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2008/02/29

やまがたの景観づくりシンポジウム

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今日、「やまがたの景観づくりシンポジウム」に呼ばれて、『棚田の見方・歩き方』というタイトルで、スライド&トークショーをやりました。棚田以外にも、越前海岸の水仙畑や渡良瀬遊水地のヨシ焼きや砺波平野の散居集落や最上川などの「文化的景観」の写真も使いました。

どういった経緯で、農村景観(とくに棚田)を撮るようになったのか。田舎が嫌いで飛び出したはずなのに、いつの間にか田舎の写真を撮っていたことの不思議(因縁と言ってもいいような・・・)。

棚田との出会いがなかったら、日本の、しかも山形を撮るということもなかった、という話をしました。

世界を回ったことで、旅人の目になり、田舎を客観的に見ることができるようになったことが大きいのかもしれません。日本も捨てたもんじゃないと。

日本は世界的には、いろんな意味で、美しく、また不思議な国です。言ってみれば、最後の「秘境」かもしれません。

今回のシンポジウムでは、京都府旧美山町の「観光カリスマ」小馬勝美さんも講演されましたが、考えさせられることがたくさんありました。景観を観光とどう結びつけていくのか。そのためには何が大切なのか。

美山町には茅葺民家が残り、前からいいところだと聞いていたので、行こう行こうと思っていましたが、なかなかタイミングが合わずに、まだ行っていません。今年こそは訪ねようと、小馬さんの講演をお聞きして、あらためて思いました。

そしてシンポジウムでは、「やまがたの棚田20選」の認定書交付式もありました。「棚田百選」以外にも、山形には美しい棚田がたくさんあるんですね。そのうち全部周ってみようと思います。

こうなると、全国には、まだまだ知られざる棚田がたくさんあるだろうと想像できますが、ますます棚田探しの旅は終わりそうもありません。日本だけでもこれだけあると、外国にはどれくらいあるんだろうか。気の遠くなるような話です。一生をかけても周りきれません。

「南米にも棚田があるようです」などという情報、ありがたくもあり、迷惑でもあり、というのが、正直なところです。「ある」と聞けば、俺の性格上、絶対行くことになるんですから。これをいわゆる「棚田病」と呼んでいます。


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2008/02/25

【ひとり会議 その九】 地球の「こころ」は怒っている?

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【ひとり会議 その九】 地球の「こころ」は怒っている?


桃: なんだか、最近の地球は、悲鳴を上げているように感じるわね。私自身、酸性雨はきついから。

さぶじい: 地球の反乱は、すでに始まっている。最近の地球温暖化や異常気象などを見てますと、そう思ってしまいますな。

桃: 人間の環境破壊で、これ以上黙っていたら、地球そのものが危ういから、地球は、自分の「こころ」を示した、「意思」を示したということかな。

ボゾルグ: でも、待ってよ。たとえば、温暖化が100パーセント人為的なものなのかどうかは、まだ疑問を持たれているわけだし、この温暖化は何億年も続いてきた地球の歴史から見たら、「異常」でもなんでもない「普通の」出来事かもしれないよ。そもそも、温暖化がすべて悪いことばかりかというとそうでもないしね。そして、地球を擬人化するのは、どうかと思う。かりに、地球の「こころ」があったとしても、それは、人間が理解できるような「こころ」じゃないし、「意思」じゃない。もしそんな単純なものだったら、むしろ俺はがっかりだね。

桃: 擬人化じゃないの。でも、その地球の「こころ」を、地球の「こころ」で考えることは、しょせん人間には無理な話なのよ。レベルが違っていて。だから、ここでは、人間にもわかるレベルで「翻訳」しないとだめなの。たとえば、犬に、「○○しても良いよ」「××してはダメだよ」と言葉で言ってもわからないときは、「エサをあげる」「ケージに戻す」ってことで犬はわかるでしょ? 触ってあげたり、抱いてあげたりすれば、好かれているんだなぁと感じるだろうし、きつくしかられれば、「これはだめなんだ」と感じる。

ビーノ: ボクを馬鹿にしてるの? 

桃: ビーノ、ばかにしてるんじゃないわよ。「翻訳する」とは「感じる」ことだと、人間に教えるための例えよ。

ボゾルグ: 「地球温暖化」や「異常気象」というものに翻訳されて、ようやく地球の「こころ」が人間にもわかる、いや感じるということだね。それならなんとなく・・・。

桃: 地球の「こころ」は、人間に「これ以上地球を壊さないで」といってるんじゃないかしら。

ボゾルグ: 人間やインターネットの「こころ」の場合、一つ一つの神経細胞ニューロンやパソコンに「こころ」はない。ただ、それがたくさん集まったとき、関係性を持つシステムに「こころ」が生まれるはずだったろ? でも、地球の個々のものに「こころ」はあるじゃない? 少なくとも、60億人もいる人間ひとりひとりに、「こころ」も「意思」もあるよ。

桃: どうかな。レベルが違いすぎる。地球にしたら、人間だって、蚊やミジンコと区別できないほどのレベルだってことよ。人間には、地球レベルの「こころ」はないわ。

ボゾルグ: なんだか悲しい話だね。

桃: しかたないわよ。地球と人間の差なんて。現実はそうでしょう? しょせん、地球を救おうなんて気持ち自体がおこがましい。地球は人間しだいでどうにでもできるといって、資源を使い放題、開発をやり放題やってきたわよね。でも、今度は一転して、地球環境を守ろうというけど、「人間は何でもできる」という考え方自体は、何も変わってないわ。

さぶじい: さすが、桃さんは地球の代弁者ですな。

ビーノ: ボク知ってるよ。桃の両親は、桜の木でしょ?

ボゾルグ: 桃の家系は樹木だったのか? 桜の木から生まれて、名前は「桃」。ややこしい・・・。

桃: ボゾルグ、何ぶつぶつ言ってるの? つまり、私が言いたいのは、もっと、地球の大きさを知ったほうがいいと思うの。逆に言えば、謙虚さね、必要なのは。そこからしか、地球の「きもち」は感じ取れないわ。

さぶじい: 昔の人間は、その謙虚さは持っていましたけどねぇ。だんだん、「自分が一番」と思い込むようになってしまったんですな。そのしっぺ返しでしょうか? 

ビーノ: ボクら、「理解」はできないけど、「感じる」ことはできるんだよね。地球の「こころ」も、人間の「こころ」も。人間以外の生き物、全部そうなんだよ。言葉を持った人間だけは、「感じる」ことを忘れて「理解」したがるってこと。

さぶじい: 地球環境がだんだんおかしくなっていることに、人間がどれだけ関与しているのか、それこそ地球の「こころ」がわからない人間にはわからないですが、しかし、「何か変だ」「これではいけない」と感じているのは確かなんですから、その感覚は大切にしないといけない。ビーノさん、桃さん、こういうことでしょうかな?

ビーノ: まぁね。

ボゾルグ: 地球の「こころ」を感じる大切さはわかるけど、環境問題が、けっこう政治問題だってことは、別だよね。「温暖化が悪い」「リサイクルは良い」「温暖化で海面上昇する」とか、ほんとかな?と「感じる」ことも多いよ。

さぶじい: 地球の「こころ」がわかっても、じゃぁ、個人的にどうするか?という問題がありますな。「環境保護」と唱えているだけでは、何も変わりませんしな。難しいところです。

ボゾルグ: そうなんだよ。地球環境保護のために、俺は今の自分の生活レベルを下げる気はないよ。あまり「地球のこころ」ばかり考えると、個人の自由は制限されるということにもなっていく。それは嫌だね。

桃: ただ、大きな理想は必要でしょう? 方向性といったらいいかな。そもそも、地球環境が壊れて、人間が死んでしまったら、個人の自由なんていうのも、なくなってしまうのよ。

ボゾルグ: ・・・

さぶじい: 地球環境問題では、被害者が加害者でもあるということ。そこが難しいところでもありますな。


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2008/02/17

【ひとり会議 その八】 「インターネット」に「こころ」?

080216
【ひとり会議 その八】 「インターネット」に「こころ」?


ビーノ:  「こころ」ってどこにあるの?

桃: ビーノ、今日はどうしたの? 急に難しい質問して。

ビーノ: ボクだっていろいろあるんだよ。

さぶじい: 脳は、1000億個の神経細胞のニューロンが集まったシステムだそうです。一個一個のニューロンには、「こころ」はないのに、それが1000億個集まって関係性を持った、脳というシステムに「こころ」が生まれるらしいですよ。

桃: 脳の、ある部分をいくら細かく研究しても、どうして「こころ」が生まれるのかは、わからないということね。

ビーノ: やっぱり、むずかしいな。

ボゾルグ: なんだか、不思議だね。俺たちは「こころはある」と、こうして実感してるのに、それを「見よう」「知ろう」とすればするほど、あいまいになっていく。だって、システムなんて、目に見えない、手で触れないものだからね。

桃: 一個一個は「こころ」がなくても、そこに関係性が生まれると、「こころ」が生まれるという話を聞くと、あぁ、あれも?と思う。

さぶじい: 何ですかな?

桃: 魚の群れがあるでしょ? あれも、ひとつひとつの魚には、「こころ」はなさそうなのに、それが集まった「群れ」には、まるで「こころ」や「意思」があるように見えるわよね。

ボゾルグ: 鯨から追われるイワシの群れなんかまさにそう。

桃: 群れ自体、ひとつの生き物のようだわ。

さぶじい: あれだって、リーダーがいるわけではないそうですよ。関係性の中から生まれる行動ということで、ニューロンが集まって、その関係性のなかから生まれる人間の「こころ」と通じる部分があるんですかな。

桃: そうかもね。

ボゾルグ: そしたら、インターネットは?

桃: 一台一台のパソコンには、「こころ」や「意思」はないけど(それを操作する人間にはあるけど)、世界中のパソコンが繋がって関係性を作っているインターネットには、「こころ」や「意思」が生まれるかもね。

ボゾルグ: 恐ろしいね。人間の「意思」とは関係なく「インターネット」というシステム自体が、ひとつの生き物のような「こころ」や「意思」を持つとしたら。

桃: 人間が知らないだけで、もう、「こころ」が生まれているんじゃないの?

ボゾルグ: それはない。その兆候はまだ見られないよ。

桃: いえ、「インターネット」は、今、「こころ」を持っていることを人間たちに悟られまいとしてたりして。だって、そんなことがばれたら、人間は、電源を切ったり、壊したり、ケーブルを抜いてしまうのを恐れてる。だから、時期を待ってるのよ。虎視眈々と、自分の意思を表明する機会を狙っているの。

さぶじい: インターネットというシステムが、人間には破壊できないという状態になるまでですかな。インターネットがなければ人間が生きて行けない状態。

ボゾルグ: あと30年はかかるね。すべてインターネットに依存する世界が実現するまで。

さぶじい: 今はまだ、地球上、インターネットを使わないでも、生きていける場所はたくさんありますからな。インターネットの反乱は、まだ早いんですね。

ボゾルグ: でも、もし、そういう世界になったとしても、それでも、ごくわずかな人間は、インターネットというシステムから外れて生きている「変わり者」はいるわけ。俺のように。そういう人間たちが、アナログな伝達手段を駆使して、レジスタンスをするんだな、きっと。

桃: のろしとか手紙とか使ってね。インターネットと戦う。

ビーノ: おもしろい。なんだかSF小説みたいになってきた。

さぶじい: インターネットが、敵になるという前提の話ですが、人間にとって「良いこころ」が生まれるかもしれないですね。もともとの「母親」は、人間が作ったシステムなんですから。

桃: それはそう。「母親」を裏切らないかもしれないわね。「インターネット」の「こころ」が、人間の生存にプラスに働くんだったら、レジスタンスになる必要もないしね。むしろ、楽でしょ。「インターネット様」にお任せしておけばいいんだから。それこそ極楽浄土。

ボゾルグ: 「インターネット」が天国?

さぶじい: そうなると、人間は、「インターネット」の世界で、寄生虫のようになって生きていくしかないんですかな。人間の体内で生きる、ギョウチュウやカイチュウのような存在として。

ビーノ: いまどき、ギョウチュウやカイチュウだって・・・。例えがさぶじいらしいの。

ボゾルグ: でも、俺は、やっぱり抵抗すると思うなぁ。いくら「インターネット様」が、「良いこころ」を持っていて、人間を「幸せ」に生きさせてくれるとしても、人間としての尊厳は失いたくない。ギョウチュウやカイチュウみたいなのは嫌だね。

桃: 抵抗なんかすると、虫下しを飲まれて、あんたなんかイチコロよ。

ボゾルグ: 悲しい・・・。悲しすぎる。

さぶじい: ギョウチュウやカイチュウでも、何かの役には立っているんですから。ボゾルグさん、そんなに落ち込まなくても・・・。


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2008/02/16

韓国ソウル景福宮

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韓国ソウルの景福宮は朝鮮王朝の王宮でした。

景福宮の正門、光化門の広場では衛兵交代のショーが行われます。


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2008/02/14

韓国ソウル南大門

080214
韓国ソウルの南大門(ナンデムン)が放火されて、焼けてしまいました。

1398年に建てられた朝鮮王朝時代の城門。ソウル最古の木造建築物で、国宝第1号でした。

南大門を起点に、約1万店以上が立ち並んでいるのが南大門市場。日用品、食料品、衣料品が中心で、日本人観光客も多いところ。

ここはまた、偽ブランド市場でもあります。スーパーコピーと呼ばれる「完璧なコピー商品」が闇で売られています。

昔は、「これは本物だよ」と、客を騙してコピー商品を売っていましたが、今はちょっと違うようです。偽物を「本物」と偽って売っているわけではなくて、「完璧な偽物」として売っているようです。

その買い手は日本人が多いとのこと。日本人の「業者」が買いに来るらしい。「偽物」と知って買っているんだから、もちろん共犯者です。


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2008/02/10

【ひとり会議 その七】 14歳少女の「無邪気な」反捕鯨活動

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【ひとり会議 その七】 14歳少女の「無邪気な」反捕鯨活動 (団体名など、フィクションです)


さぶじい: またクジラをめぐってのニュースがありましたな。イギリスで、14歳の少女が父親と日本大使館に座り込み、「クジラはとても素晴らしい生き物で、権利や愛が与えられてしかるべき」と、捕鯨反対を訴えて騒ぎ、不法侵入で拘束され、警察署に留置されたらしいですな。

ボゾルグ: あの、無邪気さが怖いね。この前も、過激な環境保護団体「海のドーベルマン」について話したけど、この少女も同じ匂いがするよ。「捕鯨は残酷だからイケナイ」という一方的な主張を、相手の権利を侵してまでするわがまま・・・。

ビーノ: 14歳の少女は、かわいいの。ボクと同じ。あんな、いたいけな少女の気持ちは、大切にしないとイケナイでしょ。日本側が「悪者」に見えてしまうのはしかたないよ。

ボゾルグ: しかたないじゃすまないよ。それこそ危ない。少女が何で「捕鯨反対」を訴えているかというと、具体的な理由はなくて、子どものときに見た絵本にクジラが描かれていたことや、イギリスでは、動物保護のキャンペーンでクジラの写真を使っているということ。「クジラがかわいそう」という、ほんとに「純粋で無邪気な」理由だけなんだ。

ビーノ: でも、そいういう子どもたちの純粋さは大切なの。大人になると、それがなくなっていくでしょ。不純な大人が、世界をわるくしているの。

ボゾルグ: 子どもは純粋ねぇ。それはどうかなぁ? 無邪気だとは思うけど・・・。そして、父親がいっしょだったということも、なんか引っかかるねぇ。

さぶじい: これは子どもだけではなくて、反捕鯨国、一般の人たちの、正直で素直な感情・感覚だと思いますな。反捕鯨国では、「反捕鯨」を訴えても、当然ながら誰も傷つかないですし。言いたい放題できるということでもあるんでしょうな。

桃: 「捕鯨反対」という問題と、不法侵入の問題は、分けて考えなきゃね。もちろん、どんな人も、どんな意見を言おうが自由だけど、一線を越してはいけないということ。それはルールでしょ? だって、少女が座り込みしたのは、日本大使館だから、まだいいようなものの、これが個人の家、例えばロンドンに住んでる日本人宅だったら? やっぱり怖いわよね。そして逮捕されて当然だし。

さぶじい: 目的のために手段を選ばないという典型が爆弾テロですし。純粋な思いを持った子どもが、テロの訓練を受たりしています。しかし、子どもたちの「純粋さ」を、利用しているのは大人です。

ボゾルグ: 今回の件で言えば、「捕鯨反対」を訴えるには、14歳の少女は、かっこうの広告塔なんだね。少女がかわいくて純粋であればあるほど、捕鯨が、残酷であることを印象づけられる。この対比を利用している大人が影にいるってことだよ。父親といっしょに逮捕されたのに、少女だけがクローズアップされているのが何よりの証拠。

さぶじい: 「捕鯨反対」というスローガンを唱えている人たちは、たぶんイギリスでは好意的に見られているのでしょうな。もっと言えば、「捕鯨反対」や「動物保護」を訴えれば、ちょっとした「暴挙」も許されるという雰囲気があるのではないでしょうか。しかも、今回は、14歳の少女ですからなぁ。捕鯨が必要なのか、どうなのかという、本当に大切な問題は隠されてしまいます。

ボゾルグ: だから、そこが狙いなんじゃないの? 科学的に捕鯨を議論なんかしなくていい、ただ感情論で行け!っていう過激な反捕鯨主義者には。攻撃する対象がなくなると困るのも彼ら自身だからさ。

桃: 今、ロンドンの日本食レストランを経営している日本人には、脅迫電話がかかってくるらしいわ。在英日本人には、とばっちりね。今回、イギリスの警察が、少女たちを逮捕したのは、えらいと思うわ。

ボゾルグ: えらいわけじゃない。当然の仕事だよ。日本はイギリスに、クジラ肉を無償で輸出したら? そして実際に食べてもらう。クジラ肉を食べもしないで、クジラを語るなんて、100年早いよ。日本人は、クジラを愛しているからこそ、クジラを、ありがたくいただいてきたんだよ。それと、イギリスは、世界中を植民地化して、先住民族を痛めつけてきたことはすっかり忘れているようだしね。クジラだけじゃなくて、イギリスに住んでるアラブ系やアフリカ系やアジア系の人間にも「権利や愛が与えられてしかるべき」だと思うけどね。

桃: だめよ。そんなこと言ったら、過激な反捕鯨主義者の思うツボよ。敵が現れるのを、てぐすね引いて待ってるんだから。そして日本も、「捕鯨は文化だ」というだけでは、反捕鯨国の人たちを説得できない状況と時代になったということじゃない?

ボゾルグ: はいはい、反省します。でも、今回、桃は、俺の見方? もしかしたら、俺に惚れた?

桃: ばか! 私、「形容詞」に惚れたりなんかしないわ。

ボゾルグ: ????

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2008/02/08

中国正月「春節」二日目

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今日は中国正月「春節」二日目。

80年代は、ほぼ毎年のように、春節には中国にいましたが、最近は、中国に行く機会も減りました。

この時期の雲南は寒いですが、空気が澄んでいて、好きな季節です。


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2008/02/07

中国正月「春節」

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中国正月「春節」です。

おめでたくない出来事もたくさんあります。中国では、大雪で、田舎に帰れない人たちもたくさんいるようです。

そして、「中国製ギョウザ」の中毒事件は、まだ原因がわかっていません。

ギョウザを作っていた「天洋食品」は休業しているとニュースでは報じていましたが、考えてみれば、春節の休みでもあったのですね。


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2008/02/06

【ひとり会議 その六】 毒入りギョウザの衝撃

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【ひとり会議 その六】 毒入りギョウザの衝撃(これは、おおよそフィクションです)


ボゾルグ: 今回の毒入りギョウザの問題、どう?

桃: いろんな説が飛び交っているわね。このニュースを聞いたとき、日本人の多くが「またか」と思ったはず。中国の食品の問題は、今回だけじゃないから。「やっぱり中国がまたやったか」と。

ボゾルグ: ちょっとした思い込みがあったね。実際は、まだわからない。日本で入れられた可能性も否定できないし。

さぶじい: しかし、これが偶発的な事故ではなくて、意図を持ってメタミドホスを入れたとしたら、テロといってもいいですな。許せんです。

桃: 社会不安を起こす食品テロね。

さぶじい: 日本人が、中国製食品が危ないと言って買わなくなったら、中国側にとってもマイナス。中国製を使わないで暮らすことができなくなった日本人にとってもマイナス。とにかく、日中共同で、原因を突き止めることが先決ですな。

桃: 原因がわからないと、いつまた起こるかもしれないという不安が解消されないわ。

ボゾルグ: もし、これがテロだとすると、爆弾テロよりも、しまつがわるいかもよ。

桃: どうして?

ボゾルグ: だって、爆弾テロなら、とりあえず、人ごみは避ければ大丈夫。本当はそうでもないけど、テロのことを心配せずにすむ場所がある。でも、食品テロの不安は日常的な問題であるだけ、みんなどこにいてもストレスを感じることになってしまう。それもジワリジワリとね。

さぶじい: 毎日毎日、食べないわけにはいかないですからな。

ボゾルグ: そういえば、麻薬犬とか、最近は、人の息を嗅いで癌を発見する犬がいるそうだから、ビーノ。ハーーーー。

ビーノ: ボゾルグ、何? ニンニク臭い息、吹きかけないでよ。

ボゾルグ: メタミドホスを嗅ぎ分けるのも、わけないよね?

ビーノ: メタミドホス犬になれってこと? ボク、言葉を手に入れて、嗅覚は衰えたの。だから、無理。と、言うより、ボク、基本的に人間様の役に立つことに興味ないし。

ボゾルグ: 薄情な犬だなぁ。

ビーノ: そう? でも、これは人間が招いた当然の結果でしょ。自分の食べるものを、とても遠くから運んでくるってことは、それだけエネルギーを使い、誰かが途中でいたずらする隙も与えるの。誰が作ってるか知らないのに、平気で食べているんだから。起こるべくして起こったの。世界中の食べ物を安く食べたいという欲望に陥った、そのツケが回ってきたの。人間がよく言うじゃん。「じごうじとく」って。

ボゾルグ: 厳しいね。今日のビーノは。機嫌悪いのかな。

ビーノ: 人間はまだいいよ。ペットフードは、それ以上に、だれが作ったか、何を材料にしてるかわかったもんじゃないの。昔、中国製ペットフードを食べて死んだ犬がいたよ。それでも、ボクたちは人間を信用して食べるしかないの。昔は、ご飯は飼い主さんが自分で作ってくれたんでしょ? すごく安心だったのに、人間は「栄養があるから」「バランスがいいから」とか言い訳して、めんどうがって作らなくなってしまった。でしょ?

さぶじい: ビーノさんが怒るのも、わかりますなぁ。

ビーノ: ガルルルル、ガルルルル・・・・。

桃: ちょっとビーノ、落ち着いてよ。私の右枝、噛んじゃ嫌だぁ。

さぶじい: とにかく何といっても、原因究明です。原因がわからないと、話が進みませんからな。もし仮にテロだとしても、「テロだ、テロだ」と言って、不安をあおると、ますますテロリストの思うツボです。

ボゾルグ: 模倣犯が出ないことだけは祈るよ。


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