« 群馬県沼田市 気になる石仏群 | トップページ | 下田の陰祭り 下田太鼓の音が夜の街に響き渡る »

2024/05/29

【犬狼物語 其の七百六十一】お犬さま(狼)像のあばら骨の表現について

P071_mg_0379

Goioeeca0aaixq2

あばら骨が浮き出た表現を施された狼像は関東地方に多いことが分かりました。

ではどうして関東地方で、他の地方には少ないのか。

Xで投稿したポストに対して、いろんな人から教えてもらったことを集約して考えてみることにします。

まず、本物の狼のあばら骨についてですが、3日坊主@enerdri_200yenさんによれば、「チュウゴクオオカミは夏になると肋が浮き出て見えるそうです。これは別に痩せているわけではないとのことで、東アジア系統のニホンオオカミも同じような特徴があったのではと思います。」

伏見 ゆき𓃥6/2までワイルドライフアート展@FushimiAkaさんいよると「秩父で犬を使った大物猟をしている猟師さんに昔、「猟犬はあばらが少し浮くようでないと鹿や猪を追い続けられない」「それに仕事を熱心にしない」というお話を伺いました。」との情報も。猟犬の話ではあるんですが、あばらについての考え方は参考になります。

実際あばら骨が浮き出て見えるわけですね。すると、東日本の狼像にあばら骨の表現が多いということは、より写実的だとも言えそうです。

ちなみに、手元にある『狼と人間ヨーロッパ文化の深層』をざっと見ましたが、痩せたヨーロッパの狼でも特段あばらが浮き上がった絵は見当たりません。あばらの表現はしてありません。(これから他の本もあたってみますが。あばらの表現されている絵が見つかるでしょうか)

では、さらに、なぜそれが関東地方に多いのか、ということですが、西日本と比べれば東日本の方が狼は多かったのだと思われます。

狼が身近にいれば、実際に見た人の数も増えるだろうし、実像にかなり近い情報が絵師や石工にもたらされた可能性は高いでしょう。そしてそのあばらを施した狼像(絵や石像)は「すごい」となって真似した人も出たのかもしれません。(石像の前にお札の絵があったかもしれませんが)それが西日本には伝わらなかったということかもしれません。

ちなみに中国地方で狼像が多く置いてあるのは木野山系ですが、少なくとも木野山信仰は明治時代のコレラ騒動以降勧請されたものが多く、時代的には関東地方の後ということになります。

ぎんふくのはは@gin_hukuさんは「 日本画の伝統技法でアバラを描くことがイコール「これは狼ですよ」という目印ではなかったかと。」

 杜すいとん 行きたいところばっかし@wolfmuzzle1さんは「狼は一部地方以外ではかなり稀な存在になっていたので、数少ない目撃例から「狼とはこういうものだ」となっていた可能性。」

1743年、日本を旅行したツーンベリは「狼は、今やもっと北に行かないといない」との証言もあります。だから一般の人が狼を目にする機会は多くなかった。目撃談は話に尾ひれがついて誇張されたものになっていく。そこには人間の深層心理が作用しています。イメージを集団で作り上げ、共有する、というわけです。

だから、あばらが見える、ということがやっぱり狼のイメージと合致するところがあり、絵でも石像でも「あばらが見える=狼である」というお約束事になっていた可能性はあるかもしれません。 神職や氏子や石工が、お犬さま(狼)に対しての意識が高く、より狼らしさを出すために(他の狐などと区別するために)あばらの表現を用いることもあったでしょう。(西日本の狼像はまるで狐に見える像も多い)

🈂ジマ@Dzolobsさんは「アバラが見える=寒さや飢えに耐えながらも懸命に悪路をゆく僧や修験者を彷彿とさせて趣があったからかも?という想像をしてみます」

俺もそう思います。先のあばらが浮いた猟犬が良いという例もありましたが、いつも腹を空かせている方が狼らしいという勝手なイメージはあります。その時点でリアルな狼とは別物になっていますが。イメージの表現物と、実際の動物としてのニホンオオカミは分けて考えなくてはならないでしょう。 

畑と着物のたけのり@9_breezeさんは「表現と現実と、分けてそれぞれ探求し追求していく姿勢が大切だと思います 」

その通りだと思います。

その違いを違いとして踏まえた上で、お犬さま(狼)像は人々のイメージが作り上げたもの、だからかえって、神秘・野生などをストレートに表現しているとも言えるのではないでしょうか。人々はお犬さまをどう見ているか、お犬さまに何を求めているか、わかるわけです。

 

 

 

|

« 群馬県沼田市 気になる石仏群 | トップページ | 下田の陰祭り 下田太鼓の音が夜の街に響き渡る »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 群馬県沼田市 気になる石仏群 | トップページ | 下田の陰祭り 下田太鼓の音が夜の街に響き渡る »