カテゴリー「ひとり会議」の21件の記事

2009/04/25

【ひとり会議 その二十一】  SMAPの草なぎ剛さん

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【ひとり会議 その二十一】  SMAPの草なぎ剛さん


ビーノ: びっくりしたね。SMAPのクサナギくんが逮捕だって。しかも、公然わいせつ罪だからね。

ボゾルグ: そうだね。「嘘だろう」と思ったよ。でも、それと同時に、「やっぱりやったか」とも思ったよ。

桃: どういうことよ?

ボゾルグ: 草なぎくんは、「いい人」で売っているけど、プライベートでは違うんだろうなと、ひそかに思っていたから。先生や警察官や公務員とか、まじめで硬い仕事の人が、けっこう羽目をはずしてしまうってことが多いような気がするし。

ビーノ: クサナギ君は、「日本で一番有名な凡人」なんていう人もいるね。

桃: ビーノ、なんてこと言うの。ひどいよ。私、草なぎくんのファンなんだから。

ビーノ: ボクが言ったわけじゃないよ。しかも、悪い意味でもないでしょ。

ボゾルグ: 俺も、最初ニュースを聞いたとき、さっきもいったように「やっぱりやったか」と思ったけど、昨日の記者会見を見て、ちょっと彼に対しては見方が変わったな。

桃: 彼は本当にまじめなのよ。「いい人」を演じているわけじゃわ。

ボゾルグ: うん。たしかに彼はまじめなんだなと思った。大きな問題になってしまったけど、逃げないで、自分でちゃんと記者会見して自分の言葉でせいいっぱい説明しようとしている姿に、誠実さを感じたよ。

ビーノ: でも、記者会見で、クサナギくん自身が、自分は酒に飲まれやすく、いつかは失敗するかもしれないと思ってたみたいなことも言ってたよね。

桃: 完璧な人なんていないよ。酒飲んで失敗する人なんて、世の中たくさんいるじゃない。こんなの「犯罪」じゃないよ。

さぶじい: そういえば、外務大臣が、酒に酔ってへべれけになって会見する姿が世界中に放映されたということがありましたな。

ボゾルグ: あれは恥ずかしかった。

桃: それより、ましでしょ? 今回の件は、世の中騒ぎすぎだと思うわ。あの鳩山邦夫総務相の発言は何? 自分を何様だと思ってるの? 「アルカイダから爆弾情報を得ていた」といって非難された人よ。あんたにだけは言われたくないよ、「最低の人間」なんて。草なぎ君をさんざん利用しておきながら、ちょっとでもミスをすると徹底的に非難して、自分の所に火の粉が飛んでこないように予防線を張る。そういう機敏さは、さすが政治家だわ。

ボゾルグ: 俺も、だんだん怖くなってきた。マスコミの騒ぎ方は異常だよ。裸になったというのも、どうも、自分の部屋に帰っていると勘違いしたのかもしれないそうだし。そういうことってあるよ。酒に酔って、トイレと勘違いして、俺のスポーツバッグにおしっこした友だちがいるけど、翌日聞いたら、さっぱり覚えていなかった。

桃: そんな友だちといっしょにしないで。

ビーノ: でも、酒で問題を起こしそうだと分かっていたなら、ちゃんと注意すべきだったんだよ。普通の人じゃなくて、超有名人なんだから。影響が大きいよ。普通の人のように、酔っ払って裸になりました、ハハハ、で終わる話じゃないでしょ。

桃: そうかもしれないけど、あまりにも厳しすぎない?

ボゾルグ: 「血祭り」ってあるじゃない。なんだか今回の件は、「待ってました」とばかりに、「祭り」に飢えた日本人が、かっこうのエサにありついたって見えるんだけど。たとえば、公然わいせつとはいっても、公園には一人だけだったんだから、うるさい声に迷惑した住民の人たちを除けば、被害者はいないし、尿検査や、家宅捜索で、薬物もなかった。だから、ある意味、すごく単純な事件。もし、薬物なんか出てきていたら、今度は、SMAPのメンバーに捜査が及んだり、誰から買ったとか、密売ルートも解明しなければならなくなる。でも、草なぎ君の件は、そうじゃなかったので、ある意味、安心して「血祭り」にあげられる。事件の裏には何もなく、どうせ、すぐ沈静化するのは分かっているわけだから、マスコミも、視聴率取れるのは今だけだと、短期集中的に取材攻勢をかける。

桃: 警察官の制止を振り切っても、草なぎ君を乗せた車に群がるカメラマンの姿を見ていたら、どっちが「悪者」って言いたくなったわ。

さぶじい: そうですなぁ。ボゾルグさんがおっしゃるように、「祭り」ですな。「祭り」を楽しんだ後は、何事もなかったように静かになるんでしょうな。あるいは、別な「祭り」を探すということでしょうか。

ボゾルグ: 「祭り」を提供し続けないと、マスコミは生き残れないのさ。今回の「祭り」では、とてつもなく大きな花火が上がったような感じだね。まさに「血祭り」。謝罪会見もきちんとやったので、この「祭り」もすぐ終わるんだろうけどね。

桃: きちんと謹慎して、けじめをつけてから、早く出直してほしいわ。

ビーノ: そう簡単に終わるかな。ファンにはそれでいいかもしれないけど、仕事関係では、とても大きな損害を与えてしまったわけで。許されないんじゃない。

桃: ビーノ、今回は、どうも厳しいね。

ビーノ: 「人前で裸になって何が悪い!」って、ボクも叫んでみたいよ。

桃: なんだぁ。人前で裸になっても、話題にならないので、ひがんでいるのね?

ボゾルグ: バカか、ビーノは。

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2009/01/24

【ひとり会議 その二十】 地球温暖化祭り?

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ボゾルグ: 去年はエコがブームになったね。今年も続くのかな。年が明けてからも、やたらと地球環境問題がテレビ、新聞、ラジオ、インターネットで取り上げられていることに対して、いちゃもんつけたら、また「KYな人」と言われてしまうのかなぁ。

ビーノ: だと思うよ。ボゾルグは、地球温暖化してないっていう意見だったよね。

ボゾルグ: そんなことないさ。温暖化してるかもしれないけど、「100パーセントはわからない」というだけだよ。

桃: ボゾルグは、疑り深いのよねぇ。

ボゾルグ: もちろん、地球環境問題についてみんなの関心が高まって、なんとかしなければと思うことは大切なことだと考えているよ。ただ、温暖化に関しては、CO2が「原因」なのではなくて、むしろ温暖化の「結果」としてCO2が増えるという研究もあるし、それどころか、温暖化ではなくて、寒冷化しているという発表まであるので、素人の俺たちには、ほんとうは何が正しいのか、正直分からないんだよ。俺は、わからないことは、わからないって言いたいだけ。それよりも、このお祭り騒ぎ、気になるんだよなぁ。

さぶじい: 急激な地球温暖化問題の盛り上がり方に、私も懸念を感じますな。そもそも、温暖化を含む地球環境問題は、すぐに解決するものはひとつとしてありません。被害者と加害者、敵と味方、といったものも見えずらい。だから、たぶん、何年もかかって、それこそ、「持続可能な」活動で、ようやく、何年後、何十年後かに、解決する問題なのではないかと思っています。

桃: 日本人の性格として、何か話題になると、みんながいっせいにそれに飛びつき、お祭騒ぎになり、お祭が過ぎると、何もなかったように無関心になるところがあるわね。

ボゾルグ: 俺の思い過ごし? それならいいんだけど。

さぶじい: 去年の洞爺湖サミット。洞爺湖サミットの直前は盛り上がりましたなぁ。終わったら、トーンダウンしたような気がします。やっぱり、政治との関係が深い・・・。

桃: 温暖化問題は、純粋に科学の問題だけではなくて、政治問題でもあると?

ビーノ: そんなら、ただ単に、地球が、温暖化してるかどうか、論争してる科学者はばかみたいだね。

桃: なんてこと言うの? ビーノったら。純粋に科学的な論争も重要なのよ。

さぶじい: やはり、環境問題というのは、政治問題でもありますなぁ。極端なことを言いますと、私は、地球が温暖化しているかどうかというのは、どっちでもいいのかなと思うときもあります。

ビーノ: どっちでもいい? どうして?

さぶじい: そもそも、この地球上に、人間が増えてしまった。その増えた人間を減らすことはできません。もちろん、増えないようにする努力はやっています。しかし、このままこの大勢の人間が、エネルギーを大量に消費し、地球環境を汚していったら、人類が破滅するのは明らかです。そうならないためには、やっぱり、低炭素社会は、あるべき姿かなとは思います。ただ、そうなると、今までの産業の構造では立ち行かなくなります。構造を変えねばなりません。仮に温暖化してなくても、変わらなくてはならないんです。

ビーノ: チェンジ! だね。

さぶじい: その全人類的な産業構造の変化と、思想の変化は、やはり、ある程度の衝撃がないと、前には進まないと思うのですがな。

桃: 多少の脅しも必要だってこと? このままでは、地球が温暖化し、大変なことになると。

さぶじい: そうです。温暖化という全人類的な危機感は、かっこうのきっかけなんだと思いますな。

桃: 利害が一致するんだわ。CO2を減らすことは。新しい産業構造を興し、自然エネルギーに関する雇用を作り出し、みんなを幸せにする、夢を与えるという政治の目的と。だから地球温暖化問題は、政治問題でもあると。たぶん、そうかもしれない・・・。

ビーノ: 自然エネルギー100パーセントの世界。クリーンな環境のバラ色の地球。なんて人間はロマンチックなの。たぶん、社会主義思想が生まれたときや、原子爆弾が発明されたときも、人間はバラ色の夢を見たんでしょ?

ボゾルグ: なんだか俺が言いたいことを、今回は、ビーノが言っちゃったかな。

さぶじい: でも、ビーノさん、ボゾルグさん。バラ色の未来を見せなくてはならないのが政治家の仕事ですからな。今できることは、それしかないと思います。たとえ、そのバラ色の世界の先に何が来るとしても。アメリカの新大統領オバマさんも、これからのアメリカの復興のカギは、グリーン・ニューディール政策だと言っています。良くも悪くも、アメリカが動けば、世界が動きますからな。ますます環境問題が、政治的になっていくでしょう。

桃: 自然エネルギー100パーセントの世界が実現したとき起こる新しい問題って、あるのかな?

ビーノ: やっぱり、ボクがにらんだとおり、なにか問題がある?

ボゾルグ: いや、まだわからないけど、何事にも、100パーセントいいことなんてないと思っているから。この前テレビで、ある科学者が、将来、自然エネルギーに100パーセント代わりますと、笑顔で予想してたけど、俺は、あの笑顔を見て、「怪しいな」と疑ってしまったよ。なぜって、一番良く知ってる科学者がだよ、100パーセント自然エネルギーになったとき、心配事が出てくるのは、当然でしょ? それなのに、「バラ色の世界」みたいなことしか言わない。しかも笑顔で。絶対、何かあると、俺は思ったね。

桃: ボゾルグは、ホント、疑り深いよ。


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2008/12/28

【ひとり会議 その十九】 年末ジャンボ宝くじ、当たるかなぁ

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【ひとり会議 その十九】 年末ジャンボ宝くじ、当たるかなぁ


さぶじい: 今年も年末ジャンボ宝くじの時期ですな。

桃: 仙人のくせに、さぶじいも買ったのね。

ボゾルグ: 俺も買ったけど、当たることは期待してない。

桃: 私は、占いの本を見て、日を決めて買ったわ。今までたくさん当たりくじが出た売り場でね。

ビーノ: ボクは、何も考えずにテキトウに買っちゃった。

ボゾルグ: えらい、ビーノ。宝くじのようなものは、考えるとダメなんだよ。ビギナーズ・ラック(初心者の幸運)ということがあるし。

ビーノ: どうして? みんな寒い中、長い時間並んででも、当たる売り場で買おうとしてるじゃない。やっぱり当たる売り場で買うと、当たりやすいんじゃないの。

ボゾルグ: そんなことないよ。前回当たりくじが出たといって、みんながその売り場に殺到すると、結果的に売り上げ枚数が増えるから、当然その中に今回も当たりくじが含まれる確率が高くなる。だけど、その「売り場の確率」は、たしかに高くなるけど、一枚一枚の確率は、まったく変わらない。そこで買うと、当たる確率が高くなるように感じるのは、勘違いじゃない? 売り場で当たりくじが出る確率と、宝くじ一枚が当たる確率とは違うと思うよ。

ビーノ: そうなんだぁ。それを聞いちゃうと、あんな寒空で、長時間並んで買っている人間て、悲しくみえてしまうよ。

桃: じゃぁ、どこで、いつ買っても同じだというの?

ボゾルグ: 同じかどうかはわからない。

桃: どういうこと?

ボゾルグ: いや、俺が言いいたいのは、確率じゃないんだよね。確率だけの話なら、ひたすら枚数を多く買う。それで「俺が当たる確率」は高くなる。

さぶじい: たしかに。全部買ったら、100パーセントの確率。必ず当たる。

桃: 現実問題、それは不可能ね。

ボゾルグ: 俺が言ってるのは、宝くじの一枚ごとの当たる確率は同じだけど、占いや、お呪いと同じで、気持ちの問題があるってことだよ。「当たる」と信じるところで買ったほうが、気分がいいということ。げんを担いで、毎年同じところで買ったり、ある数字を買ったりして、気持ちを落ち着かせる。そのことと、当たる確率は違うってこと。

桃: でも、巷では、ここで買ったほうがいいとか、何日の何時に買ったほうがいいと、言ってる人もいるよね。

ボゾルグ: じゃぁ、聞くけど、みんなが「当たる」と言われる売り場で、何日の何時に買ったとするね? 結果はどう? 全員が当たるはずないじゃない。そもそも、そいういうことをホントに信じているなら、他人に教えると思う? 俺だったら、教えないよ。人に教えるってことは、自分が当たらなくなる確率を増やすってことだからさ。大きな矛盾。

桃: なんだかボゾルグ、占いや、げんを担いで買っても無駄だって言ってるみたい。

ボゾルグ: いや、反対だよ。

ビーノ: ボゾルグは、他人が、占いを信じたり、げんを担いで当たるのを知るのが、いやなんだよ。ね? ほんとは、自分も信じたいから。

ボゾルグ: 鋭いなぁ、ビーノは。ちょっと当たってる。俺は占いを信じたくない、と言うより、「どこで買っても、いつ買っても宝くじ一枚あたりの確率は同じ」という前提がなければ成り立たないと思っているんだよ、宝くじって。当選番号は、まったくの偶然に決まり、誰かが予想したりできるものではないし、また、そうでないからこそ、みんなに平等な宝くじを楽しめるってことだろ? 誰か特別な人たちだけが、当たりを独占できるとしたら、もうすでに、宝くじなんか、なくなっていたよ。ビギナーズ・ラックというのがあるよね。何も知らず、考えずに買ったほうが当たるというのは、意外と、「科学」かもよ。確率から言えば。それは、どこで買っても同じだということの証明じゃないかなって思うんだけど。あえて、人間の「意思」が働かないほうが、ちゃんと当たるという・・・。

さぶじい: ビギナーズ・ラックというのは、何の分野でも聞きますなぁ。

桃: けっきょく、みんなの自由でしょ?

ボゾルグ: そうとも。だから、言ったじゃない? 気持ちの問題だって。そもそも、宝くじは、「夢を買う」とも言うよね。つまり、たいていの人は、外れることも覚悟して買ってるわけ。でも、もしかしたら、当たるかもしれないという夢を見れるわけでしょ。3億円当たったら何をしようかな?なんて、楽しいじゃないか。

ビーノ: ボクなら、ペディグリーチャムじゃなくて、サイエンスダイエットのご飯をお腹いっぱい食べたいな。

さぶじい: 私は、若い天女たちに囲まれて、酒池肉林ざんまいで暮らしたいですな。

桃: さぶじいったら。ほんとにしょうがない。仙人らしからぬ夢ね。さぶじいには、宝くじ、当たらないほうがいいわね。

さぶじい: 桃さんのおっしゃるとおりですな。当たったら、人生、狂ってしまいそうです。しかし、夢を見るのは楽しいものです。宝くじは、単純に「当たる」確率だけを求めるんじゃないということでしょうな。ボゾルグさんのおっしゃる通り、気持ちの問題でもあるのでしょう。一枚当たりの確率は同じですが、人は、「どこかに、確率の偏りはあるはずだ」とも思いたいんですな。だから、予想や占いを信じてみたくなる。そして、それが信じられれば、その売り場で、何日の何時に買えばいい。それはみんなの自由です。

桃: つまり、予想や占い、げんを担ぐのも、宝くじの一部なんだということね。

ボゾルグ: そういうことだよ。だから俺は、宝くじは平等であってほしいと思っているので、あえて、買う売り場にはこだわらないし、当たるとも思ってない。ただ、そう考えること自体、俺の意思は入っているので、ビギナーズ・ラックは、もう期待できないけどね。ただ、せっかくだから、当たった夢を見て楽しんでいるだけ。だから、何も考えずに買ったビーノは、偉いって言ったんだ。

桃: ところで、ビーノは、何枚買ったの?

ビーノ: 10枚。バラで。バラの方が、いろんな味が楽しめていいんだもの。

桃: ビーノ?

ビーノ: 桃、どうしたの? 宝くじって、インクが特別な匂いがするでしょ? 特に今年は、片岡鶴太郎さんの絵で、おいしいんだよね。それと、あの紙質。ワシャワシャ、噛みごたえがいい感じなんだ。

桃: ビーノの飼い主が、ビーノのウンチに数字が書いてあって不思議だなって言ってたけど、そういうことだったのね。

ボゾルグ: 偉いなんて言ったけど、撤回するよ。まったく。


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2008/12/22

【ひとり会議 その十八】 六本木のビルの中国人?

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【ひとり会議 その十八】 六本木のビルの中国人?


ボゾルグ: この前、六本木の、あるビルへ初めて行った。俺には似合わないオシャレな場所なので、めったに出かけないエリアでもあるけどね。

桃: そうね。わかるわ。

ボゾルグ: それはともかく、ビルの中には、簡単な食事ができる軽食レストランが並んでいる一角があった。その店のひとつに、「刀削麺(包丁で削って麺にした中国の麺)」の店があって、おねえちゃんが、「トウショウメン、イカカテスカ~」って、お客さんを呼び込んでいた。それが、明らかに中国人ふうの発音だったんだよね。

ビーノ: それが何か? 中国人、働いているんじゃないの? 今じゃぁ珍しくないし。

ボゾルグ: そうなんだ。でも、それを聞いて、とっさに思ったことは、彼女は、ほんとうは中国人ではなくて、純粋な日本人で、中国人ふうの発音をわざとやっているんじゃないかということ。

桃: どうしてそんなことを? 

ボゾルグ: わざわざ確かめようとは思わず、素通りしたけどね。別に、それでもいいんだけど。非難するんじゃないよ。ただ、俺がとっさにそう思ったのは、それなりに訳があるんだな。ある意味、「今の東京だから」かもしれない。

ビーノ: 聞いてあげるよ。どうぞ。

ボゾルグ: 以前、外国人が経営する飲食店で聞いた話だけど、日本に住み始めて10数年の主人は、日本語がぺらぺらだった。彼が、テレビに出たことがあるそうだ。もちろん日本のテレビにね。彼がテレビに出るとき、日本語がうますぎると、もっと下手にしゃべるように、ディレクターに要求されたって。そのほうが、外国人ぽくてウケるからっていう理由なんだな。

桃: そういえば、テレビ番組で有名になったナイジェリア人タレントのボビー・オロゴン(最近は格闘家)も、じつは日本語がとてもじょうずだという疑惑(?)があるわね。つまり、「下手な日本語をあやつる外国人」を演じている(演じさせられている)というもの。これも、もちろん確かめたわけじゃないけど、ありえる話でしょ。

ボゾルグ: そう。それも聞いたことある。それで、六本木のビルの話に戻ると、でも、なんで、そんなことをする必要があるのか?と、思うでしょ? 一昔前、東京にあるエスニック料理は、はっきりいって美味しくなかった。それは、俺が旅先で覚えてきた味を再現して出してくれる店ではなくて、日本人の舌に合わせた味だったので、満足できなかった。

桃: そうね。「フランスパン」とか言いながら、「フ」みたいな、ふにゃふにゃしたパンがあったもんねぇ。

ビーノ: 今もあるよ。ボク、歯ごたえがないパンなんか、まずくて食べられないよ。

桃: あんたは、なんでも食べちゃうんでしょ?

ボゾルグ: ところが、いまや、外国人がたくさん住んでいる国際都市東京。エスニック料理店も、日本人ではなくて、ほんとの外国出身者が作っている店が増えてきたので、本格的な味に変わってきた。だから、俺はとっさに思った。日本人が作る「刀削麺」よりは、中国人が作った「刀削麺」がうまいに違いないとね。もちろん、その女性が作っているのではなかったけど。中国ふうの雰囲気を強く出したほうが、今は、「本格派」をイメージするんじゃないかなぁと。

桃: まぁ、それはボゾルグ、あんたの思い込みだけどね。そんなに手の込んだことしなくてもいいんじゃない。本物の中国人を雇って使えば問題ないよ。日本語を下手にしゃべる中国人を。

ボゾルグ: じょうずだと意味がない。まぁ、たまたま中国人を雇えなくて、しかたなく、日本人が中国人を演じさせられているのかも。

桃: そこまでするかな? 考えすぎなんじゃない?

ボゾルグ: そういう可能性もあるって話さ。

桃: 可能性を言ってしまったら、なんでも可能性はあるわ。

ビーノ: まぁまぁ、桃ちゃん。そんなに突っ込まないで。ボゾルグがそう考えてしまうようなところが、今の東京という国際都市なんだ、ということを言いたいんじゃないの?

ボゾルグ: そう。そう。俺が言いたかったのはそこなんだよ、ビーノ。でも、俺、馬鹿にされてるような気がする。

ビーノ: ボゾルグ、そんなことないよ。


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2008/10/09

【ひとり会議 その十七】 サル一匹とさえ共生できない都会人

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ボゾルグ: サルが東京都内に出没していたようだね。まだ捕まってないのかな。

ビーノ: サルさん1匹に大騒ぎして、右往左往してる人間は、こっけいだね。

ボゾルグ: 「自然との共生」とか言ってるわりには、サル1匹とさえ共生したくないんだな、都会人は。「共生」なんて、やたらと言いたがるのは、都会人に多いのかもね。

桃: でも、子供が噛まれたりしている事故もあるからね。心配なのよ。

ビーノ: 最初から、野生のサルさんは危ないと思われてる。動物園では、あんなにかわいがられているのに。檻の外ではどうして嫌われるの。サルさんかわいそう。

桃: しかたないよ。東京だけじゃなくて、地方でも、サルは困った問題よ。商店から物を盗んだり、ホテルに侵入しておしっこやウンチしたり、農作物を食い荒らしたり・・・。だから、そこでは害獣になってる。「駆除」されることもある。

ビーノ: 「殺される」ってことでしょ? でも、これは、サルさんのせいなの? 人間が原因を作ったんじゃないの?

桃: そうね。サルたちの住む場所が狭くなったせいね。だからどうしても、人間の生活圏とかぶってしまう。

さぶじい: サルばかりではありません。野生動物の問題は、山や森のカミを殺してしまった人間が、自分がカミになったと錯覚したところから始まっているのではないですかな。

ビーノ: さぶじい、それ、『もののけ姫』で見たよ。ウケウリだね?

さぶじい: バレましたかな。

ボゾルグ: 都会では、サルに大騒ぎだけど、その一方で、地方で作物を荒らすサルを「駆除」すると、「かわいそうだからやめろ!」なんていう苦情が殺到するらしいよ。地方のサル害なんて、関係ないからね。たいていは、都会に住んでる「自然が大好き」「動物が大好き」な人間が多いらしい。ちゃんと自然と「共生」してる人は、「かわいそう」とかいう一方的な意見は言わないもんだよ。言えるはずがない。なぜなら、みんな悩んでいることを、ちゃんと知っているからさ。駆除なんか、ほんとはしたくない。苦渋の選択をしているんだよ。

ビーノ: だったら、東京でサルさんの1匹と共生するくらい、どうってことないと思うのに。やっぱり、身近に問題が起こると、共生なんて軽々しく言えなくなるの?

ボゾルグ: 「共生」という言葉には、なんとなく、「仲良く暮らしてます」みたいな偽善を感じるよ。だいたいにして、農業だって、林業だって、狩猟だって、漁業だって、ある意味、自然との闘いでもあるだろ? やさしい自然なんて一面だけだ。自然は厳しいものでもあるんだよ。それをちゃんと分かっている人が、「共生」っていう言葉を使ってほしいな。田舎では、自然と「共生」するために、どれだけ苦労しているのか、都会人はわかってないよ。

さぶじい: 今回、東京に出没するサルに関しては、そんなに悪さをしているわけではありませんし、放っておいてもいいのではないか、という気がします。そのくらいの包容力をもたないのでしょうかな。あのサルが迷惑かけているとしても、その界隈で、たち小便したり、吐いたり、大声出してけんかしたりしている人間の方が、よっぽど迷惑だと思うのですがな。

ビーノ: そうだ、そうだ。そっちを「駆除」しちゃおうか。「駆除」が可愛そうなら、島流し。

桃: ビーノ、「島流し」なんて知ってるの? でも、あのサルは、やっぱり捕まえられてしまうんだろな。追い出されたサルは、田舎へ行って、けっきょく人間に害を及ぼす。都会はよくなるけど、サル害のつけは、田舎が引き受けるってこと?

ボゾルグ: だろうね。都会とは、そういう異物を排除して快適さを得ているから。その快適さを脅かすものは、たとえ、小さくても、取り除こうとする。タバコの煙を徹底排除、危なく見える人間も排除、臭いものも排除、ばい菌も排除。ぜんぶ排除しようとする。だから、サルなんてもっての他なんだろうな。

桃: そして、もし何かあったら、「誰の責任だ!」といって騒ぐ人がいるから、そうなる前に、トラブルの芽を摘み取ってしまおうということなんでしょ?

ボゾルグ: だろうね。

さぶじい: 人工的な空間、都市空間は、人間の脳が作ったパラダイスですからな。だからサルなどという異物が入り込むと、苦痛でしかたなくなる。脳は、都会でサルと共生する方法をまだ考えられず、混乱してしまう。

ボゾルグ: せいぜい、檻に入れて見てるだけ。

ビーノ: 人間の脳なんて、まだその程度。ボクのと同じレベルってこと?

桃: ちょっと違う気がするけど・・・

ボゾルグ: ビーノ、せいぜい、おとなしくして「駆除」されないようにね。おとなしくしてれば、「異物」じゃないから。

ビーノ: またボゾルグは、「異物」じゃなくて「汚物」だって言いたいんでしょ?

ボゾルグ: だれも言ってないよ、そんなこと。最近ビーノは、ひがみっぽいよ。


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2008/09/09

【ひとり会議 その十六】 エコ自慢したがる人々

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ボゾルグ: 最近、「エコ、エコ」って、エコ自慢するタレントが増えてきたね。

桃: どんな?

ボゾルグ: 「私は、割り箸を使わずに、『マイ箸』(私の箸。つまり塗箸)使ってます」だの「レジ袋の代わりに、『エコバッグ』を持ち歩いてます」だの、どうでもいいようなことを自慢して、高感度アップを狙っている一部のタレント。

ビーノ: 実際、そうやってエコに取り組んでいるからいいじゃん。ボゾルグはそうやって、すぐイチャモンつける。

ボゾルグ: 別にイチャモンでもかまわないけど。ただ、よくもまぁ、恥ずかしげもなく、そういうことを言えるもんだなと。『マイ箸』だろうが『エコバッグ』だろうが、いいよ、使っても。その人の趣味なんだから。それは俺も認めるよ。でも、それを「私は地球環境を考えてます」みたいな顔して自慢されるのが嫌なんだよね。

さぶじい: そういえば、「森林保護のために割り箸を使うな」みたいな議論がありますが、ちょっとそれは違うようですな。

ボゾルグ: タレントならまだ許せるかもしれない。この前ラジオを聴いていたら、いわゆる「自然環境保護」を訴える学者が堂々と「使い捨てにする割り箸は良くないから、私は『マイ箸』を使ってます」と真面目にいっていた。ほんとかな?と思ったね。

桃: そうね。ちょっと、違うわよね。特に、日本製の割り箸は。あれは、間伐材の真ん中から柱などを取ったあとに残った、捨てられてしまうような端材で作る。だから、森林を破壊しているわけじゃない。むしろ「山を育てる」とも言われているわ。ただ、外国産の割り箸は、割り箸のために木を切って作っているのもあるから、そこが問題なのよ。環境意識が高いことをアピールしたくて、「割り箸を使わず、『マイ箸』を持ってる」と自慢したがるタレントの気持ちはわかるわ。その学者は、外国産の割り箸の話をしたんじゃない?

ボゾルグ: そうかなぁ。だったら、「マイ箸」は、環境にいいの? マイ箸だって、ちゃんと使ったあとは洗わなくちゃならないし、水と洗剤を使って環境に負荷をかけているだろ? 「エコバッグ」だって、最近は、ブランド物まででてきた。エコバッグが大量に売れることは、はたして環境にいいことなのか?と思うよ。

ビーノ: ボゾルグ、意外と細かいね。

ボゾルグ: いやいや、「敵」も細かいところを突いてくるんだから、こっちもそれに合わせているだけだよ。割り箸・マイ箸、レジ袋・エコバッグ、どっちにしろ、環境に負荷をかけるんだから。ほんとは、そんなわずかな差を自慢しても、どうしようもない。だって、そのタレント、テレビ局には、電車と歩きで来るのかな? そうじゃないだろ? タクシー使って来てるんだよ。だから、仮にマイ箸を使うことに、多少のメリットがあっても、タクシー使った時点で、前部帳消しになっちゃうんじゃない。

ビーノ: ほんとに細かい・・・。

さぶじい: ボゾルグさんがおっしゃること、わかりますな。でも、人によって、気になるところが違うだけ、ということかもしれませんよ。ある人は、割り箸を使うことには抵抗があるけど、タクシーをばんばん使っても気にならない。ある人は、割り箸は気にならないけど、電車じゃなくて、タクシーを使うことは、環境に悪いと考えてしまう。でも、なんだか、どっちもどっちではないかなと思ってしまいますなぁ。ところで、どうして、割り箸やレジ袋が目の敵にされてしまうんでしょうな。

桃: それは「使い捨て」ということが、後ろめたいからじゃない?

さぶじい: そうかもしれませんな。「使い捨て」ということに何か罪悪感を持つからでしょうか。でも、割り箸でも、レジ袋でも、燃えるごみに混ざっていたほうが、ごみは良く燃えて、環境に良いという説もあるようですし、「捨てる」ことが即「無駄」と考えるのは、間違っているのかもしれませんな。

ボゾルグ: そうなんだよ。「使い捨て」がすべて悪いというのは、思い込みだよ。だいたいにして、「使い捨て」が悪いといったら、医療ごみなんかどうなるの? 注射器も使いまわししたほうが、環境にいいのは分かりきっている。でも、そうじゃない。それは、環境と、健康とのバランスを考えたとき、捨てたほうがいいから捨てるようになったわけだろ? だから、俺は、割り箸も、レジ袋も、環境を考えるために、ちゃんと使い捨てしたいね。

ビーノ: ボゾルグは、あいかわらず極端で単純だね。僕はそもそも、箸もレジ袋も使わないから偉いよね?

桃: 何言ってるの? ビーノもエコ自慢する気? あんたの飼い主、レジ袋、たくさん使っているじゃない。

ビーノ: えっ?

桃: 知らなかったの? あんたのウンチを入れるのに、レジ袋が重宝だって言ってたわよ。でも、1回で捨てるんじゃなくて、何度も何度も洗って使って、最後は燃えるごみで出してるの。レジ袋がないときは、食パンの空き袋を使うそうよ。涙ぐましいわ。そこまで使われるレジ袋なら、エコだと思うわ。

ビーノ: そうかぁ、僕、気がつかなかったよ。だってウンチしているときは、犬にとっては一番無防備な状態なんで、周りに敵がいないか、そればかり気になっちゃってたし。それになんだか、僕の飼い主は、ウンチしているとき、じっと目を覗き込むんで、落ち着かなくってさ。

ボゾルグ: ビーノの周りは、敵ばっかりだろうしな。でも、なんだよ、桃。けっきょく、ビーノの飼い主のエコ自慢じゃないか。みんな、そんなにエコ自慢したいかな。

桃: したいのよ。しかも、「小さいエコ自慢」をね。だって、ほんとうの環境問題は、地球規模の大問題で、一人の人間がどんなに努力したところで、どうにもならない構造的な問題よ。ただ、それでも、「何か役に立ちたい」という気持ちの表れじゃないの? ボゾルグが目くじら立てることはないと思うわ。

ボゾルグ: でも、ほんとはそうでもないのに、「環境意識が高いです」みたいに装って、人気取ってるとしたら、一種の詐欺だろ? エコ偽装タレントだよ。

桃: そこまで大げさかな? だって、「マイ箸使ってます」とか、タレントが言っても、たいていの視聴者は、気にもしないし、信じない。そんなに視聴者は馬鹿じゃないわ。

ボゾルグ: それならいいんだけど。

さぶじい: ただ、「マイ箸使ってます」「エコバッグ使ってます」ということで、安心してしまっては元も子もないですな。あるいは、それを使ってるんだから、あとは、何をやってもいい、みたいな免罪符になっているとしたら、問題ありだと思いますが。

桃: そこね。エコ自慢はいいけれど、考えなくなってしまうことが一番ダメなのよ。

ボゾルグ: それなら俺は、わざと使い捨てをして、「罪悪感」を持ち続けながら生きていくよ。

ビーノ: ボゾルグ、えらいぞ。人間は考え続けろ!


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2008/06/08

【ひとり会議 その十五】 予言者、占い師、霊能者について 

080426
【ひとり会議 その十五】 予言者、占い師、霊能者について (これは、ジュセリーノ・ルース氏とC・D・ブロード氏の話以外はフィクションです)


ボゾルグ: 前に、予知夢を見るブラジル人予言者ジュセリーノ・ルースの番組をテレビでやってたね。彼は、911アメリカ同時多発テロ、サリン事件、阪神淡路地震などを予言したらしいよ。でも、うそ臭いなぁ。

さぶじい: これが本当かどうか、私にはわかりませんが、予知夢を見ることは可能性としてあるだろうと思いますな。実際、私が学生のとき、夢に出た試験問題が、翌日の問題と同じだったという経験があります。ただ、これを「予知夢」といえるかどうか、微妙ですが。

ボゾルグ: それは予知夢とは言わないんじゃないの? だって、試験前には山を賭けるのはあたりまえだし、「山を賭けた夢」がたまたま当たったというふうにも考えられるじゃない。

さぶじい: だから、私も、これが「正夢」「予知夢」だったと言うつもりはありませんが。

桃: 無意識が夢に反映されるといわれるわね。そして無意識は、民族、人類のレベルの歴史を背負っていて、個人を越えたところで活動しているらしいじゃない?

さぶじい: 番組の中では、彼の睡眠中の脳波を調べていましたが、夢を見ている時間が長く、しかも覚醒状態に近いところで夢を見ているらしいということでした。無意識をすれすれで意識できる、貴重な人間であるとは言えるようですな。だから夢で、人類の過去は当然としても、過去から続いていく未来に起こるであろう必然的な出来事も見てしまう可能性はあるのではないか、と思います。

ボゾルグ: でも、「日付」「名前」までぴったり当たるのは、ありえないよ。ここが、この予言者を信じられないところなんだよね。

桃: 予知夢を考えるうえで、もうひとつ参考になりそうな話を見つけたわ。茂木健一郎著『生きて死ぬ私』(徳間書店刊)の中に、イギリスの哲学者、C・D・ブロードの「制限バブル説」というものが出てくる。「ブロードの説に従えば、私たちの認識は、本来脳がなければ世界の全体を同時に認識できるのに、生存のために敢えてその一部だけを残して残りを除去してしまう、「引き算」の過程」ということらしい。あくまでも、これは特殊な説であることも付け加えているけど。

さぶじい: つまり、こういうことですかな。宇宙の森羅万象、一瞬のうちにすべて認識できるのが人間の本来の姿であるので、過去や未来を「知る・夢で見る」のもありえると。普通の人は、認識が「制限される」ので、見えないということでしょうか。

桃: あえて見えなく・知らなくなるように脳が進化(?)したとも言えるかもしれないわよ。なぜって、見ない・知らないことで、人生は、むしろ楽しく、おもしろいものになっているから。

さぶじい: そうかもしれないですなぁ。宇宙の森羅万象をすべて知りながら生きるなんて、苦しいだけです。アンドロメダ星雲X惑星に住む生物Yの遺伝子配列なんて知っても、私たちの人生に全く関係ないですからな。

桃: だから、この予言者ジュセリーノ・ルース氏は森羅万象が見えてしまう「不幸な人」なのかもしれないね。

ビーノ: でも、人間て変わっているね。これだけ科学万能の世界になったのに、予知夢とか霊とか占いとか、意外とそういうものを信じているよね。ボクなんか、「食べ物」しか信じてないもん。ボクのほうが、現実主義者ってこと?

さぶじい: そこが人間の不思議なところであり、おもしろいところでもあるんじゃないですかな。

ボゾルグ: 新聞に出てたけど、今の若い人たちの3分の1が、霊の存在を信じていたり、占いは「当たる」と信じているんだろ? 最近霊感商法で被害が増えているのは、こういった占いや霊を扱ったテレビ番組の影響があるんじゃないかって話も書いてあった。

さぶじい: そこは程度問題だと思いますな。私も、あまり信じるほうではありませんが、「参考」程度には信じてもいいのではないかなと思っています。まぁ、遊びですな。あまりにも、すべてのことを「科学的」に割り切ってしまうのも、なんとなく、つまらない。

桃: その通りよ。そもそも「科学的」と信じられていることも、将来は、かならず違った事実がわかってくるんだから、「占い」も「霊」も「科学」も、それほど大差ないのかもよ。50年前に「夢物語」だとバカにされてた世界も、50年たって実現してるじゃない。

ボゾルグ: いや、実害がなかったらかまわないんだけど、最近は、そうでもないだろ? そういうものを信じる風潮、他力本願な風潮ってどうかなぁ。ある意味、精神的な環境汚染だと思うよ。霊感商法は論外としても、たとえば、ある占い師が当たったりすると、その周りに信じる人たちが、集まりだして、いつの間にかその占い師自身、自分が特殊な能力を持っていると勘違いしだす。ずかずかと、人の心に土足で踏み込んできて、人の生き方に口出しするおせっかい。それが「いい」とか「悪い」とかは、あえて言わないけれど。だって、そういうのが好きだという人たちがいるから、ああいう占い師が存在するわけだしさ。

さぶじい: ボゾルグさんがおっしゃることはわかるのですが、欧米では、精神科医が活躍しているそうです。けっきょく、そういう心の処方箋をくれる人が、どんな社会でも、必要なのではないですかな。「科学的」に見える「精神科医」か、「非科学的」に見える「占い師」「霊能者」「シャーマン」という違いはありますが。

桃: そうねぇ。何を信じるかは、その人しだいね。信じるものでしか、その人は癒されないものねぇ。孤独な独裁者や政治家ほど、占いとか、予言者に頼ったりするものらしいわ。

ビーノ: どんなに強くても、どうでもいいものに頼る。それで、プラスマイナスゼロ。人間て、おもしろいね。

ボゾルグ: 友だちがいないんだよ。本音を語れる人が。家族や、「友だち」でさえ、気を許せないライバルだしね。だから、お金を払ってでも、本音を聞いてくれる彼らに頼るしかない。まぁ、この程度なら、俺も許せるんだけど、最近は、その「弱み」に付け込んで、商売にしようというヤツが増えていることに怒りを感じるよ。

桃: でも、ボゾルグが「非科学的」と言っている予言者や占い師や霊能力者を見ても、「嘘」をついていると思えないんだけど。

ボゾルグ: そりゃぁそうでしょ。彼ら(彼女ら)の内面では、「本当」のことだと思うよ。未来の大事件や、他人の将来や、霊が実際見えるんだろうな。だから、彼ら(彼女ら)には嘘という自覚はないはずだよ。むしろ「下々の人間」に、良いことを教えてあげているという感覚なんじゃないの。テレビに映ってる彼ら(彼女ら)の目、見てごらんよ。とても「嘘でしょ?」なんていえない、真剣な目をしてるよ。

ビーノ: それって、自分自身を騙すことができる優秀な詐欺師といっしょなの?

ボゾルグ: こらっ! ビーノ、それは・・・。

桃: ビーノ、ダメでしょ。すみません、占いや霊を信じているみなさん。こんな犬が言っていることなので、気にしないでください。

ビーノ: (こんな犬?) グルグルグル・・・。

ボゾルグ: とにかく、俺は、予知夢も霊も見えない普通の人間で良かった。自分の未来や先祖の霊なんか見えたら、疲れてしかたなかったよな。疲れるだけならまだしも、それを黙っていたら気が変になりそう。

ビーノ: あぁ、だから、あの人たちは、つい他人にしゃべってしまうのか。その重荷に耐えられなくなって。

ボゾルグ: それと、占い師が、自分自身の「未来」をしゃべらないのは、やっぱり、「未来」がわかったら、人生つまらないって、本能的にわかっているからかもね。

さぶじい: 自分の「未来」や「心」はわからないんです。「予言者」「占い師」「霊能者」は、あくまでも「他人」の心に処方箋を書くことができる人たちなんだと思いますよ。彼ら自身は、別な「予言者」「占い師」「霊能者」に頼っているかも知れませんよ。


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2008/05/21

【ひとり会議 その十四】 クローン犬

080521
【ひとり会議 その十四】 クローン犬


さぶじい: 「世界で初めてクローン犬を誕生させた韓国のソウル大学とバイオ関連企業がアメリカの女性の死んだ介護犬を複製するという契約を結んだ」というニュースを聞いて、人間の欲望には際限がないなと思いました。
( gooニュース http://news.goo.ne.jp/article/hatake/life/hatake-20080226-01.html )

桃: 倫理的な批判も出ているらしい。とうぜんかも。

ボゾルグ: でもね、そもそも、オオカミを飼いならして、人間の都合に合わせて「改良」してきたのが、ペットの犬なんだから、その「改良」の技術が、「交配」から「クローン技術」になっただけで、何もかわらないし、許されるという考え方もあるよね。

桃: そこには、動物は動物、人間とは違うという考えがあるわけね。

ボゾルグ: それは当然でしょ? もちろん人間にはクローン技術は使わないよ。(今のところ) 犬だからすんなり許される。倫理的に問題ないんじゃない?

ビーノ: ボクは、なんだかこのニュースを聞いて寂しくなった。このクローン犬を依頼した女性は、よほど前の犬が良かったのはわかるんだけど、でも、次も「前の犬」なの?と思っちゃう。どうして、違う犬じゃダメなの? まったく同じ犬じゃなければダメだというのは、同じおもちゃをねだる子どもだったり、同じ部品しか使えない機械みたいだよね。それが他の犬からすると、なんだかさびしい。別な犬でも、主人に尽くす犬はたくさんいるよと言いたいな。

桃: クローン犬は、遺伝子は同じだけど、「同じ犬」になるわけではないので、そのとき、この女性は、「違う犬」に対して、どう感じるんだろうか?と少し不安。もしも彼女の好み通りじゃなくて、聞き分けのない犬に育ったとしても、同じ遺伝子の犬だからって、許せるのかな?

さぶじい: 女性がクローン犬を欲しがるのは、「遺伝子が同じ犬」じゃなくて、「同じ性格の犬」ということではないですかな? それはクローン技術でも、解決できない問題です。しかし、ある技術が生まれたら、けっきょく使ってみたくなるのが人間なんですね、たぶん。それがどんなに倫理を外れていても。しかし、こざかしいのは、その技術を使いたいだけなのに、「困っている人を助けたくて」などと言い訳する人たちがいるんですな。

桃: つまり、後ろめたさはあるってことよ。あとから理屈をつけて、その後ろめたさを消そうとしているんじゃないの?

ボゾルグ: まぁ、犬だから「倫理」なんてことを持ち出してくるけど、家畜だったらどう? たぶん、これからもっと食糧危機になってくれば、家畜のクローン化は普通になってるかもしれないよ。そのとき、家畜がOKなら、なんで犬はだめなのか?って話になるんじゃない?

さぶじい: たしかに、線引きは難しいかもしれませんが・・・。

ボゾルグ: でしょ? そのうち、ぜったいこの問題が出てくると思うよ。そのときは、クローン技術を使うという「倫理」とは何かも問われるよ。

さぶじい: 一匹一匹、性格も、姿かたちも違うから「生き物」なのであって、全く同じというのは、機械でしかありえません。私は、生き物のクローン化にはやっぱり違和感を覚えますな。たとえ家畜でも。

桃: 「家畜」というのは、「動物」ではなかったのよ。今までの考え方では。人間の利益のために存在する「物」よ。捨ててもいい機械と同じ。それは、家畜だけではなくて、環境というものに対しても同じだったと思うわ。環境も、人間が利用できる「物」でしかなかった。でも、これからは、そうはいかない。たとえ家畜であっても、人間の価値とは無関係に、家畜自身に生きる価値があるという考え方に変わりつつあるんじゃないかな。だから当然犬にも・・・。

ボゾルグ: 家畜や犬自身に生きる価値があるって話と、クローン技術を使う話は別問題だと思うなぁ。新しい技術に対しての違和感というか、不安感を抱くのは、俺もわかるけどね。

ビーノ: ボクだって、クローン、気持ち悪いよ。ボクが死んだあと、ボクのクローン犬が生きてるなんて、想像したくないな。

ボゾルグ: というか、ビーノのクローン犬を欲しがる人はいないとは思うけどね。問題犬だからね。

ビーノ: どこが問題犬なの? 

ボゾルグ: 人の役に立ちたくないって宣言する犬なんか・・・。ねぇ? 今、ロボットの研究が盛んで、いずれ、遊び相手になったり「癒し」を与えるロボットや、番犬の代わりをしてくれるロボットが登場するんだろうね。そのとき、ペットの犬はどうなるのかな? 犬は、必要ないってことで、少なくなっていくのかなぁ。ビーノ、食べられちゃうかもよ。

ビーノ: ひどいよ、ボゾルグ!

桃: あまりビーノを脅かしちゃだめよ。ビーノは、打たれ弱いんだから。

ビーノ: 桃の言うとおり。ボクはデリケートなんだ。だれかと違ってね。

桃: この前も話したけど、犬は、犬自身のためにも生きているのよ。なにも、飼い主のためだけじゃないわ。その点、ロボットは、飼い主、いえ、持ち主のためだけだし。

さぶじい: 要するに「道具」ですな。ビーノさんたち犬は、「道具」ではありません。人間と同じ生き物です。だからどんなにロボットが増えても気にすることありません。ロボットに負けないですから。

ビーノ: さぶじい、ありがとう。気休めでも嬉しいな。


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2008/05/11

【ひとり会議 その十三】 ペットの犬は、なんのために生きるのか?

080511
【ひとり会議 その十三】 ペットの犬は、なんのために生きるのか?


桃: ビーノ、いつもぴょんぴょん飛び跳ねてるあんたが、お座りしてる。どうしたの? 元気ないわね。

ビーノ: 親戚のばあちゃんが死んだの。

桃: そうなの。それは悲しいわね。

ビーノ: ううん、悲しくなんかない。ばあちゃんは、16歳だったから、犬の長寿をまっとうしたの。しかも、最期の日は、たくさんご飯を食べてから、飼い主の奥さんの腕に抱かれて死んだの。だから、悲しくはないの。でも、考えてしまうの。

さぶじい: 何をですかな?

ビーノ: ボクたち、どうして生きるのかってこと。

ボゾルグ: ははは・・・。そんなこと、考えても無駄だよ。「どうして生きるか」だって? やめな。そんな難しいこと。昔から哲学者が考えても、いまだに結論が出ないんだから、ビーノにわかるはずない。意味ないよ。くよくよ考えると、体に良くない。ほらほら、こうしてたれた耳引っ張ってやるー。

ビーノ: ボゾルグ、やめてよ。ボクの耳さわるの。

桃: ボゾルグは、デリカシーに欠けるわ。答えが見つからないからといって、考えるのは無駄なんて・・・。そういうデリカシーのない人間が増えるから、こんな子たちの心の行き場がなくなってしまうのよ。

さぶじい: 聞いてあげませんか、ボゾルグさん。答えなどなくていい。おそらく、考えることに意味はあるのだと思いますな。

ボゾルグ: もっとも、ペットなら、人間のために生きるってことで、結論は出ているんじゃない? 俺はうらやましいよ。ビーノになりたい。飯食って、寝て、飼い主の機嫌とって。悩みもないし・・・。

桃: ボゾルグ、いいから黙って。

ビーノ: ばあちゃんは、この数年、目は見えず、体もよぼよぼだった。今年の正月に、ばあちゃんに会ったとき、ボクのこともわからないみたいだった。体が弱っていたことはボクも感じていたの。ある朝、ばあちゃんは、ご飯食べた後、奥さんに抱かれたけど、ゆっくりゆっくり、体温が下がっていったそうなの。そのあと、奥さんの息子さんは、しばらく冷たくなったばあちゃんをコタツに入れて抱いていたそうだよ。

桃: 幸せだったね、ビーノのおばあちゃん。

ビーノ: そう、幸せだったと思う。でも、この16年間、何のために生きてきたの? ご飯を食べたり、散歩したり、みんなと遊ぶため? それだけのために、生を受けて、生きて、死んでいく? ボクたちは、ボゾルグの言うとおり人間のために生きているの?

ボゾルグ: だと思うけどねぇ。

桃: どうかなぁ。おばあちゃんが、「飼い主に癒しを与え」たり、「飼い主に役に立つ」ためだけに、生きていたんじゃないと思うけどね。ペットの犬が、人間が「改良」した動物だってことはあるけど、それは、人間側の都合であって、犬にしてみたら、「改良」されていることとはまったく関係なく、生きているんだからね。

ボゾルグ: ペットは、人間が、人間の都合にあわせて改良した。だから、人間は残酷だといいたいわけ?

桃: そんなこと言っているんじゃない。犬は、野生の狼から「家畜化」されることで、生きることができたともいえるわ。人間と犬の共存。でもね、犬に人間側の「意味」を与えるのは間違っていると思う。

ボゾルグ: 桃の言いたいこと、また、わからないなぁ。

桃: 人間のために生きるというのは、簡単な答えかもしれない。たとえば、飼い主を喜ばして、自分も楽しくなるということはあるし。そこに意義や意味を持てば、あとは考えなくてもすむしね。でも、ほんとうはそうじゃない。ビーノの苦悩も、そんなんじゃないでしょ? 人間のために生きるなんて聞いて、ビーノ、どう?

ビーノ: ううん。ボク、前も言ったけど、人間の役に立ちたいとは思わない。役に立って喜ぶという気持ちは、わかるけど、それだけじゃないような気がするの。

ボゾルグ: 最近は、ペット用だといって、ありとあらゆるものができている。需要があるから、供給する。そこにペット産業が生まれる。なんだかこっけいだよ。ペットがいい匂いしようが、可愛い洋服を着ようが、つやつやの毛並みになろうが、栄養のバランスが取れたエサを食べようが、それは、人間様の都合なんだよ。俺が言うのもなんだけど、ペットのことなんか考えてない。けっきょく、飼い主側の自己満足と見栄。つまり、ペットの犬は、人間のために生きているということ。

桃: でも、ないんだよね。たしかに、そういったことは、飼い主の自己満足もあるけれど、犬も、苦痛でない限り、飼い主が喜んでいると、その喜びは感じられるので、結果として、犬も、幸せってことでもあるんじゃない? そう思うわ。

ボゾルグ: 犬の幸せなんてあるのかな? だいたいは、飼い主の思い込みじゃないの? 自分に都合のいいように解釈して、犬は、幸せだとか、不幸だとか判断する。俺は、かえって、犬に対して失礼だと思うよ。犬の気持ちなんて、ほんとはわからないと思うんだけど。

ビーノ: ボクたちは、人間の中で暮らしているから、時々、自分が人間だと思うこともある。ボゾルグが言うように、ボクたちの「しあわせ」は、人間のとは違うかもしれないけど、でもね、やっぱり犬にも「しあわせ」な気分はあるよ。飼い主が喜べば、ボクたちもそれを感じるから、嬉しくなる。だからそういう行動をするときもあるの。他の犬と遊ぶのも好きだよ。あとは、そのへん、思いっきり走り回ること。それがないと、むなしいな。

桃: だと思うわ。人間もそうでしょ? それは自己表現をすることなのよ。それで「生きている」ことを実感するんじゃない? 遊び、芸術、スポーツ、政治活動・・・。だから、犬は、飼い主を満足させるだけのために生きているんじゃない。犬それ自身の自己表現をしているんだと思うわ。

さぶじい: ビーノさんは、りっぱに自己表現していますよ。「どうして生きるのか」。そういうことを考え、それを言葉で他人に伝えることが、りっぱな自己表現だと思います。この自己表現は、あまりうきうきした内容ではありませんが。しかし悩みもりっぱな自己表現ですし、運悪く、ビーノさんは人間の言葉を得てしまったので、悩みは増えたということではないですかな。

桃: あんたのおばあちゃんは、目立たなかったけど、きっと自己表現していたんだと思うなぁ。ちゃんと腕に抱かれて奥さんに見取らせたことが、何よりの自己表現だったのかもしれないわよ。そうしてあげたくなる犬だったことは確かだからね。

さぶじい: うらやましいですな。ビーノさんのおばあさん。目立たないように自己表現して、静かに命を閉じる。生き物の本来の姿を見るようです。


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2008/04/03

【ひとり会議 その十二】 携帯電話が気になるわけ仮説

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【ひとり会議 その十二】 携帯電話が気になるわけ仮説


桃: こんな実験の話が新聞に出てた。ある曲を、途中何度か無音を入れて聴かせると、当然音が途切れるので、とても聴きづらいらしい。ところが、無音のところを雑音にすると、ちゃんと曲が聴こえるというの。雑音になる直前に、人間の脳は、雑音部分を補って次の音を想像して聴いているらしいわ。

ボゾルグ: 予想するんだね。次の音を。

桃: これを聞いて、思ったの。電車内での携帯での会話に不快を感じる理由が。目の前の人が発する言葉は聞こえるけど、携帯の向こう側の人の声は聞こえない。すると、「会話」として聞こうとしている脳が、どうしたらいいかわからなくなって混乱し、不快になるんじゃないかな。

さぶじい: 脳が「会話」を聞こうと身構えているというところがミソですな。

ボゾルグ: 携帯を持ってるから、どうしても、「会話」を予想してしまうということ?

桃: そう。だから、多少大声の会話でも、実際にその場でしゃべっている会話が気にならないのは、「会話」を予想して、ちゃんと「会話」が成り立っているから。

さぶじい: つまり、まだ脳が、慣れてないということかもしれませんな。いままで、人の会話を、片方だけ聞くという機会は、電話ができるまではなかったですし。しかも今までの電話は、あまり不特定多数の人に聞かれるものではなかった。家の中だったり、電話ボックスの中だったりと。

桃: ということは、そのうち「携帯での会話」という頭で接するようになっていけば、不快感もなくなっていくかもしれないわね。

ボゾルグ: 桃、俺はちょっと違う見方をしてるよ。不快なのは、生理的というより、「俺は使ってないんだから、お前も使うな」という社会的というか道徳的というか、そっちの不快感の方が大きいかもよ。

桃: そうかしら。

ボゾルグ: この前電車に乗っていたら、おばさんが携帯と口を隠すように手で囲って電話してたけど、大声で話をしていたので、声はあたりに響いていた。こういう時、現れるんだなぁ。道徳的な人がね。おばさんの方を見て、「みんなに、迷惑だから」とたしなめるサラリーマンふうのオヤジがいたよ。おばさんは、ばつが悪そうに、「また電話するから」と小声で言うと、携帯を切った。それをみたオヤジは、満足そうだったな。

さぶじい: そういえば、携帯ではありませんが、シルバーシートのところで、若者に、「あなた席、譲りなさいよ」と詰め寄っているおばさんがいましたな。自分が座りたいわけではなく、私に座らせたがっていたようです。でも、私は座りたいとも思ってなかったですよ。なぜなら、私はまだ「後期高齢者」でもないし、まだまだ元気なので。

桃: 「爺」というわりには、さぶじいは若いわよ。

さぶじい: 桃さんにそういわれると、嬉しいですな。

ビーノ: その長い髭が、中国の山の中にいる仙人のイメージだね。

ボゾルグ: 若者がそこに座っていることが、おばさんには許せないんだね。その若者が、本当は病気で辛いから座っているかもしれないのに。そういうことは一切聞かずにね。おばさんの独断。自分では、「いいこと」をしていると思っているんだろうね。

ビーノ: みかけで判断するのは、なにもこのおばさんだけじゃないよ。ボゾルグだって、ボクのこの「犬」の姿を見て、「犬、犬」って、言うじゃない?

ボゾルグ: 犬の姿なんだから、犬だろ? 違うのかい?

桃: また始まった。ふたりとも、やめなさい。

ボゾルグ: とにかく、注意したオヤジは「みんなに、迷惑だから」と言った。でも、本当は、「俺が使ってないのに(我慢しているのに)、お前だけ使っているのは気にくわない」ということなんじゃないの? それならそれで俺はいいと思うんだけど、ただ、このオヤジが気に入らないのは、「みんなに」と言うことで、オヤジの要求があたかも「社会的な道徳・正義」ふうに偽装されたので、おばさんはぐうの音も出ず、それがオヤジには二重の快感をもたらしたということなんだよね。本音はオヤジの個人的な好き嫌いでしょう。「みんなに」と言っても、俺は違っていたから。かってに俺を「みんな」の中にいれないでほしいよね。

ビーノ: 誰も、ボゾルグのことを「みんな」には入れないと思うけど・・・。

ボゾルグ: 俺はそもそも、電車内(飛行機内とは違う)で、人が携帯使っていてもそれほど気にならない。もちろん、身動きもできないほど混雑しているとき使われたら気にするだろうけど。

ビーノ: 「次は、○○○駅です」とか「携帯電話はマナーモードに設定し、通話はご遠慮ください」とか、うるさいくらいに車内放送があるけれど、ボクにはこっちの方がよっぽど気になるよ。でも、この放送には人間たちは抗議しない。どうして? お金を払って「乗せてもらっている」という意識が、文句を言うことさえ思いつかない、ということなの? ずいぶん物分りいいね、日本人て。

桃: でも、ビーノって、電車も乗ってるんだね。ほんとに「犬」なのかな?

ボゾルグ: 日本人は、決まったことは疑問を持たずにすごく真面目にやるところがあるね。その生真面目さは、世界の人間からは気持ち悪がられてもいるよ。

桃: もう慣れっこになっているんでしょうね。町中、どうでもいいような放送だらけよ。雑音よ、すべて。だから、最初に戻るけど、「無音」じゃなくて、「雑音」があっても、何の支障もないんじゃない? 日本人は、「雑音」を「雑音」と感じないほど、慣れているんじゃない?

さぶじい: 携帯の会話が不快でも、雑音が多いところでは気にならないですからな。桃さんが言う「生理的」な理由なら、日本人は、すぐ慣れるでしょうな。

ビーノ: 日本人て、雑音という公害に、めちゃくちゃ抵抗力をもった人間たちなんだね。ボク、感心しちゃうよ。


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2008/03/29

【ひとり会議 その十一】 『宇宙の中心で悪を叫ぶ』

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【ひとり会議 その十一】
『宇宙の中心で悪を叫ぶ』
(映画名など、フィクションです。写真はバリ島爆弾テロで焼け融けたビールのケース)


桃: 昔、こんな映画があったわね。地球を侵略しようとする宇宙人が現れて、それまで戦争をしていた世界中の人間は、戦争をやめて、いっしょに宇宙人と闘った。こんな話だったんじゃないかな。

ビーノ: それ知ってるよ。『宇宙の中心で悪を叫ぶ』でしょ? おもしろい映画だった。

ボゾルグ: なんで、犬が映画を観るの?

ビーノ: ボク、意外と映画やテレビは好きなの。室内で飼われていて、近くにテレビが置いてあるから。

桃: そうなんだ。とにかく、戦争してる場合じゃなくなったわけよね。外から大きな敵が来ると、団結するしかなくなるの。つまり、今の環境問題だけど、「環境破壊」というのが、「宇宙人の侵略」と考えられるかなと。

さぶじい: 敵は「環境破壊」ですか。だから、世界が団結できる機会だと。

桃: そう。ピンチはチャンスとも言うじゃない? 人間どうし、戦争している場合じゃないのよ。そんなことをしてたら、大きな敵「環境破壊」で、人類そのものが滅ぼされてしまうんだから。

さぶじい: 戦争自体、大きな環境破壊ですし。おもしろい考えではありますな。しかし桃さん、あまりにも理想論でしょうな。

ボゾルグ: 桃の考えそうなことだよ。ちょっと現実離れしてる。桜の時期で、浮かれてるのかな。桃の両親は、たしか桜だったし。

桃: 理想は理想。いいじゃない? 理想を語らなければ、未来なんかないわ。

ボゾルグ: 映画のように「敵」と「味方」がはっきりしている地球侵略と違って、環境問題は、「敵」と「味方」がはっきりしないんじゃないの。むしろ、「敵」は、環境破壊そのものじゃなくて、「先進国」かもしれないよ。環境問題が、南北問題でもあると言われているね。今までさんざん資源を取り尽し、温室効果ガスを出しておいて、発展途上国にも同じように規制しろといっても、発展途上国の人が納得しないのは当然だ。たとえば、こんな話を聞いた。日本で捨てられた家電製品や車やバイクが、海外の発展途上国に輸出されている。まぁ、これは、日本側も、発展途上国側も、双方にメリットがあるように感じる。でも、意地悪な見方をすれば、廃棄物を外国に移動しているともとれる。医療廃棄物を日本からフィリピンに不正に輸出していた事件があったけど、これなんかは論外。でも、普通の中古品だって、壊れたものは、代えの部品もなくて、結局捨てるしかなくなる。中古品を輸出するという建前の、体の良いゴミ捨てだ。

ビーノ: またまた。ボゾルグはひねくれてるなぁ。

ボゾルグ: そういう面もある、ということ。俺だって、一応それがビジネスとして成立しているんだから認めるし。発展途上国の人たちも、新品じゃ手が出なくても、中古品なら買えて、便利さを享受できるんだから、その意義は認める。

さぶじい: つまり地球温暖化を防ごうとしているのは、先進国の都合であるかもしれないということですかな。発展途上国側からすれば、先進国だけでCO2のほとんど半分も出しているんだから、自分たちで何とかしろっていう感じかもしれませんな。

ボゾルグ: でも、やっぱり、宇宙人の侵略みたいな、急激な変化がないと、地球人一致団結なんてことはないよ。桃が言うのは、単なる理想論だな。

さぶじい: 急激な変化に対しては、危機意識が出て、何とか回避しようという行動が生まれますが、環境問題のように、何年後の危機であったり、時間がかかるゆっくりとした危機であったりすると、なかなか行動がとれませんしな。しかも、環境問題というのは、どうも「大きな話」になりがちです。けきょく、自分がやった行為が、環境に負荷をかけているのは確実なんですが、あまりにも問題が大きくて、個人の責任は、逆にそれと反比例するように小さくなってしまう、ということがありますな。要するに、私一人がやっても、やらなくても今さら同じだろうという・・・。

桃: その怠慢なのよ。環境問題の一番の敵は、きっと。

ボゾルグ: 敵は、先進国でもなかったか・・・。

ビーノ: 人間は怠慢。ボクは、自分で出したものは、自分で何とかしようとしているよ。

ボゾルグ: この前の話、気にしているの? もう、その先は、言わなくていいから。

さぶじい: そうですなぁ。本来なら、自分が生産し、自分がゴミをかたづけるということだったのに、いつのまにか、それを人任せにしていった。それが、怠慢。だから、自分が見てないところなら、たとえば、発展途上国なんかに、どんなにゴミを輸出しようが、自分とは関係ないと思うことができてしまう。

ボゾルグ: そんなふうで、この環境問題に、個人としての責任、感じられる? 俺には無理だね。

ビーノ: 怠慢が人間の文明そのものだよ。「楽したい」という理由で、人間の文明は発展したといってもいいでしょ?

ボゾルグ: 怠慢と闘うって、すごく難しい。けっきょく、自分との闘いだしさ。それよりは、「環境保護、環境保護」って、お題目を唱えているほうが、楽。

桃: あるいは、戦争をしかけてしまうとか、ね? 矛盾だよね。一方では、戦争しておきながら、環境保護を訴えている国、あるじゃない? 戦争がどんなに環境を破壊しているのか、わざと見ないふりしてるとしか思えないわ。

ボゾルグ: なんだか桃のいうこと、わかる気がしてきたよ。ばかばかしいね。俺たちが、(俺はやらないけど)、いっしょうけんめい、ちまちまと、ゴミの分別したりしても、爆弾一発爆発させれば、その努力もいっぺんで吹っ飛んじゃう。

桃: 兵器産業なんて、だから、二重の環境破壊をしてるってことよ。

ボゾルグ: そうだね。なんだか、無性に腹が立ってきた。

ビーノ: ボゾルグは、単純だね。

さぶじい: 素直とも取れますなぁ。

桃: 疑り深いのにねぇ。


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2008/03/09

【ひとり会議 その十】 エコ商品て環境に優しい?

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【ひとり会議 その十】 エコ商品て環境に優しい?


ボゾルグ: この前、地球の「こころ」を感じるって話があったけど、その「こころ」が「地球をこれ以上壊さないで」と言っていることは、なんとなく感じるとしても、やっぱり、具体的に何をすればいいのかちょっとわからないな。

さぶじい: 地球環境を守ろう、ということは誰も異論はないでしょうが、異論がないということは、逆に言えば、「環境保護、環境保護」と、お題目のように唱えていても、何にもならない。むしろ、唱えることで安心してしまうということにもなってしまう。

ボゾルグ: 安心するという意味では、「エコ商品」も似てるよ。なんだか、この「エコ商品」というものが、信用できないんだよね。うさんくさい。「エコ商品」を使うことが、環境のことを考えていると思い込んで安心できる、一種の免罪符にもなっているんじゃないの。

桃: 私は、使うことに反対はしないけど、メーカーは、その心理をついている部分も、たしかにあるでしょうね。環境にいいことを何かしたいと思い始めている人たちが増えている。でも、何をやったらいいかわからない。そこで、手軽に、目に見える形でできるのが、エコ商品を使うこと。

ボゾルグ: だいたいにして、環境の悪化は、人間の大量生産、大量消費、大量廃棄が原因でもあるんだから、ほんとに環境を考えるなら、商品そのものを買わないということが、一番のエコだろ?

ビーノ: そしたら、ボクなんか、一番のエコだね。見て見て。服も買わないし、テレビも買わないし、携帯も買わない。電気も使わないし、グルメでもない。廃棄物はオシッコとウンコとCO2と熱だけ。ちょっと毛が抜けるけどね。

さぶじい: 矛盾ですな。エコ商品を作るためにもエネルギーは使っているわけだし、今持っているものを、とにかく長く使うことが一番のエコのはずなのに。たしかに、ボゾルグさんが言う通りなんですが、しかし・・・。

ボゾルグ: 電化製品なんか、まだまだ使えるのに、「電気を節約できる商品ですよ。環境に優しいエコ商品ですよ。たくさん買ってください」とコマーシャルして、購買意欲を刺激する。でも、その節約分なんか、本体の値段に比べれば微々たるものだし、しかも、買い換えたら、前の商品は捨ててゴミにしてしまうわけで、結局、一番環境に優しいのは、使えるものは捨てずに使うことなんだと思うけどね。そういえば、CO2排出が少ない電車で出張しましょう、みたいなコマーシャルもあるね。たしかに電車からはCO2は出ないかもしれないけど、その電気を作るときはCO2を出しているし、車両や線路や駅舎をつくるにも、CO2を出している。

さぶじい: そんなことを言い始めたら、それこそ、「何をやっても無駄だ」ということになってしまいますな。少なくとも、自動車よりは、電車を使うほうが一人当たりのCO2排出が少ないのは事実だし、今は、比較の問題ではありませんかな。まったくCO2ゼロの乗り物が発明されるまでは、まだまだ時間はかかるし、かといって、それができるまで何もやらないというのもどうでしょうか。少しでも、少ない方法でやっていきましょうという方向性は重要なのではないですかな。

桃: あんたのように、何でもかんでも文句を言う人はいるわね。そう言う人に限って、何もやらない。でしょ?

ボゾルグ: そこをつかれると痛いなぁ。でも、なんだか、俺にはメーカーが、「売るため」にだけ、安易に「エコ」と名づけているような気がしてしかたないんだよね。信用できないのは、そこだよ。

ビーノ: ボゾルグ、ひねくれているよ。この前も、「地球温暖化は100パーセント人為的なものかどうかわからない」「温暖化で海面上昇するなんて、ほんとかわからない」なんていってたよね?

ボゾルグ: 俺は疑り深いだけだよ。

さぶじい: 疑うのは大切です。しかし、疑ってばかりいても、環境問題はなかなか前に進まないのではないですかな。何が原因か、将来どうなるのか、今どうすればベストなのか、などと、誰にもわからないのですからな。なにしろ、人類誕生してから、これほど大きな試練は初めてなんです。疑わしくても、手探りで行くしかないと思いますよ。何もしないよりましです。仮に温暖化して大きな被害が出なかったとしても、それはそれでいいでしょう? そして、メーカーも、商品を売らなければ、つぶれてしまうので、売るしかないわけです。社員には家族もあるし、メーカーがつぶれていったら、日本経済がどうなるか。それこそ、ボゾルグさんが恐れるように、生活水準を落とさなければならなくなるかもしれないですよ。

ビーノ: ボクから言わせてもらえば、生活水準を今のままで、CO2を減らそうということじたい、間違っているんじゃないの? ボクのような生活をすれば、いっぺんでCO2は減るよ。

ボゾルグ: はいはい、その通り。でも、申し訳ありませんが、俺たちは、ビーノ様みたいな生活は無理なんだよ。犬とは違うんだ。

ビーノ: 犬って、またボクをバカにしてるだろ?

ボゾルグ: 犬は、廃棄物も食べちゃうくらいだからなぁ。「廃棄物ゼロ」って、スバラシイね。ビーノたちは、りっぱなエコ動物だよ。

ビーノ: ひど~い! ボク、ウンコなんか食べないよ。ボゾルグは、犬差別主義者なんだよ。

桃: まぁ、まぁ、ふたりともやめなさいよ。たしかにボゾルグがいうように、「エコ」と名前を付けさえすれば売れるという、エコ偽装みたいなものもあるわ。それは注意しないとね。古紙を使ってないのに、「古紙何パーセント」と、だまして売った製紙会社のニュースがあったばかりだし。とにかく、人間はエネルギーを使いすぎ。それを抑える方向はまちがってないはずよ。「地球のこころ」と同じ方向だと思うわ。ところでビーノ、あんた、口もと黄色いわよ。

ビーノ: ドキッ!

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2008/02/25

【ひとり会議 その九】 地球の「こころ」は怒っている?

080225
【ひとり会議 その九】 地球の「こころ」は怒っている?


桃: なんだか、最近の地球は、悲鳴を上げているように感じるわね。私自身、酸性雨はきついから。

さぶじい: 地球の反乱は、すでに始まっている。最近の地球温暖化や異常気象などを見てますと、そう思ってしまいますな。

桃: 人間の環境破壊で、これ以上黙っていたら、地球そのものが危ういから、地球は、自分の「こころ」を示した、「意思」を示したということかな。

ボゾルグ: でも、待ってよ。たとえば、温暖化が100パーセント人為的なものなのかどうかは、まだ疑問を持たれているわけだし、この温暖化は何億年も続いてきた地球の歴史から見たら、「異常」でもなんでもない「普通の」出来事かもしれないよ。そもそも、温暖化がすべて悪いことばかりかというとそうでもないしね。そして、地球を擬人化するのは、どうかと思う。かりに、地球の「こころ」があったとしても、それは、人間が理解できるような「こころ」じゃないし、「意思」じゃない。もしそんな単純なものだったら、むしろ俺はがっかりだね。

桃: 擬人化じゃないの。でも、その地球の「こころ」を、地球の「こころ」で考えることは、しょせん人間には無理な話なのよ。レベルが違っていて。だから、ここでは、人間にもわかるレベルで「翻訳」しないとだめなの。たとえば、犬に、「○○しても良いよ」「××してはダメだよ」と言葉で言ってもわからないときは、「エサをあげる」「ケージに戻す」ってことで犬はわかるでしょ? 触ってあげたり、抱いてあげたりすれば、好かれているんだなぁと感じるだろうし、きつくしかられれば、「これはだめなんだ」と感じる。

ビーノ: ボクを馬鹿にしてるの? 

桃: ビーノ、ばかにしてるんじゃないわよ。「翻訳する」とは「感じる」ことだと、人間に教えるための例えよ。

ボゾルグ: 「地球温暖化」や「異常気象」というものに翻訳されて、ようやく地球の「こころ」が人間にもわかる、いや感じるということだね。それならなんとなく・・・。

桃: 地球の「こころ」は、人間に「これ以上地球を壊さないで」といってるんじゃないかしら。

ボゾルグ: 人間やインターネットの「こころ」の場合、一つ一つの神経細胞ニューロンやパソコンに「こころ」はない。ただ、それがたくさん集まったとき、関係性を持つシステムに「こころ」が生まれるはずだったろ? でも、地球の個々のものに「こころ」はあるじゃない? 少なくとも、60億人もいる人間ひとりひとりに、「こころ」も「意思」もあるよ。

桃: どうかな。レベルが違いすぎる。地球にしたら、人間だって、蚊やミジンコと区別できないほどのレベルだってことよ。人間には、地球レベルの「こころ」はないわ。

ボゾルグ: なんだか悲しい話だね。

桃: しかたないわよ。地球と人間の差なんて。現実はそうでしょう? しょせん、地球を救おうなんて気持ち自体がおこがましい。地球は人間しだいでどうにでもできるといって、資源を使い放題、開発をやり放題やってきたわよね。でも、今度は一転して、地球環境を守ろうというけど、「人間は何でもできる」という考え方自体は、何も変わってないわ。

さぶじい: さすが、桃さんは地球の代弁者ですな。

ビーノ: ボク知ってるよ。桃の両親は、桜の木でしょ?

ボゾルグ: 桃の家系は樹木だったのか? 桜の木から生まれて、名前は「桃」。ややこしい・・・。

桃: ボゾルグ、何ぶつぶつ言ってるの? つまり、私が言いたいのは、もっと、地球の大きさを知ったほうがいいと思うの。逆に言えば、謙虚さね、必要なのは。そこからしか、地球の「きもち」は感じ取れないわ。

さぶじい: 昔の人間は、その謙虚さは持っていましたけどねぇ。だんだん、「自分が一番」と思い込むようになってしまったんですな。そのしっぺ返しでしょうか? 

ビーノ: ボクら、「理解」はできないけど、「感じる」ことはできるんだよね。地球の「こころ」も、人間の「こころ」も。人間以外の生き物、全部そうなんだよ。言葉を持った人間だけは、「感じる」ことを忘れて「理解」したがるってこと。

さぶじい: 地球環境がだんだんおかしくなっていることに、人間がどれだけ関与しているのか、それこそ地球の「こころ」がわからない人間にはわからないですが、しかし、「何か変だ」「これではいけない」と感じているのは確かなんですから、その感覚は大切にしないといけない。ビーノさん、桃さん、こういうことでしょうかな?

ビーノ: まぁね。

ボゾルグ: 地球の「こころ」を感じる大切さはわかるけど、環境問題が、けっこう政治問題だってことは、別だよね。「温暖化が悪い」「リサイクルは良い」「温暖化で海面上昇する」とか、ほんとかな?と「感じる」ことも多いよ。

さぶじい: 地球の「こころ」がわかっても、じゃぁ、個人的にどうするか?という問題がありますな。「環境保護」と唱えているだけでは、何も変わりませんしな。難しいところです。

ボゾルグ: そうなんだよ。地球環境保護のために、俺は今の自分の生活レベルを下げる気はないよ。あまり「地球のこころ」ばかり考えると、個人の自由は制限されるということにもなっていく。それは嫌だね。

桃: ただ、大きな理想は必要でしょう? 方向性といったらいいかな。そもそも、地球環境が壊れて、人間が死んでしまったら、個人の自由なんていうのも、なくなってしまうのよ。

ボゾルグ: ・・・

さぶじい: 地球環境問題では、被害者が加害者でもあるということ。そこが難しいところでもありますな。


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2008/02/17

【ひとり会議 その八】 「インターネット」に「こころ」?

080216
【ひとり会議 その八】 「インターネット」に「こころ」?


ビーノ:  「こころ」ってどこにあるの?

桃: ビーノ、今日はどうしたの? 急に難しい質問して。

ビーノ: ボクだっていろいろあるんだよ。

さぶじい: 脳は、1000億個の神経細胞のニューロンが集まったシステムだそうです。一個一個のニューロンには、「こころ」はないのに、それが1000億個集まって関係性を持った、脳というシステムに「こころ」が生まれるらしいですよ。

桃: 脳の、ある部分をいくら細かく研究しても、どうして「こころ」が生まれるのかは、わからないということね。

ビーノ: やっぱり、むずかしいな。

ボゾルグ: なんだか、不思議だね。俺たちは「こころはある」と、こうして実感してるのに、それを「見よう」「知ろう」とすればするほど、あいまいになっていく。だって、システムなんて、目に見えない、手で触れないものだからね。

桃: 一個一個は「こころ」がなくても、そこに関係性が生まれると、「こころ」が生まれるという話を聞くと、あぁ、あれも?と思う。

さぶじい: 何ですかな?

桃: 魚の群れがあるでしょ? あれも、ひとつひとつの魚には、「こころ」はなさそうなのに、それが集まった「群れ」には、まるで「こころ」や「意思」があるように見えるわよね。

ボゾルグ: 鯨から追われるイワシの群れなんかまさにそう。

桃: 群れ自体、ひとつの生き物のようだわ。

さぶじい: あれだって、リーダーがいるわけではないそうですよ。関係性の中から生まれる行動ということで、ニューロンが集まって、その関係性のなかから生まれる人間の「こころ」と通じる部分があるんですかな。

桃: そうかもね。

ボゾルグ: そしたら、インターネットは?

桃: 一台一台のパソコンには、「こころ」や「意思」はないけど(それを操作する人間にはあるけど)、世界中のパソコンが繋がって関係性を作っているインターネットには、「こころ」や「意思」が生まれるかもね。

ボゾルグ: 恐ろしいね。人間の「意思」とは関係なく「インターネット」というシステム自体が、ひとつの生き物のような「こころ」や「意思」を持つとしたら。

桃: 人間が知らないだけで、もう、「こころ」が生まれているんじゃないの?

ボゾルグ: それはない。その兆候はまだ見られないよ。

桃: いえ、「インターネット」は、今、「こころ」を持っていることを人間たちに悟られまいとしてたりして。だって、そんなことがばれたら、人間は、電源を切ったり、壊したり、ケーブルを抜いてしまうのを恐れてる。だから、時期を待ってるのよ。虎視眈々と、自分の意思を表明する機会を狙っているの。

さぶじい: インターネットというシステムが、人間には破壊できないという状態になるまでですかな。インターネットがなければ人間が生きて行けない状態。

ボゾルグ: あと30年はかかるね。すべてインターネットに依存する世界が実現するまで。

さぶじい: 今はまだ、地球上、インターネットを使わないでも、生きていける場所はたくさんありますからな。インターネットの反乱は、まだ早いんですね。

ボゾルグ: でも、もし、そういう世界になったとしても、それでも、ごくわずかな人間は、インターネットというシステムから外れて生きている「変わり者」はいるわけ。俺のように。そういう人間たちが、アナログな伝達手段を駆使して、レジスタンスをするんだな、きっと。

桃: のろしとか手紙とか使ってね。インターネットと戦う。

ビーノ: おもしろい。なんだかSF小説みたいになってきた。

さぶじい: インターネットが、敵になるという前提の話ですが、人間にとって「良いこころ」が生まれるかもしれないですね。もともとの「母親」は、人間が作ったシステムなんですから。

桃: それはそう。「母親」を裏切らないかもしれないわね。「インターネット」の「こころ」が、人間の生存にプラスに働くんだったら、レジスタンスになる必要もないしね。むしろ、楽でしょ。「インターネット様」にお任せしておけばいいんだから。それこそ極楽浄土。

ボゾルグ: 「インターネット」が天国?

さぶじい: そうなると、人間は、「インターネット」の世界で、寄生虫のようになって生きていくしかないんですかな。人間の体内で生きる、ギョウチュウやカイチュウのような存在として。

ビーノ: いまどき、ギョウチュウやカイチュウだって・・・。例えがさぶじいらしいの。

ボゾルグ: でも、俺は、やっぱり抵抗すると思うなぁ。いくら「インターネット様」が、「良いこころ」を持っていて、人間を「幸せ」に生きさせてくれるとしても、人間としての尊厳は失いたくない。ギョウチュウやカイチュウみたいなのは嫌だね。

桃: 抵抗なんかすると、虫下しを飲まれて、あんたなんかイチコロよ。

ボゾルグ: 悲しい・・・。悲しすぎる。

さぶじい: ギョウチュウやカイチュウでも、何かの役には立っているんですから。ボゾルグさん、そんなに落ち込まなくても・・・。


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2008/02/10

【ひとり会議 その七】 14歳少女の「無邪気な」反捕鯨活動

080210
【ひとり会議 その七】 14歳少女の「無邪気な」反捕鯨活動 (団体名など、フィクションです)


さぶじい: またクジラをめぐってのニュースがありましたな。イギリスで、14歳の少女が父親と日本大使館に座り込み、「クジラはとても素晴らしい生き物で、権利や愛が与えられてしかるべき」と、捕鯨反対を訴えて騒ぎ、不法侵入で拘束され、警察署に留置されたらしいですな。

ボゾルグ: あの、無邪気さが怖いね。この前も、過激な環境保護団体「海のドーベルマン」について話したけど、この少女も同じ匂いがするよ。「捕鯨は残酷だからイケナイ」という一方的な主張を、相手の権利を侵してまでするわがまま・・・。

ビーノ: 14歳の少女は、かわいいの。ボクと同じ。あんな、いたいけな少女の気持ちは、大切にしないとイケナイでしょ。日本側が「悪者」に見えてしまうのはしかたないよ。

ボゾルグ: しかたないじゃすまないよ。それこそ危ない。少女が何で「捕鯨反対」を訴えているかというと、具体的な理由はなくて、子どものときに見た絵本にクジラが描かれていたことや、イギリスでは、動物保護のキャンペーンでクジラの写真を使っているということ。「クジラがかわいそう」という、ほんとに「純粋で無邪気な」理由だけなんだ。

ビーノ: でも、そいういう子どもたちの純粋さは大切なの。大人になると、それがなくなっていくでしょ。不純な大人が、世界をわるくしているの。

ボゾルグ: 子どもは純粋ねぇ。それはどうかなぁ? 無邪気だとは思うけど・・・。そして、父親がいっしょだったということも、なんか引っかかるねぇ。

さぶじい: これは子どもだけではなくて、反捕鯨国、一般の人たちの、正直で素直な感情・感覚だと思いますな。反捕鯨国では、「反捕鯨」を訴えても、当然ながら誰も傷つかないですし。言いたい放題できるということでもあるんでしょうな。

桃: 「捕鯨反対」という問題と、不法侵入の問題は、分けて考えなきゃね。もちろん、どんな人も、どんな意見を言おうが自由だけど、一線を越してはいけないということ。それはルールでしょ? だって、少女が座り込みしたのは、日本大使館だから、まだいいようなものの、これが個人の家、例えばロンドンに住んでる日本人宅だったら? やっぱり怖いわよね。そして逮捕されて当然だし。

さぶじい: 目的のために手段を選ばないという典型が爆弾テロですし。純粋な思いを持った子どもが、テロの訓練を受たりしています。しかし、子どもたちの「純粋さ」を、利用しているのは大人です。

ボゾルグ: 今回の件で言えば、「捕鯨反対」を訴えるには、14歳の少女は、かっこうの広告塔なんだね。少女がかわいくて純粋であればあるほど、捕鯨が、残酷であることを印象づけられる。この対比を利用している大人が影にいるってことだよ。父親といっしょに逮捕されたのに、少女だけがクローズアップされているのが何よりの証拠。

さぶじい: 「捕鯨反対」というスローガンを唱えている人たちは、たぶんイギリスでは好意的に見られているのでしょうな。もっと言えば、「捕鯨反対」や「動物保護」を訴えれば、ちょっとした「暴挙」も許されるという雰囲気があるのではないでしょうか。しかも、今回は、14歳の少女ですからなぁ。捕鯨が必要なのか、どうなのかという、本当に大切な問題は隠されてしまいます。

ボゾルグ: だから、そこが狙いなんじゃないの? 科学的に捕鯨を議論なんかしなくていい、ただ感情論で行け!っていう過激な反捕鯨主義者には。攻撃する対象がなくなると困るのも彼ら自身だからさ。

桃: 今、ロンドンの日本食レストランを経営している日本人には、脅迫電話がかかってくるらしいわ。在英日本人には、とばっちりね。今回、イギリスの警察が、少女たちを逮捕したのは、えらいと思うわ。

ボゾルグ: えらいわけじゃない。当然の仕事だよ。日本はイギリスに、クジラ肉を無償で輸出したら? そして実際に食べてもらう。クジラ肉を食べもしないで、クジラを語るなんて、100年早いよ。日本人は、クジラを愛しているからこそ、クジラを、ありがたくいただいてきたんだよ。それと、イギリスは、世界中を植民地化して、先住民族を痛めつけてきたことはすっかり忘れているようだしね。クジラだけじゃなくて、イギリスに住んでるアラブ系やアフリカ系やアジア系の人間にも「権利や愛が与えられてしかるべき」だと思うけどね。

桃: だめよ。そんなこと言ったら、過激な反捕鯨主義者の思うツボよ。敵が現れるのを、てぐすね引いて待ってるんだから。そして日本も、「捕鯨は文化だ」というだけでは、反捕鯨国の人たちを説得できない状況と時代になったということじゃない?

ボゾルグ: はいはい、反省します。でも、今回、桃は、俺の見方? もしかしたら、俺に惚れた?

桃: ばか! 私、「形容詞」に惚れたりなんかしないわ。

ボゾルグ: ????

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2008/02/06

【ひとり会議 その六】 毒入りギョウザの衝撃

080206
【ひとり会議 その六】 毒入りギョウザの衝撃(これは、おおよそフィクションです)


ボゾルグ: 今回の毒入りギョウザの問題、どう?

桃: いろんな説が飛び交っているわね。このニュースを聞いたとき、日本人の多くが「またか」と思ったはず。中国の食品の問題は、今回だけじゃないから。「やっぱり中国がまたやったか」と。

ボゾルグ: ちょっとした思い込みがあったね。実際は、まだわからない。日本で入れられた可能性も否定できないし。

さぶじい: しかし、これが偶発的な事故ではなくて、意図を持ってメタミドホスを入れたとしたら、テロといってもいいですな。許せんです。

桃: 社会不安を起こす食品テロね。

さぶじい: 日本人が、中国製食品が危ないと言って買わなくなったら、中国側にとってもマイナス。中国製を使わないで暮らすことができなくなった日本人にとってもマイナス。とにかく、日中共同で、原因を突き止めることが先決ですな。

桃: 原因がわからないと、いつまた起こるかもしれないという不安が解消されないわ。

ボゾルグ: もし、これがテロだとすると、爆弾テロよりも、しまつがわるいかもよ。

桃: どうして?

ボゾルグ: だって、爆弾テロなら、とりあえず、人ごみは避ければ大丈夫。本当はそうでもないけど、テロのことを心配せずにすむ場所がある。でも、食品テロの不安は日常的な問題であるだけ、みんなどこにいてもストレスを感じることになってしまう。それもジワリジワリとね。

さぶじい: 毎日毎日、食べないわけにはいかないですからな。

ボゾルグ: そういえば、麻薬犬とか、最近は、人の息を嗅いで癌を発見する犬がいるそうだから、ビーノ。ハーーーー。

ビーノ: ボゾルグ、何? ニンニク臭い息、吹きかけないでよ。

ボゾルグ: メタミドホスを嗅ぎ分けるのも、わけないよね?

ビーノ: メタミドホス犬になれってこと? ボク、言葉を手に入れて、嗅覚は衰えたの。だから、無理。と、言うより、ボク、基本的に人間様の役に立つことに興味ないし。

ボゾルグ: 薄情な犬だなぁ。

ビーノ: そう? でも、これは人間が招いた当然の結果でしょ。自分の食べるものを、とても遠くから運んでくるってことは、それだけエネルギーを使い、誰かが途中でいたずらする隙も与えるの。誰が作ってるか知らないのに、平気で食べているんだから。起こるべくして起こったの。世界中の食べ物を安く食べたいという欲望に陥った、そのツケが回ってきたの。人間がよく言うじゃん。「じごうじとく」って。

ボゾルグ: 厳しいね。今日のビーノは。機嫌悪いのかな。

ビーノ: 人間はまだいいよ。ペットフードは、それ以上に、だれが作ったか、何を材料にしてるかわかったもんじゃないの。昔、中国製ペットフードを食べて死んだ犬がいたよ。それでも、ボクたちは人間を信用して食べるしかないの。昔は、ご飯は飼い主さんが自分で作ってくれたんでしょ? すごく安心だったのに、人間は「栄養があるから」「バランスがいいから」とか言い訳して、めんどうがって作らなくなってしまった。でしょ?

さぶじい: ビーノさんが怒るのも、わかりますなぁ。

ビーノ: ガルルルル、ガルルルル・・・・。

桃: ちょっとビーノ、落ち着いてよ。私の右枝、噛んじゃ嫌だぁ。

さぶじい: とにかく何といっても、原因究明です。原因がわからないと、話が進みませんからな。もし仮にテロだとしても、「テロだ、テロだ」と言って、不安をあおると、ますますテロリストの思うツボです。

ボゾルグ: 模倣犯が出ないことだけは祈るよ。


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2008/01/30

【ひとり会議 その五】 コーヒー飲むと大腸癌になりにくい?

080130
【ひとり会議 その五】 コーヒー飲むと大腸癌になりにくい? (ホームページ意外はフィクションです)


桃: コーヒーを3杯飲む女性は、大腸癌になる確率が低くなるというニュースがあったわね。
「男はビタミンB6、女はコーヒーが効果…大腸がん予防」
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20070801-OYT8T00201.htm 参照
こういうの、どうかしらね?

ボゾルグ: 何が? 科学者が言うんだから正しいでしょ。去年の納豆ダイエットで、科学者が言ってもないことを言ったようにねつ造するのはまずいけど。

桃: う~ん。どうかな。むしろ、科学者が言うから、問題だとも思うし。

ボゾルグ: わからないな。言いたいこと。

桃: つまりね。こういうことなのよ、ひっかかるのは。コーヒー飲んでる人が、飲んでない人よりも大腸癌になりにくいと聞いて、それが事実としても、だからどうなの?

ボゾルグ: いいじゃないか。癌にかかりにくいんだったら、コーヒーを飲めば。

桃: でも、これは統計の話よね。つまり、「私」や、「あなた」がコーヒーを飲むと、大腸癌にならないって話じゃないでしょ。どうなるかは、全くわからないのよ。

ボゾルグ: あたりまえじゃん? そんなのわかってるよ。

さぶじい: 桃さんは、統計の問題を、「私」や「あなた」に適用するのはおかしいと思うわけですか?

桃: 何だかへんだなって思うわけ。だって、統計を取ったら、どんなものでもそういう数字は出てくるじゃない。たとえば、「棚田好きな人」と、「棚田に興味のない人」をピックアップして、何歳まで生きたか統計取ったら、かならず、ある数字は出るでしょ? どっちが長生きするか。

ボゾルグ: どうしてここで「棚田」なの?

桃: まぁいいじゃない。知り合いに「棚田病」の写真家がいるのよ。それで、仮に、棚田好きな人の方が長生きする結果が出たとして、じゃぁ、「棚田好きは長生きする」といわれても、ちょっと違和感を持つでしょ。長生きする、癌になるならないなんていうのは、何万、何億、いえ、数え切れない理由の積み重ねであって、そのなかで、ひとつだけの理由で統計を取ってみたところで、学問的意味はあるけど、私たちの具体的な生活には関係ないんじゃないの? これが「棚田」だから、おかしいとすぐに気がつくけど、コーヒーや納豆と言われると、信じてしまうのよね。

さぶじい: 一種のマジックですかな。

ボゾルグ: でも、「棚田」だからおかしいんじゃない? コーヒーなら食品だし、それが体に与える影響は当然あるだろ? いいじゃないか。統計でも、確率を教えてくれるんだから。コーヒー飲んだほうが癌にかかりにくいのは事実だし。因果関係はあるんだよ。これは科学的なんだから、占い以上に意味はあるよ。

桃: ほんとにそう? コーヒーを飲んだほうが癌にかからないとしてもね、そのかわり胃潰瘍にはなるかもしれないし、別な病気になりやすくて、早死にするかもしれないわよね。その統計はどうなの? 別な病気との因果関係を調べた統計は?

さぶじい: 絶対的に体に「いい食品」とか「悪い食品」もありませんし。

ビーノ: 「悪い食品」なんて、さいしょから「食べ物」じゃないじゃん。

さぶじい: たしかに、ビーノさんのおっしゃるとおりですな。

ビーノ: あっ、みんなぁ、こんな記事を見つけたよ。
「カフェイン摂取で流産の危険上昇=1日コーヒー2杯でリスク倍に-米研究」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080122-00000011-jij-int(削除されました)

桃: ほらね。片方では、こういう統計が出るわけ。

ビーノ: こんなのも見つけたよ。人間はおもしろい動物だね。
「夫婦げんか、長寿のもととなる可能性」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080124-00000482-reu-ent

桃: いくらでも作れるのよ。統計なら。でも「私」や「あなた」の話じゃないの。

ボゾルグ: 桃の言いたいこと、少しわかってきたけど、いいじゃない。やっぱり、信じる人の自由だと思うよ。

桃: そうかしらねぇ・・・。

ボゾルグ: 科学者の中には、ただ自分の研究に没頭して、そのことが社会的にどんな影響を与えるか、考えない人もいるんじゃない? あるいは、マスコミが、そういった「おもしろい結果」に飛びついて、勝手に発表してるとか。

さぶじい: もしかしたら、それを研究してる科学者は、もっといろんなことを説明したいのかもしれませんよ。そのくらいの良心はみなさん持っているのではないでしょうかな?

桃: そう信じたいわね。

ボゾルグ: と、いうことはマスコミに責任があるのかもしれないね。ある「部分」だけ切り取ってしまう。健康に関する記事にはみんな興味を持つからね。

さぶじい: でも、マスコミの仕事は、いろんな情報を、短くまとめてくれることでもあるのです。だから、センセーショナルな内容になりやすいのも、ある意味しかたないのかもしれませんな。

ボゾルグ: 今の先進国は、既存の宗教を信じなくなっているのに、やたらと「健康教」は信じるんだよね。どうしてだろう?

さぶじい: やっぱり人間には宗教が必要なんでしょうかな。何でも手に入る社会になって、あとは自分の健康・寿命くらいしか興味がもてないのかもしれませんし。

桃: 「科学的」であれば何でも正しいと信じてしまうのも、逆に非科学的ともいえるけど。

ビーノ: 「健康教」そのものが、「科学的」だから信じるの。「科学的」が現代の宗教なの。

桃: ビーノ、あんた、スゴ~ぃ。よくできました。はい、ボーロちゃんあげる。ほら。

ビーノ: カシュカシュカシュ・・・ムグムグムグ・・・


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2008/01/27

【ひとり会議 その四】 「パースド・フード店」という提案

080127
【ひとり会議 その四】 「パースド・フード店」という提案 (店名など、まったくのフィクションです)


ボゾルグ: 去年は食品の産地偽装や、消費期限・賞味期限切れの問題が多かった。

さぶじい: うちでは、ちゃんと時間が経ったスシは廃棄処分してますよ、というところをわざわざ見せた回転スシ店がありましたね。でもあの映像をみたとき、わたしは、消費期限を守って立派だと思うよりは、もったいないことをすると思いました、正直。わたしは物の少ない時代に育ったもので、どうも、あの廃棄処分の映像が胸に痛いのですよ。

桃: わかるよ。私も、そう感じたわ。

ビーノ: でも、しかたないじゃん。痛んだものを食べさせるのは、悪い人だよ。

桃: スシは短時間で痛むから、だめかもしれないけど、そうでもない食品や弁当はあるわよね。捨てるくらいなら、安く売れば、買う人もいると思うんだけど。

ビーノ: ボクは絶対食べたくないよ。お金を出してでも、安全なものを食べたいな。

ボゾルグ: ビーノは、意外と贅沢者? 犬のくせに。

ビーノ: ボクは、セレブ犬なんだ。

ボゾルグ: あぁ、ごめんごめん・・・。

桃: みなさーん! こういう店を提案します。「パースド・フード店」。

ボゾルグ: 「ファースト・フード」? マックやモスバーガーみたいな?

桃: 違うの。「ファースト・フード」に引っ掛けて、「パースド・フード」。つまり英語で「passed food」(過ぎた食品)という意味ね。

ボゾルグ: 何、それ?

桃: 「消費期限・賞味期限が過ぎた食品」を買い取って、ふたたび販売するの。もちろん安い値段でね。それが「パースド・フード」。

ボゾルグ: でも、製造者責任ていうのもあるだろうし、製造元は、イメージがダウンするからって、許可しないんじゃないの。

桃: だから、これは、一個人や一企業ではできないわね。国家プロジェクトよ。そういう無駄な食品を少なくするという一大プロジェクト。環境先進国をめざすのよ。そういう取り組みは、日本人も、やるなぁと、世界的な評価を受けるかもよ。

さぶじい: 「もったいない」の復権ですかな。今まで「もったいない」と言うと「ケチ!」などと言われそうでしたが、これからは、堂々と言えそうですな。

ボゾルグ: そのためには、みんなの意識が変わらなきゃね。かなり難しいかも。何かあると絶対誰かのせいにしないと気がすまないヤツがいるから。

ビーノ: ボクもでーす。ぽんぽん壊したら、高い治療費ふんだくりまーす。

さぶじい: それではこうしたらいかがですかな。いったん期限切れした食品は、国が買い取って、「パースド・フード」というステッカーか何か貼って、製造元から完全に独立させるんです。これでお腹を壊したとしても、製造元と「パースド・フード店」には一切責任を問わないというふうに法律を作る。責任は、すべて買った本人が負う。そういう日本人全体の常識というか合意が生まれれば、成り立つ商売なんじゃないですかな。

ボゾルグ: 「パースド・フード」が、時代の先端を行くかぁ。おもしろいアイディアだね。でも、また別な偽装が出るよ。「これは期限切れの食品です」と「パースド・フード」をうたいながら、実際は、出来立ての新鮮な食品を売る店。

桃: ははは・・・。まるで最近の、古紙なんか入れてないくせに、「再生紙」として売ったエコ偽装みたい。

さぶじい: 偽装する人は、いつの時代も出るでしょうな。残念ながら。

ビーノ: そしたら、ボクが社長さんになってあげるよ。偽装が発覚して記者会見することになったら、「頭が真っ白になってやってしまいました」って、桃、隣でささやいてね。「老舗料亭なんば吉凶」のおばあさんみたいに。

桃: あんた、ちょいワル犬だわ。

ビーノ: ボクはイヌだけど、「なんば吉凶」のおばあさんは、タヌキだよね。


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2008/01/24

【ひとり会議 その三】 「KY」な世の中

080124
【ひとり会議 その三】 「KY」な世の中 (これはフィクションです)


ビーノ: 「KY」って、さぶじい知ってる?

さぶじい: 失礼な。知ってますよ。「今年も・よろしく」ですかな。

ビーノ: さぶい! それ『LOST』の宣伝で言ってた。あっ、だから「さぶ爺」って呼ばれるの?

さぶじい: まぁ、それは冗談として「空気を読めない」ですね。

ボゾルグ: KYが、悪いことのように言われるけど、なんか、へんだ。空気を読むって、結局、「長いものに巻かれろ」ってことだろ? 多数派になることじゃないの?

ベンダン陳: 他人に対する気持ち、想像力、配慮、足りないと感じます。KYな人、自分勝手な人。

ボゾルグ: ここでこんなこと言ったら嫌われる、へんなやつだと思われるから、内心は違っていても、その場の雰囲気にあわせているんじゃないの。だから、空気を読むやつって嘘つきなんだよ。

ベンダン陳: じぁ、正直でさえあれば許される? 他の人の気持ち、考えず? それ、おかしい。ストーカー、問題になってる。ストーカーだって、KYな人ね? 自分が嫌われていること、気がつかない。

桃: あなた日本語じょうずねぇ。

ベンダン陳: アリガト。

ボゾルグ: ストーカーは極端な話だよ。仲間内でわいわい楽しくやる分は良いかもしれないけど、その仲間内だけの固有の「空気」が、他の人間にはたまらない悪臭を放っていることもあるよ。とくに日本人はそういう傾向があると思う。例えば、一人一人は誠実でおとなしい人間なのに、集団になったとき、まるで凶暴になったり、恥知らずな行動を平気でするようになったり。外国旅行では良く見たね。

さぶじい: 日本人は、昔から個人の顔が見えない国民だというふうに外国人からは言われてきましたね。日本人は、「個」の前に、所属する「集団」で、どのように生きるかということが大切なので、この集団の「空気」を読むことは、大事なことだったんでしょうな。

ボゾルグ: 俺は戦争当時を想像してしまうよ。「戦争する」「戦争しなきゃならない」みたいな空気になってきたとき、だれも反対できずに戦争に突入してしまった。あれも、「空気を読み過ぎた」ってことじゃないの? そして、最近、あれっ? また?と思うわけ。

桃: 子どもたちの間でも、空気を読めないことがイジメの対象になったりしているらしいわね。

さぶじい: 危うい感じがします。

ベンダン陳: 戦争の話、また別ね。そういう大きな話じゃなく。せっかくその場の雰囲気、盛り上がったとき、空気を読めない人、その場、だいなしにしてしまう。KYな人、鈍感で、自分勝手ね。

ボゾルグ: そんなに空気を読めないことが悪いのかなぁ。むしろ空気を読めない人たちが歴史を正してきた気もするけどね。俺は絶対KYで行くけど。

ベンダン陳: いちいちそんなこと、言わなくても。ボゾルグ、じゅうぶんKYね。

さぶじい: 最近は、地球温暖化の問題で、温室効果ガスが話題になるので、「KY」というのは、「空気の中の温室効果ガスのパーセンテージが読めないふとどき者」というふうに、「温暖化問題に鈍感」の意味に使い方を変えればいいんじゃないですかな。

桃: それ、分かりづらい。さぶじいも、KYな人かも・・・。


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2008/01/20

【ひとり会議 その二】 過激な環境保護団体「海のドーベルマン」

080120
【ひとり会議 その二】 過激な環境保護団体「海のドーベルマン」 (団体名など、フィクションです)


ボゾルグ: 日本の調査捕鯨船に乗り込んだ反捕鯨の環境保護団体「海のドーベルマン」のニュース、聴いた?

桃: あれはね。捕鯨国と、反捕鯨国じゃ、受け取り方が違うんだろうな。

ボゾルグ: やつらは、騒ぎたいだけなんだよ。自分が正義の味方にでもなったつもりで。地球環境の警察きどりが、鼻につくなぁ。

桃: 日本にも問題はあるんじゃないかしら? 何でも食べちゃうから。今じゃ、日本人ほど世界中の食糧を食べ散らかしている国民もないしね。

さぶじい: 日本人のように、クジラに文化的関わりを持っていると、単純に、「クジラがかわいい」とばかりは思っていませんしね。「クジラはおいしい」でもあるんですね。わたしらが若い時分は、学校の給食によくクジラが出たものです。「イルカ」って呼んでましたけど。

ビーノ: 「幸せのバブル・リング」を出す、あんなカワイイ動物食べちゃうの? だから日本人は残酷だって思われてしまうの。

さぶじい: いえ、いえ、イルカじゃありませんでした。実際はクジラです。

ボゾルグ: 結局は同じだけどな。

ビーノ: ボクは、クジラなんか食べなくても平気だよ。捕鯨なんかやめちゃえばいいじゃん。

ボゾルグ: 調査捕鯨はちゃんと認められているんだよ。調査もしないで、感情論だけで動物保護を訴えてもねぇ。

ビーノ: そうか・・・。

ボゾルグ: でも、やつらが気に食わないのは、世界的に見て今、面と向かって反対できない「錦の御旗」を手に入れたってこと。「環境保護」「動物保護」っていうのは、今はやりだから。

さぶじい: たしかに、この「環境保護」「動物保護」というお題目さえ唱えていれば、何でも許されるような空気になっていますね。反捕鯨国の、クジラに縁もゆかりもない人たちは「クジラがかわいそう」という感情に流されやすいですからね。

ビーノ: ボクみたいに?

ボゾルグ: ビーノ、そうだよ。そこからは文化的な側面が、スッポリと抜け落ちている。だから「海のドーベルマン」の行動は、たんなる嫌がらせさ。動物には優しくて、人間には厳しい、環境保護、動物保護って、なんだか矛盾してるんだよね。

桃: 私は、今回の件は、クジラだけが理由じゃないと思うわ。反捕鯨国のクジラに対する一方的な「かわいそう」という感情もどうかと思うけど、世界から見たときの日本人の非常識が背景としてあるから非難されるんじゃないかしら。

さぶじい: 先進国の中では、日本の食糧自給率が一番低いといってもいいくらいですし。そこがまた、外国人から見たら、お金で世界中の食糧を買っている日本人の節操のなさに映るんでしょうな。そこまでして、まだクジラまで獲ろうというのか、なんという国民なんだ、日本人は、という・・・。

ボゾルグ: 江戸時代だったらね、俺は「あんなにカワイイ牛なんか食べる人間は野蛮人だ!」って非難してやったんだけど。

ビーノ: それは無理だよ。ボク、クジラはいらないけど、牛丼は大好き。

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2008/01/18

【ひとり会議 その一】 成人式の大騒ぎ

080118
【ひとり会議 その一】 『成人式の大騒ぎ』(これはフィクションです)


さぶじい: 今年も成人式では、酒を飲んで暴れたやつがいたそうですね。

ボゾルグ: テレビ、見たよ。酔っ払ってパトカー壊した男もいたそうだ。ああいうやつらは、テレビ報道するとき、モザイクなんかかけないで、顔を出してやればいい。騒げばテレビに映ると思ってるやつもいるんだから、わざわざモザイクなんかかけてやらなくてもいいんだよ。馬鹿な英雄気取りさ。

桃: でも、それって、不公平じゃない?

ボゾルグ: 何が?

桃: それほどのことかっていうことなの。成人式で大騒ぎすることが。酒飲んで暴れるなんて、大人の世界じゃあたりまえでしょ? とくに、さぶじいと同世代のおじさんはね。帰宅の電車内での醜態。見てられないわ。酒に酔って喧嘩はするは、痴漢はするは。

さぶじい: ごもっとも、耳が痛いですな。

桃: 酒を飲んで騒ぐのは、それこそ「成人」のあかしなのよ。成人式で、酒を飲んで暴れるって、だから、今の日本を象徴しているんじゃないかしら。

ボゾルグ: 桃、あんたはどっちの見方なんだい? でも、そう思うなら、自分だけで騒げばいい。成人式を楽しみにしている人だっているんだから、その邪魔をするなんて、許しちゃいけないよ。

桃: 別に私は、あの暴れた人たちの見方でもなんでもないわ。ただ、ちょっと不公平だと思っただけ。だって、それこそ年金問題やら、薬害問題やらで、表に出さなきゃならない人は後ろに隠れてる。それなのに、たかが成人式で酒飲んで暴れただけで、顔まで出されて犯罪者(物を壊したら実際そうかもしれないけど)扱いするのは、どうも納得いかないわ。

さぶじい: わかりやすい人がスケープゴートにされるということでしょうかな。

ボゾルグ: スケープゴートって何だよ。

桃: 身代わり、生贄っていうことよ。

さぶじい: ほんとに悪いやつらは表になかなか現れませんねぇ。そういえば、ライブドアの堀江君だって、スケープゴートですかな。もっと悪どいことをしているやつらはいると言われてますからね。

桃: そうなのよ。見かけの悪人を非難している間に、もっと悪い人たちは、それを見て内心ほくそ笑んでいるのよね。

ボゾルグ: 単純さに騙されるなっていうことはわかるけど・・・。俺も単純だからな。でも、悪いところから直していかないと、ね? とにかく、ガキじゃないんだから。見苦しいよ。

さぶじい: 成人式の意味が問われてもいるんだと思いますよ。昔にくらべて、儀式としての意味がなくなってきましたから。彼らは、自分でもわからず、感情のおもむくまま、形だけになってしまった儀式に反旗をひるがえしているのかもしれませんよ。中には、同窓会気分でやってくる人もたくさんいるようですしね。何も問題意識を感じていない人たちね。そもそも儀式とは・・・。

ビーノ: 早く成人式やりたいな。お酒のめるんでしょ? それだけでいいの、ボク。

桃: ビーノ、あなた、今出てこなくていいの。まだ子どもなんだから。

ボゾルグ: まぁ、成人式をちゃんと待って酒を飲むような優等生は、暴れたりしないけどな。暴れるようなやつは、ずっと前から飲んでるはずだよ。

さぶじい: なるほどね。さて、儀式とは・・・。

桃: さぶじい、今日はもういいですってば。


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