松前藩のアイヌ民族抑圧に対する不満が爆発して、アイヌの人たちが蜂起したのが、寛文九年(1669年〉に起こった「シャクシャインの戦い」だ。
初めはアイヌ側が優勢だったが、松前藩は幕府や津軽藩の援助を得て、シャクシャインたちを騙まし討ちにし、戦いは終結。このとき、シャクシャインの首ではなく、耳を持ち帰り、松前城を見上げる場所に埋めた。それが「耳塚」(写真中)と呼ばれるものだ。
誰が置いたのか、「耳塚」の石の脇には、神々に祈るときに使われるアイヌの「イナウ(木幣)」と「トゥキ(杯)」がお供えしてあった。
新ひだか町では毎年9月23日に、シャクシャインの追悼法要が開催されているという。
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