カテゴリー「旅(日本)」の168件の記事

2009/03/12

雪の山寺

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昨日の夕方、札幌から仙台に飛び、仙台駅前に1泊し、今朝は、仙山線で山形上山まで移動しました。

朝はまだ吹雪いていたようですが、午前9時半ころ、山寺を通過したときにはすっかり晴れていました。

ちょうど運良く、対向列車待ちで山寺の駅に4分ほど止まりました。

すかさず、ホームに出て、雪化粧した山寺立石寺の写真を撮ります。

さすがにみんな「きれい」と思ったのか、他の乗客数人もホームに出て写真撮影。


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2009/03/11

旭川ラーメン村

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旭川は、今日時々吹雪ました。気温はマイナス。さすが北海道。

案内してくれる人を訪ねたあと、撮影場所に出発。現場も雪が積もっていて、車でいけないところは、なんとスノーモービルを出してくれました。初めて乗りましたが、できれば、吹雪の日でなければよかった。雪が痛い。天気がいいと大雪山系の山並みもきれいに見えるところだといいます。残念。

撮影が終わった後、旭川ラーメン村に連れて行ってくれました。俺も、せっかくだから旭川ラーメンで昼食にしようと思っていたので、ちょうどよかった。

8軒並んでいます。山頭火もあります。入ったのは、梅光軒。ちぢれ中太麺のしょうゆ味。あっさりしているので、スープも全部たいらげました。

旭川ラーメンは、札幌生まれの北海道ラーメンと中国の各種麺料理が融合したものだそうです。歴史は昭和初期までさかのぼります。戦後にはラードを表面に浮かべて冷めにくくした工夫もあったとのこと。これって、雲南の「ミーシェン(米線)」の鶏の油を浮かせたのと発想は同じですね。寒い土地での工夫です。

ところで、旭川といえば、今は、旭山動物園も有名です。案内してくれた人は、前園長と知り合いだそうで、昔、動物園が存亡の危機に陥ったとき、いろんなアイディアから、動物は自然な生態を見せたほうがいい、という意見が採用されて、大改革が行なわれ、その結果、動物園は息を吹き返しました。今では、すごい数の入場者だそうです。

観光客だろうと思われる人たちが街をたくさん歩いています。『旭山動物園物語』という映画も公開されました。市内、いたるところで、このポスターを見かけます。


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2009/03/05

雑誌「サライ」に、旧学舎(廃校)の写真掲載

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今日(3月5日)発売の雑誌「サライ」(小学館)に、『桜満開の「学舎」に泊まる』が、18ページで載っています。ぜひ見てください。

Ya_2「サライ」公式ホームページ 最新号

旧学舎(廃校)の中で、宿として使われているものを、全国から7ヶ所選んで紹介しています。

宮城県の「さんさん館」、茨城県の「大子おやき学校」、栃木県の「星ふる学校 くまの木」、群馬県の「はるひの山荘」、山梨県の「三代校舎 おいしい学校」、静岡県の「やまびこ荘」、京都府の「風蘭の館」。

のんびりしたロケーションのところが多く、温泉だけ、食事だけでもOKのところがほとんどだし、もし、近くまで行くようなことがあれば、ぜひ立ち寄ってみてください。校舎の中に入れば、タイムスリップできます。

秋田県横手市にあった旧学舎(廃校)を訪ねたとき、「壊すのは寂しいですよ」と地元の人が話す言葉が印象的でした。学校の行事が村の行事でした。学校は村の中心でした。校舎がなくなるのは、自分と村の歴史をなくしてしまうような気がするのかもしれないなぁと思いました。だから、なんとか校舎を残して活用しようと努力する人たちの気持ちは分かります。それを応援したいと思います。

今回紹介した以外にも、全国には、旧学舎(廃校)がたくさんあるので、そのうち、1冊にまとめたいと思います。みなさん、いい旧学舎(廃校)を知っていたら、ぜひ教えてください。今年、全国をまわる予定ですので、撮影できるかもしれません。


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2008/11/23

山梨県甲州市 枯露柿(ころがき)の里

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3年ほど前、ここを訪ねたのは、10月下旬だったでしょうか。だから、ころ柿を干す時期にはまだ早かったようです。柿の写真だけ撮って帰りました。今年ようやく再訪することができました。

枯露柿(ころがき)と呼ばれる干し柿が、軒下に吊るされる風景が見られるのは11月から12月にかけて。今が、一番美しい時期のようです。

「ころ柿」の由来については、甲州市観光案内所のHPに書いてありました。

「甲州百匁柿という大きな渋柿の皮を剥いて天日干しし、一ヶ月ほどで乾燥した柿の周りが白くなります。ころ柿の名前の由来は農家の方がよく陽があたって乾燥するようにと、ころころ位置を変える作業をしたことからだそうです。」

武田信玄の菩提寺として有名な恵林寺の大型車駐車場の隣にある「岩波農園」さんでは、見学者を受け入れています。

なので、ひっきりなしにお客さんが来て、写真を撮るのも順番待ちのような感じですが、さすが、ころ柿の里を代表する景観は圧巻です。

女性5人が、見学者を気にしつつも、柿の皮を手作業でむいていました。(機械は1台だけあったようです)


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2008/11/11

那須の紅葉とサファリパーク

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週末、那須にいってきました。

ちょうど紅葉が真っ盛り。

那須サファリパークでは、入場料を払ったとき、スタッフが、「動物たちが体当たりしたり、ミラーを折ったりしますので、お客様の車で入るのはお勧めしません」というので、「どうせレンタカーを借りさせたくて大げさに言っているんだろう」などど、俺たちは疑いながらも、レンタカーを借りて入ったのですが、スタッフの言うことを聞いて良かったと思ったのでした。

動物たちはたしかに車傍まで近づいてきます。窓はくちばしでつつかれるし、よだれでべとべとになってしまいました。


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2008/10/06

2008年秋 東北撮影旅(12) 金山町 谷口がっこそば

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山形県北部、金山町谷口地区にある廃校。旧金山小学校谷口分校。向かいには美しい棚田が広がっている。

校舎は明治20年に建てられた。平成8年に廃校になり、いったんは取り壊しが決まったものの、地元の人たちの熱意で、廃校はそのまま残された。そして、女性たちがそばを打ち、食べさせるようになった。それが評判になり、今では大繁盛。

写真(一番下)は、「そばセット」1000円。めずらしいのは、そばがきを油で揚げた「揚げそば」(写真右から2皿目の白っぽい3個)。

そういえば、宮城県志津川の廃校を利用した宿、さんさん館も、地元の人たちがいっしょうけんめいやっているのを思い出す。成功しているところには、共通した「熱意」を感じる。


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2008/10/05

2008年秋 東北撮影旅(11) 庄内平野

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眺海の森から見晴らす山形県庄内平野。

雲間から差し込む陽の光が、広大な水田地帯を輝かせる。

ここからは、最上川の河口と、酒田の街、日本海、反対側にまわれば鳥海山を望むこともできる展望台だ。


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2008/10/04

2008年秋 東北撮影旅(10) 鶴岡市大網小学校田麦俣分校

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国指定重要文化財の多層民家がある鶴岡市田麦俣。ここにも廃校がある。

木造校舎の大網小学校田麦俣分校。明治14年開校、平成16年度廃校。春は、桜を見に来る人も多いそうだ。

窓を覗くと、黒板には子どもたちの寄せ書きらしいものが見えた。


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2008/10/02

2008年秋 東北撮影旅(8) 秋田県五城目城

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2008/10/01

2008年秋 東北撮影旅(7) 男鹿半島の廃校

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秋田県男鹿半島の西、加茂青砂の廃校「ふるさと学習施設」。

静かな漁村にある学校。木造の建物は立派で、文化財に指定されているようだ。廃校にはおなじみの二宮金次郎の像と、空を仰ぐ少年の像が、正面玄関の左右に立っている。少年の像には、「立志」の文字が。

夕方撮影をしていたら、雨が降ってきたので、あわてて車に戻り、そのまま秋田方面へ走った。

暗くなったので天王温泉の道の駅で泊まろうとしたら、三脚がないのに気がついた。加茂青砂の廃校だ、と思い出して、翌日約50km戻ったら、村のおじいさんがちゃんと取っておいてくれた。「おたくかい? この三脚忘れたの?」

雨が降ったので、レジ袋を掛けてくれたらしいが、夜になっても置きっぱなしなので、家で保管してくれていた。おじいさんも若いころカメラをやっていたので、これがカメラの三脚であることはわかったという。

「高そうな三脚だね」「そうでもないです」「どこから?」「埼玉から」「埼玉? うちの息子もさいたま市に住んでいるよ」といって家の中に入り、息子さんの住所を探しだしたが、みつからなかった。なんだかおじいさんは、同じ埼玉なら、近所なんだろうと思っているようだったが・・・。

日本は物がなくならない。これがどこか外国だったら、あきらめるしかなかったかもしれない。ほんとに助かった。


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2008/09/30

2008年秋 東北撮影旅(6) 秋田県横手市内山の廃校

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岩手県との県境、秋田県横手市内山の廃校、南郷小学校(↑)と黒沢小学校(↓)。

南郷小学校は、田んぼの中にあり、平成3年に廃校になった。外も内も改修したそうで、きれいな校舎だ。もう1棟建っていたというが、それはかなり老朽化が激しく、結局取り壊されたらしい。一時、保育所として使われたが、少子化によって、保育所も統合されて、今は、学習交流センターとして使われている。

学校前に住んでいる夫婦の話で、7km先にもう1ヶ所廃校があると聞いたので寄ってみた。高台に立つ吉谷地小学校。こっちも、村の公民館として残っている。

黒沢小学校は、10数年前廃校になった。荒れた感じはするが、この存在感。りっぱな学校だ。グランドも広かった。

廃校になってから10年弱、縫製工場が入っていたが、今は、村の物置だそうだ。通りかかったおばあさんは言った。「壊すのは寂しいですよ」と。学校の行事が村の行事だった。学校は村の中心だった。校舎がなくなるのは、自分と村の歴史をなくしてしまうような気がするのかもしれない。


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2008/09/27

2008年秋 東北撮影旅(4) 荒川高原牧場

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岩手県遠野市の北、早池峰山を望む雄大な自然が広がる附馬牛町の荒川高原牧場は、遠野の馬事文化を支える牧場として、国の重要文化的景観になった。

中世から放牧の歴史があり、牧場が文化的景観になったのは、ここが第一号とのこと。

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2008/09/26

2008年秋 東北撮影旅(3) 骨寺荘園遺跡

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岩手県一関市の骨寺荘園遺跡も、一面秋の色。

荘園の中にある駒形根神社に寄る。「平泉を世界遺産に」の幟が立てかけてあった。関係者の意気込みはわかるのだが、幟は目立ちすぎ。

田んぼの先の栗駒山の中腹には、地震の爪あとが残る。


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2008/09/24

2008年秋 東北撮影旅(2) 岩手県にあった「雲南の棚田」

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今日、岩手県はいい天気だった。

奥州市藤里というところは広々とした盆地で、収穫間近の田んぼが美しい。日本家屋も点在していて、なかなか良い雰囲気だ。

国道397号線は、その盆地を回りこむように走っているが、東端に、「雲南田」というバス停を発見して思わず急ブレーキを踏んだ。

地図をあらためて見てみると、「雲南」という地名。バス停脇に広がる棚田は、ほんとに「雲南の棚田」だ。のんびりした雰囲気も雲南と似ている。もちろん、中国の雲南とは直接関係ないとは思うが。


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2008/09/23

2008年秋 東北撮影旅(1) 岩手県 ふるさと自然塾

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今、東北撮影中。

岩手県平泉中尊寺から衣川村にある廃校、「ふるさと自然塾」へ向かう。案内板がしっかりしているので、迷うことなく自然塾にたどり着くことができた。ただ、途中の道には、ところどころ路肩にヒビが入っていて、赤コーンが立ててあった。たぶん地震でできたヒビではないだろうか。

白の壁に赤い屋根の平屋の校舎。「衣川小学校 大森分校」。管理棟へ行って見学の許可を取る。広い校庭と校舎。滑り台と桜の木。宿泊するためのバンガローがいくつか建っている。それと体験学習の建物。

雨がぽつりぽつりと降りだすが、すぐ止んで、また強烈な西日がさした。校舎の周りは、りっぱな棚田地帯だ。まだ稲刈りは始まっていない。稲の黄色が目に痛いほど。


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2008/09/15

谷地どんが祭り (2) 囃子屋台と谷地奴

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谷地どんが祭りの最中は、町内を囃子屋台が練り歩きます。今年は9台出ています。

囃子屋台は、大型トラックの荷台にステージを設けたもので、お囃子を演奏しながらゆっくり走り、辻辻で止まっては、踊りの披露をします。運転席の上には、その時に話題のキャラクターや、伝統的な宝船などの張子を飾ります。今年は、さっそく「崖っぷちのポニョ」というのもありました。

また、最近では、踊りは演歌だけではなくて、みんなで踊れるダンスもやるそうです。練習風景を見ましたが、ちょうど40人くらいの子供や若者たちがエグザイルのダンスを練習中でした。別なところでは、サンバの練習。こういうものがあれば、若い人たちも参加しやすいんでしょうね。時代とともに、祭りが変わってきたと、俺と同年代の人は言っていました。

今日(15日)、午後7時20分から、囃子屋台が町の中心部、どんがホール周辺に全部集って、競演します。これがクライマックスです。

また、長さ約5メートル、重さ約18キロの毛槍を力強く振り回しながら行列する谷地奴の巡演もあります。今日(15日)午後5時半からは、県内外の奴団体が集まる「全国奴まつり」も開かれるそうです。


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2008/09/14

谷地どんが祭り (1) 「谷地舞楽」

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今年(2008年)、山形県河北町の谷地どんが祭りは、9月13日、14日、15日です。

用事があって実家に帰りましたが、ちょうど祭りの日に当たり、ちょっとだけ祭りを見てきました。何十年ぶりです。

この写真は、昨日13日の夜、谷地八幡宮石舞台で奉納された、国の重要無形文化財の指定を受けている「谷地舞楽」です。

八幡宮の神職を務める林家によって、1千百有余年もの間、一子相伝の家憲を守り伝承されてきたそうです。

雲間から時々月が顔を出し、かがり火が灯される中で、幻想的な雰囲気でした。


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2008/07/12

「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」は世界遺産登録見送り

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(写真は、骨寺村荘園の慈恵大師)

今年の新しい世界遺産が決まりました。

ユネスコ世界遺産のページ(http://whc.unesco.org/en/news/453)で確認できます。

カンボジア(実際はタイ領?)の「Preah Vihear Temple」や、中国は「福建省の福建土楼群」など、「なるほど、あそこかぁ」と、知ってるところも入っています。まだ行ってないですが。

ところで、日本の「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」は登録見送りになってしまいました。価値が認められなかったということで、再度申請するには、また何年か先になってしまうそうです。

以前書いた記事はこちらです。

「平泉の世界遺産登録「延期すべき」という評価」2008/05/23

地元でいっしょうけんめい活動している人たちには申し訳ないですが、旅行者からすると正直、あの静けさが、あと何年か守られると知って嬉しくもありますが・・・。


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2008/05/23

平泉の世界遺産登録「延期すべき」という評価

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(写真は平泉町、達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂)

平泉の世界遺産登録「延期すべき」 ユネスコ諮問機関
(asahi.com http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200805230002.html 参照

「登録延期」は4段階の評価の下から2番目だそうです。昨年の石見銀山に続いて、この評価は2回目。 ただ、石見銀山は、おおかたの予想に反し、「逆転登録」を果たしました。石見銀山については、こちらのページで書いています。

Ya_2「石見銀山遺跡とその文化的景観」が世界遺産に(2007/07/12)

平泉とその周辺には、国宝の「中尊寺金色堂」、「毛越寺庭園」、「達谷窟」など寺院や史跡、それと重要文化的景観である「一関本寺の農村景観」など、平安時代末期からの景観が残されている、いいところです。

平成18年に「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」という名称で、ユネスコ世界遺産センターに推薦書が提出されていましたが、今回、「登録延期」の評価が下されました。登録はどうなるでしょうか。

俺も、何度か平泉を訪ねていますが、あの静かな雰囲気が、中世の面影そのものという感じがして、世界遺産になったら、少なくとも、その静かさはなくなるだろうなとは思います。

もちろん、地元の人にとっては、世界遺産登録が起爆剤となり、地元が活気づくことを期待する気持ちもよくわかります。それと、文化的価値が世界に認められる誇らしさも。


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2008/05/02

長瀞の天然氷のかき氷

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新緑が美しい季節になりました。

埼玉県の観光地、長瀞の近くには、天然氷を使ったかき氷屋がありました。冬の間、天然水を凍らせて作った氷を使っているとのこと。阿左美冷蔵 (アサミレイゾウ) といいます。甘いもの好きにはたまりません。

でも、黒糖みつは、練乳といっしょでは甘すぎでした。山葡萄や野苺など、ちょっと酸っぱめのが、練乳との相性はいいようです。練乳にこだわらなければ、もちろん黒糖みつも、おいしいですが。

「梅酒」というのが人気らしいことは、帰ってから知りました。(残念!)

国道沿いの阿左美冷蔵は、古民家を改装したものらしく、趣のある店構え。ほっと一息つける、ゆったりした空間で、味はもちろんのこと、なかなか良い雰囲気でした。

新店舗(宝登山道店)もあるようです。


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2007/11/09

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録08) 棚田の藁ボッチと「ミステリーサークル」

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「ミステリーサークル」ってありますよね。不思議だと俺も思っていました。今では、人間の「作品」だというのが知られるようになり、宇宙人説や自然現象説は一掃されてしまったようです。

どうして不思議だったかというと、畑の作物が、一晩のうちに(短い時間で)なぎ倒されて、幾何学的な模様を描くからです。この「一晩のうちに」というのがミソだったのですが。

これが「一晩のうちに」ではなくて、365日ぐらいかけてゆっくり模様を描いていたとしたら、どうでしょうか? それでも不思議は不思議ですが、「一晩のうちに」出現するミステリーサークルの模様のインパクトには及びません。

つまり何が言いたいかというと、時間的感覚が違う生物がやっているのだとすれば、ミステリーサークルは別に不思議ではなくなるんじゃないかということなのです。

実際は、人間のいたずらだったわけですが、ミステリーサークルをこしらえている生物が別にいたとすると、俺たちが、棚田に苗が植えられ、やがて稲が刈りとられて藁ボッチが置かれていく一連の状況を、何の不思議もなく(自然な流れとして)見ているのと同じような感覚で見るんだろうなぁと、この藁ボッチを見て思いました

逆に言えば、人間の1000倍も長生きする地球外知的生物(ようするに「宇宙人」)がいるとすると、たぶん、棚田を見ていてびっくりすると思いますよ。突然「一晩のうちに(宇宙人にとっての一晩だけど)」緑の田んぼが黄色くなって、そのあとに藁ボッチがランダムに置かれている状況を、「ミステリー藁ボッチだ」とか言いながら不思議がるんじゃないかな。(ないか?)

藁ボッチの置かれている位置に、何か特別な意味があるのだろうか?と悩むんですよ。そして知ったかぶりするアホな宇宙人は言うんです。「これは我々に向けられたメッセージです」などと。別に意味などないんだけどね。

藁ボッチは、深いなぁ。藁ボッチ写真家にでもなろうかな。


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2007/11/08

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録08) 高知県土佐町の棚田の藁ボッチ(2)

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昨日に続いて、今日も藁ボッチの写真です。

藁ボッチを見ると、どうしても音楽のリズムが聴こえてきます。

昨日書きましたが、音符に見える(見る)からでしょうか。


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2007/11/07

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録07) 高知県土佐町の棚田の藁ボッチ(1)

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収穫の終わったあとに置かれた藁ボッチは、まるで五線譜の音符を見るようです。

農家の人は藁ボッチを、そんなことを意識してこの位置に置いたのではないはずですが、でも、この位置でなければならなかったのかもしれず、「農家の無意識の美」は、やっぱり自然に表れるのかもしれません。

いや「美」というのとは、ちょっと違うかな。でも、「何か」を感じます。

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2007/11/06

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録06) 徳島県木沢村の山村 & 《第2回東京棚田フェスティバル》のスケジュール

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徳島県上勝町の樫原棚田を撮影した翌日、山越えして木沢村に抜けましたが、そのとき、山の中腹に民家があるのに気がつきました。

朝日に照らされている日と時間帯でなければ、きっと見逃していた風景です。

迫りくる山の斜面に囲まれたこの民家に住む人の苦労を、人事ながら想像してしまいます。

●●●

ところで以前お知らせした《第2回東京棚田フェスティバル》での、スライド&トークショー(農's(のうず)ギャラリー)のスケジュールが決まりました。13:00~14:30です。(入場無料) 今回の旅で撮った写真も使うつもりです。よかったら観に来てください。

【日時】11月10日(土) 

【場所】東京交通会館前広場 地域の物産と棚田米販売(正午~17:00)

    交通会館1階「農's(のうず)ギャラリー」
    ※入場無料
    ・スライド&トークショー:写真家・青柳健二(13:00~14:30)
    ・スライド:棚田ビオトープの生き物たち(14:40~15:10)
    ・DVD上映「よみがえる棚田~美しき日本の原風景~」

詳しくは、棚田ネットのホームページでどうぞ。
http://www.tanada.or.jp/


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2007/11/05

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録05) 和歌山県 有田川

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和歌山県「あらぎ島の棚田」の撮影後、有田川に沿って金屋方面に走っていると、左手下に川面が見えて急停車しました。

自然に任せて流れる水の曲線は美しいものです。

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2007/11/04

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録04) 伊勢志摩 伊雑ノ浦の漁村

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海苔養殖場の写真を撮るために、夕日を待っていると、東側の空にいわし雲が浮かんでいました。

秋の訪れを感じる空を見上げた伊勢志摩の夕方でした。


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2007/11/03

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録03) 舞阪のアサリ採り

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2007/11/02

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録02) 岩の上の鳥居

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伊豆半島の石廊崎から北へ、海岸沿いを走っていたとき、ハッとして車を止め写真を撮りました。

岩の上に鳥居があるのを見つけました。写真では小さくてわからないかもしれませんが、鳥居の上に、黒い鳥が止まっています。

この断崖絶壁を、どうやって上るんだろうと不思議でした。


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2007/11/01

2007秋、車中泊の撮影旅 (付録01) 撮影旅行から帰りました

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撮影旅行から帰りました。

約3週間の旅。集中力もそろそろ途切れてくる時期。後半、ちょっと疲れました。

今日から期間中アップできなかった写真や、小さく扱った写真を「付録」としてもう一度アップしていきます。

今日の写真は、伊豆半島の天城湯ヶ島「荒原の棚田」です。サッと射し込んだ夕日が棚田を照らしました。その一瞬の写真です。


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2007/10/31

2007秋、車中泊の撮影旅 (22) 善通寺市出水、丸亀市条里地割

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10月29日、月曜日、晴れ時々曇り

「道の駅 さいた」を7時20分に出た。まず、行ったのは、善通寺市。水の風景を撮るためだ。「出水」の場所やため池など、情報をもらうために市役所を訪ねたかったが、まだ7時代で早すぎたので、善通寺に行ってみることにした。

自衛隊の車両がひっきりなしに通る。自衛隊駐屯基地の先にりっぱな五重塔が見えてくる。まだ朝早いので、お遍路さんも少ない。五重塔の隣にある金堂へ入った。尼さんたちが掃除をしていた。

そこに、お賽銭箱がおいてあったが、「お米のかたはこちらへ」と書いて、別の箱がおいてある。聞いたら、昔は、みんなお米をお供えしていたので、その名残とか。今でも、お米を持ってくる人がいるので、こういう箱を設けている。1表袋を持ってくる人もいて、お供えしてあった。

8時半を過ぎ、市役所へ行って情報を聞いた。中学校の近く、「二頭出水(ふたがしらですい)」は、ちょっとした公園風に整備されている。水は透明で、錦鯉が泳いでいる。

立っていた説明書きによると、「この出水は、古くから農業用水として用いられるとともに、かつては、市の重要な水道資源としても利用されてきた。2ヶ所から水が常に湧き出ているところから二頭出水と呼ばれる」とある。

善通寺ため池へいってみたが、半分も水がない。そのあと、ミカン畑の山を越えて3分、吉原腕貸塚は、横穴式石室がのこる巨石古墳で、池の中にある。市役所でも「珍しいですよ」といわれたのが、大塚池だ。ここも水が涸れかかっている。

次に行ったのが、「永井清水(ながいのしみず)」。静かな住宅街にある。民家の庭から石段が水辺に続いている。ここで炊事の準備や洗濯をしていたのではないだろうか。昔、お殿様が休憩するために「お茶屋」と呼ばれる休憩所も設けられていたらしい。

善通寺市から、隣の丸亀市へ。ここでは、教育委員会の文化課で「条里地割」の情報を行く。昔の整然とした水田のあと「条里地割」の場所。「条里地割」自体は市内に3ヶ所ほど残っているという。その中で、市の南部に、仁池というため池があり、その堤からなら見れるのでは?とアドバイスをもらい、行ってみた。

途中、「セルフ うどん」があったので腹ごしらえ。冷たい「ぶっかけ」はうまいねぇ。特にこんな暑い日は。(10月末とは思えない) 昨日も食べたが、このコシのあるうどんは俺好みだ。土産も買おう。

それほど高い位置からではないが、遠くまで区画された条里地割のあとがわかる。長方形の畦がずっと続いている。

埼玉県の三富新田も、やっぱり短冊状に区画された地割が残っていて、文化的景観の候補になっている。(『栄養と料理』11月号では、地元埼玉から、ひとつくらいはと思って、この三富新田の雑木林の写真を載せています)

高松市を経由して鳴門市へ。道の駅で「讃岐うどん」の半生うどんのセットを買った。香川県を通りすぎると、とたんに「うどん」の看板が減ったような気がする。

高速道路で、淡路に渡った。今度は淡路島の西側を海岸沿いに走っている県道を北へ。サンセットラインと呼ばれるように、夕日が美しい。

1週間前と同じ、近くの岩屋温泉会館で入浴。コンビニで弁当食べて「道の駅 あわじ」で仮眠。明日は、4時25分発の「たこフェリー」で明石へ。そこから埼玉を目指すつもり。


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2007/10/28

2007秋、車中泊の撮影旅 (21) 津賀谷の棚田、土佐町の棚田、満濃池

071028
10月28日、日曜日、晴れ

昨日は、吾北村(?)の「道の駅 R633美」に泊まった。でも、嫌な予感は、たしかにしたのだ。

やっぱり夜中、バイクが来た。10台くらい。広い駐車場を乗り回す。時々、集まっては、何か話し合っていたが、きっと、「安全運転の心得」とか、「エコドライブ」についての勉強会だったと思う。(な、わけないか)

とにかくやかましいんだよ! 俺の他3台の車はいなくなり、車は俺一人。でも、俺は眠かったし、面倒なので、動かなかった。どうせ集会も、長続きしないのは知っていた。実際、1時間ほどしたらどこかへ去った。めでたし、めでたし。

今朝は、そういうわけで、寝不足で、起きたのは7時半。頭痛がする。車中泊の旅の、唯一のリスクが、バイクかな、と思う。まぁ、でも、俺もだいぶ慣れてきたので、たいした問題じゃない。

国道439を東へ進む。看板が出ていた。「津賀谷の棚田」。棚田の看板を見たら、行ってみるしかないでしょう。村道を1kmくらい上がっていくと、集落があり、左手にだいぶ大きな棚田が開けていた。ハサ掛けされた稲もある。

一番上まで行ってみたが、途中、半分くらいは耕作放棄されていた。それでも、かなりりっぱな棚田だ。あれだけの看板を立てるだけはある。

この国道439号線沿いは、「棚田街道」と呼んでもいいくらい棚田だらけだった。だから、しょっちゅう止まって写真を撮るので、なかなか進まない。

藁ぼっちがたくさん見れるようになると、そこは土佐町。ひとつの谷に入り込んだら、けっこう棚田がたくさんある。「道の駅 土佐さめうら」で聞いてわかったが、土佐町は、知る人ぞ知る、棚田の町なのだという。俺は知らなかったが。

道の駅で、地図をもらい、土佐町の棚田見学。「高須の棚田」というらしい(写真)。とにかく広い。谷一面が巨大な棚田だ。藁ぼっちは、最近少なくなったと道の駅の人はいっていた。コンバインで稲刈りするし、肥料や牛の餌として必要だった藁がいらなくなったからだ。

それでも、かなり多いと思う。ずっと走ってきたが、これだけ残っているのは、土佐町に入ってからだ。

土佐町から、大豊町を経由。ここで一件あったのだが、時期はずれなので、それは撮影をやめて、国道32号線で、高松方面を目指す。途中、うどん屋で、遅い昼食。

満濃池のほとりに着いたのは、午後3時。たくさんの観光客がいる。

池に、龍(大蛇)が住んでる話は、このあたりでは普通に言われている話だそうだ。『今昔物語』にも「その池は弘法大師のその国の衆生を哀れがるために築き給へる池なり。池などとは見えずして、海とぞ見えけり。池の内、底ひ無く深ければ大小の魚ども量無し。また龍の住家としてぞ有りける」(看板より)とある。

龍は、アジアでは「ナーガ」として、水を司る神様としてあがめられている。満濃池は、このあたりの水不足を補ってくれる大切なもの。水に対しての関心の高さの表れでもあるだろう。

近くの「塩入温泉」に。500円。アルカリ鉱泉を沸かしたものらしい。湯は少し白い。肌がツルツルになった。

財田町の「道の駅 さいた」に泊まる。(ここにも温泉があった)


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2007秋、車中泊の撮影旅 (20) 泉谷棚田、城川町茶堂、四国カルスト

071027
10月27日、土曜日、晴れ時々曇り

今日の撮影地は3ヶ所。

写真、上から順に、内子町(旧五十崎町)の泉谷棚田、城川町の茶堂、四国カルストの放牧。

道の駅を7時に出て、旧五十崎町の山の中へ。泉谷の集落は、県道から2kmほど奥まった谷にある。ここを訪れるのは数年ぶり。前回来たのは、5月の夕方だった。夕日を待つカメラマンが数人来ていた。棚田は変わっていないが、水車付の小屋、トイレ、遊歩道ができていた。山から出た朝日が、泉谷の谷を照らしていく。

看板には、「標高470m、4haに、95枚の水田を、5戸の農家で組織する「泉谷地区棚田を守る会」が中心となって、ほとんどの棚田を耕作している」とのこと。それと「おいしいお米を作っています。育てる喜び、食べる楽しみ。いっしょに体験してみませんか?」

県道に出て、山越えした。すばらしい景色。ところどころに民家が見える。河辺村のほうに降りて、国道197号線に戻り、南下。城川町へ。ここの道の駅で、「茶堂」について聞く。

地図をくれた。でも、特別「これ」という茶堂はないそうなので、自分でいい茶堂を探さなければならない。でも、それがいい、ともいえる。自分で探すことのおもしろさ。そもそも、茶堂が何であるかさえ知らないで来た。なので、「茶堂って何ですか?」と幼稚な質問をしてしまった。

駅の人は、「お遍路さんたちにお茶をあげたりしたのが始まりらしいです。今でも、何かあると村人が集まる集会所みたいになっています」という説明に納得。

実際、城川町をあちこち周ってみた。最初見つけたのは、県道2号線沿いの茶堂。屋根つきの休憩所のようで、石仏などが祭られている。これはいい。山の景色を見渡せるようなところもあった。

道沿いにあるものはわかるが、ちょっとでも外れていると見えない。でも、だんだん茶堂に目が慣れてくると、林の奥にひっそりたたずむ茶堂や、集落の屋根の重なりの中から茶堂が見えるようになるから不思議なもんだ。

城川町は、美しい棚田が多い。写真を撮っては止まり、撮っては止まりしているので、なかなか前に進まない。

ある集落の商店で飲み物を買ったついでに、近くの茶堂について聞いた。商店のおばあさんは、この上にある集落の茶堂では、毎年お盆のとき、村の人が集まってお祈りしたり(びわの葉を使って何かやるらしい)、そのあと飲み食いしますよ、と教えてくれた。そういう伝統的な祭りをやっているのは、ここくらいなものらしい。

もちろん、昔は、それぞれの茶堂でも、同じような祭りがあったのだろう。おばあさんの話から想像すると、茶堂は、お遍路さんへのお接待のためというより、この地区ではもっと宗教的なものだったらしい。お寺の代わりをする場所?

その村は、郵便局の脇道を上のほうに1kmほど上るとあった。村の入り口に茶堂の屋根が見えてきた。そして、

「すごい」

なんと、そこから、谷を挟んだ向こう側の斜面が、棚田になっているのが見える。下から上まで、100m以上はあるかもしれない。ここは、もちろん「棚田百選」ではないが、これだけのは、「棚田百選」の中に入れてもぜんぜんそん色ない、すばらしい棚田だ。

城川町から、野村町、柳谷村と、山の上のほうに上っていった。高知県と愛媛県の境の尾根道なので、両県を出たり入ったり。

四国カルスト県立自然公園。ごつごつしたカルストの中で、放牧が行われている。それにしても、今日は風が強い。寒くはないが、体が飛ばされそうになりながら写真を撮る。危ない。

でも、だからこそ、雲もすごい速さで移動するので、いい光が高原を走り、写真的にはいい日だった。そしてこれだけ上まで上がってくると、紅葉がちょうど盛り。明日、日曜は、ここで「紅葉祭り」があるそうで、野外ステージを組んで、準備中だった。明日は、渋滞するらしいよ。(今日来ておいて良かったかも)

夕方、カルスト台地の北側へ降りた。

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2007/10/26

2007秋、車中泊の撮影旅 (19) 四万十川の沈下橋、大洲市の境木、ナゲ、竹林

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10月26日、金曜日、

昨日は、土佐市でブログをアップ後、須崎市から国道197号線に入り、東津野へ。ここには四万十川源流がある。源流そのものには行かず、「一本橋」を見に行った。道の駅で情報を聞き、国道439号線沿いにある橋へ。

「芳生野早瀬の一本橋」という立て札が立っていて、あとで触れる老夫婦の持っていた資料によると、諏訪神社を祭り始めた1352年より、一本橋を架け続けてきた。現在は、杉丸木3本をかけている。名前だけは「一本橋」だ。

四万十川にいくつも架かる沈下橋の原型と考えられ、「流れ橋」といわれる。増水すると、丸木自体は流されるが、ワイヤーで固定してあるので、水かさが通常に戻ったとき、元通りに架け直す。杉丸木は、約15年ごと架け替えている。

橋は、現在でも地元の人に使われている。対岸の諏訪神社に行くときとか、農作業へ行くとき。渡ってみたが、頑丈でびくともしなかった。下を、清流が流れている。

橋のそばに住む老夫婦と話した。今、国道になっている部分は、明治、大正初めまで、桑畑と生糸工場があった。その後、桑畑の代わりに、水田を作った。そして、最後、国道を作って田んぼをつぶした。この国道に、そんな歴史があったんだね。

たしか、山形県朝日町の「くぬぎ平の棚田」も桑畑だったと思う。それが水田に変わったところは、ここと同じ。

ところでおじいさんは、昔は、この川の上流が四万十の「源流」と考えられていたが、長さを測ったら、もう一本、道の駅の近くを流れている川の上流が「源流」になった。日本では、ふたつの流れのうち、長い方の流れを「本流」、短い方の流れを「支流」とするのではなかったかな。(記憶違いならすみません)

「学校の校歌にもこの川が源流と歌っていたのに、向こうになってしまって・・・」おじいさんは笑いながらいった。川の文化的源流と、科学的源流が違うことは、メコン源流へ行ってわかったこと。地元の人たちが信じる源流にはそれなりの理由があるのだ。

メコンでは、聖山があり、そのふもとに沸く泉が、人間と家畜の貴重な水場だった。だから現地チベット人たちは、そこを源流と言っていた。でも、科学的には、別な場所だった。

たぶん、ここでも、こっちの流れの上流が源流だと信じていたのには、何か理由があったはず。時間があればそれを探ってみるのもおもしろいかも。(誰かやってください)

おじいさんに、近くに「大わらじ」があるので、見ていけばといわれた。旧暦1月28日(現在は2月の最終日曜)に、新しく作り直され、村の入り口に吊るし、無病息災を祈願するもの。

一本橋から梼原のほうへいった村の入り口にあった。長さが1m以上。でかい。龍馬が脱藩したときも、下がっていたらしい。

「大わらじ」からさらに梼原に向かっていくと、右前方に、神在居の棚田が見える。その坂を上っていく。交流センターの建物に車を停め、周辺を散策。直径5mほどの丸い棚田もそのままだ。

ここは、初めて棚田オーナー制度ができた棚田。「こんな田舎に都会の人が来るわけない」と地元の人たちは考えていた。ところが、騙されたと思って(実際そう思っていたかも)オーナー制度を作り、「四万十」にかけ「40010円」の料金設定で募集したところ、翌日、役場の電話は鳴りっぱなしだったという。すごい反響だった。

「田舎には何もない」と田舎の人は言う。ところが、田舎にしかないものが、たくさんあることに、都会人が気がつかせてくれた。だからこれは、田舎と都会の文化の融合なのだ。

棚田を下り、国道を東津野の方に戻り、国道439号線を南に下る。この道も狭かった。でも、川沿いに走る道で、風景はすばらしい。

暗くなったころ、ようやく大正に着き、大正温泉を探した。ある民家で聞いたら、今、改装中で、営業してないから、一の又渓谷温泉に行ったらと勧められた。大正の町から5、6kmはなれた山の中。すっかり暗くなってしまい、ほんとに温泉なんかあるんだろうか?と不安になったとき、やけに長いトンネルをくぐって出て左に曲がったところが温泉だった。

ところが、建物もない。門だけ。街灯の明かりが、門から川のせせらぎが聞こえる川底へと続いているので、こっちだろうなと不安に思いながら数十m降りていくと、あった。

けっこうテレビの旅番組で紹介されているらしく、森三中とか、千葉真一とか、有名人たちの写真とサインがずらり。こんなに有名な温泉だったか。

それにしても、入ってみてわかったが、これはテレビ番組ウケするね。いかにも「秘湯」的雰囲気だ。建物といい、周辺の風景といい、絵になる。もちろん、温泉が良かったのは言うまでもないが。840円。

町に戻り、「道の駅 四万十大正」に泊まる。

そして、今日。

夜中から降り続いた雨は、朝も続いていた。しばらく様子を見てゆっくりする。9時ころ道の駅を出る。国道381号線を西に。左手に四万十川を見ながら走る快適な道。4kmほど行くと、茅吹手沈下橋が見えてきたので、まず遠くから写真。そのあと、坂を下り橋を渡る。欄干がないので注意してわたらないと。

雨が激しく降る中、写真を撮り、十和の役場へ。棚田の場所を聞いたが、それほどまとまったところはなく、どの谷でも中へはいりこんでいけば、石垣や棚田はあるということなので、地吉という集落の谷に入っていった。

地吉の夫婦杉というりっぱな2本の杉の木。集落を歩く。川そばに数枚の棚田。そして石垣で作られた茶畑。国道に戻る途中、ハサ掛けされた稲をみたので、写真に撮る。(写真)

「道の駅 とうわ」は、7月1日オープンした新しい駅。新しい木の香りがする。ここに、「しまんと 焙茶」というペットボトルを発見。「じつは茶所 四万十川水系」と書いてある。その通りかも。さっき入っていった谷にも、水田よりは、茶畑が多かった気がする。他に、「しまんと 紅茶 RED」というものも売っていた。

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次ぎ、半家沈下橋、西土佐の役場を過ぎて、15kmくらい下った、口屋内沈下橋。(写真)

西土佐に戻る途中の岩間沈下橋。ここに展望台ができつつあった。おじさんがひとりで作業。実はこのおじさん個人で作っている展望台だという。「道楽ですよ」などといっていたが、セメントなど数十万円は個人負担だ。

観光客の人たち、雨降ったとき、たいへんでしょうからといって、今、屋根をかけようとしている。人がいいというか。この前、カメラを置きっぱなしでちょっとここを離れたら、カメラを盗られたよといっていたが、それでも、観光客がたくさん来てくれるのがうれしいようだ。うーん、何ともすごい人である。

今度は西土佐から、国道381号で西へ。途中の県道に、「佛木寺」という寺があった。古い鐘突き堂。そうだ。ここは四国。お遍路さんがたくさんいる。白装束のおばあさんたちは、バスで回っているようだ。そして四国に入ってから、道を歩いている巡礼者を、何人も追い抜いた。

午後4時、大洲市に到着。市役所で情報を得る。「畑の境木」、「肱川のナゲ」、「御用やぶの竹林」。なんだかわからないので聞くしかなかった。

まず、境木は、地元で「ボケ」と呼ぶ、畑と畑の境を示す木。高さ1mから2.5mくらいある。それが肱川の近くの畑に点在している。その先に、防水林の役目をする竹林があった。これを「御用やぶの竹林」という。堤防に竹林は珍しい風景だ。

「ナゲ」は、市役所近くの橋のそばにあった。昔の船着場だ。写真を撮っていると、散歩途中のおばあさんが現れて、「何を撮っているんです?」と声をかけられた。

おばあさんは90歳近いという。彼女が20代のころは、このナゲで洗濯をしていた。昔は水ももっときれいだった。対岸に留まっている小船は、この肱川で夏行われる鵜飼を見る観光船らしい。

おばあさんは聞いた。「ここはいいと思いますか?」「山と川があって、いいところだと思いますよ」と答えた。「ここにずっと住んでると、ここがいいところかどうか、わからなくなるんです」深い言葉だ。

昔はひっきりなしに船がこのナゲにやってきては荷の上げ下ろしをしていたことだろう。それは、おばあさんも知らない遠い昔の話。対岸には当時交易をしていた商家の屋根も見えた。

このあたりでは、サトイモ、カシワ(鶏肉)、コンニャクなどをいっしょに鍋で煮る「芋煮会」のような慣習があるというので驚いた。山形県の芋煮会では、牛肉を使うがここでは鶏肉。それは違うが、醤油味は同じ。

せっかくの面白い話の途中で、仕事の電話が入ってしまい、おばあさんはどこかへ行ってしまった。でも、あとでまた見かけたので、絵葉書をあげた。

暗くなってから、内子町に向かう。「道の駅 内子フレッシュパークからり」に泊まる予定。近くに竜王温泉というのがある。ここに来るのは4度目くらいかな。


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2007/10/25

2007秋、車中泊の撮影旅 (18) 芸西の琴ケ浜松原

10月25日、木曜日、雨のち曇り

お知らせです。

去年に引き続き、今年も「東京棚田フェスティバル」があります。ここで俺はスライドショーをやります。今、撮影中の、撮れたての棚田写真も使う予定ですので、よかったら来てください。
詳しくは、棚田ネットのホームページでどうぞ。
http://www.tanada.or.jp/
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《第2回東京棚田フェスティバル》
【日時】11月10日(土) 正午~午後5時
【場所】東京交通会館前広場 <地域の物産と棚田米販売>
    交通会館1階「農's(のうず)ギャラリー」<スライド上映ほか>
【農'sギャラリーでのプログラム】 ※入場無料
  ・スライド&トークショー:写真家・青柳健二
  ・スライド:棚田ビオトープの生き物たち(仮題)
  ・DVD上映「よみがえる棚田~美しき日本の原風景~」
――――――――――――――――――――――――――

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今朝は雨。あとで曇りになってきた。「道の駅 大山」を出て、国道55号線を高知市の方へ。15kmほどの芸西の琴ケ浜松原に寄って写真を撮る。手前に、砂浜と松原を見渡せる休憩所があった。下のテトラポッドまで降りていって、波しぶきを避けながら写真を撮る。

そのあと、近くまでいった。和食駅の先だ。(これは「わじき」と読む。地元のじいさんは、外の人はみんな「わしょく」と読みますとのこと)ここに地元の直売所、「かっぱ市」があり、その横の道を海岸に降りていくと、松原が広がっている。

琴ケ浜松原は、芸西村の小高い海岸砂丘に広がる松原で、松林の姿が琴の形に似ているから、また、風邪が吹くと、琴を奏でているような音が聴こえるところから、琴ケ浜松原の名前が付いたそうだ。

土佐藩の文献によると、野村兼山という人物が、防風や潮害防止を目的に松を植林したということだ。風を受けた松の木は、全部陸側に傾いている。(写真。歩いているおばさんが傾いているわけじゃないよ)

それだけすごい風が吹くということだ。潮が吹きつけられて、農作物にも被害が大きかったろう。それを何とか防ぎたいという思いが作り上げた、りっぱな文化的景観だ。

おじいさんが松の木の前に座っていた。通り過ぎようとしたら、突然「ワシを撮っちゃ、いかんぜよ」といった。「おじさん撮りに来たわけじゃなくて、松の木です」

でも、このおじさん、自分のことを良く知ってるね。撮りたくなるような風貌、雰囲気をかもし出している。『ペルソナ』を撮った写真家の鬼海さんなら、きっと写真集の中に納めるだろう人物だ。

071025_2
カッパ市に寄った。ここで、海産物がすごく安かったので、俺は、昼用に、ヒメイチの寿司(写真 250円)、生節(ビンチョウマグロ 180円)を買った。

高知市からは国道56号線を西に行って、土佐市に。ここのマックでブログをアップ。これからまた山へ入るので、俺のピッチは圏外でブログのアップができなくなる(と思う)。

須崎市から国道197号線に入り、四万十川の源流を目指すつもり。今から15年ほど前、ある雑誌の撮影で、四万十川沿いを走ったことがある。それ以来だ。

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2007/10/24

2007秋、車中泊の撮影旅 (17) 上勝樫原の棚田、木頭ゆず畑、宍喰の水床湾、馬路村千本山

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10月24日、水曜日、晴れ

昨日は鳴門市でブログをアップしたあと、徳島市を抜け、県道16号線に入った。上勝町の中心に着いたのは、午後4時過ぎ。夕暮れには間に合った。

そこから樫原の棚田までは6kmくらい。そのまま県道を西に進み、狭い山道に入り、九十九折の坂をどんどん上っていく。県道からは3kmくらい。ひとつ集落を抜け、次の集落の入り口、水車小屋が見えたらそこが樫原の棚田だ。車が2、3台停められるスペースがある。このあたり、何も変わっていない。

ここを訪ねたのは、5回目くらいだろうか。でも、この時期は初めて。稲刈りもすっかり済んで、棚田はひっそりとしていた。ススキが多い。13日月が山の上に出ている。

暮れていく棚田を静かに眺めていると、近所の民家の犬が吠え出した。この時間帯は特に吠えられる。俺は犬が不安になる匂いをしているのかもしれない。

月とススキを入れて写真を撮った。

写真を撮ったあと、徳島市のスーパーで買ったおにぎり弁当を食べる。棚田米じゃないのが残念だけど、棚田でごはんを食べるのは、やっぱり美味しい。

暗くなってから、坂を下りて、町へ戻り、月ヶ谷温泉に。この温泉も何度も入っている。500円。弘法大師が修行中、この温泉を知り、効能を民衆に伝えたとかいう伝説があるらしい。

直売所「いっきゅう茶屋(日浦休憩所)の駐車スペースで泊まる。

今朝、6時半に出発。県道16号線を西へ進む。八重地トンネルに入ったら、出口は遠い山並みだけで、道が途切れているように見えた。まるで、空へ続いているような。

そこが、上勝と木沢の境。道は急坂を下っていく。野生のシカがいた。まだ若くて、柔らかそうで、美味しそう。シカが増えてきたので、食肉として販売を始めた地方があったと思う。一度、宮崎県で、シカ刺しをごちそうになったことがあるが、なかなかいける。

ところで、今日見たあのシカ、俺の手で捕獲して食べても、いいのだろうか。野生動物保護法とかいう法律あるはずだけど。どうなんでしょう。もっとも、俺に捕まるシカは、絶対いないだろうけど。

すごい風景。大きな谷の反対側斜面の上のほうに、民家が見えた。川からは、100mくらい上だ。どうやってあそこまで行くんだろうか。もちろんどこかに道は続いているんだろうが。

下りきると、国道193号線に出る。それを左折、南にいく。那賀川の出合橋で、国道195号線に入る。橋を渡り西へ向かう。

木頭村は木頭ゆずの産地。役場で栽培場所を聞いた。「このあたりはどこでもゆずを作ってますよ」というとおり、役場を過ぎて1kmくらいもっと西(高知県境側)に走ると、道の両サイドにはゆずの木が。ゆずの黄色が朝日に輝いている。目のさめるような色だ。

ある集落に降りていった。神社があって、そこに車を停め、ゆず畑のほうに歩いていくと、おばあさんが休憩中。ゆずの畑の写真を撮りに来ましたというと、@@さんのところは、もう熟しているから、その畑がいいでしょうと教えてくれた。収穫は11月になると最盛期を迎えるらしいが、ぼちぼち収穫している人の姿も見える。

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ところで、このおばあさん、背中に何かの長い葉を背負って歩いていて、そこで休憩していた。最近ではなかなか見なくなった昔ながらの荷物の運び方。中国雲南省では今でも日常的に見るけど。ところがあとで、おばあさんは、車を運転して町の商店に買い物に来ていた。荷物の運び方も、新旧使い分けてるということだ。

商店に入ってみたら、ちょうど地元産のゆず商品が置いてあった。木頭産の契約栽培ゆず、国産蜂蜜、四国剣山系の地下水で作った清涼飲料水「ゆず みつ」(180円)。程よい甘さが喉に優しい。

それと、ゆず果皮と砂糖で作った「木頭ゆずカンロ」(370円)。今回は酒が飲めないし、甘いもの好きな俺としては、運転中に口寂しいときにはうってつけ。

195号線から海川口から橋を渡って、県道に入り、4km下ると、国道193号線に戻った。これで、太平洋にまもなく出るつもり、だった・・・。

ところが、この193号線は、すごかった。ほんとに国道か?と思うほど狭い道のカーブ連続で、それが延々と続くのだった。この道、通る必要あったのかな? と、言いながら、山越えの道、嫌いではない。すごい風景に出会うのも、こんな山道だから。

海南町に入ると、道はようやく国道らしくなったが、海まではまだ少しあるので、駐車帯で休憩。ブログを書く。静か。車がほとんど通らない国道193号線だった。

海に出て国道55号線を南に下り、宍喰町の水床湾に寄る。室戸阿南海岸国定公園になっている水床湾は、「阿波の松島」と呼ばれている、岬や入江が入りくんだリアス式海岸。閉鎖された国民宿舎の敷地から見晴らしがいいと聞いたが、それほどでもなかった。

国道55号をさらに南下。東洋町で国道493号に入る。山道だ。また193号のようなすごい道なのかと思ったら、意外とそうではなかった。峠を越して下り、北へ向かう県道12号線を右折。馬路村に入る。

魚梁瀬の手前、ダムの展望台に清掃中の作業員がいたので、「このあたり、美林があるそうですが」と聞くと、「それは『千本山』のことでは?」という。スギやヒノキの林なのだという。「きっとそれです」といって、行き方を聞いた。

村の入り口に案内板もあったし、「千本山」への立て札も立っていたので、迷うことはなかったが、遠かった。着いたのは、4時半を過ぎていて、うっそうとした林に夕暮れが迫り、ちょっと怖い雰囲気。当然、この時間では、もうだれもいない。木の葉が落ちてくる音に敏感になる。

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ここは「土佐森林浴の森50選」にもなっているし、「千本山林遺伝資源保存林」にもなっている。天然魚梁瀬スギをはじめとする貴重な動植物の宝庫だそうだ。

千本山の頂上までは、登山道がついている。30分ほど、途中まで上った。そこから美しい自然林を眺めることができた。

車に戻ったときには、暗くなっていた。早く山を降りたい気分。俺は意外と臆病なところもある。

魚梁瀬を過ぎ、馬路村の中心部を通り、道に迷い、人に道を聞き、安田町の海に出た。国道55号線に戻って、北西へ。5km先に、「道の駅 大山」があった。ここでブログを書き、アップ。そして宿泊も。今日は一日山道で、さすがに運転は疲れた。

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2007/10/23

2007秋、車中泊の撮影旅 (16) 明石海峡大橋、洲本市由良

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10月23日、火曜日、晴れ

昨日、「道の駅 あわじ」に泊まったが、明石海峡大橋は夜、ライトアップされる。巨大な橋。よく、こんなものを造れるもんだと感心する。

考えてみれば、大学の卒業研究が、たしか(違っているかも)、金属材料の両端を固定したときの、揺れの解析みたいなものだった。こういう橋にも応用されているのだろうか。

それにしても、卒業してから20年以上たつが、だいぶ違う「道」を歩いてきたなぁと思う。かたや、橋を造る人間になり、かたや、その橋を不思議がる人間。

今朝、6時半に起きてから、橋の周辺を散歩した。気持ちいい朝。橋の下を昨日乗った「たこフェリー」も通る。大型船も何艘か通過した。岸には人が朝早くから20人ほど来ていて、釣りをしていた。

国道28号線を南に下る。広々とした風景の中を走る、快適な道だ。45分ほどで、洲本市に着いた。

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ここから国道を外れて、県道76号線に入り海沿いを走る。市内から数km先に、目的地の由良がある。この由良港と、由良港を囲むようにある成ケ島を見渡せる「展望台」の標識があった。「展望台」というほどいいところではなかったが、他にないらしいので、ここから写真を撮る。(写真) 時間や時期を違えればまたいい写真が撮れるかも。

県道に戻り、先へ進む。人家もない山道。ジャングルのようなところを行く。突然、「ナゾのパラダイス」という看板。????

怪しい・・・。バブルで放棄されたテーマパークか何かかな?と思った。すると目の前に、「朝日テレビ探偵ナイトスクープ紹介」と書いたゲートが現れた。怪しすぎだー。でも、閉まってる。

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その先、150mほどのところにドライブイン。通りかかったら、おばあさんが笑顔で、「いらっしゃい」という。それで車を止めてしまった。俺は、ばあさんの笑顔に弱い。

「ナゾのパラダイス」とはなにか、聞いた。「男女交合です」という。ますますわからなくなったが、まぁ、いやゆるそういったたぐいの展示物があるということらしい。これは有名(DVDも発売されている)だそうで、知ってる人は知ってる「パラダイス」なのだろう。

何年に一度、ちゃんと警察の監督も受けている。「これはOK、これは駄目」とか言われるらしい。こんなネット時代になったからこそ、アナログな場がウケているのかも。

でも、こういうものは、ひとりでまじめに見るものではないので(しかも、他の観光客もいないし)、入場料500円はケチった。それにしても水仙園といっしょに経営しているのが面白い。

経営者はおじいさん(草刈中で不在だった)らしいので、たぶん、そのおじいさんがアイディアマンなのかもしれない。他に「平家の資料館」なるもの(なぜか、入り口にはゴジラ?の石像)もある。

おばあさんは言った。この県道ができる前から水仙を作っていた。昔は、水仙を背負って山道を運んでいた。それを大阪に出荷していた。道ができてから、観光客が増えた。水仙の時期になると、観光バスもやってきて、大混雑するという。

「ナゾのパラダイス 立川水仙郷」の看板に、「3倍おもしろい」と書いてあったが、水仙より、3倍おもしろいという意味だろうか? でも、2倍でも4倍でもないんだなぁ。

ナゾのパラダイスを去って、10kmほどいくと、モンキーパーク(野生のサルがいるらしい)があり、さらに先には、別な水仙園、黒岩水仙郷があった。こっちは「普通」に見える。俺は、さっきの水仙郷の方が気になる。

鳴門海峡に到着。「道の駅 うずしお」へ。ここで、うず潮を見ることができる。時間的に、まだ4時間くらいあるようなので、それはまた、ということで、四国へ渡る。

でも、大好きなフェリーがない。他に方法がないので、全長1629mの大鳴門橋を渡る。道の駅から2kmほどのところに淡路島南インターがあった。そこから入って、りっぱな橋を渡り、四国は徳島県に上陸。鳴門北インターで降りた。わずか7分の高速道路。

鳴門市内にマックがあったので、昼食兼、ブログ書き。これから徳島市を抜け、山へ入るので、当分ピッチは圏外。ブログのアップができないので、今日は早めに、ここでアップ。

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2007/10/22

2007秋、車中泊の撮影旅 (15) 湯浅町のミカン畑、淡路島

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10月22日、月曜日、晴れ

昨日の夕方、「道の駅 明恵ふるさと館」でブログをアップしたあと、まだ寝るには早いので、一仕事しようと、道の駅の青年に、近くにマクドナルドありますか?と聞いたら、自分もそっちへ行くので、後ろ着いてきますか?と親切にいってくれたので、連れて行ってもらった。車で20分、湯浅町にあった。旅先では、マックが仕事場だ。終わって、道の駅に帰る。

今朝、7時前に道の駅を出発直前、ちょうど昨日の青年がやってきてあいさつする。「昨日、無事に戻れました?」「わかりやすい道を帰ってきたので、何とか」

国道42号線、湯浅町手前にコインランドリーがあったので、洗濯。そのあと、県道20号線に入り、通学途中の学生をたくさん追い抜きながら、役場を探す。役場は、町の中心部の昔ながらの細い通りにあって、建物自体も昔のままで、かえって趣がある。

湯浅は、散策するのも面白そうな町だ。ここは、醤油発祥の地だという。鎌倉室町時代からの手作りの醤油があるらしい。

ここで、果樹園の場所を聞いた。それによると、町中がミカン畑だが、海と島とミカン畑がいっしょに見れる場所があるはずというので、その場所を聞いた。だいたいの場所さえ聞けば、あとは自分で探すしかない。

県道20号線に戻り、海沿いの道に出た。漁村のはずれに役場で教えられた寺があり、坂道を登っていった。ミカン畑が続く。収穫が始まっているらしく、地元の軽トラックがひっきりなしに通るので、車の駐車場所を探すのに一苦労した。

でも、上からの漁村とミカン畑の雄大な風景はいいね。山を一つ越した東側に見えていた町は、湯浅町だろうか。コーヒーを沸かして飲み、しばらくボーっと海を見ていた。今日は快晴で、気持ちいい。

坂を下り、県道に戻り、北へ。有田市、海南市、和歌山市などを通過し、国道26号線をずっといくと、大阪駅の近くまで行ける。そこで、国道2号線を左折し、神戸の方向へ。

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明石市に着いたのは、午後4時40分。意外と時間がかかってしまった。淡路へ渡る「たこフェリー」は、次、5時10分発だった。所要時間は20分だけ。

出発して、西側を見たら、ちょうど夕日が海に沈んでいこうとしていた。いわし雲が出た。旅するカップルが、携帯で夕日の写真を撮っていた。淡路に着く直前、明石海峡大橋の下をくぐる。

フェリーを降りて、すぐ近くの「岩屋温泉」に来た。石鹸で髪を洗う昔ながらの温泉。浴槽は、3階部分にある。明るかったら、海も見える。お湯は良かった。560円。受付のおばさんによると、ここは30年前からやっているという。

休憩できるちょっとしたロビーは、近所の人たちの憩いの場でもあるらしい。酔っ払って風呂に入ったおやじが、ふらふらで着替えていたり、なんだか面白い雰囲気だ。俺は、半分は理解できないその会話を耳にしながら、このブログを書く。耳が慣れないと、同じ日本語でもよく聞き取れないということがあるんだね。

明石海峡大橋のふもとにある「道の駅 あわじ」に泊まる。温泉は、圏外なので、道の駅からアップする。

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2007/10/21

2007秋、車中泊の撮影旅 (14) 四郷串柿の里、有田川「あらぎ島棚田」

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10月21日、日曜日、晴れ

昨日は、桜井市のマックでブログをアップしたあと、13kmほど南、大淀町の、「道の駅 吉野路大淀iセンター」で泊まった。

今朝、6時過ぎ、ざわざわする音にめを覚ました。地元の農家の人たちが農産物を運び入れているのだった。今日は朝市の日らしい。

国道370号線に出て、五條市からは24号線で西に進む。これと北側に平行に走っている、紀ノ川広域農道に入る。山際を走る風景が美しい道だ。柿とミカンの生産地。

国道480号線にぶつかったら、北上、かつらぎ町の四郷というところへ行った。ここは、「四郷串柿」で有名な、柿の里だ。480号線は一部工事中で、通行止めの手前から、左の道に折れて、とんでもない狭い道を行ってしまったが、(あとで迂回路があるのを知った)4kmほど進んだ山の中腹に民家の屋根を見たときには、やっぱり村があったんだと、ほっと一安心。

急坂を登っていくと、7,8軒の民家が並ぶ村だったが、柿の木だらけで、さすが柿の里。皮むきの作業をしていた夫婦がいて、話をうかがった。今、皮むきをしているのは、食べるための柿だ。

串柿というのは、食用というよりは、お供えなのだという。正月用らしい。だから、まだ早いので串柿を干していない。

串には10個の柿を刺し、吊るして乾燥させる。その光景はすごいらしく、11月10日過ぎ、その最盛期になると、写真を撮るためにたくさんのアマチュアカメラマンたちがここを訪れるとのこと。

柿の直売所なんかはないのですか?と聞いたら、いくつかあるという。この村から、いったん国道に出て、下ったところの村に、2軒店があった。

そのうちの1軒「峠の茶屋」を覗いたら、おばあさんがいた。その笑顔に引き寄せられるように、俺は店に入っていった。

柿はもちろんだが、餅も売っていたので、緑のヨモギ餅と、赤いエビ餅(餅に小エビを混ぜてあり、あんこを包んでいる。アイディア商品だ)を1個づつ買い、そこにあったテーブルで食べた。おばあさんは、お茶を出してくれた。

ほんとに、昔の茶屋はこんなふうだったのではないだろうか。この気取らない民家の軒先と人柄が、すっかり気に入ってしまった。

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おばあさんは、83歳。この店を営業して16年になる。今は、おばあさんの娘さんが手伝っている。全国の棚田や畑の写真を撮って旅しているというと、棚田に興味があるというので、写真集『アジアの棚田 日本の棚田』を見てもらった。これには、これから行こうとしていた、和歌山県有田川町の「あらぎ島」の棚田も載っている。もちろん、彼女たちもこの棚田は知っていた。

柿をごちそうになってしまった。みずみずしい甘い柿。(写真) お礼に、ポストカードをあげた。この店が気に入ったのは、店名通り「峠の茶屋」の雰囲気があり、おばあさんの笑顔がよかったからなので、おばあさんの写真を撮らせてもらった。ブログに載せてもいいというので、今日の写真は、このおばあさんの写真です。

すっかりのんびりしてしまった。出るとき、「これ、もってって」と、また柿をもらってしまった。ありがたく、いただきます。

四郷から、山を下り、国道480号線に入り、高野山へ。日曜ということもあってか、高野山までの道は車で混雑していた。高野山には観光客がたくさん。今回は、通過した。

高野龍神スカイラインを走る。尾根道なので、山並みがよく見える。途中から、花園村に下りて、国道480号線を西へ。

有田川町の棚田「あらぎ島」へ。ここは大きく変化していた。まず、棚田の後ろ側にバイパスができたので、風景が変わってしまったこと。そしてバイパスのおかげで、棚田を見る道は、車が通らなくなったので、静かに見学できるようになったこと。(昔は、大型トラックなどひっきりなしに通って危なかった)

写真的には、正直、バイパスがないほうがいいのだが、でも、地元の要請があってこうなったのだろうから、なんともいえないところだ。

でも、やっぱり、ルートは変更できなかったとしても、橋の色とかは、目立たないように何とかできたのでは?と、疑問が残る。一応、この棚田は、町の顔であったはずだし・・・。せっかくの風景なのに、もったいないと考えるのは、旅人の勝手な思いだろうか。

清水温泉のところにある物産展に寄ってみたが、まだ、新米は出ていなかった。店員の話では、そろそろJAから新米が届けられると思いますという。新米を買おうと思っていたので、残念。

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食事処「赤玉」に入った。以前、棚田百選の取材中、この店の「わさびずし」を撮らせてもらった。店主は、不在だったが、店には『日本の棚田百選』がおいてあったので、「この著者です」と店員さんに自己紹介し、今回も「わさびずし」をブログに載せさせてもらうことにする。

赤玉といったら「わさびずし」。サバかアユの煮つけを載せたすし飯を、ワサビの葉で巻いたもの。昔食べたとき、美味しかったので、今回も是非と。

「わさびずし定食」(1000円)、わさびずし3個と、うどんか、そばか、ラーメンを選ぶことができる。(写真)

食事後、国道480号線を和歌山方向へ下って、金屋近くの「道の駅 明恵ふるさと館」に泊まる。

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2007/10/20

2007秋、車中泊の撮影旅 (13) 室生村深野、吉野町「国栖の里」割箸作り、明日香村稲渕棚田、二上山

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10月20日、土曜日、晴れ時々曇り

今日は、朝から晩まで写真も撮ったし、取材もしたので、今日のブログは長いよ。覚悟して。

今朝、「道の駅 室生」を6時20分に出発。三重県名張市方向へいったん向かい、数km先から、左折して山道をひたすら登っていく。すると、深野集落に着く。一見していいところだなぁと思う。

ちょっと小雨もパラついたが、7時半をすぎたころから晴れたり、曇ったり。手前には、民家、柿の木、棚田。遠くの山並みが霧でかすんでいる。時々、日の光が当たって、山の稜線を浮き上がらせる。

集落の中に、深野神明神社がある。この前で写真を撮っていると、1台の車が止まり、カメラを持ったおじさんが降りてきた。「光があればいいんだけど」おじさんが来たとたん、曇ってしまったのだった。

おじさんは田んぼに植えてあるコスモス畑の中に入って写真を撮っていた。戻ってくると、「この近くにいいポイントがあるので、いっしょに付いてくるかい? にいさんが気に入るかどうかわからんけど」というので、「いいですか? 気に入らなかったら戻ってくるだけだから」

それにしても、地元の人の運転は速い(あとで、滋賀県人だと知ったが)。付いていくのがやっとだ。「近く」といったが、20kmくらいは走っただろう。狭い山道をすいすい飛ばしていく。

最後、標識もないせまい道へ入ってぐんぐん上っていった。そこが、おじさんお勧めのポイント。たしかに良いね。おじさんは何度も滋賀から車を飛ばしてここまで写真を撮りに来ている。2週間前に撮ったという、靄がかかったこの風景のプリントを見せてくれた。

谷を挟んで両サイドに民家がある集落はそれほど多くない。美しい山里だ。「ところで、ここは何ていう村ですか?」と聞いたら、おじさんはまったくわからなかった。道は知っていても、ここが何町、何村のどこかもわからないという。でも、写真を撮るにはそれで充分ということだろうか。あとで地図で見てみたら、室生寺の近くだった。

今日は、吉野町の「国栖の里」で、人と会う約束をしていたので、昼前までには着かなければならなかった。それで、このおじさん、いろんなところ案内してくれるというのだが、俺にかまわないで先に行っていいですよと断った。案内してもらったら、面白かったと思うけど、残念。

おじさんを見送ったあと、日が出るまで粘ってみた。そろそろ時間なので、切り上げ、いったん下の方に下り、向かい側の谷に上ったら、おじさんが言ったとおり、棚田があった。

どこをどう走ったのか、最終的には、県道16号線に出て、昨日通過した吉野町「国栖の里」に到着。11時半だ。約束した人というのは、ここの割箸協同組合の人。昨日電話して、割箸作っている人を紹介してもらうことになったのだ。

今回の旅、適当に旅しているように見えるでしょうが(実際、9割方はそうだけど)、どうしても、寄りたいところが何ヶ所かある。伊勢神宮の祭り「初穂曳き」もそうだし。吉野の木材を使った割箸作りの人にぜひ会って、あることを聞いてみたいと思っていたのだ。

協同組合の場所がわからず電話しようとしたが、俺のピッチは圏外なので、民家を訪ねて、場所を聞いた。でも、その人は、場所を知らなかったので、電話してもらい、それでようやく場所もわかった。(この人の苗字、昆布さんという。この話、長くなるのでこれ以上触れないが)お礼をいい、協同組合へ向かった。

そこは、観光協会も兼ねていた。迎えてくれた職員に、Tさんという割箸作りの人の工場を教えてもらった。

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Tさんに話を聞く。吉野の割箸は、スギとヒノキを使う、日本でも最高級の割箸を作っている。スギの間伐材の真ん中から柱などを取ったあとに残った端材で作る。中国の安い割箸の作り方とは違う。

端材で作っているので、木の有効利用だし、そうすることで、山を育てるということにもつながる。山に貢献していると思うとTさんはいった。

それで、俺が一番聞いてみたかったことというのは、いわゆる「自然環境保護」を訴える人に「割箸は、使い捨てだからいけない」という人がいる。たまたま、今回の旅の2日目、ラジオを聴いていたら、まさに、こういう人(学者だったかな?)がラジオで、堂々と「使い捨てにする割箸は良くないから、私は『マイハシ』(私の箸という意味だろうが。つまり塗箸)を使ってます」といっていた。

そこで、俺は素朴な疑問を聞いてみたい。どうして使い捨てにする割箸は悪くて、使い捨てにする注射器や浣腸器、(リサイクルされるというけど)使い捨てにされるパソコンは問題にしないのか?と。どうして、割箸だけが目の敵みたいに、「使い捨て」の標的にされるのか。森林保護というなら、些細な量の箸材ではなくて、建築材を非難すべきなのでは?と、俺は思うんだけれどね。

しかも、「マイハシ」を使ったからといって、それを洗剤つけて洗うんだったら、環境に対する負荷は、どっちにしろかかる。俺が嫌だと思うのは、「マイハシ」を使うことで、自分だけは環境に対して「いいこと」をしてる、みたいな匂いがぷんぷんすることだよ。

そこが、どうしてもわからない。俺を納得させてくれる理由があるなら、喜んで「マイハシ」を使わせてもらうけどねぇ。

それで、生産者はどう思っているのか、聞いてみたかった。

Tさんは、穏やかなものの言い方をした。「どっちが環境にいいかわるいかなんて論争はじめたら、しかたないことで、割箸にも、塗箸にも、それぞれ使い道があります。割箸文化と塗箸文化は違う、ただそれだけです」

割箸は使い捨てでけしからんという意見に「怒っています」というコメントを期待した俺は、ちょっと反省。そうなんだよね、Tさんが言うように、どっちが良いとか悪いという話ではないんだろう。両方とも、違ったものとして認め合わなければ。

俺は、別に、割箸生産者の味方ではないが、あまりにも不公平な扱いを受けているのを見ると、どうしても、肩入れしたくなってしまう。まぁ、へそ曲がりなんでしょ。みんなが、そうだと言えば、違うと言い、みんなが違うと言えば、そうだと言う。

ほんとは、もっと言いたいことあるんだけど、今日はやめておく。また、旅を終えたあとに書きます。

ところで、Tさんは、吉野の木材や和紙をもっと知ってもらおうという目的の「吉野山灯りコンテスト」に、行灯ふうの照明具を出品し受賞した。それを見せてもらったら、ぬくもりのある暖かい明かりを出す照明だった。毎年行われている。吉野の木と紙を使ったものならば、だれでも出品できるということなので、どなたか挑戦してみては。

Tさんと別れ、もう一軒、今度は和紙の工房を訪ね、乾燥中の和紙の写真を撮らせてもらった。

国道370号を西に進み、県道15号線を入る。狭い山道を抜けると、開放感のある谷に出るが、そこが、明日香村の稲渕。棚田百選の棚田がある里。案山子と彼岸花で有名な棚田でもある。ここへ立ち寄ったのは、数年ぶり。看板と駐車場と、直売所ができていたのが、以前とは違っているところ。あとは同じだ。

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まだ少しだけ黄色い稲が残っていたが、9割がた稲刈りは終わっていた。ハサ掛けされた稲の匂いがいいね。(写真)

ここは、石舞台古墳からも近いので、棚田を散策する人がたくさんいた。サイクリングする人たちも、ここを通るようだ。暑くもなく、寒くもない、絶好の棚田日和。

石舞台古墳のすぐ近くに、「太子の湯」という温泉を見つけて入った。500円。サウナもあり、浴槽には、テレビも完備。

久しぶりで観たテレビは、お笑い芸人の番組。なんだか、外国のテレビ番組を見ているような、遠い感じがした。俺は日本を旅しながら、外国人になっているのかもしれないと感じた。お笑いが、ぜんぜん面白くないのだ。なんだろう、この違和感。

桜井市に寄った。ここで一ヶ所、撮影したいものがあったが、役場でもわからず、駅の観光案内所も開いていず、場所がわからないので、今度にする。(このくらい、調べてこいよー)

西へ向かう。橿原市、大和高田市で道に迷いながらも、當麻町の「道の駅 ふたがみパーク當麻」へ。日暮れまでには間に合った。

ちょうどここが二上山のふもとにあり、道の駅に車を停め、近くの田んぼまで歩いて、田んぼと山の写真を撮る。ちょうど夕日が山の陰に落ちて、じゃっかん、雲がオレンジ色に変わった。

暗くなってから、ふたたび移動。桜井市まで戻り、マックでこのブログを書く。今日は長いので、アップするのもこんな時間になってしまった。今日はよく動いて、疲れた。


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2007/10/19

2007秋、車中泊の撮影旅 (12) 奈良県川上村、吉野杉

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10月19日、金曜日、雨

今朝6時起床。ラジオを付けたら、天気、雨になるらしい。それで、突然ルート変更。ほんとうは、紀伊半島を海沿いに回るはずだったが、雨のときは、山がいいので、熊野市に戻り、そこから山越えして、奈良県に向かうことにする。(車中泊はフットワークが軽いのだ)

熊野市から国道42号線で北へ走り、小坂峠を過ぎて、国道309号線に入り、山道を進み、県境を越え奈良県に。国道169号線を、上北山村から川上村へ。

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運転は注意しないといけないが、雨に煙る山々は美しい。紅葉が始まりかけているところもあった。黄色い落ち葉が道に張り付いている。あまり車も来ないので、ゆっくり走ることができた。時々激しく雨が降り、前方がよく見えない。ライトは点けっぱなし。

川上村は吉野川の源流・水源地の村だ。役場は、「道の駅 杉の湯川上」の隣にあった。ここで、吉野杉の「美林」を見ることのできる場所を聞いた。応対してくれた職員は3ヶ所教えてくれた。チゴロ渕と小谷。

雨でなければ、歩いていくところに樹齢300年以上の日本最古の人工林もあるらしいが、今日はあきらめた。

むしろ、今の林業景観を見たいという俺の目的からは、紹介された3ヶ所のほうがいいとも言える。(と、言い訳して、雨のトレッキングをズルした)

車で行くのはいいが、やっぱり写真を撮るとなると、雨の日は大変だ。まず、国道を南に戻って、白川渡から橋を渡り1.5kmほど山に入ったところ。ここがチゴロ渕。

役場の職員は、行けば「オッ」と驚きますと言っていたが、確かに、すごい。いや、すごい、というより、杉林がこれほど美しいものだとは思わなかった。ちゃんと間伐して、手入れされている。丹精こめて育てている、という感じが伝わってくる。

これこそ、人が作り上げた文化的景観の美しさ。樹齢270~280年だという。周辺の杉林との違いは一目瞭然。そのコントラストに、ちょっと複雑な心境。赤字で手の入れられない杉林も多いと聞いた。

ここは、林業会社の所有地なので、「無断で林内立入り禁止」の看板。それと「ゴミを捨てないで」という看板も。

道の駅に戻り、今度は、東へ向かう道を登っていく。約4kmと、約6km行ったところに杉の巨木が林立。教えてくれたのはここだろうか?と迷うことはなかった。皮肉なことに「ゴミを捨てないで」の看板が立っているので、ここだとわかる。こちらは樹齢が250~260年。りっぱな巨木だ。

国道169号線を下り、大滝から県道262号線に入って、吉野町の国栖の里に出て、国道370号線、165号線で室生村へ向かう。

それにしても、今日は一日中雨、雨、雨。雨も悪くないが、こう降り続くとなぁ。写真が撮りづらい。明日は晴れるそうなので、今日はゆっくりしよう。


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2007/10/18

2007秋、車中泊の撮影旅 (11) 風伝おろし、丸山千枚田、本宮大社、速玉神社

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10月18日、木曜日、晴れ一時曇り

昨日は、猪垣を見たあと、熊野市に戻ったが、風邪がぶりかえしたようで、ちょっと頭痛がしたので、10km先にあった「道の駅 パーク七里御浜」で、早めに横になった。

今朝は、6時40分に起きたが、頭痛はすっかり治まった。風邪は大丈夫だと思う。

7時20分に出発。道の駅から、南に2kmほど行き、県道62号線を右折。しばらく走ると、「あっ! もしかしたら、あれが・・・」

実は、昨日地元で手に入れたパンフレットに、御浜町の写真が載っていて、その中に、山から滝のように雲(霧)が流れている写真があった。ただ、これはよほど条件が整わないと見ることができないようなことが書いてあったので、すっかり忘れていたのだが、なんと、今日、その「好条件」がぴったり重なったようだ。

どこから見ればいいのかわからなかったが、とにかく近づいてみることにした。スピードを上げたくなる気持ちを抑えつつ、でも、やっぱりスピードを出してしまったが(山道で危ない)、なんとか、その現場までたどり着いた。

とにかく、これは朝しか見れない現象だろうと想像できたので、なるべく早く写真を撮っていたほうがいいだろう。がむしゃらにシャッターを切った。そのうち、落ち着いてきて、場所を移動。小学校の近くにいいポイントがあった。

写真を撮っていると、小学生が数人歩いてきた。「おはようございます」彼らのほうから先に挨拶してきた。田舎の子は、ちゃんとしてるよね。「これ、すごいね。何ていうの?」すると、男の子が「フデオロシ」といった。「フデオロシ?」 別な子が「フウデンオロシ」といった。あとで調べたら、「風伝おろし」という自然現象だとわかった。

「いつも見れるの?」「ほぼ毎日、見れます」「朝だけ?」「はい、昼にはなくなるよね」「これから授業? しっかりね」「はい」

それにしても、すごい。雲が山頂から滝のように流れているようだ。だんだん時間がたつにつれて、やっぱり、雲が少なくなっているようにも感じる。

また場所を移動する。集落、棚田を手前にして「風伝おろし」が見れるポイントがあった。そこに、地元の新聞社の人も来ていた。「今日は写真的にいい条件ですよ」という。雲の出方は大目だし、背景に雲がなく、青空なので、風伝おろしがはっきりわかります」という。この「風伝おろし」は、秋から春にかけて見れるものだが、いろんな条件が重ならないと、これほどちゃんとしたやつは見れないのだという。

「所沢ナンバーなので、こっちに移住した人かなと思いましたよ」といったので、「今、旅の途中ですが、棚田を撮ってるので、今日の写真はいいですね。手前に棚田があるし」「なるほど、そうですね」 名刺交換した。もしかしたら、明日の朝刊にこの写真が載るかも、といっていた。

もし、昨日風邪をひいていなかったら、御浜町こに泊まることもなかったし、この県道を通ることもなく、知らずに通り過ぎていたかもしれない。何が「運がいい」ことで、何が「運が悪い」ことなのか、こうなると、ほんとにわからなくなる。

そこから国道311号線までは近かった。トンネルを抜けた。とたんに曇りになった。この天気の変わり様はなんなんだ? 「風伝おろし」の雲は、こちら側の雲だったのだ。まぁ、考えてみれば、あれだけの雲が流れるというのは、こちら側にそれだけの量の雲がないと駄目なわけで。納得した。

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県道40号線を右折して、丸山千枚田に向かう。村の入り口の展望所からは、棚田が一望できる。そのまま村へ降りていく。千枚田荘まで来たが、残念ながら季節はずれだからか、営業していなかった。

30分ほどすると、雲が消えて晴れた。地元のおじいさんと立ち話。お客が来る時期じゃないと千枚田荘は営業していないという。棚田米を買いたかったというと、役場の隣に「ふるさと公社」が移転したので、そこなら買えると教えてくれた。

棚田百選を撮影中は、この千枚田荘に泊まったこともある。棚田米も買った。6月くらいだったか。翌朝は、霧が出ていた。幻想的な棚田を撮影できた。

コメの銘柄を聞くと、コシヒカリは、病気に弱いし、肥料をたくさん使わないといけないので、ここでは、アキタコマチを作っている、とのこと。

おじいさんは、輪島市の白米千枚田に行ったことがある。あそこは棚田も適当な規模で海に面して美しく、漆や朝市など、観光資源も多いので、お客さんも輪島市に宿泊するという。「棚田が生きてる、と思った」といった。

丸山千枚田に来ても、お客は、みんな写真撮ったらおしまいで、那智勝浦あたりに泊まるので、熊野市にはお金が落ちない。(俺は、那智勝浦どころか、車中泊だ。) 高齢化で、田んぼは年々少なくなっている。熊野市にも働ける場所は少なく、若い人は、名古屋に出てしまうからだ。

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おじいさんと分かれて、国道311号に戻り、役場横のふるさと公社を訪ねた。そこで、「丸山千枚田で獲れたお米」5kg(2500円)と、2kg(1200円)2袋づつ買った。今年の新米だ。

国道をそのまま西へ進み、北山川沿いの道をくねくねと進む。168号線とぶつかり、それを右折。熊野川をさかのぼる。川沿いだが広い道だ。開放感を感じる川。やがて、熊野本宮大社に。

お祈りしてから、さらに奥へ。「道の駅 奥熊野古道ほんぐう」から数百メートルいった交差点を左に入り、発心門まで。ここに「美林」があると聞いてきたのだが、もしかしたら、これのこと?

「ほんまもん ロケ地」の看板。NHKの朝ドラだ。その隣の巨木。「山太郎の木」と呼ぶそうだ。「山太郎」とは熊野の方言で、「山で一番大きな木」を意味するという。これは杉で、樹高43m、樹齢200年、胸高円周3.6m。これかぁ・・・。こんなこともあるだろうけど。

本宮に戻り、国道168号線を新宮に出た。市街地の手前6kmくらいのところから、山に入った高田集落に、「雲取温泉」というのがあった。「高田グリーンランド」という施設の一部だ。温泉はアルカリ性で、少し白い。山の緑を見ながらの露天風呂もある。400円。なかなか良い。

新宮では、熊野速玉神社へ寄る。もう4時を過ぎていたせいか、境内はひっそりとしていた。後ろに控える杜のりっぱなこと。

町から数km北にある、「道の駅 紀宝町ウミガメ公園」に泊まる。

ところで、この近くの井田海岸では、地引網をやっていたのだが、今、砂浜が短くなったせいで(? 詳しい事情はわからないが)、地引網をやらなくなってしまったと、昨日、地元の人から聞いた。この地引網も写真に撮りたかったのだが、やってないなら仕方ない。

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2007/10/17

2007秋、車中泊の撮影旅 (10) 紀北町、熊野市 「熊野古道」

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10月17日、水曜日、晴れ時々曇り

昨日、三重県紀北町の「古里温泉」から「道の駅 紀伊長島マンボウ」に戻って、土産売り場を覗いたら、「紀伊長島名物 いか飯コロッケ」(500円)というのがあった。サザエ、ホタテなどが入った炊き込みご飯をイカに詰めて揚げたもの。どんなもんか買ってみることにする。ついでに、「めはり寿し」(520円)もいっしょに買って夕食にした。
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「いか飯コロッケ」は、意外と油っぽくなくてうまかった。「めはり寿し」は、以前紀伊半島に来たとき、友人から教えられて食べたら美味しかったものの一つ。今回は、何度か食べる機会はあるだろう。

今朝、7時に出発。天気はまずまず。国道42号線を南に下る。紀北町と尾鷲市との境の峠、馬越坂の石畳道に寄った。(↑の写真)

桧とシダに囲まれて、苔むした石畳の道が2kmほど続いていた。説明書きによると、「くまの道と呼ばれた熊野街道の一部で、古代から熊野三山信仰に伴って開かれ、その後、大正初期に旧国道が整備されるまで、当地方の幹線道路だった。」とある。

熊野市に出て、そこから国道311号線で海側へ。この国道沿いも、熊野古道が点々と残っている。

その中のひとつ、二木島の「曽根次郎坂太郎坂」に行ってみた。ここを選んだのは、この古道に「猪垣(ししがき)」が残っていると聞いたからだ。今年、6月に大分県に行ったときも、シシ垣を見た。イノシシ除けに積み上げた石垣だ。これと目的は同じ。

二木島のバイパスを走ると、「古道」の標識を見つけたが、どうも入り口がよくわからない。うろうろしていると、ひとりのおじさんが「どこへ行くん?」と声をかけた。

「猪垣を見に来たんですが」というと、このあたりには、猪垣は多くあるが、ここの猪垣は特別りっぱだという。実はこのおじさん、このあたりの地主さんで、近くの「太郎坂広場」という展望台も自分で作ったらしい。

昔の殿様は、敵から攻められないように、道は山の尾根に作った。そして、猪垣は、イノシシに困った人たちの願いから、公共事業として作られたらしい。二木島の畑を荒らされないように。

「今もイノシシは出るんですか?」と聞くと「今こそ、出る。過疎化が進んで、人がおらんようになったからな」

入り口はあそこだよ、と言われたところは、バイパスから急坂を上る、幅50cmほどの狭い階段なのだった。ちょっとわかりにくい。

おじさんは言う。「猪垣記念碑があるから、必ず見るように。それと、刃物持ってる?」「何でですか?」「野犬が出るかもしれん」「出たら、カメラのフラッシュで撃退します」

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うっそうとした古道を登っていくと、大きな木の根元に猪垣記念碑があった。何か字が彫ってある。ちゃんと見たよ、おじさん。(読めないけど)

縦横3m、深さ3mの、「猪落とし」という落とし穴も残っていた。これもおじさん、言っていた。石垣は、2列になっていて、その間を走らされたイノシシは、最後にこの穴に落ちたという。(もちろん食べたんだろうね)

看板が立っていた。「この猪垣は、熊野地方でも群を抜いてみごとなもので、高さは約2~3mある。他の地域では見られない猪垣記念碑があり、寛保元年(1741年)3月上旬から翌年の2月までに1年がかりで築いたと記されている。食糧増産が至上命題であった戦時中の昭和20年前後は、この猪垣の下まで開墾され、イモ類、麦が作られた。その後昭和30年代後半になってミカン栽培が全盛期を迎えたが、高度成長期に入って作る人も減り、今ではほとんど荒れてしまった。」

2列になった猪垣の間を、イノシシになった気分で通ってみる。一番高いところで3mくらいあり、飛び越えられない。何枚か写真を撮る。

そこから15分ほど古道を歩いてみた。帰り、どこからかニワトリの鳴き声が・・・。中国雲南省の山の中を歩いていても、こんな感じ。ニワトリと、イヌの鳴き声が聞こえると、「村が近いな」とわかるのだ。

もう一ヶ所、賀田の猪垣も見に行った。その後、国道311号線を引き返し、白い砂浜がきれいだったので、新鹿海水浴場で、休憩、このブログを書く。季節はずれの海水浴場なので、誰もいない。静かだ。

午後3時。これから熊野市のほうへ戻り、このブログをアップ。

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2007/10/16

2007秋、車中泊の撮影旅 (9) 伊勢神宮 内宮「初穂曳き」、紀北町

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10月16日、火曜日、晴れ時々曇り

今朝、6時に起きて、すぐ伊勢市へ向かった。まだ祭りまで時間があるので、コインランドリーを探した。五十鈴川駅近くでみつけた。車中泊の旅で、ちょっと面倒だなと思うのは、洗濯とゴミの問題。

ちょうど都合のいい時と場所でコインランドリーが見つからないこともある。最近は、道の駅もゴミ捨て禁止のところが多いので、コンビニで買ったものはコンビニのゴミ箱にとか、ガソリンスタンドで処理してもらうとか、ペットボトルなどはスーパーでというふうに、なんとか処理しなければならない。

まぁ、それよりも、この少ない持ち物で生活できるということに、意外と自由を感じるので、それほど煩わされる問題というほどでもない。

いかに普段物を持っているか、旅に出るとよくわかる。それこそ、バックパック1個に収まるもので、半年も1年も旅できるのだから、少ない物でも、慣れれば問題ないのだ。

とはいえ、俺も家に戻れば、いろんな物に囲まれて生活するのも嫌いじゃないけど。「シンプル イズ ベスト」などと言うつもりもないし。不便さを知れば、便利さもわかる、ということかな? (えらそう?)

パソコン4台は使いすぎといわれても、俺にとっては必要だしね。気に入った器で料理を楽しむことも大好きだ。まぁ、パソコン、カメラ関連以外の物は、平均的な人より、圧倒的に少ないという自負(?)はあるけど。

こんなこと書いているうち、洗濯と乾燥が終わった。内宮近くの駐車場に行き、車を停めることにする。

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五十鈴川の河川敷では、9時半に出発式があった。偉い人たちの挨拶のあと、神主さんのお払い。お神酒で乾杯。そして川ゾリ(ソリを付けた船)をクレーンで吊り上げて川原に落ろした。

今日の祭りは、地元内宮領の人たちによる、この川ゾリでの初穂曳きだ。勇壮なホラ貝の音や、木遣り唄が響く中、五十鈴川をさかのぼっていく。

昨日と同じように、2本の白い綱で引く。時々、左右の人たちが川の真ん中でぶつかり合い、水を掛け合う。滑って転ぶ人もいて、観客の笑いを誘う。

途中、休憩、昼食をとって、午後3時過ぎ、内宮に到着(するらしい)。俺は、もういいかなと思って、午後1時には離れてしまった。

腹減ったので、キスとウルメの干物焼きの試食後、「おかげ横丁」に寄った。この前、長い行列を作っていた「豚捨」が気になっていた。串カツとメンチカツを買って食べてみる。カツは堅めに揚げてあるが、香ばしくてうまい。昔のカツは堅めだったのだろうか。

3日間滞在した伊勢市。ようやくサヨナラ。ずいぶん、この町が気に入ったもんだ。予定外。でも、おもしろい祭りだったので、充実感はある。

県道13号線で西へ向かい、国道42号線に出た。それを南へ。途中のガソリンスタンドで、このあたりの日帰り温泉を聞いたら、丹生温泉というのがあるらしい。ただ、火曜は休み。残念。

山道を南に進み、荷坂トンネルを抜けると、海が見えた。紀北町だ。「道の駅 紀伊長島マンボウ」で休憩。

情報カウンターがあった。係りの人が、町についていろいろ教えてくれた。日帰り温泉は「古里温泉」。また、この町には、熊野古道が遺されている。明日行ってみよう。食べるところも聞いた。マンボウ料理が名物だが、予約が必要らしい。などなど。

それと、嬉しいことに、パソコンが置いてある。インターネットが自由に見ることができる道の駅というのは、まだそれほど多くないが(実際俺は2ヶ所しか知らない)、そのうち常備になると思う。このブログをしっかりチェック。

教えてもらった「古里温泉」(500円)に行った。アルカリ温泉なのか、肌がツルツルだ。一皮むけて、10歳若返ったよう。こんな中年の肌に興味はないでしょうが。休憩室で、ゆっくりブログを書く。いい温泉だ。

今夜は、もちろん、「道の駅 紀伊長島マンボウ」泊。

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2007/10/15

2007秋、車中泊の撮影旅 (8) 伊勢神宮 外宮の「初穂曳き」

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10月15日、月曜日、晴れ時々曇り

昨日は、「道の駅 伊勢志摩」に2泊目。今朝、6時半に起きて、伊勢神宮の祭りを見るため、伊勢市をめざす。

余裕を持って、早く行ったつもりだったが、外宮の駐車場は、祭りの駐車場ではないということで、入れてもらえず、かといって近くに他の駐車場もなく、あちこち探したが、結局、おととい停めた内宮近くの駐車場まで行ってしまった。

4km離れているので、タクシー乗るかな?と思ったら、バスが待っていたので、それに飛び乗った。それで外宮まで戻ることができた。初穂曳きの車の出発地まで行ったら、ちょうど9時半で、出発式が行われているところだった。

車は全部で4台。一番車はこの町にある皇學館大学の学生たち、二番車は子供たち、三番車は町の大人たち、四番車は一日神領民の人たち。

車の上には、俵や初穂がおかれ、2本の白い綱をもった何十人、何百人が、綱を上下に揺らしながら、外宮まで引っ張っていく。勇ましい木遣り唄と、「エンヤ、エイヤラ」という掛け声をかける。ときどき、左右の綱を持った人同士が、ぶつかり合い、押し合う。

車は外宮の入り口までだ。そこからは、みんな4列になって、静かに中へ入っていく。五丈殿に初穂を奉納する。全国から送られてきた初穂も奉納される。「東京都神社庁」「岩手県神社庁」などの札も見えた。

厳かな雰囲気だ。かつて伊勢では、その年の新穀を神様に召し上がっていただくまで、人々は新米を口にしなかった、という話も伝わる。

しょっちゅう外国と比べて申し訳ないですが、祭りを見て、バリ島の思い出がよみがえった。神社の造りにしろ、祭りの雰囲気、稲穂を髪に飾っている女性を見つけたとき、「あっ、バリ島だ」と思ったくらい。稲にカミを見る感性は同じということだろうか。

ところで、一番車を曳いた皇學館大学は、1年生全員が参加している。ある学生に「楽しい?」と聞いたら、「いや~」と苦笑いした。「強制参加です。練習もしたことないし・・・」というので、「そしたら、声を出せって言われても、出ないでしょ?」と聞くと、「ノリですよ、ノリ」。なかなか正直な学生たちだった。

一日神領民として参加した3人のおばあさんたちは、「三重県北部の何とか町から来ました」という。「埼玉から来たので、その町わかりません」というと、「このためにわざわざ埼玉から?」と聞かれ、そうでもないんだが、「そうです」と答えてしまった。彼女たちは疲れた様子だったが、「参加できて良かったですよ」といっていた。「お気をつけて」と見送られる。

ところで、今日は初穂曳きとは別に、「奉納祭響演」ということで、全国から有名な祭りのパレードが参加して披露した。俺の出身地、山形県の花笠踊りも参加していた。なつかしい花笠音頭を聞いて、いつの間にか歌を口ずさんでいた。(やだねぇ、これって刷り込みというやつ?)

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午後2時ころ、いったん伊勢市を離れて、昨日行くはずだった志摩市の「海苔ひび(養殖場)」のところへ。その前に、鵜方の手前にある「横山展望台」に上ってみた。

展望台から、入り組んだ地形の英盧湾の様子。雄大な眺め。真珠の養殖場が点在する。昨日写真を撮った海苔ひびも見えた。

国道に戻り、北へ少し行くと、穴川という駅があり、その近くに、海苔の養殖場が広がっていた。夕方まで待って写真を撮った。今日は、ヒツジ雲が出た。もうちょっと赤くなるのを期待したのだが。残念。

今日も「道の駅 伊勢志摩」に泊まろう。まるで定宿だ。3泊目だからね。明日も、伊勢市に戻って、内宮への初穂曳きを見ることにする。ほんとうは、外宮の祭りだけの予定だったが、面白くなってきたので、せっかくだから、最後の日も見ようと思う。稲作の写真を撮っている俺としては、この祭り、欠かせないともいえるのだ。

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2007/10/14

2007秋、車中泊の撮影旅 (7) 伊勢志摩、海苔ひび

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10月14日、日曜日、雨、雨、雨。

昨日の夕方、伊勢市から、県道32号線で、磯部町に来た。町のスーパーで食料を買って、国道167号線沿いの「道の駅 伊勢志摩」で泊まった。

今朝は6時半に起き、朝食後、7時15分に出発。とりあえず、南を目指す。大王町の大王崎を見て、志摩町へ。晴れていたら、大王崎の漁村を散策したかったが、雨、雨、雨。大雨だ。でも、こういう日は、逆にゆっくりできるかも。

志摩町の役場を訪ねた。日曜なので、人がいるかな?と思ったら、やっぱり誰も見つからず、ちょうど近くの文化会館の広場で、出店の準備中(電力会社の感謝祭だった)の人たちがいたので、聞いてみた。

志摩町に来たのは「海苔ひび」を撮影するため。前もって調べることなく、ぶっつけ本番で地元の人に聞いて知るのが面白いので、ここもそうしようと現場まで直接やってきたのだ。

「海苔ひび」って、何ですか?と、おばさんたちに聞いたが、わからないねぇ、と意外な答え。聞いたことないですよ、という。おそらく海苔の養殖場のことだと見当はつけてきたのだったが、裏切られた。まぁ、こう意外性が、また「旅」でもある。

いきなり「海苔ひび」って何?と聞いた、この胡散臭い髭面の男は、いったい何者で、なんでそんなことを知りたいのか、少し説明しなければならない様子。それで、全国の美しい景観の写真を撮って、1冊にまとめようと思っている写真家ですと自己紹介した。

あの人に聞いてみたら? 何でも知ってるから、と紹介されたのは、近くの旅館「和洲閣」の女将さん。結局、この女将さんに助けられて、「海苔ひび」が何なのか、だいたいわかったのだった。彼女は、海苔の研究している先生や、県庁の人など、方々に携帯で聞いてくれた。

携帯を代わって、その海苔の研究者と直接話をさせてもらったが、けっこう専門的な話になってしまい、いまいち、わからなかった。ただ「ひび」とは、「日々」が語源らしいこと、そして、今の海苔養殖場のことらしいことはわかった。海苔は海苔でも、青海苔だそうだが。

そこにいた人たちも、ようやく、俺が何者で、何を目的にやってきたか理解してくれたようで、養殖場なら的矢湾にもある、英虞湾にもあると、いろんな情報が出てくる。

あるおじさんは、海苔養殖の時期について詳しく教えてくれたが、その話を聞きながら、「あれ? まさか」と思ったのだった。

彼は「ドネルケバブ」と、粘るアイス「ドンドルマ」の準備をしていたのだ、しかも、耳にピアスをして、髪もじゃっかん金髪系。顔つきも、トルコ人に、こんなおじさんいるよなぁという雰囲気だった。日本語ぺらぺらで、海苔養殖についても詳しいので、かなり日本滞在は長いトルコ人ではないかと思ったのだった。

それで、「もしかしたら、おじさんは・・・」と、言ったら、その意味を彼もさっしたらしく、「俺は違うよ」と否定した。「トルコ人じゃない、キャベジンと呼んで」と、親父ギャグを発したので、彼はれっきとした日本人だなと納得した。面白いおじさん。

女将さんに、お礼に棚田のポストカードをあげ、教えられた場所へ行ってみることにした。町の近く、片田という集落でも、海苔養殖をやってるはずというので、いってみたが、地元で聞いてもわからなかった。明日は晴れるようなので、また来て探すことにしよう。

そう思っていたら、女将さんから電話があって、観光協会の人がつかまったから、電話してみたら?といわれたので、したら、場所を教えてくれた。「志摩スペイン村」の西側にある伊雑ノ浦と、鵜方の西の湾にたくさんあるという。

鵜方から県道17号線を西へ向かうと、たしかに湾沿いに養殖場があった。しかも雨にもかかわらず、作業中の小船も浮かんでいた。

あとで、観光協会の人からまた電話があって、それは、海苔の種付けの作業であることがわかった。海苔の収穫は、寒くなってからやるらしい。

地図を見たら、その先、浜島町というところに、温泉が描いてあったので、足を伸ばすことにする。浜島町というのも、狭い路地があって、雰囲気のある町だった。ただ、日帰り温泉のあるホテルで聞いたら、温泉は午後1時からというので、まだ時間がありすぎるので諦めた。

鵜方へ戻る途中、県道から、英虞湾のほうへ2km入ったところに、「合歓の郷」というテーマパーク(?)があって、その中に「湖騒の湯」という温泉があった。入場料込み、1050円。サウナ、露天、ジャグジー風呂、タオル付。

風呂上りには、ゆったりした休憩ラウンジで、久しぶりで新聞を読む。イランでの、日本人学生誘拐のニュース。

俺は、まだパキスタンとイランの陸路での国境越えを体験していないので、なんとも言えないが、ここは、昔から、危ないといわれた場所だった。外国人旅行者の行方不明者もたくさんいると思う。

昔、似たようなことが起こっても、本人の身包みをはがれるとか(最悪殺されるとか)、そういったことで終わってしまい、ある意味、ちゃんと「自己責任」の旅になっていた。(結果的にだけど)

ところが最近は、誘拐して、大げさに騒げば騒ぐほど(しかも、政治的な目的を持ち出せばなおさら)、その外国人本人ではなくて、外国人の属する国家から身代金を取れることを、ゲリラや盗賊団や麻薬売人たちが学習してしまったということではないだろうか。

そのうち、陸路で、ここを旅してみたいと思っていた俺としては、こういったニュースを聞いてしまうと、さすがに躊躇してしまう。たぶん、こういう誘拐、増えると思う。(韓国人団体がアフガンで誘拐されたときも、そう感じたが)

本人は「自己責任」でと思っていても、いつのまにか、政治的な問題に発展してしまうのは、旅人にとって、困った時代だなと思う。気楽なバックパッカーといえども、もう世界情勢を無視しては旅ができない、否が応でも「日本」を背負わされて旅するしかない時代なのかもしれない。

この学生は気の毒だとは思うけど、やっぱり、危険な旅だと知っていて、あえて挑戦したわけだから、どうなったとしても、「仕方ない」と言うしかない。冬山で、食料も持たず、無謀な計画で遭難する登山者に、同情する人が少ないのと同じように。ただ、山の遭難者もそうだが、なんだかんだ言いながらも、みんな精いっぱい助け出そうと努力するのは言うまでもない。

鵜方にはマックがあったので、今日の午後はここで仕事をしてすごす。雨の日はゆっくりできるから、こういう時もたまにはいいね。明日は、伊勢神宮の祭り「初穂曳き」を見るつもりなので、また、昨日と同じ「道の駅 伊勢志摩」に泊まるつもり。

それにしても、見ず知らずの旅人に親切にしてくれた志摩町のみなさん、ありがとうございました。(『家族に乾杯』みたいな結びになってしまったけど)


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2007/10/13

2007秋、車中泊の撮影旅 (6) 伊勢神宮、赤福

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10月13日、土曜日、晴れ

昨日、「道の駅 伊良湖クリスタルポルト」で、ブログをアップしたあと、食堂で、「焼大あさり」400円と、「海草塩ラーメン」650円を食べた。

この「焼大あさり」はここの名物らしい。大きな肉厚のあさりがふたつ。なかなかうまい。ビールが欲しくなるところだが、車なのでしかたない。店員に聞いたら、ここ伊良湖で採れたあさりだという。

伊良湖から国道259号線で東へ。暑い。日陰がない。田原町の道の駅で休憩し、近くの蔵王山展望台へ上った。豊橋市街地や三河湾がよく見える。

展望台に、地上望遠鏡を構えている青年がいた。双眼鏡も持っている。「鳥ですか?」と声をかけた。タカの一種、「サシバ」という渡り鳥を待っているという。俺は、鳥については、まったくわからないので、かなり幼稚な質問をしたかもしれない。でも、この大阪から来たバードウォッチャーの青年は、嫌な顔もせず、親切に説明してくれた。

サシバは、この季節、南に飛んでいくらしい。冬は、フィリピンやインドネシアで過ごし、夏は、日本、韓国、中国東部までやってくるようだ。彼は、3日間ここにいるらしいが、今朝も何羽か見たという。ほんとうは、鳥を見るなら伊良湖のほうが有名で、南へ下る鳥が、伊良湖に集まるようだ。

蝶が飛んでいったが、「あれも、南へ渡っていくんです」と教えてくれた。名前を聞いたが忘れた。上昇気流を利用するらしいが、すごい旅をするものだ。俺も気流に乗っかって飛ばされたい。どんな気流かは、この際、上昇でも下降でもかまわない。

豊橋市から国道23号線で、名古屋方面に向かう。安城市にある「道の駅 デンパーク安城」に泊まる。近くのスーパーで弁当を買って食べた。

今朝、6時半起床。7時半出発。

国道23号線に出た。この国道で伊勢湾を半周する。名古屋市の南、四日市市、津市、松阪市を経由した。土曜だからだろうか、道は渋滞がなく、スムーズに走ることができた。

伊勢市に着いたのは、11時ころ。ものの本によると、「お伊勢まいりは外宮から」というので、まず、外宮の「豊受大神宮」へいった。参拝客用の広い駐車場も完備して、気持ちよくお参りができるのはいい。

豊受大神(とようけのおおかみ)は、コメをはじめとする衣食住の恵みを与えてくれる、産業の守護神だそうだ。今月15、16日は、神甞祭がある。神様に新穀をささげ、豊穣に感謝する祭で、日本の稲作の象徴的な祭とも言われている。

うっそうとした杜の中に点在する、御正殿、土宮、多賀宮、風宮などを回る。この舞台装置が効いているのだろう、普段はまったくといっていいほど信仰心のない俺でさえ、心に緊張感を覚え、日々の悪行(?)の反省をする。もちろん、それ以上にご利益に期待して手を合わすんだけどね。

内宮は、外宮から4kmほど離れている。駐車場はいっぱいで、五十鈴川の河川敷の臨時駐車場に車を停めて、約2kmを歩いた。

旧参宮街道の、「おはらい町通り」を歩く。木造の建物がたくさん残っていて、なかなか風情がある。干物屋の前に人だかり。焼いた沖キスの試食をさせていた。俺も、小学生の男の子と張り合って、沖キスをゲット。旨いなぁ。只だと、特に。

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それにしても、ここは、あまりにもタイムリーな場所なのだ。この通りに290年の伝統のある(あった)老舗「赤福」の本店がある。(写真)

製造年月日を改ざんしていたのが発覚し、一昨日あたりから、しょっちゅうニュースでやってるね。ここまで「宣伝」されると、ミーハーな俺としては、この「赤福」の餅をぜひ食べたくなってしまった。ちょうど伊勢神宮に来るつもりだったし。

当たり前の話だが、店は閉まっていた。赤福の餅を食べれると思って来た俺はどうかしている。こんな問題起こしておいて、平気で営業しているはずがないのだ。本店だけではない。どの店からも赤福の餅は姿を消していた。

店の戸には、「お詫び」の張り紙。観光客は、みんな、その張り紙を読んだり、店の前で写真を撮るものだから、大混雑して、警備員が、どかせていた。

お伊勢まいりを終えたら、「土産に赤福の餅」、というのが定番だったらしい。290年の信頼も、これでどうなるのか。何だか似たような問題が次から次へと出てきて、それほど衝撃を受けなくなってきた、俺たちの麻痺には要注意だろう。中国のダンボール肉まんを笑ってはいられない。

これはきっと、赤福の問題だけじゃない。きっと、俺たち日本人全員の思想(と言ったら大げさなら、考え方)が反映しているのだ。たとえば、「経済至上主義」なども、その一部だろう。赤福だけをせめても、日本人に巣食った精神の病の解決にはならないように思う。

だったら、どうすればいいのか? 俺に聞かれてもなぁ・・・。

内宮(皇大神宮)は、皇室の祖神、天照大神を祀る。木製の宇治橋を渡り、玉砂利の参道を歩いていくと、4重の垣根に囲まれている御正宮がある。ドイツ語で話す20人ほどの外人グループが、めずらしそうに写真やビデオを撮っていた。玉砂利が歩きにくそうだったが。

大木の間からさしこむ日の光が美しい。五十鈴川の水音が心地よい。木にも、川にも、カミが宿るという思想で、赤福を再生させることはできないだろうか、なんてね・・・。
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帰り、「おはらい町通り」の中ほどにある、「おかげ横丁」の「ふくすけ」という店で、「伊勢うどん」(450円)を注文。見た目、汁が黒くて、濃い味付けかな?と思ったら、まったくそうではなくて、薄味だった。

もちもちしたうどんは旨かった。昔、お伊勢まいりした旅人たちも、このうどんを食べていたんだろうなぁ。

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2007/10/12

2007秋、車中泊の撮影旅 (5) 浜名湖、舞阪、渥美半島、伊良湖

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10月12日、金曜日、晴れ

昨日の午後は、引佐細江(奥浜名湖)を見わたす展望台から下へ降り、細江から県道で南下し、浜名湖南端、舞阪まで。

ここに来たのは、海苔養殖場やいろんな漁法を撮るためだが、さすがに、海苔養殖場の場所はわからないので、役場で聞くことにする。応対してくれた職員は、いろいろと親切に教えてくれる。

海苔養殖場は弁天島周辺にあり、竹の杭のことを「海苔そだ」と呼ぶが、その「海苔そだ」を立てる作業が午前中にやるかも、という。他に、アサリ採りの仕事も、朝なら見れるはずという。なので、写真は、明日撮ることにする。

ということで、ついでに、役場で日帰り温泉を聞いたら、国道1号線を300mほど西へいったところに、弁天島温泉というのがあるというので、いってみることにした。

「開春楼」というりっぱなホテルで、入浴料1000円。露天風呂はないが、ゆったりした湯船に豊富な湯量が気持ちいい。疲れた筋肉が、ほぐれていく。ほぐれ過ぎて、ぶよぶよだ。(もう少し太りたいと思うほどだから、メタボじゃないよ) 脳みそもぶよぶよ。(こっちは昔から)

入浴後、湖に夕日が沈むのに気がつきながら(しまった! 写真を撮るのが間に合わない)、ロビーでブログを書く。量が多くて、書き終わらずに、近くのコンビニに移動。コンビに弁当食べながら、ブログを書き、ようやくアップ完了。一応、毎日アップすることにしているので(唯一の目標)、けっこう大変だ。

舞阪から国道1号線を7kmほど西に行ったところに、「道の駅 潮見坂」があった。今夜はここ。国道1号線沿いなので長距離トラックが多い。

休憩室で、鹿児島から来たという老夫婦と知り合った。彼らが鹿児島を出たのは5月。北海道まで行ってきて、これから関西、四国を回って、九州鹿児島へ帰るという。ほとんど半年間だ。仕事をしながら旅をしているという。

今回だけではなくて、何度も車中泊の旅をしているらしく、旅のノウハウをいろいろと聞く。最初のころは、いろんなところを積極的に回っていたが、今は、気に入った場所にけっこう長く滞在するようになったという。旅の仕方が変わってきた。

今まで、道の駅に泊まって怖い思いはしたことないという。「道の駅なら、大丈夫でしょう」といって笑った。

鍋とコンロを使った自炊をすすめられた。ご飯さえ炊けば、地元のスーパーで地魚の刺身でも何でも惣菜は手に入るので、安いし、栄養のバランスを考えて、やったほうがいいですよ、とのこと。外食やコンビに弁当ばかりじゃ、体に悪い。その通りなのだが、ちょっと面倒くさい。

彼らとは、またどこかで会いそうだ。

今朝は、まだ暗い5時に道の駅を出て、舞阪の弁天島に戻った。

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昨日役場で聞いた、「海苔そだ」打ちの仕事を待ったが、小船も来ないし、仕事が始まる様子はなかった。赤い鳥居に日が当たってきたが、そこはいったん切り上げて、アサリ採りの場所へ移動した。水の深さは、腰の下くらい。湖の底に、カゴの付いた棒を突っ込んでゆする。そして入ったアサリを引き上げる。

道を挟んだ反対側は、水が深いようで、船の上から採っていた。道具は同じようだ。ただ、棒の長さは違うが。

もう一度、弁天島に戻ってみたが、やっぱり「海苔そだ」打ちはやってない。それで、先に進むことにした。地図を見ると、渥美半島が近い。突端までいってみることにした。伊良湖岬というところ。国道42号線を西に走る。周りは畑が多い。

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岬の手前、10kmくらいから、「イチゴ」「メロン」の看板が目立つようになる。「日研農園」という看板が見えた。そこに「メロンジュース 冷やしメロン 400円」と書いてあったので、思わず止った。

メロンは甘くて冷たくてみずみずしい。1年中収穫しているそうだ。メロンを持った「マナカナ」の写真が飾ってあった。彼女たちもここで食べたようだ。(だからなんだというわけではないけど。最近、二人の顔が違ってきたよね。これも、関係ない話でした)

岬には、「道の駅 伊良湖クリスタルポルト」があった。フェリー乗り場でもある。土産物売り場や、レストラン、カフェが充実し、お客さんで賑わっている。

こういう場所、とても好きだ。「旅」の匂いがする。空港、駅、バスターミナルなどなど。だから、俺は予定時間よりも早く行くことが多い。「旅」の匂いをなるべく早く嗅ぐために。

道の駅で、ゆっくりとブログと仕事用の原稿を書く。今日は、早めだが、ここでブログをアップしておく。


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2007/10/11

2007秋、車中泊の撮影旅 (4) 天竜市大栗安棚田、引佐町久留女木棚田、引佐細江

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10月11日、木曜日、曇り時々晴れ

昨日、ブログをアップしてから、頭痛がしたので遠くまで走る気がなくなり、風邪薬を買って、車で15分のところにあった「道の駅 掛川」で泊まった。

ここも新しくできたところらしい。国道1号線にあるので、長距離のトラックが多い。駅には、コンビニと、セルフの食堂がある。長距離ドライバーには便利な施設になっている。俺も、セルフ食堂で早めの夕食をとり、風邪薬を飲んで寝た。

今朝6時に起きた。頭痛は治まったが、ちょっと熱っぽい。今日は無理しないで行こう。コーヒーを沸かして、ゆっくりする。

道の駅 掛川を出たのは、8時近かった。国道1号線を西に進み、袋井から県道を通って北上し、天竜市へ入る。そこから、県道9号線で山へ入っていく。

引佐へ向かう県道があるT字路から、さらに少しいくと、右側に入る狭い道の入り口。「大栗安棚田」の標識が出ている。ここは棚田百選に選ばれている棚田。数年前も一度訪ねた。

棚田までは、分岐点がいくつかあるが、ちゃんと標識が立っているので迷うことはない。親切な標識だ。

「桧ぞれ棚田」の標識があったので、左に下っていく。この棚田に寄るのは初めて。ここは、田んぼ半分、茶畑半分といったところか。ちょうど稲刈りが行われていた。今年は稲刈りが遅いようだ。高さ3,4mに掛けられた、ハサ掛けの稲の匂い。秋の匂いだ。

そこから分岐点に戻り、さらに奥の大栗安本村棚田へいった。ここも稲刈り作業中。半分強が終わっていた。静かな山村。

県道に戻ったとき、浜松ナンバーの1台の車が止まっていた。老夫婦が、テレビで紹介されたという大栗安の棚田を見に来たという。それで「標識に従って行けば迷うことありませんよ。2ヶ所あります」と、教えてあげた。

引佐町方面への県道に入る。峠を越え、しばらく下っていくと、久留女木の集落。ここの久留女木の棚田も、棚田百選だ。記憶を頼りに、棚田を探し当てた。俺の勘は鈍ってない。棚田に関することだけだが。

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ここも稲刈りをやっていた。昼ごはんを食べていたおばさんふたりが、「今日で最後の稲刈りです」といった。なんてラッキーな。今年は稲刈りが遅れたということだ。

おばさんたちの弁当を、物欲しそうに眺めながら、「どこから?」と聞かれたので、「埼玉からです」と答えた。

おばさんたちと別れて、上に歩いていく。あぜ道にはまだ彼岸花が残っている。そういえば、昔来たときも、彼岸花が咲いていた。同じような季節だった。

駐車場には、「御自由に休憩下さい。棚田を愛する人々ヨ」という看板が立っていた。

帰るとき、食事が終わったおばさんたちにあいさつ。この棚田の上のほうに、竜神小僧と呼んでいる水源があるという。きれいな水が出ている。それがあったから、ここに棚田が拓かれたようだ。

おばさんは、ハサ掛けして天日乾燥したコメは、美味しいという。イノシシの被害が多かったので、棚田の周りに柵を作った。それで安心してハサ掛けできるという。でなければ、ハサ掛けした稲は、一晩で食べられてしまう。

さっきの弁当のごはんも棚田米だ。竜神小僧の美味しい水も関係するのかもしれない。ただ、ここ久留女木の棚田でも、高齢化は進んで、上の棚田は休耕田になっているし、ハサ掛けも少なくなったという。

全国どこでも聞こえてくる、棚田の現実。きれいな上澄みばかりを飲んでいるような、旅する俺が、彼女たちの苦労をどんなに語っても説得力がないかもしれないが。

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引佐から下って、細江に。引佐細江と呼ばれる、浜名湖の一部を高台から見たくて、展望台まで行ってみた。

南には、遠州灘、浜名湖。東には、富士山、天竜川。西には、湖西連邦、豊橋が見えるという。あいにく、今日、富士山は見えなかった。


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2007/10/10

2007秋、車中泊の撮影旅 (3) 由比漁港、宇津ノ谷隧道、牧の原大茶園

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10月10日、水曜日、曇り一時晴れ

昨日は、夕方まで待ったが、西の空は雲に覆われ、夕日は期待できなくなったので、先へ進むことにした。

狭い県道59号を通って湯ヶ島温泉まで上ったが、峠は霧に包まれた。前が見えず苦労する。ほとんどすれ違う車もなく、寂しい山道。国道414号線に出たときにはすっかり暗くなっていた。そこから北上し、途中、夕食を食べ、伊豆の国市にある「道の駅 伊豆のへそ」で泊まる。

夜10時ころ、おまわりさんが来た。免許証提示を求められる。「あおやなぎさんね」「いえ、あおやぎです」「あおやなぎさん・・・」「いえ、あお・・・、いいです」「今まで警察にやっかいになったことある?」ちょっとひっかかる聞き方だった。

「どういう意味ですか? スピード違反で捕まったことありますけど」「いや、いいです、いいです。旅行?」「ええ」「どこへ行くの?」「西へ向かって」「ところで、ここはバイクが多いの?」俺に聞くかなぁ。「どうして俺に聞くんですか? 初めてだからわかりません」

他にも、次々質問される。答えに窮したり、怪しい答だと、そこから嘘を見抜くのかもしれない。そのあたりに関してはプロだ。こういうおまわりさんたちのパトロールがあるから、日本の治安が守られているのはわかるが、ちょっと聞き方があるんではないの? わざとかな? これもテクニックなのかもしれない。まぁいいか。

ところで、他にも車が止まっていたが、窓を開けさせられたのは俺だけだった。そのわけは、皆さんのご想像通りだと思います。

今日は、6時半起床。7時出発。国道136号線を北へ走る。三島市で国道1号線にぶつかるので、それを左へ。ラッシュの時間と重なった。沼津市、富士市を通過。「道の駅 富士」で、遅い朝食と休憩。そのあと、由比漁港に寄る。

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ここはサクラエビが有名で、2年前のゴールデンウィークにも来た。ちょうど、「サクラエビ祭」の日だった。出店がたくさん出て、サクラエビのかき揚げを食べた記憶がある。今日は、ひっそりとしていたが、駐車場には直売所もあって、観光客が立ち寄るようだ。

静岡市に近づくと、国道1号線バイパスも渋滞でなかなか進まない。工事中なのだろうか。ようやく渋滞を抜けて走り出すと、山の中に「道の駅 宇津ノ谷」があったので休憩。

ここの観光案内の看板で、明治時代に造られたトンネルがあることを知った。

「トンネル?」

トンネルに敏感になった俺だ。トンネルマニアにでもなろうか。明治時代のトンネル、行かずばなるまい。意地でも。(何に対する意地?)

ところで、この峠には、明治のトンネルのほかに、大正、昭和、平成のトンネル4本が平行に通っていた。時代が変わるごとに新しいトンネルが増えてきた、ということだ。

昭和、平成のトンネルは現在の国道。大正時代のトンネルは現在の県道。明治時代のトンネル「宇津ノ谷隧道」は、今は車では通れないので歩くしかない。

入り口に車を停めて、写真を撮る。だれもいない。寂しい。もしかしたら、心霊スポットになっていたりして。でも、れっきとした、土木遺産だ。「登録有形文化財」になっている。心霊スポットだなんて、トンネルに失礼でした。

「このトンネルは、旧東海道を通行する人たちのために、明治9年総工費24,000円で築造された、日本最初の有料トンネルです。トンネルの構造は、静岡口の約20mは青石造りでしたが、大部分が角材の合掌造りであったため、明治32年に照明用カンテラ失火により、消失崩壊し、一時、廃道となりました。現在の赤煉瓦トンネルは静岡口を直線に手直ししたため、長さ203mとなり、明治37年に竣工しました。」

反対側まで歩いた。上からぽたりと、しずくが垂れた。さすがに今日は歌わなかったよ。

清水市からきたという散歩をしているおじさんがいた。旧東海道よりも古い峠道が、整備されて、散歩道になっているという。昔は難所で、物の怪や山賊におびえながら山越えした。道から見えた村に、旅人はみんなほっとしたらしい。わかる、わかる。今でさえ、ここで、このおじさんと会って、俺はホッとしたよ。

ところで、このトンネルが有料だったというのは面白い。説明の看板には、

歩行者(人)  6厘
荷馬      1銭2厘
かご      1銭5厘
一人乗り人力車 1銭5厘
大荷車     3銭2厘

と、ある。ここまで人力車で上ってきた人もいたんだね。今の物価に換算するとどれくらいになるんだろうか。このお金を払いたくない人は、山の峠道を通っていたのだろう。お金を払って「楽」と「安心」と「時間」を買うという発想は、昔も今と同じ。

おじさんは、これからどこへ?と聞くので、埼玉から来て紀伊半島一周しようと思ってますというと、「いいねぇ。優雅だねぇ」という。でも、それほどうらやましがっているふうにも見えなかった。

ところで、牧の原茶園に行くなら、国道1号のバイパス(今は無料)を行って、金谷で降りればいいと教えてくれた。

国道473号線を南に下ると、坂を上るようなかっこうで、ぐんぐん高度を増す。高台を走る。そして、だんだん周りが茶畑になっていく。大井川と金谷の町並みが一望に見渡せる、牧の原公園という小さな公園があった。

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ここのベンチに座って、さっきスーパーで買ったサンドイッチを食べる。野良猫がいて、消極的にエサをねだる。「いらないよ」という顔をしながら、寄ってくるのだ。一切れ投げると、最初は食べない。「こんなもん、食べられるかよ」とでも言いたそう。でも、もっと美味しいところをくれそうにないとわかると、しぶしぶ食べる。

猫とは、こんなやつ。でも、俺はこういう猫が好き。風が少し冷たく感じた、秋の昼食。

国道473号線をもっと南下して、県道79号線に入った。どこまでも茶畑。狭いところを適当に走ってみる。行き止まりもあった。扇風機がたくさん立っている光景は独特だ。写真を撮る。

金谷に戻り、スーパーの駐車場でこのブログをアップする。これからどうするか。まだ決めてない。その結果は、明日のブログで。


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2007/10/09

2007秋、車中泊の撮影旅 (2) 天城山隧道、下田市、石廊崎、西伊豆町

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10月9日、火曜日、曇り時々晴れ

「道の駅 天城越え」は、泊まりの車もなく、怖いくらいに静かだったが、夜9時ころ、突然、ボンボンボンと、何かが鳴り出した。それが何だかわかるまで不安だったが、ドラムの練習だとわかってからは安心し、そのまま横になった。ドラムの音が鳴っていると、まるでアフリカ・ニジェールの村に泊まっているような気分だった。(ニジェールには行ったことないけど)

6時に起きて、今回は携帯ガスコンロも持ってきたので、鍋でお湯を沸かし、コーヒーを飲む。

道の駅を出て、6分ほど走ると、天城峠の旧道の入り口。そこを左に入っていく。道は固いダート。うっそうとした森の中を走る。トンネル前は、ちょっとした広場になっている。

天城山隧道の碑によると、「このトンネルは、下田街道の改良工事の一環として、明治34年(1901年)に貫通、同37年に完成した。全長445.5m、幅4.1m。トンネル両端の坑門および内部全体が、切石積で造られ、川端康成の小説、『伊豆の踊子』をはじめ、多くの文学作品に登場。平成13年、重要文化財に指定」

車のエンジンをかけて、中へ入っていく。暗いトンネル内に点いている電灯が、妙に寂しさを感じさせる。背中がざわざわする。下に落ちていた白いレジ袋が、フランス人形に見えて、一瞬ビクッとした。怖さを紛らわすため出た歌は、やっぱり「あまぎ~ご~え~」だったのは許してください。

俺は、トンネル恐怖症なのではないか、と今日気がついた。そういえば、ずっと、トンネルには異常に反応し、このブログでもやたら「トンネルは怖い」と書いてきたように思う。

トンネルを、再生の儀式の道具と考えるのは、大げさすぎるかな。どうも、この暗さが、「死」をイメージさせるのだ。もう、出口にたどり着けないのではないか、などという妄想が・・・。

もともと俺は、狭いところが駄目な性分だが、ようやく明かりを見つけて、母親の子宮から必死に広いところに出ようと、もがいている胎児になった気分。その暗くて狭いところを通過しない限り、この世には生まれてこれない「仕組み」になっている。

『桃花源記』では、狭いところを通って出たところが、人々が平和に暮らす「桃源郷」だったりする。俺にとって、このトンネルくぐりの儀式の先は、「桃源郷」なのか、「地獄」なのか、ちょっと今のところわからない。まぁ、少なくとも、この天城山トンネルは無事に抜けられて安心はした。

旧道を進むと、また国道414号線に出た。それを南下し、河津町からふたたび海に出た。国道135号線で、下田市に。漁港に隣接して、「道の駅 開国下田みなと」がある。「新鮮地魚」「回転寿司」などの看板も見える。漁協の直売所もあるらしい。

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ここに車を停めて、町の散策にでかけた。商店街を抜け、掘割沿いの小道、ペーリーロードまで出た。趣のある建物が並んでいる。帰りがけ、路地に看板を見つけた。「おもしろいもの」の匂いがしたので近づくと、それは「昭和湯」という銭湯だった。

暖簾をくぐって中を覗くと、ちょうど客のおばあさんが出てきたので「もうやっているんですか?」と聞くと、「やってますよ。男はこっち」といって、左手の扉を指差した。

ちょうど雨を拭くためにと思って持ってきたタオルもあったので、入ることにした。この昭和湯、とっても良かったのだ。今日一番の収穫。

中に入ると、番台があって、おばさんが座っていた。番台に人がいる銭湯に入るのは、10数年ぶり。銭湯代360円と、備え付けの石鹸はないので、小さな石鹸を30円で買う。

脱衣所には、石鹸やシャンプーが入ったたくさんの洗面器が重ねておいてある。地元の人たちが毎日使うものだろう。

湯船は、2.5m×4mほどで、深さがなんと1mあり、底に座ることはできない。でも、たっぷりした湯の感じは悪くない。

ドアには、「タオルを湯に入れない。飛び込まない。もぐらない。泳がない」と注意書きが張ってあった。タオル以外は、全部やってしまいたくなるような風呂。やってしまう人がいるから、こんな注意書きがあるのだろう。(子供のため?)おばさんが見ていなかったら、もぐってみたかった。こんな深い銭湯はなかなかない。

風呂からあがってから、番台のおばさんに聞いたら、この銭湯は、昭和2年から営業をしている。1度、昭和60年ころ、建て替えている。だから、天井は新しくて明るい。さすが「昭和湯」。昭和の匂いがぷんぷんする。観光客も多いんじゃないですか?と聞くと、海水浴客、釣り人、クルーザーの人なども利用するそうだ。

表に出ると、ちょうど別なおばあさんがやってきた。「今朝は青空も見えたのに、はっきりしない天気ですね」「また降ってますか?」「今は上がってますが。降り足りないんでしょうか」

何気ない挨拶が、心にしみた、昭和の銭湯だった。

道の駅の駐車場に戻り、インフォメーション・カウンターで見たパンフレットに「田牛の廃校」という写真があって、なかなか良かったので、田牛集落まで足を伸ばすことにした。

市内から田牛まで、約15分。海水浴場もある。道にいたおばあさんに、廃校の場所を聞く。「わたしたちの学校でした」といった。今は、公民館になっていて、これをずっと行けばわかりますと、教えてくれた。

広い校庭があって、廃校はすぐわかった。左右対称の木造校舎は、なんともやさしい雰囲気だ。今は、子供たちの活動で使っているよう。

雨はますます激しくなる。県道16号線に出て、石廊崎へ。駐車場へ行くと、干物屋のおばさんが声をかけてきた。灯台までは、ここから20分歩くしかないという。特別見たいというわけではなかったので、雨だし、やめることにする。(写真家にあるまじき怠慢)

その代わりというか、おばさんは、ぜひ、この先の奥石廊崎だけは見ていってといった。水が透明できれいなところらしい。

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駐車場から、県道に戻ったところに、バスの発着所があり、その向かいが食堂になっていたので、昼をとることにした。

「地魚の刺身定食」1350円。めだい、かんぱち、むつの刺身と、ひじき、こんにゃくの煮物。魚は下田漁港で揚ったもの。ひじきも肉厚でやわらかかった。

店の奥さんに、この店の名前は?と聞いたら、「網船納屋」と書いたチラシをくれた。これを地元では、「あんぶねなんや」と発音する。

この店名の「網船納屋」について、意外なことがわかった。「網船納屋」とは、「網船」という網を載せる船を収納する小屋(納屋)のことだが、今はもうない。

どうしてかというと、船は当時木造だったので、雨ざらしにしておくと腐りが早いので、この納屋に入れていたが、プラスチック製の船になってから、雨ざらしでも平気になってしまい、納屋はなくなったという。(網を入れる納屋は今でもある)

いつ頃まであったのですか?と聞くと、おばさんが子供のころにはなくなったという。これを店名にした理由を聞くのを忘れてしまった。

店を出て、トンネルをくぐり、奥石廊崎まで。さすが、干物屋のおばさんが自慢するだけあって、海の水はきれいだった。雄大な景色を満喫。

県道から、国道136号線に戻り、左手に海を見ながら、北上。松崎町を経由して、西伊豆町。ここは「夕日のまち」として知られた、夕日のポイントが沢山点在する町だ。

あいにく雲が多い天気なので、はたして夕日が見れるかわからない。漁港で夕日を待ってみるつもり。


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2007秋、車中泊の撮影旅 (1) 東京から伊豆半島

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10月8日、月曜日、曇りのち雨

今日から「車中泊の撮影旅」だ。正確に言うと、昨日から。

昨日は最後の仕事が終わらず、すっかり出発が遅くなってしまった。埼玉県の自宅を出たのは夕方だ。

国道16号線を南下し、1時間ほどのところに、東京都に初めてできた「道の駅 八王子滝山」がある。今年4月にオープンしたばかりだというし、東京の道の駅ってどんなところだろうと興味が出て、泊まってみることにした。

「道の駅 八王子滝山」は、さすが東京都ということで、全国の道の駅と比べると、小さいほうだ。都心にも近く、地価も高いことを考えればしかたのないことだろう。

地元の農産物を扱う直売所もあり、休日ということもあってか、駐車場はいっぱい。警備員の誘導で、空きスペースに車を停める。

いったん食事をとりに出かけて、夜8時に戻ってくると、まだ車は多い。結局、夜中も車の出入りがあって、けっこううるさかった。排気量の大きい車でやってくる若者もいたし。

何事も体験。体でしかわからないことがきっとある、と思っている。そして実際泊まってみて、体でわかったことは? 寝不足。俺にとって、ここは1回泊まれば、もういいかなという感じ。

泊まっている車のナンバーは、「長岡」「岐阜」などもあった。地方の人にとっては、この道の駅、便利かもしれない。

今朝、6時半起床。太陽が出ていたが、すぐ雲に隠れてしまった。7時に道の駅を出発。八王子市内を通過し、厚木市のマックで朝食。

国道129号線をさらに南下する。平塚市で国道1号線を西へ向かう。

小田原市に入ったところで、左手に相模湾を見る。やっぱり海はいい。山国で育った俺にとって、目の前にさえぎるものがない海を見ることは、一番旅を実感できる。たとえ、今日のように天気が悪いときの、鉛色の海であっても。

雨が激しくなってきた。しばらく車を放っておいたせいか、ワイパーのゴムが傷んだようで、前がよく見えない。ちょうど熱海市手前にショッピングセンターがって、ワイパーのゴムを代えることができた。

海沿いの道は、上りは大渋滞だ。みんな行楽地から帰る車だろう。

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伊東市市街地に入る手前に、「ふしみ食堂」という、12席だけの小さな食堂がある。俺が使っている地図には、地の魚が食べられる店として紹介されていたので、寄ってみた。

壁には「バナナマン」のサイン。それなりに有名な店? おばさんに聞いたら、ライダー用の地図には3ヶ所ほど載っているらしい。ライダー御用達の店なのだ。どうりで、俺の使っている地図も、もともとはバイク用だ。

生干しイカ定食 1000円を頼み、食べながら、おばさんと話をした。

この食堂ができて37年。店の裏を走っている狭い道が旧国道で、店の玄関は、それまで、そっち側だった。店の反対側、つまり、現在の片側2車線の国道側は砂浜だった。はだしでは歩けないほど熱い砂浜だったことを、おばさんは覚えているという。

現在の国道は昭和41、2年ころ完成したが、その工事中、地元の子供がひとり、虫取りにでかけたまま行方不明になってわかざずじまい。

道路はりっぱになったものの、交通事故が多くて、お払いしてもらったりした。中央分離帯ができてからは、事故が減った。くねくねした山道を通ってきて、ここで急に広い道になるので、スピードを出してしまうのだろう。その気持ち、俺も今日よくわかった。

食堂から、1.5km。道の駅、伊東マリンタウンに寄る。大きな道の駅で、いくつものレストランが入っている。インドネシア料理もあった。どの店も混雑。ここには、温泉もある。宿泊するにはいい条件。でも、俺は先に進む。

伊東市から、県道12号線で、山を登る。雨は上がってきたが、蒸し暑い。靄がたなびく山道を中伊豆町の筏場へ。だんだん山奥になって、川の水音が大きく聞こえるようになると、左手に日よけを張ったわさび田に到着。

看板が立っていた。以下、その中から抜粋。

「ここは、日本一のわさびの里。わさびは、アブラナ科の常緑多年生の宿根植物。年間の水温が、8~18度の清水の湧き出るところが栽培の適地といわれている。豊かな天城山の湧水のあるこの地は、まさに適地。わさびは、ビタミンCを豊富に含み、殺菌効果もある。中伊豆のわさび栽培は、250年ほど前から行われ、主に関東地方に出荷。この地域のわさび田は、「畳石式」という様式で、現在は、植石に変わって、パイプも使われている。」

もうひとつの看板には、「静岡県棚田等十選に認定する。」とあった。

ここも、りっぱな「棚田」だ。水音を聞きながら、このブログを書く。水音というのは、大きくてもうるさくないね。今日のような蒸し暑い日には、涼しげで、なんともいい感じ。

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わさび効果で、俺も殺菌されたいな。定住生活の「毒」が体を蝕んでくると、旅に出たくなる。今回の旅で、その「毒」は消えるかどうか。

県道59号線をそのまま進むと湯ヶ島温泉に着く。その手前、3kmほどのところに、棚田百選の「荒原の棚田」があるので、久しぶりで寄ってみた。収穫も終わり、秋の気配が漂う棚田は、昔とあまり変わったようには見えなかった。

一瞬、陽がさして、眠っていた田んぼが目を覚ましたようだった。そういえば、以前来たときは、彼岸花の赤と稲の黄色で、目が痛いくらいだったが、今日も、あちこちにまだ彼岸花は残っている。

湯ヶ島温泉に入り、食事後、今夜は8km先、「あまぎ~ご~え~」の「道の駅 天城越え」に泊まる。

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2007/09/29

【予告!】「車中泊の旅」、秋の部をやります (2) 今度は紀伊半島まで行けるかな

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ミャンマー情勢、緊張が続きます。

日本在住の知人のミャンマー人が、日本に戻りましたが、報道されている以上に、僧侶が殺害されているらしいとのこと。事態はエスカレートするのではと心配しています。そういえば、インターネットも遮断されて、情報統制が始まっているようです。

    ☆

昨日の続きです。「車中泊の旅」、秋の部をやりますよー。ブログ、期待していてください。

覚えている人もいるかもしれませんが、前回は、九州で足の炎症を起こし、紀伊半島は割愛して帰ってきました。なので、今回は、紀伊半島まで行くつもりです。(できれば、四国まで)

まぁ、でも、いつものことですが、どこまで進めるかは、あくまでも予定であって、目的地ではないのでわかりません。途中でいいところがあったり、いい写真を撮るために天気待ちするかもしれません。そのときは時間切れで帰ってくるしかありません。一応、こんな俺でも、時間無制限ではないので。

ところで、車の話です。

最近は、日中ヘッドライトを点けている車が増えています。でも、全国走っていても、まだそれほど多くはなく、だから、緊急自動車と間違えたり、近くにトンネルでもあるのかなと思ったりします。

日中点いていると、親切に「点いてるよ」と教える対向車のドライバーもいますが、俺は最近、「わざと点けているのかもしれない」と思って、教えてあげたりはしません。(前からしませんでしたが、そんなおせっかい)

これを事故防止策として奨励しているのか知りませんが、たしかに、日中ヘッドライトを点けていると、車の存在に気がつきやすく、事故は減るような気がします。

ただ、これをみんなやり始めたら、どうかな?と、ひねくれ者の俺は思うのです。今は、少ないから、「あっ」と思って注意するけど、全員がやり始めたら、その「驚き」はなくなるし、結局は、点いてないのと同じになってしまうのかな、と。すべてのことに慣れるのが人間です。

まぁ、そうなったらそうなったで、今度は、ヘッドライトを消して走ればいい、なんてことはないよね。俺が、将来の交通事情の心配をしてもしかたないので、とりあえず、今は、これでいいとしましょうか。

もうひとつ、車の点灯についての話です。

いつも、「危ないな」、そして、「この人は勘違いしているな」と思うことがあります。それはトンネルでの点灯です。

長くて暗いトンネルならみんな点灯しますが、比較的短いトンネルでは点けない人がいますよね。たぶん、点けない人は、「点けなくても見えるから大丈夫」と思って点けないんでしょうね。

でも、とくに快晴で、太陽光線が強い日なんですが、後ろに明るい出口が見えていると、入ってきた車は、その明るさに消えて一瞬見えなくなるんですよね。無灯火の場合は。

一度、狭いトンネルでそういう目にあい、あやうく、無灯火の車にぶつかりそうになってしまいました。トンネルの点灯は、自分のためでもあるけど、対向車のためでもあるということだと思うんですが、どうでしょうか。自分が見えるから、相手も見えるはずだというのは、危険な思い込みですよね。


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2007/09/28

【予告!】「車中泊の旅」、秋の部をやります (1) 旅の記録でブログをアップするのか、ブログをアップするために旅するのか

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ミャンマーでは、長井健司さんという「APF通信社」の契約カメラマンが撃たれて亡くなりました。治安部隊の銃で、正面から撃たれたらしい。

これを受けて、外務省の「ミャンマー危険情報」は、現在「渡航の延期をお勧めします。」にレベルが引き上げられています。

海外安全ホームページ
http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=018#header

    ☆

ところで、今度また15日間ほど、「車中泊の撮影旅」をやります。

前回の「2007初夏、車中泊の撮影旅」(2007/05/20~2007/06/15)の最中は、毎日ブログをアップしていましたが、けっこうアクセス数が増えて、それが快感になってきて、旅を記録するためにブログをアップしているのか、ブログをアップするために旅しているのか、わからなくなるような、ヘンな感覚がありました。

俺自身、こんなブログは、万人ウケしないことを知っているし、興味を持ってくれる人だけ見てくれればいいやと思っているので、それほどアクセス数を気にしていませんが、そんな俺も、このアクセス数の魔力に、はまることがあるんだなと気がついたのでした。「アクセス数ハイ」というのが確かにあるようです。

たぶん、この魔力から抜けられなくなったブロガーもたくさんいるのかもしれません。「アクセス数さえ増えれば・・・」という考えに陥ってしまうと、ちょっと危ないかなと思いますが。

まだはっきりしませんが、出発は10月7日ころからの予定です。ブログをチェックしてみてください。


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2007/09/17

「代理旅行家」という新しい仕事 (6)

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代理旅行家について書くのは、昨日で終りだったはずですが、今日も書いてしまいます。

あまり本気になって、「遊び」ではなくなるのも、どうかなぁと思う、といったことについて、前に触れました。

極端に言うと、すべてが何かの意味づけがなされて、がちがちに固まってきたこの世界が、時々、息苦しくてしかたないことがあります。だから自由な「遊び」が欲しい。

個人的には、自分が「写真家」になってしまったことでの、不自由さを少し感じるのです。その「写真家」という枠が自分を縛り始めているようです。そこから抜け出したいと思うこと。それがここ何日間かブログで書いてきた、「写真家の『間』」という言葉で表したいことなのかもしれません。

もがいています。あがきもあります。もちろん、俺は「写真家」と名乗るほうが、仕事をやりやすいことは知っているので、この肩書きを捨てるつもりもありませんが。捨てるつもりもないのに、「写真家」の枠を壊したいなどと言うのは、「自民党をぶっ潰す」と言っておきながら自民党を守った誰かさんと同じかもしれません。ずるい、と言われれば、ずるいです。

でも、俺は正直、何者でもないし、何者にもなりたくありません。何物からも束縛されず、何物にもくっつかず、心は、「球」のような形をイメージします。それが理想です。

わかってもらえたでしょうか? わからない? そうでしょうねぇ。実は、俺にもよくわからないんです。

でも、少なくとも、こうやって代理旅行家などという、半分冗談ぽいことを書いていることで、心は落ち着いて、「球」に近づいているような気分に浸れるのです。「書く」という行為にも、何か精神的な安定化作用はあるんでしょう。写真を撮ること、絵を描くこと、音楽を作ることと同じように・・・。


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2007/09/15

「代理旅行家」という新しい仕事 (5)

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代理旅行については、とりあえず、今日までにしておきます。(しつこい?) でも、個人的には、代理旅行という仕事に、なんだか「枠を外れるような自由」を感じます。だから、このことを考えるのが、とても楽しいので、毎日飽きもせず書き続ける・・・。

俺のたわごとに、意外にも反響があったので、気をよくしているのですが、きのう、acornさんからもらったコメントに、「これは、夢や希望を託すのに似ていますから、」とあり、みんなの反応がいいのは、そのあたりにもあるのかなぁと思いました。

これまでは、どちらかというと、代理旅行家サイドからいろいろ書いてきました。でも、根本問題として、仕事である以上、お金を払うお客さん(依頼者)は、何かを得ないと、成立しないわけです。

そこであらためて、「俺が旅を楽しむこと」にお金を払う人が、得るものはなんだろうか? お客さんサイドから考えると、やっぱり夢や希望なのかもしれません。似たような関係は、宮廷画家を囲っていたパトロンとか、そんなとこですかね。(ちょっと違う?)

逆に言うと、夢や希望にお金を払うためには、その代行者にかなり魅力がないとだめなんでしょうね。ともえさんのコメントに、お墓参りの代行サービスについて書いてあったので、墓参りの代行にお金を払う人は、「やってもらうと気持ちが晴れる」と書きました。代理旅行も同じかなと思ったのですが、それよりも一歩も二歩も進んだところで、もっと抽象的な、夢とか希望を得るということなのでしょう。だから、代理旅行業はお墓参り代行業よりも、ご利益がはっきりした形で見えにくいぶん、難しいと思われます。

とにかく、難しいことは百も承知で、お客さんを長い目で待ってみます。コメントいただいた人たちには、代理旅行家プロジェクトの一員になってもらいましょう。実際、お客がひっきりなしに来るようになったら、とてもじゃないけど、俺一人だけではこなしきれませんから。(本気でそんなことを?) お手伝い、お願いします。

ところで、俺はすでに、代理旅行をし、その報告としてこのブログを使っている、なんていうふうにも考えられますね。代理旅行の予行演習をしているような・・・。代理旅行を、俺自身が、バーチャル体験しているような気がします。

もちろん、ブログは無料で公開しているし、誰か、お客さんに依頼された旅でもありません。ただ、こう考え方を変えれば、どうでしょうか。それは、お客さん(依頼者)が、俺自身であれば。そして、このブログが多少でも夢や希望を与えているのであれば。


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2007/09/14

「代理旅行家」という新しい仕事 (4)

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おとといの午後4時ころ、ある編集者と会ったとき開口一番、「安部さん、辞めたの知ってる?」と言いました。

まさか安倍さんが・・・。どうしてこのタイミングで? このまえ所信表明演説したばかりなのに。そして、選挙であれだけ負けて、辞めろ辞めろと非難され続け、それでもかたくなにや辞めなかった安部さんが、どうしたのか。耳を疑いました。

       ☆

この件については、また後日、ということで、今日も、代理旅行について、まだまだ引っ張りますよ。

いろんなアイディアが浮かびます。ポイント制を導入しましょうか。たとえば、マイルを貯めると、俺の体験談を一晩中聴けるとか。ただで、(つまり俺の自費で)旅行してあげるとか。そんな得点付き。

他にも何かアイディアがあったら教えてください。

と、ここまで4日間、「代理旅行家」という新しい仕事の話を書いて、だんだん具体的になってきましたが、ふと、「待てよ」と、思います。

ちょっと初心に帰ってみます。というのは、これを本気でやったらどうなんでしょうか?

バカバカしいことを真面目にやることが好きです。だからお笑いは大好きです。「でも、そんなの関係ない! はい、オッパッピー!」みたいな、意味のないことを、大真面目にやっている姿に大笑いできます。

だから、俺も初めは、代理旅行家も、「ありえない」からこそ、それをいっしょうけんめいやるのが、とてもバカバカしくて、「遊び」としておもしろいかなと思ったところが、正直言うと、あるんです。それなのに、だんだん本気になっていくのが、ちょっと引っかからないでもない・・・。

まぁ、「ありえない」と思いながらも、どこかに「ありえるかも」と期待している自分がいるんですけどね。もし本当にお客さんが来たら、俺はあらためて「人間はおもしろい」と思うだろうし「生きていて良かった」と思うでしょう。

代理旅行家のホームページが完成したら、お知らせします。


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2007/09/12

「代理旅行家」という新しい仕事 (3)

070912
まさか代理旅行に、こんなに反応があるとは思わなかったので、調子に乗って今日も、代理旅行について続けます。

今日、このブログを読み出した人のために、もう一度説明しておきます。代理旅行家とは、お金はあるけど、身体的理由や時間的理由で、旅が、したくてもできない人に代わって、旅をしてあげる仕事のことです。

代理旅行家は、旅・旅行をするだけで、お客さん(依頼者)を満足させなければなりません。だから、多少のテクニックはいります。まったくの初心者的旅のしかたではいけませんが、かと言って、あまりにも旅慣れすぎている旅のしかたでも良くないでしょう。もちろん、どんな旅をしてほしいかは、お客さんしだいなので、それに合わせはしますが。

自慢するわけではありませんが(といって自慢ですが)、若いころからずっと旅をしてきて、いろんなレベル、タイプの旅のノーハウはあるし、「俺が旅を楽しむ」自信はあります。これこそ「天職」かなぁ。

「旅 travel」は「トラブル trouble」と言われるくらい、旅にトラブルは付き物で、それがまた旅の醍醐味でもあるのですが、「トラブル」があった場合は、内容によりますが、追加料金をいただきます。そのかわり、思い出深い旅になるわけですから、安いもんでしょう。

ところで、たとえば、こういう依頼は引き受けられません。何かブツを運ぶこと。これは運搬業になるし、なんかヤバいものを運ばされるのは嫌です。

あと、「これを買ってきてくれ」とかいうのもどうでしょうか。みやげ程度ならいいですが、中東の国へ行って、石油の採掘権を買ってきてくれなどという依頼も(来ないよね)、ダメです。あくまでも、「俺が旅を楽しむ」ということから外れてしまっては、代理旅行家のプライドに関わります(そんなもん、あるのか?)。

それと、昨日のTAKAさんからのコメントで気がついたのですが、かなり命がけの場所や紛争地帯ですね。それも断るかもしれません。

あとは、旅の仕方として、サハラ砂漠をマラソンしてくれとか(疲れるから嫌だ)、南極を犬ぞりで横断してくれとか(極地旅行のノウハウを持ってない)、1日1ドルで旅してくれとか(低予算過ぎ)、こういうのもお断りします。

まぁ、いいでしょう。とにかく、新しい仕事だし、どんな依頼、お客さんが来るかもわかりません。そこは臨機応変に対応したいと思います。「応相談」というやつですね。なるべくお客さんの希望に添えるようにがんばります。

ただ、これはボランティアではなくて、あくまでも仕事なので、予算しだいともいえますね。ところで、確定申告で、「代理旅行家」という職業、認められるんでしょうか。


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2007/09/11

「代理旅行家」という新しい仕事 (2)

070911
昨日、「代理旅行家」の話を書きましたが、ふたたび、本気モードに入りました。

実は、ホームページを作りかけていたんです。でも、3年前は、「俺もバカなこと考えるなぁ」と思い、いつのまにか、この「新事業」に対する意欲もなくなってしまっていました。

でも、意外と皆さんからの反応が速かったし、コメントしてもらったひなたさんの話から、これは本当にやれるのではないかと自信(?)を持ちました。

お金はあるけど、身体的理由や時間的理由で、旅が、したくてもできない人。その人に代わって旅をしてあげる、これはサービス業ですね。

だから、本来は(理想では)、昨日も書きましたが、体験談も話さず、俺が旅を楽しむことだけで満足してほしいのですが、今の段階では、「バーチャル体験できる装置」というものはないし、やっぱりそれなりに体験談を語ったり、写真やビデオを見せることで、疑似体験してもらうという方法しかないかもしれません。

そのうち、「バーチャル体験できる装置」はできるでしょう。実際、今医療現場では、遠隔操作で手術もできるらしいし、そういった技術を応用していけば、きっとできる。(工学部でちゃんと勉強しておくんだった) 手塚治虫が「鉄腕アトム」が活躍する世界を創作したとき、だれも「夢物語」だと思っていたのは、わずか、50年ほど前のことです。

じゃぁ、こうします。とりあえず、今のところは、体験談も写真もビデオも、お客さんが望むものを提供することにします。そして、この体験談は、お客さん以外の他人には話さないことにしましょうか。(代理旅行家としての守秘義務?)

いやぁ、待てよ。ちょっとこれはキツいかなぁ。それでなくても、俺は旅の話はベラベラと人に語りたいほうなので(だからブログなんてやっているわけだし)、おもしろいことを黙っているストレスには耐えきれないかもしれません。そもそも、「俺が楽しむ」ということが大前提だから、やっぱり体験談は思う存分話させてもらいます。


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2007/09/10

「代理旅行家」という新しい仕事 (1)

070910
おとといの話の続きです。

高座に上がっているだけで認められる落語家のように、話と話の間の空白の時間の「間」にこそ、俺のやりたいことがあるのではないか、などという、たわごとを書きました。

これを一歩進めれば(つながりが無いようにも思えますが)、俺の理想はこうです。ただ、旅をして写真を撮っているだけで、みんなを幸せにして、しかもお金ももらえるような人になれたらなぁ。

「旅人」という職業は残念ながらありません。旅をして収入を得るには、旅で撮った写真を売る「写真家」や、体験を文章で売る「文筆家」になるしかない。あるいは、旅行の添乗員としてという手もあるけど、でも、純粋に自分の旅だけしていて、そのことだけで収入を得ることはできません。

そこで俺は考えました。「代理旅行家」という職業です。(いわゆる、航空チケットやホテルを手配してくれる旅行代理業ではないですよ。これは免許か何かいるし・・・)

「代理旅行家」とは何か? 「何か?」と言っても、3年ほど前、思いつきで考えただけなので、はっきりしたものではないですが、旅をしたいけどできない人に代わって旅してあげる仕事です。(ここからは話半分で聞いてください)

3年前、この話をしたら、友人から、「なんで、わざわざ金を払ってまで他人に旅をしてもらわなくてはならないの? ありえないでしょ」と言われました。その通りですねぇ。俺でさえ、そう思います。

ただ、世の中は広い。「いるかもしれない」と考えるのが、俺のいいところでもあるし、バカなところでもある。それは自覚してます。

どうでしょうか? だれかいませんか? お安くしておきます。どんな旅をするかによって料金は変わりますが、基本、「旅行費用全部と旅行に関わる必要経費」プラス「俺のギャラ」となります。

あなたのためにだけ、俺がすばらしい旅をしてあげます。そして、その体験は、あなただけに話します。いや、本来なら、話もしてあげません。厳密に言うならば、体験を話して収入を得るのは、「代理旅行家」とは言えなくなるからです。お客さん(依頼者)には、俺が旅を楽しむことで、満足してほしいのです。

でも、今はキャンペーン中なので(ホントか?)、「ブログを見たよ」という人に限り、体験談を話してあげてもいいですよ。


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2007/07/29

暑中お見舞い申し上げます。(2)

070729
今日は選挙の日。

結果はどうなるのでしょうか。

今日の写真は、宮崎県と大分県の境で、今月6月に撮影した写真です。

水田に浮かんだ民家ですが、スイスかどこかかな?と思うような光景に突然出会いました。

道を間違って見つけた光景。

でも、こういう旅をしていると、「道を間違える」ということの意味がなくなってしまうのでした。


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2007/07/28

暑中お見舞い申し上げます。(1)

070728

ようやく日本も暑くなってきましたね。

夏本番です。

写真は、佐賀県神崎町のクリーク。

ハスの花が咲く、姉川城址です。

でも、中・南欧の熱波はすさまじいものがあります。

ハンガリーでは、なんと500人も亡くなっているそうです。

欧州殺人熱波!ハンガリーで500人死亡
スポニチ http://www.sponichi.co.jp/society/news/2007/07/26/01.html 参照

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2007/07/22

雑誌『BRUTUS(ブルータス)』に棚田の写真

070722
雑誌『BRUTUS(ブルータス)』の8/1号の特集は、日本の旅「ニッポン観光 2007」ですが、その中に、見開きで棚田が取り上げられています。

インタビューとともに、和歌山県あらぎ島、宮崎県徳別当、長崎県土谷などの棚田が掲載されています。

先月、車中泊の旅で撮影した、長崎県雲仙市(旧千々石町)の棚田の写真(↑の写真)もあります。そのときの記事は、次のページでどうぞ。

Ya_2「2007初夏、車中泊の撮影旅(19) 嬉野、川棚、大瀬戸、愛野のジャガイモ畑、千々石の棚田」(2007/06/07)

雑誌には、棚田の他、ダムや産業遺産なども紹介されていて、まだまだ日本は、探せばいろんなテーマが見つかるという、旅のおもしろさを感じさせてくれる誌面になっているのではないでしょうか。


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2007/07/12

「石見銀山遺跡とその文化的景観」が世界遺産に

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(石見銀山 大森の街並)

島根県にある「石見銀山遺跡とその文化的景観」が世界遺産に登録されるかどうか、微妙だったのですが、日本側の説得で、登録されることが決まりました。「逆転決定」だったので、その意外性に驚いた人も多かったのではないでしょうか? 正直、俺もその中のひとりです。

当ブログでも書きましたが、石見銀山に「登録延期」が勧告されていたのは、世界的価値がよくわかってもらえなかったからです。石見銀山に行って、俺は初めて銀山の世界的価値を知りました。でも、日本人のどれほどがそのことを知っているのでしょうか。日本人が知らないことを、世界で認めてもらうには、かなりの説得力がないとだめだろうと思っていたので、今回の登録はないだろうなぁと予想していたのです。ところが、「登録決定」のニュースが飛び込んできたので、驚いたわけです。

Ya_2「島根県石見銀山。世界遺産になるか?」

Ya_2「2007初夏、車中泊の撮影旅(12) 島根県石見銀山」

石見銀山が世界遺産に登録されたことは、日本側の説得が功を奏して世界的価値が認められたことであり、「よかったですね」と言いたいですね。ただ、すごい数の観光客が押し寄せ始めているらしい。観光業にとっては、世界遺産登録がどんなに効果があるか、ここでも証明されました。

ところで、最近、経済的・観光的効果を狙って、何でもかんでも世界遺産に登録しようとする自治体が出てきているらしいですね。もちろん、今回の石見銀山には、それだけの価値があると思いますが。

以下の記事にも、「平成15年にイコモス副会長を務めた西村幸夫東大教授は「最近は世界的知名度が足りない遺跡を申請しようとする自治体が増えている」と、観光振興を狙った安易な風潮を戒めている。」とあります。

石見銀山、世界遺産登録の舞台裏 欧州主導、アジア不利
(7月1日19時59分配信 産経新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070701-00000907-san-soci 参照

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2007/07/09

写真展『棚田を歩けば』 終わりました。

070709
(写真は宮崎県高千穂町の棚田)

昨日で、写真展が終わりました。

みなさん、ありがとうございました。(このブログを見て写真展に来てくれた人もいましたね) 「棚田病」に罹って帰ってもらえたなら嬉しいです。「棚田病」の感染力は強力で、潜伏期間は短いです。発病したら最後、特効薬はありませんが、当ブログと、電網写真館「オリザ館」が薬のような効果はあるかもしれません。

ところで、来てくれた人から、また新しい棚田の情報を聞いてしまいました。「あそこにある」と聞いてしまうと、行かないと気のすまない性格なので、たぶん、行ってしまうでしょう。棚田を探す旅は、今後もしばらく続きそうです。


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2007/06/23

島根県の「石見銀山遺跡とその文化的景観」、世界遺産になるか?

070623
(写真は、石見銀山の神社跡に残る階段)

島根県大田市の石見銀山を訪ねたのは、5月31日のことでした。

Ya_2「2007初夏、車中泊の撮影旅(12) 島根県石見銀山」

商店の89歳になる店主に、お茶をごちそうになりながら聞いた世界遺産の話。あのとき、「世界遺産が延期になる」とかいうことも聞いた気がします。そのときは、聞き流してしまったのですが、それがこういう話だったのかと、昨日のニュースを聞いてわかりました。

どうも、ユネスコは「顕著な普遍的価値の証明が足りない」として「登録延期」を勧告しているらしい。それで、日本側は、当時は銀生産の世界の3分の1を日本が占めていたなど、世界的歴史的価値をアピールし、評価格上を目指して、ユネスコ側を説得しなければならないらしいのです。

石見銀山の登録審査へ 23日から世界遺産委員会
(中国新聞 http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200706210445.html 参照

商店の店主が言っていた通り、地元では賛成する人もいるし、反対する人もいます。しかも俺は石見銀山について詳しいことは、訪ねてから知ったようなものなので、世界的価値がどれくらいあって、そして登録されたほうがいいのかどうかはわかりません。

ただ、実際見た感触として、あそこに当時は大きな町があって、大量の銀を採掘し、それが日本経済を支え、アジアや世界の経済にも影響を与えていたという事実は、やっぱりすごいことなんだと思います。でも、・・・。

このことを、日本人のどれだけが知っているのでしょうか? 俺は訪ねるまで知らなかったし。一般的な日本人があまりよく知らないことを、一気に世界の人に認めてもらうというのは、かなりの説得力が必要ではないかと思います。

結果は、27日か28日にわかるようです。

Ya_2「「石見銀山遺跡とその文化的景観」が世界遺産に」

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2007/06/22

山形県河北町谷地の「肉そば」の缶詰

070622
河北町の「肉そば」については、以前、このブログでも書きましたが(山形県河北町谷地の「肉そば」2007/5/7)、肉そばの缶詰が発売されていると聞いて、河北町へ行ったとき、この缶詰を買ってきました。(今回の旅で、唯一みやげといえるものです) 肉そばのセットは他にも売られているようですが、缶詰はこれだけかもしれません。

肉そばは、俺の出身地、河北町谷地が発祥の地。鶏と鰹のスープで、あまり塩辛くはなくて、むしろ甘めです。具として入っている鶏肉のスライスが堅めでコリコリしておいしい。

地元では、「つったえ肉そば」が好まれます。「つったえ」とは「冷たい」の方言。雪が降り続ける寒い冬でも、「つったえ肉そば」を食べます。

缶詰を買ったのは、河北町の道の駅ぶらっとぴあ。閉店間際に飛び込んで、店員のおばさんに「埼玉からやってきました。何とか売ってください」と頼み込んで買い求めた、麺とスープがセットになったものです。大盛り2人前のセット1000円。

麺を煮て、鶏肉の入った濃縮スープを水で薄めてスープにするだけ。もともと「冷たい肉そば」なので、常温でもだいじょうぶ。

食べてみました。懐かしい肉そばでした。おいしかったですよ。ただ、やっぱりというか、しかたないというか、スープに入っている鶏肉は、出来立ての鶏肉のような歯ごたえが感じられませんでした。(スープが肉に染み込み過ぎコリコリ感が少ない。これが良いという人もいるでしょうが) まぁ、缶詰だから当然なのですが、その辺は許すことにしましょう。

地元のそば屋で食べるのが一番なのはもちろんです。だから、これは河北町谷地に行けない人にとっての救世主です。俺も無性に食べたくなるときがありますからね。


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2007/06/20

2007初夏、車中泊の撮影旅(付録5) 富山県砺波散居集落

070620
5月26日の記事で書いたように、砺波平野の散居集落を見渡せる展望台は、夕方まで雨が降っていましたが、一瞬だけ、雲が切れて光が田んぼに射し込みました。そのときはフィルムカメラでしか撮る余裕がなかったので、その次の日ブログに載せた写真は、そのあとデジカメで撮った写真でした。でも、おとといフィルムの現像を終えたので、今日は、約束どおり、この写真を載せます。

「こんなことあるんだなぁ」という瞬間が、たまにあります。それは写真を撮っている人間にはたまらなく幸福な瞬間で、何か見えない力で撮らされているような瞬間でもあります。この偶然に感謝したくなります。

ついでに言うならば、写真のおもしろさは、こんな偶然が実際あるんだぁと知ることに尽きるでしょう。その偶然が、「ほんとにあった」と知っているのは俺だけです。なぜなら、パソコンを使えば、これくらいの「創作」はできてしまうからです。(自分以外は騙すことができるということです)

この写真は、夜中の3時に、宮沢賢治『風の又三郎』ふうの「どーどど、どどーど、どどーど、どどー」を奏でていた例の「極端に大きな音でバイクを走らせるにいちゃんたち」とともに、一生忘れられないものとして、心に刻みこまれたのでした。(トラウマになったのです)

初めてこのブログに来て、宮沢賢治の「どーどど、どどーど・・・」って、何の話?と、わからない方は、ぜひ、こちらをご覧ください。

「2007初夏、車中泊の撮影旅(7) 砺波平野の散居集落と、『宮沢賢治』」

ところで、彼らが宮沢賢治を練習しているのでは?と考えた瞬間、少し笑ってしまったのでした。あんな恐怖のどん底にいても、人間は笑えるんですね。


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2007/06/19

2007初夏、車中泊の撮影旅(付録4) 京都府伊根の舟屋

070619_1
話はさかのぼり、5月28日、京都府北部、丹後半島にある伊根の「舟屋の里」の写真です。

後ろに迫る山、すごいですよね。海岸際をうまく使った形が「舟屋」なんだなぁと、これを見るとわかります。

映画『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」や、NHK朝の連続ドラマ『ええにょぼ』でもここが舞台になったそうです。
070619_2


5月28日の記事はこちらでどうぞ。「2007初夏、車中泊の撮影旅(9) 京都府伊根の「舟屋の里」、兵庫県城崎」


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2007/06/18

2007初夏、車中泊の撮影旅(付録3) 石川県加賀市山中町の東谷地区

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5月27日の話に戻りますが、石川県加賀市山中町の東谷地区大土町の写真です。

これは土蔵ですが、なんとなく、マダガスカルの民家を思い出してしまいました。(似てるかどうかは、これを見てください。俺は似てると思ったんですが。)

「マダガスカルの旅(8) ある農家の話」

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大土町は4人しか住んでいない「町」として知られています。

記事については、「2007初夏、車中泊の旅(8) 富山県砺波散居村と、石川県山中」でどうぞ。


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2007/06/17

2007初夏、車中泊の撮影旅(付録2) 秋田県仙北平野の散居集落

070617
秋田県の南東部に位置する盆地、仙北平野の散居集落です。

原野を切り拓き、豊かな穀倉地帯に変えてきました。今の風景を見ていると、水が豊かな印象を与えますが、田沢疏水などを通したり、水には苦労した歴史があるそうです。

これも人間が造り上げた景観です。

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2007/06/16

2007初夏、車中泊の撮影旅(付録1) 秋田県八郎潟

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今回の車中泊の撮影旅、ひとまず昨日で終わりました。疲れはあとで出てくるようです。休みがなかったからね。雨でも降ってくれたら、休むんだけど、晴れると、貧乏性なもんで、つい写真を撮ってしまう。

070616_2今日一日、ぐだーッとしていました。

今回の旅は、棚田だけではなくて、広大な水田、畑、集落などを中心に回りました。これらはいずれも、人の暮らしとともにある景観です。生活から生まれた景観です。

いずれ1冊の単行本にまとめたいと考えています。

今日から何日間かにわたって、気に入った場所を振り返り、『車中泊の撮影旅(付録)』として、写真を掲載していきます。

今日は、秋田県八郎潟の写真です。

ほぼ1ヶ月前なので、なんだか懐かしい感じがします。

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2007/06/15

2007初夏、車中泊の撮影旅(27) 山梨県勝沼、埼玉県狭山に帰宅

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6月15日、金曜日、曇りのち晴れ

今朝は、7時に出発。正面に富士山が見えたので、以前も行った韮崎のポイントに寄ってみた。ところが、ちょうど着いたころから雲が出て、富士山が見えなくなってしまった。しばらくたっても駄目なようだったので、写真撮影は次回にすることにする。

甲府についたころ、天気が回復しだした。そして今日も暑い一日になった。なんだろう、この天気は?

大菩薩峠を越えて埼玉に戻ることにしたので、途中、勝沼のぶどう畑地帯を通った。ワインの丘に登り、写真を撮る。見晴らしがいい。スイスの風景と似たところがある。(なんでも外国と比べるのは、行ったことを自慢するためではありません) 山の斜面が一面ぶどう、ぶどう。ぶどう畑の中を電車が通り過ぎる。

ぶどうの収穫にはまだ早すぎるので、観光客はほとんどいない。静かでいいね。でも、いつか、収穫時期に写真を撮りに来なければ。今日は、通過。

070615_2
国道に戻り、山越えする。峠からは、富士山が見えた。急坂を下っていく。青梅、入間を経由して、午後1時半、狭山市に到着。無事、もどったーーーっ!

今回は、27日間、走行距離6420km。

明日からは、今回撮った写真で、まだ載せていない写真を使いますので、引き続き、このブログをご覧ください。

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2007/06/14

2007初夏、車中泊の撮影旅(26) 滋賀県近江八幡、岐阜県旧山中道、長野県

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6月14日、木曜日、雨時々曇り

ようやく雨。今までの晴天が異常。

昨日、栗東の道の駅に泊まるつもりだったが、近くを新幹線が走り、うるさかったので、次の竜王町の道の駅で泊まった。

俺の車の横で泊まろうとしていた人が声をかけてきた。「泊まりですか?」

彼は、俺と同じくらい25日前、九州を出て、北海道まで回ってきたという。ほぼ1万km走ったといっていた。道の駅では、他の車中泊の人に声をかけて、なるべく近くに車を停めて寝るという。ある道の駅で、車の「集会」があり、怖かった体験をしたかららしい。明日京都と姫路城を見て帰るといった。俺も帰るので、残っていたポストカードをあげることにした。家が九州というので、玄海町の浜野浦棚田のカードをあげた。玄海町に棚田があることを初めて知ったようだった。

今朝、雨の中、6時に出発。数km先の近江八幡に寄る。ここへは2年前も来ている。まだ6時半なので、もちろん観光客もいないし、地元の人もあまり出ていない、静かな八幡堀界隈。堀割にはアジサイの花も咲いている。雨でしっとりしている風景もまたいいものだ。アジサイに雨がよく似合う。

豊臣秀次は天正13年(1585)年に、琵琶湖までの八幡堀を開削し城下町を開いた。江戸時代は、近江商人発祥の街として栄えた。平成18年1月26日、文化的景観の第1号として「近江八幡の水郷」が選定された。それは住民の景観保全に対する高い意識があったといわれる。

1960年ころの八幡堀は異臭をはなち、埋め立てて駐車場にする話まで出たが、住民が中心となり、八幡堀を今の姿に再生させたという実績があったのだ。これは、住民の努力によって救われた風景なのだ。

近江八幡から、国道8号線に戻り、米原へ。ここで、国道21号線を東へ。岐阜市、各務原市を経由して、御嵩から、県道65号線に入る。これは、旧中山道の一部。狭くて曲がりくねった道。人が自然に歩いて造り上げた道の曲線。車で走ると走りづらいが、人が歩くには心地よい曲線。いや、なるべく楽に歩ける曲線、といえるのかも。

070614_2
ところどころに集落。田んぼと畑。そして途中で見つけた弁天沼。緑濃い木々に囲まれた、ハスの花(左に赤い花、右に白い花)が咲く小さな沼だったが、石橋がかかっていて、雰囲気はなかなか良い。昔の旅人もここで一休みしたんだろうな。反対側の田んぼでは、牛蛙が鳴いていた。

中山道美濃十六宿のひとつ、大@宿。(@の字忘れた。あとで地図で確かめます)ここまで来ると、空間は広がる。田んぼが広がるが、旧道の雰囲気はなくなる。

坂を下って国道に出た。道幅は広くなり、曲線は緩やか。やっぱりこれは、車用の曲線。たぶん、ここを歩くと疲れると思う。と、思っていたら、歩いているバックパッカーを一人、追い抜いた。彼も旧道を歩いたあと、この国道に出たのかも。なんとなく疲れているように見えたのは、気のせいか。

恵那市で昼食、兼、休憩。国道19号線、木曽路を北上。このルートを取るのは、なるべく市街地をはしらないようにして埼玉に戻るため。太平洋側、国道1号線はうるさそうだからだ。

雨に煙る山々の間を快調に走る。川にはほとんど水がなく、大きな石が露出している。雨が少なかったからだろうか。

長野県塩尻市で国道20号線に入り、諏訪市を経由して、富士見町にある、道の駅信州蔦木宿。ここは何度も泊まっている常宿だ。温泉、つたの湯が併設されている。ここから埼玉の家まで、あと3,4時間。明日の昼前には着くだろう。


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2007/06/13

2007初夏、車中泊の撮影旅(25) 岡山から、兵庫県稲美のため池群、そして滋賀

070613
6月13日、水曜日、曇り

昨日は暑かった。北海道でも30度を越えていたそうですね。今日は、曇っているが、そのかわり蒸し暑い。水分補給量が昨日よりも多い。

それにしても、車中泊が長くなってきて、車が「ゴミ屋敷」状態になってきた。

今朝は、岡山県玉野市の道の駅、みやま公園を6時半に出た。国道2号線まで戻り、ひたすら東へ進む。姫路城をちらっと見て、国道を離れて稲美町へ。ここは、ため池が多いところとして有名だ。

郷土資料館へいって稲美町教育委員会のパンフレットをもらった。それによると「いなみ野台地は元来、水の乏しい原野でした。しかし、先人たちは永い時間をかけて、農業を営むためにため池・水路をつくり、人々の居住する集落をつくり、次第に豊かな田園空間へと発展させてきました。」

町内にあるため池は、昭和30年代には、140箇所以上あったものが、現在では89箇所だそうだ。

館の人はいう。ため池は俯瞰できないので、写真コンテストなどを参考にしながら、どんな視点があるのか検討中とのこと。たしかに、土地は平らで、展望台があるわけではなく、あったとしても、たくさんのため池を見るためには、航空写真しかない。資料館には天満大池(てんまおおいけ)を写した航空写真が展示してあった。その周辺にもたくさんのため池が見える。すごい、と思う。

それは特殊な目線だ。人々が日常風景としているのは、地面から見る景観だった。でも、飛行機ができてから、「すごさ」がわかったナスカの地上絵みたいなこともあるし。とにかく、多いだけで、すごいとは思う。

ため池の写真をわざわざ撮りに来る人もそれほど多くはないだろうが、とにかく、写真にするのが難しいのは確かだと思う。天満大池に行ってみた。

天満大池は、兵庫県でもっとも古い池で、古文書によると、その原型は、白鳳3年(675年)に築造されたといわれている。天満大池の近くにある神社、天満神社で祭ってあるのは、天満天神(菅原道真公)、大年大人(池大明神)。

また、ここは、「あさざ」という水生植物の生息地らしい。絶滅危惧種でもあり、全国で、ここと、茨城県霞ヶ浦、淡路島南淡町のため池の3箇所だけ。季節によるのだろうが(いつ咲くかは調べてないので)、今日は見つからなかった。公園に来ている人たちにも聞いてみたが「見たことないなぁ。役場で聞いてみたら、咲く時期も教えてもらえるでしょ」とアドバイス。その通りなのだが・・・。

池の周りは、一部は公園になっている。散歩する人、子供を遊ばせている人、ジョギングする人、白鷺が魚を獲っていたり、亀が岩の上で甲羅干ししていたり、というのが見られる。

稲美町から県道で、国道175号線に出た。セルフのうどん屋でうどんを食べる。こういう店、関東では少ない。さすが関西。たくさん目にする。

国道372号線に入る。これは神戸や大阪の市街地を迂回するような感じで、山側を東西に走っている。姫路から、京都の西、亀山まで。この道は何度か通っているが、田園風景の中を走るので、写真を撮るにはいい道だ。棚田あり、山あり、森林あり、そして趣のある集落の数々。道はそれほど広くはないが、車の数も多くはないし、お勧めの道だ。

亀山から国道9号線で、京都市、道は1号線になり、大津、草津を通り、栗東の道の駅で泊まる。


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2007/06/12

2007初夏、車中泊の撮影旅(24) 九州から中国地方を東へ

070612
6月12日、火曜日

昨日の続きから。大分県豊後高田市の田染荘荘園遺跡から、小倉を目指す。今日で九州の撮影は終わり、明日からは、東へ向かい、撮影しながら、埼玉へ帰るつもりだ。

今日で、道の駅を使った車中泊の撮影旅も24日目を迎え、ちょっと疲れてきた。写真も集中力が途切れると良くない。だいたい3週間がいいところ。ほんとなら、四国も周りたかったが、今回は時間切れ。仕事も入ってしまった。写真展の準備もある。

国道10号線に戻り、宇佐市を過ぎ、マックで仕事。棚田の画像を選ぶ。これをCD-Rに焼いて明日、ある雑誌宛に送らなければならない。データ量が大きいので、モバイルからメールでは、時間がかかってしまうので、郵送することにした。

デジカメで撮った写真、メール、電話で仕事ができてしまう。家にいなくても仕事ができるなんて、数年前までは考えられなかった。極端な話、住所不定でも、世界中どこにいても、パソコンとデジカメさえあれば仕事ができるということなのだ。もちろん、ブログやホームページは、俺が留守中も、ちゃんと「営業活動」してくれている。そんなに沢山お客さんが来るわけではないが、不思議な仕事の仕方になってきた。すごい変化だ。

豊前、行橋を経由して、北九州市。小倉は、1週間ほど前、迷ってしまったが、今日は、大丈夫。フェリー乗り場も覚えていたので、すんなりとたどり着いた。下関までのフェリーに乗る。

岸壁を離れ、小倉の工場群が小さくなっていく。海風が涼しい。と、思ったら、「ドライバーは、車に戻ってください」のアナウンス。「一番短いフェリー」だからね。わずか13分。

上陸して、下関駅前を通り、国道2号線に入った。市内から6kmくらいいったところのスーパーの駐車場で休憩、兼、仕事の電話待ち。

暗くなってから、再び国道2号線を走る。30分くらい走った山の中で、駐車スペースがあったので、そこで泊まる。よく、トラック運転手が仮眠を取っている場所だ。日本の物流を支えるトラック運転手たち。実際、こういう旅をしていると、毎日長距離運転することの大変さがつくづくわかる。なんて、半分遊びのためにやっている俺がそんなこと言う資格ないかもしれないが。彼らとは比較にならない。

国道脇の駐車スペースなので、夜中も車の行き来はあって、車の音がする。でも、慣れるんだよねぇ、こんな条件でも、俺は眠ることができる。熟睡とまではいかないが。開高健が、昔、ベトナム取材をしたとき、砲弾が飛んでくる中で、平気で食事をしたり眠ったりする兵士に驚いた、みたいは文章があったと思う。戦地でもそうなんだから、長距離ドライバーにとって、国道の騒音なんて、たいしたことはないのかもしれない。

午前5時出発。国道から海に面した住宅街の中に田んぼが見えた。停車して写真。むかし、住宅街になる前は、もっと広い田んぼだったのではないかと思わせるような。その周辺には工場地帯が広がっている。マックがあったので、朝食と仕事。従業員の女の子に、この町の名前を聞いたら、旧徳山市、今は、周南市というらしい。

国道2号線をひたすら東へ進む。今日は移動日だ。東広島市のどこか、小さな郵便局で、今回の旅で、デジカメで撮影した棚田画像を焼いたCD-Rを、依頼者宛に送る。

竹原市に、温坂温泉があった。ホテル一軒と、かんぽの宿。聞いたら、かんぽの宿では日帰り温泉が可能。600円。露天風呂もあってゆっくりできた。昨日は風呂なしだったから、気持ちがいい。

意外と、国道2号線沿いには温泉が少ない。ここから倉敷あたりまで、地図で温泉が探せなかったので、ここで入っておいた。

風呂から上がって着替えをしていると、ひとりのおじさん。やたらにあたりを見回し、ズボンをきちんとたたんでいた。これほどちゃんとたたむのは、ただ者じゃないと思ったら、やっぱり、背中には立派な模様のある人。よく温泉の入り口には、「いれずみのある方はご遠慮ください」などと書いてあるが、ご遠慮する方々なのだろうか?と、思う。でも、お賽銭はいらないので、こういう人がいると、いつものように、背中の模様に、心の中で手を合わせ、旅の安全祈願と、今年の五穀豊穣を祈らせてもらうのだ。

温泉を出て、休憩室でテレビがついていたが、みのもんたの番組。日本全国、この時間、みのもんたを観てるのか。

竹原市から、尾道市の郊外、バイパスのパーキングで休憩。倉敷市から県道22号線に降りて、玉野市まで。ここの道の駅、みやま公園に泊まる。


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2007/06/11

2007初夏、車中泊の撮影旅(23) 大分県緒方、久住山、別府、豊後高田

070611
6月11日、月曜日、晴れ

昨日、棚田で夕日まで待った。ここも、川が湾曲しているところに造られているので、和歌山県あらぎ島の棚田と同じような形になっている。牛の声が聞こえた。どこかで飼っているのだろう。
暗くなったあと、道の駅に戻って泊まった。

そして、今朝、6時に出発。緒方町から竹田市へ。ここで、国道442号線に入るのを忘れ、国道57号線を熊本方向にしばらく走ってしまった。間違いに気がつき、山の中をぐるぐ走り、久住高原に出た。

さわやかな高原の朝。久住山と青々とした牧場。牛さんが数頭、草を食んでいた。遠くには阿蘇山も見える。雲ひとつない。雄大な高原地帯。ようやく国道442号線に出た。

県道11号線、やまなみハイウェイに入る。上りがきつい。上ったところは絶景。阿蘇山遠望。バイクのライダーもここで停まり、携帯で写真。

この県道11号線は、湯布院を経由して、別府まで続いている。途中、草原と、絶景の繰り返し。停まって写真を撮り始めたらきりがない。今度は、山の写真を撮りながら日本を周ることもあるだろう。今回は、田んぼ、畑、集落といった農業と関係あるものだけに絞る。(テーマといえるほどしっかりしたものでもないが)

別府で、国道500号線に入った。湯煙と硫黄の匂いの中、3,4km上って行くと、別府全景を見渡せる展望台がある。ここで写真。夜景のスポットらしい。あいにく霞がかかったようにぼんやりしていた。

院内町で、国道387号を右折、北上。宇佐市から国道10号で東へ進み、国道213号に入り、豊後高田市まで。ここに、田染荘荘園遺跡がある。800年の歴史がある。豊後高田市観光協会が出しているパンフレットによると、「田染荘は、宇佐八幡宮の「本御荘十八箇所」と呼ばれる根本荘園の一つで、もっとも重要視された荘園でした。荘園の里では、このすばらしい遺産を後世に残すため、人と自然と歴史が融合する田園空間博物館として人々に「やすらぎ」と「いやし」を与える未来への架け橋づくりを行っています。」とのこと。

豊後高田市内から、県道34号線を南東方向へ15分ほど走ると、看板が出ていてすぐわかった。この道は農道らしいが2車線の立派な道路を行くと、そこが田染荘。盆地になっているので、この空間は、パンフレットにもあるように、見所が点在していて、博物館のようだ。

夕日観音というのが山の上にあって、そこから俯瞰できる。田植作業をしていたおばあさんは、「昨日は田植祭りでにぎやかだったですよ。残念でしたね」というので「いや、静かでいいですよ」「写真撮るにはいいですかね」夕日観音の場所を聞くと、「あの道が曲がってるところです。看板も出ています」と教えてくれた。

林の中に上に続く階段があった。木陰はひやりとして気持ちがいい。上の岩からは、荘園を見渡せた。田んぼは、棚田とは言えないかもしれないが、丸みを持った田んぼが連なっている。岩手県一関の骨寺村荘園遺跡と雰囲気は、どことなく似ている。

岩の突端に恐る恐る出て、写真を撮った。下まで、50mはあるだろうか。俺は文字通りの「がけっぷち写真家」だ。


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2007/06/10

2007初夏、車中泊の撮影旅(22) 宮崎県日之影、大分県蒲江、鶴見

070610
6月10日、日曜日、

昨日は、熊本県矢部町(今は、町名が変わっているかも)の通潤橋から、国道218号線を東へ向かう。この九州を横断する国道は、何度も通った。観光客には勝手のいい道だ。山道なのだが、谷は大きな橋で結ばれているので、比較的アップダウンが少なく、道幅も広く、走りやすい。昨日一日で、島原湾から日向灘に抜けた。

高千穂町を通過し、日之影町に。ここに、石垣の村、戸川がある。この棚田は「棚田百選」に選ばれているので、2000年の春に来たことがあった。国道から、日之影川に沿って進んでいくのだが、この深い渓谷が「どこへ行くんだろう」という、不安あり期待ありの不思議な感じを持たせるのだった。2度目なので、不安はなかったが。

集落の手前、400mくらいのところで、石垣の村が見えてくる。ここでまず写真。集落は戸数7戸。入っていくと、駐車場のある食堂兼宿がある。今日は、俺の他、観光客の車はなかった。

歩いて棚田の上のほうから写真を撮りにいったが、暑くてダウンしそう。食堂で、アイスと地元で採れたゆずジュースを飲んで、ようやく汗も引いた。

働いてる女性の話では、ここが棚田百選に選ばれてから、訪ねてくる人が増えたという。宿泊客も多い。季節によって、春には山桜、秋には紅葉と、美しい自然を楽しむことができる。釣り客も来るという。

棚田百選が選ばれたときは、まだわからなかったが、ここに、11mの石垣があることが、その後「発見」された。それで、「日本一の石垣」となったわけだが、ちょっと微妙な問題がある。

それまでは、佐賀県唐津市相知の蕨野棚田の8.5mが一番高いといわれてきた。ただ、戸川の石垣のある棚田は、今、耕作されていない。だから、現在も使われている棚田としての日本一は、やっぱり蕨野になるだろう。ただし、ここもまた作り始めたら? どうなるか。まぁ、一位でも二位でも、高いことに変わらない。

石垣の脇に農道があるので上っていって、縁に立ち、下を覗いてみた。高所恐怖症ではない俺でさえ、足がすくむ。下の段は、畑として使われている。

それにしても、この石垣を積んだ人たちは、日本一を目指そうなどと考えたわけではなくて、ただ、なるべく耕作地を増やしたいと思って造っただけだろう。もし今生きていたら、「これが日本一ですよ」といわれて、びっくりするのではないだろうか。

村を出て、日之影町の中心地へいった。ここの高千穂鉄道の日之影温泉駅は、駅舎の2階がほんとに温泉になっているのだ。2000年戸川に来たときも、偶然ここに入って、面白い温泉だなぁと思ったのだった。露天風呂からは、プラットホームと線路が見えた。縦に3つ電気が付いている鉄道の信号があるが、それが休憩室に架かっていて、電車の時間、「5分前」「15分前」などを、明かりが点いて教えてくれる。

ところが。今回、露天風呂から身を乗り出して下を覗くと、線路が外されている。電車は来ない。あとで従業員のおばさんに聞いたら、一昨年の秋の台風で、橋はふたつ流されてしまい、今、復活するか、廃線にするか、検討中とのことだった。そういえば、一昨年の台風のニュースは覚えている。ただ、この路線のことはまったく知らなかった。

おばさんは、廃線になると寂しいね、といった。その通りだと思う。でも、車社会になってしまい、赤字路線だから、復活は難しいのかもしれない。そういう事情を聞いた後で、今でも、時刻表どおりに、来るはずのない電車の到着を「5分前」などと、信号が予告しているのが、妙にせつなく感じてしまった。とりあえず、温泉だけはちゃんと続けていけるそうだ。

日之影温泉駅から国道218号線に戻り、東へ。約1時間で、延岡市に着いた。国道10号線を左折。北へ向かう。7kmほど先の、道の駅、北川はゆまに泊まる。

☆☆☆☆

そして、今日、10日。

今朝は、けっこう冷えた。半袖では肌寒いくらい。6時半に出発。国道10号線を北へ行き、10kmほどのところから、蒲江方面の県道43号線に入る。山に靄がかかる。それほどアップダウンはない。

三河内から国道388号線になる。でも、これはかなり狭い個所もあって、ほんとに国道?と思うくらい。山間に光が当たって、美しい風景が続く。田んぼの水に映る白い民家。タバコ畑が多い。木造の小屋。それがまた朝日に輝いている。まるでヨーロッパのよう。

写真を撮ったあと、国道を進んでいくと、バリケードがあり、「全面通行止め」の看板。近くで、農家の人がタバコ畑で作業していたので聞いたら、看板を見落としてしまったようで、蒲江には、広域農道でいかなければならないと教えられた。

1kmほど戻ると、たしかに分岐点と、標識がある。

山道を降りると、海に出た。その直前、野生のシカ。そして、シカの交通事故の死体。こんなに人家に近いところで、野生のシカが活動しているのか。

海沿いの道を、途中休憩しながら、蒲江まで。ここに来たのは、「シシ垣」を見たいからだ。イノシシ除けの石垣だ。さっきシカを見たが、イノシシもシカも農家の人にとっては害獣になる。シシ垣が多いということは、昔から、害獣には悩まされてきたということなのだろう。

誰かに場所を聞かなければ。道の駅があった。でも、まだ7時半なので、営業していない。町に入ってみた。

タクシー会社があった。何人かドライバーがいたが、今は使ってないし、探さないとわからないだろうという。場所は知らなかった。

あまり若い人に聞いてもだめだろうと思っていたら、おじいさんが海の椅子に腰掛けていたので、聞いてみた。すると、言葉がよくわからない。しかも、細かい地名を言うのだが、「埼玉から来たので、このあたりわかりません」と何度言っても、それを繰り返してしまう。それでも、彼が言った言葉のなかから、「トンネルふたつ抜けたところ」と「今は木に隠れてしまっているので、案内人がいないと難しいだろう」ということがわかった。

それで今日は日曜なので、いるかどうかわからなかったが、役場を訪ねた。すると、当直の人が、たまたまシシ垣について知っている人で、詳しい地図を描いてくれた。ただ、最近は行ってないので、崩れてしまっているかもという。

ところで、このシシ垣は、江戸末期に造られたようだが、最初に造ったのが、「わきち爺」という人物だったらしい。海岸から石を一個一個運んできては、村の周囲に積み上げた。それを、あとで知った村人も協力し、みんなで石を築いた。そんな伝説があるという。なので、村の集会などで、率先して準備をする人に対して、「おまえは、わきち爺だなぁ」といったそうな。

わきち爺は、最初の石に印を付けたらしい。それで、昔、当直の人も探しにいったことがあるそうだ。

役場から東方向の山にあった。教えられたとおり行ってみたが、シシ垣は、林の中にあった。枝をかき分け、クモの巣と格闘しながら、中へ入っていくと、数十mくらい崩れていないところがあった。イノシシが飛び越えられないように、「武者返し」のように、先端が反り返っている。

「発見」したような気分。「探す」ことの面白さは、以前、このブログでも書いているが、こういうものを探しながら歩くのが好きなんだろうなと自分でも思う。最初から、「ある」ことがはっきりしているより、今日のシシ垣くらいが一番いい。「ないかもしれない、でも、あった」

長い年月が経ったことがわかるのは、石垣の間から木が生えているからだ。まるで、アンコール遺跡群のタプロームのよう。ガジュマルの木が、遺跡の石と一体になっているが、規模は小さいが、そんな感じ。(ここは地雷が埋まってないのでいいが) それにしても、よくまぁ、こんなすごいことを昔の人はやったなぁと感心する。これは立派な農業遺産だな。

役場に戻り、当直の人に、デジカメの画像を見てもらい、確かめた。ここまで来て、違うものを撮っていたら、笑うに笑えない。当直の人は、「そう、これです。まだ残ってましたか」といった。

今度は、鶴見を目指す。ここにもシシ垣があると聞いている。蒲江から国道388号線を行く。海沿いの道を行くのは、気持ちがいい。6月だが、「五月晴れ」。

途中、国道から、鶴見方面への道に入る。トンネルを抜けると、鶴見町の真ん中。役場があったので、シシ垣を聞いた。すると、こちらは、シシ垣は有名らしく、ちゃんと駐車場や看板も立っているという。ただ教えられていってみたが、林道を、半島の突端、鶴御崎方向へ、延々と進まなくてはならなかった。しかも「時々崖崩れがありますから、注意して」といわれたとおり、3ヶ所くらい崩れたところがあった。

看板も立っていたし、遊歩道のようなものも作られていて、蒲江よりも整備が進んでいる。とは言え、あまり見に来る人が多そうにも思えないし、草が生えて歩きにくいのはしかたないだろう。こちらは2mほどの高さのところもあった。シシ垣は、村を囲むように造られていた。看板の地図を見て知った。鶴見のシシ垣は、総延長十数kmもあるらしい。

シシ垣のある山から、下へ降り、海沿いを町に戻る。そこからまた国道388号線に出て、佐伯市から国道10号線を西へ。

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2007/06/09

2007初夏、車中泊の撮影旅(21) 熊本県八代干拓地、宇土の御輿来海岸、緑川流域の石橋群

070609
6月9日、土曜日、

昨日の午後の話から。

轟水源のある宇土から、南へ30分、旧竜北町(今は氷川町?)に、八代干拓地がある。その景観の写真を撮りにいった。八代海に突き出た農業用地だ。これを一周する堤防の道があり、そこを走ると、干拓地と海面の高さがよくわかる。

車を停め、屋根のルーフキャリアに上った。足の怪我で足元がふらつく。安定しない。へっぴり腰だ。それでも、海よりも、干拓地が低いのがよくわかった。そのための頑丈な堤防だ。オランダのようなところだ。

散歩していた人の話では、もちろん、今まで海の水が入ってきたことはないという。当然かもしれないが。干拓地の突端には、桟橋があって、釣りをしている人たちがいた。海を挟んで反対側は、不知火町だ。陸地まで直線距離で、1.5kmしかない。

宇土に戻りガソリンを入れ、国道57号線の天草街道を戻る。午前中通った御輿来海岸で、夕日を待ってみようと考えたからだ。宇土市が出しているパンフレットによると、「御輿来海岸の岩は頁岩と砂岩互層からなり、鬼の洗濯岩のようにみえます。別名「ふとん岩」とも呼ばれています。沖合いは遠浅の砂浜で、干潮のときは、見渡すかぎり美しい波模様が望まれ、有明海の奇勝を形づくっています。」とある。

午前中は曇っていたが、午後4時、うっすらと太陽も見えるし、夕方に賭けてみよう。どうせ、「肉ばなれ直前」なので、足を休ませたいし。今晩はここに泊まろうと思う。

干潮は午後7時ころと聞いた。今、4時40分。なんとなく潮が引いている感じ。海岸線が沖のほうにゆっくり伸びている。

午後7時、太陽は、ちょうど雲仙岳の頂上近くに落ちた。かなり干潟の波模様が現れたが、残念ながら、雲があって、赤くはならなかったが、それでも、薄暗がりに広がる波模様は独特だった。

暗くなりかけたころ、3人の観光客がやってきた。大潮のときも来たことがあるといい、そのときは、干潟が1.5倍くらい沖に伸びたという。大潮と夕日が重なれば、すばらしい写真が撮れるのかもしれない。

☆☆☆☆

そして今朝、4時半に目覚ましをかけて起きてみたが、空は雲に覆われて、雲仙も見えなかったので、写真を撮るのをやめて、もういちど寝た。起きたのは7時ころだった。

宇土を通過し、国道3号線を進む。国道218号線で、美里町に。ここには、緑川流域の石橋群がある。

まず、ふたつの川(津留川、釈迦院川)が合流する地点に、橋がL字型に架かっている「二俣橋」。その先には、「大窪橋」。丸い橋で、形が美しい。

そして、有名な「霊台橋」。単一アーチの石橋としては、日本一の大きさ。1847年に、肥後の名工といわれた、種山石工三兄弟が造り上げた。国指定重要文化財。石組がすばらしく、美しい。今、この霊台橋の隣に、国道の橋が架かっているので、車は通らず、歩いて渡れる。

国道218をさらに東に進むと、矢部町の通潤橋がある。ここは、近くの棚田撮影のときに立ち寄ったことがある。観光地だ。日曜日正午、「放水」があるらしい。

走ったりするのはまだ無理だが、足の痛みもほとんどなくなり、これで一安心。

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2007/06/08

2007初夏、車中泊の撮影旅(20) 天草崎津天主堂、宇土の轟水源

070608
6月8日、金曜日、

昨日の続きから。

口之津から天草の五和町までのフェリーは30分間だった。あまり乗客もいなくて、のんびりしたフェリー。デッキの椅子に座って青い海と島影を眺める。天気がいい。まるで夏だ。

漁船が近づいてきた。舳先に立っているのはおじいさんか。天草の漁師。年がいもなく、俺はおじいさんに手を振った。手を振り返してくれなかった。隣に座っていた母娘たちからじっと見られているように感じて、俺はぎこちなく手を下ろした。

上陸して、すぐ右方向へ走る。国道324号線だ。それにしても、午後の太陽光線はきつい。右側だけ黒くなりそうだ。

ヤシ並木を見ると、南国にいる実感がわく。道は、広くなったり、狭くなったりしたが、車も少なく、快適だった。下田温泉というところを通過。

国道389号線だ。「サンセットライン」というらしい。ここも一部は狭いところがあった。アップダウンを繰り返す。曲がりくねった海岸線の道。いくつかトンネルを抜けると、右手の高台に天主堂が見えてくる。それが大江天主堂。りっぱな建物だ。1年半前、ここに来た。このときは、敷地まで行ったが、今回は、遠くから眺めて写真撮って通過。

そして、富津トンネルを抜け、右折すると、崎津天主堂がある。

この天主堂は、中が畳敷きだ。天草のキリスト教はここを中心に広がった。乳飲み子を抱いた母親が「踏み絵」をさせられたこともあったという。今の静かなたたずまいからは、そういう悲惨で、血なまぐさいものは感じられない。

村の後ろの山には、チャペルの丘公園がある。500段以上の階段を上っていくと、公園からは、崎津の集落と海と天主堂が一望に見渡せる。ここは「香り百選」にも選ばれているが、公園まで、潮の香りが漂ってくるようだ。

それにしても静か。公園には俺一人。しばらく休んでいると、船が来た。周りが山に囲まれた湾だからだろうか、船のエンジン音が特別大きく感じる。

1年半前に撮った写真は、『栄養と料理』3月号(たぶん)で使っている。今回は、来なくても良かったのだが、どうしてもまたこの天主堂を見下ろす公園に立ちたくて、つい、フェリーに乗ってしまった。

崎津から、本渡市に出た。そこで食料を買い込み、熊本への道、国道324号線沿い、海に面した駐車場で夕食。有明町の道の駅まで、ここからたぶん5kmくらいだろう。今晩はそこで泊まる。

道の駅に着いたら、幸運にも隣に温泉があった。今日は風呂なしか、と諦めかけたときだったので、うれしかった。さざ波の湯だったかな。ゆっくりつかることができた。

☆☆☆☆

そして、今日、8日。

今朝は、7時ころ出発。国道324号線を快適に走る。海がきれいだ。松島町で、天草松島を見渡せるという展望台に行ってみた。千厳山というところだ。天草5橋や、遠くには雲仙岳が見えた。

下に下りて国道に戻り、橋を渡ろうとしたら、けっこういい感じだったので、車を停めて写真を撮った。ちょうど橋の下から漁船が出てきた。朝のさわやかな風も気持ちがいい。

ところが、ところが・・・。

トラブルは、予想外に起こるものだ。今度は、何? 写真を終わって、車に戻ろうとして、10cmくらいの段差の車道に下りたときだ。右ふくらはぎに激痛。石でも当たったかなと思ったが、車も途切れたときだし、状況的にそんなことは考えられない。どうも、肉ばなれを起したか? 

痛みはすぐに治まるだろうと、5分ほど休んでいたが、だんだんひどくなっているよう。ここから埼玉まで帰らなきゃならない。それを考えて不安になった。

とりあえず運転はできそうだ。ただブレーキのタイミングが遅れる。これは駄目だなと思ったとき、コインランドリーがあり、ここで洗濯しながら、どうしようか考えることにした。

洗濯物を入れたとき、ちょうど管理人がやってきて「所沢から?」と聞かれたので、車中泊しながら全国の田んぼや畑の写真を撮っているんです、などと話が始まってしまった。管理人は、それはうらやましいですねぇ、水俣の奥のほうにも棚田がありますよ、などとだんだん話が長くなっていきそうだったが、足の痛さが気になって、会話は上の空。

たまりかねて「この近くに医者か病院ないですか?」と聞いた。「どうしたんですか?」というので、さっきのいきさつを話したら、ここから5kmくらいのところに佐々木整形外科がありますよという。それで、まずその医者へ行くことにする。まだ8時だったが、もう診察はするでしょうとのこと。

佐々木整形外科はお年寄りでいっぱいだった。でも、「旅行中で」といったのが効いたのか、10分ほどで診察してくれた。医者は「肉ばなれになる前、筋肉の表面が傷ついたんでしょうね」という。それで応急処置でシップをし、包帯でぐるぐる巻きにし、サポーターをかぶせてくれた。完治するまでは3週間ほどかかるとのことだったが、これでなんとか旅は続けられそうだ。

痛み止めとシップ薬の処方箋を書いてもらい、隣の薬局へ。窓口の女性が「住所は?」と聞くので「埼玉県・・・」と答えると、怪訝な顔をしたので「旅の途中なので」というと納得したようだった。「これから埼玉まで、撮影しながら運転して帰るんですよ」「右足ですか?」「そうなんですよ。アクセルは大丈夫ですが、ブレーキが・・・」「それは大変ですね」「これもブログに載せますから、見てください」と、しっかりブログの宣伝だけはしておいた。

歩くときは、右足を引きずって歩くしかないが、薬が効いてきたのか、痛みは治まってきた。これなら大丈夫。みなさん、心配しないでください。(誰もしてないって?)

もう一度、コインランドリーのところまで戻り、洗濯物を回収。ちょうどおばさんが来て、この布団洗えますか?と聞くので、これは12kgって書いてあるので、大丈夫でしょうなどと説明したが、もしかしたら、俺を管理人だと思ったのだろうか。

三角港で、国道57号線に。島原湾に面した道を快適に走る。御輿来海岸ちかくに、新しい道の駅。ここで、宇土の轟水源を聞いた。町の中から行ったほうがわかりやすいと教えてくれた。

途中、長浜など、干潟が美しい海岸を通過。夕方はきれいらしい。今は、潮が満ちている。足もなんとか落ち着いてきたようだ。普通にしていては、痛みは感じない。ブレーキをかけるとき、少し痛む程度。

宇土市内から、「轟水源」の看板に導かれてたどり着いた。説明書きの看板によると、「昔から肥後三名泉のひとつとして知られ・・・この水源を導水して総延長5kmにわたる水道が轟泉水道で、現在使われている上水道としては日本最古・・・これは二代宇土藩主細川行孝によって発案、施設されたもので、石管を用いた地下水道です。現在も多くの人たちの飲料水に使用されています」

次々に人がやってきて、ポリタンクに水を入れていく。水源の水は大人気だ。コケの生えた古そうな取水口。まわりは木々に囲まれ、なんだか神秘的な雰囲気を漂わせる。


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2007/06/07

2007初夏、車中泊の撮影旅(19) 嬉野、川棚、大瀬戸、愛野のジャガイモ畑、千々石の棚田,

070607
6月7日、木曜日、

昨日、鹿島から嬉野へ向かった話から。

嬉野町は嬉野温泉、茶で有名。嬉野の街中から、南へ3,4km下ったところから、長崎県の川棚に抜ける山道がある。

山に向かって進む谷沿いは、茶畑が多い。最後の集落に、国指定天然記念物である、「嬉野の大茶樹」がある。推定樹齢340年、高さ4m、枝張り8mの巨大な茶の木だ。「さが名木100選」にも選ばれている。

「茶の木」と「棚田」とくれば、雲南省のアイニ(ハニ)族。雲南省南部の西双版納州、アイニ族という少数民族が住んでいる山には、樹齢800年の茶の木があった。ここは日本でも有名なプアル茶を栽培している一地区だ。ここで採れた茶葉がプアルの町まで運ばれ、「プアル茶」として出荷される。

村の宿に泊まっていると、夕方、茶畑から茶の葉を摘んで戻ってきたアイニ族の人たちが、宿の前を通っていった。茶の葉を管理する事務所があり、彼らは葉の重さを量ってもらい、それを現金に換え、商店で生活必需品を買うのだった。

たしか、この中国「茶樹王」の座は、800年のこの木ではなくて、もっと古い木が思茅地区で発見されてから、こちらになったのではなかったかな。(ちょっと、あやふや情報ですが)

峠を越えると、そこは長崎県だ。川棚町の木場棚田へ降りていく。「百選」撮影以来なので、もう6年ぶりだ。ここで、田植作業休憩中のおじさんと話し込む。昔の話をいろいろしてくれた。この棚田も石垣がすばらしい。石は、このあたりから出てきたもの。石垣はほぼ垂直に築かれている。今もコンクリートではなくて、石垣のほうがいいというので、訳を尋ねると、石垣なら上り下りできるし便利だからという。

昔は牛を使っていたというので、このまえ「壬生花田植」で聞いた「牛は水を怖がって田んぼに入らないでしょう?」と聞いたら「そんなことなかったです」という。昔は子牛のときから田んぼで使っていたので、水には慣れていたのでは、という。

農道も広くなって、コンクリートにしたが、昔、葬式のとき、このあたりはまだ土葬だったので、細いあぜ道を棺おけを担いで墓まで運んだ。

「一時期、みかんも作りましたけんね。わたしも和歌山県に研修にいって、みかん栽培を習ってきました。そのあたりの山も、あの山の上にもみかんを作りました」今は、もう、うっそうとした林に返っている。

九州北部には、「浮立(ふりゅう)」という祭りがある。唐津市相知の蕨野では、一昨年、その浮立を見た。ここの浮立は、山を越えた嬉野の村との交流があったので、村人が嬉野で覚えてきたことなのだという。天気が悪い日なんかは、みんなで太鼓や鉦をならして踊りの練習をした。テレビもラジオもなかったので、唯一の楽しみが、浮立の練習だった。この村の浮立は、おじさんが中学生のころから始まったようだ。

おじさんは「写真は大切だ」という。「1年2年ではわからないが、20年30年たつと、こんなことをしていたんだなぁと、いろんなことがわかる」 言われるとおり、写真の「記録性」の価値を評価するのは、現在ではないということ。こういう山村に住んでいるから、とくに、周りの変化に敏感なのかもしれない。

おじさんは言った。「わたしの代で、何もかも大きく変わりましたけんね」 今まで何代にもわたって受け継いできた集落と棚田は、おじさんの代で、がらりと変化してしまった。「自分の代で田んぼを荒らしたくない」と考えている人が農家の中には多いと聞く。だから、もしかしたら後ろめたさのようなものが、おじさんにはあるのかも。だから「写真は大切だ」などという言葉も出たのかなぁ。でも、仕方ないよね。おじさんのせいではない。個人ではどうしようもない時代の変化なのだから。

木場棚田を降りていくと、県道4号線にぶつかり、左折すると、すぐに国道204号線に出る。それをハウステンボス方向へ。ショートカットをして、202号線に出た。「ちゃんぽん」の看板に誘われて、食堂に入る。長崎といえば、ちゃんぽん。それくらいしか思い浮かばない俺は、遠いところから来た人。九州はやっぱり遠い。

国道202号線の西海橋を渡る。景色がいい。2kmくらい行くと、国道202、206号線の交差点があるが、その真ん中、大瀬戸町への山越えの道があったので上っていく。20分ほどで、大瀬戸町に着いた。

ここに来たのは「柳の防風垣」を撮るためだ。ところが「柳」とは、木の名前ではなくて、集落名だとわかった。どうしても「柳を使った防風林」というのがわからなくて、役場(今は市役所の支所)にいって聞いた。

役場から4kmほど北へ行くと、柳集落があった。その上に上ると、みかんとびわの栽培地が広がっている。その木を風から守るために植えられた木が、垣根のようになっている。それが「防風垣」だった。働いていたおじいさんに聞いてわかった。そして、その防風垣で一番美しい(良い)と評価されたのが(何か賞をもらったといっていた)、柳集落のそれだったのだ。

確かに、高い緑の垣根になっているが、丁寧に剪定されていて、美しいといえば美しい。盆栽のpセンスのある人かもしれない。みかんやびわ栽培に素人の俺には「何だろう」という不思議さは感じる。これも、日本の農業景観のひとつだ。

写真を撮ったあと、町に戻り、商店で冷たい飲み物を買って、さらに南下すると、道の駅、夕日がみえる丘そとめ公園があった。夕日がきれいなのだろう。まだ午後4時だったが、今日はここ泊まりにする。今朝も早かったし。食べるところもあるし、売店もある。(温泉が近くになさそう。残念) なんと言っても、雄大な景色が気に入った。

そして今日、6月7日。道の駅、そとめ公園を出る。

国道202号線から一山越えて、大村湾のほうに出た。時津町から海沿いを走る国道207号線に入る。この道は国道だが、リアス式海岸をくねくね走る細い道だ。でも、風景はいい。海までの斜面が段々の石垣になっていて、みかんが栽培されている。

地図で見ると、鹿島という島だろうか、島全部がみかん畑になっているようだ。諫早市を経由して、国道57号線で愛野まで。ここのジャガイモ畑が文化的景観の候補地になっている。昨日の、大瀬戸町の「防風垣」もそうだが、正直、地味な被写体かなと思っていた。

ところが、実際その場所に足を運んでみると、いろんな発見はあるし、こんな光景があるのかぁとびっくりするのだ。やっぱり実際自分の目で確かめないと、わからないことが多い。情報は知ることができても、どんな「感じ」かは、現地でないとわからない。だから旅が面白い、ともいえる。

役場でジャガイモ畑を見渡す場所を聞いたら(こういうのは役場に聞かないとわからない。一般的な観光地ではないから)、教えられたのは、山の中腹に建つペンション「マイティーム」。国道251号線を長崎のほうに走った山側にある。役場から約20分。みかん畑の細い道を登っていくと、しゃれた感じのペンションにたどり着く。そこでジャガイモ畑の写真を撮りに来たことを言うと、オーナーは、快く部屋のベランダに上げてくれた。もちろんお客がいない部屋の、だけど。

それが雄大な風景。畑そのものは収穫が終わってしまい、今は、畑は茶色だが、右手には海、そして雲仙普賢岳の雄大な山をバックに、まるで棚田のようなひな壇に見えるジャガイモ畑も、またいい感じだ。そこを国道が走っているのもよく見える。

ペンションでコーヒーを頼み、少し話をした。このオーナーは福岡出身だが、ペンションを開きたくて土地を探していたところ、ここを見つけた。風景が気に入った。2002年のこと。なんとなく「隠れ家」的な雰囲気のあるペンションで、リピーターの人たちが多いという。(連絡先は、0957-36-3400 ホームページ http://www/mari-time.jp)

070607_1ところで、オーナーは、この前、雲仙の噴火によって犠牲になった人たちを慰霊する16回目の慰霊祭の日、雲仙普賢岳の溶岩ドームから妙な雲が上がっているのを見つけた。偶然にしては、不思議な風景だなぁと、普段は写真を撮らないが、このときだけはデジカメで写真に撮った。それを見せてくれた。確かに人工的な雲に見える。不思議な雲だ。慰霊祭ということを知らなければ見過ごしていた雲なのかもしれない。たとえば、慰霊祭について無知な俺が見たとしても、たぶん気がつかなかったのではないか。見えるか見えないか、その人の心と無関係ではないということか。

山を下り、国道251号線を東に走り、愛野に戻り、そこから国道57号線で、千々石へ。ここには棚田百選の岳棚田がある。初めて来たときはなかったが、今は、展望台ができている。展望台は、集落の中へ入る道ではなくて、雲仙温泉へ通じる県道沿いにある。

すごい。下からしか見たことがないから、岳棚田がこういうふうになっていたのかと、初めて知った。

そのまま雲仙温泉街まで上った。硫黄の匂い。湯煙が上がっていた。道を南にとり、北有馬町に出た。そこから国道251号線で、半島の南、口之津まで。ここからフェリーに乗って、天草に渡ろうと思う。着いたのは、午後1時20分。今度の便が出るのが午後2時15分というので、このブログをアップしておく。


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2007/06/06

2007初夏、車中泊の撮影旅(18) 長崎県福島の土谷棚田、鹿島の有明海の干潟

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6月6日、水曜日、

昨日は2ヶ月ぶりの佐賀市。あの「アパレルアワビ」の町。(「アパレルアワビ」については、以前のブログ「佐賀市の不思議」を読んでください)

佐賀市から多久市、唐津市相知を経由して、玄界灘に出た。棚田百選の棚田が3ヶ所ある。佐賀県の浜野浦棚田、大浦棚田、長崎県の土谷棚田。

海に面した棚田は、日本独特といってもいいと思う。韓国にもあったから、日本だけということではないが、島国、しかも、海に面していても急斜面でないと棚田にはならない。たとえば、バリ島では、海岸沿いにも田んぼはあるが、海岸付近の傾斜はゆるくて、棚田になっていない。だから、ここは、日本の地形に合わせて作られた、独特の棚田景観だ。

浜野浦棚田は、苗が育って青々としていた。展望台も立派になっていて、駐車場も2つできた。大浦はあまり変わりない。

長崎県福島の土谷は、駐車場近くに、「夕日の見える棚田カフェ ばぁーばのキッチン」ができた。今年4月にオープンしたばかりだという。塩見さんたち、家族経営の店だ。(↑に掲載の写真)

棚田と玄界灘を見下ろす高台にあって、椅子が大雑把に並べられている。(きちんとしてないところがいい。なんだかとてもアジア的) コーヒーは150円。ソフトドリンクもある。料理としては、お好み焼き、焼きそば、これから暑くなったら冷やしソーメンなども出す予定とのこと。

「石垣だんご」と「よもぎまんじゅう」も売っている。どちらも1個50円。昔から食べられていた地元の食品だ。「石垣だんご」は、紫芋と普通のサツマイモが、サイコロ状になって入っていて、それが棚田の石垣に見えるからこの名前がつけられたらしい。ごつごつした外見で、蒸しパンゆう風の素朴な味だが、棚田を見ながら食べたらgood。

刻々と変化する海の様子を見ながら、コーヒーを飲んで、ゆっくりした時間をすごす。やっとのんびりできた。俺は急ぎすぎているのだろうか。「写真を撮る」ことを優先させると、つい、早め早めに動こうとしてしまう。

日が落ちてから、島の入り口にある国民宿舎で日帰り風呂。2002年ころ、雑誌(棚田特集)の取材で、この国民宿舎に泊まったことがある。今日は風呂だけ。300円。

予定では、このあたりで泊まろうと思っていたのだが、天気予報を聞いたら、明日晴れるらしいので、それなら干潟の写真を、と考えてしまった。今晩中に鹿島までいかなくては。なので、福島から県道を使って暗い山越えをし、コンビニで弁当食べて、伊万里市から国道498号線で武雄市を経由して、有明海まで出た。

国道207号線にぶつかり南下、鹿島市郊外の道の駅鹿島まで。看板が小さくて、いったん見落として行き過ぎてしまった。9時半。疲れた。すぐ寝た。

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そして今朝、午前4時に起きた。まだ薄暗い。道の駅の海側は、広大な干潟。だんだん明るくなってく様子は神々しささえ感じる。干潟に日が照ると、いろんな生き物が見えてくる。

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有明海は、干満の差が最大6mもあり、潮の引いたあとには、広大な干潟が現れる。もちろん日本最大だ。

泥の中を飛び跳ねているのはムツゴロウだろうか。頭をふりふり歩く姿はコミカルだ。前回佐賀のクリーク取材のとき、居酒屋で食べた貝(名前忘れた)も泥の中を動いていて、その跡が残っている。カニも食べたなぁ。シオマネキの塩辛。わらすぼ、くちぞこなども食べた。干潟は命の宝庫、食材の宝庫。

ビギナーズラックというやつか? ムツゴロウの飛び跳ねた瞬間の写真を簡単に撮ったのだが(掲載の写真)、あとで、もう少し気合を入れて撮ろうと思ったら、ムツゴロウは、なかなか飛ばずに断念。朝だけなのだろうか、活発に飛ぶのは。あとで、道の駅の中にあったパネルの説明書きには、ムツゴロウが飛び跳ねるのは、求愛のダンスで、オスだけらしい。朝は求愛のダンスが多いということか?

鹿島市には、茅葺民家が数軒残っている区域があるので、寄ってみた。伝統的建造物保存地区に指定されたばかりで、これから整備されるらしい。茅葺屋根にシートが掛けられたりしていた。

鹿島市から、嬉野市を目指す。

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2007/06/05

2007初夏、車中泊の撮影旅(17) 福岡県宝珠山の竹棚田、朝倉市山田堰

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6月5日、火曜日、雨のち曇り

昨日午後、ブログをアップしてから、福岡県添田町から宝珠山村に抜ける県道52号線は、途中すごく狭かった。峠の研石トンネルを抜けると、宝珠山村の竹地区だ。ここに棚田百選の棚田があって、過去2回来ているが、この道を通ってきたのは初めてで、林を抜けたと思ったら、棚田が見えてくるところはなかなか良かった。まだ田植が済んでいないところも少しだけあった。ちょうど田植をしている人もいる。

村の中に車20台ほど停められる駐車場ができていた。展望所も作られていた。だいぶ整備された。

ここはなんといっても、石垣のすごさだ。谷を挟んで反対側から見ると、なおいっそうそのすぐさがわかる。一個一個積み上げていった人たちのことを想像するだけで、鳥肌が立つ。よくもまぁ、これだけの大仕事をやってのけたものだ。

今回は行かなかったが、近くの「岩屋公園」の岩山の頂上から、竹の集落と棚田が見渡せる。

竹の棚田から、県道52号線を下る。国道386号線にぶつかる。それを右折(西へ)。しばらく走ると、道の駅、原鶴がある。ここは原鶴温泉が有名だ。ここの案内所で、筑後川の山田堰の場所を聞いた。車で5分ほどのところにあった。

この堰を管理している土地改良区の事務所があり、少し話を聞くことができた。山田堰は、国内で唯一の石張りの堰。江戸時代初期に作られた当時を忍ばせるような姿を残している。朝倉市内の656haの水田を潤す。

今年はまだ堰の水門を全開にしていないので、水は用水路を少ししか流れていない。6月18日に全開し、通水する。秋の10月20日前後まで水を取り入れる。だから冬から初夏にかけて、この下流に当たる菱野三連水車は回っていない。(解体されていると聞いたので、今日は行かなかった)

この菱野三連水車には、4年ほど前に来たことがあったが、てっきり観光用の水車だとばかり思っていた。でも、話を聞いてみると、まったくそうではなくて、また、だからこそいいのだが、山田堰で取り入れられた用水路の水を、田んぼの面の高さまで上げるための水車だったのだ。(朝倉三連水車は観光客用に毎日モーターで回されている)

あくまでも実際に使っている農業用の水車。全国、水車は多くなったが、観光ではなくて、実際使っている水車は珍しいのではないだろうか。ところで、木製の水車なので、5年に1度作り変えられるという。

山田堰には神社「水神社」があった。昔、水難事故などがたびたびあったので、ここに神社を建てたという。神社の下を用水路が流れている。許可をもらって、階段を下りて、堰の水を間近に見れる場所までいった。水門はほとんど閉まっているので、いったん堰に入った水が、本流の方に戻されている。

4月上旬、雑誌『ひととき』(6月号と言っていたので、もう出てるはず。JR西日本の雑誌です)の取材で、佐賀県のクリークを訪ねたが、そのときも、筑後川の水の有効利用方法、佐賀平野では水に苦労していることなど、いろんな人に聞いた。ほんとに、水がないと、人は生きられない。当たり前の話だが、あらためて水の大切さを思う。特に今日のような暑い日には、水を大量に飲んだし。生命は水で作られる。

撮影後、道の駅原鶴に戻る。今朝は早かったので、早めに寝よう。日が落ちたら、だいぶ涼しくなってきた。

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そして今日は、6月5日。雨のち曇り。

うかつだった。蚊に対する準備をすっかり忘れていた。昨日の夜、とうとう蚊にやられた。明け方まで蚊と格闘。10匹はつぶしたが、最後の1匹がつぶせず、結局、喰わせるだけ喰わせれば満足して止めるだろうと思って、探すのをやめた。うとうとできたので、蚊も満腹になったのだろう。それにしても、なんであんなに沢山入っていたのだろうか。寝たのは午前3時ころ。そして目覚めたのは午前8時ころだった。

雨の中、道の駅原鶴を出発。7分ほど西に走ると、三連水車が左手に見える。これが観光客用の朝倉三連水車だ。(掲載の写真) 本物は、木製だが、これはステンレス製。モーターで回し、水は用水に戻している。大きな駐車場と、物産館、レストランなどの施設がある。

佐賀市を目指す。途中、甘木市のドラッグストアで、電池で使う蚊取りを買う。これで大丈夫。国道34号線で、佐賀市へ。北にある石井樋公園にいった。4月上旬も来たところだ。石井樋は、嘉瀬川から多布施川へ水を分ける取水施設。

さが水ものがたり館の館長さんにも再会。今回は別件で、多布施川の写真を撮りに来たのだったが、ついでに、前回取材させてもらった雑誌『ひととき』が編集部から届けられていたので、見せてもらう。

多布施川周辺は公園になっている。適当な場所で写真を撮る。ブログをアップ。

これから、日本海に面している佐賀県の棚田へ向かう。


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2007/06/04

2007初夏、車中泊の撮影旅(16) 広島県「壬生花田植」、下関から九州へ

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6月4日、月曜日、

昨日の続きから。午後、壬生の花田植の祭りは最高潮に。さっき商店街で踊りを披露した小学生の田楽団のあと、本地花笠おどりの一団がやってきた。
「これは何だ?」と思わず目をみはってしまう。花笠とはこれのことか。山形県の「花笠踊り」とは、ぜんぜん違う。こっちのほうが派手だ。大きな傘状の骨に和紙の白い花をつけたもの。すごい。回転して踊る。傘の中で踊っているのは全部男性だそうだ。

次に、田んぼに飾り牛が入って、代掻き作業の真似をする。一列になって田んぼの中を、うねうねと歩く。ちゃんと牛は言うことをきいている。調教のたまもの。会場のアナウンスが、牛について解説してくれる。神社で準備中に聞いた話とだいたい同じ。

今は機械が発達し、牛を使役に使わなくなったので、調教が大変。音楽を聞かせたりして、1年間、世間に慣らす、田んぼに慣らす。牛は「農家の宝」。田んぼの労働で使い、最後は肉になる。

インドネシア・スラウェシ島のトラジャ族でも、水牛は「富」の象徴だった。どれだけ水牛を所用しているかが、その家の裕福度を示している。だから、「トンコナン」と呼ばれる船の形をした民家の軒には、水牛の角がたくさん飾ってある。ここは1週間続く葬式でも有名だが、その儀式で何頭の水牛を犠牲にできるかが、やっぱり裕福度を表わすと聞いた。(トラジャの葬式の写真は、a-Galleryで掲載しているので、そちらでどうぞ)

最後に、壬生田楽団と川東田楽団の入場。早乙女たちは、一列に並んで田植をする。その後ろでは、太鼓を打ちながら踊る男たち。これがメインイベント。彼ら田楽団は、過去、アメリカでも公演したことがあった。そのときは、実際田んぼを作って、1週間にわたって公演したのだという。芸能としてはかなりレベルが高いのは、俺にもわかる。

出店の数もそれほど多くなく、でも、子供たちが焼きそばなんか食べているのを見ると、懐かしい感じがした。素朴なんだけど、派手な祭りに、「いいなぁ」と感動した。

終わってから急いで道の駅に戻り、昨日も入った温泉アザレアへ。今日は無料開放。さっぱりしてから、出発。広島を目指す。そこで国道2号線に出て、西へ向かう。国道だが、バイパスにPがあったので、ここで泊まる。

☆☆☆☆

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そして今日は、6月4日、月曜日。午前4:45にPを出発。空がだんだん明るくなってきた。宮島が見える。ちょうどそのあたりで、太陽が出そうになったので、車を停め、朝焼けの写真を撮った。

国道2号線で、岩国市、徳山市、防府市、山口市などを経由して下関市まで。この国道2号線は、朝のラッシュに引っかかったせいか、ずいぶん混んでいたので、だいぶ時間がかかった。

下関から九州へ渡る。関門海峡フェリーを使う。本州・九州最短フェリーで、わずか13分。軽自動車550円、普通自動車750円。2隻で運行していたが、1隻エンジントラブルか何かあって、今は残りの1隻で運行。2隻に復活するのは、経営的にも厳しい事情があって、断念したと書いてあった。フェリーとしては最短だが、時間的にはもっと早くて便利な道路を使うのが普通なのだろう。でも、旅人には、のんびりとしたフェリーがお勧めだ。

下関発11:20。10数分で小倉に着いた。小倉の街中では道に迷ってしまい、こういうときカーナビ便利だなとあらためて思う。市街地で迷ってしまうと、なかなか元に戻れない。

なんとか小倉駅前に出て、国道322号線に入ることができた。これをずっと南下すると、香春町に。ここからは県道52号線で南に。ここはどのあたりだろうか。添田町くらいか? 新しそうな道の駅があったので、休憩、そしてブログアップ。

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2007/06/03

2007初夏、車中泊の撮影旅(15) 広島県千代田町の「壬生花田植」

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6月3日、日曜日、曇り時々晴れ

昨日、2日の続きから。井仁の棚田を見たあと、ブログをアップし、国道191号から261号線に入った。峠を越えると千代田町だが、その手前、両側がすごい石垣の棚田が続く。ここが棚田百選に入ってないのが不思議なくらい。立派な石垣と民家。下から見上げると、まるで山城のよう。

停まらないわけにはいかないでしょ。こんな立派な石垣を見ては。車を停めて歩いて棚田の農道を登っていく。ちょうど、おばあさんが歩いてきた。

「立派な石垣ですね。ここはなんというところですか?」「鈴張というところです」 山城のように見えた民家の住人が、おばあさん一家だった。明日の花田植を見に、千代田へ行く途中、すごい石垣を見たもんで、つい停まってしまいました」「そうですかい? 花田植は、この近くでもやりました。5月下旬でした」「ここは有名な棚田なんですか?」「ちょくちょく写真撮る人、参られるなぁ」「そうでしょうね。立派ですからね」「上から見られるといいですよ」 鎌を持ったおばあさんは、足取りも確かに、あぜ道を歩いていった。

おばあさんと分かれて、上に上った。民家ではおじいさんが植木の手入れ。しばらく立ち話をして、さらに上に。高速道路が視界に入ってしまう。だから、ここは下からの方がいいようだ。自動車の音が気になるのは、しかたないか。国道と、高速が通っている。

すごいなぁと思ったのは、民家の後ろまで棚田が迫っていて、屋根と同じ高さに田んぼがある。田んぼの下に民家があるように見えるのだ。(↑に掲載の写真) これも、石垣同様に、なるべく田んぼの面積を増やそうとしてきたことの結果だろう。

村の下から山城の写真を撮っていると、車が通りかかり、50代くらいの奥さんが「いい写真撮れました?」と声をかけた。「はい」といって、またこの石垣の立派なことを褒めると、「ここよりもいい棚田がありますよ。そこは棚田百選ですから」というので、「場所はどこですか?」と聞いたが、度忘れしたようで名前が出てこない。たぶん、井仁棚田のことだろうか。指をさす方向からするとそうだ。「時間があったら案内しますのに」というので「そんな。申し訳ないので、いいです」と断る。

峠を越すと、千代田町だ。道の駅に寄る。明日の祭りの会場、温泉、そしてコインランドリーの情報を聞く。

雲南省でも、祭りを見るためには、少なくとも祭りの前日までに行っておいて、下見をしていた。どこで行われるとか、それこそ、本当に行われるのかどうか、その場に行ってみないとわからないからだ。

それで、その癖が直らず、さっそく行ってみた。花田植の会場は、道の駅から約600m東方向の、壬生というところで、幟が立っていたのですぐわかった。30m四方の田んぼがあった。「貴賓席」というカードも立っている。どのくらい人が集まるのだろうか。

今度は、コインランドリー。交差点にあった。洗濯物がたまっていたので、これで安心。一応、俺も「人並みの下」くらいには清潔だ(と、思う)。

温泉は、運動公園の中にあるアザレアという施設で、道の駅では「すごく清潔ですよ」と教えられたのだが、本当だった。明日の祭りの日は、無料開放されるらしいが、今日は350円。(宿泊もできるようだ) 露天風呂はないが、サウナがある。大きな湯船に俺だけ。贅沢な気分。

スーパーもあったので食料を買い込むことができた。36円の缶コーヒー。安い! 「安いだけあって、これはあまりうまくないよ」と、そこにいた客のおじさんが俺に教えてくれた。「安いのはいいよね」 この町は車中泊の旅人には、いい環境だ。

夜、道の駅でトイレに行ったとき、「コンバンハ」という外国人と会った。インドネシアから鋳物の技術を習いに来ている青年。日本に来て1年たつ。ジャワ島のソロ出身。「2回行ったことあるよ」と言ったらびっくりしていた。

ソロといえば、バティックが有名。ちょうど車のカーテン代わりに使っているのが、ソロで買ったバティックだ。彼は、広島のインドネシアの友人を待っているところ。明日、野球大会があって参加するらしい。立ち話をしていると、そこに通りかかったのは、欧米系の金髪女性。俺たちに「コンバンハ」と挨拶して通り過ぎた。いったいここはどこだっけ?と、一瞬めまいのようなものを感じた。

☆☆☆☆

そして今日は、6月3日、日曜日。

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今回が初めての祭りの撮影だ。壬生の花田植祭り。この花田植祭りは、国の重要無形民俗文化財に指定されている。「壬生の花田植保存会」で出しているチラシによると、「・・・これは田の神を祭って稲作の無病息災と、豊穣を願う農耕儀礼であるが、同時に苦しい田植え仕事を楽しくしようとする方法でもあった。・・・」

壬生神社では、飾り牛13頭の飾り付けが行われていた。龍の彫刻をほどこしたものなど、立派な花鞍を胴体に固定する。尻尾は藁と三つ編みのようにする。泥の撥ねを和らげるためらしい。

牛は今現在、農耕では使っていないので、調教しないといけない。それが大変だ。水牛と違って、牛は水が嫌いだという。水に入りたがらない。だから田んぼに入るのも慣れさせないといけないし、少しうるさくても暴れたりしないように、毎日音楽を聞かせ、雑音に慣れさせているのだという。この祭りの飾り牛として、かなり努力している。昔なら、毎日田んぼで農作業していただろうし、その苦労はなかったかもしれない。

同じチラシによると「この地方には古くから囃し田という行事があった。・・・大地主の中には、自家の田植には沢山な人を集めて盛大に囃し田をやるものもいた。これに参加する牛には、豪華な花鞍を更に造花で飾り、早乙女等は今日を晴れ着飾った。その様子が余りにも美しいので花田植と言ったらしい。」

商店街では、小学生の田楽団が踊りを披露した。素朴だが華やかな祭り。

祭りは「ハレ」の日。非日常の時。祭りが終わると、日常生活、「ケ」の日に戻る。

最近は、「ハレ」と「ケ」の区別が付きにくくなっている。祭りも「個人化」が進んでいるのかも。しかも、一年に一度とかいうサイクルでは遅すぎるとばかり、一日の中に、小さな「ハレ」と「ケ」を作っている。たとえば、日中仕事をして、夜は飲んだりカラオケやったり。それが小さな祭り。

道の駅から、祭り会場まで無料の巡回バスが出ていた。まだ花田植まで時間があったので、財布を取りにいったん道の駅に戻る。


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2007/06/02

2007初夏、車中泊の撮影旅(14) 萩市、秋吉台、広島県井仁の棚田

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6月2日、土曜日、曇り

昨日の昼ころ、萩市に到着。少し市内散策。萩は、400年前、毛利輝元によって作られた城下町だ。旧市街には、高杉晋作誕生地の家、重要文化財の菊屋家住宅、木戸孝允旧宅などが点在している。とくに、菊屋横丁は、日本の道百選にも選ばれている、白壁(なまこ壁)が続く通りだ。

中学生の集団がいて、「こんにちは」と元気に挨拶された。聞いたら、社会科見学できているらしい。どこから?と聞いたが、埼玉の俺には聞いたことのない地名だった。それにしても、彼らは、みんなに(町で工事している作業員にさえ)きちんと挨拶する。「こんにちは」と挨拶されて作業員も少し照れくさそうに「こんにちは」と挨拶を返す。みんなに挨拶するようにと教えられてきたのだろう。その初々しさは素朴で悪くない。そういえば、俺が中学のとき修学旅行で来た東京で、外国人を見たら「ハロー、ハロー」と挨拶していたなぁ。英語以外の言葉をしゃべる外人がいることなど知らずに。

高杉晋作誕生地の家は、平日は公開していないようだ。門は閉まっていた。写真を撮っていると、宅配のおじさんがやってきて「ここが高杉晋作さんの家だよな」といって荷物をポストに入れていった。まだ生きているような言い方に、内心笑った。ハンコ、いらんの?

通りで人だかりができていた店。覗いたら、萩名物のお菓子を売っていた。俺もつられて、つぶあん入りの最中を買って食べた。程よい甘さ。

萩市から、秋吉台に向かう。車で40分くらいだ。ちょっと聞くことがあったので、美東町の役場に寄った。ドリーネ畑の場所をしりたかった聞いた。でも、観光課は、秋吉台エコミュージアムの中にあるという。そこまでは役場から車で20分くらい。

エコミュージアムの職員が地図を示して丁寧に教えてくれた。ドリーネ畑が耕作されているのは、長者ヶ森駐車場の手前、斜面の下の方にあった。カルスト地形の秋吉台にはところどころ窪地があり、そこを畑として使っている。栽培している作物は、ゴボウやキャベツなどだという。

ちょうど行った時、農家の人が作業していた。緑の草原の中に直径30mほどの円形の畑。独特の景観だ。ミステリーサークルのようにも見える。

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さて、帰ろうかな(どこへ?)と思ってエンジンをかけたとき、駐車場にいた外国人に声をかけられた。「トコロザワから? これで旅しているの?」「所沢って知ってるの?」

彼はバイダル・アティッラさんといって、移動販売の車でアイスクリームを販売しているトルコ人だった。だから、アイスは、もちろんトルコ風の、粘りのあるアイスだ。(ドンドルマだっけ?) いつもこの駐車場で商売している。カップで300円、コーンは350円。いくつかの雑誌でも彼の店が紹介されている。それを見せてくれた。

あとで、日本人の奥さんと、愛犬「マロン」もやってきた。バイダルさんは、10数年日本に住んでいて、日本語はぺらぺら。かなりの日本通だ。埼玉にも住んでいたことがあるので、「所沢」の漢字も読めた。今は美東町に住んでいる。

彼らの話は面白くて、1時間くらいしゃべっていた。俺も20年前(ずいぶん昔だ)、トルコにいっているし、山形県寒河江は、さくらんぼ繋がりで、トルコのどこかの町と姉妹都市だったのではないだろうか。(不確か情報) 寒河江の道の駅には、トルコ館という建物、そしてトルコ人が、ドネルケバブのサンドイッチを売っていたことがある。そんなことがあり、トルコに関しては親近感がある。

ブログに載せていいというので、彼の写真を撮る。彼らは日の落ちる7時ころまでいるというので、俺は、萩市に戻ることにした。泊まりは、萩市にある道の駅。

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今日は、6月2日。萩市を出て東へ向かう。江津市までは来た道を逆戻りだ。

どうしてかというと、明日3日(日)、広島県千代田町で、田植え祭りがあるからだ。実は、今回、この祭りの日に合わせようとしていたので、速くなったり、遅くなったりして時間調節していた。

でも、実際、天気やトラブルでどうなるかわからなかったので、明日の祭りに行くかどうか、今日まで決めずにいたが、なんとか、行けそうなので、道を戻ることにした。写真を優先させると、そういう旅になってしまう。当日にならないと、どこへ行くかわからないという・・・。

益田市のマックで朝食兼原稿書き。今日は曇りらしい。涼しくていい。

江津市へ行くつもりだったが、益田市で、道を間違え、国道9号線ではなく、191号線を走ってしまった。気がついたのは、だいぶたってから山道が多くなり、どうして海が見えないのかと思っていたら、違う道だとわかった。でも、このまま進めば、戸河内の棚田があるので、たぶん、この棚田に呼ばれたんだろうと解釈して、そのまま進んだ。目的地までは、少し遠回りにはなるが。今日は移動だけなので、時間があるので大丈夫。

戸河内インターの交差点から、186号線を600mくらい進んだところの狭い道を左折。道は忘れていたが、今は、「井仁棚田」と立派な標識が立っていたので迷うことはなかった。

「トンネルを抜けると棚田だった」と本や雑誌に書いたのは、ここ井仁棚田に初めてやってきた7年前のこと。戸河内からやってくると、この狭くて暗いトンネルをくぐることになる。車は中ですれ違えない、と思う。それくらい狭い。ただ、まっすぐなので、向こう側に車が近づけばわかるので、譲り合って通るのに問題はない。

そして抜けたとたん、棚田が広がる広々とした谷に出る。この自然の演出が効いている棚田だ。棚田の数は、324枚。昔、ここは筒賀村といったが、今は、安芸太田町になっている。展望所に立つと気持ちがいい。緑色の若々しい苗がそよ風に吹かれて揺れている。水の音、鳥の声。ゆったりした気分に浸る。

毎週日曜日、8:30~13:00、「棚田青空市」が開かれるようだ。今日は土曜日。明日が市の日? ただ明日は特別な日でもあるようだ。たまたまだが、明日、6月3日は「第9回井仁棚田体験会」が開かれる。10:00から。明日はにぎやかだろう。

そのまま道は山を下り、田之尻のほうに下り、国道191号線にふたたびぶつかる。これを広島方面へ。太田川沿いの道。雄大な風景が続く。

ここはなんというところなのか、エレベーターまでついているショッピングセンター(でも古い建物)があったので、食事。兼、このブログのアップ。


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2007/06/01

2007初夏、車中泊の撮影旅(13) 島根県江の川、浜田市、戸田柿本神社、中垣内棚田

070601
6月1日、金曜日、晴れのち曇り小雨

昨日は、石見銀山の龍源寺間歩を見たあと、昼過ぎて、観光客の数も増えていた大森の町に戻り、国道9号線を目指す。

次の町、温泉津が古い町並み保存をやろうとしていることを、おじいさんから聞いたので、街中に入り、ちょっと車で見物してから、江津市に。

街郊外の島の星山(高角山)に上った。狭い道だが頂上の展望台近くまで車でいけた。駐車スペースに車を停めて、歩いて頂上の展望台に。そこから、江の川の河口と、角の浦と日本海が見渡せた。雄大な景色。少し雨がぱらついた。

江の川は全長194kmで、中国地方最大の川。昔は船運が盛んだったという。

山を降りて、町を通過し、国道9号線で西へ向かう。途中のスーパーで食料と飲み物を買う。市内から数km、石見海浜公園、大崎鼻辛の崎に灯台がある。ここから見る白砂青松の砂丘海岸、角の浦、江津の町、室神山(浅利富士)、日本海のパノラマはすごい。

浜田市の道の駅、ゆうひパーク浜田は、バイパスの9号線沿いにあった。今晩はここに泊まる。

駐車すると、隣の車におじさん。車内がちらりと見えた。生活感がありありだ。車中泊の旅人だと、最近は勘でわかるようになってきた。

「どこからですか?」と聞いたら「湘南から」という。「湘南は、東京の南の・・・」と、おじさんはいうので、「わかりますよ。俺は埼玉ですから」「へー、そうかい。埼玉だってよ」と、後ろで横になっていた奥さんに声をかける。

彼らは、これから北海道を目指す。俺は九州。もっと話をしたかったが、夕日がきれいになってきたので、俺は海の見える場所に移った。そこで暗くなるまで写真を撮る。

それにしても、「車中泊の旅人」というのは、かなりいるなぁ。7年前、棚田百選を回っていたころ、そんなに車中泊の旅人には出会わなかったような気がするが。

日本人の「旅行」に対する考え方の変化を感じる。今までだったら、年配の夫婦で旅行といえば、温泉旅行のような、いい宿に泊まって、おいしいもの食べてというもの。ところが、豪華な宿や食事にではなくて、むしろ、いろんなところを、あまりお金をかけずに見てまわりたいという価値観を持った旅人が増えてきた、ということなのだろうか。

お金さえ出せば、何でも買える今の日本で、よほど高価な宿や食事なら、それこそ俺にとっては「非日常」であることは間違いないが、それでもそこに大きな価値は見出せない。もちろん、人それぞれなので、どういった旅の仕方でもいいわけだが。

「旅」の原点は、「非日常」を感じること。そして、いろんなところを見たい、知りたいということだろう。

これはバックパッカーの価値観と言えるかもしれない。日本人の、全年代にわたって、旅人のバックパッカー化が進んでいるとしたら、俺としては、仲間が増えるということで、うれしく思う。

雨がぱらついて、カメラと三脚を持って、道の駅の建物に雨宿り。レストランの従業員が通りかかり、「雨ですね」と声をかけた。「この前、ここで、すごく大きな虹をみました。あれは誰か写真に撮っていたんでしょうか」と彼女は言った。そんな虹を俺も見てみたい。

雨が降ったり止んだりする中、島の後ろの海に落ちる幾筋もの光線を撮る。なんだか、この前の砺波平野の散居村のときと似てるなぁと思った。

この道の駅には、レストラン、食堂、モスバーガーが営業している。しかも夜10時ころまでやっていて、ドライバーには便利な道の駅だ。俺も食堂でカレー。周辺情報もたくさんある。日帰り温泉リストはためになる。大きな休憩室にはテレビもあるし、テーブルで原稿書きができる。

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そして今日、6月1日。とうとう6月。今朝6時に道の駅を出発。益田市で9号線と別れ、国道191号線に入る。市内から約7kmのところから、山側に入っていくと(かなり道を間違えてうろうろしたが)、戸田柿本神社というのがある。この近くに柿本人麻呂の遺髪を祀った墓もあった。ほんとうは、神社や墓ではなくて、この周辺の田園風景がいいと聞いてやってきたのだったが。

せっかくなので、墓の写真を撮っていると、声をかけられた。柿本神社の49代宮司の綾部さんだった。「どこからですか?」と訊かれたので「埼玉です」すると、川越市に、綾部家の末裔の家が20戸ほどあるという。12代前、ここから川越に移っていったらしい。氷川神社にも人麻呂像が祀ってあるそうだ。氷川神社といえば、骨董市が開かれる神社ではなかったか。初詣もいったことがある。そんな関係があるとは、まったく知らなかった。4月18日にはお祭りがあるので、綾部さんは呼ばれて、川越にいったことがあるという。

ところで、ここ戸田村には、村人の氏神を祀った小野神社というのがあった。(今は、石と石垣が田んぼに少し残っているだけ) 柿本神社は、だから村の神社ではなくて、綾部家個人の神社だった。代々綾部家が神社を守ってきたが、先代までは、女系で継がれてきたらしい。昭和38年ころまでは、神社境内から日本海も見えて展望が良かったそうだが、今は、林に覆われて神社も隠れてしまっている。

偶然にも、すごい人物にめぐり合えて、おもわずタイムスリップしたような気がした。

ところで、ここからひとつ山を越したところが、中垣内という集落。棚田百選に選ばれている棚田がある村だ。ということは、俺は、数年前、山の反対側から、ここに近いところまで来ていたのだ。そのときは、もちろん棚田しか興味はなかったので、この神社や墓のことも知らなかったが。

山を越えていってみた。どんなところかほとんど覚えていない。あのときは、大雨が降っていた中、撮影していたし。

このへんだったろうかというところの民家の前に、髭が立派なおじいさんがいたので、棚田のことを尋ねてみた。するとこの先400mくらいから見えますよと教えてくれた。いってみたら、きれいに見えた。でも、以前は、谷の向こう側から撮影したことがわかった。この角度で棚田を見るのは、だから初めて。

写真を撮り始めたら、1台の軽トラック。なんと、さっきのおじいさん。何事かなと思ったら、「石垣を見るなら、もっと先まで行ったほうがいいよ」と、わざわざ教えに来てくれたのだった。

そして、俺が埼玉から来ていると知って、とても驚いていた。「せっかく来たんだから、回り舞台も見てってな」と言って去っていった。棚田撮影後、その回り舞台にいってみたら、地元の奥さんたちが、境内の草取りをしていた。回り舞台の、下の戸を開けて見ていいよといわれて覗いてみた。これは4人の男が人力で回すのだという。実際芝居をやっているところをいつか見てみたいと思う。

国道191号線に戻り、山口県萩市を目指す。途中、阿武町の道の駅で休憩。

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