世界文化遺産になった富士山と、中国雲南省麗江
どのようにして富士山の文化遺産としての価値を保っていけるのか、難しい問題が山積みです。
登山客が増えることをどうするのか、今まであったレジャー施設との兼ね合いなど、いろいろあります。
それと、今回登録された構成要素のそれぞれを、全体としてどう統合して、大きな「富士山を中心とした信仰・文化的空間」を作り上げていくかが課題です。(文化遺産になったのは、ここが一番重要なポイントだろうし)
そういう意味で今回の世界文化遺産登録は始まりであって、「登録されて良かったね」で終わる話ではありません。「ゴールではなくてスタートだ」とはよく言われることです。
そこで「反面教師」としてよく例に出されるのが、中国雲南省の麗江(リージャン)という世界遺産があります。10年以上行っていませんが、最近の映像をテレビで見て愕然としました。まるで大都会の繁華街です。
登録前からカフェやレストランはありましたが、あのナシ族文化が色濃く残る麗江の雰囲気はすでにありません。表通りに面した民家はほとんど外から来た業者に貸してしまい、ナシ族は、郊外のアパートで暮らしているという話は、10年前にも聞いていました。お金が手に入ったので、働かないで、酒飲んで暮らしているナシ族が増えたという話でした。
そもそも、世界遺産に登録を目指していたころから妙なことはあったのですが。
大きな地震があった翌年(1997年)訪ねたとき、町の表通りの家並みを壊していました。残っている民家をコンクリートで補修していたのですが、そこの壁にペンキで「レンガ風の模様」を描いていたのです。俺は写真を撮ろうとしました。するとすごい剣幕で怒られたのです。普通、中国で工事現場で写真を撮っても、へらへら笑われるだけで、「撮るな!」などと言われたことはなかったので、かまわずまた撮ろうとしたら、奥から責任者らしいワイシャツ姿の男がやってきて、「写真を撮るな!」と叫んだのでした。これは俺もいよいよ本気だなと思ったので、その場から離れました。
でも、どうしてあんなに怒ったのだろうか?と不思議だったのですが、あとで、この工事は、地震の補修ではなくて、世界遺産登録に向けた補修だと聞いて、「もしかしたら・・・」と思ったのです。
つまり、「怒る」というのは後ろめたさがあるから怒るわけで、その後ろめたさとは、本物のレンガ壁ではなくて、映画のセットのような見せかけのレンガ壁であることで、それを写真(証拠)に撮られることに神経を尖らせていた、というふうに解釈しました。
昔、麗江を治めていた木氏の宮殿「木府」も、オリジナルとは似ても似つかない立派過ぎる建物だそうで、まったく新しく造ったものでした。
その後、麗江は世界文化遺産に登録されましたが、「あんな小細工をしても登録されるんだ」と俺は世界遺産に少し懐疑的になったのでした。もちろん中国側から言わせれば「騙されたほうが悪い」ということなのでしょう。
麗江は、世界遺産の登録を果たし、観光客誘致に成功しました。そのかわり「ナシ族文化なんてまったく感じられない」と中国人自身が嘆くほどの町になってしまいました。
当時は中国の改革開放政策が進み、沿岸部と内陸部との経済格差が開きはじめたときでした。それを埋めるために、政府は産業が少ない中国の内陸部では、元手も少なくて済む観光業を発展させる方針を決めました。だから最初から、世界遺産登録は観光業発展が目的だったので、こうなって当然だったのかもしれません。
なんだか本末転倒といったらいいか、悲しい話です。まぁ、裏を返せば、中国の内陸部は、世界遺産に頼らなければならないほど貧しいところとも言えますが。先進国の金も技術もある国の世界遺産と同列に扱うのも酷な話かもしれません。
富士山も、世界遺産になって「登ってみたい」と思う人は増えるでしょう。でも、事故が増えたり、周辺が汚くなったりしたら、元も子もありません。
だから「あえて登らない」という選択をする人が現れてもいいと思います。消極的で地味ですが、保全に協力するひとつの賢い方法だと思います。
幸い独立峰の富士山はかなり離れたところからも観ることができます。登らなくても十分に「富士山を中心とした信仰・文化的空間」を堪能することは出来る山なのです。
| 固定リンク
コメント