なんと、そこから、谷を挟んだ向こう側の斜面が、棚田になっているのが見える。下から上まで、100m以上はあるかもしれない。ここは、もちろん「棚田百選」ではないが、これだけのは、「棚田百選」の中に入れてもぜんぜんそん色ない、すばらしい棚田だ。

城川町から、野村町、柳谷村と、山の上のほうに上っていった。高知県と愛媛県の境の尾根道なので、両県を出たり入ったり。

四国カルスト県立自然公園。ごつごつしたカルストの中で、放牧が行われている。それにしても、今日は風が強い。寒くはないが、体が飛ばされそうになりながら写真を撮る。危ない。

でも、だからこそ、雲もすごい速さで移動するので、いい光が高原を走り、写真的にはいい日だった。そしてこれだけ上まで上がってくると、紅葉がちょうど盛り。明日、日曜は、ここで「紅葉祭り」があるそうで、野外ステージを組んで、準備中だった。明日は、渋滞するらしいよ。(今日来ておいて良かったかも)

夕方、カルスト台地の北側へ降りた。

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2007/10/26

2007秋、車中泊の撮影旅 (19) 四万十川の沈下橋、大洲市の境木、ナゲ、竹林

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10月26日、金曜日、

昨日は、土佐市でブログをアップ後、須崎市から国道197号線に入り、東津野へ。ここには四万十川源流がある。源流そのものには行かず、「一本橋」を見に行った。道の駅で情報を聞き、国道439号線沿いにある橋へ。

「芳生野早瀬の一本橋」という立て札が立っていて、あとで触れる老夫婦の持っていた資料によると、諏訪神社を祭り始めた1352年より、一本橋を架け続けてきた。現在は、杉丸木3本をかけている。名前だけは「一本橋」だ。

四万十川にいくつも架かる沈下橋の原型と考えられ、「流れ橋」といわれる。増水すると、丸木自体は流されるが、ワイヤーで固定してあるので、水かさが通常に戻ったとき、元通りに架け直す。杉丸木は、約15年ごと架け替えている。

橋は、現在でも地元の人に使われている。対岸の諏訪神社に行くときとか、農作業へ行くとき。渡ってみたが、頑丈でびくともしなかった。下を、清流が流れている。

橋のそばに住む老夫婦と話した。今、国道になっている部分は、明治、大正初めまで、桑畑と生糸工場があった。その後、桑畑の代わりに、水田を作った。そして、最後、国道を作って田んぼをつぶした。この国道に、そんな歴史があったんだね。

たしか、山形県朝日町の「くぬぎ平の棚田」も桑畑だったと思う。それが水田に変わったところは、ここと同じ。

ところでおじいさんは、昔は、この川の上流が四万十の「源流」と考えられていたが、長さを測ったら、もう一本、道の駅の近くを流れている川の上流が「源流」になった。日本では、ふたつの流れのうち、長い方の流れを「本流」、短い方の流れを「支流」とするのではなかったかな。(記憶違いならすみません)

「学校の校歌にもこの川が源流と歌っていたのに、向こうになってしまって・・・」おじいさんは笑いながらいった。川の文化的源流と、科学的源流が違うことは、メコン源流へ行ってわかったこと。地元の人たちが信じる源流にはそれなりの理由があるのだ。

メコンでは、聖山があり、そのふもとに沸く泉が、人間と家畜の貴重な水場だった。だから現地チベット人たちは、そこを源流と言っていた。でも、科学的には、別な場所だった。

たぶん、ここでも、こっちの流れの上流が源流だと信じていたのには、何か理由があったはず。時間があればそれを探ってみるのもおもしろいかも。(誰かやってください)

おじいさんに、近くに「大わらじ」があるので、見ていけばといわれた。旧暦1月28日(現在は2月の最終日曜)に、新しく作り直され、村の入り口に吊るし、無病息災を祈願するもの。

一本橋から梼原のほうへいった村の入り口にあった。長さが1m以上。でかい。龍馬が脱藩したときも、下がっていたらしい。

「大わらじ」からさらに梼原に向かっていくと、右前方に、神在居の棚田が見える。その坂を上っていく。交流センターの建物に車を停め、周辺を散策。直径5mほどの丸い棚田もそのままだ。

ここは、初めて棚田オーナー制度ができた棚田。「こんな田舎に都会の人が来るわけない」と地元の人たちは考えていた。ところが、騙されたと思って(実際そう思っていたかも)オーナー制度を作り、「四万十」にかけ「40010円」の料金設定で募集したところ、翌日、役場の電話は鳴りっぱなしだったという。すごい反響だった。

「田舎には何もない」と田舎の人は言う。ところが、田舎にしかないものが、たくさんあることに、都会人が気がつかせてくれた。だからこれは、田舎と都会の文化の融合なのだ。

棚田を下り、国道を東津野の方に戻り、国道439号線を南に下る。この道も狭かった。でも、川沿いに走る道で、風景はすばらしい。

暗くなったころ、ようやく大正に着き、大正温泉を探した。ある民家で聞いたら、今、改装中で、営業してないから、一の又渓谷温泉に行ったらと勧められた。大正の町から5、6kmはなれた山の中。すっかり暗くなってしまい、ほんとに温泉なんかあるんだろうか?と不安になったとき、やけに長いトンネルをくぐって出て左に曲がったところが温泉だった。

ところが、建物もない。門だけ。街灯の明かりが、門から川のせせらぎが聞こえる川底へと続いているので、こっちだろうなと不安に思いながら数十m降りていくと、あった。

けっこうテレビの旅番組で紹介されているらしく、森三中とか、千葉真一とか、有名人たちの写真とサインがずらり。こんなに有名な温泉だったか。

それにしても、入ってみてわかったが、これはテレビ番組ウケするね。いかにも「秘湯」的雰囲気だ。建物といい、周辺の風景といい、絵になる。もちろん、温泉が良かったのは言うまでもないが。840円。

町に戻り、「道の駅 四万十大正」に泊まる。

そして、今日。

夜中から降り続いた雨は、朝も続いていた。しばらく様子を見てゆっくりする。9時ころ道の駅を出る。国道381号線を西に。左手に四万十川を見ながら走る快適な道。4kmほど行くと、茅吹手沈下橋が見えてきたので、まず遠くから写真。そのあと、坂を下り橋を渡る。欄干がないので注意してわたらないと。

雨が激しく降る中、写真を撮り、十和の役場へ。棚田の場所を聞いたが、それほどまとまったところはなく、どの谷でも中へはいりこんでいけば、石垣や棚田はあるということなので、地吉という集落の谷に入っていった。

地吉の夫婦杉というりっぱな2本の杉の木。集落を歩く。川そばに数枚の棚田。そして石垣で作られた茶畑。国道に戻る途中、ハサ掛けされた稲をみたので、写真に撮る。(写真)

「道の駅 とうわ」は、7月1日オープンした新しい駅。新しい木の香りがする。ここに、「しまんと 焙茶」というペットボトルを発見。「じつは茶所 四万十川水系」と書いてある。その通りかも。さっき入っていった谷にも、水田よりは、茶畑が多かった気がする。他に、「しまんと 紅茶 RED」というものも売っていた。

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次ぎ、半家沈下橋、西土佐の役場を過ぎて、15kmくらい下った、口屋内沈下橋。(写真)

西土佐に戻る途中の岩間沈下橋。ここに展望台ができつつあった。おじさんがひとりで作業。実はこのおじさん個人で作っている展望台だという。「道楽ですよ」などといっていたが、セメントなど数十万円は個人負担だ。

観光客の人たち、雨降ったとき、たいへんでしょうからといって、今、屋根をかけようとしている。人がいいというか。この前、カメラを置きっぱなしでちょっとここを離れたら、カメラを盗られたよといっていたが、それでも、観光客がたくさん来てくれるのがうれしいようだ。うーん、何ともすごい人である。

今度は西土佐から、国道381号で西へ。途中の県道に、「佛木寺」という寺があった。古い鐘突き堂。そうだ。ここは四国。お遍路さんがたくさんいる。白装束のおばあさんたちは、バスで回っているようだ。そして四国に入ってから、道を歩いている巡礼者を、何人も追い抜いた。

午後4時、大洲市に到着。市役所で情報を得る。「畑の境木」、「肱川のナゲ」、「御用やぶの竹林」。なんだかわからないので聞くしかなかった。

まず、境木は、地元で「ボケ」と呼ぶ、畑と畑の境を示す木。高さ1mから2.5mくらいある。それが肱川の近くの畑に点在している。その先に、防水林の役目をする竹林があった。これを「御用やぶの竹林」という。堤防に竹林は珍しい風景だ。

「ナゲ」は、市役所近くの橋のそばにあった。昔の船着場だ。写真を撮っていると、散歩途中のおばあさんが現れて、「何を撮っているんです?」と声をかけられた。

おばあさんは90歳近いという。彼女が20代のころは、このナゲで洗濯をしていた。昔は水ももっときれいだった。対岸に留まっている小船は、この肱川で夏行われる鵜飼を見る観光船らしい。

おばあさんは聞いた。「ここはいいと思いますか?」「山と川があって、いいところだと思いますよ」と答えた。「ここにずっと住んでると、ここがいいところかどうか、わからなくなるんです」深い言葉だ。

昔はひっきりなしに船がこのナゲにやってきては荷の上げ下ろしをしていたことだろう。それは、おばあさんも知らない遠い昔の話。対岸には当時交易をしていた商家の屋根も見えた。

このあたりでは、サトイモ、カシワ(鶏肉)、コンニャクなどをいっしょに鍋で煮る「芋煮会」のような慣習があるというので驚いた。山形県の芋煮会では、牛肉を使うがここでは鶏肉。それは違うが、醤油味は同じ。

せっかくの面白い話の途中で、仕事の電話が入ってしまい、おばあさんはどこかへ行ってしまった。でも、あとでまた見かけたので、絵葉書をあげた。

暗くなってから、内子町に向かう。「道の駅 内子フレッシュパークからり」に泊まる予定。近くに竜王温泉というのがある。ここに来るのは4度目くらいかな。


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2007/10/25

2007秋、車中泊の撮影旅 (18) 芸西の琴ケ浜松原

10月25日、木曜日、雨のち曇り

お知らせです。

去年に引き続き、今年も「東京棚田フェスティバル」があります。ここで俺はスライドショーをやります。今、撮影中の、撮れたての棚田写真も使う予定ですので、よかったら来てください。
詳しくは、棚田ネットのホームページでどうぞ。
http://www.tanada.or.jp/
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《第2回東京棚田フェスティバル》
【日時】11月10日(土) 正午~午後5時
【場所】東京交通会館前広場 <地域の物産と棚田米販売>
    交通会館1階「農's(のうず)ギャラリー」<スライド上映ほか>
【農'sギャラリーでのプログラム】 ※入場無料
  ・スライド&トークショー:写真家・青柳健二
  ・スライド:棚田ビオトープの生き物たち(仮題)
  ・DVD上映「よみがえる棚田~美しき日本の原風景~」
――――――――――――――――――――――――――

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今朝は雨。あとで曇りになってきた。「道の駅 大山」を出て、国道55号線を高知市の方へ。15kmほどの芸西の琴ケ浜松原に寄って写真を撮る。手前に、砂浜と松原を見渡せる休憩所があった。下のテトラポッドまで降りていって、波しぶきを避けながら写真を撮る。

そのあと、近くまでいった。和食駅の先だ。(これは「わじき」と読む。地元のじいさんは、外の人はみんな「わしょく」と読みますとのこと)ここに地元の直売所、「かっぱ市」があり、その横の道を海岸に降りていくと、松原が広がっている。

琴ケ浜松原は、芸西村の小高い海岸砂丘に広がる松原で、松林の姿が琴の形に似ているから、また、風邪が吹くと、琴を奏でているような音が聴こえるところから、琴ケ浜松原の名前が付いたそうだ。

土佐藩の文献によると、野村兼山という人物が、防風や潮害防止を目的に松を植林したということだ。風を受けた松の木は、全部陸側に傾いている。(写真。歩いているおばさんが傾いているわけじゃないよ)

それだけすごい風が吹くということだ。潮が吹きつけられて、農作物にも被害が大きかったろう。それを何とか防ぎたいという思いが作り上げた、りっぱな文化的景観だ。

おじいさんが松の木の前に座っていた。通り過ぎようとしたら、突然「ワシを撮っちゃ、いかんぜよ」といった。「おじさん撮りに来たわけじゃなくて、松の木です」

でも、このおじさん、自分のことを良く知ってるね。撮りたくなるような風貌、雰囲気をかもし出している。『ペルソナ』を撮った写真家の鬼海さんなら、きっと写真集の中に納めるだろう人物だ。

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カッパ市に寄った。ここで、海産物がすごく安かったので、俺は、昼用に、ヒメイチの寿司(写真 250円)、生節(ビンチョウマグロ 180円)を買った。

高知市からは国道56号線を西に行って、土佐市に。ここのマックでブログをアップ。これからまた山へ入るので、俺のピッチは圏外でブログのアップができなくなる(と思う)。

須崎市から国道197号線に入り、四万十川の源流を目指すつもり。今から15年ほど前、ある雑誌の撮影で、四万十川沿いを走ったことがある。それ以来だ。

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2007/10/24

2007秋、車中泊の撮影旅 (17) 上勝樫原の棚田、木頭ゆず畑、宍喰の水床湾、馬路村千本山

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10月24日、水曜日、晴れ

昨日は鳴門市でブログをアップしたあと、徳島市を抜け、県道16号線に入った。上勝町の中心に着いたのは、午後4時過ぎ。夕暮れには間に合った。

そこから樫原の棚田までは6kmくらい。そのまま県道を西に進み、狭い山道に入り、九十九折の坂をどんどん上っていく。県道からは3kmくらい。ひとつ集落を抜け、次の集落の入り口、水車小屋が見えたらそこが樫原の棚田だ。車が2、3台停められるスペースがある。このあたり、何も変わっていない。

ここを訪ねたのは、5回目くらいだろうか。でも、この時期は初めて。稲刈りもすっかり済んで、棚田はひっそりとしていた。ススキが多い。13日月が山の上に出ている。

暮れていく棚田を静かに眺めていると、近所の民家の犬が吠え出した。この時間帯は特に吠えられる。俺は犬が不安になる匂いをしているのかもしれない。

月とススキを入れて写真を撮った。

写真を撮ったあと、徳島市のスーパーで買ったおにぎり弁当を食べる。棚田米じゃないのが残念だけど、棚田でごはんを食べるのは、やっぱり美味しい。

暗くなってから、坂を下りて、町へ戻り、月ヶ谷温泉に。この温泉も何度も入っている。500円。弘法大師が修行中、この温泉を知り、効能を民衆に伝えたとかいう伝説があるらしい。

直売所「いっきゅう茶屋(日浦休憩所)の駐車スペースで泊まる。

今朝、6時半に出発。県道16号線を西へ進む。八重地トンネルに入ったら、出口は遠い山並みだけで、道が途切れているように見えた。まるで、空へ続いているような。

そこが、上勝と木沢の境。道は急坂を下っていく。野生のシカがいた。まだ若くて、柔らかそうで、美味しそう。シカが増えてきたので、食肉として販売を始めた地方があったと思う。一度、宮崎県で、シカ刺しをごちそうになったことがあるが、なかなかいける。

ところで、今日見たあのシカ、俺の手で捕獲して食べても、いいのだろうか。野生動物保護法とかいう法律あるはずだけど。どうなんでしょう。もっとも、俺に捕まるシカは、絶対いないだろうけど。

すごい風景。大きな谷の反対側斜面の上のほうに、民家が見えた。川からは、100mくらい上だ。どうやってあそこまで行くんだろうか。もちろんどこかに道は続いているんだろうが。

下りきると、国道193号線に出る。それを左折、南にいく。那賀川の出合橋で、国道195号線に入る。橋を渡り西へ向かう。

木頭村は木頭ゆずの産地。役場で栽培場所を聞いた。「このあたりはどこでもゆずを作ってますよ」というとおり、役場を過ぎて1kmくらいもっと西(高知県境側)に走ると、道の両サイドにはゆずの木が。ゆずの黄色が朝日に輝いている。目のさめるような色だ。

ある集落に降りていった。神社があって、そこに車を停め、ゆず畑のほうに歩いていくと、おばあさんが休憩中。ゆずの畑の写真を撮りに来ましたというと、@@さんのところは、もう熟しているから、その畑がいいでしょうと教えてくれた。収穫は11月になると最盛期を迎えるらしいが、ぼちぼち収穫している人の姿も見える。

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ところで、このおばあさん、背中に何かの長い葉を背負って歩いていて、そこで休憩していた。最近ではなかなか見なくなった昔ながらの荷物の運び方。中国雲南省では今でも日常的に見るけど。ところがあとで、おばあさんは、車を運転して町の商店に買い物に来ていた。荷物の運び方も、新旧使い分けてるということだ。

商店に入ってみたら、ちょうど地元産のゆず商品が置いてあった。木頭産の契約栽培ゆず、国産蜂蜜、四国剣山系の地下水で作った清涼飲料水「ゆず みつ」(180円)。程よい甘さが喉に優しい。

それと、ゆず果皮と砂糖で作った「木頭ゆずカンロ」(370円)。今回は酒が飲めないし、甘いもの好きな俺としては、運転中に口寂しいときにはうってつけ。

195号線から海川口から橋を渡って、県道に入り、4km下ると、国道193号線に戻った。これで、太平洋にまもなく出るつもり、だった・・・。

ところが、この193号線は、すごかった。ほんとに国道か?と思うほど狭い道のカーブ連続で、それが延々と続くのだった。この道、通る必要あったのかな? と、言いながら、山越えの道、嫌いではない。すごい風景に出会うのも、こんな山道だから。

海南町に入ると、道はようやく国道らしくなったが、海まではまだ少しあるので、駐車帯で休憩。ブログを書く。静か。車がほとんど通らない国道193号線だった。

海に出て国道55号線を南に下り、宍喰町の水床湾に寄る。室戸阿南海岸国定公園になっている水床湾は、「阿波の松島」と呼ばれている、岬や入江が入りくんだリアス式海岸。閉鎖された国民宿舎の敷地から見晴らしがいいと聞いたが、それほどでもなかった。

国道55号をさらに南下。東洋町で国道493号に入る。山道だ。また193号のようなすごい道なのかと思ったら、意外とそうではなかった。峠を越して下り、北へ向かう県道12号線を右折。馬路村に入る。

魚梁瀬の手前、ダムの展望台に清掃中の作業員がいたので、「このあたり、美林があるそうですが」と聞くと、「それは『千本山』のことでは?」という。スギやヒノキの林なのだという。「きっとそれです」といって、行き方を聞いた。

村の入り口に案内板もあったし、「千本山」への立て札も立っていたので、迷うことはなかったが、遠かった。着いたのは、4時半を過ぎていて、うっそうとした林に夕暮れが迫り、ちょっと怖い雰囲気。当然、この時間では、もうだれもいない。木の葉が落ちてくる音に敏感になる。

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ここは「土佐森林浴の森50選」にもなっているし、「千本山林遺伝資源保存林」にもなっている。天然魚梁瀬スギをはじめとする貴重な動植物の宝庫だそうだ。

千本山の頂上までは、登山道がついている。30分ほど、途中まで上った。そこから美しい自然林を眺めることができた。

車に戻ったときには、暗くなっていた。早く山を降りたい気分。俺は意外と臆病なところもある。

魚梁瀬を過ぎ、馬路村の中心部を通り、道に迷い、人に道を聞き、安田町の海に出た。国道55号線に戻って、北西へ。5km先に、「道の駅 大山」があった。ここでブログを書き、アップ。そして宿泊も。今日は一日山道で、さすがに運転は疲れた。

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2007/10/23

2007秋、車中泊の撮影旅 (16) 明石海峡大橋、洲本市由良

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10月23日、火曜日、晴れ

昨日、「道の駅 あわじ」に泊まったが、明石海峡大橋は夜、ライトアップされる。巨大な橋。よく、こんなものを造れるもんだと感心する。

考えてみれば、大学の卒業研究が、たしか(違っているかも)、金属材料の両端を固定したときの、揺れの解析みたいなものだった。こういう橋にも応用されているのだろうか。

それにしても、卒業してから20年以上たつが、だいぶ違う「道」を歩いてきたなぁと思う。かたや、橋を造る人間になり、かたや、その橋を不思議がる人間。

今朝、6時半に起きてから、橋の周辺を散歩した。気持ちいい朝。橋の下を昨日乗った「たこフェリー」も通る。大型船も何艘か通過した。岸には人が朝早くから20人ほど来ていて、釣りをしていた。

国道28号線を南に下る。広々とした風景の中を走る、快適な道だ。45分ほどで、洲本市に着いた。

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ここから国道を外れて、県道76号線に入り海沿いを走る。市内から数km先に、目的地の由良がある。この由良港と、由良港を囲むようにある成ケ島を見渡せる「展望台」の標識があった。「展望台」というほどいいところではなかったが、他にないらしいので、ここから写真を撮る。(写真) 時間や時期を違えればまたいい写真が撮れるかも。

県道に戻り、先へ進む。人家もない山道。ジャングルのようなところを行く。突然、「ナゾのパラダイス」という看板。????

怪しい・・・。バブルで放棄されたテーマパークか何かかな?と思った。すると目の前に、「朝日テレビ探偵ナイトスクープ紹介」と書いたゲートが現れた。怪しすぎだー。でも、閉まってる。

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その先、150mほどのところにドライブイン。通りかかったら、おばあさんが笑顔で、「いらっしゃい」という。それで車を止めてしまった。俺は、ばあさんの笑顔に弱い。

「ナゾのパラダイス」とはなにか、聞いた。「男女交合です」という。ますますわからなくなったが、まぁ、いやゆるそういったたぐいの展示物があるということらしい。これは有名(DVDも発売されている)だそうで、知ってる人は知ってる「パラダイス」なのだろう。

何年に一度、ちゃんと警察の監督も受けている。「これはOK、これは駄目」とか言われるらしい。こんなネット時代になったからこそ、アナログな場がウケているのかも。

でも、こういうものは、ひとりでまじめに見るものではないので(しかも、他の観光客もいないし)、入場料500円はケチった。それにしても水仙園といっしょに経営しているのが面白い。

経営者はおじいさん(草刈中で不在だった)らしいので、たぶん、そのおじいさんがアイディアマンなのかもしれない。他に「平家の資料館」なるもの(なぜか、入り口にはゴジラ?の石像)もある。

おばあさんは言った。この県道ができる前から水仙を作っていた。昔は、水仙を背負って山道を運んでいた。それを大阪に出荷していた。道ができてから、観光客が増えた。水仙の時期になると、観光バスもやってきて、大混雑するという。

「ナゾのパラダイス 立川水仙郷」の看板に、「3倍おもしろい」と書いてあったが、水仙より、3倍おもしろいという意味だろうか? でも、2倍でも4倍でもないんだなぁ。

ナゾのパラダイスを去って、10kmほどいくと、モンキーパーク(野生のサルがいるらしい)があり、さらに先には、別な水仙園、黒岩水仙郷があった。こっちは「普通」に見える。俺は、さっきの水仙郷の方が気になる。

鳴門海峡に到着。「道の駅 うずしお」へ。ここで、うず潮を見ることができる。時間的に、まだ4時間くらいあるようなので、それはまた、ということで、四国へ渡る。

でも、大好きなフェリーがない。他に方法がないので、全長1629mの大鳴門橋を渡る。道の駅から2kmほどのところに淡路島南インターがあった。そこから入って、りっぱな橋を渡り、四国は徳島県に上陸。鳴門北インターで降りた。わずか7分の高速道路。

鳴門市内にマックがあったので、昼食兼、ブログ書き。これから徳島市を抜け、山へ入るので、当分ピッチは圏外。ブログのアップができないので、今日は早めに、ここでアップ。

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2007/10/22

2007秋、車中泊の撮影旅 (15) 湯浅町のミカン畑、淡路島

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10月22日、月曜日、晴れ

昨日の夕方、「道の駅 明恵ふるさと館」でブログをアップしたあと、まだ寝るには早いので、一仕事しようと、道の駅の青年に、近くにマクドナルドありますか?と聞いたら、自分もそっちへ行くので、後ろ着いてきますか?と親切にいってくれたので、連れて行ってもらった。車で20分、湯浅町にあった。旅先では、マックが仕事場だ。終わって、道の駅に帰る。

今朝、7時前に道の駅を出発直前、ちょうど昨日の青年がやってきてあいさつする。「昨日、無事に戻れました?」「わかりやすい道を帰ってきたので、何とか」

国道42号線、湯浅町手前にコインランドリーがあったので、洗濯。そのあと、県道20号線に入り、通学途中の学生をたくさん追い抜きながら、役場を探す。役場は、町の中心部の昔ながらの細い通りにあって、建物自体も昔のままで、かえって趣がある。

湯浅は、散策するのも面白そうな町だ。ここは、醤油発祥の地だという。鎌倉室町時代からの手作りの醤油があるらしい。

ここで、果樹園の場所を聞いた。それによると、町中がミカン畑だが、海と島とミカン畑がいっしょに見れる場所があるはずというので、その場所を聞いた。だいたいの場所さえ聞けば、あとは自分で探すしかない。

県道20号線に戻り、海沿いの道に出た。漁村のはずれに役場で教えられた寺があり、坂道を登っていった。ミカン畑が続く。収穫が始まっているらしく、地元の軽トラックがひっきりなしに通るので、車の駐車場所を探すのに一苦労した。

でも、上からの漁村とミカン畑の雄大な風景はいいね。山を一つ越した東側に見えていた町は、湯浅町だろうか。コーヒーを沸かして飲み、しばらくボーっと海を見ていた。今日は快晴で、気持ちいい。

坂を下り、県道に戻り、北へ。有田市、海南市、和歌山市などを通過し、国道26号線をずっといくと、大阪駅の近くまで行ける。そこで、国道2号線を左折し、神戸の方向へ。

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明石市に着いたのは、午後4時40分。意外と時間がかかってしまった。淡路へ渡る「たこフェリー」は、次、5時10分発だった。所要時間は20分だけ。

出発して、西側を見たら、ちょうど夕日が海に沈んでいこうとしていた。いわし雲が出た。旅するカップルが、携帯で夕日の写真を撮っていた。淡路に着く直前、明石海峡大橋の下をくぐる。

フェリーを降りて、すぐ近くの「岩屋温泉」に来た。石鹸で髪を洗う昔ながらの温泉。浴槽は、3階部分にある。明るかったら、海も見える。お湯は良かった。560円。受付のおばさんによると、ここは30年前からやっているという。

休憩できるちょっとしたロビーは、近所の人たちの憩いの場でもあるらしい。酔っ払って風呂に入ったおやじが、ふらふらで着替えていたり、なんだか面白い雰囲気だ。俺は、半分は理解できないその会話を耳にしながら、このブログを書く。耳が慣れないと、同じ日本語でもよく聞き取れないということがあるんだね。

明石海峡大橋のふもとにある「道の駅 あわじ」に泊まる。温泉は、圏外なので、道の駅からアップする。

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2007/10/21

2007秋、車中泊の撮影旅 (14) 四郷串柿の里、有田川「あらぎ島棚田」

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10月21日、日曜日、晴れ

昨日は、桜井市のマックでブログをアップしたあと、13kmほど南、大淀町の、「道の駅 吉野路大淀iセンター」で泊まった。

今朝、6時過ぎ、ざわざわする音にめを覚ました。地元の農家の人たちが農産物を運び入れているのだった。今日は朝市の日らしい。

国道370号線に出て、五條市からは24号線で西に進む。これと北側に平行に走っている、紀ノ川広域農道に入る。山際を走る風景が美しい道だ。柿とミカンの生産地。

国道480号線にぶつかったら、北上、かつらぎ町の四郷というところへ行った。ここは、「四郷串柿」で有名な、柿の里だ。480号線は一部工事中で、通行止めの手前から、左の道に折れて、とんでもない狭い道を行ってしまったが、(あとで迂回路があるのを知った)4kmほど進んだ山の中腹に民家の屋根を見たときには、やっぱり村があったんだと、ほっと一安心。

急坂を登っていくと、7,8軒の民家が並ぶ村だったが、柿の木だらけで、さすが柿の里。皮むきの作業をしていた夫婦がいて、話をうかがった。今、皮むきをしているのは、食べるための柿だ。

串柿というのは、食用というよりは、お供えなのだという。正月用らしい。だから、まだ早いので串柿を干していない。

串には10個の柿を刺し、吊るして乾燥させる。その光景はすごいらしく、11月10日過ぎ、その最盛期になると、写真を撮るためにたくさんのアマチュアカメラマンたちがここを訪れるとのこと。

柿の直売所なんかはないのですか?と聞いたら、いくつかあるという。この村から、いったん国道に出て、下ったところの村に、2軒店があった。

そのうちの1軒「峠の茶屋」を覗いたら、おばあさんがいた。その笑顔に引き寄せられるように、俺は店に入っていった。

柿はもちろんだが、餅も売っていたので、緑のヨモギ餅と、赤いエビ餅(餅に小エビを混ぜてあり、あんこを包んでいる。アイディア商品だ)を1個づつ買い、そこにあったテーブルで食べた。おばあさんは、お茶を出してくれた。

ほんとに、昔の茶屋はこんなふうだったのではないだろうか。この気取らない民家の軒先と人柄が、すっかり気に入ってしまった。

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おばあさんは、83歳。この店を営業して16年になる。今は、おばあさんの娘さんが手伝っている。全国の棚田や畑の写真を撮って旅しているというと、棚田に興味があるというので、写真集『アジアの棚田 日本の棚田』を見てもらった。これには、これから行こうとしていた、和歌山県有田川町の「あらぎ島」の棚田も載っている。もちろん、彼女たちもこの棚田は知っていた。

柿をごちそうになってしまった。みずみずしい甘い柿。(写真) お礼に、ポストカードをあげた。この店が気に入ったのは、店名通り「峠の茶屋」の雰囲気があり、おばあさんの笑顔がよかったからなので、おばあさんの写真を撮らせてもらった。ブログに載せてもいいというので、今日の写真は、このおばあさんの写真です。

すっかりのんびりしてしまった。出るとき、「これ、もってって」と、また柿をもらってしまった。ありがたく、いただきます。

四郷から、山を下り、国道480号線に入り、高野山へ。日曜ということもあってか、高野山までの道は車で混雑していた。高野山には観光客がたくさん。今回は、通過した。

高野龍神スカイラインを走る。尾根道なので、山並みがよく見える。途中から、花園村に下りて、国道480号線を西へ。

有田川町の棚田「あらぎ島」へ。ここは大きく変化していた。まず、棚田の後ろ側にバイパスができたので、風景が変わってしまったこと。そしてバイパスのおかげで、棚田を見る道は、車が通らなくなったので、静かに見学できるようになったこと。(昔は、大型トラックなどひっきりなしに通って危なかった)

写真的には、正直、バイパスがないほうがいいのだが、でも、地元の要請があってこうなったのだろうから、なんともいえないところだ。

でも、やっぱり、ルートは変更できなかったとしても、橋の色とかは、目立たないように何とかできたのでは?と、疑問が残る。一応、この棚田は、町の顔であったはずだし・・・。せっかくの風景なのに、もったいないと考えるのは、旅人の勝手な思いだろうか。

清水温泉のところにある物産展に寄ってみたが、まだ、新米は出ていなかった。店員の話では、そろそろJAから新米が届けられると思いますという。新米を買おうと思っていたので、残念。

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食事処「赤玉」に入った。以前、棚田百選の取材中、この店の「わさびずし」を撮らせてもらった。店主は、不在だったが、店には『日本の棚田百選』がおいてあったので、「この著者です」と店員さんに自己紹介し、今回も「わさびずし」をブログに載せさせてもらうことにする。

赤玉といったら「わさびずし」。サバかアユの煮つけを載せたすし飯を、ワサビの葉で巻いたもの。昔食べたとき、美味しかったので、今回も是非と。

「わさびずし定食」(1000円)、わさびずし3個と、うどんか、そばか、ラーメンを選ぶことができる。(写真)

食事後、国道480号線を和歌山方向へ下って、金屋近くの「道の駅 明恵ふるさと館」に泊まる。

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2007/10/20

2007秋、車中泊の撮影旅 (13) 室生村深野、吉野町「国栖の里」割箸作り、明日香村稲渕棚田、二上山

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10月20日、土曜日、晴れ時々曇り

今日は、朝から晩まで写真も撮ったし、取材もしたので、今日のブログは長いよ。覚悟して。

今朝、「道の駅 室生」を6時20分に出発。三重県名張市方向へいったん向かい、数km先から、左折して山道をひたすら登っていく。すると、深野集落に着く。一見していいところだなぁと思う。

ちょっと小雨もパラついたが、7時半をすぎたころから晴れたり、曇ったり。手前には、民家、柿の木、棚田。遠くの山並みが霧でかすんでいる。時々、日の光が当たって、山の稜線を浮き上がらせる。

集落の中に、深野神明神社がある。この前で写真を撮っていると、1台の車が止まり、カメラを持ったおじさんが降りてきた。「光があればいいんだけど」おじさんが来たとたん、曇ってしまったのだった。

おじさんは田んぼに植えてあるコスモス畑の中に入って写真を撮っていた。戻ってくると、「この近くにいいポイントがあるので、いっしょに付いてくるかい? にいさんが気に入るかどうかわからんけど」というので、「いいですか? 気に入らなかったら戻ってくるだけだから」

それにしても、地元の人の運転は速い(あとで、滋賀県人だと知ったが)。付いていくのがやっとだ。「近く」といったが、20kmくらいは走っただろう。狭い山道をすいすい飛ばしていく。

最後、標識もないせまい道へ入ってぐんぐん上っていった。そこが、おじさんお勧めのポイント。たしかに良いね。おじさんは何度も滋賀から車を飛ばしてここまで写真を撮りに来ている。2週間前に撮ったという、靄がかかったこの風景のプリントを見せてくれた。

谷を挟んで両サイドに民家がある集落はそれほど多くない。美しい山里だ。「ところで、ここは何ていう村ですか?」と聞いたら、おじさんはまったくわからなかった。道は知っていても、ここが何町、何村のどこかもわからないという。でも、写真を撮るにはそれで充分ということだろうか。あとで地図で見てみたら、室生寺の近くだった。

今日は、吉野町の「国栖の里」で、人と会う約束をしていたので、昼前までには着かなければならなかった。それで、このおじさん、いろんなところ案内してくれるというのだが、俺にかまわないで先に行っていいですよと断った。案内してもらったら、面白かったと思うけど、残念。

おじさんを見送ったあと、日が出るまで粘ってみた。そろそろ時間なので、切り上げ、いったん下の方に下り、向かい側の谷に上ったら、おじさんが言ったとおり、棚田があった。

どこをどう走ったのか、最終的には、県道16号線に出て、昨日通過した吉野町「国栖の里」に到着。11時半だ。約束した人というのは、ここの割箸協同組合の人。昨日電話して、割箸作っている人を紹介してもらうことになったのだ。

今回の旅、適当に旅しているように見えるでしょうが(実際、9割方はそうだけど)、どうしても、寄りたいところが何ヶ所かある。伊勢神宮の祭り「初穂曳き」もそうだし。吉野の木材を使った割箸作りの人にぜひ会って、あることを聞いてみたいと思っていたのだ。

協同組合の場所がわからず電話しようとしたが、俺のピッチは圏外なので、民家を訪ねて、場所を聞いた。でも、その人は、場所を知らなかったので、電話してもらい、それでようやく場所もわかった。(この人の苗字、昆布さんという。この話、長くなるのでこれ以上触れないが)お礼をいい、協同組合へ向かった。

そこは、観光協会も兼ねていた。迎えてくれた職員に、Tさんという割箸作りの人の工場を教えてもらった。

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Tさんに話を聞く。吉野の割箸は、スギとヒノキを使う、日本でも最高級の割箸を作っている。スギの間伐材の真ん中から柱などを取ったあとに残った端材で作る。中国の安い割箸の作り方とは違う。

端材で作っているので、木の有効利用だし、そうすることで、山を育てるということにもつながる。山に貢献していると思うとTさんはいった。

それで、俺が一番聞いてみたかったことというのは、いわゆる「自然環境保護」を訴える人に「割箸は、使い捨てだからいけない」という人がいる。たまたま、今回の旅の2日目、ラジオを聴いていたら、まさに、こういう人(学者だったかな?)がラジオで、堂々と「使い捨てにする割箸は良くないから、私は『マイハシ』(私の箸という意味だろうが。つまり塗箸)を使ってます」といっていた。

そこで、俺は素朴な疑問を聞いてみたい。どうして使い捨てにする割箸は悪くて、使い捨てにする注射器や浣腸器、(リサイクルされるというけど)使い捨てにされるパソコンは問題にしないのか?と。どうして、割箸だけが目の敵みたいに、「使い捨て」の標的にされるのか。森林保護というなら、些細な量の箸材ではなくて、建築材を非難すべきなのでは?と、俺は思うんだけれどね。

しかも、「マイハシ」を使ったからといって、それを洗剤つけて洗うんだったら、環境に対する負荷は、どっちにしろかかる。俺が嫌だと思うのは、「マイハシ」を使うことで、自分だけは環境に対して「いいこと」をしてる、みたいな匂いがぷんぷんすることだよ。

そこが、どうしてもわからない。俺を納得させてくれる理由があるなら、喜んで「マイハシ」を使わせてもらうけどねぇ。

それで、生産者はどう思っているのか、聞いてみたかった。

Tさんは、穏やかなものの言い方をした。「どっちが環境にいいかわるいかなんて論争はじめたら、しかたないことで、割箸にも、塗箸にも、それぞれ使い道があります。割箸文化と塗箸文化は違う、ただそれだけです」

割箸は使い捨てでけしからんという意見に「怒っています」というコメントを期待した俺は、ちょっと反省。そうなんだよね、Tさんが言うように、どっちが良いとか悪いという話ではないんだろう。両方とも、違ったものとして認め合わなければ。

俺は、別に、割箸生産者の味方ではないが、あまりにも不公平な扱いを受けているのを見ると、どうしても、肩入れしたくなってし