« 2025年9月 | トップページ | 2025年11月 »

2025/10/31

「抜けびしゃく」というイメージ

287a8703_20251021070601

287a8690

287a8694

 

産泰神社は多くの参拝客が訪れますが、ここは特に、子授け祈願、安産祈願のために境内には、胎内くぐりの岩や、安産の犬の張り子像もあって、子安信仰の神社です。

その中に「安産抜けびしゃく」というものがあります。

「産泰神社では、江戸時代より底の抜けた柄杓を奉納する信仰がありました。底の抜けた柄杓で水をくむとそのまま抜けてしまうように、楽にお産ができるよう願ったものです。願いを込めて3回水をくんでください。」

とあります。安産祈願に底抜けひしゃくを奉納する風習はここだけではなく全国に広く見られるものだそうで、たしかに他でも見た記憶があります。

「抜けびしゃく」のイメージと出産時のイメージを重ねるところはすごいですね。ちょっと生々しい感じもします。

イメージの類似性をもって祈願する方法は、農耕儀礼のひとつとしての予祝行事も似ているかもしれません。「こうなってほしい(たとえば豊作)」という結果を期待して、前もって模擬的に結果を演じるものです。

イメージの力の強さはこんなところにも表れています。

 

 

| | コメント (0)

2025/10/30

鶴亀像

 287a7504 287a7500  

287a7508

287a7497

太平山神社には、福神社前の鶴亀像がありました。由来はわかりません。

拝殿前には御神石があります。これは石を撫でることにより災厄を祓い、霊験を得るというもの。

また境内には、蛇神社も鎮座します。

 

 

 

| | コメント (0)

2025/10/29

しゃこちゃんサブレ

Img20251028155704 _mg_9866_20251028160201

 

青森土産でもらった「しゃこちゃんサブレ」。

亀ヶ岡石器時代遺跡から出土した遮光器土偶の愛称「しゃこちゃん」を題材にしたサブレだそうです。上下がよくわからなかったのですが、たぶん、これが正解。

2018年、地元の木造高等学校の生徒たちのアイデアと市内の老舗菓子舗の協力で生まれた「しゃこちゃんサブレ」は郷土のお土産として好評を得ているそうです。

参考までに、写真の遮光器土偶は、以前国立博物館で展示されていた土偶です。

おっぱいがあって、お尻が大きく誇張されているのは、山の神=豊穣の神に通じるものです。

大護八郎著『山の神の像と祭り』によれば、山の獣や鳥を狩り、山草や木の実などの自然物に頼り、山から流れ来る水が生活に欠かせないものだった石器時代から、自然、山に対する感謝が生まれ、それは信仰になった。山の神に対する信仰は、山自体をご神体に感じていたという。

「人類の信仰の発達史からいえば、山の神こそその原初のもの」と大護氏は言う。

そして、山の獣の王者であった狼が山の神を守る神使になったというのも、自然な成り行きだったのかもしれません。

また山の神は豊穣の神、お産の神でもありました。狼や犬の多産・安産のイメージとも相まって、山の神と狼との親和性が生まれたとの指摘もあります。山の神を守っている狼像を見ることもあります。だから、山の神の祠や山の神神社があると、もしかしたら狼像があるのでは?と思って参拝しています。

堀田吉雄著『山の神信仰の研究』によれば、縄文時代の土偶も山の神像のルーツとの説もあるようです。

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2025/10/20

映画『最初に父が殺されたFirst They Killed My Father』

1_20251020090101

2017年の映画『最初に父が殺された』を観ました。

 『最初に父が殺された』(First They Killed My Father)は、アンジェリーナ・ジョリー監督による、カンボジアのクメールルージュ支配下で行われた強制労働や虐殺から生き延びた5歳の少女の目を通して描いた壮絶なストーリーです。

原作があるんですね。クメール・ルージュ時代を生き抜いたルオン・ウンの回想録『最初に父が殺された 飢餓と虐殺の恐怖を越えて(英語版)』を基にしており、ジョリーとウンが脚本を執筆したそうです。テルライド映画祭やトロント国際映画祭で上映された後、2017年9月15日よりネットフリックスで配信されています。

主人公の少女の目を通して見るクメール・ルージュ時代ですが、少女のセリフはあまりありません。その代わり少女の表情のアップが多用されています。

そして印象的なのは、周囲の自然の美しさや静けさのシーンがちりばめられていることです。それが生活実態とはあまりにも対照的です。おそらく少女の心の真実、そして記憶にあったのはこの美しい自然だったのでしょう。

5歳という年齢では、政治的なこともわからず、どうしてお父さんが殺されたのか、銃を持たされて行軍しなければならないかもわからず、大人がいう通りにしていただけです。そうしなければ、生きていけないことを本能として感じていたんだろうと思います。

それにしても、だんだんクメール・ルージュの兵士になり、銃を構えてほほ笑む子どもたち、美しい花をめでながら、目の前の人間を殺す、このギャップには悲しみと恐ろしさを感じます。こういう現実は今でもアジアやアフリカで起こっていることです。

クメール・ルージュ時代は悲惨だったね、生き延びて良かったね、というだけの映画ではなく、もっと人間の本質的な怖さみたいなものを感じさせる映画であったと思います。

 

 
 
 

| | コメント (0)

2025/10/17

「狼煙」の名前そのものが狼信仰

01_20251015152901

 

「のろし」とは古くから使われている、藁や芝などを燃やして煙を出し、遠方に合図を送る通信方法です。 

漢字では「狼煙」と書きます。狼の煙というのは、古代中国で、煙がまっすぐ高く立ち上る性質があるとされる狼の糞を燃料に混ぜていたからというものです。

唐の段成式撰の『酉陽雑俎』に「狼糞煙直上,烽火用之」(狼の糞の煙を直上させ、烽火に用いた)とあります。万里の長城には一定の距離ごとに狼煙台の跡が残っており、狼煙を上げて騎馬民族の襲来を知らせたそうです。(wiki)

参考までに「万里の長城から立ち上る狼煙」のAIで生成した画像を掲載しておきます。

狼は肉食なので糞には油分が多く含まれているため、狼の糞は黒く濃い煙がまっすぐ立ち上りやすいという説があります。

万里の長城付近には当時狼がたくさん棲んでいたのでしょう。それはわかります。でも、大量に狼の糞を集められるものなのか。そして狼の糞だけではありませんが、油分の多いものを燃やすと本当に煙がまっすぐに立ち上がるなどという性質があるのか。どうも疑問なのです。

そこで興味深い実験を見つけました。

日本でも狼の糞を入手するのは困難で、三重大学忍者(狼煙)研究会の古代山城研究会の報告によると、実際に狼煙に使われたのは杉、檜、松の葉のついた生木だったそうです。

三重大学の「発煙筒による狼煙の予備実験」(https://www.rscn.mie-u.ac.jp/iga/igakyoten/semina77/150612norosi2.html)によると、

「風向・風速が大きなカギをにぎっているようです。この煙は科学的に合成した、かなり濃度が高い物です。しかし、1500年代の狼煙は大がかりとはいえこれほどの濃度は無いとおもわれます。5-10Km遠方での確認はなかなか難しかったことが推察されます。」

このように意外と狼煙を作るのは難しいらしい。漫画ではありますが、煙がまっすぐ立ち上るところを俺は今まで一度も見たことがありません。よほど無風状態とかの気象条件が合わないと使えない通信手段であるなら、一刻を争う戦時下での価値はあったのだろうか、という疑問も。

それでも、煙が一直線に立ち上らなくても、遠くに煙が見えれば通信手段としては成功です。狼の糞を使わなくても。

古代中国では狼の糞を混ぜて燃やしたのは事実としてあったのかもしれませんが、それがメインであったかはわかりません。

ただ、狼由来にすることは、狼煙だけではなく、例えば、牙や骨をお守りにしたり、毛皮をかぶったり血を飲んだりして、狼の強さを身に着けたりしていたようなので、名前に「狼」を入れることはこれらの一連の狼信仰の流れからしても不思議ではないのではと思います。

また『神なるオオカミ』は前に読んで感動しましたがすっかり忘れていました。狼煙のことが出ていたんですね。

狼の糞を混ぜても煙がまっすぐ立つなどとは思えなく、むしろ、遊牧民には狼祖神話があるので、漢民族からすれば狼の民族の襲来を告げる狼煙に「狼」の字をつけたことに信ぴょう性を感じます。

ただし『神なるオオカミ』はあくまでも"小説"であって作者の創作である可能性もあります。

どちらにしても「狼煙」の名前そのものが狼信仰の産物なのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2025/10/16

マダガスカルでクーデター

Img_6783 Img_6753

穏やかな印象のマダガスカルでクーデター。

インド洋のマダガスカルで14日、軍が実権を掌握したと発表しました。

 若者の不満が、大統領を追い出し政権を掌握した軍を支持しているようです。

 
 
 
 

 

| | コメント (0)

2025/10/14

猫瓦煎餅

287a5277_20251014080501 287a9014_20251014080501

 

普光寺の毘沙門堂の屋根にはかつて猫面鬼瓦が載せられていましたが、今は毘沙門堂や池の周りに置かれています。

この猫面鬼瓦の意匠を瓦煎餅にしたもので、門前の土産物屋で販売しています。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2025/10/11

【犬狼物語 其の八百九】「狼のお札地図」アップデート

G3c4teyasaaktce

 

「狼のお札地図」アップデートしました。

前回(去年)より、10社ほど増えています。

狼のお札は埼玉県が突出して多いことがわかります。

地図にすると、日本全体を俯瞰するのに有効です。

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2025/10/06

2025年「中秋の名月」

Img_7807

 

「中秋の名月」です。

秋を初秋(旧暦七月)、中秋(旧暦八月)、晩秋(旧暦九月)の3つに分けますが、「中秋の名月」は、「秋の真ん中」=「旧暦八月十五日夜」の月のことです。「満月」とは限りません。

旧暦では、「中秋の名月」は八月十五日で日付は固定されていますが新暦では、毎年、日付が変わります。

今年2025年の「中秋の名月」は新暦10月6日。

今晩、天気予報では雲が多くなりそうで月は見えないかもしれないので、写真は去年の「中秋の名月」を掲載します。 

 

予報通り、今晩は月が見えないようです。

それもまた良かったかもしれないですね。月と狂気の言い回しは世界各国にありますが、たしかに「田毎の月」撮影中の真夜中の月は怖いくらいでした。

月は「映す星」だからではないかと思っているんですが。

「深淵を覗くと・・・」ですよ。 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2025/10/05

NHK『ばけばけ』と丑の刻参り

287a3664

 

昨日NHK『ばけばけ』ダイジェスト版ちょっとだけ見たら、丑の刻参りのシーンが出てきました。

ある神社は猫神様を祀っていますが、ここの丑の刻参りの由来には猫が関わっています。祟る猫の力にあやかるということでしょうか。この猫神社は『猫神さまをめぐる旅』でも掲載予定です。

 
 
 

 

 

 

| | コメント (0)

2025/10/04

再び、ねこ塚とねずみ塚

Img_1367

287a5667

287a5671

Img_1322

 

 

前回は雨模様だったので、もう一度撮り直しました。

漁業の神様となった、ねこ塚とねずみ塚。

ちょうど漁へ出る船が港から出て行きました。

 

 
 
 
 

 

| | コメント (0)

2025/10/02

あらためて今『茶色の朝』

170902

 

フランク・パブロフ著『茶色の朝』という、約20数年前、フランスでベストセラーになった物語があります。西ヨーロッパ全体に広がっていた極右運動への危機意識から書かれた物語でした。

「茶色以外のペットは処分するように」という法律を皮切りに、少しづつ周りが茶色に変わっていくのですが、主人公は、半分は疑いながらも、「茶色に守られた安心、それも悪くない」と思い、まぁいいかとやり過ごしていると、突然、自分がその茶色にとらえられそうになって、初めて危機を理解するというもの。

「茶色」とは、フランス人にとっては、ナチスをイメージさせる色だそうです。

心理学には、「チェンジ・ブラインドネス(変化盲)」というのがあります。たまにテレビの「脳トレ」などでも行われるテスト、いわゆる「アハ体験」で、静止画の一部がだんだん色や形が変わっていくものですが、意外とそれに気が付くのは難しいというテストです。

ゆっくりした変化は気が付きにくい。でも、気が付いたときには取り返しがつかない状態になっているという怖さもあります。『茶色い朝』もその怖さの物語です。

ナチスがなぜ支持されたのか?

ナチズムは大量虐殺で「極悪」のイメージですが、当初ナチズムは、人間の理想形を求める思想でもありました。タバコやアルコールの害について啓蒙し、健康増進運動を展開、菜食主義や自然に親しむこと、子供を母乳で育てることの勧めなど、これだけ聞けば、なんて理想的な社会を目指しているんだろうと思ってしまいます。

だったら、これは良いことなのではないかと思うようになります。徐々に、徐々に。でも、それとセットになっているのが理想形から外れたものの排除でした。

行きつく先は、自分が抹殺されるということです。なぜなら、みんな、誰ひとりとして「理想形」ではないからです。

いや、そもそも人間の「理想形」などというものはありません。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2025/10/01

霊亀の墓

287a3786 

 

 隠岐の島の塩の交易をしていた塩屋源助が、大しけに遭い船が難破しました。

そのとき大きな亀が現れて、源助を背に乗せて陸地まで運んでくれましたが、亀は力尽き息絶えました。

源助はこの亀に感謝し、元文2年、冥福を祈って碑を建てて供養したものと言われています。

 

 

 
 
 

| | コメント (0)

« 2025年9月 | トップページ | 2025年11月 »