2015年春、東北撮影の旅(01) 岩手県釜石市 橋野鉄鉱山・高炉跡&石積畦畔
昨日までは「東北お遍路(こころのみち)巡礼」の旅でしたが、一応、結願(ゴール)を果たしたので、ここで巡礼に区切りを付けるためにも、今日からはタイトルを「2015年春、東北撮影の旅」に替えます。
今度は、青森から埼玉まで南下しながらの撮影記にしたいと思います。
記事はリアルタイムではないのはバレているでしょうし、時間的なズレは許してしてください。
という言訳から始まりましたが、タイムリーな写真として、岩手県釜石市の橋野鉄鉱山から。
「明治日本の産業革命遺産」について、ユネスコの諮問機関が世界遺産に「記載すべき」と勧告したというニュースを聞いたのがおとといのこと。
この「明治日本の産業革命遺産」の構成資産は23で、福岡、佐賀、長崎、熊本、鹿児島、山口、岩手、静岡の8県11市にまたがっています。有名なところでは、長崎県の「軍艦島」や、山口県の「松下村塾」などとともに、岩手県釜石市の橋野鉄鉱山・高炉跡も含まれています。
釜石市に立ち寄り、巡礼地のひとつ、鵜住居のメモリアルパークの情報を聞くため市役所を訪ねたとき、「橋野高炉跡を世界遺産へ」という幟が立っていて、何だろう?と興味が出たので、実際に行ってみました。世界遺産になったら観光客が増えるだろうし、その前に見ておこうと考えたのでした。
釜石市街地からだと40分ほどかかるはずですが、俺は遠野の方から峠越えをしていきました。
ここには大島高任築造による、現存する日本最古の洋式高炉跡がありました。国内で初めて、ここで採掘された鉄鉱石を用い、高炉で製鉄に成功したところです。一番高炉、二番高炉、三番高炉跡が残っています。
三番高炉は、花崗岩の基壇2段の上に、高さが2.8m(5段)、広さが約5.4m四方の石組みがあり、四隅には縦長の花崗岩が配置されています。当時の高さは7mあったという。この石組み形式は、初期の高炉の基本形であったと考えられているそうです。鉄の塊らしいものが残っていました。
ところで、今回の「明治日本の産業革命遺産」の登録申請に関しては、安部総理肝いりだったらしいことが、昨日のニュース番組で知りました。
なるほどね。安部さんの出身地、山口県にも「萩反射炉」「恵美須ヶ鼻造船所跡」「大板山たたら製鉄遺跡」「萩城下町」「松下村塾」の5つの資産があるのです。しかも「強い日本」の考え方とも合致する、きわめて安部さん好みの世界遺産でもあるようです。
ところで、ついでにと言ってはなんですが、いや、俺にとってはむしろこっちの方が重要かもしれないのですが、橋野にはもうひとつ見所があります。
石積みの畦畔(田んぼのあぜ)を持った棚田があるのです。岩手県内では、これだけの石積みは他にはないとのこと。大雑把に言えば、石積みは西日本には多いですが、東日本はそもそも少ないのです。(あとで宮城県丸森町沢尻の棚田にも触れる予定)
石積に適した石が出たとこと、橋野高炉で培った石積みの熟練工がいたこと、などが理由らしい。ここだけに限りませんが、石積みにすることで、畦畔は強くなるし、耕作面積は増えるメリットがあります。
ここに石積みの棚田があることと、高炉があったことと、無関係ではなかったのですね。
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