【犬狼物語 其の四百六十四】岡山県高梁市 疫病除けの木野山神社の狼さん
江戸時代、コレラ除けとして狼信仰(三峯信仰)が流行ったことを以前書きました。
【犬狼物語 其の四百四十】新型コロナウイルスとお犬さま(狼)信仰
その中で、岡山県高梁市の木野山神社についても少し触れましたが、今回は、その木野山神社の狼さま(狼さん)について、詳しくみていこうと思います。
JR伯備線・木野山駅の近く、岡山県高梁市の木野山神社を参拝した。北に中国山脈が連なり、南に高梁市街が広がる景勝の地木野山山頂には奥宮、山麓には里宮があり、昔から「木野山さん」と親しまれてきた神社です。
里宮の拝殿の「御塩 御酒 御餅 供え所」には、たくさんの塩が奉納されています。狼の伝承の中には、「狼は塩好き」という話がたくさん出てきます。送り狼に塩を与えて帰ってもらうとか、狼が獲って食べ残したもの(イヌオトシ)を頂戴するときにも塩をお礼に置いたとか・・・。
社務所で狼像の入ったお札をいただきました。向かい合っている狼の絵ですが、姿自体はかなり写実的です。聞けばここでは狼を、東日本で呼んでいる「お犬さま」ではなく、木野山の神使として「狼さま」「狼さん」と呼んでいるそうです。
木野山神社も秩父の三峯神社のように、狼信仰の神社なのです。古くから流行病、精神病に対する霊験あらたかで、江戸後期から明治中期にかけて、コレラや腸チフスなどの疫病が流行した時に、病気を退治するものとして「狼さま」が信仰されました。今でも、岡山県内にはいくつもの木野山神社の分社が鎮座しますが、コレラ平癒を祈願して勧請されたものだという。
ガラスがはめ込まれた格子状の隋神門 の左右には、1対の「あ」「うん」の狼の木像が座っています。社務所で伺うと、この格子戸は外れないということなので、その間から覗くしかありません。彩色された狼像は疫病を防いでくれそうな気迫感じる姿です。
元々、狐憑きと言われた精神病について、狼は重要な存在でした。狐憑きの狐の大敵が狼だからです。これは関東でコレラが流行ったときに狼信仰が盛んになった理由と同じです。邪悪な狐(アメリカ狐・くだ狐など)が体内に入って悪さをしているので、それを退治してくれるのが狼である、という発想です。「目に見えない何かが体内に入る」という感覚は、結果的には、コレラ菌が体内に入ることで発病することを示唆しているようで面白いですね。
木野山山頂の末社に高龗神(たかおかみのかみ)・闇龗神(くらおかみのかみ)が祀られていますが、それも龍の姿ではなく 狼の姿だそうで、かつてはここに参籠所があって、多くの狐憑きの患者が宿泊し、加持祈祷が行われていたそうです。
明治9年(1876)には木野山神社でも講社組織が作られました。明治12年にも、コレラが初夏から秋にかけて大流行しています。岡山県では、患者9,084人、死者4,949人に達しました。各地に患者を隔離するための施設「避病院」が設けられましたが、「患者やその家族は、避病院へ隔離されることを嫌い、病者の発生を隠したり、病院への収容に反抗し、警察官の説諭でやむな く収容させるという有様であった」「まだ科学的な防疫法が徹底してお らず、一般住民は薬品より「まじない」や祈祷に頼る状態であった」(篠原勇造「essay岡山あれこれ」より)という。
当時 コレラを「虎列刺」と表記したことから「狼は虎よりも強い」という理由で、狼信仰(木野山信仰)が山陽山陰四国地方に拡大していきました。。木野山神社にはコレラを免れようとする人々が昼夜の別なく参拝したとのことです。
また明治19年には、コレラによって12年に次ぐ多くの死者をだしました。木野山神社の神輿を担いでコレラ退散を祈願することが流行ったそうですが、県は、多数参拝することは、かえって病気を蔓延させるとして、多人数で同社を参拝することを禁じる布達を出しています。
島根県(現島根・鳥取県)で木野山神社の狼信仰が急速に広がったのは、明治12年のコレラの流行があったかららしい。
7月8日、「内務省衛生局報告第十一号 虎列刺病予防及消毒法心得」が配布されたり、いろんな対策が打たれました。昔も今も感染症対策は同じところがあるようです。まず、避病院と呼ばれた隔離施設(人家隔絶の空き家・寺院・掘立小屋)を作ったり、人々の濃厚接触を避けるために「群衆停止」を行なったりしています。これらが解除されたのは1か月~2か月後でした。
この年の島根県内のコレラ患者は3317人で、死者2149人を出しました。致死率は約64.8%。鳥取市街は「其残酷ヲ極ル」 だったという。
新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が止まらず、とうとうWHOは世界的大流行を表すパンデミック宣言をし、日本では、新型コロナウイルス対策の特別措置法が可決・成立しました。アメリカも国家非常事態宣言を出しました。感染拡大の中心地は、中国からヨーロッパに移りました。どうなるか予断を許さない緊迫した状況になってきました。夏に開催予定の東京オリンピックの開催も危ぶまれます(2020年3月17日時点)。
しかし、コレラの場合、誰が感染しているかが一目でわかるし、潜伏期間も短いので、隔離しやすいとも言えますが、今回の新型コロナウイルスは、そこがなかなか難しい。致死率は高くなくても、感染拡大しやすく、人々に不安を植え付け、社会的、経済的にダメージを与える、それこそ今までになかったような「新型」の疫病です。
狼の「強さ」に対するイメージが狐憑きやコレラに効くというイメージと重なっているのはわかります。なにもこれは日本だけではなく、狼の強さを体内に取り込もうとしたり、狼で邪悪なものを防ぐといった狼信仰は西洋にもありました。地域に関係なく、狼に対して人間が持つ普遍的なイメージなのかもしれません。
参考文献:
(岡山県記録資料叢書14 岡山県明治前期資料 五(十八~二十年)(岡山県立記録資料館)より)
http://archives.pref.okayama.jp/pdf/kanko_sosyo14.pdf
篠原勇造「essay岡山あれこれ」
https://www.jdpa.gr.jp/siryou_html/32html/32_essay12.pdf
近代日本精神医療史研究会「ぼっけえ、きょうてえ岡山県の精神医療史―木野山神社調査 」
http://kenkyukaiblog.jugem.jp/?eid=414
喜多村理子「松江市史講座 伝染病の大流行と信仰」
http://www1.city.matsue.shimane.jp/bunka/matsueshishi/kouza26.data/kouza25-7kitamura.pdf
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