【犬狼物語 其の六十二】 香川県琴平町 こんぴら狗
伊勢神宮や金毘羅大権現(今の金刀比羅宮)への参拝は、江戸時代の庶民あこがれの旅でした。ただ、今と違って当時これらに参拝するのは大変なことでした。だから旅慣れた人が代理で参拝に行くことがあって、これを「代参」といいます。
森石松は清水次郎長(山本長五郎)に代わって金毘羅大権現に参拝し、預かってきた刀を奉納したと伝えられています。代参で有名な話ですが、代参するのは人間だけではなかったようです。
江戸時代に「こんぴら狗」というワンコたちがいました。飼い主の代わりに「こんぴら参り」をしたのが「こんぴらいぬ」。
「こんぴら参り」の袋に、飼い主を記した木札、初穂料(お賽銭)、道中の食費を入れて、旅人に飼い犬を託したのです。旅人や街道筋の人たちに世話してもらいながら、犬はこんぴら山にたどり着きました。そして無事、お参りを済ませた犬は、再び旅人の世話になりながら、家族のもとへ帰っていきました。こんなほのぼのとした風習があったというのです。
ヴィーノを連れて日本一周したとき立ち寄った金刀比羅宮で「こんぴら狗」の話を初めて聞いたとき、最初はフィクションなんだろうと思いました。
この話は三重県伊勢市の「おかげ犬」のところでも触れましたが、もう一度書きます。
仁科邦男氏の 『犬の伊勢参り』(平凡社)を読むと、こんぴら参りをした犬も、伊勢参りをした犬も、話自体は本当なんだなとわかってきます。(もちろん犬の意志ではありませんが)
詳しくは、こちらでどうぞ。
犬がお伊勢参りをした話は本当か? 仁科邦男著 『犬の伊勢参り』
「犬の伊勢参りは人の心の生み出した産物でもあった」と著者は言います。例えが適切かどうかわかりませんが、「こっくりさん」と似ているのではないでしょうか。みんなの意識的・無意識的願望や希望が犬を導いたということらしいのです。
そして今回、もう一度金刀比羅宮にやってきました。前回も、犬連れOKだと聞いていたからです。がんばってヴィーノを連れて、本宮まで登るつもりでした。
でも運が悪いことに、その日、大雨になってしまい(あとで晴れましたが)、ヴィーノは車に残して、俺だけ登ることにしたのです。結局、前回と同じ、俺がヴィーノの代参をすることになりました。主従逆転です。
本宮の手前に、「こんぴら狗」の像があります。湯村輝彦氏がデザインしたひょうきんな顔をした「こんぴら狗」です。ちゃんと首から初穂料や飼い主の住所が入った袋を下げています。
今回金刀比羅宮をお参りして、ふたつ、違ったことがありました。
ひとつは、大門のところに、犬連れOKということを全面的に打ち出した看板が立っていたことです。
「…当宮では、古くより続いているこの”こんぴら狗”信仰にあやかり、特別にペットを連れての参拝を許可しております…」
隣にはポケモンGOはダメという看板も立っていました。英語の看板もあります。「Please refrain from playing POKEMON GO(ポケモンゲームは控えてください)」
犬はいいけど、ポケモンはダメなのです。
全国でも珍しい、正式に犬連れを許可している大きな神社は、やはりここだけかもしれません。(ちなみに伊勢神宮ではまだダメです。伊勢神宮界隈でも「伊勢参りの犬」の存在は小さいです)
もうひとつ、785段の階段を上りきると本宮ですが、そこには、「開運こんぴら狗みくじ」のテントが立っていて、中に、背中におみくじを詰めた白い犬の像が置いてあったことです。
けっこう狗みくじは外国人にも人気があるようで、人だかりがありましたが、100円をお賽銭箱に入れて、おみくじを背中から取り出します。
社務所では、前回「こんぴら狗の置物」を買ったので、今回は、「幸福の黄色いお守り」とおみくじのセットをいただきました。「こんぴら狗の誠実さと人情の温かさを今に伝える。人の願いを叶え、しあわせをもたらすお守り」だそうです。
ところで、金刀比羅宮が所蔵する掛軸『金毘羅狗図』(作者:平林春一氏 昭和13年)には、道中の宿場町でしょうか、こんぴら狗が描かれています。
茶色の犬が首に初穂料を入れたと思われる黄色い袋を提げているのが見てとれます。犬を任されたらしい旅人が犬の世話しているのを、周りの人たちも暖かく見守っている様子が描かれています。
しゃがんで手を出している男もいますが、「ポチ、えらいねぇ」とか言っているのが聞こえてきそうです。とても日本らしい光景に見えます。ほのぼのとして、ユーモアもあって、おもしろい風習です。
明治期以降、「こんぴら狗」も「お伊勢参りの犬」もいなくなったのは、それまでは普通にいた、自由に歩ける犬(つまり地域犬、野良犬)がいなくなってしまったことも関係しているという。
それはそうですね。今は、繋がれていない犬は、すぐに保護されてしまいます。
もし犬がしゃべれたとして、「おまえどこへいくんだ?」と聞かれて「ちょいと、主人の代わりに金毘羅さんまで」と答えたとしても、許されない時代になってしまいました。
にほんブログ村
| 固定リンク
コメント