夢を活用した明恵とユングに倣う
夢日記をつけ始めて2年近く経ったでしょうか。
生涯夢日記をつけていたという明恵のことは、河合隼雄著(河合俊雄訳) 『日本人の心を解く 夢・神話・物語の深層へ』でも触れられています。
明恵は1173年生まれの華厳宗に属する僧侶でした。16歳で僧侶になり、世俗化した仏教を避けて、山に引きこもりひとりで暮らしていました。のちに34歳の時、後鳥羽上皇から高山寺を賜ることになりました。
19歳から、亡くなる前年、58歳まで夢日記をつけていたそうです。すごいですね。昔から夢に魅かれた人がいたことに心強さを感じます。
最近は、起きた瞬間に忘れてしまい、なかなか記録するまで覚えていられないという状況になってきました。年齢かなぁ。
それでもあるパターンの夢はけっこう見ています。国が違いますが、日本に帰国する日の夢です。そして決まって出発便には間に合わない時間になっているというものです。そのあせりみたいな感情だけは、起きてからもしばらく続きます。
ただ、夢日記が何か役に立ったか?と聞かれると、どうでしょうか。そう短期間には何かが変わるというものでもないかもしれません。それと、俺も「現代人」なので、夢の威力が弱まっていることとも関係あるでしょう。
昔、夢は「神様のお告げ」だと思われていました。『日本書紀』にも、天皇が後継者を決めるために、息子である兄弟の見た夢によって判断したことが記されています。
超越的なものを信じていた昔の人は、病気が治る「治癒夢」もたくさん見ていたようです。現代では、「私」というものがはっきりして、超越的なものが決めるのではなく、自分で決めるしかなくなり、「治癒夢」もなくなってきたようなのです。夢の威力は弱くなってしまったのですね。
ユングも同じだったようです。30代のころ、フロイトと決別してから方向喪失の時期を迎えて、精神的に不安定になりますが、そのとき夢でそれを解決しようとしましたが、結果はあまり芳しくありませんでした。
そんな時、ユングの従妹の霊媒師を見て、霊媒師がしゃべる言葉は、「霊の言葉」などではなく、「霊媒師本人の無意識の言葉」であることに気が付きます。
そこから「アクティヴ・イマジネーション」という方法を考えました。「アクティヴ・イマジネーション」については、後日また書きます。
さて、ようやく心理学科目の修得票とか成績証明書など、必要書類が整ったので、「認定心理士」の審査を受けるために書類を送りました。審査が通るまであと何か月かかかるようですが。
写真家、カメラマンというのは自己申告なので、「資格」というものは必要ないし(「資質」というものはあるかもしれない)、運転免許を除けば生まれて初めての「資格」なので、けっこう楽しみです。
しかも「フリーランス」というのは自由でいいなと思われているかもしれませんが、かえって何かに根拠を持ちたいのです。船の錨のようなものですね。
ある程度の「縛り」があった方が自由を感じられるということもあるし。
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