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2010/02/28

妻と犬連れ3匹の、日本一周の旅 (146)  岡山県備前の旧閑谷学校

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特別史跡に指定されている閑谷学校は、寛文10年(1670年)備前藩主池田光政が創設した庶民の学校。


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2010/02/26

妻と犬連れ3匹の、日本一周の旅 (145)  ふたたびの「犬連れ旅」

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浅田真央選手に「銀メダルおめでとう」と言ったらいいのかどうか。いや、銀でもすばらしいんですが。

直後のインタビューで、いっさい言い訳をせず、自分の演技が完璧にいかなかったことを悔やみ涙を流す姿、ほれぼれしました。

        ☆☆☆

ところで、ふたたび旅を始めます。明日、27日から。

今回が、「犬連れ日本一周車中泊の旅」の最終章です。

近畿、中国、九州、沖縄。

用事のために、4月上旬まで戻らなければならないので、期間は約1ヶ月。

かなり急いで周ることになりそうです。

今回は、ブログの他、ツイッター(左の「あおやぎけんじ ツイッター」)でも更新します。ただブログは、日ごとに記事が遅れていきそうなので(アップの時間が無くて。俺は浅田選手と違って言い訳だらけです)、より、リアルタイムな記事はツイッターの方になるかもしれません。

ただいつものことですが正直、始まってみないとわかりません。ツイッターもネットにつながなければならないのは同じ手間だし。(携帯からはやってませんので)

そういう事情ですので、コメントの返事が遅れても、大目にみてやってください。


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2010/02/25

山形のフォーラムでは

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23日に開かれた山形市での『農山漁村の資源活用フォーラム』、3つの分科会のうち、俺は、株式会社 玄の代表取締役である政所利子さんの「地域資源を活かした商品開発と地域活性化」に参加しました。

普段、写真家なんかやっていると、経済には関心が薄くなりがち。そういう意味でも興味深かった。

人が旅行したとき、土産を「誰のために買うか?」というと、「自分のため」というのが最近けっこう多いことを知って面白いなぁと思いました。家族のためや、職場のためではなく・・・。そこを狙うというのがみやげ物を作る・売る上での戦略になるそうです。

今、地方の旅行に求められているのは、「地域性」「土着性」ということでしょうか。そこに行かないと「買えない」「食べれない」ということが重要なのかな。

といっても、地元の人が、眠っている地域資源にはなかなか気がつかないものです。ずっと昔からあるので、当たり前だと思ってしまうし、価値のあるものには思えません。

田舎人の奥ゆかしさもあるんでしょうか。「田舎のものは、街の人の口に合わないべ~」とか「こんなところ、不便でだれも来なえちゃ」とか。

でも、そういうありふれたものが、実は、その地域の「宝物」なのですね。

それをどうやって気がつくか? やっぱり「外からの目」が必要なのかもしれません。


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2010/02/24

畑中章宏著 『日本の神様』

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友人が去年の暮れ、本を出しました。

『日本の神様』 畑中章宏著
理論社 2009年12月
\1,500円+税

関西弁を話す父娘連れが、漫才のような掛け合いをしながら、日本の神様を見て歩く、という内容。

「仏像」はよく見ますが、「神像」というのは、そういえば見たことないなぁと思ってページをめくると、こんなのが神様の像なのか?と思えるような、不思議な「物体」や「染み」があったり、なかなか新しい発見があります。

とかく堅くなりがちな内容ですが楽しく読める本になっています。

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2010/02/22

明日の『農山漁村の資源活用フォーラム』写真展の展示作業終わる

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山形市は、今日快晴でした。

明日の『農山漁村の資源活用フォーラム』写真展の展示作業が終わりました。

全部で48点になりました。意外と会場になる会議室は広かったので、少し多めにパネルを送っていたので良かったです。

明日、昼の30分間、写真展会場で写真の解説をします。


時間:午前の部(分科会参加者)10:00~12:00

   青柳健二写真展での写真解説は 12:30~13:00)

   午後の部(一般参加者)13:15~16:00

会場:山形県土地改良会館
山形市松栄1丁目7番48号
(023-647-5370)

お問い合せ:山形県農林水産部経営安定対策課
023ー630-3077


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2010/02/21

カーリング(curling)の面白さ

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女子カーリング。第4戦はミラクルショットでイギリスに勝ちました。

今回のオリンピックで初めてカーリングをじっくり見ましたが、モーグルとかスノーボードとかジャンプとかルージュとか、すごいなぁとは思いますが、やっぱり死に物狂いで練習した人間にしか出来ないことです。もちろん、俺たち普通の人にはできない演技や技を見せてくれるので感動をするわけですが。

でも、カーリングの場合は、ちょっと違う楽しみがあります。「次はここに置いたらいいんじゃないのかな?」とか、「ここを打たれたら2つテイクアウトされてしまう」とか、「先を読むこと」は素人にもできるのです。(正しいかどうかは別として) ゲーム感覚ですね。だから身近に感じて楽しめるのかもしれません。

15世紀のスコットランドで、川石を氷の上で滑らせて遊んでいたものが発展して、主にカナダで現在のルールになったウィンタースポーツだそうです。「氷上のチェス」とも言われています。それだけ頭も使うということでしょう。

もちろん、読みから、そこに実際ストーンを置くのは、ちゃんとした技術がないとダメなわけで、それは日々の練習にあるのは言うまでもありません。

スウィーピング(ストーン進行先の氷をブラシで磨くこと)をしろという指示の「イェップ(yep) !」、「ヤー(yeah) !」という叫び声は耳に残ります。

犬への命令語として使えそうな響きなので、うちの犬に「イェップ !」と言ってみました。もちろん、まだ、きょとんとしたままです。そのうち、床を磨き出したらおもしろいかな。


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2010/02/20

映画 『約束の旅路』をDVD鑑賞

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いまさら数年前の映画ですが・・・。

俺は、彼らの歴史や政治的背景を知らないので、この映画を「自分は何者なのか?」を問い続けたひとりの人間のドラマとして観ました。

『約束の旅路』

監督 : ラデュ・ミヘイレアニュ
出演 : ヤエル・アベカシス 、 ロシュディ・ゼム 、 モシェ・アガザイ 、 モシェ・アベベ 、 シラク・M・サバハ
製作年 : 2005年
製作国 :フランス

1984年スーダン難民キャンプからイスラエルへ脱出するエチオピア系ユダヤ人たち。本当はキリスト教徒ですが、エチオピア系ユダヤ人だけが救出されるという情報を得た母親は、自分の息子をその一団に紛れ込ませるのでした。

審査をくぐり抜けイスラエルに到着した9歳の少年は、シュロモというユダヤ名、服も、靴も、与えられます。やがて裕福なイスラエル人夫婦の里親のもとで暮らし始める。でも、シュロモは、ユダヤ人ではないことを、周囲に打ち明けられず苦悩するのでした。

オフィシャル・サイト http://yakusoku.cinemacafe.net/

ユダヤ人として暮らし始めたシュロモでしたが、学校帰り、人目を気にしながら靴を脱ぎ、裸足で歩くのでした。気持ちよさそうです。裸足になることで、忘れかけていた自分のアイデンティティを取り戻すかのように。

「自分は何者なのか?」という問いは、人事ではありません。彼らほど、深刻ではないかもしれませんが(いや、本人にとっては、深刻なのですが)、俺たちにもあります。

いつも、宙に浮いているような、この世界が「夢」であるような、妙な非現実感をときどき感じます。たぶん、しっかりした故郷と家族を持っている人は、「自分は何者か?」という問いに、迷い無く答えられるのかもしれません。そうじゃないということは、どこか病んでいるんでしょうか。

フランスに留学し医師となったシュロモは国境なき医師団のメンバーとして、スーダンの難民キャンプに行き、そこで、自分をイスラエルに脱出させた実の母親と再会します。

映画の最後、母親をみつけ、近づこうとしたとき、靴を脱ぎ裸足になるシーンがあります。偽りのユダヤ人としてではなく、本当の自分として母親に再会したかったということなのでしょう。

アフリカの地こそ、自分の故郷であることを再認識した、ということなのでしょうか。

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2010/02/18

國母選手は8位入賞

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國母選手は、残念ながら完璧な演技が出来なくて、8位入賞でした。

99年から02年のソルトレイクオリンピックまで、スノーボードチームのコーチをしていた人の話が、このブログに載っています。とても興味深く読みました。

晴耕雨読の信之介

こちらにも同じ文章が引用されています。

きっこのブログ

これを読んで、そういわれればそうだよなぁと思いました。なんだか選手たちの現実を知って悲しくなってしまいました。

「国母君の服装のみだれって何処が基準なんでしょうか? ユニフォームの日の丸をはぎ取った訳じゃないし、一個人の価値観を押しつけすぎ何じゃないでしょうか? 世界の頂点に立てるような選手に普通の価値観を押しつける方が無理ってものです。」という言葉、わかります。

今回の件でも、大学側が國母選手を応援しないことを決めてしまいました。本来なら、大学の宣伝にもなるんだから、「これからは本人も気をつけると反省していますから、応援よろしくお願いします」とでも言って、彼を擁護してもいい話だったと思いますよ。批判されたから、すぐ突き放すとは、あまりにも冷たい仕打ち。

オリンピックへ行く選手の背中に、俺たちはすぐ日の丸を見てしまいます。競技そのものならまだしも、服装・態度にさえも。

選手本人にとって本音は、「日本代表」というより、世界最高の大会で優勝したいということだけなのでしょう。

でも、俺たちは日本を背負わせてしまうし、本人は、「違います」といえない状況に追い込まれる(そのプレッシャーが良い方向に作用することもあるでしょうが)ということなのかもしれません。

國母選手は、そういう意味で、あまりにも正直過ぎたということでしょうか。

試合後のインタビューで、自分のスタイルは貫けたから悔いはない、みたいな話をしていました。批判に負けず、自分のスタイルを貫くのも、またかっこいいかな。


Ya_2「國母くんの足は短いんで、ズボンをずり下げていたわけではありません」(2010/02/16)


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2010/02/17

『農山漁村の資源活用フォーラム』 2月23日 山形市

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約50点の棚田の写真パネルを展示します。12:30~13:00まで、写真展会場で、写真の解説をします。一般の人も大丈夫ですので、お近くの方は、どうぞお越しください。

『農山漁村の資源活用フォーラム』

日時:2010年2月23日(火)

時間:午前の部(分科会参加者)10:00~12:00

   青柳健二写真展での写真解説は 12:30~13:00)

   午後の部(一般参加者)13:15~16:00

会場:山形県土地改良会館
山形市松栄1丁目7番48号
(023-647-5370)

お問い合せ:山形県農林水産部経営安定対策課
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2010/02/16

「國母くんの足は短いんで、ズボンをずり下げていたわけではありません」

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「腰パン」姿や記者会見の態度に批判が集中した、スノーボード・ハーフパイプ男子代表の國母和宏選手。

かわいそうなくらい神妙になっていた橋本聖子団長の温情により、なんとか競技に参加できることになりましたが。

この程度のことで、出場辞退だとか、なんだとか、どうしてこんなに日本人はエスカレートしてしまうのでしょうか。日本は不思議な国、と思われているかも。

たしかに「乱れた」服装に、「日本代表らしくない」と、癪にさわる人がいるのは理解できますが。(いまどき「茶髪」は問題ないのでしょうねぇ) 出場辞退は行きすぎでしょう。

俺も、昔、ある会での服装がだらしないということで批判されたことがあり、人事に思えません。しかも、俺本人ではなくて、俺がいないところで批判していたのが、第三者から聞かされた、というきわめて日本人的な批判のありかたでした。直接ではないということが一番ショックでした。

ぜったいクレームをつける人はいるんだから、周りの大人が、直接彼に「そのズボン、上げていたほうがいいよ」と、注意していればすんでいた話だと思いますよ。

記者会見の受け答えも、だったら、浅田真央や石川遼や斎藤佑樹のように答えると満足なんでしょうか。まぁ、批判する人は、「ちゃんとした態度」を求めているんでしょうね。「日本人を代表している選手」としての。いや、彼のような人間に、国民の血税を使っていることが、許せないんでしょうか。

なんだか、朝青龍の「品格」問題を思い出してしまいます。

批判の声が大きかったから、関係者も、あわてて自己規制に走ったのかもしれません。「國母くんの足は短いんで、ズボンをずり下げていたわけではありません」とでも言ってあげたら良かったのに。

今は、この「批判する人」「クレーマー」が、力を発揮する世の中です。太刀打ちできないです。まったく「正当」なことを言って、批判するわけですから。間違っている方は、頭を下げるしかありません。

でも、なんだか恐ろしいんですよね、今のような風潮が。こういう「善意の暴力」といったらいいか、「道徳の暴力」といったらいいか、そんな「暴力」がはびこっているように感じています。もっと大きな心で、物事や人を見ることはできないのでしょうか。あまりにも細かいことに批判したり、クレームをつけたり。自分も含めてですが、なんだか日本人の心の余裕の無さを感じてしまいます。

俺も、何かで批判・バッシングされたら、即、平謝りしますけど。「反省」しているように見せかけるのは、あんがい得意なんです。


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2010/02/15

6万人の顔と名前を覚える超人

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この前の、棚田のスライドショーを企画してくれた県庁職員Tさんの話です。

この人は、とにかくバイタリティあふれ、1日4時間寝ればこと足りるという人で(奥さんの証言もあるし、本人も言っています。この時点で「超人」なんですが)、いろんな町おこし、村おこしに関わって仕事をしています。

そのTさん、翌日、俺の実家の河北町まで車で送ってくれたので、食堂で地元名物「冷たい肉そば」を食べながら話をしました。そして、そのとき聞いた話は驚きでした。

なんとTさんは、6万人の顔と名前を覚えているそうです。仕事柄人に会う機会は多いと思われますが、会ったら忘れないというのは、すごい才能です。

とくに、俺は、人の顔と名前がぜんぜん覚えられないのが昔からコンプレックスなので、尊敬してしまいます。「覚えられないのは興味がないからだ」と言われるのですが、そんなことありません。覚えよう、覚えようとしているのです。でも、ダメです。みんな同じ顔に見えてしまいます。

以前、ブログで書いた気がしますが、顔と名前を覚えていて、かつ、何か頼まれたらやってあげれるくらいの責任を持てる身内・友人・知人は150人程度だと思います。(今は100人程度。だんだん少なくなっていますが) これは年賀状の数からも、だいたいそんな感じかなと。

比べる範囲は、Tさんのとは違うかもしれませんが、俺にとっては150人が限界です。とてもじゃないけど、6万人とは、桁が違いすぎます。そもそも、生まれてから俺はまだ6万人と会っていないと思います。(「会う」というのは、この場合名前を名乗りあい、会話し、お互いの人格を認めたくらいの人。だから商店やレストランの店員さん、街で喧嘩したチンピラ、中国で騙された詐欺師、ネット上の知人などは含みません〉

でも、そんな「異常者」、いえ、「超人」、世の中にいるんですね。(Tさんスミマセン)

ところで、こんな俺ですが旅した地名は、よく覚えています。やっぱり興味の持ち方でしょうか。


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2010/02/14

バンクーバーオリンピック  Vancouver 2010 XXI Olympic Winter Games

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バンクーバーオリンピック(Vancouver 2010 XXI Olympic Winter Games)。

カナダのバンクーバーで2月28日まで行われます。テーマは、"With Glowing Hearts."(燃える心と共に)。

Ya_2大会オフィシャルサイト:http://www.vancouver2010.com/

フリースタイルスキー女子モーグル、上村愛子4位。惜しかった、でもお疲れ様でした。

前回トリノ冬季オリンピックの時は、暖かい国からの参加はあるのだろうか? 夏のオリンピックと違って道具と施設がより必要な冬のオリンピックには、どういう国が参加しているのか気になって調べてみました。

「意外な国からの参加者、冬季オリンピック」 2006/02/23

その中に、タイからの選手がいました。プラワット・ナグバジャラさん。スキー距離男子15キロクラシカルに出場した話は印象的でした。

今回タイの選手はいません。アフリカからは6カ国。エチオピア(TEKLEMARIAM Robel Zeimichael選手は、日本でスキーのインストラクターをしていたそうです)、モロッコ、アルジェリアなど。

イランからは、イラン人女性初の冬季オリンピック選手が参加しました。政治的には厳しい状況にありますが、がんばってほしいと思います。


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2010/02/13

今晩の「世界・ふしぎ発見!」で、『雲南大紀行』

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今晩、世界・ふしぎ発見!『雲南大紀行 天使の歌声と神秘の奇祭!』 という番組があります。

予告編を見ると、雲南北西部、シャングリラ(旧 中甸)あたりのチベット族など、少数民族を訪ねる内容のようです。

掲載の写真は、梅里雪山(上)と、中甸のソンザンリン寺で行われた「格冬節」というチベット族の祭りの様子(中・下)です。

最近、外国旅行をしていないので、番組、楽しみです。


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明日は、めでたい2月14日

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明日は、2月14日。

めでたいですね。バレンタインデーのことではありません。バンクーバーオリンピック開幕のことでもありませんよ。

明日は、春節(中国正月、旧正月)なのです。

「あけましておめでとうございます」

一時期、中国へずっと通っていたこともあって、毎年春節になるとそわそわしてしまいます。

これは、貴州省南東部、従江のミャオ族の、春節に行われた「芦笙会」です。芦笙というのは、笙(竹)に銅製のリードをつけた楽器で、大きさによって音程も違い、それが合奏されると、谷間に不思議な音世界を作り出します。特に一番大きな芦笙から出る重低音。腹に響くような迫力があります。

男は芦笙を吹きながら踊り、女も輪を作って踊ります。音楽はまったく違いますが、輪になって踊る雰囲気は、日本の盆踊りを見ているようです。

そして春節に欠かせないのは、コメやトウモロコシから造った白酒(焼酎)と、モチゴメ料理です。歌って踊って食べて、ふだんは静かな山村も、春節の「芦笙会」ではとても賑やかで華やかです。まさに「ハレ」の日です。


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2010/02/11

「右側が男性用となっております」

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この前山形への途中、ある駅の構内で、「左側が女性用で、右側が男性用になっております」というアナウンスがあって、「なんだろう?」とまわりを見回すと、トイレがありました。そうか、トイレの男・女か、と納得しました。

でも、これって誰のためにアナウンスしているんだろうか?と不思議に思ってしまいました。

とは言え、実は俺はトイレを間違ったことがあります。愛知県の道の駅「デンパーク安城」でのことでした。「大」をしたくてトイレに入って座っていたら、人が入ってきた声がしましたが、なんと女性の声だったのです。

パニックになりました。どうして女性が入ってくるんだ? 女性用が混んでいたので、仕方なく男性用に入ってきたのか?(観光地などではよくあることなので) まったく困ったもんだ。

しばらくすると、用が済んだようで静かになりました。それで俺も表に出て愕然としたのです。そこには「小」がありませんでした。つまり、ここは女性用・・・。

あわててトイレの表に出ました。幸いにして誰もこなかったので良かったのですが、もし女性と鉢合わせしてしまったら、どうなっていただろうと背筋が寒くなります。へたしたら、痴漢として捕まっていたかもしれません。

どうして勘違いしてしまったかというと、「小」をするために入ったなら、「小」はないので、そこが女性用だと気がついたはずですが、「大」だと気がつかなかったのです。しかも、急いでいたのでなおさらです。

まったくはらはらしました。

この「右側が男性用になっております」というアナウンスは、俺のような人間のためにあるのか?

そうじゃないようです。確かめていませんが、目の不自由な人に対してではないでしょうか。
 
 
 
 
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2010/02/10

自主規制?

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「止まれ」の標識。気になってしかたありません。

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2010/02/09

山形県白鷹町で世界の棚田のスライドショー

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日曜日、スライドショーのため山形県白鷹町に行きました。大雪でした。

棚田が縁で呼ばれたスライドショーですが、主催の方からは、山形が嫌いで飛び出したけど、けっきょく山形の写真を撮るようになった経緯を中心に、というリクエストがありました。

20歳ころまで、山形にはまったく興味はなく、いや、それどころか嫌っていましたが、その後いろんなところを旅してみると、まんざら山形も悪くないと、遅まきながら気がついたのでした。

棚田百選を周ろうと決心したとき、山形の棚田は、一番最後にしました。そのとき、新潟県から山形県に入ったのですが、今までとまったく違った感覚があったのです。「実家のある故郷に戻った」というのではなく、「山形県という棚田のあるところに来た」という旅人の感覚なのです。山形を客観的に見ることができるようになったことが大きな収穫でした。

それと年齢的なものもあります。若いころは、自分の親とか土地とかを否定したがるもので(俺だけかな?)、そしてそれは感情的で、いいところもあるのに、あえて見ようとしなくなる幼稚さはあったと思います。

山形の良さを再発見できたのは、ひとえに棚田のおかげということです。いったん「棚田」があると気がつくと、ここにもある、あそこにもあると見えてくる。不思議です。見ていたようで、実は見ていなかったんでしょうね。


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2010/02/05

朝青龍ついに引退 (2)

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(写真はウギー湖畔の牧民)

昨日に続き、朝青龍の引退についてです。

俺はモンゴルに行ったせいもあって、朝青龍は好意的に見ていました。「品格、品格」と騒ぐ周りの人間に対して、いっこうに反省もなく(インタビューで「人に合わせる必要はない」と答えています)、やりたい放題やってきた朝青龍になぜかすがすがしさを感じます。

朝青龍が引退したとなると、あるテレビのコメンテーターは、朝青龍はすごかったみたいな発言に変わっていたのはおかしかったですね。それまでさんざん「横綱の品格がない」といって非難していたのに。いなくなって初めてその人の存在の大きさに気がついた、いや、日本の大相撲に必要であったか、わかったのかもしれません。

良くも悪くも話題を提供し、なんと言っても圧倒的な強さで、相撲を盛り上げてくれた力士です。そのコメンテーターだって、朝青龍がいたから仕事もたくさん出来たでしょうに。個人的には、「日本文化」や「品格」ということを考えるいい機会もあたえてもらえました。

「横綱の品格を持て」という中には、「横綱の型にはまれ」という意味も含むだろうから、朝青龍の性格から、しょせん無理だったということでしょうか。

日本人は、横綱の「横綱」という看板というか、肩書きというか、記号というか、そういうものを通したうえでの言動(あるいは型にはまった言動)は受け入れるのですが、「横綱」という看板を通さず、直接ドルゴルスレン・ダグワドルジの個人的な生の感情や言動を聞いたり、見たりするのは、耐えられないということだった。いったん肩書きを持った人に没個性を求める日本人には、ドルゴルスレン・ダグワドルジの子どものような感情丸出しの言動は、きつ過ぎたということかな。

最後は、何があったかさえうやむやのままで、引退。寂しい最後になってしまいました。これも朝青龍が行き着く当然の結末だったかもしれません。引退はしても、事件の真相究明がなされるのではないでしょうか。

横綱ではなかったら、もっと愛された力士になっていたのでは。でも、強かったので、横綱になるしかありませんでした。と、いうより、他の力士が弱かった・・・。

モンゴルの草原で暮らしていた少年を横綱にまでしてくれた日本に感謝したいという意味のことを言っていました。その言葉には嘘はないと信じたい。

楽しませてくれてありがとう。


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2010/02/04

朝青龍ついに引退 (1)

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(写真は、ドリームランドの看板)


朝青龍ついに引退。

事件について話できないこともあるんでしょうが、トラブルに巻き込まれないように注意することも横綱の「才能」の一部だろうから、今回は、引退もやむをえないでしょうね。今までのトラブル続きの経緯を考えると、しかたないと思います。

それにしても、わからない事件ですね。なぞが多い。なぜ「被害者」は診断書を持って警察署へいったのに、被害届を出さなかったのでしょうか?

暴力は悪い、それはそうです。でも、「被害者」もワケありだという一部報道にあります。今回の朝青龍の件は知りませんが、相手が有名人だと強気に出る「被害者」もいるとのこと。スキャンダルが表に出たら、圧倒的に有名人のほうが不利ですからね。しかも朝青龍は手が凶器になる力士ですから、「暴力」があったならアウトです。相撲協会も、一般人への暴力行為を見過ごせるはずもありません。

酒癖悪いことはわかっていたのだから、深酒しないとか、ちゃんと注意すべきでした。そうしなかったこと自体、「横綱」としての資質に欠けていたといわれてもしかたありません。

やんちゃな横綱が嫌いではなかっただけに、引退が残念です。でも、こうなった以上、きっぱりやめるのが横綱としてのけじめでしょう。

ところで、モンゴルの英雄は、母国に帰って、同情されるだろうと思います。「日本人に追い出された」と。モンゴルの報道では、一連の朝青龍問題は、「日本人のいじめ」と映っているそうなので。(モンゴルには、「郷に入っては郷に従え」ということわざはあるのかな)


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2010/02/03

「ゆとり世代」の次に現れた「さとり世代」

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「ゆとり世代」の次の「さとり世代」がネットで話題になっているようです。

結果がわかっていることに手は出さない。過程より結果が重要。草食系。浪費をしない。などがその特徴だそうです。

そういえば、妙に物分りが良く、俺よりも大人に感じる若い人たちが実際います。

でも、俺に言わせれば「さとり世代」ではなくて「さとり時代」なのではないか、影響を受けやすい若い世代が一番目立つというだけではないかとも思ったり・・・。

「さとった人」というのは、聖人以外、普通の凡人に対して言うとき、皮肉が込められた、あまりいい意味でもないように感じます。(凡人だから、さとっていないわけですが) 当の「さとり世代」の人はどう思っているのでしょうねぇ。

老成したようで「若者らしくない」という意味も込められているのかもしれません。でも、そういう意味があるとすれば、「若者」はこうあるべき、という固定観念というものがあるからでしょう。

ただそれは、今まではこうだったということに過ぎません。これからの若者は、すべて「さとった人」になってしまうかもしれないのです。

冗談をいっているのではありません。情報化社会が発展していけば、当然行き着く世界かもしれないですよ。

たとえば、研究によって、最近では将来患う可能性がある病気がわかったり、なんと、寿命までわかりかけています。

要するに、「運命」さえ、生まれた時点でわかっているなら、「さとった人」にならざるをえないということです。なんだか俺の感覚からすると、これはあまりバラ色の世界にも見えません。「先がわからないから不安だけどおもしろい」、「結果より過程が好き(とくに旅はそうです)」とも思っているからです。俺は古い人間かもしれません。将来は絶滅する方の人間でしょう。

だから俺はもちろん「さとった人」ではないし、今まで食べられないものがなかった「雑食系」だし。ただ、「浪費をしない」だけは同じですが、「しない」ではなくて「できない」というのが悲しい現実です。

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2010/02/01

DVDで 『ツォツィ(Tsotsi)』 を観て

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『ツォツィ』(Tsotsi)は、2005年イギリス・南アフリカ合作映画。監督はギャヴィン・フッド、原作はアソル・フガード。ヨハネスブルグの旧黒人居住区が舞台になっています。

2006年アカデミー賞外国語映画賞を受賞し、世界中で絶賛されました。日本では「未成年者の殺傷描写が15歳未満の鑑賞には不適切」という理由で、R15に指定されました。

南部ソト語で「チンピラ」を意味するスラング「ツォツィ」と呼ばれる少年デイビッド。南アフリカのスラム街で犯罪を重ねながら生きてきました。出演者は、みんな俳優なんでしょうが、凄みがあります。リアリティーがあります。

強盗して奪った車の後部座席に、たまたま赤ちゃんが乗っていて、ツォツィは、その赤ちゃんを自宅につれて帰ってしまう。そのことをきっかけにして、生きる意味を見つめ直すという話。

印象的なシーがふたつあります。そのひとつ。

ツォツィは駅でみかけた車椅子の男につきまとう。身障者を装っているんだと思ったツォツィは、「ウソつくな。立て」といって迫る。でも、ほんとに歩けないことを知ります。

金鉱の事故で怪我をしたことを男は話します。すると、ツォツィは、
「犬みたいになってもなぜ生き続ける?」と、男に尋ねます。
「俺は、太陽の光を感じたい。こんな手でも、暖かさはわかる」と、男はぼろきれのようになった手を差し出だします。それを聞いたツォツィは、何かを感じたかのように、静かにその場を立ち去るのでした。

もうひとつ、印象的なシーン。

子ども連れの女性のあとをつけ、家に押し入り、銃を向けて、この赤ちゃんに乳を飲ませるように迫ります。このあと、ふたりには妙な親近感が生まれます。母親と引き離された過去の思い出がよみがえり、赤ちゃんと自分を重ね合わせたのでした。

ツォツィの目つきがだんだん優しくなっていきます。かといって、悪事をやめるわけではありません。彼らの生き方を見ていると、彼らが「いい人間」なのか「悪い人間」なのかわからなくなります。いや、何が悪いことで、何が良いことなのかさえ。

俺たちのような人間が、スラム街で生きる人たちを本当に理解することはできないかもしれません。救いようの無い貧しさなんて、日本にいる限り、分からないかもしれません。俺も、なんだかんだ言って、こういうDVDを快適な環境で見ているんだから。

でも、まずこういう現実があることを知らなければ、知らないままで、考えることさえできません。せめて知ろうとする、見ようとする「関心」は持ちたいなと、思うだけです。

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