ビルの窓拭きの話
(写真は銀座のビル)
ビルの窓拭きの続きです。
地上とはどこかで感覚の断絶があって、屋上にいると現実感がないと書きましたが、ある日、このことが原因でハッとしたことがありました。
それは屋上にカラスがやってくるのですが、思わず、屋上に落ちているコンクリートのかけらを、そのカラスめがけて投げつけそうになるんです。もし、そのかけらが地上に落ちたらたいへんです。小さなものでも、当たり所によっては人に大怪我をさせてしまいます。地上にいると勘違いしてしまうんですよねぇ。危ない、危ない。
高さについての恐怖心なら、むしろ、10階くらいが一番怖かったです。10階以下だと、ビル自体にはゴンドラ(ワイヤーで吊るされた籠状の乗り物)がついていないので、「ブランコ」という用具で降りてくるのです。それは屋上に縛り付けたロープを地面まで垂らし、ロープをエイトカン(昔はシャックルだった)という金具に巻きつけ、エイトカンに吊るされたブランコ状の板に腰掛け、ゆっくり降りてくる装置のこと。
風が強い日は怖かったぁ。遮るものが何もないので、もろ、風に吹かれて、ビルの窓や壁に半回転してぶつかることもあります。このブランコ作業があったから怖いというのはもちろんですが、やっぱり10階から眺める地面は、36階からとは違って、俺と直接つながる現実感を持つのです。
そして業界内で一番事故が多く起こるのは、意外に2階とか1階でした。
恥ずかしい話ですが、俺も労災保険を受けるほどひどい怪我をしたことがあります。それもなんと1階でした。雨で塗れたビルの床に滑って顔面(というか、正確には前歯なんですが)を強打し、前歯が2本欠けたのです。同僚からは「どうして他は怪我してないのに、前歯だけ折れたのか?」と不思議がられました。「普通滑ったら手をついて顔は守るだろうに」と言われたのです。確かに、そうだよな。俺もそう思いましたが、よく覚えていません。
それが少しネックになったのか、労災がなかなか下りなかったようにも思います。でもなんとか労災が下りたので、義歯も最高のものを入れることができました。
ここからが自慢話です。なぜかというと、医者はこっそりと教えてくれたのです。「これは、まわりの歯の色と合わせることができるセラミック製で、あの松田聖子も入れてるやつだよ」と。(これが事実かどうかわかりません) 「そうか、これは松田聖子と同じなんだぁ」と思って、彼女がテレビに出てくるたびに、まるで友だちのような親近感を抱いてしまいました。秘密の共有者のように。なんという勘違い!!
低いところでは気がゆるむんですかねぇ、事故が多いというのは。その代わり、数は少ないけれど、高いところから落ちたら重大事故、運が悪ければ死んでしまいます。慣れてしまえばどうってことないのですが、けっこう危険な仕事でした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
| 固定リンク
コメント