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2011/02/26

こいでみのる氏の、タイムラプス小作品 『曼谷二〇一一』

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Campur Photoのメンバー、こいでみのる氏の、タイムラプス小作品『曼谷二〇一一』がCampur Photoにアップされています。

タイ・バンコクの動画です。ちょっとショックを受けました。

早送りで見る車や人が、まるで昆虫の動きのようです。とくに渋滞の車が動いたり止まったりするところは、田んぼの水に浮かんでいるミズスマシとそっくりです。

人間も昆虫と同じに見えます。人間も地球上に生きている昆虫みたいな生き物であることを感じさせます。もし「宇宙人」というものがいるとしたら、人間と昆虫の区別はつかないかもしれません。

あるいは、脳細胞を行き来する電気信号のようでもあります。

バンコクという大都会の映像なのに、なぜか「自然」を感じてショックを受けたのは、そこらへんに理由があるのかもしれません。

スピードを変えることで違ったものが見えてくるって、すごいですね。


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2011/02/25

ほんとに外国が民主化してほしいのか?

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自国民のデモ隊に対して発砲するという蛮行は、リビアだけではありませんでした。中国の天安門事件もそうでした。

アメリカのオバマ政権は、だから矛盾を抱えているようです。

なにしろ中東・アフリカ諸国の「民主化」について言えば言うほど、どうして一党独裁の中国には何も言わないか?ということ。

天安門事件では、自国民を虐殺したんだから。カダフィが引き合いに出すまでもありません。そんなことなかったような顔をして、GDP2位を自慢する中国。

結局リビアについてもそうですが、「安定さえしていれば」、独裁政権だろうが、非民主国家だろうが、その国の国民がどんな状態であれ容認する、というのが大国アメリカの考えだということ。「内政不干渉だから」なんて、まさか言わないでしょうね? もちろん、日本もそれに便乗しているんだからアメリカを非難することはできませんが。

中東がきな臭くなると、すぐ「原油、大丈夫か?」「過激派が台頭したらどうするんだ?」という心配ばかり。独裁政権倒れるとしたら、喜ぶべきこと。短期的には混乱はあるだろうけど、長期で見たら、たぶんいいこと。少なくとも庶民にとっては。

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2011/02/24

リビアの民衆蜂起、ネットで束ねられる民衆不満のエネルギー

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これは妻のコレクション、リビアの切手

チュニジアから始まった一連の民衆蜂起は、北アフリカ、中東各国に飛び火して、リビアではとんでもないことが起きています。

砂漠の狂犬と言われたカダフィ大佐は、外国人傭兵を使って自国民を虐殺するという、文字通り狂人としか思えないような蛮行です。

こんな独裁者でも、世界は「安定している」という理由で許してきました。そして日本人は石油やマグロを安定的に輸入できるという恩恵を被ってきました。暖かいストーブに当たりながらマグロの刺身をおいしく食べている陰で、虐げられた人がたくさんいたんだということをすっかり忘れていました。

リビアだけではなく、俺には、この一連の民衆蜂起は、「反独裁」「民主化」「反米」などを越えた、もっと人間として根源的なもので、個人個人の戦いに見えます。権力と富が偏っている、しかもそれが固定化されていることへの、不満が爆発したと見えるのです。

だとすると、まったく日本でも同じ民衆蜂起が起きても不思議はない気がします。「反独裁」「民主化」「反米」と言っているうちは、日本は関係ないと、思わされているんじゃないか。そう疑いたくなります。

この個人個人の不満のエネルギーが、ネットというものによって束ねられて、同じ方向へのベクトルとなって走り始めたのではないか。そんな気がします。


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2011/02/17

『逝きし世の面影』。世界的には「犬には石を投げつける」のが常識?

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『逝きし世の面影』。犬について調べていてたどり着いた本の一冊です。

なかなか面白い本です。

江戸時代の江戸の街と外国人たちの様子。江戸は当時は世界最大の都市。ただし、田舎と都市の境がわからないくらい街には自然が多かった。そこにはまた特定の飼主のいない犬が、我が物顔でのさばっていたようです。

でも、そんな犬が嫌われていたかというとそんなことはなくて、道に寝そべる犬様たちを、遠慮がちに避けて通るのは人間の方だったようで。

だから欧米人には、日本の犬も馬も「甘やかされている」と映っていたらしい。「人間が一番偉い」と考える欧米人からすれば、日本の犬も馬も、ちゃんとしつけされていない、「ダメな家畜」ということになるのでしょうか。

ところで、俺は中国で犬に咬まれてからは、中国で犬を撃退する方法として、石を投げる(当てなくてもいい。そして石がない場合は拾う真似をする)ということで対処していましたが、日本の犬には効き目がありません。

『逝きし世の面影』にもありました。明治時代、大森貝塚を発見したモースもこう書いているそうです。

「先日の朝、私は窓の下にいる犬に石をぶつけた。犬は自分の横を過ぎてゆく石を見ただけで、恐怖の念はさらに示さなかった。そこでもう一つ石を投げると、今度は脚の間を抜けたが、それでも犬はただ不思議そうに石を見るだけで、平気な顔をしていた。・・・(略)・・・私は子どもの時から、犬というものは、人間が石を拾う動作をしただけでも後じさりをするか、逃出すかするということを見て来た。日本人は猫や犬が顔を出しさえすれば石をぶつけたりしないのである」

モースは当時の日本人の犬に対する姿に驚いているわけですね。とすると、世界的には、「犬には石を投げつける」のが常識だったのでしょうか。

もっとも、当時は人間さえ動物扱いした人たちが、「犬や馬を甘やかしている」と思うのは、当然といえば当然のことだったかもしれませんが。奴隷解放と動物保護の考え方が起こってきたのは同じ時期だったようです。


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2011/02/16

アメリカの男性が流したボトルメッセージの返事

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(写真は夕陽が射し込んだ瞬間の標高4000メートル以上あるメコン源流近く)

1996年にアメリカの男性が流したボトルメッセージの返事が返ってきたそうです。

「15年前にボトルメッセージを海に流したんだけど、今日その返事が来た」(2011年2月11日)
http://labaq.com/archives/51591510.html

俺も昔、ボトルメッセージ(ペットボトルに英語、中国語、日本語の手紙と、切手代としてのお金)を流したことがあります。でも、海じゃないんですよね。川です。しかも、ダムの上流から。

川というのはメコンのことです。メコン源流を探しに行った1992年、中国青海省雑多の町の橋の上からだったと思います。

もちろん、いまだに返事は誰からもありません。「もちろん」というのは、すでに書いたように、ダムの上流だったからです。たぶん、ダムの泥に埋まったか、運よくダムを抜けても、難関はたくさんあります。6カ国を無事に流れ下れば南シナ海ですが、こんどは広大な海が待っています。

でも、期待はしていませんが返事が来るかもしれないと、今でも思っています。もし来たら奇跡です。ほとんど忘れていましたが、たまに、こういう類のニュースがあると思い出します。

いや、一番大事なことを忘れていました。あれを投げ込んでから、3回引越ししていました。もう届かないかな。このニュースの主と同じに、Facebookで名前から探し出してくれたら嬉しいんですが。この前も30年前に知り合ったスペイン人からメールが来たことを思えば、まったく可能性がゼロというわけではありません。

そうなれば、アナログとデジタルの共同作業ということになるかな。


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2011/02/15

キム親子と石原親子、どちらも「血統値」の高い家族

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自民党の石原伸晃幹事長が、父親の慎太郎氏が都知事選に出ることを要請すると聞いて、「血統値」が高い親子だなと思いました。

北朝鮮の独裁者キムジョンイルは、息子を後継者にと考えているようです。

息子を後継者にと考える父親の独裁者。父親を都知事にと推す息子。

血を優先する度合いの高さ「血統値」が高い親子ですね。

権力は一度握ったら離さない堅さというのは名前からくるんでしょうか? 独裁者は「金」で、都知事は「石」原。偶然ですが、どちらも鉱物由来の名前でした。よほど権力というモンは、いいモンなんでしょうね。俺も握ってみたい。

世の中、政治家も芸能人も、2世、3世流行です。身分制度やカースト制度復活か? たいていの哺乳類は、ボスを頂点とした階級制度があると収まりがいいらしい。「身分相応」というやつですね。社会が安定すると、身分制度が固定化する方に向かうということなのでしょう。

固定化した身分制度を壊したのが、幕末の若者たちでした。社会が大きく変動するときは、「血統値」の低い人たちが活躍するらしいのです。

これからはそうなっていくと思いますよ。日本でも不満のエネルギーがたまってきた気がします。チュニジアやエジプトだけではないんですよね。


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2011/02/14

映画 『沈まぬ太陽』を観て。LCC(格安航空会社)の安全面には気を使ってほしい

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先週の金曜ロードショーで映画 『沈まぬ太陽』がありました。

作家・山崎豊子による3編に渡る長編小説である。日本航空と、実在する同社社員で同社の労働組合役員である人物の体験に基づいて脚色、再構成されたフィクション社会派作品。第33回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作品。
(Wikiより)

「映画は全くのフィクション」だそうですが、そのモデルとなった事故「日航ジャンボ機墜落事故」の慰霊碑に、去年の秋お参りし、夜は近くの道の駅で泊まり、翌日御巣鷹山に登りました。今は登山道も整備されて登りやすくなっていますが、事故当時は山の中でたどり着くのも難しかったらしい。

事故現場はかなりの斜面で、そこに数多くの墓標が立っています。歩いていると土の中から何かの部品のような金属片が顔を覗かせていました。まだいろんなものが埋まっているようです。燃えた木株も残っています。

悲しみと怒りが何年経っても消えることのない現場です。

最近は、LCC(格安航空会社)が話題になっています。料金が安いことは庶民には魅力的で、俺はLCC事業が伸びていくことを期待しています

でも、安全面にだけは、気を使ってほしい。事故でも起これば「それみたことか」と非難され、一気にLCCが危機に陥ってしまうことになりかねない。


ところで、俺は幸い飛行機事故に遭ったことはありませんが、フィリピンから戻る便で、エアポケットに入ったことがあります。

そのときシートベルトしていたので体は大丈夫でしたが、テーブルに置いてあったものが飛びました。

隣の日本人のおじさんのワインも天井まで飛んでしまい、自分の顔にかかってしまいました。

近くを通ったフィリピン人のCA(客室乗務員)に、おじさんは満面の笑顔で言いました。

「ワイン・シャワー!」

それを聞いたCAは、かまっている暇はないので、おじさんのジョークを無視して、他の客の世話をしていました。

けっこう自分では会心の作だと思ったらしいおじさんは、無視されたことで、誰かに同意を求めたかったのでしょうか、俺に話しかけようとしたので、先手を打って、俺も窓の外に顔を向けて知らんぷりました。


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2011/02/13

「お天道様」から「防犯カメラ様」に変わった

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昔から街で偶然に知人に会うことが多かったのですが、この前新宿の雑踏を歩いていたら、俺は、人の顔を見ながら歩いているんだということに気がつきました。

まぁ癖みたいなものですが、「動く顔認識システム」みたいだと苦笑。


東京・目黒区の夫婦殺傷事件の容疑者として福島県の男が逮捕されました。

動機は今のところ不明ですが、この事件そのものよりも、容疑者を割り出した顔認証システムに驚きました。

いろんなところの防犯カメラの画像を集めて、解析し、ソフトで処理すると、その人間が、どういうルートで動いたかさえわかるシステム。ここまでできるようになっているんですね。「監視システム」といってもいいでしょう。

これが犯罪抑止になるだろうことは理解できますが、なんだか恐ろしさも感じます。

昔は「お天道様が見ている」から、悪いことはやらないようにしようと思っていましたが、今は、「防犯カメラ様が見ているから」に変わってしまったのでしょうか?

Wikiには、こうあります。

「この技術の潜在的な利点を考慮したとしても、プライバシー侵害という懸念が残っている。政府が国民1人1人を常に監視し、行動を把握するようになるのではないかと憂慮する者もいる。権力がそのような暴走を引き起こす可能性があることは、歴史が証明している」

「透明な網」とでも言うんでしょうか。網の中なのに、自分は自由だと思いながら泳いでいる魚の気分です。


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2011/02/11

映画 『善き人のためのソナタ』を観て

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『善き人のためのソナタ』( Das Leben der Anderen)を観ました。これもいい映画ですね。(ネタバレ注意)

東ドイツのシュタージのエージェントを主人公にしたドラマで、当時の東ドイツが置かれていた監視社会の実像を克明に描いている。第79回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した。

1984年の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)の局員ヴィースラー大尉は国家に忠誠を誓っていた。ある日彼は、反体制の疑いのある劇作家ドライマンとその同棲相手の舞台女優クリスタを監視するよう命じられる。さっそくドライマンのアパートには盗聴器が仕掛けられ、ヴィースラーは徹底した監視を開始する。しかし、聴こえてくる彼らの世界にヴィースラーは次第に共鳴していく。そして、ドライマンが弾いたピアノソナタを耳にした時、ヴィースラーの心は激しく揺さぶられる。
(Wikiより)

     ☆☆☆

劇作家ドライマンたちの計画を知って、本当なら逮捕して尋問して監獄送りにするはずなのに、ヴィースラーは逆にドライマンたちを守ったのでした。偽の報告書を提出し続けたのです。

血も涙もないと言われていた厳しい国家保安省(シュタージ)の局員が、「国家」への忠誠心を越えて、自分の「心」に忠実になっていくところがすばらしい人間ドラマです。

東西を隔てていたベルリンの壁が崩壊し、ドイツは統一されました。その後、劇作家ドライマンはあるきっかけから当時自分たちが監視されていたこと、でも、その監視員に助けられたことを知ります。そしてそれがヴィースラーだったことを突き止めます。

ドライマンは郵便配達人として静かに暮らしていたヴィースラーを探しだします。いったんは、会おうとしますが、結局会いませんでした。その代わり感謝の気持ちは別の形で表すのでした。

そのラストシーンがなかなか良かったのです。一度も対面しませんでしたが、二人には友情といってもいいような静かな心の共感が芽生えるのでした。

お勧めの映画です。


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2011/02/06

相撲の八百長は、わざと負けてあげる犬の「遊び」

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昨日は近所のドッグランで犬よりも走り回って疲れました。犬をそっちのけであんなに走る人間みたことないですね、自分で言うのもなんですが。

タオルを投げて奪い合う競争をしたんです。たまにヴィーノは手加減して、俺に勝たせてくれました。ガチンコで走ったら人間が勝てるはずがないんです。

「遊び」は、勝ったり負けたり、両方するものだと犬は知っているらしい。一方的に勝ったり、負けたりすると、遊びを止めてしまうのだそうです。遊びを続けることが、犬にとっては仲良くする手段でもあります。(これを「人情競争」と言うのかな)

「ヴィーノ、では流れで少しは踏ん張るよ」

さて、今話題の相撲界。相撲が「ガチンコ」ではなくて「遊び」というなら、わざと負けてあげるのもアリかもしれない・・・。

「八百長が事実なら相撲の根幹が揺らぐ」なんて本気で思っているのでしょうか。相撲をいままで取材してきたジャーナリストたちや関係者です。知っていたんでしょ? でなかったら、なんで、ジャーナリストたちは、彼らが八百長をやってしまう理由を、すぐに、しかも的確に解説できるんだ?ということです。

力士だけじゃなくて、知ってて知らんぷりしていた周りの人たちも、持ちつ持たれつで、仲間内でいい関係を続けるのは、犬の「遊び」と同じ。「遊び」なら「遊び」でいいでしょう。面白いならそれでいい。それなら偉そうに「品格」なんて持ち出さないことですね。俺は前から、相撲に「品格」をもちだす人間は胡散臭いと思っていました。


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2011/02/04

映画 『愛を読むひと』(The Reader)

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悲しい話ですが、いい映画でした。(ネタバレ注意!)

『愛を読むひと』(The Reader)は、2008年のアメリカ・ドイツ合作映画(英語製作)。ベルンハルト・シュリンクのベストセラー小説『朗読者』を、『めぐりあう時間たち』のスティーブン・ダルドリー監督が映画化。第81回アカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされ、ケイト・ウィンスレットが主演女優賞を受賞。

監督 スティーブン・ダルドリー
出演者 ケイト・ウィンスレット
     レイフ・ファインズ

第二次世界大戦後のドイツ。15歳のミヒャエルは、気分が悪かった自分を偶然助けてくれた21歳も年上の女性ハンナと知り合う。猩紅熱にかかったミヒャエルは、回復後に毎日のように彼女のアパートに通い、いつしか彼女と男女の関係になる。ハンナはミヒャエルが本を沢山読む子だと知り、本の朗読を頼むようになる。彼はハンナのために『オデュッセイア』『犬を連れた奥さん』『ハックルベリー・フィンの冒険』『タンタンの冒険旅行』といった作品を朗読した。
だがある日、ハンナは働いていた市鉄での働きぶりを評価され、事務職への昇進を言い渡される。 そしてその日を機に、ハンナはミヒャエルの前から姿を消してしまうのだった。理由がわからずにハンナに捨てられて長い時間が経つ。 ミヒャエルはハイデルベルク大学の法科習生としてナチスの戦犯の裁判を傍聴する。そしてその被告席の一つにハンナの姿を見つけるのだった。
Wikiより

ミヒャエルは、そのナチスの戦犯の裁判で彼女がユダヤ人収容所の看守だったことを知ります。

ほんとうは他の看守にも責任があったのに、彼女が大きく罪を被ってしまいます。それはなぜなのか?

印象的なシーンです。ユダヤ人たちが火災で死んだ事件の報告書を誰が書いたか(つまり責任者は誰だったか)という段になったとき、それじゃぁ筆跡鑑定をしようとなったのです。彼女の目の前に置かれた紙とペン。

ところが彼女は、書く事を拒み、「報告書は自分が書いた」と、罪を認めてしまいます。もしここで、自分は文字の読み書きができないことを告白していたら、罪は免れたかもしれないのです。でも彼女は、それを知られる恥ずかしさからか、そうはしませんでした。それで終身刑の判決を受けてしまうのでした。

何年かあと離婚したミヒャエルは、ハンナの元に本を朗読したカセットテープを送り始めます。彼女は、それを聴いて、本の文字を対応させながら、ひとつづつ単語を覚えていくんですね。刑務所の中の彼女には、それだけが生きがいです。『犬を連れた奥さん』の一節を書けるまでになりました。

模範囚だったからでしょうか、ミヒャエルが身元引受人になることで、出所できることになりました。そして、その日、ミヒャエルは刑務所に彼女を迎えに行くのですが・・・(ここから先は映画でどうぞ)

他の看守の罪までも被って守ろうとした「文字の読み書きができない」という秘密。ほんとうに恥ずかしさだけなんでしょうか。

まぁ本人にしかわからない、絶対譲れないものはあるはずです。(こう見えて、俺にもあります) ハンナは一本筋が通っていて毅然とした態度を貫く人でした。ここに人間の悲しさ、いや、でもある意味、美しさ、潔さを感じます。

ラストは、予想していたとは言え、やりきれなさが残ります。


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2011/02/03

あけましておめでとうございます。今日は「元日」です。

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Photo: "Di Xi" traditional masque in Guizhou,China during Chinese New Year.

2月3日、今日、陰暦の元日です。

中国では「春節(中国正月)」です。明日からしばらくは賑やかでしょうね。うきうきしてきます。

最近は、陰暦で暮らしている人(日本)もいるそうなので、その人たちも新年を祝っているのでしょうか。

人間は7割が水でできていて月の引力の影響を受けている、だから満月、新月には、事件や事故がおきやすくなるという「バイオタイド理論」を唱えたアメリカの精神医学博士のリーバー博士。

人間のリズムを司るなら、陰暦で生活する意義はありそうです。ただし、この理論は、統計学的傾向を説明しているだけだという批判もあるそうですが。

この写真は「地戲(ディーシー)」といいます。中国貴州省、安順市、鎮寧県近郊の村々に伝わる仮面劇で、春節期間中それを見ることができました。


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2011/02/02

『松田重仁展 -光の中で-』 新宿高島屋 10階 美術画廊で

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彫刻家の友人が個展を開きます。

『松田重仁展 -光の中で-』

2011年2月2日(水)から14日(月)まで
新宿高島屋 10階 美術画廊
今回のテーマは「光の中で」

偶然なのですが「棚田」と関係がなくはない、生命の大切さ “浮遊する水”をテーマに木を素材として制作しています。なので共感できるところがあります。優しい作品群です。

興味のある方は、覗いてみてください。


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