『単騎、千里を走る。』を観てきました。映画のストーリーは、公式サイト他でご覧ください。
公式サイト:http://www.tanki-senri.com/
多少、設定に無理を感じたところもありますが(主人公「高田(高倉健)」が雲南へ行く動機に唐突さを感じたこと、中国の刑務所に外国人が入る許可が簡単に下りたことなど)、「映画だから」と割り切れば、全体的なテーマや情感などは、良かったと思います。雲南らしい「匂い」も感じさせました。素人の人たちの演技と思わせない自然な感じは、さすが、チャン・イーモウ監督です。
そして「高田」と少年ヤンヤンとのふれあい。言葉ができなくてコミュニケーションがうまくいかないことは外国を旅するとよくあることですが、もしかしたら、この場合、言葉が通じないからこそ、「高田」と少年ヤンヤンとは、心が通じ合ったのかな?とも思います。どんなに通信手段が発達しても、直接出会って、目と目を見て、体温体臭を感じることの意味は大きいでしょう。言葉(理屈)ではなく、体(感覚)で分かることの大切さみたいなことを、監督は表現したかったのではないか、とも思うのです。言葉が通じなくても、心は通い合うということは、俺も、外国を旅してたまに実感します。
そう考えると、「高田」が、仮面劇の撮影はしなくても良くなったのに、あえてまた刑務所へいって少年の父親に会う意味もわかります。写真だけなら、あとでプリントでもして渡してもらえばすむのに、「高田」は、直接彼に会いたかったのでしょう。いや、会う必要があったのです。直接会って、ヤンヤンを思う父親の気持ちを感じることで、「高田」自身もそこに自分を投影し、自分の息子との距離を縮めることができると考えたのかもしれません。ただ悲しいことに、そのとき、すでに「高田」の息子は亡くなっていたのですが。
健さん(高倉健)はかっこ良かった。いや、ちょっと良すぎたかな。チャン・イーモウ監督の思い入れなのでしょう。全体的には「遠くから来た日本人を助ける親切な中国人たち」という仕上がりにもなっているので、中国人にも評判はいいでしょう。
上に掲載の写真(スライドショー)は、今から16年ほど前に、貴州省鎮寧郊外の村で俺が撮影した「ディーシー」です。
映画の中で実際に『単騎、千里を走る』を踊っていた人たちは、貴州省西部、安順市の人たちだったようです。(エンドロールにも、そう出ていました) 雲南にも仮面劇がありますが、貴州の方が昔のまま良く保存されていることで有名でした。だから俺もそれを見たくて、春節の時期、安順付近に滞在していたことがあります。
これを「地戲(ディーシー)」といいます。安順市、鎮寧県近郊の村々に伝わる仮面劇で、春節期間中それを見ることができました。
「地戲」は、明朝時代にこの地方に移り住んだ漢族の兵隊たちが娯楽としてやっていたものを、地元の農民が真似てやり始めたのが発端だと言われています。そういうわけで、「地戲」の演目は漢族の物語からとったものが多いのです。『千里走単騎』もそのひとつ。ところで、「地戲」と呼ぶのは、特別のステージを使わないで、地面の上でやるからです。写真を見てもらえれば、わかりますよね。演者と観客が同じ地面にいます。観客は周りを囲んで見物するのです。
俺がいった村では、春節の五日目から十五日目まで毎日行われるそうで、その期間、「地戲」を見物に方々から人が集まってきていました。「地戲」は午後3時ころから始まって約3時間続きました。これと平行して、隣のグラウンドではバスケットボールの村対抗戦が行われていたり、ビデオ館ではスピーカーで放映中のビデオの音を流し若い人たちを呼び込んでいて、たいてい「地戲」を熱心に見物しているのは老人たちでした。
ヤンヤンがいた村は、映画では「石頭村」と言ったと思いますが、これは、麗江郊外の「石鼓鎮」と「土林」とその他を組み合わせたものでした。「石鼓鎮」の入口には、実際門付きの吊橋が架かっています。「石鼓鎮」はまた「長江第一湾」といって、金沙江(長江の上流)が、大きく方向を変えるところとしても有名です。
そして、土林の夕暮れは美しかったですね。土林は元謀県にあります。堆積した土が長年の雨によって浸食されて、まるで林のようになっているので、土林と呼んでいます。元謀県では、170万年前といわれる「元謀猿人」の化石も発見されています。
この土林の中を、健さんも、小型トラクターの荷台に乗っていましたね。ヤンヤンを連れて、ヤンヤンの父親のいる刑務所へ向かうシーンです。このトラクターは「トラジー」といって、雲南の田舎に行くとお世話になる乗り物です。バスが走っていない村に行くときなどに使います。どんな辺鄙な村にも、この「トラジー」は1台くらいあるので、これをチャーターすることもできます。10年くらい前ですが、1kmあたり1~2元くらいだったと思います。
ただ、これに乗るには、あるコツがいります。人や物が落ちないように、荷台の枠に鉄棒が張られていていますが、これを揺れるからといって力を入れて握っていると駄目なんです。緩く握ることが肝心です。それと、膝ですね。ぴんと伸ばすのではなくて、少し曲げて、中腰状態になるのが楽です。道が悪いので、あまり手や膝を緊張させておくと、間接をすぐ痛めてしまいます。(なかなか役に立つトリビアでしょ?) 俺は昔、山のイ族の祭を見に行くために、片道4時間乗ったこともあります。
それと「長卓宴」という、村人全員がテーブルを長くつなげて食事をするシーンがあるのですが、これはやはり、ハニ族の「長街宴」をイメージさせるものでした。ナシ族(ナシ族という民族名も映画では出なかったようですが)に、こういった習俗があると聞いたことはなかったし、俺も今まで見たことはありません。これは、映画のためのものなのかもしれません。
もうひとつ、九十九折の道が出てきたとき、観客から溜息が漏れましたが、あそこは、麗江から瀘沽湖へ向かう、金沙江の谷を降りていく道だと思います。ああいう道だらけなんですね、雲南は。逆に言うとまっすぐな道がない。それでも、十数年前と比べれば、主要な幹線には高速道路もできたし、田舎の道も作り直されて、幅も広い、だいぶ直線の多い道に変わってきています。
ところで、「高田」の息子が、雲南に6ヶ月滞在し仮面劇を撮っていたことといい、その息子が麗江の玉流雪山をボーっと長時間眺めていたことがあったことといい、「高田」と息子の会話があまりないことといい、「まるで俺の話しだな」と、観ていて思いました。しかも、この息子は「健一」という名前でした。
以前観た『山の郵便配達』でも、父親と息子の関係修復のドラマでした。今回の映画もそうです。父親と息子って、難しい関係ですよね。(俺だけかな?)
『単騎、千里を走る。』 (以前、ブログで書いた記事)
『山の郵便配達』を観た感想(以前、エッセイで書いた記事)
麗江の写真
麗江ナシ族の写真
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