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2023/09/29

今年の「中秋の名月」も満月

100910(これは2018年の「中秋の名月」)

普段は新暦で暮らしている日本人ですが、どうしても旧暦を意識せざるをえない日、というのがあります。

「中秋の名月」もその一つです。

秋を初秋(旧暦七月)、中秋(旧暦八月)、晩秋(旧暦九月)の3つに分けますが、「中秋の名月」は、「秋の真ん中」=「旧暦八月十五日夜」の月のことです。だから、「中秋の満月」とは言いません。年によっては必ずしも満月になるとは限らないのです。

旧暦では、「中秋の名月」は八月十五日で日付は固定されていますが新暦では、毎年、日付が変わります。

今年2023年の「中秋の名月」は新暦9月29日で、満月です。3年連続で「中秋の名月」と満月が重なったそうです。

個人的には、やっぱり「中秋の名月」は、満月がふさわしいかな。

 

 

 

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2023/09/26

埼玉県大宮市 氷川神社の「歯固め石」

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大宮氷川神社は何度も参拝しているのに、「歯固め石」が置いてあるのを初めて知りました。

場所は本殿の隣、神輿舎の脇で、力石が置いてある場所の籠に入っています。白っぽい石が選ばれています。

産育習俗でたびたび目にする「石」については何度も書いてきました。

新谷尚紀著『生と死の民俗史』「境界の石」「産育の石をめぐる民俗心意とその儀礼的表現のメカニズムには、

「同じく小石を身近におきながら妊娠、出産、育児の各段階でそれぞれ民俗としての意味づけが異なっているという点である。出産以前においては、子授けや安産、出産前後には産神、離乳のころには歯がため、というふうにである。」

とあります。

出産のときは、石を手元に置くことがあるそうですが、そのときは、石は産神、お守りになるらしい。石のパワーをもらって、出産を無事に済まそうということ。

その後、赤ちゃんが生まれて100日後にはお食い初めの儀式です。

今、だいたいは、お宮参りをしたあとお食い初めする親御さんが多く、歯固めの石は、すでに儀式を行う店で用意してあるので、どこから持ってきた石かはわかりません。悪く言えば、ただ形だけ整えたともいえます。だいたいは、まん丸ではないけれど角のない石が多いです。

でも、本来は氷川神社のように、神社でもらった石を使うのがもともとであったらしい。その手間を省いて店が用意するようになったのも、また時代の流れというものでしょうか。そういう意味で、この氷川神社は、本来の歯固め石のありようを示していていると言えるでしょう。

歯固めの石については、歯が丈夫になるようにとか、骨が堅く丈夫になるようにとか、堅い(堅実な?)性格に育つようにとかいわれているようです。歯、骨、性格、いずれにしても、石の堅さをもって祈願するものです。

「歯固め」については、過去に書いた記事が詳しいですので、興味のある方は、こちらもどうぞ。

https://asiaphotonet.cocolog-nifty.com/blog/2023/06/post-968905.html 

 

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2023/09/25

【犬狼物語 其の六百八十五】 お犬さま(狼さま)像の見分け方

287a8162_20230924082901(一見「狐」に見えますが由来がはっきりしている西日本の「狼」像)

Img_9061_20230925072601(川越氷川神社内の三峯神社の「お犬さま」)

 

お犬さま(狼さま)像を探して歩いていると、これは「お犬さま? それとも狐? それとも犬?」という像にたまに出会います。

そこでどう判断するのか、参考までに見分け方を書いておきます。

基本は、たとえば胴体にあばらの表現があるとか、牙があるかとか、鬣があるとか、尻尾はお尻に回してあるか(西日本ではそうとも限らない ↑のような)とか、そして、それが置いてある神社や祠が、狼信仰と関係のあるものかどうかで判断していますが、あることに気がつきました。

何かに興味が出たら、まずどうするか。「何も考えないで」と言ったら言い過ぎですが、まずは、ひたすら多くのものを見ますよね。

お犬さま(狼さま)像についてもそうです。数多く見てくると、最初は、狐像と、犬像と、狛犬像とも区別ができなかったのに、だんだんできるようになっていきます。

たとえば、顔の判断は「平均顔説」というのがあります。日本人なら日本人の顔の平均を知っているので、そこからどれだけ外れているかの「差」で判断しているという。外国人が日本人の顔がみな同じに見えるというのは、日本人の「平均顔」を知らないからで、反対に、日本人は外国人の「平均顔」を知らないと、みな同じに見えます。若い世代との付き合いが減ったお年寄りは、だから若者の「平均顔」がわからず、同じに見えてしまいます。

外国旅行すると、その国の滞在が長くなるにしたがって、その国の人の顔の区別がつきやすくなるという体験は俺にもあるので、この説は説得力があります。

これは人間の顔だけではなく、いろんなことに言えそうなのです。俺は、お犬さま(狼さま)像にはバリエーションを感じて、細かい区別はつくのに、いわゆる狛犬はどれも同じに見えるのも、この「平均顔」説で説明できるかもしれません。

よりたくさんのお犬さま(狼さま)を見ることで、お犬さま(狼さま)の「平均顔」がわかってくると、それぞれの微妙な差異にも気が付けるようになる、ということです。そしてその「平均顔」からかなり外れたものには、もしかしたら、これは狼じゃないな、狐かな?とか、犬かな?とか、気が付けるということになります。

とはいえ、けっこう難しいものもあります。これは平均顔説とは関係ない例ですが、明らかに狐像なのに、三峯神社前に置かれているもの。栃木県のある三峯神社の例です。社務所で尋ねたら、だれかが勝手に(?)置いて行った(奉納した)像だそうで、その人がそれを狐、あるいは狼と意識していたのかどうか。三峯神社には狼、稲荷神社には狐、ということもあまり意識していない可能性もあります。もっと言えば、その神社が三峯神社であることを知らない可能性だってあります。

もうひとつの例が川越氷川神社内の三峯神社です。「狐」に見える(「狐」そのもの?)「お犬さま」です。

民間信仰という面からいえば、そこらへんは重要ではないかもしれません。大切なのは、手を合わせる謙虚な気持ちです。拝む「物」はなんでもかまいません。

なので、俺は、三峯神社など狼信仰の神社・祠の前に置いてあったら、たとえ狐に見えても、あるいは狐そのものでも、一応「狼」として捉えるしかないのかなぁと思っています。奉納した人の気持ちを考えると、間違っていますなんて言えないですよ。

いや、狼も狐も、この場合区別する必要もないというか、要するに全部ひっくるめて「お犬さま」なんですね。あいまいさも包み込んでくれる言葉「お犬さま」、いいじゃないですか。

 

 

 

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2023/09/21

【犬狼物語 其の六百八十四】狼信仰関連分布地図

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狼信仰関連地図を作りました。


現在の狼信仰の地域差(濃度)を、見える化するために作った地図です。


どこが濃度が濃いか、地図にするとわかると思います。一般的には東日本の狼信仰が話題になりますが、岡山県鳥取県など、西日本でも狼信仰が盛んなところがあります。


九州地方はほとんどないのですが、半分は犬像です。とくに子安信仰の犬像ですが、子安信仰の犬像をさかのぼっていくと、狼の多産や子供が生まれたときに供え物をする産見舞いなどの習俗と関係がありそうで、大きな意味で狼信仰に入れてあります。 俺の推測でもあって、学術的に正しいかはわかりません。


それとある人からの疑問に答える形になりますが、岡山県、鳥取県に密度が濃いのは、江戸から明治にかけて流行った疫病除けとして、多くの木野山神社、山野口神社が勧請され、その分社が残っているからです。そしてこの密度は、信仰の「篤さ」とも違っています。あくまでも、残っている神社や祠の数です。


この地図は、どこを取材撮影したらいいか、自分用に作った地図で、途中経過でもあるので、これを学問的な資料として使う人もないとは思いますが、もし誤解をされている人がいるとまずいので、一応、書いておきます。


今後も、この地図はアップデートされます。

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2023/09/19

新日本風土記「オオカミとカワウソ」

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新日本風土記で「オオカミとカワウソ」が放映されます。 

 https://www.nhk.jp/p/fudoki/ts/X8R36PYLX3/episode/te/J7GQWM8YJW/

 

新日本風土記の予告編に出てくる鳥居は見覚えがあります。鳥居に付けられた「山神図」も見えます。

ここはもしかしたら東北の、かつてオイノ(狼)祭りが行われていた「山の神」と「三嶺山」の碑が残っているあの鳥居ではないでしょうか?

 地元住民によると、オイノ祭り自体はもう行われていませんが、しめ縄を替えたり、お参りしたり、ということはやっているそうで(数年前の時点)、予告編に出ている3人の参拝者は近所の村人なのでしょうか。

この鳥居の近くから山へ登る道が続いていますが、それは遠野へ通じる旧道で、山と里の境界でもあって、狼がこれ以上里に来ないでほしいという願いもあったとか。

 

【9月24日追記】 

 先日の放送は見られなかったので、さきほど、新日本風土記「オオカミとカワウソ」再放送で観ました。

三峯・山神の石碑にお参りしていたのは『ニホンオオカミの最後』の著者、遠藤さんだったんですね。

遠藤さんは、昔、ここで行われていたオイノ祭りにも参列していたそうです。

ところで、放送では少しわかりにくいことがありました。

「祭りのときにオオカミが出た」、みたいな遠藤さんの話だったんですが、それは遠藤さん参加時ではなくて、「かつてそういうことがあった」という話ですよね。俺の勘違いだと思いますが、じゃないと、岩手県で、昭和にも狼の目撃談があったという、すごい話になってしまいます。 

 

 

 

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2023/09/10

「モロッコ地震 死者2000人超」のニュース

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地震のニュースには敏感で、他人事には思えません。今回の地震は数百年ぶりの規模らしい。
とくに最近は関東大震災から100年ということもあり、地震に対する意識は高まっています。

昔モロッコ には2回行ったことがあって、マラケシュ にも滞在しています。

今回の地震の震源地は、マラケシュから南西約70kmとのこと。2枚の写真はそのあたりになると思われる集落の写真です。

今も変わってないと思いますが、モロッコの田舎はこのようにレンガ造りの建物が多く、耐震構造にはなっていないので、地震には弱いのではないかと心配します。

ツイッターにあげられた地震の様子ですが、建物が崩れているのがわかります。写真と同じ村かはわかりませんが、同じような被害に遭っていると思われます。

日本からも救助隊の速い派遣をお願いしたいところです。

 

 

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2023/09/09

コロナが再拡大

150119(Jerusalem, Israel)

 

コロナが5類になり、電車でもマスクをしてない人が増えて、もうパンデミックは収束したかに思えましたが、撮影現場でも、再びコロナ感染で撮影が中止になったりという影響を受け始め、あぁ、まだコロナは終わっていなかったんだなぁとあらためて思います。

学校の文化祭で感染が拡大し、休校になった学校もあるというニュース。文化祭は盛り上がるかならなぁ。閉鎖空間のお化け屋敷やダンスパフォーマンスの応援は要注意かもしれません。

そういえば、8年ほど前にブラッド・ピット主演の映画『ワールド・ウォーZ』がありました。これもパンデミックをテーマにした映画でした。この時は遠い世界の話として見ていたように思います。

ただ、率直に感想を言わせてもらえば、映画を見終わったときの、このもやもや感はなんだろう?と思いました。

大量のゾンビを殺していくシーン、とくに、エルサレムの高くそびえる壁を乗り越えてくる何千、何万というゾンビたちに人々(感染していない人々)が襲われるシーンは圧巻ではあったのですが・ ・ ・。

映像的には迫力あるシーンに握手を送りたいとは思うのですが、一歩引いて内容を考えると、ゾンビは「敵」なのか?という疑問が浮かび上がって、物語りにのめりこめなくなってしまいました。

たぶん俺の「ゾンビ」に対するイメージというか、偏見でしょうが、ゾンビ自体に、ある種の「ばかばかしさ」を感じてしまうのは、アメリカの土葬と日本の火葬という文化の違いもあるのかもしれません。幽霊やお化けと違って、「死体」が動き回ることにリアリティを感じないのです。

彼らは「病人(感染者)」じゃないかなと思うと、「ゾンビ」とレッテルを貼られた人間が有無を言わずに殺されるというのが違和感だったのです。まず「病人(感染者)」を助けるのが筋じゃないのかと。

いや、そこが俺の勘違いなのだと後でわかりました。映画で描かれていたのはすでに死んだ「ゾンビ」なんです。噛まれたらすぐに感染して死んでしまい、その結果としてすぐにゾンビになるということらしいのです。だから「病人(感染者)」という状態の人間は存在しません。

ゾンビは動き回わりはしますが、あくまでも「死体」なので、問答無用に殺しても(死んだ人間を「殺す」という表現は変ですが)罪悪感は生まれないということになります。

「ゾンビ」にあまりにもフォーカスを当て過ぎるとこの映画の良さを見誤るかもしれないし、だから「ゾンビ映画」と呼ぶのは間違っているのかもしれません。

謎のウィルスが突然世界に蔓延し、パニックに陥る「パンデミック・パニック映画」と捉えれば、ブラピが出演したことも腑に落ちるというか、ブラピ自身はこの映画にほれ込んでいたようだし。

ブラピ演じる主人公は、元国連捜査官で、韓国やイスラエルでウイルスの正体を調査します。でも、正体はわからずじまいで、人間とゾンビの戦いが続いていくようなのです。

とりあえず有効なのが、ある「病気」になると、ウイルスの宿主として役に立たなくなって、ゾンビから襲われなくなるという応急処置が発見されたのでした。

つまり、この映画の続編が作られるということを暗示していたのでしょう。でも、8年経って、その間コロナの本当のパンデミックが起こり、続編はいまだにできていないし、できたとしても、内容は変わってくるんだろうなと思います。

 

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2023/09/06

悪夢について

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犬と暮らしている人なら見たことあると思いますが、寝ているとき、手足をばたつかせたり、短い吠え声を何度も出したりしているところ。夢でも見ているんだろうなと思っています。

実際、眼球運動もしているようで、これは人間でいうところのレム睡眠で、夢を見ている状態です。だから犬も夢を見ているんでしょう。ただそれを証明することはできません。

仮に夢を見るとすると、イヌの心にも無意識の領域はあるんだろうなと想像します。おやつを食べたり、野原を駆け回っているように想像される犬の寝姿から、夢は願望充足でもあると思われます。

そこで、「悪夢」について常々思っていることです。

自分で夢日記をつけていて思うのですが、そもそも「悪夢」というのは何なのかはっきりした定義はないし、仮に「怖い夢」「うなされる夢」が「悪夢」としても、それは意識側から見た話で、無意識にとっては、その人にその夢が必要だから見ているのだろうということなのです。

たとえ、殺されるような夢を見ているとしても、実際に死ぬわけではなく、無意識内での「死」は、何か意識側で、今の自分を否定し(殺し)、新しく変わらなければならない、あるいは、新しく変わりたいという願望かもしれないのです。疑似的な死がなければ再生できないわけで、だから、意識側の人間が、勝手に「悪夢」と判断して、夢にうなされている人や犬を起こすのは、けっしていいことではないような気がします。そのままにしておく。妻にも俺が夢でうなされていても起こさないようにと頼んでいます。

うなされているとき起こされると「悪夢を見た」ことが記憶されてしまいますが、そのままスルーされれば、結局本人も、悪夢を見たことを覚えていないので、見なかったと同じです(意識上では)。

でも、そのままにしておくのは、意外と難しいものです。辛そうにしている人や犬を見ているのは忍びないということでしょうが、それは、そうしない自分に対する後ろめたさであるかもしれません。

 

 

 

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