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2007/06/08

2007初夏、車中泊の撮影旅(20) 天草崎津天主堂、宇土の轟水源

070608
6月8日、金曜日、

昨日の続きから。

口之津から天草の五和町までのフェリーは30分間だった。あまり乗客もいなくて、のんびりしたフェリー。デッキの椅子に座って青い海と島影を眺める。天気がいい。まるで夏だ。

漁船が近づいてきた。舳先に立っているのはおじいさんか。天草の漁師。年がいもなく、俺はおじいさんに手を振った。手を振り返してくれなかった。隣に座っていた母娘たちからじっと見られているように感じて、俺はぎこちなく手を下ろした。

上陸して、すぐ右方向へ走る。国道324号線だ。それにしても、午後の太陽光線はきつい。右側だけ黒くなりそうだ。

ヤシ並木を見ると、南国にいる実感がわく。道は、広くなったり、狭くなったりしたが、車も少なく、快適だった。下田温泉というところを通過。

国道389号線だ。「サンセットライン」というらしい。ここも一部は狭いところがあった。アップダウンを繰り返す。曲がりくねった海岸線の道。いくつかトンネルを抜けると、右手の高台に天主堂が見えてくる。それが大江天主堂。りっぱな建物だ。1年半前、ここに来た。このときは、敷地まで行ったが、今回は、遠くから眺めて写真撮って通過。

そして、富津トンネルを抜け、右折すると、崎津天主堂がある。

この天主堂は、中が畳敷きだ。天草のキリスト教はここを中心に広がった。乳飲み子を抱いた母親が「踏み絵」をさせられたこともあったという。今の静かなたたずまいからは、そういう悲惨で、血なまぐさいものは感じられない。

村の後ろの山には、チャペルの丘公園がある。500段以上の階段を上っていくと、公園からは、崎津の集落と海と天主堂が一望に見渡せる。ここは「香り百選」にも選ばれているが、公園まで、潮の香りが漂ってくるようだ。

それにしても静か。公園には俺一人。しばらく休んでいると、船が来た。周りが山に囲まれた湾だからだろうか、船のエンジン音が特別大きく感じる。

1年半前に撮った写真は、『栄養と料理』3月号(たぶん)で使っている。今回は、来なくても良かったのだが、どうしてもまたこの天主堂を見下ろす公園に立ちたくて、つい、フェリーに乗ってしまった。

崎津から、本渡市に出た。そこで食料を買い込み、熊本への道、国道324号線沿い、海に面した駐車場で夕食。有明町の道の駅まで、ここからたぶん5kmくらいだろう。今晩はそこで泊まる。

道の駅に着いたら、幸運にも隣に温泉があった。今日は風呂なしか、と諦めかけたときだったので、うれしかった。さざ波の湯だったかな。ゆっくりつかることができた。

☆☆☆☆

そして、今日、8日。

今朝は、7時ころ出発。国道324号線を快適に走る。海がきれいだ。松島町で、天草松島を見渡せるという展望台に行ってみた。千厳山というところだ。天草5橋や、遠くには雲仙岳が見えた。

下に下りて国道に戻り、橋を渡ろうとしたら、けっこういい感じだったので、車を停めて写真を撮った。ちょうど橋の下から漁船が出てきた。朝のさわやかな風も気持ちがいい。

ところが、ところが・・・。

トラブルは、予想外に起こるものだ。今度は、何? 写真を終わって、車に戻ろうとして、10cmくらいの段差の車道に下りたときだ。右ふくらはぎに激痛。石でも当たったかなと思ったが、車も途切れたときだし、状況的にそんなことは考えられない。どうも、肉ばなれを起したか? 

痛みはすぐに治まるだろうと、5分ほど休んでいたが、だんだんひどくなっているよう。ここから埼玉まで帰らなきゃならない。それを考えて不安になった。

とりあえず運転はできそうだ。ただブレーキのタイミングが遅れる。これは駄目だなと思ったとき、コインランドリーがあり、ここで洗濯しながら、どうしようか考えることにした。

洗濯物を入れたとき、ちょうど管理人がやってきて「所沢から?」と聞かれたので、車中泊しながら全国の田んぼや畑の写真を撮っているんです、などと話が始まってしまった。管理人は、それはうらやましいですねぇ、水俣の奥のほうにも棚田がありますよ、などとだんだん話が長くなっていきそうだったが、足の痛さが気になって、会話は上の空。

たまりかねて「この近くに医者か病院ないですか?」と聞いた。「どうしたんですか?」というので、さっきのいきさつを話したら、ここから5kmくらいのところに佐々木整形外科がありますよという。それで、まずその医者へ行くことにする。まだ8時だったが、もう診察はするでしょうとのこと。

佐々木整形外科はお年寄りでいっぱいだった。でも、「旅行中で」といったのが効いたのか、10分ほどで診察してくれた。医者は「肉ばなれになる前、筋肉の表面が傷ついたんでしょうね」という。それで応急処置でシップをし、包帯でぐるぐる巻きにし、サポーターをかぶせてくれた。完治するまでは3週間ほどかかるとのことだったが、これでなんとか旅は続けられそうだ。

痛み止めとシップ薬の処方箋を書いてもらい、隣の薬局へ。窓口の女性が「住所は?」と聞くので「埼玉県・・・」と答えると、怪訝な顔をしたので「旅の途中なので」というと納得したようだった。「これから埼玉まで、撮影しながら運転して帰るんですよ」「右足ですか?」「そうなんですよ。アクセルは大丈夫ですが、ブレーキが・・・」「それは大変ですね」「これもブログに載せますから、見てください」と、しっかりブログの宣伝だけはしておいた。

歩くときは、右足を引きずって歩くしかないが、薬が効いてきたのか、痛みは治まってきた。これなら大丈夫。みなさん、心配しないでください。(誰もしてないって?)

もう一度、コインランドリーのところまで戻り、洗濯物を回収。ちょうどおばさんが来て、この布団洗えますか?と聞くので、これは12kgって書いてあるので、大丈夫でしょうなどと説明したが、もしかしたら、俺を管理人だと思ったのだろうか。

三角港で、国道57号線に。島原湾に面した道を快適に走る。御輿来海岸ちかくに、新しい道の駅。ここで、宇土の轟水源を聞いた。町の中から行ったほうがわかりやすいと教えてくれた。

途中、長浜など、干潟が美しい海岸を通過。夕方はきれいらしい。今は、潮が満ちている。足もなんとか落ち着いてきたようだ。普通にしていては、痛みは感じない。ブレーキをかけるとき、少し痛む程度。

宇土市内から、「轟水源」の看板に導かれてたどり着いた。説明書きの看板によると、「昔から肥後三名泉のひとつとして知られ・・・この水源を導水して総延長5kmにわたる水道が轟泉水道で、現在使われている上水道としては日本最古・・・これは二代宇土藩主細川行孝によって発案、施設されたもので、石管を用いた地下水道です。現在も多くの人たちの飲料水に使用されています」

次々に人がやってきて、ポリタンクに水を入れていく。水源の水は大人気だ。コケの生えた古そうな取水口。まわりは木々に囲まれ、なんだか神秘的な雰囲気を漂わせる。


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