2024/04/22

ヴィーノ

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2024/04/21

ヴィーノ

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2024/04/20

【犬狼物語 其の七百四十三】『三品彰英論文集〈第3巻〉神話と文化史』

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『三品彰英論文集〈第3巻〉神話と文化史』の中に獣祖神話の話がありました。

獣祖には、狼、犬、猪などがあります。

狼祖神話をもつ民族は、烏孫・ 羌・突厥・高車・アルタイ・蒙古・ブリヤートなどのトルコ系や蒙古系で、いずれも遊牧生活を営む民族です。「蒼き狼」で有名なモンゴル族はその代表格。

結局、日本には狼祖神話が入ってきませんでしたが、それは意外にも満蒙と人的・文化的交流が盛んだった朝鮮半島にも入っていません。「入っていません」というより「根付きませんでした」という方が正確かもしれません。

この本によると、環境の違いで根付かなかったということらしい。満蒙の牧畜を主にした草原と、狩猟・農耕を主とした朝鮮半島の違いということになるんでしょうか。当然日本列島も朝鮮半島と同じ環境であって、狼祖神話はありません。

だから、日本の狼信仰を考える時、この遊牧民の狼信仰が直接影響したことはなく、間接的な影響はあるのかもしれませんが、よくわかりません。

でも、遊牧民の狼信仰は、狼信仰の始まりを想像するには参考になるのではと感じます。なぜ、恐ろしい狼が神になったのか、という点です。

日本では、農作物を荒らす鹿や猪を退治してくれるから農事の神さまとして信仰されたというのは、農業が始まってからのことであるし、何度も言うようですが、これは観念的なもののように思います。直接家畜の被害を目にした遊牧民とは違います。

そして時代が遡れば遡るほど、たとえば縄文時代の狼信仰などを考えたとき、この遊牧民の狼信仰は参考になるのではないかなと。

「原随園氏は、狼は「本来家畜殊に羊の強敵である。だから、牧者は自分等の家畜に危害を加えぬやうに狼を神として崇め、神慮を和げるに努めるのである。これが牧畜を主なる生業とする民族の間に屢屢見らるゝ狼神の原義である。かく狼として祭られた神が、家畜保護の神として威力をもつにいたつて、狼を殺して家畜を保護する神と仰がるゝのであり、はじめ狼として消極面において畏怖した神が、狼の害を防ぐ神として積極面において尊崇されるにいたるのである」と興味深く説明している。」

とあります。

農耕民が干ばつを恐れるのと同じくらい、遊牧民にとって一番怖いのが狼です。だから狼を神に祭り上げ、なんとか家畜を襲わないでくださいと祈念する、それが遊牧民の狼信仰の始まりであるようです。

 狼が捕らえた獲物の残りを人間がもらうことはおそらく縄文時代もあったと思います。狼は恵みを与えてくれると同時に怖い存在です。でも、狼が神になるのは、「恵み」より「恐怖」が勝っていたということではないでしょうか。

 なかなかそれを実感できない現代ですが、たとえば動物園で狼を見て「かわいい」とか「かっこいい」とか言えるのも、柵があるからで、この柵を取り払ったところを想像してみてください。はたして「かわいい」とか「かっこいい」とか言えるのか、俺だったら恐くてしかたなくなると思います。

そのときどうするか。「どうか襲わないで」と祈るしかないのでは。それが狼信仰の始まりともいえるかもしれません。

 実際に、中国四川省で、狼ではないですが、チベット犬3頭に囲まれたとき、天を仰いで「咬まないで!」と祈った経験があるので、こんなふうに思いました。(願いは通じず咬まれたのでしたが)

あの時の恐怖といったらなかったですね。今でも時々思い出してはヒヤッとします。幸い、チベット犬の飼い主家の娘さんが、石を紐につけて振り回しながら(ヘリコプターのように)やってきて追いはらってくれ、咬まれたのもこのときは靴の上からだったので大事に至りませんでした。 

犬に関しては怖いイメージから入っているのにもかかわらず、犬や狼に関心があるのは、むしろこの強烈な恐怖体験(1回や2回ではなく、数多く)から、犬・狼を自分の神に祭り上げ、恐怖が消えるようにセルフセラピーしている、という面もあるのかもしれません。

 

 

 

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2024/04/04

今日から二十四節気「清明(せいめい)」、七十二侯「玄鳥至 (つばめ きたる)」

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意外と今年の桜開花は遅くなりましたが、よっやく桜のシーズンです。

今日から二十四節気「清明」です。

七十二侯「玄鳥至」ですが、ツバメの写真がないので以前日本一周車中泊の旅で立ち寄った島根県の出雲日御碕灯台、4月2日撮影のヤツガシラの写真を掲載しておきます。

 

 

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2024/04/01

福井昭夫作品展 2024/4/8~4/14

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福井昭夫作品展

2024年4月8日~4月14 日

11:00~18:00
(初日12:00~ 最終日16:00まで)

会場は、銀座ギャラリーあづま

https://galleryazuma.sakura.ne.jp/

 

 

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2024/03/31

【犬狼物語 其の七百四十二】個人宅の宝登山神社

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ある個人の屋敷に祀られている宝登山神社の祠に置かれていたお犬さまのお札。

以前ここにも10戸ほどの宝登山講がありましたが、今は代参が途絶えています。みなさん務めているので決められた日に参拝するのが難しくなってきたからだそうです。

それで、これは戌年に代参した時の最後のお札になりました。 

 

 

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2024/03/30

【犬狼物語 其の七百四十一】三峯神社のあうんのお犬さま像

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三峯神社祠に掲げられた、あばら骨が強調されているあうんのお犬さま像プレートです。

秩父三峯神社の社紋として用いられている菖蒲菱もあります。

 

 

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2024/03/21

【犬狼物語 其の七百四十】イヌの起源とニホンオオカミとの関係

287a0314_20230213081401(奈良県大淀町所蔵のオオカミ頭骨)

「すべてのイヌはニホンオオカミの祖先から誕生? 遺伝情報で迫る起源」という記事が朝日新聞デジタルに掲載されました。

記事内にリンクがあり、科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表された論文はこちらを飜訳して読めます。

https://doi.org/10.1038/s41467-024-46124-y

イヌがどのように家畜化されたのか、今のところ想像するしかありませんが、ニホンオオカミの祖先から、しかも東アジアでイヌが誕生したというのはテンション上がります。

そういえば、イヌの起源についてこんな変わった説もありましたね。

子オオカミを人が育ててイヌにしたというのですが、子オオカミに乳をあげることができたのは人の女性しかいないというストーリーです。家畜化された動物で一番早いのがイヌなので、牧畜は始まってなく、牛や山羊の乳の利用もなかった時代です。古代ローマの建国神話、ロムルスとレムスは牝オオカミに育てられたとされますが、これは人がオオカミを育てる逆パターンですね。

確かにそれはあるかも。ただし、家畜化が子オオカミを育てたからだったら、です。

この論文を読んでそうだよなぁとあらためて思いました。

「イヌの家畜化の時間的起源、つまりイヌがいつ人間と関わり始めたかは、オオカミとイヌの個体群間の遺伝的分裂時間と同一視できないため、イヌの家畜化の起源については依然として議論が続いている」(google翻訳より)

とありました。当たり前ですが、DNA解析でわかるのは、オオカミとイヌが分岐したことであって、それに人間がどのように関わったかはわからないということです。だから自分の乳を飲ませて子オオカミを育ててイヌにしたというストーリーも想像の域をでません。

イヌがオオカミから分岐したのは間違いありませんが、人が家畜化してイヌになったというのは証明できません。なんだか常識を覆されたような気分です。「イヌは人が家畜化した」の思い込みがあるということです(俺だけ?)。

 

 

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2024/03/18

乙女稲荷神社と庚申塔

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根津神社内の乙女稲荷神社。

狼像 が紛れていることがあるので、狐像 の中をつい探してしまいます。尻尾が直立していなかったりすると余計に。 

その隣には6基の庚申塔。

その中の1基、寛文八(1668)年の青面金剛です。

 

 

 

 

 

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2024/03/17

埼玉県行田市 前玉神社

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前玉神社は「さきたまじんじゃ」と読みます。さきたま古墳群に隣接した、7世紀前半ころに造られた浅間塚古墳のてっぺんに鎮座します。

武蔵国前玉郡は、726年(神亀3年)正倉院文書戸籍帳に見える地名だと言われており、「前玉郡」は後に「埼玉郡」へと漢字が変わり、現在の埼玉県へとつながります。埼玉県名の発祥となった神社であると言われています。

花手水には、古墳群にちなんだと思われる埴輪ふうの人形なども飾ってあります。

本社に登る階段の元に、元禄十年(1697)に奉納された高さ180cmの2つの燈籠があります。この燈籠には万葉集の歌、「小崎沼」と「埼玉の津」が刻まれています。

境内で暮らす猫の特別限定御朱印が人気だそうです。

 またこの辺りで昔から食べられている「いがまんじゅう」(鴻巣市(旧川里町)が発祥)という和菓子をいただきました。まんじゅうが赤飯で覆われていて、食べる前は、視覚から味覚を予想できずに混乱しますが、食べたらおいしいというものです。

 

 

 

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