史上6回目のパンデミック宣言(新型・痼魯難/コロナ)
部屋の壁に貼ってあるバティックに、新型・痼魯難/コロナ終息祈願で、この前いただいた宝登山神社のお犬さまのお札を追加しました。
WHOは、史上6回目となるパンデミック宣言を出しました。ようやくか?といった印象です。
どうも今のWHOは動きが鈍いようです。中国からの圧力なども噂されていますが、まぁそれを今追及しても、このパンデミックが収まるわけではありません。
誰が感染者であるかわからない、しかもほとんどは軽症、あるいは無症状という新型コロナウイルスの性質を考えると、感染拡大はこれからもしばらくは続いていくだろうし、これを短期間で「克服」するのは難しく、専門家も言っているように、いかに重症者を出さないか、出ても助けるか、という病気になっていくだろうと。
俺もいつかは罹るだろうとは覚悟しています。いや、すでに罹っているのかもしれないし、罹って治っているのかもしれません。この性質がやっかいなのです。
ウイルス自体の致死率が高くないことがかえってウイルスを蔓延させることにつながっています。そのかわり、ウイルスでは死ななくても、社会的、経済的に死んでしまうというということです。どっちにしろやっかいです。
今は「克服」に努力するのはもちろんですが、「共存」を考えるしかないときがいつかは来るのかも、とも思います。
問題は、爆発的な感染拡大で、医療がパンクすることです。中国やイタリアなどで死者数が多くなっているのはそのためでしょう。
だから、急激な患者増加を起こさないためのイベント自粛であり、学校の休校だと理解しています。ゆるやかな感染拡大なら、重症者を助けられるし、他の病気の患者も助けられる、ということなのでしょう。
ドイツのメルケル首相も「こうした状況が続けばドイツ人口の60─70%が感染するだろう。(略)医療システムに過度の負担を掛けるのではなく、感染を遅らせることに軸足を置くべき」と言っています。
でも、こんな自粛が半年も1年も続けられるかと言えば、できません。学校が休みになった子どもたちも、ずっと家にいるなんていうことは不可能で、実際町にあふれています。
と、いうことは、感染をなるべく広げないように気をつけながら、学校を再開し、ライブもやり、屋形船やクルーズ船に乗るなど、日常を取りもどすしかありません。どういうところが感染リスクが高いのか、ということもだんだん見えてきています。そういうことを避けながら生活するというふうに、ウイルスに合わせて人間のライフスタイルを変えるしかありません。
ワクチンができるまでの時間稼ぎができるか、ということでもあると思います。それがコロナとの共存です。
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