2025/12/12
2025/12/11
2025/12/08
2025/12/05
【犬狼物語 其の八百十四】矢嶋正幸氏の講座「オオカミの護符の作成者について」
飯能市立博物館の企画展「レアなおふだ」の関連講座として、矢嶋正幸氏「オオカミの護符の作成者について~おふだ研究の最前線~」がありました。
作成者に焦点を当てたというのは珍しいかなと思います。どのような人たちがお札作成に関わっていたのか、そういう視点でお札を見たことはなかったので新鮮でした。
そして、狼像との関連で気がついたのは、お札に描かれた狼の姿と、拝殿前に奉納されている狼像の姿には、対応関係が無く、別々に影響を受けて形作られてきたんだなぁと。
たまたまその神社で授与しているお札の狼の姿と狼像が似ているということはあるかもしれませんが、ほとんど関係ないようなのです。
例えば、岩根神社の掛軸用大札の「見返り姿」「垂れ耳」「あばら」の狼の姿と両神神社・龍頭神社のお札の狼の姿とは似ていますが、これの元になったのは、享保5年の『絵本写宝袋』9巻に「そてつとからいぬ」という絵があって「見返り姿」「垂れ耳」「あばら」がそっくりです。だからこの掛軸用大札に関しては、間違いないようです。ただ現在授与している巌根神社のお札(小札)の狼は、これとは違っています。むしろ拝殿前の狼像と似ています。
そして『絵本写宝袋』を調べたところ、この「そてつとからいぬ」の絵の他に、狼の絵もあったにもかかわらず、「そてつとからいぬ」の方を選んだのはなぜだったのか? 製作者に聞いてみないとその謎についてはわかりません。
お札はお札、石像は石像でのそれぞれの元ネタや、人間関係・影響があったということのようです。もちろんそこには時代の違いもあるということなのでしょう。
矢嶋氏もおっしゃっていましたが、お札研究はまだ始まったばかりで、わからないことがたくさんあります。だから表題のサブタイトルにも、「おふだ研究の最前線」とあるんですね。
俺は狼像から狼信仰に興味を持ちましたが、狼像の形も、お札の狼の姿も、どういう関係があって、どういう影響でこういう形になって来たか?というところにも興味が出てきているので、狼のお札についてもこれからルーツを探っていきたいなと思わせる講座でした。
これは人間の「イメージ」の問題でもあるので、心理学的な興味もわいてきました。
2025/12/04
2025/12/03
2025/12/01
2025/11/30
2025/11/29
2025/11/28
【犬狼物語 其の八百十一】心理学から見る狼信仰ー「元型」としての狼
狼信仰は害獣の鹿や猪除けとして、主に農業関係の守り神としての信仰から始まったとされますが、それはあくまでも江戸時代に盛んになった理由です。
でも、狼信仰自体は、ずっと古く、おそらく太古の時代に狼とファーストコンタクトがあったときから始まったのではないでしょうか。
縄文時代ではどうかというと、狼と縄文人の関係を想像させる資料がいくつか出土しています。東京国立博物館で開催された『JOMON 縄文』でも展示されましたが、岩手県一関市の貝鳥貝塚からは、細長い鹿角の先端に狼の頭が彫られた狼形鹿角製品や狼の犬歯や下顎骨に穴を開けた垂飾品が見つかっています。千葉県我孫子市の下ヶ戸貝塚からは、狼の下顎骨を加工した垂飾品、千葉県千葉市の庚塚遺跡からは、上顎犬歯が加工された垂飾品も出土しています。
このように、なんらかの狼信仰と呼べるような片鱗が見えます。
これは日本だけではなく、世界的に見ても、狼の骨などは力の象徴、魔除けとして身に着けられたようです。
そこでこの狼に対する人間の共通した信仰はどうして生まれたかについて、マイケル・W・フォックス著『オオカミの魂』の中で、「元型」という言葉を使っています。
フォックスはイヌ科動物の権威。心理学、行動学の博士号を取得して『イヌの心理学』、『イヌのこころがわかる本』などの著書もある生態学者・獣医師です。
この本は、単なるオオカミの生態・行動を紹介した本ではなく、行動学、心理学、哲学、社会科学など幅広い領域の成果をもとに、現代の人間が抱える精神的な問題に踏み込んだ本です。オオカミだけではなく、あらゆる生き物への畏敬の念の大切さを訴えています。
フォックスはこのように言っています。
「オオカミは野生状態の象徴的な存在、つまり野生に対する意識の元型になっています。」
「自然は、わたしたち人間が健全さと文明を取りもどす最後の望みなのかもしれません。そしてオオカミはわたしたち人間にとって、高貴な野蛮人といういくぶん空想的な存在よりもずっと現実的で、実際により適切でもある水先案内人、元型となりうるのです。」
「元型」とあるのは、フォックスの心理学的な考察からきた言葉でしょう。
「元型」は心理学者ユングが提唱した概念で、人間の心は「意識」→「個人的無意識」→「集合的無意識」と階層を作っていますが、もっとも深い所にあるのが人類共通の「集合的無意識」です。「元型」とは「集合的無意識で働く人類に共通する心の動き方のパターン」といった意味です。
代表的なものに「太母」「老賢者」などがありますが、「オオカミ」もそうなのではないかというのです。
人類が長い間、狼との接触によって、DNAに刻まれた”記憶”のようなものが「元型」となり、狼に対する共通したイメージを作るのかもしれません。
狼信仰についていろいろ調べていく中で、西洋でも、モンゴルでも、日本でも、時代をさかのぼればさかのぼるほど、狼信仰に共通したイメージを感じられたので、それがどうしてなのかという疑問を持ってきました。そのひとつの解釈として、心理学から見た狼信仰のルーツということで、「元型」を用いると、個人的に腑に落ちるということなのです。だからこれが「正解」なのかはわかりません。
「元型」という用語は難しくもあるので、精神世界における本能のようなものと言い換えてもいいかもしれません。民族や時代に関わらず人の心は狼に対する同じようなイメージを生み出すということです。
それでは今話題の熊についてはどうなんだという話ですが、熊も「強さ」に関しては狼に引けをとらないので、熊も「元型」となっているのかもしれませんが、もしかしたら棲息範囲が狼ほど広くはなかったと思うので、「元型」になるほどではなかったのかもしれません。以上、熊については詳しく調べたわけではないので、あくまでも憶測です。
さて、日本では狼信仰はその後どういった経緯をたどったのでしょうか。
先日の飯能市立博物館での西村敏也先生の講座「秩父地域のオオカミ信仰について」を参考にすると、日本では、中世になると山の神の神使・警護者として狼を認識するようになった修験者などが全国に進出し、狼信仰を伝えたということであったらしい。日光修験、熊野修験らが行場として利用するため秩父の山岳へ進出し、室町時代になると、修験が秩父の山岳に祠を設けて居住するようになりました。
そして江戸時代になると秩父を中心にした地方では、民間信仰であった狼信仰的なものを寺社が取り込み、狼のお札を配り始め、害獣防止などの需要があったために、急速に関東地方周辺に広まっていきました。
各時代によって狼信仰の形態が違いますが、もともと「元型」としての狼信仰がずっと底辺に流れていたことは間違いないのではないでしょうか。
ただし、太古の時代はまさしく狼そのものに対する信仰でしたが、時代が下るにしたがって(特に日本では)、「狼さま」「お犬さま」という狼を元にした霊獣のようなもの(観念的な狼)を信仰するように変わってきたのかなと思います。









































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