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2025/12/31

猫の"八郎"供養碑

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猫の"八郎"供養碑。

村役人が飼っていた猫の供養碑だそうで、明治二十四年 の銘があります。


 
 

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2025/12/24

2026年干支 馬・午のトンパ文字

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トンパ文字は中国雲南省のナシ族に伝わる象形文字です。

これは来年の干支、馬・午のトンパ文字です。

 

 

 

 

 

 

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2025/12/23

「子宝きつね」

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「子宝きつね」という名前の狐像です。

お腹を甘噛みされたお母さん狐の表情がなんとも良いですね。

「あっ」

犬も狼も、そして狐も、イヌ科動物は「安産」や「子宝」に関わっています。

 

 

 

 

 

 

 

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2025/12/22

ペットの茅の輪

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ペットの茅の輪です。

犬の障害物競争、アジリティー得意なワンちゃんはすんなりくぐれそう。

その奥に見えるのがペット神社で、平成21年に建立。ペットの健康長寿や病気治癒などを祈願する神社だそうです。
 
 
 

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2025/12/19

『日本の猫神様をめぐる旅(仮タイトル)』

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最後に来て、猫のお札を追加したり、本文を削ったり、足したりしてばたばたしましたが、ようやく『日本の猫神様をめぐる旅』の編集作業が始まりました。

 
 
 

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2025/12/18

【犬狼物語 其の八百十五】春埜山大光寺と鬼岩寺黒犬神社のお犬さま(山犬)

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春埜山大光寺と鬼岩寺黒犬神社のお札のお犬さま像は、両方ともブチ柄で、全国的にも珍しく、ふたつは関係があるんだろうなと漠然と思ってきました。

そして今回、明和7発行の『絵本写宝袋』を見ていたら、写真のような狼の画像が載っていて、あっこれは!と気がついたのです。

 顔こそ反対向きですが、顔つき、耳の形、体つき、ブチ柄の模様などが似ていて、おそらくこの絵が元になっているのではと思われます。

そして春埜山と鬼岩寺のお札を比べると、鬼岩寺の方が、より耳の形や体つきが原画より遠いので、春埜山のお札が先に出て、それを元にしたのが鬼岩寺ではないかなと。これは証拠はないし、昔のお札がどうだったかもわからず、あくまでも現在授与されているお札のデザインからの推測です。松場正敏氏『お犬様の御札』には明治期と思われる春埜山のお札も載っていますが、デザインは現在のものとほとんど変わりません。

ちなみに鬼岩寺にはふたつの伝説があって、そのひとつはこういうものです。

「土佐守は東海道一と恐れられているクロと、自分の土佐犬をぜひ勝負させたいと、参勤交代を楽しみにしていました。噛み合いになる直前に、遠州の春野からたくさんの犬たちが、クロを、助けようと、鬼岩寺に集まって吠えたてたので、土佐守の土佐犬は、しょんぼりしてしまって、闘いにならなかったということです。」

「クロ」を助けに春埜山から多くの山犬たちがはせ参じたという。春埜山→鬼岩寺というお札のデザインの流れと同じです。

これは単なる偶然なのか、どうなのか。

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 次にお犬さま像についてですが、春埜山大光寺のお犬さま像を見ると、お札の影響ではないかと思われる形をしています。

ブチ柄はありませんが、耳の形や顔つき、長めの首とお札の感じと似ている気がします。これもあくまでも印象ですが。

 

 

 

 

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2025/12/12

二十二夜塔

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月待塔のひとつ、二十二夜塔。「天保三」の文字が見えます。

二十三夜塔はいりんなところで時々見ますが、二十二夜塔は、埼玉・群馬県にあって、ほとんどが女人講だそうです。

旧暦二十二日夜(夜中)の月を拝みながら安産を祈願したと言われています。

 

 

 

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2025/12/11

御眷属は猿

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古くは、安産祈願の人々が御眷属の猿の石像を一体借りていき、無事出産するとお礼として二体にして返すという風習があったそうです。

 

 

 

 

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2025/12/08

招き猫のルーツのひとつ「今戸神社」

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招き猫のルーツには諸説あって、はっきりとはわかりませんが、そのひとつに今戸神社があります。

日本最古の招き猫の図像は、歌川広重の「浄るり町繁花の図」にある招き猫だという。絵の中では「〇〆」の暖簾の店で売られているので、今戸焼の丸〆猫であるらしい。

そして招き猫像のルーツかもしれないのが全国の土人形の原型となった京都の伏見人形だそうだ。この中で伏見稲荷大社の祭神、稲荷大神の神使、狐の人形が早くから作られているが、今戸で作られるようになった招き猫との類似性が指摘されています。
 
 
 
 

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2025/12/05

【犬狼物語 其の八百十四】矢嶋正幸氏の講座「オオカミの護符の作成者について」

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飯能市立博物館の企画展「レアなおふだ」の関連講座として、矢嶋正幸氏「オオカミの護符の作成者について~おふだ研究の最前線~」がありました。

作成者に焦点を当てたというのは珍しいかなと思います。どのような人たちがお札作成に関わっていたのか、そういう視点でお札を見たことはなかったので新鮮でした。

そして、狼像との関連で気がついたのは、お札に描かれた狼の姿と、拝殿前に奉納されている狼像の姿には、対応関係が無く、別々に影響を受けて形作られてきたんだなぁと。

たまたまその神社で授与しているお札の狼の姿と狼像が似ているということはあるかもしれませんが、ほとんど関係ないようなのです。

例えば、岩根神社の掛軸用大札の「見返り姿」「垂れ耳」「あばら」の狼の姿と両神神社・龍頭神社のお札の狼の姿とは似ていますが、これの元になったのは、享保5年の『絵本写宝袋』9巻に「そてつとからいぬ」という絵があって「見返り姿」「垂れ耳」「あばら」がそっくりです。だからこの掛軸用大札に関しては、間違いないようです。ただ現在授与している巌根神社のお札(小札)の狼は、これとは違っています。むしろ拝殿前の狼像と似ています。

そして『絵本写宝袋』を調べたところ、この「そてつとからいぬ」の絵の他に、狼の絵もあったにもかかわらず、「そてつとからいぬ」の方を選んだのはなぜだったのか? 製作者に聞いてみないとその謎についてはわかりません。

お札はお札、石像は石像でのそれぞれの元ネタや、人間関係・影響があったということのようです。もちろんそこには時代の違いもあるということなのでしょう。

矢嶋氏もおっしゃっていましたが、お札研究はまだ始まったばかりで、わからないことがたくさんあります。だから表題のサブタイトルにも、「おふだ研究の最前線」とあるんですね。

俺は狼像から狼信仰に興味を持ちましたが、狼像の形も、お札の狼の姿も、どういう関係があって、どういう影響でこういう形になって来たか?というところにも興味が出てきているので、狼のお札についてもこれからルーツを探っていきたいなと思わせる講座でした。

これは人間の「イメージ」の問題でもあるので、心理学的な興味もわいてきました。

 

 

 

 

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2025/12/04

秩父夜祭

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十数年ぶりの秩父夜祭。

 

 

 

 

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2025/12/03

清瀬市日枝神社水天宮内の御嶽神社

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 手水舎を真ん中にして右に日枝神社の社殿、左に水天宮の社殿が並んでいます。現在、両社とも工事中で見えません。

ここには寛文四(1664)と宝永七年(1710)の三猿の石灯籠が残っています。清瀬市の有形文化財に指定されているものです。

御嶽神社は、水天宮の左側、築山の頂上に鎮座します。

 

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2025/12/01

【犬狼物語 其の八百十三】鴻巣市氷川神社の狼像

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鴻巣市の氷川神社は何度か参拝していますが、荒川河川敷の方から境内に入ってのは初めてです。

このあたりは日本一川幅が広い場所で「川幅日本一の標」が立っていますが、神社は川の東側に鎮座します。

また神社の伝説では「延暦年間、坂上田村麻呂が東征の途次、農作物を荒らす大蛇を退治して、頭を当社(氷川神社)に、胴体を地内の常勝寺に、尾は吉見町の岩殿観音に埋めた」とあります。

この胴体を埋めた 常勝寺は神社の南隣にあって、「軍馬慰霊碑」が立っています。

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