【犬狼物語 其の二百八十二】 島根県浜田市 畳ケ浦の犬島・猫島
トンネルを抜けると千畳敷が広がる別世界でした。
島根県浜田市の石見畳ヶ浦は国の天然記念物に指定され、1600万年前の地層に多くの貝の化石や「ノジュール」と呼ばれる腰かけ状の丸い奇岩が並んでいます。
車は通れない狭いトンネルを行くしかないのですが、これがけっこう舞台装置としては優れているのではないかと思いました。
というのも、理想郷という意味で使われる「桃源郷」という言葉がありますが、中国の詩人 陶淵明の『桃花源記』が元になっていて、ある漁師が川をさかのぼり、狭い洞窟を抜けると、そこには戦乱を逃れた平和な暮らしの村があったという話です。
桃源郷に至るには、狭いところを抜けて行ったり、死ぬような思いをしてたどり着くというのが相場のようですが、まさに、この畳ヶ浦で似た感覚を味わえます。
しかも、途中に波の浸食によってできた洞窟があり、彼岸を感じさせる地蔵菩薩が置かれた賽の河原と呼ばれる場所まであってますます異界へ向かうにふさわしい。
石見畳ヶ浦の犬島・猫島には伝説があります。(資料館のパネルより)
昔、聖武天皇の命により国分寺(五重塔)が建立された。立派な塔だったので、その甍の影が、唐土(中国)まで達した。そのため日当たりが悪くなり、農耕に害を与えた。そこで唐土より一匹の赤猫が国分寺の焼き払いをねらって渡海した。それを知った日本の忠犬が、その猫をみつけ、かみ殺そうとした。猫は逃げ海中に飛び込んだ。犬もあとに続いた。
その様子を見ていた神様は、五重塔を小さくし、猫と犬がいつまでも仲良くするよう猫島・犬島とした。
犬が猫を追いかけて岩(島)になったという伝説は、先日アップした北海道の「セタカムイ岩」の伝説と似ています。あくまでも、犬は、人間を助ける忠犬として登場します。
また、面白いと思ったのは、「甍の影」ではなくて、もうひとつ、参拝者が多く来たので、その線香の煙が唐土に達して迷惑した、という説もあるそうです。まるでPM2.5が飛来して迷惑している話の逆バージョンです。
ここの地名が「唐鐘」といって、昔、中国から渡ってきて住み着いたのではないかとか、この伝説との関連も想像されますが、資料がないので、わからないとのことです。
国分寺はすでにありませんが(現在は金蔵寺)、国分寺跡の碑が建っています。その100mほど離れたところには、こんもりとした小山があって、平安時代に国分寺の瓦を焼いた窯の跡・石見国分寺瓦窯跡も残っていました。
地質学的にも貴重な景観の中、石見の歴史を語る上で重要な地域で、時空をさかのぼるような旅ができます。国分寺という史実と、犬島・猫島という伝説が混然一体となった、旅としては理想的な、まさに桃源郷ともいえる場所ではないでしょうか。
ひとつだけ違っていることがあるとすれば、『桃花源記』では、漁師が役人を連れて再びその理想郷を探したが、ついに発見できませんでいた。でも、ここはいつでも何度でも訪ねることができる開かれた桃源郷だ、ということでしょう。
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