2016年初夏の撮影旅(20) 【犬狼物語 其の三十一】 福島県会津若松市 飯盛山 酒井隊士と愛犬クマの像
福島県会津若松市の飯盛山は、鶴ヶ城が燃えていたので(実際は周りが燃えていただけでしたが)落城・敗戦したと思い、白虎隊が自決した場所です。
急な階段を自力で上るのか、それとも250円払って『動く坂道』(スロープコンベア)で行くのか、選択を迫られるところの少し先に、白虎隊士のひとり、酒井峰治さんと愛犬クマの像があります。
16歳の酒井さんは、隊からはぐれて山中を彷徨い、自刃も考えたましたが、偶然愛犬のクマに出会い生きる気力を取り戻したそうです。
像は、そのシーンを再現したものです。説明看板には、
「戸ノ口原の生存白虎隊士22人のひとり、酒井峰治が、鶴ヶ城に入城するため一人山間を退却中愛犬クマが飯盛山の裏手に出迎えた時の銅像です」
とあります。
酒井さんは鶴ヶ城に戻り、落城まで戦いました。明治時代になってからは開拓使として北海道へ渡り生涯を閉じます。白虎隊士としての過去は一度も語らなかったそうです。その後1993年に手記が発見され、この逸話が知られることになりました。
会津藩の上級武士は、トラブルを避けて普通犬を飼かわなかったそうですが(新潟県長岡市の「白狗の塚」のようなトラブルもあるし)、酒井さんが住んでいたのは行人街というところで、一般の町人が沢山暮らしていて、武家屋敷街と比べると、犬を飼いやすい場所だったようです。当然犬は、繋がれるようなこともなく自由に走りまわっている「里犬」だったろうし。
もちろんクマと再会したのは偶然なのですが、酒井さんには、自刃するのをあきらめ、生きることを決意する出来事になりました。だから酒井さんには単なる「偶然」とは思えなかったのではないでしょうか。「クマに助けられた」と思っても不思議ではないと思います。もちろん、その時ではなく、あとになってからですが。
酒井さんとクマとの絆の深さを感じます。クマとの日常生活がどんなだったかしのばれます。
これだけの深い絆で結びついた犬の存在はうらやましい限りですね。
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