景観が損なわれても、幸せを感じられるんだろうか?
野田総理は、「交渉参加に向けて関係国と協議」という判断をしてAPECに出発しました。
「交渉参加に向けて関係国と協議」とは、どういう意味なんでしょうか? 言葉の小細工で何かが変るのでしょうか? 要するに、参加するという意思表明でしょう。外国では「日本も参加する」と受け取っています。(今朝のニュースで、野田さんはオバマさんにはちゃんと参加表明したようです)
先日TPPが日本の景観を変えるのではないかと書きましたが(TPPで日本の田園風景はどうなっていくんだろうか?(2011/11/10))、
毎日新聞(2011年11月11日)には、こんな記事が載っていました。
堤防再建 高さに賛否
カキやホヤの養殖をしてきた金野明彦さん(52)は「美しい海が高い堤防に覆われてしまうのは残念。安全な堤防は不可欠だが、きれいな景観が損なわれると地元に愛着を持てない人が多くなるのでは」 |
と言っています。これ、よくわかるんですよね。
「海が見えない港町や漁村」
高い堤防に遮られて圧迫感があって、そこで毎日暮らす地元の人にとっても、精神面にいい影響があるとはとうてい思えません。港町や漁村の風情を感じられないとしたら観光地としての価値も下がってしまうでしょう。
あんな恐ろしい津波を体験してしまっては、当然、津波を防ぐ、もっともっと高い防波堤がほしくなるのはよくわかります。だから、高い防波堤に反対するわけではありません。でも、やはりそこはバランスが必要なのではないかなと思うわけです。
どんなに高い防波堤を作ったとしても、津波の被害を100パーセント防ぐことができないことは、今回の津波でみんな知ったはずです。想定以上の津波が来るかもしれません。だったら、来たときどうやって逃げるか、近くに逃げ場をどうやって確保するかを考えたほうがいいのかもしれません。
金野さんの言うとおり、安全だけを優先させ景観が損なわれて地元に対しての愛着がなくなったら、元も子もないのではないでしょうか。
こういう景観に関する問題は、今、TPPを目の前にして、人事ではありません。経済だけを優先させて景観が損なわれても、幸せを感じられるんでしょうか? 景観が損なわれることで、単に目に見えるものが変化するだけではありません。きっとこころも変化していきます。
景観が人のこころに与える影響は大きいと、俺は思っています。田園風景を撮ってきたので景観に敏感過ぎるのでしょうか。そんなことはないと思います。
野田さんは、仮にTPPに参加しても、日本の農業、農村は守る、といっているようですが、いったいだれが信じるんでしょうか?
ただ良くも悪くも、「景観に慣れる」というのも俺たちなんですね。景観とこころが平行移動するように両方変化したら、そのときの景観が「当たり前」になってしまうところがあります。
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