東北お遍路(こころのみち)巡礼2015 (13) 宮城県松島町「瑞巌寺・観瀾亭」&東松島市「富山観音堂」&「観音寺」
松島湾には大小いくつもの島が点在します。松島はこの島々の自然の力が最低限の被害で済んだ理由でもあります。景観的にすばらしいだけではなく、防災上からもいい場所であることを証明したわけです。
瑞巌寺は、平安時代から続く由緒ある禅寺で、江戸時代になって伊達政宗が再興させたところです。
国宝の本堂(再建中)、庫裡、御成玄関、回廊、および重要文化財の御成門、中門、大鼓塀など、桃山時代の代表的な建造物が多くあります。
仮本堂の庫裡に御本尊などが祀られていますが、フラッシュを使わなければ、撮影はOKだそうです。御本尊は「聖観世音菩薩」。青銅製立像、制作年代は不明。
宝物殿には、江戸後期作「松島塩釜図屏風」というパノラマふうに描いた絵がありました。こういう絵が好きです。西洋絵画の遠近法とは違っていて、遠いものを上、近いものを下に描く日本絵画の特徴がよく出ています。
また境内には津波到達地点を示す看板が立っていました。
瑞巌寺の門を出て、海側にある観瀾亭に入りました。
伊達政宗が豊臣秀吉から拝領した伏見桃山城の一棟で、江戸品川の藩邸に移築したものを二代藩主忠宗が松島に移したと伝えられています。小さな博物館も併設されています。
震災の時は観光客の避難場所になりました。スタッフの話では、津波はこの高さまではこなかったので、建物も無事だったとのことです。
松島から東松島へ車で20分、県道27号線から細い山道を5分ほど入っていくと駐車場があって、そこからは階段をひたすら上っていきます。モミ、イヌブナ、コナラなどの林は、松島の原生林の面影を残しているものです。
うっそうとした林の中を歩いて10分くらい。息を切らし、木造の古い仁王門をくぐると、ようやく赤色が鮮やかな奥州三観音のひとつ富山観音に到着しました。東北お遍路巡礼地には選ばれていませんが、将来選ばれるかもと思ったので、載せておきます。
山頂は116.8mの高さがあり、湾内のどこからでも見えるそうです。だからでしょうか、震災時には無線基地がおかれました。隣には大仰寺もあります。
松島湾内に点在する島々の中で、最大の島が奥松島にある宮戸島です。震災直後の4月下旬に訪ねた時は、島に渡る道自体が壊れてしまって、河原のようなところを行った記憶があります。
歴史博物館の敷地に自衛隊の炊き出し隊がいましたが、山形県神町駐屯地から派遣された部隊で、かいがいしく住民に食事の配給をしていたのが印象的でした。
歴史博物館の先にある観音寺は、東北お遍路巡礼地になっています。貞観地震の千年石碑があるそうです。
津波が来たらこの地点より高い所に逃げろ、と昔から言われていて、東日本大震災でも住民が宮戸小学校へ避難して全員助かりました。
巡礼地なので観音寺を訪ねたのですが、意外なものを見つけました。俺にとっては特別興味をひかれるものでした。
「多十郎の墓」というものです。しけに遭って流された地元出身の多十郎という人物が1804年に長崎に帰国しましたが、きしくも彼が日本人で初めて世界一周をした人物になったということです。
知りませんでした。まさか本人も、後世、そんな肩書きで有名になるとは思ってもみなかったでしょうね。
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