【犬狼物語 其の六百二十二】内モンゴルの狼の呼び名「大口さん」
千葉大学「ユーラシア言語文化論集」第19号、サランゴワ氏の「内モンゴル東部における狼の民俗」に興味あるモンゴル人の民俗について書いてありました。
ひとつは、おまじないのようなもので、家畜を狼に襲われないように、ハサミの口を開けて石を入れて挟み、それを布で強く包んでおく習慣があります。ハサミは明らかに狼の口を象徴しています。石は堅く、嚙み砕くことができません。石で、家畜の安全を願っているという。
また、内蒙古東部のモンゴル語で狼のことはチョンといいますが、名前を直接呼ぶことを避ける習慣があり、
「へーリン・ノハイ(野良犬)」
「テングリ・イン・ノハイ(天の犬)」
「ヘイ・アマト(大口さん)」
などと呼ぶという。
日本の猟師・木こりなども、忌言葉(いみことば)としての「山言葉」を使います。狼は「お客」「やせ」「やみ」と言ったりします。忌言葉は、「神や神聖な場所に近づく際には不浄なものや行為を避けるだけでなく、それを言葉に出していうことも忌み、代用語を用いていい表したことから生まれたと考えられている」(世界大百科事典)
モンゴル人が「チョン」と直接呼ばない理由は、名前を直接呼ぶと数が増えて、害が拡大するからだという。牧畜民にとって狼は害獣でもあるのですが、ここにも数のバランスの大切さが現れています。多くてもダメ、少なくてもダメなのです。
この数のバランスについては、狼信仰ではちょくちょく目にするもので、例えば、日本でも、津山市の奥御前神社(狼さま)では、本勧請と呼ぶ正式な祀り方で、霜月の大祭に狼さまをいったん本宮に戻し、新しく生まれた狼さまを迎えますが、それはその家で狼さまが勝手に増えるのを防ぐ意味があるそうで、牧畜民の狼に求める数のバランスと共通しているのが面白い。
「大口さん」は、日本の「大口真神」を思わせますが、実際、狼の「大きな口」は、モンゴル人にも日本人にも同じような特徴として捉えられているんですね。
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