夢曼荼羅のブログにようこそ

夢日記をつけ始めて1年半以上たちました。

毎日夢を見ていますが、たいていは忘れてしまい、なかなか印象的な夢はそう多くはありません。

私にとって印象的な夢というのは、写真家という職業柄か、視覚に訴えるものといっていいかもしれません。ようするに「絵」や「写真」や「映画」のように、印象的なシーンで覚えている夢です。

心理学者ユングは、6年間、方向喪失の時期があり、この間、夢を記録しイメージを絵に残しています。

ユングの無意識は活性化し、円と四角からなる絵も描きました。友人の中国学者から贈られた本によって、自分の描いたその絵が曼荼羅だと知ったのでした。そしてユングの中で曼荼羅は、意識と無意識を含めた自分の中心「自己」のイメージへとつながっていったのです。

ユングの考え方では、「意識」→「個人的無意識」→「普遍的無意識」というふうに階層を作っています。この一番深いところの「普遍的無意識」というのは、人類が共通して持っている無意識だといいます。

ユングは「普遍的無意識」に秘めた可能性を信じ、 自己実現の過程を人生の究極の目標としました。その内なる声が夢にメッセージとして現れるといってもいいかもしれません。

なので、ユングの方向喪失時代は、心理的な危機でもあったのですが、同時に、「創造の病」と呼ばれるような、次の段階に成長する時期でもあったのです。

ただ、無意識の中への深入りは危険でもあるといいます。無意識から帰ってこれなくなることです。だからユングは規律を作って自分に課していました。まず、現実とのつながりを強く持つこと。無意識からのメッセージをできるだけ言葉に翻訳することなどです。

そういう注意をすれば、無意識からのエネルギーを心に取り戻すことができるようです。

これは「祭り」の効用と似ているなぁと思います。

本来の祭りは、非日常の世界を体験することで、世間体など忘れて馬鹿騒ぎすることは、子供の遊びと同じで、無意識世界に降りて行って、心を元気にするという意味もあるはずです。

普段は意識の世界に生きて、許された場では、無意識に遊び、また意識の世界にすんなりと戻れる人が、精神的には理想的であるらしい。

夢という自分の内なる声に耳を傾け、夢を記録し活用して、自分を高めてみたいという思いでこのブログを作りました。

今、大学で「認定心理士」を目指して心理学(ユング心理学や芸術療法など)を学んでいます。私自身夢の活用については発展途上にあるので、知らないことも多く、みなさんから教えていただくことも多いのではないかと期待しています。