「セカンドハーベスト・ジャパン」の活動
(写真は、マダガスカルの食堂)
昨日の「賞味期限切れの食品を売るスーパー」に続いて、今日も「モッタイナイ」食料の話です。
「セカンドハーベスト・ジャパン」という団体もあったのですね。勉強不足で、知りませんでした。
雑誌「栄養と料理」の2009年1月号に『食の仕事人 チャールズ・E・マクジルトンさん』という記事で紹介されています。
「セカンドハーベスト・ジャパン」の活動のひとつに「フードバンク」というのがあります。
「食品企業や個人から、余剰食品を回収し、食庫に保管して必要とする全国の施設に配給する。その名のとおり、食料の銀行のようなものだ。」(「栄養と料理」 1月号 p131)
「もったいない」と思う世代の俺としては、とても共感できる活動です。とくに、「セカンドハーベストジャパンは「新品の食べ物」を買うのではなく、すでにある、余っている食品を収集し、利用しています。」(ホームページより)ということで、「無駄にしない」という発想に共感できます。
詳しくはホームページでどうぞ。
| 固定リンク
コメント
悠さん
いろいろと、活動をされている方とは知らず、失礼なことを書いたとすれば、お詫びいたします。
まじめに返事を返していただきましたので、私もまじめに答えたいと思います。
おそらく、そういった実際にボランティア活動されている人にとっては、我々(ボランティア活動していない人)が考える以上のレベルの「質」を求めていらっしゃるのでしょう。やればやるほど、厳しさを求めるということでもあるのかもしれません。それは、どんな業界(?)でも、同じことだと思うので、私も、その点は理解できます。
ただ、そういった活動は、団体そのものが目的ではないと私は考えています。その団体の活動を通して、より良い社会を作る、人助けをするということだと、私は理解しています。なので、活動を横から見ている我々からすると、その団体の内部がどんな状態であろうが、たとえば、働きにくいところであろうが、わきあいあいで居心地のいいところであろうが関係なく、その団体の活動で、実際良い社会に近づき、人助けになっているなら、それでOK、というふうに考えてしまうのも、自然なことだとご理解ください。いわゆる我々は「素人」ですから。もちろん、よほどひどいことをする団体は別ですが。
たとえば、私の「写真」のことに話を移して言うならば、どんなに性格が悪かろうが、いい写真を発表する写真家が「いい」と考えます。(だいたいにして良い性格の人で、しかも、良い写真家なんて、なかなかいません)
ある写真にみんなが感動していても、内側の事情を知っていると、正直感動なんてできないものもあるんです。でも、「人々に感動を与える」という写真家の目的からすると、それほど大きな問題ではないのではないかなと。
どれだけボランティア活動に関わっているかで、見方は変わってくる問題かもしれませんよね。私のは、あくまでも、一般人(ボランティア活動をしていない人)の意見にすぎませんが。
投稿: あおやぎ | 2009/04/09 18:51
コメントありがとうございます。
私はフードバンクの分野のみならず、幾つかの協力団体とご縁があり、日々楽しくボランティアや様々な活動をさせていただいているのですが、セカンドハーベストさんのようなご対応は初めてだったので、正直驚きの気持ちが大きいのです。
職員の方のご対応に驚いたけれども、最初はあおやぎさんのおっしゃるとおり、たとえば繁忙期等で「たまたま」だったのかもしれない、と思いました。
当たり前の事ながら、もちろん団体側にも都合がありますので、問い合わせ時のボランティアの必要性にあわなければ、お断りされることもあるでしょう。
しかし、メールで自分がお役に立てる分野をはっきりと伝えたにもかかわらず、電話口では希望と異なるボランティアの斡旋。
それでも、もちろん協力が必要なのがわかっていたので自分ができることなら、という思いで了解しました。
その反面、私も仕事をしております社会人ですので、偶然にもその日程が出勤で後ほど不都合となってしまい、日程調整を申し出たところ、返信が全くなくなったのです。
お約束を守れなかったこと、団体として人がほしい時に力になれなかったこと、私がその日休むことで事務手続き上他お手数をかけることとなってしまった点等々としては申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが、その後数回連絡をとるも一切一言も連絡がかえってこなかった事に関しては、「かわりは誰でもいるし」「時間のある人の方がいいや」と思われているようで、少なくとも私は非常に嫌な思いをしたのです。
確かに時間がある方の方が、ボランティアのマネージメントはしやすいでしょう。けれど、ボランティアの中には様々な生活環境の中、私なんぞよりもっと、少しでも何かできないかと考え、頑張ろうとしている人がいる中、セカンドハーベストさんの対応は如何なものかと感じたのです。
誰かのために何かをすることで、確かにたくさんのことを得ることができます。子どもの言ったたった一言で勇気付けられることもあり、「この不況の中、生活に苦しいのですが、もっと苦しい思いをしている子どもが世界にはいることを知ったので毎月1000円協力よくさせてください」と言って下さる寄付者の手紙を見せてもらって感動をしたり・・・。確かにそれらは「頑張った自分への”見返り”」なのかもしれません。でも、互いに与え、与えられることで、お互いがしあわせと感じられるなら、それはいわゆる「win-win」の関係であると私は思うのです。
各NPO・NGO団体はその橋渡しの役割として率先して人と関わっていく必要性があるにも関わらず、それができないセカンドハーベストさんには、私は残念な気持ちをもたずにはいられません。
長々とコメントを返信してしまい、申し訳ございません。このような戯言を言わせていただける場をいただき、あおやぎさんに感謝申し上げます。
たくさんの人々の活動、協力にて、日本のみならず、世界の人々にしあわせがあふれることを心からお祈りしております。
投稿: 悠 | 2009/04/08 20:04
xxx@xx.co.jpさん
コメントありがとうございます。
私は、ボランティアは嫌いです。嫌いというのは、ボランティア団体や考えが嫌いというのではなくて、あくまで、「私はボランティアをしない」という意味です。私は、人の役に立ちたいとはあまり考えていないからです。(結果的に約に立つことはあるかもしれませんが)
したがって、xxx@xx.co.jpさんの体験のようなことはありませんし、だから、嫌な思いをしたこともありません。
>相手のためになろうとする心からの気持ちなど生まれるのか、甚だ疑問に感じました。
私も同感です。でも、たまたまかもしれませんよ。事情をわからないうちはなんとも言えません。すべてのNPO・NGOを知っているわけではありませんし。一つのことだけで、すべてを否定するのも、なんだかかわいそうだと思います。
ボランティア活動している人たちには、好意を持っています。
「人に何かをやってあげた。だから感謝してほしい」と考える人は真の意味で、ボランティアには向いていません。それはわかっているので、私はやりません。
失礼な言い方かもしれませんが、xxx@xx.co.jpさんの「協力してあげるんだから、少しは感謝してよ」というのも、見返りを期待しているといえなくもありません。
xxx@xx.co.jpさんも、それほど幻滅しているなら、いっそボランティアなど考えず、ビジネスで社会貢献(私の場合はそれさえないですが)することを考えたらいかがでしょうか。別にそれが悪いとは思わないんですが。
投稿: あおやぎ | 2009/04/04 22:23
セカンドハーベスト・・・。
前にボランティア希望のメール返信が遅れてしまって、電話したら、職員の人に「私はボランティアのことは一切わからないので、担当とメールでやってください」とものすごくそっけない態度で返された覚えがあります。
日程が合わず、初回は残念ながら見送ることになったのですが、その後の日程調整をしたくメールをしても一切返事は無し・・・。
ボランティアのヤル気など、一切なくなりました。
いくらでもボランティアをしたい人など沸いてくるのでしょうが、「お願いします」という協力に対しての感謝の気持ちなく、相手のためになろうとする心からの気持ちなど生まれるのか、甚だ疑問に感じました。
方針がよくとも、その支える人が駄目であれば、その団体は駄目ですね。全く残念でした。NPO・NGOは特に、団体方針のみならず、中にいる人をきちんとみないとダメですね。
投稿: ..... | 2009/04/03 21:33