2026/04/28

Y字路と犬卒塔婆(ザクマタ、ザンマタ)

287a2562 287a2560_20260427103201

佐倉市のこのY字路は庚申塚で、延享二年十月に建てられたものもあります。

この庚申塚へ行ったのは、数年前の写真には、犬卒塔婆(ザクマタorザンマタ)があったからです。

犬卒塔婆は、地域でまちまちですが、村境とか川辺とかY字路とかに祀られたようです。

ある人の話では、昔Y字路に犬を葬ったらしく、犬卒塔婆のY字形は、Y字路だったからという興味深い話を聞きました。それが民俗学的に正しいかは別にして、地元の人間が納得できる理由の一つはこういうことかと感心して聞きました。だからY字型の卒塔婆で犬供養と同時に、犬にあやかった安産祈願(犬は安産だから)も行ったということのようです

でも、写真の通り、現在、この庚申塚には雑草が生えていて、犬卒塔婆も見えません。もう無くなってしまったかもしれません。

 

Hg851bxbmaaheho

287a2382

 

ザクマタを奉納する「犬供養」の習俗は地元の十九夜講など女人講などが行うもので、主に安産祈願と言われています。

ただ最近はやらなくなっているらしく、残っていたこのザクマタには令和6年とあって、これがこの集落での最後のザクマタである可能性があります。

地元のある女性(このザクマタとは違う地区の人)はこのように言っていました。

30年ほど前、彼女が妊娠した時。ザクマタを奉納しました。彼女は講ではなく、個人で奉納したといい、Y字型の木を探してきて表面を削り、近くの住職に経文を書いてもらいました。

彼女の地区では木の下を尖らせて川辺に挿していました。挿す場所は決まっていたので古いものもそのまま残っていました。今はもうやってないので、ザクマタも残ってないでしょうね、とのこと。

『印西町史』には、

「難産で死んだ犬を供養しないと、女人の出産が重くなると思われていたから、Y字型の犬卒塔婆を作り、ムラの寺院の住職に読経してもらったり、(中略)ムラムラによってそれぞれ所定の位置に建てられていた」とあります。

犬の産死が災いするのでは?という恐れでしょうか?

今のところ、犬卒塔婆のY字型について、どうしてY字型なのかという理由が今まで見た資料には書いてありません。だれかそれに言及していると思うので、そのうち資料に行き当たるとは思いますが、なぜなんだろう?

『全国の猫神様をめぐる』の「御前崎の猫塚とねずみ塚」にも書いていますが、昔はここに二股になった松の木があったそうで「鯖尾塚」と呼ばれていたという。二又の樹が動物の塚だという考えはあったようですが、「二又」がなぜ動物の塚を表すのか?

『祭祀伝承の正統性―岩手県宮古市の事例から―』(鈴木正崇)によれば、川の場合ですが「二股に分かれる川の合流点の境界を表す印であったかもしれない。Y字形は死と再生を意味する神霊の「場所性」の表象ではないだろうか」とありますね。

犬は霊界と人間界を行き来できる動物と言われています。その境界(Y字路)にいるのが犬、ということなんでしょうか?

そうすると、あの人が言っていた「Y字形はY字路」も意味的にはまんざら的外れではないかもしれません。

 

 

 

 

 
 
 

| | コメント (0)

2026/04/27

犬伏の里(鷲宮神社)

Img_0080 Img_0078 Img_0086

栃木県佐野市、「犬伏の里」の鷲宮神社。ここにある狛犬が、「犬伏」の由来になった大犬の像ではないか、という説もあります。

佐野市のHP「犬伏」のページには、

「古老の話では大昔、この地に大猿が出て婦女子を餌食にするので、何とか防ぐ方法として年に1回の祭に娘を供養に出すことになってから被害は少なくなりましたが、年々娘たちが少なくなっても困るというところから、近江国より、ちょっぺ太郎という大犬をつれてきました。娘の代わりに供養に出したところ犬と猿との戦いによって、両者死に絶えました。それからは人畜に全く被害がなくなりました。これも太郎のおかげであるとのことから、或る丘に犬を埋め供養したことから、犬が丘に伏せているということが伝わり、犬伏町というに至ったものと伝えられています。」

「犬伏」の地名由来譚ですが、この話は類型があり、借りてきた犬が化け物(猿神)を退治する話で、犬の名前「ちょっぺ太郎」とは少し名前が違いますが「しっぺい太郎型伝説」「猿神退治」とも言われるもので(長野県・光前寺、静岡県・見付天神が有名)、江戸時代、日本中で流行ったらしい。外国にも紹介されていた日本を代表する伝説でした。

境内には白い神馬像もあります。

| | コメント (0)

佐野市の御嶽神社

287a2322 287a2326 287a2314

車道に面した参道入り口に天保二年の常夜燈が立ち、そこから林の中を100mほど上ると鳥居があり社殿が鎮座します。境内は小さな祠も点在し静かな雰囲気です。

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/04/26

ザクマタ(犬卒塔婆)

287a2382

 

千葉県や茨城県に残っているY字型の木は犬卒塔婆、あるいは畜生塔婆といわれ、印西市などでは「ザクマタ」と呼んでいます。

ザクマタを奉納する「犬供養」の習俗は地元の十九夜講など女人講などが行うもので、主に安産祈願と言われています。

ただ最近はやらなくなっているらしく、残っていたこのザクマタには令和6年とあって、これがこの集落での最後のザクマタである可能性があります。

地元のある女性(このザクマタとは違う地区の人)はこのように言っていました。

30年ほど前、彼女が妊娠した時。ザクマタを奉納しました。彼女は講ではなく、個人で奉納したといい、Y字型の木を探してきて表面を削り、近くの住職に経文を書いてもらいました。

彼女の地区では木の下を尖らせて川辺に挿していました。挿す場所は決まっていたので古いものもそのまま残っていました。今はもうやってないので、ザクマタも残ってないでしょうね、とのこと。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/04/23

【犬狼物語 其の八百ニ十】雀神社内の三峯神社

287a1903 Img_9719 287a1913 287a1924

雀神社を参拝するのは数度目です。荒々しい溶岩風小山に載った狛犬はすばらしいものです。

以前から気になっている、狐に見えるものもありますが、境内社の三峯神社に置かれたお犬さま像は数が増えたように思います。

猫がいて、暑いからか水を飲み続けていました。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/04/22

【犬狼物語 其の八百十九】栃木市の三峯神社

287a2291 287a2286

三峯神社があるのは周りが田畑の小さな公園になっているところで、社殿内には三峯神社のお札が祭られていました。

講中宛の新しいものなので、ここでは講が機能しているようです。

 

| | コメント (0)

2026/04/20

蠶影神社(蚕影山神社)

287a2227

287a2256

287a2266

287a2252

287a2259

重厚な石の鳥居の先に蚕影山神社の社殿が鎮座しています。全国に点在する蚕影神社の総本社です。

天竺の姫が日本に流れ着き、蚕へと姿を変えて養蚕を伝えたという「金色姫伝説」の舞台です。

絵馬堂には唐櫃を開けて蚕を発見するという奉納額絵もあります。

地元の人の話によれば、養蚕が盛んだったころは、バスを連ねて参拝者がたくさん訪れていたそうです。当時はこのあたりにも桑畑が多かったといいます。

多くの額が奉納されていますが、主に織物業関係者のもので、一番新しいものでは昭和29年の額がありました。

 

| | コメント (0)

2026/04/16

妙義神社の道灌霊社

287a1467

287a1475

287a1470

287a1490

287a1491_20260416065501

 

妙義神社内の道灌霊社には1対の狛猫像があります。

「江古田原 沼袋の戦い」初戦できびしい戦いのあと、道灌は夜道で迷ってしまう。その時、目の前に現れた黒猫が手招きをするので、導かれるようにあとを着いていったところ、無事に逃げ延び、体制を立て直すとその後の戦いで見事に勝利をおさめました・そのような縁起から、造営記念として狛猫が置かれました。(解説版より)

黒猫が手招きしたという寺が自性院で、道灌由来の猫地蔵がありますが、その写真は『全国の猫神様をめぐる』に掲載しています(諸事情によりネットにはアップできないので書籍でご覧ください)。

他に、境内には、猫像がいくつかあって、台座の上に横たわる猫像もあります。これは、周りに十二支の像をあしらった台座ですが、十二支の中に猫は入っていません。だからこれは十二支に入れてもらえなくて拗ねている猫像なんですかね。

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/04/09

福井昭夫作品展 2026/4/13~4/19 銀座ギャラリーあづま

1_20260409152501 2_20260409152501

 

自然を描く、植物を描く。『福井昭夫作品展』のご案内です。

2026/4/13~4/19(11:00~18:00)

銀座ギャラリーあづま

 

| | コメント (0)

「ベンジャミン号」の馬頭観音

287a8423

 

萬徳寺にある馬頭観音像です。十字架(ロザリオ)をつけ、着物姿の観音像で、台石に「ベンジャミン号に捧ぐ」と刻まれています。

ベンジャミン号は、1977年から1992年まで活躍した馬で、人間の不注意により非業の最期をとげたそうです。飼い主がベンジャミン号を悼み馬頭観音を建立したとのことです。

深堀すると、もっと興味深い話が出てきそうな予感。これから詳しく調べてみます。
 
 
 

 

 

| | コメント (0)

«戸部杉山神社の回転狛鼠