20年前の中国(7) 西双版納の魔力
「シーサンパンナ、シーサンパンナ・・・」
と呪文のように口にしてみる。そうするとブーゲンビリアやハイビスカスの香りが鼻先をくすぐり、体の芯からジワーッと暖かくなって、顔がデレーッと緩んでしまう。
そもそも雲南省そのものが、中国内では最もリラックスできる場所だと思っていましたが、その雲南省の中にあって、さらにリラックスできるところが、シーサンパンナではなかったでしょうか。
シーサンパンナの名を初めて聞いたのは、1985年だったと思います。言葉の響きが妙な感じで、これも中国語なんだろうか?と不思議に思ったものです。それは、雲南省南部の西双版納タイ族自治州のことでした。西双版納とはタイ語の「シップソン・パンナ」に漢字を当てはめたもの。「シップソン」は「12」、「パンナ」は「広い耕地」を意味します。
昆明からクネクネした山道をバスで走り、途中2泊して、自治州の州都景供には3日目の昼くらいに着く長旅でした。でも俺にはそれだけの時間をかけても行きたい、そして行く価値のあるところでした。景供にまだ飛行場がない1980年代半ばの話です。
景洪に着いた俺は、浮き浮きした(でも、膝はガクガクした)足どりで、バス・ターミナルから版納賓館へ向かいましたが、そのとき庄洪路を通りました。
長さ400mほどの通りは、農産物、肉、魚、食品などの生活必需品を売る市場で、いってみれば景洪を特徴づけているシンボル的な存在でした。売られているものの種類の多さや、売り買いする人々のカラフルな民族衣装など、漢文化とは違った華やかな空気は、東南アジアの市場に突然放り込まれたような錯覚に陥るほどで、長旅からくる疲れも、いつの間にかふっ飛んでしまうのでした。現在は玉石や木彫りなどのみやげ物通りになっているようです。
版納賓館に長く泊まっているときは、朝早く起きると庄洪路の市場へ行って、タイ族女性が売っているいろんな食べ物を買ってくるのが日課でした。白、黄、紫色の蒸したモチゴメ(おこわ)がありました。タイ族の主食はもともとはモチゴメだったのです。紫色のコメは表皮が紫色をしていますが、このモチゴメを朝昼晩3食食べた翌朝のウンコは、イカスミのスパゲティーを食べたときのように、みごとに紫色をしていて、初めて見たときは病気になったんじゃないかと心配になったくらいでした。
野沢菜漬けのような酸っぱい漬物を必ず買ってきました。たまに牛肉の漬物を売っているタイ族女性がいることもありました。そんな食べ物を賓館のベランダのテーブルに広げ、いったん飲み始めると病みつきになってしまう雲南特産のプーアル茶を飲みながら、そこで偶然出会った他の旅行者たちと、旅先での話をしながら、飲茶を楽しむことが好きでした。とにかく開放的でおおらかでした。気候もそうだし、人間もそうでした。そのために毎年通った気さえします。西双版納の持つ魔力にはまってしまったのでした。
そしてそれは、俺にとっては心地よい麻薬に犯されていくことでもありました。たぶん一生この麻薬からは逃れられないのでは?と脳裏をかすめ、罪悪感と安堵感の混じった複雑な感覚で、これからの人生を思ったのでしたが、案の定、それは現実になり、現在に至っている、というわけです。
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