【犬狼物語 其の九十九〜百一】 千葉県南房総市 『南総里見八犬伝』の里
とうとう【犬狼物語】も100景を越えました。
調べれば調べるほど犬にまつわる話は増えているので、まだしばらく続きそうです。何景までいくか、いまのところまったくわからないので、とりあえず【犬狼物語】にしておきます。
ところで、この【犬狼物語】ですが、書籍化が決まりました。ただ100景では多すぎるので、まず50景に絞って1冊にすることになりそうです。出版は来年の春ころでしょうか。
犬像なんて撮ってどうするんだ?と思っている人もいるでしょうね。俺自身そう思う時もあったので、「渋谷の忠犬ハチ公像」くらいしか知らない人にとっては、何が面白いのかわからないということは理解できます。
これは数年前にやった犬連れ日本一周のときから試行錯誤の結果です。犬と日本文化と風景をどんな風に結びつけるか。日本の風景の中でヴィーノを撮ってみたり、「犬」の付く地名をまわってみたり、いろいろやりました。
そこで行き着いたのが犬像にまつわる犬狼物語です。犬像にまつわる話を掘り下げていくと日本とは? 日本人とは? ということがわかってくる。そこが俺には面白いところです。
たとえば、すでに「其の四十八」や「其の六十二」でも紹介したように、「おかげ犬」や「こんぴら狗」という話は、「これぞ日本」です。こんな奇跡のような犬たちの存在は、日本人そのものを映している鏡だと思えるからです。
さて今日は、『南総里見八犬伝』の里に点在する犬像です。犬像は3基あります。ひとつは岩井駅前の公園、それと犬掛の春日神社前の駐車場、そして滝田城址です。
『南総里見八犬伝』は、江戸時代後期に曲亭馬琴(滝沢馬琴)が28年もの年月をかけて著した長編小説です。
物語の内容は、南総里見家の勃興と伏姫・八房の因縁に始まって、各地に生まれた八犬士たちの流転と集結の物語、里見家に仕えた八犬士が関東管領・滸我公方連合軍との戦争を戦い大団円へ向かう部分に大きく分けられます。
『南総里見八犬伝』を原作としたNHKの人形劇『新八犬伝』は俺も観ていた記憶があります。人形美術の「辻村ジュサブロー」という名前を知ったのはこのときでした。子どもながらに人形の美しさに感動したような気がします。
犬掛の春日神社前にあるのは八房とタヌキの像です。
犬掛(古くは犬懸)は八房の生誕地です。
室町時代、百姓技平の家に1匹の雄の仔犬が生まれました。ある夜、母犬がオオカミに殺されてしまいます。乳を与える母犬がいなくなり、ひとり身の技平は不憫に思いながらも、野良仕事も忙しく仔犬を育てることをあきらめていました。
ところが、山からタヌキが下りてきて仔犬に乳を与えて育てていたのです。「タヌキに育てられた犬」という噂は、滝田の城主里見義実(よしざね)の耳にも届き、体に8つの牡丹の花のような斑があることから”八房”と命名され、愛娘伏姫の愛犬として寵愛されました。
その後、隣国の館山城主安西景連の攻撃にあったとき、八房の働きによって景連は討ち取ったものの、その功績で八房は伏姫を連れて富山の洞窟(伏姫籠穴)にこもりました。
姫を取り戻しにきた許婚の金碗大輔は、鉄砲で八房を撃ち殺しますが、伏姫にも傷を負わせてしまいます。八房の気を感じて懐妊してしまっていた伏姫は、大輔と義実が見守るなか、割腹し、胎内に犬の子がないことを証しました。
伏姫の護身の数珠から八つの玉が飛び散りました。この玉が八方へ飛んで、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の霊玉を持つ八犬士が登場してくることになります。
八犬士は後年巡り合い、滝田城に帰参し、悪と戦い不義を滅ぼし、義実の描いた理想国を作り上げます。
犬掛から数キロ離れた山の上に、滝田城址があります。駐車場から尾根道を上ること20分、ちょっとした広場(曲輪)に出ますが、そこに「南総里見八犬伝発祥の地」と書かれた木碑が建っていて、八房の背に乗った伏姫の像があり、周りを囲むように、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の霊玉が置かれています。
この像は、「翔天」というタイトルが付いた宇野務氏の作品です。伏姫は自分の運命を悟り八房の背に乗って、富山へ向かったときの姿なのでしょう。
もともと八房は、里見家に怨念を持つ「玉梓」の生まれ変わりでした。里見家を不幸に陥れるために現れた「悪い犬」だったのですが、伏姫の法華経の読誦で玉梓の怨念は消えていきます。伏姫との出会いによって「良い犬」に変わっていったわけで、これも犬狼物語と言えるのではないでしょうか。
伏姫の「伏」の字は、人と犬がよりそう形になっています。人と犬のはざまで生きる運命を持った女性であったのかもしれません。
伏姫籠穴の入口上部には、八房のものなのか「犬塚」の碑が建っています。
八犬伝は、実在した安房・里見氏と混同されやすいのですが、物語はフィクションです。伏姫も八房も文学の中の登場人物のはずです。でも伏姫籠穴が現実に存在し、だれが何のために掘った穴なのかわからないという話を聞くとき、フィクションと現実のはざまに立つ不思議な感覚を味わいます。
「八犬伝物語の世界を支配する原理を潜在的に内包する幻想的空間がこの場である」
と、伏姫籠穴に建つ解説板には書かれています。
にほんブログ村
| 固定リンク
コメント