【犬狼物語 其の四百八十二】東京都豊島区 天祖神社内三峯・榛名社
JR大塚駅の近く、天祖神社内には三峯・榛名社があります。
本殿の右奥に合祀された祠がありました。お犬さま像やお札は見当たりません。
ところで、新緑も美しい神木の下に、天然記念物の「さざれ石」がありました。国歌「君が代」に詠われているあの「さざれ石」なんですね。岐阜県で採れた石で、小さな石灰岩が凝集したものだそうです。
JR大塚駅の近く、天祖神社内には三峯・榛名社があります。
本殿の右奥に合祀された祠がありました。お犬さま像やお札は見当たりません。
ところで、新緑も美しい神木の下に、天然記念物の「さざれ石」がありました。国歌「君が代」に詠われているあの「さざれ石」なんですね。岐阜県で採れた石で、小さな石灰岩が凝集したものだそうです。
埼玉県桶川市の川田谷諏訪神社内の三峯社を参拝しました。
鳥居を進んでいくと本殿手前左手に叢があって、三峯社の祠がありました。
ところで、諏訪神社の本殿は、一間社流造」という造り方で、複雑な組物と彫刻がみごとです。19世紀中ごろの建築であると推測されています。
現在本殿は桶川市指定文化財に指定されています。
ヴィーノの部屋で、こんなにあったかくなっても、ヴィーノは布団にもぐって寝ています。
たまに切れたシーツの隙間に入って寝るときがあって、出ようとしたら、一瞬、まるでお犬さまみたいな姿になりました。
埼玉県越生町の三満山 虚空蔵尊には牛像と虎像が奉納されています。
虚空蔵菩薩は、丑・寅年生まれの人の「守本尊」だからですが、とくに虎像はすばらしいですね。
これが狼像だったならもっと良かったのですが。
東京都青梅市、新町御嶽神社を参拝しました。
新町開拓の吉野織部之助正清が、新町村開拓完成の時、元和2年(1616)、大和国金峯山権現を勧請し、御嶽大権現と称して祀ったことが始まりだそうです。
埼玉県志木市の田子山稲荷神社内の御嶽神社、朝霞市の宮戸神社内の御嶽神社、さいたま市南区の八幡社の御嶽神社を参拝しました。
宮戸神社内には、境内社として御嶽神社の祠があります。ほかに、足と尻尾の謎の石像塊を見つけました。稲荷神社の横にあったので、狛狐像の一部かもしれません。
また、さいたま市の八幡社の本殿の右側並びに御嶽神社の祠がありますが、武州御嶽神社には、今も代参が行われているという情報が。ただ「今も」というのは、いつなのかはわかりません。
今朝の緊急地震速報には「とうとうきたか!」と思いました。東北で最大震度4だったようですが、ここも揺れました。
というのも、最近のコロナ禍中で、大地震が来て、避難所へ行くことになった場合、コロナ感染拡大は避けられないのではと思っていたからです。それとヴィーノがいるので、結局避難所には行かず(行けず)、車中泊するしかないかなと妻と相談していたところでの緊急地震速報だったので、「とうとうきたか!」と身構えたわけです。
ところで、昨日、久しぶりの撮影の仕事(ほとんどキャンセルされたので)があって、池袋に行きましたが、ついでに駅前を撮影したものです。
午前9時ころの池袋東口と、南へ300mほど行った歩道橋から駅方向をみたところです。車や人がまったく無いということではありませんが、やっぱりガラガラですね。非常事態宣言が効いているのだと思います。
ただ逆に、住宅街へ入ったところにある公園などは、子ども連れの家族でガヤガヤしていたりします。それこそ郊外の山(奥多摩など)や海(湘南葉山など)には人がたくさん行ったようです。
俺も旅行したいですが、ここは我慢時なんでしょうね。いや、俺は撮影・取材しないとどうしようもないので、「仕事」と言えばできないことはないですが、我慢しています。この感染拡大の第一波はなんとか押さえたいと。
今日から、二十四節気「穀雨」、七十二候「葭始生(あしはじめてしょうず)」です。
「アシ」は「悪し」にも通じることから「ヨシ(善し)」の別名もあります。
写真は渡良瀬遊水地のアシ原です。
まなびJAPNに連載中の「残しておきたい日本の風景 7」で、先月「渡良瀬遊水地(栃木・群馬・埼玉・茨城)」を載せています。
https://manabi-japan.jp/travel-destination/20200307_19564/
痼魯難(コロナ)収束祈願は、今日で31日目。いつまで続くのでしょうか。
これまで30日間の、収束祈願のお犬さま像を並べてみました。
今までは、「終息祈願」としていましたが、今日からは「収束祈願」にしました。ある程度収まったら良し、という祈願です。完全に終息を願うのは、このウイルスの場合、無理そうなことがわかってきたからです。
この環境に適応すること。ウイルスとの共存。おそらくこれほど大規模な変革を求められることは、100年、いや数百年単位の出来事かもしれません。
生き残りをかけたサバイバルゲームです。
今日は二十四節気「清明」の末候「虹始見(にじはじめてあらわる)」です。
虹は太陽光線が弱いと現れません。ようやくこの時期になると虹が見られるようになるということなのでしょう。11月22日からは二十四節気「小雪」、七十二候「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」ですが、これと対になっているわけですね。虹が現れるのは、だから4月から11月まで、ということ。(↑に掲載の写真も夏の虹です)
どうして虹は「虫」偏なのか?
岩波書店 『広辞苑』によると、「形声。「虫」(=へび)+音符「工」(=つらぬく)。にじを、空にかかる大蛇に見たててできた文字」です。中国でも虹を蛇や龍にみなす風習があります。龍が雨水を司る神様であることとも関係しているのかもしれないですね。
それと前も書きましたが、虹の色を日本では「7色」と答えるのが一般的ですが、アメリカでは7色と6色に答えが分かれるらしい。
メキシコのチャムラ族は3色、リベリアのバッカ語では2色、ジンバブエのショナ語では3色、ドイツ語では5色です。
どう見たら2色に見えるのか、不思議だったのですが、↑に掲載の虹を見ると、2色とか3色にも見えます。強烈な太陽光線ではむしろこんなふうにコントラストが高くなって、2色に見えるということなのかもしれません。
どうも熱帯の国の言葉で、虹の色数が2色とか3色とか少ないのはそのせいかなと。
痼魯難(コロナ)終息祈願でお犬さまをアップしてもう27日経ちましたが、よくなるどころかますます悪くなっています。
何をもって「終息」というか、このウイルスの場合、難しいかもしれないなぁと感じています。全人類の6~7割が罹って集団免疫を獲得するか、ワクチンや治療薬ができるか、それまでは、人の動きを緩めたり、厳しくしたりをくり返して、新型コロナウイルスと「共存」しながら生活するしかないということなんでしょう。
「共存」というとウイルスに「負けた」印象があるかもしれませんが、そんなことはありません。そもそも人類は、いろんな菌やウイルスと共存しています。ある程度落ち着くまで、1年、2年は覚悟しないといけないかもしれません。
ところで、疫病除けのアマビエですが、どうももともとはアマビコで「コ」を「エ」に誤記した結果のようです。こちらに詳しい話がアップされました。
Manabi JAPAN 「新型コロナウイルスと「アマビエ」」
https://manabi-japan.jp/culture/20200414_20405/
アマビエやお犬さまが本当に疫病(新型コロナウイルス)除けなるなどとは思っていませんが、お犬さまに祈願するのは、自分の中にあるお犬さまのイメージ(例えば強さ)を借りて、このウイルス禍を乗り越えるぞという、自分の覚悟の確認なのです。
これはオリンピック選手が、自分が優勝することをイメージする、イメージトレーニングと同じようなものです。
また、アマビエなどの流行り物は、このイメージトレーニングを集団でやることでもあるでしょう。ウイルスに負けないぞという覚悟と、みんなで頑張ろうという連帯感の表明なのです。
埼玉県加須市の三峯神社を参拝しました。大利根総合支所前にあります。
県道に面した神社の境内の左右には、1対のお犬さま像が護っています。
社殿の中を覗いたら三峯神社の軸がかけてありました。きちんと管理されているようです。
社殿の右奥には、古いお犬さま像も残っています。かなり傷んでいて、1体は頭の部分が落ちています。
Manabi JAPANの連載「狼信仰」の第11回では、江戸時代に流行ったコレラと三峯信仰(狼信仰)について書きましたが、今回第12回は「狼信仰と疫病(2)木野山神社の狼さま」です。
木野山神社は岡山県高梁市にある神社ですが、ここも昔から疫病や狐憑きに霊験あらたかな狼信仰の神社でした。
このあたりでは、東日本で呼んでいる「お犬さま」ではなくて、「狼さま」とか「狼さん」と呼んでいます。
詳しい内容は、Manabi JAPANのサイトでお読みください。
https://manabi-japan.jp/culture/20200411_20372/
埼玉県新座市の大和田氷川神社内の御嶽神社を参拝しました。
社殿の左奥に御嶽神社の祠があります。
またここには、文化9年(1812年)のユニークな狛犬もいました。
毎年7月末の夏祭りには、「大和田囃子」「はだか神輿」の奉納があります。
埼玉県志木市の羽根倉浅間神社内の御嶽神社と、産財氷川神社内の御嶽神社を参拝しました。
羽根倉浅間神社は、荒川右岸の土手下に鎮座します。境内には浅間神社の社殿のほか、富士塚や、稲荷神社など多くの摂末社もあり、その中に御嶽神社もあります。
ここは浅間神社なので、社殿前の狛犬はサルで、左側には黒ボク(富士山の溶岩)を使った大きな富士塚があります。一番てっぺんに白い碑が見えて印象的です。
解説看板によると、富士信仰に基づいて明治時代に築造された富士塚です。明治13年に荒川河川敷に高さ約10mの塚が築造されましたが、昭和4年ころ、河川改修事業で、堤内に移転し、さらに県道改修事業のため、昭和45年に現在地に移転しました。
その富士塚を見上げるような位置に、御嶽神社の祠があります。
祠の中には、きちんとお犬さまのお札が祀られ、両側にはお犬さまの像が控えています。お犬さまのお札と像がセットで見たのは初めてかもしれません。
お犬さまのお札は、武蔵御嶽神社のお犬さまで、ビニールで包まれてて古さはわかりませんが、もしかしたら今でも御嶽講が存在しているのではないかなと思わせます。
たまたま境内のベンチに腰かけていたおじさんがいたので、聞いてみましたが、富士講については知っていましたが(今でも講があるかは聞き漏らしました)、御嶽講については「そんなものがあるんですか?」という返事でした。
浅間神社から1kmほど下ると、産財氷川神社が鎮座します。境内は広々としていて、ここももしかしたら移転してきた比較的新しい神社かもしれません。
社殿の左奥、荒川の堤下には、鳥居があって、3社ほどの祠があります。この中に御嶽神社があるようです。
右の祠を覗くとお犬さまかもしれない像がありました。頭の部分はすでに無くなっているので、狛狐かもしれませんが、よくわかりません。
右側には仏頭も置かれていましたが、それをたてかけてあるのが、どうも同じ石質なので、お犬さま像の1対の片割れの像の残骸らしく思えました。
詳しいことは今後調べるとして、御嶽信仰の痕跡は見ることができました。
今日からは、二十四節気「清明(せいめい)」の次候「鴻雁北(こうがんかえる)」です。
鴻雁北(こうがんかえる)とは、冬の間日本で過ごした雁が北へと帰っていくころ、という意味。
この写真が「雁」かどうかはわかりませんが、イメージとしてはこんな感じかなと思います。
8日未明は「スーパーピンクムーン」だそうです。
「ピンクムーン」とは、ネイティブアメリカンの呼び方で、4月の満月のこと。しかも2020年で地球に最も近い満月スーパームーンでもあります。
いつも通り、午前4時にヴィーノの散歩に出ましたが、東の空には煌々と輝く満月が。かなり明るく感じました。
完全に満月になるのは午前11時35分だそうですが、昼間で明るいのでたぶん見えないかもしれません。
掲載の写真は、昨日の夕方撮影したものです。
埼玉県さいたま市西区のふたつの神社を参拝しました。
二ツ宮氷川神社の三峯・御嶽神社と、島根氷川神社の三峯神社です。
二ツ宮氷川神社の方は、満開の桜の下、赤い境内社が並ぶ中に、三峯・御嶽神社が隣り合って祀られていました。
島根氷川神社では、ちょうど拝殿に鎧兜が設置作業中でした。話をうかがうと、毎年この時期になるとこれを展示しているとのことです。数十年前に造られた鎧兜で、手作りです。4体準備されていました。
ついでに、拝殿左側の三峯神社についても聞いてみましたが、すでにこのあたりでは三峯講はなくなっているそうです。
亀戸天神の御嶽神社の後ろ側に、謎の石像が祀られています。
噂では、「犬」とも「狼」とも思われているようですが、この像自体の由来ははっきりしていないようです。「おいぬさま」と言われないと、形も崩れていてよくわかりません。どこかの狛犬だったものが、戦災後ここに置かれるようになったのでは?という話もあります。
塩がかけられています。足元にも塩がたまっていました。言い伝えによると、この塩を擦り込むと、祈願が成就するらしい。
御嶽神社があるので、もしかしたら、その「おいぬさま」だった可能性はあるかも?と期待しましたが、残念ながら違うようです。大宰府御嶽山より勧請され、「亀戸妙義社」と呼ばれていました。
亀戸天神から徒歩数分。表参道の趣のある商店街を進んでいくと、亀戸香取神社があり、境内には三峯社も鎮座します。
ここは、競技・試合の勝利を願って多くの参拝者が訪れる「スポーツ振興の神様」として有名だそうです。拝殿手前には、大きな勝ち石があり、これを撫でると、勝負運アップの御利益があると言われています。
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