ミシェル・パストゥロー著・蔵持不三也訳『ヨーロッパから見た狼の文化史』を読んで(01)
『ヨーロッパから見た狼の文化史』(ミシェル・パストゥロー著 蔵持不三也訳 2019年 原書房)を読みました。狼を描いた絵も多く掲載されていて、俺にとってはユング心理学の夢やイメージの教科書のようでもあります。
中には、セクストゥス・ブラキトゥス『動物医薬論』の1180~1200年ころ描かれた狼像がありますが、これは武蔵御嶽神社の本殿脇に奉納されたブロンズ製お犬さまと似ています。
第11章「近代の信仰と俗信」に、面白い話がありました。
「その死骸のさまざま部位が治療薬や予防薬として用いられたからである。たとえば毛皮はマントの素材となる。これは粗悪なものだが、それでも寒さをしのげ、猪や熊、蛇、そしてむろんほかの狼といった危険な生き物を遠ざけることができる。同様に、爪や歯や毛皮を護符として用いれば、悪霊や悪の力から身を守ることができる。さらに狼の頭や脚を家や家畜小屋の扉にくくりつければ、侵入しようとする泥棒や魔術師、悪魔を防げる。それだけではない。その心臓やとくに肝臓は、乾燥させて粉末にし、これを水剤として服用すればさまざまな疾病やけが(有毒の生き物による刺し傷やかみ傷、悪性腫瘍、潰瘍性の傷、癲癇など)を治し、力と生気を戻してくれる。」
とあります。
何度か書いていますが、日本でニホンオオカミが絶滅した理由は複数ありますが、そのひとつにあげられているのが、憑き物落としに効果があると言われて狼の遺骸(頭蓋骨など)の需要が高まり、狼が殺されたことです。
頭骨を借りてきて祀るだけではなく、削って服用したという例もあるそうです。ヨーロッパでも狼の遺骸が薬として珍重されていたという話は、驚くと同時に、やっぱりそうか、という思いもあります。「強い生き物」を自分の体内に取り込んで、その力を得たい、あるいは、「強い生き物」に邪悪なものから守ってほしいという発想はどの民族も同じなんだなと。
動物の頭骨を魔除けとして飾っていたり、削って薬にするという例は、他にフィリピンのイフガオ族、中国雲南省のハニ族の村でも聞きました。
続けて、『ヨーロッパから見た狼の文化史』には、このように書かれています。
「とりわけ効果があるのは性的な面で、狼の気と性器、つまりその脂と精液、尿、血、陰茎、尾からつくった薬や軟膏、媚薬、飲み物などは、男たちに強い精力をあたえてくれ、どれほど不妊質の女性でも多産にし、夫婦に不倫とは無縁の誠実さをまちがいなく授けてくれるとされていた。」
ただ日本での例は、今のところ、狼の遺骸が狐憑きの薬とは聞いていますが、精力剤として使われたという話は聞いていません(読んでいません)。でも、もしかしたら、日本でもあったのかもしれないですね。
狼もそうですが、犬は、多産・安産のシンボルにもなっています。子安信仰と、狼の遺骸が精力剤になる、という話は矛盾しないし。これは民族学・歴史学的にはわかりませんが、心理学的にはじゅうぶんあり得る話ではないでしょうか。「目からうろこ」です。
西洋の狼のイメージと言えば、「赤ずきんちゃん」ですが、この話にについて、どちらかというと否定的にですが、心理学的な考察にも触れられています。
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