





(日比谷公園 「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)像)
味の素スタジアムにある「カピトリーノの雌狼」です。ローマ建国の祖ロムルスと双子の弟レムスが雌狼の乳を飲んで育ったというエピソードを表しています。
まぁ、ここまでは当然想定の範囲内で、へぇ~、レプリカと言っても、こんな有名な像がここにもあるんだねぇ、くらいで終わった話かもしれません。
でも、不思議なものに気がついてしまいました。
像は、スタジアムの横のレストラン街の前に置かれていますが、像の後ろに植え込みがあって、後ろからはよく見えません。でも、スタジアムをバックに入れて写真を撮りたかったので、無理やり狭いところに入り、広角で撮影しました。
帰宅して写真を見たら、狼像の右後ろ足に怪我があって、骨が見えるように作られていることに気がつきました。かなりえぐられていて、重症と思われます。何か、理由(伝説)はあるんでしょうね。
そこで調べているところですが、なかなかわかりません。
まずこの像についてですが、この狼像と双子の像は、いっしょに作られたのではないそうなのです。あとで双子がくっつけられた?
狼像は紀元前5世紀と言われていましたが、炭素年代測定によると11~12世紀で、双子像が15世紀だと言われているようです。原案となった図は古代ローマ時代からあるらしいですが。
とすれば、狼像の脚の怪我は、ローマ建国の伝説、双子とは関係ないのかもしれません。つまり、狼そのものに由来するのかもしれないわけです。
そう考えて、狼と言えばイタリアでは「怪我」が常識とまでは言えなくても、けっこう知られた話なのではと思ったので、イタリア観光局で聞いてみました。
でも、イタリアでも、狼の「怪我」が常識であるということはないそうです。「気が付いていない人が多いんじゃないでしょうか?」という話です。かもしれないですね。像の正面ではなく、後ろから見ないと見えない位置だし。
ある人の情報で、イタリア・ローマにあるカピトリーニ美術館をにあるオリジナル像右後ろ脚に、縦に割けた「傷」らしきものがあることがわかりました。これが「怪我」と同じ意味なのかどうか、まだわかりませんが、とにかく、「怪我」の表現は、味の素スタジアムの像がだけではない、ということだけはわかりました。
そうなると、今度は日比谷公園にある「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)像の右後ろ脚を確かめたら、「怪我」はありませんでした。だから、無いのはどうしてなのか?という疑問が出てきてしまいます。
ギャリー・マーヴィン著・南部成美訳『オオカミ 迫害から復権へ』にはこんなことが書いてありました。
「西洋文明では、オオカミは他のどんな動物にもまして未開の象徴であり、とりわけ自然がもつ危険や脅威といった特性を象徴する存在だった。…(略)… 人々はオオカミという生き物の性格を、がつがつして飽くことをしらない、強欲で狡猾できわめて残忍なけしからぬものと見なし、もし獲物として人に注意が向けられたなら、オオカミは邪悪な意図をもつ悪質な怪物のごとき生き物と見なされた。また、人は他者に対して害悪を及ぼそうとするとき、狩人や戦士といったオオカミのイメージを自らに重ねた。」
現在では、エコロジー、自然環境、生物多様性の観点からも、オオカミに対するイメージも良いほうに変わってきていますが、昔は、オオカミは「人間の敵」でした。
ただし、ここが面白いと思うのですが、牧畜・遊牧民には「人間の敵」でも、農耕民だったローマ人には「神」になるということです。日本でも同じように、馬産地の東北では「敵」でしたが、農耕が主だったところでは「神」になっています。
ただ、「狩人や戦士といったオオカミのイメージを自らに重ねた」というように、オオカミの戦士としての優秀さはわかっていたようで、勝手に解釈すれば、このくらいの怪我でひるむような動物ではない、ということも意味しているのかもしれません。怪我は優秀な戦士の勲章かもしれないのです。
もしどなたか、この「怪我」の伝説をご存じでしたら教えていただけるとありがたいです。

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