『グレートジャーニー』を観て
昨日、関野さんの番組、『グレートジャーニー』について触れましたが、今日も続き。
「どんなに【秘境】といっても、この地球上で、環境悪化から逃げられる場所はないということでしょうか」と昨日書きました。
どんなに伝統的な生活を送っていたとしても、CO2排出が少ない生活を送っていたとしても、他の地域で出されたCO2や、汚染された大気や雨からは逃れられません。
逃げられないものは、もうひとつ、空からやってくるテレビの電波。「秘境」にテレビが入り込むことで、伝統的な文化が内側から変化していきます。
それが「良い」とか「悪い」とか単純に言える話ではありませんが、テレビを見ることで、自分たちの生活と、都会の生活とのギャップを知って、自分たちの「貧しさ」に気がつく。いや、本当は「貧しさ」ではないのですが、それを「貧しさ」と感じざるをえない現在の文明なので、「秘境」の人たちは、結局、都会にあこがれ、都会の文明にあこがれ、地元の環境・文化に不釣合いな生活を送り始めるとか、若者なら、都会に出て行ってしまうという現象が各地の「秘境」で起きています。番組でも、それらしい話が出ていました。
でも、俺は、それが悪いことばかりとも思っていません。自分たちが世界でどういう「位置」にあるのか知ることは大切だと思うし、自分の「貧しさ」を知って、なんとかしようと思い始めることは、長い時間のなかで考えれば、必要なことでもあるのではないでしょうか。
短期的には、卑屈にもなるでしょう。悲しくもなるでしょう。怒りも感じるでしょう。だから外見上は、不幸に見えるかもしれません。でも、そういった「負」であっても、大きな心のエネルギーは、その人たちを動かしていくような気がします。
日本人だって、そういう時期がありました。だから、伝統的文化を捨てた姿に「あなたたちは不幸だ」と単純に言われるのだけは心外でしょう。「捨てた」というより「変わった」と言うべきかもしれません。
でも、そうは言っても、何百年にもわたってはぐくまれてきた文化を、たかだか数十年でなくしてしまうのは、やっぱり、もったいないと思いますが。失ってみないと(体で思い知らないと)、なかなかわからないものなのかもしれません。
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