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2007/05/04

宮城県志津川と牡鹿半島

070504
5月4日、金曜日、晴れ

道の駅津山で泊まり、今朝は午前3時30分に起きて、ふたたび志津川湾へ。下見しておいた、観洋ホテルそばのパーキングに。4時を過ぎるとだんだん明るくなってくる。日の出を待つ。

船がエンジン音を響かせて養殖場に向かう。5時ころか。水平線には厚い雲がかかり、朝日は無理かなぁと諦めたとき、うっすらと雲が赤くなった。だんだんと太陽の形が現れてきた。朝日は海をオレンジ色に染める。なかなかドラマチックな風景ではないか。悪くない。

1時間ほど写真を撮ったあと、もうひとつの目的地、「さんさん館」へ向かった。場所をはっきり覚えていなかったが(2年前も立ち寄ったことがあった)、志津川から、昨日通ってきた国道398号線を東和方向へ約5分。「林際小学校」の標識。それと「さんさん館」の案内板が出ていたので、そこを右折してずっと道なりに3分ほど走ると、右手に見えてくる。校庭の桜がみごとだった。

校舎の裏に駐車すると、ちょうど従業員のおばさんが現れた。まだお客さんは寝ているので、中の見学はあとですることにして、とりあえず、外を見学する。懐かしい滑り台や、鉄棒。

この「さんさん館」は、グリーンツーリズムをうたった旧林際小学校の校舎を使った宿泊施設だ。あとで、大きな松の木を見に行った帰り、学校に向かう他の従業員のおばさんといっしょになり、話しながら歩いたが、そのとき、いろいろと聞くことができた。

「取材?」と、まず聞かれた。「取材じゃないんです」と俺。

ここは、3集落12人の人たちが出資して組合を作り、運営している。グリーンツーリズム体験の、田植え、稲刈り、魚獲りなどのリクエストがあった場合、集落の誰か、時間のある人が先生となって面倒をみるのだという。村人全員が関わっているらしい。学校には、地元で採れた野菜などを売る直売所も併設されている。

そういう取り組みがうまくいっているところとして、この「さんさん館」は有名で、おばさんいわく、「取材には驚かなくなったよ。今日もテレビが来るって言ってたかな」 だから俺がカメラを持っていたので、取材?と聞いたのだった。全国各地から、廃校を持った自治体の人たちの視察も多いらしい。

校舎の中に入ると、懐かしい廊下。大きな古時計が掛かっていた。

おばさんのひとりが、「朝食まだでしょ?」といって、おにぎりをふたつくれた。俺はこういう場合、けっして断らないので、もちろんありがたくいただいた。おにぎりをもらったから言うのではないが、こういった村人たちのもてなしが、リピーターを増やす理由になっているのだろう。

何を求めてくるだろうか? たしかに、のんびりした田舎の風景がある。懐かしい木造校舎がある。川遊びもできる。農業体験もできる。それと、結局は、村人との交流が面白いんだろうなと思う。都会ではありえないでしょ? いきなりおにぎりを出して、「朝食まだでしょ?」などという場面に出くわすのは。やりかたひとつで、田舎でも人を集めることはできる、と思わせる。ここが成功している理由が、なんとなくわかるような気がするなぁ。

そういえば、この「さんさん館」をやるようになって、村人の結束力が強くなったそうだ。おばさんは、自慢げに言っていた。

「また来ます」といって学校を出て、ふたたび志津川へ。国道398号線で、海沿いを行く。3日から5日まで、神割崎で潮騒祭りというのが行われているらしく、牡鹿半島への途中なので寄ってみた。

鯉幟がたなびく祭りの会場には、シーフードのバーべキューの屋台街。香ばしい匂いに誘われて、ホタテの串焼きを買った。3個付いて300円。ちょっと、生っぽかった。(でも腹は壊さなかった)

焼いているところを写真に撮らせてと頼むと、店のおやじは、「彼女の写真はいらないか?」というので、シーフードを焼いていたおばさん(お姉さん)の写真も撮った。なんだか中国の祭りに来ているよう。こういう場面、中国の祭りではよくあることだった。撮らされる写真・・・。でも、意外と写真的には良かったりするんだよね。不思議と。そんな写真、俺は平気で雑誌で使ってます。

会場の仮設舞台では、地元のバンドらしい青年たちが、楽器のセッティングをしていた。地元の郷土芸能もあるようだが、時間がないので、割愛。いいな、地元の祭り。

会場の先には、「神割」がある。大きな岩が裂けていて、そこに海の水が流れ込んで水しぶきを上げる景勝地だ。看板を見忘れたが、何か伝説が書いてあったようだ。観光客が水しぶきに合わせて、いっせいにシャッターを切る。もちろん、俺も。

会場を後にして、一路、牡鹿半島へ。海沿いの道はカーブの連続。道も狭いし危ない。バイクが猛スピードで突っ込んでくると、ヒヤッとする。

女川町を抜けてコバルトラインに入る。牡鹿半島というだけあって、鹿の飛び出し注意の標識がたくさん立っている。コバルトラインは、半島の背骨を走る眺めのいい道だ。ただ、一ヶ所通行止めになっていて、迂回路を取らなければならなかった。その場所には、ちゃんと人がいて(たぶん役所の人)、案内してくれた。

コバルトラインから道を下りると、県道2号線にぶつかる。この道を南下した。トンネルを抜けると、小網倉という集落がある。この湾の牡蠣の養殖筏も写真に撮る。さらに南下。

そして御番所公園という展望所まで。ここからは360度、風景が見渡せる。東側に金華山も見えた。昼を食べている家族連れ。何か深刻に話し合っているカップル。人それぞれ。休日もそれぞれ。

来た道を逆戻り。2号線を北上すると、国道45号線にぶつかる。松島の手前になったら、車が動かなくなってしまった。渋滞だ。松島は、すごい人だった。この道はいつ通っても混んでいるが、今日ほどのことはなかった。さすが、ゴールデンウィーク。

松島を過ぎると、車は比較的スムーズに走れるようになった。市内はすいていた。仙台から山形に抜ける国道48号線。ここは大渋滞だった。作並温泉を過ぎたあたりから、車は順調に走り始めた。天童市を経由して河北町に戻る。午後7時半実家到着。12時間のドライブ。疲れた。

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コメント

いかのあしさん
コメント、ありがとうございました。
米沢は、「雪深し」な町であったと思います。友達とマージャンをして帰ろうとしたら、雪で道がなくなって、けっきょく友人宅に泊まるという冬の夜を何度体験したことでしょう。

投稿: あおやぎ | 2007/05/07 23:29

 しばらく日を追ってみています。くしくもうちの姉と同年で、しかも山形大の工学部。たしか米沢に校舎があって、姉に届いた受験合否の電報は、「米沢雪深し、再起祈る」でした。結局彼女も別の工学部に進んだもののまったく畑違いの主婦兼学習塾やってます。人生流転です。
 またしばらく追いかけてみていますね。

投稿: いかのあし | 2007/05/05 21:27

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