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2020/03/30

コロナ禍でみえてきた差別と偏見

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新型コロナは中国から始まり、日本、韓国などアジアを中心に広がったことから、今、アジア人差別が起こっているらしい。

アメリカでは、襲われるのではないかと、アジア系の人たちが武装用に銃を購入しているというニュースも入ってきました。

「差別・偏見は悪い」と誰でもがいいます。(差別主義者は言わないでしょうが) でも、平時ではそうでも、こういった有事になると、わからなくなります。

俺も意識的には人種・民族差別主義者ではないつもりです。むしろ、外国や外国人には興味津々で、好きといってもいいでしょう。ところが、最近のコロナ禍で、俺は、どうも外人が気になっていることに気が付きました。その気づきは、今までのとちょっと違います。なんとなく身構えるというか、そんな感じです。

たぶん、これも、「コロナ=外国」という無意識が働いているようなのです。このパンデミックにあって、今さら「コロナ=外国」というのは的外れであるし、むしろ、俺自身が不顕性の感染者かもしれないのですが。「悪は自分の外にある」と思いたがることも理由でしょう。

そこで思い出す映画があります。 何度か紹介したことがある『クラッシュ』(原題: Crash)というアメリカ映画です。第78回アカデミー賞作品賞を受賞しています。

ロサンゼルスで発生したある交通事故から物語は始まって、アメリカ人の中の差別、偏見、憎悪がうごめく世界を描いていますが、後半では救いのある話が描かれて、ようやくホッとできる映画でもあります。

差別や偏見はいけない、と誰もがいいます。でも、けっこう難しい。いや正直、俺の中にもあるのです。

もしかしたら、やっかいなのは、自分が差別とか偏見をいっさい持っていないと思いこんでいる人、無自覚な人なのかもしれないのです。

映画でも、それを思わせるような登場人物がいます。若い白人警官のトムです。【ここからネタバレ注意】

最初は、ベテランの白人警官ライアンの、あまりにも黒人差別的な態度に我慢ならずに、同じパトカーに乗ることを拒否したくらいでした。そして、あやうくほかの白人警官が黒人を撃ってしまうところを自分の説得で回避させたことで、彼の「無差別主義者」が証明されたような事件が起こります。たぶん、彼はそれでますます自分が無差別主義者であり、正しいのだと自覚したのでしょう。

ところが、です。ある黒人青年を車に乗せてあげたとき、彼がポケットから取り出そうとした人間のフィギュアを、てっきり拳銃と早とちりして、撃ち殺してしまうんですね。皮肉としかいいようがありません。

自分の意識できるところでは、「無差別主義者」でしたが、無意識では、どこかに差別や偏見があったのでしょう。ポケットに手を突っ込んだら「拳銃だ」と反応してしまうようなものが。白人ならこうはならなかった可能性が高い。

実際に1999年ニューヨークで起きたアマドゥ・ディアロ事件があります。ギニア人の移民であったディアロさんが、白人警官たちの発砲によって死亡しました。ディアロさんがポケットから銃を取り出すと誤解されたからでした。白人警官トムと同じような事件です。

社会心理学者のゴードン・オルポートの心理学実験があります。スーツを着た黒人と、手にナイフを持った作業着の白人が、地下鉄車内でもめているような絵を見せます。

それを「どんな絵だったか?」と伝言ゲームのように伝達してもらう実験をすると、黒人と白人が入れ替わってしまうというものです。ナイフを持っているのは黒人に違いないという思い込みというか偏見が、白人の心の底辺にしみこんでいます。

これほどやっかいなものです。「白人」とか「黒人」とか、見かけが偏見や差別の原因の大きなポイントであるらしい。見かけが大きいのです。「イケメン」とか「美人」とかも、見かけによる判断をしているという意味では同じ差別、偏見につながっているということなのでしょう。

トムと対照的に、差別主義者と自覚している、まるでトランプ氏のようなライアンなのに、ガソリンで爆発しそうになった事故車から、黒人女性を命がけで助けたりもします。

わからないんですよ、人間は。普段言っていることと違うことをやってしまう人間は、いくらでもいます。俺もそうかもしれません。

そして見かけで人を判断することが必ずしも悪いことではなく、むしろ、生き抜くうえでは必要なことでもあって、だからこそ俺は簡単に「差別・偏見は悪い」と言うような人間は信用できないと。でも、これも俺の偏見であるには違いないのです。

無意識の「差別・偏見」が誰にでもあるからこそ、「俺にもあるんだ、だからそれを無くそう」という「意識化」がだいじなんだろうなと思います。

 

 

 

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2020/03/26

【犬狼物語 其の四百六十八】東京都練馬区 赤塚氷川神社の三峯社と「御嶽山座王大権現」の碑

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赤塚氷川神社の拝殿の右側には、いくつかの境内社の中に、明治25年に建てられた三峯神社の祠があります。

また、本殿の裏手には、「御嶽山座王大権現」の碑と祠が建つ木曽御嶽塚が残っています。これは、元治元年(1864)に氏子によって奉納されたもので、区登録記念物になっています。

このあたりには国指定重要無形文化財の「板橋の田遊び」が伝わっています。2月11日は徳丸北野神社、2月13日は赤塚諏訪神社で斎行されます。

また、ここ赤塚氷川神社でも2月10日に「田遊び」が斎行されていて、区登録の無形民俗文化財になっています。これらは、古くから伝承されてきた稲作に関わるもので、その年の五穀豊穣と子孫繁栄を祈る予祝神事です。 

昔、このあたりは東京のコメどころでした。

 

 

 

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2020/03/21

新型コロナウイルスとゾンビ映画『ウォーキングデッド』

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「新型」なんだから、これからコロナがどうなっていくかなんて、誰もわかってないし、わかるはずもないということですね。ある意味、みんな一人一人が自分で「解決」するしかないのだと思います。

「解決」と書きましたが、「コロナに罹らない」「コロナが終息する」とかいう意味ではありません。その「解決」策はひとそれぞれ違うでしょう。

だからここで書いたことがみんなに通用するとも思わないし、みんなに提言、提案するわけでもありません。俺なりの「解決」策です。

まず新型コロナ禍は、長期戦になりそうだということは素人でもわかります。このウイルスの性質上、「撲滅」は難しそうです。しいて言うなら、人類の60~80パーセントが罹って集団免疫を獲得するまでは終息はしないだろうということです。

ただ問題は、爆発的に感染者が増加し、医療体制が崩壊して多くの死者を出すことです。だから、当面は、この危機から脱しなければなりません。今、国境封鎖、外出禁止が行われていますが、割と受け入れているのは、みんなも動物としての勘が働いているのか、このままでは人類が滅亡してしまうという恐れを直感で感じているからかもしれません。

人類は、環境に慣れることによって生き延びてきたはずです。それを進化というかどうかは別として。

人類は本当に薄氷を歩いているようなところがあります。最近の温暖化を見てもそうですが、地球の平均気温が1度、2度上がっただけで、私たちは右往左往し、今までの生活を変えていかざるをえないというのは、実感としてわかります。

酸素がないところでは2分も生きていられません。数日のうちには食べ物も食べなければなりません。重力があるので飛べません。時速60kmでは走れません。110歳を越えて生きるのは難しい。こういう制約といったらいいか、環境があるわけですね。それは個人ではどうしようもないことです。でも、みんなそれを「普通」として生きています。

だから俯瞰してみると、地球上の人類というのは、いや、動物・植物全部の生物ですが、かなりこの環境次第なんだなということがわかります。

『ウォーキングデッド』というTVドラマがあります。これは突然、周りがゾンビだらけになって、そこで生き抜くというサバイバルドラマです。生きているゾンビ(ゾンビは死んでいるからゾンビなのであって、「生きている」というのは形容矛盾ですが)を倒す唯一の方法は、頭を壊す、首をはねることです。

『ウォーキングデッド』は今回の新型コロナウイルスの対処方法の参考になるのではないかと、ずっと思ってきました。

というのも、「周りにゾンビがいる」というのを新しい環境と捉えてみます。とつぜんその環境に置かれて、主人公たちは慌てふためき、絶望し、怖がります。パニックになるのは当然です。

ところが時間が経ってくると、このゾンビの特徴が分かってきます。速くは移動できない。頭は悪い。頭を切り落とすと復活しない、などなどです。

だから注意さえしていれば、なんとかゾンビに襲われずに済みます。この環境で生きていく術が分かってきます。そういう環境に慣れた人間だけが生き延びられます。(ただ、ゾンビの首を切り落とすという覚悟が必要ですが)

そしてそういう過酷な環境の中でも、幸せを感じたり、笑ったりできます。逆に過酷な環境だから、人と協力し、人への思いやりが増したりします。いつの間にかその環境は「日常」になっていきます。

まぁドラマは、ゾンビより、むしろ人間の方が怖いのだ、というテーマになっているわけですが。実際、今アメリカでは、銃がよく売れているのだそうです。それは物不足を予想して、略奪などが起こった場合の防衛策として、あるいはコロナを持ち込んだのはアジア系だということで襲われるのではないかという恐怖心から、銃を買っているらしい。こんなところはアメリカらしいと思います。

このゾンビを新型コロナウイルスに置き換えてみます。

周りに突然現れたウイルス。でも、姿が見えないところはゾンビとは違っています。ここがやっかいなところです。でも、3条件(密着する、唾を飛ばす、換気が悪い)が重なるところ以外では感染のリスクはかなり低くなる、ということがわかってきました。手洗いも有効です。

だから、周りに新型コロナが存在しても、この3条件が重ならないようにして、手洗いをこまめにすることで、「普通」に生活することはできるのではないかなと思います。もちろん、活動すればリスクゼロではありません。でも、今までだって、いつ交通事故や飛行機事故で死ぬかもしれなかったわけだし、「リスクゼロ」という呪縛からは抜け出さなければと思います。

まぁこんなこと言えるのも、今の日本だからで、パンデミックの中心地ヨーロッパではそれどころではないでしょう。とにかく、当面の危機、急激な感染拡大は、世界中協力して何とか止めるしか方法はないかなと思います。

大阪がどうの、兵庫がどうのと言っている場合ではないのだけ確かです。

 

 

 

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【犬狼物語 其の四百六十七】 東京都大田区 山王熊野神社の「狐碑」

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JR大森駅から徒歩20分の高台に鎮座する山王熊野神社を参拝しました。

今回は、狼像探しではないのですが、とはいえ、狼と関係なくもない話です。

というのも、江戸時代にコレラが流行ったとき、くだ狐、アメリカ狐が憑いたことでコレラになるという妄想から、狐をやっつけてくれるのは狼しかないということで、お犬さま(狼信仰・三峯信仰・御嶽信仰)に頼ったという話はすでにしました。

【犬狼物語 其の四百四十】新型コロナウイルスとお犬さま(狼)信仰 

佃島の漁師の体から出た化け狐(オサキ狐)を祀ったのが、尾崎稲荷大明神であること、そして、現在の於咲稲荷大明神が、その神社ではないかということも書きました。

佃島の於咲稲荷大明神は「尾崎大明神」のことか?

でもコレラが流行る前から、元々、狼は狐憑きに効果があるとの信仰がずっとあったということです。(西日本の木野山神社の狼さんもそうでした)

このオサキ狐のことを調べていたら、「東京・湾岸「化け狐」伝説の舞台を巡ってみた!『怪談現場 東海道中』」(https://ddnavi.com/review/407100/a/)という記事を見つけました。そこで大森の「狐碑」の存在を知ったのです。

狐碑の横にあった立て札にはこのようにあります。

この狐人に害をなすこと久し
民みなこれをにくむ
今ここに文久元歳辛酉
御嶽靭矢市正埋めふせぐ
萬世掘ることなかれ

どうも、御嶽の靭矢市正という人物が、文久元年、この化け狐を退治して、ここに埋めたらしい。掘ってはダメだよとあるので、普通の狐ではなかったようです。

靭矢市正(看板:ゆきやいちのかみ、ネット:うつぼやいちまさ)とは、どんな人物か調べたら、天保5年『御嶽山道中記 御嶽菅笠(齋藤義彦作 靭矢市正刊行)』を刊行した御嶽山の神官であった人物のようです。

これで、この狐と狼がつながりました。

『怪談現場 東海道中』の著者は、

「「化け狐」伝説は、幕末期にヨーロッパからやってきた流行り病「コレラ」の恐怖から生じたのではないか、と著者は考察している。確かに細菌やウイルスの類は目には見えない。妖怪の仕業と考えられた、とすれば辻褄があう。」

と書いています。俺もそうかもしれないとも思いますが、コレラと関係なくても、少なくとも狐憑きの化け狐だったのかもしれません。どっちにしろ、狼神社の神官が狐を退治したという話なのではないでしょうか。

 

 

 

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2020/03/20

【犬狼物語 其の四百六十六】東京都品川区 大井三峯神社

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JR大森駅から徒歩20分、閑静な住宅街に鎮座する大井三峯神社。

ゴミの集積所でもあるらしい祠は道の角に建っています。祠の中を覗くと、三峯神社のお札と「御眷属守護」の箱が納められていました。

良く管理されてはいるようですが、お札や箱も古そうで、今も三峯講が存在しているかどうかはわかりません。

なお、神社から駅へ戻る途中、有名な大森貝塚遺跡があったので寄ってみました。縄文時代後期 - 末期の貝塚です。発見者のエドワード・S・モースの像が建っています。

小山になっているのが貝塚跡。モースはこの線路に面した崖を列車から見て発見しました。

今は線路、その先は住宅街になっていますが、縄文時代は海だったんでしょうね。海を見下ろす高台に貝塚は位置していたようです。

 

 

 

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2020/03/19

【犬狼物語 其の四百六十五】東京都港区 御田八幡神社の御嶽神社

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先日開業したばかりのJR高輪ゲートウェイ駅で降りてみました。明るく広々とした駅の構内です。ガラス張りなので、周辺のビル群も良く見えます。まだ周辺は工事中のところもあって、西口の階段はまだ使えません。

東京都港区の御田八幡神社は高輪ゲートウェイ駅から徒歩15分のところに鎮座します。約1300年の歴史を誇る古社です。この「新旧」のコントラストが鮮やかです。これこそが「東京狼」のイメージでもあります。(残念ながら狼像がない)

亀塚公園のある高台から下ると第一京浜(東海道)が走っていますが、ここはかつて海岸沿いだったという。なので神社は海を見下ろす崖の上に建っていたようです。

明治2年には稗田神社といいましたが、明治7年に三田八幡神社と改称しました。さらに明治30年4月、「三田」を「御田」の旧名に戻し、御田八幡神社というようになったそうです。

昭和20年5月には、米軍による東京大空襲で、江戸時代に建てられた社殿を焼失してしまいました。昭和29年に、本殿権現造、幣殿・拝殿・神楽殿・社務所を再建しました。

境内には御嶽神社が鎮座します。赤いりっぱな祠の右側です。左側は五光稲荷神社でした。

また気になったのは、その奥に、扁額も読めない、朽ちかけた鳥居の、いかにも古そうな別な稲荷神社があって、たくさんの狛狐が置いてありました。一番奥の像は尻尾がお尻に回してあって、狼像に見えなくもありません。でも、今は、仮に狼だったとしてもすっかり狐の役割を果たしています。

 

 

 

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2020/03/17

【犬狼物語 其の四百六十四】岡山県高梁市 疫病除けの木野山神社の狼さん

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江戸時代、コレラ除けとして狼信仰(三峯信仰)が流行ったことを以前書きました。

【犬狼物語 其の四百四十】新型コロナウイルスとお犬さま(狼)信仰

その中で、岡山県高梁市の木野山神社についても少し触れましたが、今回は、その木野山神社の狼さま(狼さん)について、詳しくみていこうと思います。

JR伯備線・木野山駅の近く、岡山県高梁市の木野山神社を参拝した。北に中国山脈が連なり、南に高梁市街が広がる景勝の地木野山山頂には奥宮、山麓には里宮があり、昔から「木野山さん」と親しまれてきた神社です。

里宮の拝殿の「御塩 御酒 御餅 供え所」には、たくさんの塩が奉納されています。狼の伝承の中には、「狼は塩好き」という話がたくさん出てきます。送り狼に塩を与えて帰ってもらうとか、狼が獲って食べ残したもの(イヌオトシ)を頂戴するときにも塩をお礼に置いたとか・・・。

社務所で狼像の入ったお札をいただきました。向かい合っている狼の絵ですが、姿自体はかなり写実的です。聞けばここでは狼を、東日本で呼んでいる「お犬さま」ではなく、木野山の神使として「狼さま」「狼さん」と呼んでいるそうです。

木野山神社も秩父の三峯神社のように、狼信仰の神社なのです。古くから流行病、精神病に対する霊験あらたかで、江戸後期から明治中期にかけて、コレラや腸チフスなどの疫病が流行した時に、病気を退治するものとして「狼さま」が信仰されました。今でも、岡山県内にはいくつもの木野山神社の分社が鎮座しますが、コレラ平癒を祈願して勧請されたものだという。

ガラスがはめ込まれた格子状の隋神門 の左右には、1対の「あ」「うん」の狼の木像が座っています。社務所で伺うと、この格子戸は外れないということなので、その間から覗くしかありません。彩色された狼像は疫病を防いでくれそうな気迫感じる姿です。

元々、狐憑きと言われた精神病について、狼は重要な存在でした。狐憑きの狐の大敵が狼だからです。これは関東でコレラが流行ったときに狼信仰が盛んになった理由と同じです。邪悪な狐(アメリカ狐・くだ狐など)が体内に入って悪さをしているので、それを退治してくれるのが狼である、という発想です。「目に見えない何かが体内に入る」という感覚は、結果的には、コレラ菌が体内に入ることで発病することを示唆しているようで面白いですね。

木野山山頂の末社に高龗神(たかおかみのかみ)・闇龗神(くらおかみのかみ)が祀られていますが、それも龍の姿ではなく 狼の姿だそうで、かつてはここに参籠所があって、多くの狐憑きの患者が宿泊し、加持祈祷が行われていたそうです。

明治9年(1876)には木野山神社でも講社組織が作られました。明治12年にも、コレラが初夏から秋にかけて大流行しています。岡山県では、患者9,084人、死者4,949人に達しました。各地に患者を隔離するための施設「避病院」が設けられましたが、「患者やその家族は、避病院へ隔離されることを嫌い、病者の発生を隠したり、病院への収容に反抗し、警察官の説諭でやむな く収容させるという有様であった」「まだ科学的な防疫法が徹底してお らず、一般住民は薬品より「まじない」や祈祷に頼る状態であった」(篠原勇造「essay岡山あれこれ」より)という。

当時 コレラを「虎列刺」と表記したことから「狼は虎よりも強い」という理由で、狼信仰(木野山信仰)が山陽山陰四国地方に拡大していきました。。木野山神社にはコレラを免れようとする人々が昼夜の別なく参拝したとのことです。

また明治19年には、コレラによって12年に次ぐ多くの死者をだしました。木野山神社の神輿を担いでコレラ退散を祈願することが流行ったそうですが、県は、多数参拝することは、かえって病気を蔓延させるとして、多人数で同社を参拝することを禁じる布達を出しています。

島根県(現島根・鳥取県)で木野山神社の狼信仰が急速に広がったのは、明治12年のコレラの流行があったかららしい。

7月8日、「内務省衛生局報告第十一号 虎列刺病予防及消毒法心得」が配布されたり、いろんな対策が打たれました。昔も今も感染症対策は同じところがあるようです。まず、避病院と呼ばれた隔離施設(人家隔絶の空き家・寺院・掘立小屋)を作ったり、人々の濃厚接触を避けるために「群衆停止」を行なったりしています。これらが解除されたのは1か月~2か月後でした。

この年の島根県内のコレラ患者は3317人で、死者2149人を出しました。致死率は約64.8%。鳥取市街は「其残酷ヲ極ル」 だったという。

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が止まらず、とうとうWHOは世界的大流行を表すパンデミック宣言をし、日本では、新型コロナウイルス対策の特別措置法が可決・成立しました。アメリカも国家非常事態宣言を出しました。感染拡大の中心地は、中国からヨーロッパに移りました。どうなるか予断を許さない緊迫した状況になってきました。夏に開催予定の東京オリンピックの開催も危ぶまれます(2020年3月17日時点)。

しかし、コレラの場合、誰が感染しているかが一目でわかるし、潜伏期間も短いので、隔離しやすいとも言えますが、今回の新型コロナウイルスは、そこがなかなか難しい。致死率は高くなくても、感染拡大しやすく、人々に不安を植え付け、社会的、経済的にダメージを与える、それこそ今までになかったような「新型」の疫病です。

狼の「強さ」に対するイメージが狐憑きやコレラに効くというイメージと重なっているのはわかります。なにもこれは日本だけではなく、狼の強さを体内に取り込もうとしたり、狼で邪悪なものを防ぐといった狼信仰は西洋にもありました。地域に関係なく、狼に対して人間が持つ普遍的なイメージなのかもしれません。

 

 

参考文献:

(岡山県記録資料叢書14 岡山県明治前期資料 五(十八~二十年)(岡山県立記録資料館)より)
http://archives.pref.okayama.jp/pdf/kanko_sosyo14.pdf

篠原勇造「essay岡山あれこれ」
https://www.jdpa.gr.jp/siryou_html/32html/32_essay12.pdf

近代日本精神医療史研究会「ぼっけえ、きょうてえ岡山県の精神医療史―木野山神社調査 」
http://kenkyukaiblog.jugem.jp/?eid=414

喜多村理子「松江市史講座 伝染病の大流行と信仰」
http://www1.city.matsue.shimane.jp/bunka/matsueshishi/kouza26.data/kouza25-7kitamura.pdf

 

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2020/03/16

狼のイメージの変遷 『ヨーロッパから見た狼の文化史』から

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狼のイメージは、日本での対比で、西洋では牧畜が盛んで、狼によって家畜が殺されるので、狼は害獣だったが、一方、日本では、牧畜業が発達せず、農作物を荒らす猪・鹿を防いでくれるので益獣だったので、神、あるいは神の眷属として狼は崇敬された、というのが今までの理解でした。

ただ、先日も触れたミシェル・パストゥロー著 蔵持不三也訳『ヨーロッパから見た狼の文化史』を読んで、少し見方が変わったかもしれません。西洋でも、狼のイメージは、変遷してきたということなのです。

先日、ギリシアでオリンピックの採火式が無観客で行われたことがニュースになっていました。

儀式では、巫女が「アポロンよ!」と太陽神に呼びかけて、太陽光からトーチに聖火を採るシーンがありました。ギリシア神話では、狼(リュコス)は、アポロンの眷属です。ギリシア神話での狼のイメージ、すなわち家畜しか襲わず、神々の眷属や人間の守護者というイメージがあったようです。どちらかというと良いイメージですね。

「大部分のインド=ヨーロッパ語では、狼をさす呼称は光ないし輝くことを意味する語根leuk-(そこからギリシア語のlykosやラテン語のlupusが派生)、あるいはwulk(そこからゲルマン語のwulf、のちにwolfが派生)と結びついている」とのことです。 「目」「目の光」「視線」などが狼の特徴としてとらえられていたようです。「光」は、太陽と関係するイメージです。

ローマ時代ではどうかというと、ローマ建設のロムルスとレムスの雌狼の乳で育てられた伝承から、狼は聖獣であり、神殿、墓碑、モニュメント、貨幣にその姿が使われていました。これも良いイメージです。

その後、西洋では狼は負のイメージで語られるようになるのですが、それはどうしてなのでしょうか。本ではこのように説明されています。

「ひとつの説は、狂犬病が西洋で猛威をふるっていた期間が長かったため、それによって狼たちの行動が変化し、より危険なものになったとする。(略) 5世紀から10世紀にかけて気候が変動して飢餓や疫病が増し、人口も減り、耕作地の大部分が荒廃し、林や森、荒地が増加した。その結果、野生動物も飢えをおぼえ、村の周囲を徘徊して、人間界により近く、より脅威的なものとなった。狼に対するこうした新たな、だが如実な不安や怖れは人間の態度や考えを変えた」

それで狼は負のイメージをもたれることになったらしいのです。典型的なイメージが「赤ずきんちゃん」の狼像ではないでしょうか? こうして負のイメージは21世紀まで受け継がれました。

現在では、エコロジー、自然環境、生物多様性の観点からも、狼に対するイメージも良いほうに変わってきています。

ここで面白いと思うのは、牧畜・遊牧民には「人間の敵」でも、農耕民だったローマ人には「神」になったということです。日本でも同じように、馬産地の東北では「敵」でしたが、農耕が主だったところでは「神」「守護動物」になっています。

掲載の写真は、『ヨーロッパから見た狼の文化史』の第4章、1180~1200年ころの「動物医薬論」の中の狼像。武蔵御嶽神社のブロンズ製狼像と似ていると個人的には思っています。もうひとつは、味の素スタジアムにある「カピトリーノの雌狼」です。ローマ建国の祖ロムルスと双子の弟レムスが雌狼の乳を飲んで育ったというエピソードを表しています。

 

 

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2020/03/13

史上6回目のパンデミック宣言(新型・痼魯難/コロナ)

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部屋の壁に貼ってあるバティックに、新型・痼魯難/コロナ終息祈願で、この前いただいた宝登山神社のお犬さまのお札を追加しました。

WHOは、史上6回目となるパンデミック宣言を出しました。ようやくか?といった印象です。

どうも今のWHOは動きが鈍いようです。中国からの圧力なども噂されていますが、まぁそれを今追及しても、このパンデミックが収まるわけではありません。

誰が感染者であるかわからない、しかもほとんどは軽症、あるいは無症状という新型コロナウイルスの性質を考えると、感染拡大はこれからもしばらくは続いていくだろうし、これを短期間で「克服」するのは難しく、専門家も言っているように、いかに重症者を出さないか、出ても助けるか、という病気になっていくだろうと。

俺もいつかは罹るだろうとは覚悟しています。いや、すでに罹っているのかもしれないし、罹って治っているのかもしれません。この性質がやっかいなのです。

ウイルス自体の致死率が高くないことがかえってウイルスを蔓延させることにつながっています。そのかわり、ウイルスでは死ななくても、社会的、経済的に死んでしまうというということです。どっちにしろやっかいです。

今は「克服」に努力するのはもちろんですが、「共存」を考えるしかないときがいつかは来るのかも、とも思います。

問題は、爆発的な感染拡大で、医療がパンクすることです。中国やイタリアなどで死者数が多くなっているのはそのためでしょう。

だから、急激な患者増加を起こさないためのイベント自粛であり、学校の休校だと理解しています。ゆるやかな感染拡大なら、重症者を助けられるし、他の病気の患者も助けられる、ということなのでしょう。

ドイツのメルケル首相も「こうした状況が続けばドイツ人口の60─70%が感染するだろう。(略)医療システムに過度の負担を掛けるのではなく、感染を遅らせることに軸足を置くべき」と言っています。

でも、こんな自粛が半年も1年も続けられるかと言えば、できません。学校が休みになった子どもたちも、ずっと家にいるなんていうことは不可能で、実際町にあふれています。

と、いうことは、感染をなるべく広げないように気をつけながら、学校を再開し、ライブもやり、屋形船やクルーズ船に乗るなど、日常を取りもどすしかありません。どういうところが感染リスクが高いのか、ということもだんだん見えてきています。そういうことを避けながら生活するというふうに、ウイルスに合わせて人間のライフスタイルを変えるしかありません。

ワクチンができるまでの時間稼ぎができるか、ということでもあると思います。それがコロナとの共存です。

 

 

 

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2020/03/12

【犬狼物語 其の四百六十三】東京都板橋区 桜川御嶽神社の毘射祭(オビシャ)

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桜川御嶽神社の毘射(びしゃ)祭。

本来は3月8日なのですが、今年は防災訓練が予定されたので7日に変更になりました。ところが、新型コロナ禍で防災訓練は無くなったのですが、祭りは変更した7日に、そのまま斎行となったようです。だから今年は例外です。

その日、阿佐ヶ谷の撮影の仕事が終わってからすぐ神社へ行ったのですが、着いたのは12時50分ころになりました。すでに神事は終わった後でした。ただ、鶴亀の飾りはまだあるとのことで社務所で見せていただくことができました。

「毘射祭」では、大根で作った鶴亀や大盛飯の膳を神前に供えます。

元御嶽講の講員だったKさんによると、例年はもっと大きい大根で作るのだそうですが、今年の大根は小さいとのこと。過去の飾りの写真が額にかけてあったので見たら、さすがに大きい。立派な鶴亀です。

この飾りは、当日の朝9時から作り始め、神前に供え、神事の後、社務所に持ってきたという。

毘射祭(オビシャ)は他のところにもあります。

「柳田國男は、関東のオビシャについて、「農作業の始まりに先立って年を祈り、弓を射て神意を伺う式である」と述べ、「歩射(ぶしゃ)」という武芸を奉納したのが元の形である、としました。」(「千葉の県立博物館」より)

中国の創世神話では、五代目皇帝・帝俊の義和夫人は太陽を10個、嫦娥夫人は月を12個を産みました。ところが堯帝の時代に、10個の太陽がいっせいに輝き、大地は灼熱地獄になりました。堯帝は弓の名手・羿(げい)に、9個の太陽を射落とさせました。太陽はひとつとなり、元の世界に戻りました。日本にもこれと似た射日神話が伝わっていて、オビシャが行われています。

特に千葉県各地や利根川・江戸川・荒川流域の農村部で盛んにおこなわれています。弓で的を射る儀式をやるところもあります。以前参拝した中井御霊神社の備射祭でも弓で的を射る儀式はあるようです。でも、この桜川御嶽神社ではやっていません。

関東地方のオビシャについて、

「関東のオビシャは、実は弓射を行なわないもののほうが多数です。(略) オビシャの供物は、祝いの場を演出し、宴席に臨む人々がめでたさを共有できるように、村人達が自分たちの手で工夫して作る造形物が多いようです。」(「千葉の県立博物館」より)とあります。

御嶽神社の大根の鶴亀も、めでたさを表現しているようです。

ところで、この御嶽(みたけ)神社は、Kさんの話では、最初はどうも甲州市の金櫻神社を勧請したものではないかという。神社の内部から金櫻のお札か何かが見つかっているそうです。そして金櫻神社へ行ったとき、この御嶽神社に関する資料も残っていると聞いたそうです。でも、なかなか機会がなくて、その資料をまだ見ていないそうですが。

その後木曽の御嶽山の信仰が重なったのではないかというのですが、なんだか、これは大田区の御嶽神社と似ているようです。木曽の御嶽山信仰にあまりお犬さまは出てこないので、ここにお犬さまがいるのも、そう考えると自然です。

Kさんの家は、代々、御嶽講の講元ではなく、会計をやっていた家だそうで、村には江戸時代から付き合いのある御嶽神社の御師が来たとき泊まる家が4軒あったそうですが、Kさんの家も、その中の1軒でした。だから若いころから御師との付き合いがありました。御師は、2月の節分が終わると青梅市の武蔵御嶽神社からやってきて、お札を配りながら講中の家々をまわったそうです。

Kさんは代参で武蔵御嶽神社へ参詣したことがあります。その時は、7人で行って、御師のところに泊まりました。昭和53年のことです。そしてこれが御嶽講の最後の代参になりました。Kさんは代参をした最後の講員。代参講の生きた証人で、貴重な存在と言えるのではないでしょうか。

 

 

 

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2020/03/11

東日本大震災から9年 「富岡町 避難指示を一部解除 JR常磐線は14日全線再開へ」のニュース

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東日本大震災から9年が経ちました。

東京電力福島第一原発の廃炉に向けた工程も順調には進んでいないようだし、溜まり続ける処理水をど うするかという問題もでてきました。

そんな中で、少しは前向きなニュースも入ってきました。

「東京電力福島第一原発の事故による避難指示が、福島県富岡町のJR常磐線の駅や名所の桜並木の一部で10日午前6時に解除されました。(略)10日、富岡町で避難指示が解除されたのは、JR夜ノ森駅や「夜の森の桜並木」の一部などの周辺の道路、合わせて0.07平方キロメートルです。」(NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200310/k10012322481000.html

掲載の写真は、2013年4月に撮影したものです。この年、「夜の森の桜並木」の一部に立ち入ることができるようになりましたが、夜の森駅は帰還困難区域のままでした。夜の森駅は、フェンスの先にあります。

ここで、桜を見に来ていた富岡町出身の親子3人組に出会ったことを思い出します。そしてこの親子の話には考えさせられたのでした。

テレビで報道されるのは老人ばかりで、「若い人たちはどうしているの?」と聞かれるそうです。たしかにそうかもしれません。「若い人たちは元気ですよ」とお母さん。

娘さんは言いました。「20年後に言いたいですね。ほら、なんともないでしょ?って。普通に元気で暮らしてます。放射能になんか負けてないですよ」

7年経ちましたが、彼女の言ったことは正しかったと思います。 

そして今回とうとう駅も避難指示が解除されて、今月14日、常磐線は9年ぶりに全線で運転を再開するそうです。

放射性物質と新型コロナ ウイルス。目に見えない敵と闘っています。

 

 

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2020/03/10

【犬狼物語 其の四百六十二】埼玉県長瀞町 宝登山神社奥宮&里宮 

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 新型コロナウイルスの影響なのか、50人乗りのロープウェイもガラガラで、宝登山も人が少ないように感じました。

でも、ちょうど天気も良くぽかぽかと暖かく、ロウバイや梅の花が咲き誇り、園児たちが楽しそうにお弁当を食べていました。さながら「秩父桃源」でした。

日本武尊が、宝登山で山火事にあったとき、神犬に助けられて神々を祀ったことが宝登山神社の始まりとされています。なので、最初は「火止山」と名づけられましたが、後に「宝登山」となったということです。

奥宮は、日本武尊が神霊を祀った宝登山の山頂(497.1m)近くに鎮座しています。5月2日(八十八夜)、境内社・日本武尊社から神輿をもって御神霊を奥宮にむかえる、奥宮祭が行われるそうです。 

宝登山神社の奥宮を参拝したのは何年ぶりでしょうか。前回は、「狼信仰」ではなくて「秩父桃源」の撮影だったので、奥宮のお犬さまも簡単に撮影しただけでした。

今回はじっくりと時間をかけて撮影しました。ちょうどいい光が差し込んで、背中のあばら骨もはっきり見えました。 お犬さまはまるで生きているようです。

お犬さまの魅力を最大限に引き出す、そんな写真を撮ること。これこそが俺にとっての狼信仰だとも言えます。 

 

 

 

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2020/03/09

ミシェル・パストゥロー著・蔵持不三也訳『ヨーロッパから見た狼の文化史』を読んで(01)

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『ヨーロッパから見た狼の文化史』(ミシェル・パストゥロー著 蔵持不三也訳 2019年 原書房)を読みました。狼を描いた絵も多く掲載されていて、俺にとってはユング心理学の夢やイメージの教科書のようでもあります。

中には、セクストゥス・ブラキトゥス『動物医薬論』の1180~1200年ころ描かれた狼像がありますが、これは武蔵御嶽神社の本殿脇に奉納されたブロンズ製お犬さまと似ています。

第11章「近代の信仰と俗信」に、面白い話がありました。

「その死骸のさまざま部位が治療薬や予防薬として用いられたからである。たとえば毛皮はマントの素材となる。これは粗悪なものだが、それでも寒さをしのげ、猪や熊、蛇、そしてむろんほかの狼といった危険な生き物を遠ざけることができる。同様に、爪や歯や毛皮を護符として用いれば、悪霊や悪の力から身を守ることができる。さらに狼の頭や脚を家や家畜小屋の扉にくくりつければ、侵入しようとする泥棒や魔術師、悪魔を防げる。それだけではない。その心臓やとくに肝臓は、乾燥させて粉末にし、これを水剤として服用すればさまざまな疾病やけが(有毒の生き物による刺し傷やかみ傷、悪性腫瘍、潰瘍性の傷、癲癇など)を治し、力と生気を戻してくれる。」

とあります。

何度か書いていますが、日本でニホンオオカミが絶滅した理由は複数ありますが、そのひとつにあげられているのが、憑き物落としに効果があると言われて狼の遺骸(頭蓋骨など)の需要が高まり、狼が殺されたことです。

頭骨を借りてきて祀るだけではなく、削って服用したという例もあるそうです。ヨーロッパでも狼の遺骸が薬として珍重されていたという話は、驚くと同時に、やっぱりそうか、という思いもあります。「強い生き物」を自分の体内に取り込んで、その力を得たい、あるいは、「強い生き物」に邪悪なものから守ってほしいという発想はどの民族も同じなんだなと。

動物の頭骨を魔除けとして飾っていたり、削って薬にするという例は、他にフィリピンのイフガオ族、中国雲南省のハニ族の村でも聞きました。

続けて、『ヨーロッパから見た狼の文化史』には、このように書かれています。

「とりわけ効果があるのは性的な面で、狼の気と性器、つまりその脂と精液、尿、血、陰茎、尾からつくった薬や軟膏、媚薬、飲み物などは、男たちに強い精力をあたえてくれ、どれほど不妊質の女性でも多産にし、夫婦に不倫とは無縁の誠実さをまちがいなく授けてくれるとされていた。」

ただ日本での例は、今のところ、狼の遺骸が狐憑きの薬とは聞いていますが、精力剤として使われたという話は聞いていません(読んでいません)。でも、もしかしたら、日本でもあったのかもしれないですね。

狼もそうですが、犬は、多産・安産のシンボルにもなっています。子安信仰と、狼の遺骸が精力剤になる、という話は矛盾しないし。これは民族学・歴史学的にはわかりませんが、心理学的にはじゅうぶんあり得る話ではないでしょうか。「目からうろこ」です。

西洋の狼のイメージと言えば、「赤ずきんちゃん」ですが、この話にについて、どちらかというと否定的にですが、心理学的な考察にも触れられています。

 

 

 

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2020/03/08

【犬狼物語 其の四百六十~四百六十一】埼玉県熊谷市 小島春日神社&佐谷田神社の三峰社

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埼玉県熊谷市の小島春日神社の三峯社と佐谷田神社の三峯社を参拝しました。

 小島春日神社の境内にある祠ですが、中には、御眷属拝借のお札が納めてあります。「小島三峰講社御中」とか、「拾四戸」「拾参戸」と見えるので、講中でもらったものでしょうが、新しくはないので、もう三峯講は機能していないかもしれません。

 そしてお札といっしょに置いてあったのが、お稲荷さんの狛狐たち。でも、これは狐に見える「お犬さま」ともいえるだろうし、いや、そもそも狐だろうが狼だろうが気にせず置くというパターンがこれまでもたくさんあったので、これは像を置くことに意味があって、像の形にはそれほど意味がないともいえるでしょう。あくまでも信仰としてですが。狼か狐かを気にしているのは、俺のような人たち。

もう一社、佐谷田神社にも三峯社があります。 

この神社には、古い壊れかけの狛犬(狼像ではない)とか、古碑とか、たくさんありますね。どれが三峰社なのか、わかりませんでした。

 

 

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2020/03/06

【犬狼物語 其の四百五十九】埼玉県上尾市 上・氷川神社の三峯神社

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埼玉県上尾市の上氷川神社を参拝しました。

久保天満宮の隣で、立派な青面金剛像や多くの境内社が点在していますが、その中に三峯神社もあります。

 

 

 

 

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2020/03/05

【犬狼物語 其の四百五十八】埼玉県鴻巣市 川里赤城神社の御嶽社

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埼玉県鴻巣市の川里赤城神社の御嶽社です。

 鳥居を入ってすぐ左側に祠があって、御嶽神社のお札が納められています。

お札には「平成十八年一月」とあって、それ以降は替えていないのかもしれません。

 

 

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2020/03/04

【犬狼物語 其の四百五十六~四百五十七】埼玉県狭山市 梅宮神社&御嶽神社

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(梅宮神社)

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(梅宮神社内 三峯神社)

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(梅宮神社内 ?)

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(入間川・御嶽神社)

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(入間川・御嶽神社)

 

埼玉県狭山市の梅宮神社は狼信仰に関係がある、との情報で参拝しました。

神職の話として、境内に三峯神社があるそうなので、やはりこれだったのかという思いですね。いや、もっと違うものが見つかるかなと期待もあったのですが。

それと、三峯講はもうないとのことです。戦前以前にはあったのでは?という話です。

ところで、ここは2月の甘酒祭りでも有名らしいですね。去年まで10数年住んでいた狭山市ですが、近くに狼神社があったとはうかつです。

狭山市のもう一社、入間川・御嶽神社へも行ってみました。

ただ、こちらは木曽御嶽(おんたけ)信仰の神社でした。

 

 

 

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2020/03/03

【犬狼物語 其の四百五十五】埼玉県飯能市 八幡神社内三峯神社

287a5797(飯能市 八幡神社)

287a5795(八幡神社 摂末社)

287a5787(山王大神 三峯神社)

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埼玉県飯能市の八幡神社を参拝しました。

境内に山王大神 三峯神社、真能稲荷神社があります。

三峯神社にお犬さまの像はありませんが、隣の真能稲荷神社の狛狐像は、流線形の細身の姿でかっこいい。

 

 

 

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2020/03/02

佃島の於咲稲荷大明神は「尾崎大明神」のことか?

287a6462(佃天台子育地蔵尊入り口)

287a6457(地蔵堂)

287a6453(佃天台子育地蔵尊)

287a6415(於咲稲荷大明神)

287a6404(於咲稲荷大明神)

287a6394(於咲稲荷大明神)

287a6389(於咲稲荷大明神の「さし石」)

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前から気になっていた神社があり、確かめるために佃島へ行きました。

その前に、その神社の向かい側に、長さ15mほどの、人ひとり通れるくらいの細い通路があって、途中には、地蔵堂に佃天台子育地蔵尊がありました。地蔵堂は天井を貫く大きな銀杏が生えており、1畳ほどの狭いところに、地蔵菩薩の姿が刻まれた平らな黒い自然石が立っています。多くの人が撫でるからでしょうか、姿が消えかかっているので、触わってはダメらしい。

そしてその通路を反対側に抜けると、問題の神社があります。「於咲稲荷神社」です。「於咲」は「おさき」と読みます。

安政五年に日本でコレラが流行り、アメリカ狐やイギリス疫兎をやっつけるのは、狼だとのことで、三峯神社や武蔵御嶽神社でコレラ除けのため、お犬さま(狼)を借りた、という話を書きました。

その続きですが、同じく高橋敏著『幕末狂乱 コレラがやって来た!』には、江戸の様子が書かれています。

江戸のコレラ騒ぎを記録したものに江戸在住の文人、金屯道人が書いた「項痢記」があります。

安政五年7月上旬に、コレラは赤坂あたりから発生し始め、ただちに霊岸島、築地、鉄砲洲、佃島の海岸に飛び火しました。8月に入ると江戸市中一円を席巻しました。江戸は人口100万を越える巨大都市で、過密な住環境の中にコレラが襲ってきたわけです。

お棺が所狭しと積まれ山となり、焼き場はてんてこ舞いだったという。人々の間にはコレラ変じて「狐狼狸」なりの流言が飛び交い、妖怪変化の仕業と信じてパニック状態になりました。

8月中旬、佃島の漁師に野狐が取り憑いたというので、神官、修験を頼んで狐落としを行いました。ついに狐が体から抜け出したところを捕まえて打ち殺しました。町の長が、狐の死骸を焼き捨て煙とし、その近くに3尺四方の祠を建てて霊を祭り、「尾崎大明神」と崇めたという。

関東地方の山村に伝わる狐の憑き物を「オサキ」とか「オサキギツネ」といいます。この「尾崎」は、この「オサキギツネ」のことらしい。オサキギツネは、人体に侵入して悪さをする「くだ狐」と似たものと考えられるという。曲亭馬琴著『曲亭雑記』ではキツネより小さいイタチに似た獣だとあります。

コレラ患者には、瘤ができるらしく、それが何か小さな妖獣が体内に入り込んでいるというイメージを造り上げた原因の一つでもあるらしい。

この佃島の於咲稲荷神社は、「項痢記」に記されている尾崎大明神のことなのではないでしょうか。

近くの住吉神社で聞いたところ、由来ははっきりせず、「おさき」とは人の名前と聞いているとのことでした。人の名前説は、ネットにも載っていますが、出典はわかりません。

ところで、この神社境内に置いてある3つの「さし石(力石)」は中央区有形民俗文化財にもなっています。

於咲稲荷神社から30mほど離れたところに「佃小橋」が架かっています。この橋のたもとに「麗江」という店がありました。読みもアルファベットで書いてあり「RI:JAN(リージャン)」とあります(中国語ピンインでは「Li Jiang」)。となると、これは雲南省のあの都市、麗江のことなのでしょうか。

言われて見れば、水辺で橋が架かっているところなど、麗江を彷彿とさせます。ただ、料理はナシ族料理でもなく、雲南料理でもなく、普通の中華料理のようです。

そしてこのビルを回り込むと、「日の出湯」という銭湯になっていました。この先が住吉神社です。なかなか趣深い界隈ですね。

 

 

 

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2020/03/01

昨日から二十四節気「雨水」、オリジナル七十二候「箇労亡猛威(ころな もういをふるう)」

Photo_20200229141501(元画像:NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200228/k10012306811000.html)

 

2020年2月29日から二十四節気「雨水」、七十二候「草木萌動そうもく めばえいずる)」です。

草木の芽が出てきて、春を感じる季節のはずです。でも、今はオリジナル七十二候「箇労亡猛威(ころな もういをふるう)」の気分です。

「コロナ」に、どんな当て字がいいかなと、いろいろ遊んでみました。

安政五年、江戸でもコレラが流行ったとき、コレラは「箇労痢(ころり)」「狐狼狸(ころり)」「項痢(こうり)」などと表記されました。なので、「ころ」を「箇労」として、「な」を「亡」にしました。「亡」にしたのは存亡の危機感の表れです。

「狐狼亡」は、狼を汚すようでちょっと抵抗があります。

他にもいろいろ考えたのですが、ある特定の国や地域を意味するのはまずいと思うので、このくらいにしておきます。

(「箇労難」の方がいいかな。2020/3/4)

1月までは、COVID-19 新型箇労亡ウイルスによる肺炎は、ほとんどが軽症で、罹ったことさえ気が付かずに済む、みたいな専門家の話に、そうか、そんなに深刻ではないんだなと思っていた俺はバカでした。

こうなってくると、ウイルスに感染しなくても、干上がってしまいます。仕事に大きな影響が出ています。軒並み撮影のキャンセルが相次いでいます。「中国」「イベント」「集会」というキーワードにした仕事は、とうぶんできなさそうです。

そしてちょっとでも熱っぽかったりすると、戦々恐々としている自分がいます。

先行きが見通せないというのが不安の種です。学校閉鎖、イベントなどの自粛で、2週間~1か月たてば、元通りになるわけではなく、さらにそれが続く可能性もあります。

とはいえ、不安がってばかりでも仕方ありません。テロと同じで、恐怖心や不安感をあおるだけなら、すでに新型箇労亡に負けてしまうことになります。

 安政五年にコレラが流行ったときも、庶民の間には、コレラをネタにして様々な刷り物が作らればらまかれたという。落ち込むどころか、笑いとしゃれで沸いたそうです。どんな状況でも、笑いは必要で、笑うことは免疫力を上げ、結果的に新型箇労亡ウイルスに勝つ、ということにもつながるんじゃないでしょうか。

 

 

 

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