人といっしょに歩く犬
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数ある犬像の中でも、人といっしょに歩いた犬には思い入れがあります。例えば、和歌山県九度山町の高野山への案内犬ゴンです。
ゴンは、昭和60年代、九度山駅と慈尊院を結ぶ途中にある、丹生橋の近くに住みついた白い雄の野良犬でした。慈尊院の鐘の音に反応したので「ゴン」と呼ばれるようになりました。
ゴンは「弘法大師の案内犬の生まれ変わり」「お大師さんの犬」とも呼ばれました。約1200年前、弘法大師が、狩場明神に連れられた2匹の犬に道案内されて高野山を開いたという伝説があります。だからゴンが高野山まで人を案内していることで、そう呼ばれたことは自然だったのでしょう。
「ゴンが、本当に高野山まで人を案内しているのか、疑う人もいました」と住職は言いました。
そうなんでしょうね。片道24kmというから往復48km。本当だろうか?という疑問が生まれるのも当然かと思います。
でも、俺のフィリピンを初めとして、まだ地域犬がうろうろしているアジアの国々の体験から、ゴンが高野山と慈尊院を行き来していたというのは本当ではないかと直観的に思いました。
ルソン島の世界文化遺産、イフガオ族の棚田が広がるバダッド村へ行った時のことです。
バダッド村に滞在していた俺はバナウエの町に戻るために、峠越えをして車道まで出ることになりました。その間直線距離では5kmくらいだと思います。ただ、荷物を背負っているし、途中峠を登らなければならない山道なので、3時間はかかりました。
バダッド村を出発した時、俺の後になったり先になったりしながら付いてくる1匹の子犬に気がつきました。たしか泊まっていたサイモンズ・ゲストハウスにいた子犬かなと思いましたが、そのうち、ゲストハウスに戻っていくだろうと思っていました。
ところがその子犬は峠までいっしょに付いてきてしまったのです。だいじょうぶか?帰れるか?と心配になってしまいました。
その後も峠どころか、結局車道まで付いてきてしまいました。特別その子犬を可愛がったりもしていなかったので、どうして俺がこの子犬に好かれるのか理解できませんでした。まるで俺を車道まで案内してくれたように感じました。
ちなみに、ルソン島北部には、長者が犬を連れて狩りに出た帰り、犬が突然悲しげに鳴いて走り出したので、あとを追って行くと死者たちの村に案内されたという昔話があるそうです。(大木卓著『犬のフォークロア』)
俺に付いてきた子犬が村に帰ったのかどうかは確かめていないのでわかりませんが、どうも、これは犬の一種の習性ではないかなと、今は思います。
人間が歩いていると、何かのタイミングでいっしょに付いていくようなところがあるのではないかと。(たしか仁科邦男著 『犬の伊勢参り』にもそんなことが書いてあったような)
フィリピン以外でも、たとえば、インドネシア・バリ島、スリランカ、ネパールなどでも、犬が人に付いてくることがままあったからです。
だから犬の習性としても、人間といっしょに歩くのが、ゴンにとっては嬉しいこと、気持ちの良いこと、幸せに感じることであったから続けていたのではないかと思うのです。人間に強制されたわけではないのは確かだし、ゴンの自発的な意思として。
住職はこうも言っています。
「ゴンは、繋がれるのが嫌いな犬でした。私の姿を見ると、繋がれるのでは?と、こそこそして逃げることもありましたねぇ」
ゴンの地域犬(里犬)としての感覚として、人間に管理されてしまう窮屈は理解していたのではないかな。ゴンは特別に自由に歩きたい犬。歩くことが好きだった犬のような気がします。














































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