Y字路と犬卒塔婆(ザクマタ、ザンマタ)
佐倉市のこのY字路は庚申塚で、延享二年十月に建てられたものもあります。
この庚申塚へ行ったのは、数年前の写真には、犬卒塔婆(ザクマタorザンマタ)があったからです。
犬卒塔婆は、地域でまちまちですが、村境とか川辺とかY字路とかに祀られたようです。
ある人の話では、昔Y字路に犬を葬ったらしく、犬卒塔婆のY字形は、Y字路だったからという興味深い話を聞きました。それが民俗学的に正しいかは別にして、地元の人間が納得できる理由の一つはこういうことかと感心して聞きました。だからY字型の卒塔婆で犬供養と同時に、犬にあやかった安産祈願(犬は安産だから)も行ったということのようです
でも、写真の通り、現在、この庚申塚には雑草が生えていて、犬卒塔婆も見えません。もう無くなってしまったかもしれません。
ザクマタを奉納する「犬供養」の習俗は地元の十九夜講など女人講などが行うもので、主に安産祈願と言われています。
ただ最近はやらなくなっているらしく、残っていたこのザクマタには令和6年とあって、これがこの集落での最後のザクマタである可能性があります。
地元のある女性(このザクマタとは違う地区の人)はこのように言っていました。
30年ほど前、彼女が妊娠した時。ザクマタを奉納しました。彼女は講ではなく、個人で奉納したといい、Y字型の木を探してきて表面を削り、近くの住職に経文を書いてもらいました。
彼女の地区では木の下を尖らせて川辺に挿していました。挿す場所は決まっていたので古いものもそのまま残っていました。今はもうやってないので、ザクマタも残ってないでしょうね、とのこと。
『印西町史』には、
「難産で死んだ犬を供養しないと、女人の出産が重くなると思われていたから、Y字型の犬卒塔婆を作り、ムラの寺院の住職に読経してもらったり、(中略)ムラムラによってそれぞれ所定の位置に建てられていた」とあります。
犬の産死が災いするのでは?という恐れでしょうか?
今のところ、犬卒塔婆のY字型について、どうしてY字型なのかという理由が今まで見た資料には書いてありません。だれかそれに言及していると思うので、そのうち資料に行き当たるとは思いますが、なぜなんだろう?
『全国の猫神様をめぐる』の「御前崎の猫塚とねずみ塚」にも書いていますが、昔はここに二股になった松の木があったそうで「鯖尾塚」と呼ばれていたという。二又の樹が動物の塚だという考えはあったようですが、「二又」がなぜ動物の塚を表すのか?
『祭祀伝承の正統性―岩手県宮古市の事例から―』(鈴木正崇)によれば、川の場合ですが「二股に分かれる川の合流点の境界を表す印であったかもしれない。Y字形は死と再生を意味する神霊の「場所性」の表象ではないだろうか」とありますね。
犬は霊界と人間界を行き来できる動物と言われています。その境界(Y字路)にいるのが犬、ということなんでしょうか?
そうすると、あの人が言っていた「Y字形はY字路」も意味的にはまんざら的外れではないかもしれません。














































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