【犬狼物語 其の七百三十三】「狼の眉毛」と「遠野物語拾遺」
狼や犬には不思議な力があると信じられていました。
狼の民話にはいくつか有名なものがありますが、この「狼の眉毛」も狼の能力を示す民話のひとつです。
ここでは稲田浩二・稲田和子編著『日本民話百選』から広島県雙三郡に伝わる「狼の眉毛」を要約します。
あるところにひどい貧乏人の男がいて、いっそ狼に食われて死のうと思い、山へ行き「狼ども、食うてくだされ」と叫ぶと、何匹か集まってきて、そのうちの一匹が男に言った。「なんぼう『食え、食え』言うたって、ここにはお前を食う狼はおらん。お前は真人間じゃ、狼にはそれがよくわかるのじゃ。お前に狼の眉毛をやろう。これがあればひもじい目に会うことはない」と言い、眉毛を引き抜いてくれて山奥へ帰っていった。男がある村で田植えをやっているところを、眉毛をかざしてみたら、たくさんの早乙女は、猫やら鶏やら山犬やらの動物だった。真人間はめったにおるもんではないなぁとあきれていると、田の持ち主が来て「わしにも狼の眉毛を貸してくれ」と頼んだが、「狼が『どんなことがあっても人の手に渡しちゃあいけん』と言うたので、いやじゃ」と断ると、主人は立派な自分の家に連れていった。「わしはもう隠居したい。お前はほんとうの人間だと知ったから、この家の跡を継いでもらう気になった」と言う。それからというものは、狼の言ったとおり、ひもじい思いをしたことはなかったと。
これは霊力を持った狼が真実を見抜き人を守ってくれるという話ですが、次に、『遠野物語拾遺』の71話、盗賊を見抜くお犬さま(狼・三峰様)の話が出てきます。
栃内の和野の佐々木芳太郎という家で、誰かに綿カセを盗まれたことがあったそうで、その犯人捜しのために衣川(岩手県奥州市の衣川三峰神社)から三峰様を借りてきて、暗い奥の座敷に祀り、村人がひとりひとり拝みに行くのだが、ある女は手足が震え、血を吐いて倒れた。そして女は盗んだものを村人の前に差し出したという。
真実を見通す三峰様の話です。現代なら「なにをばかな」ということになるかもしれませんが、当時は三峰様のご神徳を信じていたので、犯人は、恐ろしくなり、自ら盗みを認めたということなのでしょう。(余談ですが、あるいは、三峰様のご宣託ということで、女が犯人に仕立てあげられ、村のいさかいをこれ以上大きくしないために、女は犠牲になったのかもしれませんが)
お犬さま(狼)のご神徳に、火災除け、盗難除けがあります。異常事態(火災や盗賊)をすばやく察知して人に知らせるところは、犬を番犬としてきたことからもよくわかります。犬の優れた能力のひとつと言えます。
実際火事を知らせた忠犬の話が複数あります。草津市の眞教寺には"白"が、寺の火事を知らせ大事に至らなかったという忠犬の伝説があるし、太田市の普門寺の"もん"も火事を知らせた犬でした。
狼や犬に不思議な力があると信じていたのは、たんなる想像ではなくて、ある意味、狼や犬に備わった実際の知覚能力の高さに由来するものでもあったでしょう。人間は自分たちにはないその犬の知覚の鋭さを必要としたのです。頼ったのです。(犬を飼ったからホモサピエンスが生き残ったという説があるくらいです)
犬がそうなんだから神に近い狼はもっと鋭いだろうし、「真実を見抜く」というご神徳にまで高められたのは無理な発想ではなかったと思います。
最近のコメント