【犬狼物語 其の百六十二】 東京都東大和市 「藤兵衛さんと狼」のベンチ
周りには団地が立ち並ぶ東大和市中北台公園に、平成5年に設置された長さ2.2m、黒御影石の「狼のベンチ」があります。
ベンチの片側は、狼の顔がデザインされていて、もう一方には、人の顔(藤兵衛さん?)らしいものがデザインされています。
もともとこのあたりに伝わる狼伝説がもとになっているようです。
東大和市のHP「藤兵衛さんと狼」には、その狼の伝説が掲載されています。
今は多摩湖になってしまった石川の谷に、昔、藤兵衛さんという腕の良い木こりの親方が住んでいました。
ある朝、いつものように仕事場へいこうと笠松坂(狭山丘陵の中にあった)を登っていくと、大きな口をあいて苦しんでいる狼が見えました。口に手を入れて、骨を取ってやると頭をひとつさげ森の中へ行ったそうです。それからというもの、狼は藤兵衛さんを朝晩送り迎えするようになりました。
藤兵衛さんは、狼が御嶽神社のお使いで大口真神(おおぐちまがみ)といわれていたので、自分を守ってくれた狼のためにお宮を造り、朝晩拝んだそうです。
-東大和のよもやまばなしから-
多摩湖は多摩川水系に属するので、川をさかのぼっていくと、青梅市の武蔵御嶽神社が鎮座しています。
「大正の初期に、石川の谷が東京市の水道用水池となることにきまり、藤兵衛さんの子孫は芋窪の原へ引越すことになりました。狼を祀ったお宮も、一しょに原組の住吉様の境内に移されました。そして天王様のお社の隣に祀られて、今も人びとのお参りをうけています。」(東大和の歴史 藤兵衛さんと狼(よもやま話))
1年ほど前まで、藤兵衛さんが狼を祀ったというお宮が実際に芋窪にあったのですが、市役所で確認したところ、今、道路工事のために移転作業中だそうで(移転先未定)、残念ながら見ることができません。
ところで藤兵衛さんの伝説は、狼の恩返しの物語でもあるでしょうが、日本最初のものは、平岩米吉著『狼 その生態と歴史』によると、『日本書紀欽明天皇紀』の「秦大津父(はたのおおつち)」の話にまでさかのぼるそうです。
要約すると、
商人であった秦大津父は、山道で、二頭の狼が血を出して争っているのを止めました。「汝は、これ貴き神」と呼びかけ、もし猟師に見つかったら捕らえられてしまうからと、咬み合うのを止め、血に濡れた毛を洗いぬぐって、両方とも無事に放してやりました。
その後、天皇が不思議な夢を見て、秦大津父を探し出し、大蔵省(おおくらのつかさ)に任じました。
と、いった話です。
この話を平岩は、「これは、狼に対する信仰の物語であると同時に、いわゆる狼の恩返しの物語の最初のものである。」と書いています。
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