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2023/05/26

今日から二十四節気「小満(しょうまん)」、七十二候「紅花栄(べにばなさかう)」

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今日から二十四節気「小満」、七十二候「紅花栄」です。

古代エジプト時代から染料や口紅として利用されていた紅花が一面に咲く頃です。

Wiki「ベニバナ(紅花)」によると、

「江戸時代中期以降は現在の山形県最上地方や埼玉県桶川市、上尾市周辺(桶川宿の頁を参照)で盛んに栽培された。しかし、明治時代以降、中国産の紅花が盛んに輸入され次いで化学的に合成可能なアニリン染料が普及したことから、紅花生産は急速に衰退した。」

とあります。

『広報あげお946』の「上尾市域の紅花商人」には、

「紅花の栽培は江戸商人の柳屋五郎三郎の手代が、上村(上尾市)の七五郎に種を遺して栽培させたのが始まりと言われる。」

とあります。

武州に広がった紅花栽培ですが、山形産よりも1か月ほど早く収穫できて、品質も良かったので、京都では武州産の紅花を「早場」「早庭」と称し、高値で取引されたという。安政5年の相場表を見ると、山形産よりも約1.5倍ほどの値段で取引されていたようです。

NHK『青天を衝け』で、深谷の血洗島では藍の栽培が盛んだったということが描かれていました。同じころ、桶川、上尾周辺では紅花だったんですね。

ちなみに安政5年は、何度も書いていますが、江戸ではコレラが猛威をふるった年です。

桶川の稲荷神社には、安政4年に近在の紅花商人が寄進した「紅花商人寄進の石燈籠」があります。これは桶川市指定文化財になっています。

「かつて中山道の宿場町だった桶川宿は、染物や紅の原料となる紅花の生産地としても栄えました。この石燈籠は、桶川宿とその周辺の紅花商人たちが、桶川宿浜井場にあった不動堂へ安政4年(1857)に寄進したものでした。明治時代となり、神仏分離策などの動きの中で、やがてこの稲荷神社へ移されました。また、不動堂は現在浄念寺境内へ移築されています。燈籠には計24人の紅花商人の名が刻まれており、桶川のほか、上尾や菖蒲の商人の名前もあります。かつての紅花商人たちの繁栄を伝える貴重な文化財です。(桶川市教育委員会)」

1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災で石灯籠は倒壊したようです。これは、昭和2年4月に再建されたものです。

 

 

 

 

 

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2023/05/22

エリ・H・ラディンガー著、シドラ房子翻訳『狼の群れはなぜ真剣に遊ぶのか 』

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動物の家畜化に成功したのはオオカミから犬が最初です。そのことは人間にとって大きな転換点になったのではと思います。

『狼の群れはなぜ真剣に遊ぶのか』の著者、エリ・H・ラディンガーは、女性弁護士から転身してオオカミの保護活動を行い、講演会・セミナーなどで「オオカミと自然や生態系についての知識」を広めている異色の作家だそうです。

 犬の家畜化についてはいろんな説がありますが、この本には、さすがに女性の目からみた説だなぁと思う部分がありました。

「オオカミを社会化するために、つまり、最初から人間に慣れさせるために、赤ちゃんを早期に母親から離す必要がある。私たち職員は赤ちゃんの乳母であり、哺乳瓶でミルクを与え、毛づくろいや添い寝をして、数週間後に家族のもとに戻す。これは家畜化ではなく(家畜化は数万年を要するプロセス)早期感化であり、こうして育ったオオカミの大人は人間を怖がることはない。(略)
 はるか昔に人間の男がこのようにしてオオカミの赤ちゃんを感化したということは考えられない。なぜなら、ミルクを与えることがそこに含まれるが、家畜のいない時代は女性の乳しかなかったからだ(牛・羊・山羊・豚の家畜化は、オオカミより遅い)。つまり大昔のある日、ある女性がオオカミの赤ちゃんを抱いて母乳を与えたということになる。母乳が余っていたのか、それとも見捨てられた無力なオオカミの赤ちゃんをかわいそうに思ったのか。何も予期せずに人類に革命をもたらしたことになる。というのも、オオカミに続いて有用動物が家畜化され、狩猟から牧畜へと移行することになったから。こうして歴史は新しい針路をとった。」

といいます。さらにこう続けるのですが、

「もしかすると、進化における特別な役割のことがいまも記憶に残っているため、私たち女性はオオカミに親近感を抱くのかもしれない。」

ちょっとここは「女性」であることを強調しすぎの感があります。女性だけがオオカミに親近感を持っているわけではないでしょうし。

まぁ違った見方は何事にも大切です。結局は「説」でしかないわけですが。もしかしたら、オオカミの赤ちゃんではなく、性格穏やかな大人のオオカミだったかもしれないし、ケガをしたオオカミを馴らしたのかもしれません。いろんな状況が考えられます。

オオカミから犬に家畜化されたストーリーは、証明のしようがありません。だから、我々素人が勝手に想像することも自由ということでしょう。

でも、どうやってオオカミを犬にしていったか、ということはわからなくても、オオカミから犬を創り出したのは事実だし、そのことが後の人間にとってどれだけの転換点になったかということは重要なところかなと思います。

前回のブログ記事でも書きましたが、単に家畜化に成功したということ以上に、それまで神(あるいは神に近い存在)であったオオカミを、手元に置くことに成功したわけですから。人間に「これはいける」と思わせたのではないでしょうか。その後、牛・羊・山羊・豚の家畜化も成功しています。

近代になって、急激に神なるものを信じなくなってきたことも、元をさかのぼれば、この犬の家畜化に始まったのではないか、という気がするのですが、いかがでしょうか。

 

 

 

 

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2023/05/09

NHKのBSプレミアム「ワイルドライフ 厳冬のモンゴル 雪原を駆ける蒼きオオカミ」

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_mg_7327 (夏のモンゴルに雹が降る)

_mg_7309(夏のモンゴルに雹が降る)

 

「ワイルドライフ 厳冬のモンゴル 雪原を駆ける蒼きオオカミ」HP

https://www.nhk.jp/p/wildlife/ts/XQ57MQ59KW/episode/te/V2NGY8Y2W4/ 

昨日の夜、「厳冬のモンゴル 雪原を駆ける蒼きオオカミ」を、後半の40分だけですが、観ることができました。

気温マイナス30度にもなる厳冬のモンゴルが舞台です。

俺は夏のモンゴル(写真)しか知らないので、モンゴルオオカミそのものにも興味はありますが、風景・環境を知ることができてよかったです。

それにしても雪原の中を疾走するオオカミのなんと美しいこと。寒さに適応した結果なのか、じゃっかん丸みを帯びた姿でした。 

いくつかの群で生活していますが、中には、外から入ってきたはぐれオオカミを群に迎え入れて新しい家族になるというのも素晴らしいものでした。

それと狩のしかたです。モンゴル人は(というより人間は)、オオカミから狩を学んだという話があります。日本のような木々が多い山岳地帯では無理ですが、モンゴル草原のようなところであれば、オオカミたちがどのような狩をするのか、はっきりと見ることができるんだなぁとあらためてわかりました。

姜戎 著『神なるオオカミ』には、人間も家畜も草原も、オオカミに鍛えられている、といった意味の言葉が出てきたと記憶していますが、厳しいぎりぎりの環境で、人間はオオカミが怖い動物、というのと同時に、生きる先生でもあったこと。どうしてオオカミが草原の民にとってトーテムになり、神になったのか、少しだけですが、わかるような気がします。

それと、オオカミが人間によって飼いならされてイヌになった過程を想像しました。「イヌ」は人間の画期的な発明のひとつだったのではないでしょうか。

産業革命や、インターネット、AIの登場などと同じように、大きな人間の分岐点になったのかも。動物を初めて飼いならしたという以上に、「神」なるものを手元に置くことに成功したわけですから。

 

 

 

 

 

 

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福井昭夫絵画展 ギャラリー楽風にて

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今回は日本の四季を描いた福井昭夫絵画展が、さいたま市浦和の「ギャラリー楽風」で始まります。

5/11(木)~23(火)  17(水)休
10時~7時  最終日5時

日本茶喫茶・ギャラリー 楽風(らふ)
さいたま市浦和区岸町4-25-12
電話048-825-3910
http://rafu-urawa.com/

福井昭夫WEB画廊
http://www.hidekiyo.sakura.ne.jp/akio/

 

 

 

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2023/05/08

【犬狼物語 其の六百六十九】 福井県鯖江市のニホンオオカミの頭骨

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https://www.fnn.jp/articles/-/524622 

今年3月にニュースになった 福井県鯖江市の民家から見つかったオオカミの頭骨は、現在福井市自然史博物館で公開中です。

この頭骨は、先祖代々ニホンオオカミのものと伝わってきた頭骨で、1600年ころのものと言われています。当時、病人の枕元に置いて魔除けとしたり、治癒を祈って貸し出したりしていたと伝えらえてきたそうで、これも狼信仰に関係する頭骨のようです。

あらためて、この1600年という年代が気になったので調べてみました。

以前紹介した徳島県美馬市で見つかっているオオカミの頭骨は、文明4年(1472)、当時犬神使いが跋扈し、人々を惑わしていたので、阿波国内の犬神使いを捜し出し処罰するようにという命令書「犬神文書」といっしょに見つかったものです。オオカミの頭骨がこの古文書と同じ時代のものかはわかりませんが、犬神に関する一番古い文書だそうです。

また、東日本で、憑き物落しのためのオオカミの頭骨保有の 風習が増加するのは幕末から明治初期にかけてです。ただその前から風習はあったようで、古いものでは秩父市の永禄年間(1558-69)、神奈川県裾野市の元文2年(1537)、長野県天龍村の応永年間以前(1394-1427)の頭骨などがあります。

福井市自然史博物館で公開中の頭骨の1600年という年代が本当なら、狼信仰としての頭骨としては、古いもののひとつ、ということになるようです。

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2023/05/07

Microsoft bingと、ChatGPT

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「お犬さまとは?」の質問で、Microsoft bingとChatGPTの2つを比較してみます。結果は?

この質問に関しては一目瞭然です。

Microsoft bing は、出典付。だからかなり正確。

ChatGPT は、出典無し。あくまでも「犬」で、「狼」についての言及はありません。

ついでに bing のイメージクリエーター で、「森の中の神社の前に鎮座する 狼 の石像」(上)と「お犬さま の石像」(下)で作らせてみました。

「お犬さま」の最後の画像だけは、ありそうなお犬さま像になりました。このフェイク画像には騙されるかもしれません。

こうしてAIで作られた画像に目を慣らしておくことも大切かなと思います。騙されないためです。

実は最初、「これはAIが作成した画像です。」のキャプションを入れないままSNSにもアップしてしまいました。どうみてもこれはフェイクとわかるだろうと思ったので、わざわざキャプションは入れなかったのですが、でも、周りを見渡したら、どうみてもフェイクと思われる画像がたくさん出回っているのを見て、あぁ、狼像やお犬さまを知らない人が見たら、これは本物だと思う可能性はあるなと思い直しました。

ネットでは常識は通用しません。とくに好意的常識、希望的常識は。テキストと離されて、画像だけを使われる恐れもないとは言い切れません。なので、念のためです。

 

 

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2023/05/06

WHO 新型コロナウイルス「緊急事態宣言」解除を発表

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「WHO 新型コロナウイルス「緊急事態宣言」解除を発表」のニュースがありました。

https://news.nifty.com/article/world/worldall/12198-2320352/

2020年3月19日から半年間あげ続けた「コロナ終息祈願」「コロナ収束祈願」の狼像です。

狼の強靭イメージを借りて乗り切るぞとの俺なりの狼信仰でした。(一応、コロナにはまだ罹ってません)「信仰」とはいっても、この場合は、宗教的というより心理学的な、イメージトレーニングに近かったかもしれません。

コロナに罹らなかったから成功したとか自慢したいわけではありませんので念のため。罹らなかったのは日々の手洗いマスク、それとワクチン注射のおかげ、それと一番大きいのは「偶然」のたまものです。

途中で「終息」はないなと思ったので「収束」に変更。予想通り今も「終息」はなく「収束」という性格のウイルスでした。でも「収束」までも3年も経ってしまいました。まさかこんなに長くコロナ禍が続くとは2020年には思ってもみませんでした。

しかもこれでコロナがなくなったわけではなく、さらなる「収束」を願うだけです。

 

 

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2023/05/05

『この世とあの世のイメージ 描画のフォーク心理学』

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やまだようこ 、 戸田有一、 伊藤哲司 、加藤義信 著『この世とあの世のイメージ 描画のフォーク心理学』です。

「この世とあの世のイメージ」を、日本、イギリス、フランス、ベトナム4か国の大学生2040人が描いた描画を比較したものです。

あの世のイメージが「上(天)」にあるというのはだいたい共通しているようですが、ベトナムだけは、「下(地)」にイメージしている人が多いらしい。そのかわり、死後の世界がないというイメージを持つのもベトナム人には多いようです。

それはベトナムでは、社会主義的な教育が唯物論的な観点で行われているから、という解釈と、もうひとつ、近代化途上の国では科学を信じているのに、日本、イギリス、フランスでは、むしろ近代科学の限界を感じているとも解釈できるのでは、という。

意外だったのは、万物に霊魂が宿るアニミズム的世界観が、イギリス、フランス人にもあることです。それはキリスト教が入ってくる以前の信仰で、基層部分に今でも流れているということ。

先進国では、農村社会の古い共同体は解体し、宗教意識も低くなっているにも関わらず、他界の存在や魂の存在は否定されていません。「宗教以前」と考えられるような、アニミズム的世界観は、人類共通なのかなと思います。

本の「はじめに」にはこのようにあります。

「人々が描くイメージは個々に個性的であり、どれひとつとしてまったく同じものはないが、しかしまた驚くほど共通性も高かった。それは想像世界といえどもまったく自由にどのようにもイメージできるわけではないことを示している。」

イメージは、各自が勝手に作り上げているのではなく、人類共通の法則みたいなものがあるということなのでしょう。自分では「独創的」と思っているようなアイディアやイメージも、その人個人のものかどうかは微妙です。

こういったことはたぶんユング心理学でいうところの「集合的無意識」「元型」に通じるかもしれません。共通の部分がなければ臨床の場でイメージを使ったセラピーも行えないだろうし。

 

 

 

 

 

 

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2023/05/04

写真展『おいぬさまの肖像』図録

 

武蔵御嶽神社大口真神式年祭で開催中の写真展『おいぬさまの肖像』の図録を作ってみました。

これは「しまうまプリント」製で、カバー付きA5判、12ページ、1冊約500円の単価です。レイアウトに多少不自由さは感じましたが、おおむね満足です。ただし、発注から2週間くらいかかりました。

今まで仕事で註文が来たときは、「フジフィルム」のフォトブックを使っていましたが、同じA5判ソフトカバー相当だと、1冊当たりの単価は3465円。ただしページ数は16ページです。これも発注から2週間ほどかかります。

けっこう単価が高く、これに俺のレイアウト料や代理発注の手間を考えると、1冊12000円以上じゃないと受けられません。それでもっと安いところを探して、試しに「しまうまプリント」で頼んでみました。

単純に比較はできませんが、気軽に冊子を作るなら「しまうまプリント」でいいかもしれません。

ところで「しまうまプリント」の「フォトブック」は最低24ページからですが、「しまうま出版」の「写真集」からだと、12ページからのものも作れるようです。

竣工写真の場合は、12ページで充分だし、七五三やお宮参りでも、16ページくらいがちょうどいいかなと思うので、「しまうま出版」の「写真集」は今後使えるかもしれません。

 

 

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2023/05/03

小松和彦著『神隠しと日本人』

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神隠しについての民俗学的考察はたいへん面白く読みました。

とくに神隠しに遭ったのが大人の場合は、また村に帰ったときあれこれ詮索されずに戻ることができる方法というのは庶民の知恵だなぁとも思います。

神隠しが無くなってしまったのは、そもそも「隠し神」なる神の存在を信じなくなったことにあるのは当然としても、そしてこの曖昧さが許されなくなったのが現代なのかもと思います。

そして筆者も書いていますが、「神隠し」という語には甘く柔らかい響きがただようと。俺もそう思います。隠されたい誘惑といったらいいか、向こう側へ行ってしまいたくなる衝動です。いっさいの社会的関係を断ち切ってしまう。社会的な死を求めるのです。いい方を変えれば「社会的自殺」です。

今だと、「神隠し」ではなく「行方不明」とか「失踪」という言葉で言われてしまうんだろうなと思います。

「行方不明」「失踪」だと、「その理由は?」「どうして失踪なんか?」とあれこれ理由を求められてしまいます。 

 でも、どうなんでしょうか。もちろん理由あっての「行方不明」「失踪」はあるでしょうが、そうではないものもあるのです。自分でも理由がわからないもの。それこそ「神隠し」としか言いようのないもの。

だから本当の意味での「神隠し」、 理由のない「神隠し」は今でもあると思っています。

 

 

 

 

 

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