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2026/01/30

丸石信仰について

_87a3371(多摩川浅間神社 子産石(子宝石))

_87a0779 (神鳥前川神社 子産石)

287a4509_20210517083901(越谷香取神社 安産の石)

287a8049_20210517084101(綾瀬稲荷神社の富士塚)

287a8028_20210517084101(綾瀬稲荷神社の富士塚)

287a0621(七社神社 子宝 子の石)

287a4382 (お食い初め 歯固めの石)

287a8562 (お食い初め 歯固めの石)

287a4513(越谷香取神社 歯固めの石)

287a0619(七社神社 歯固めの石)

 

_87a4657(さいたま市久伊豆神社 健育塚の歯固めの石)

287a3601(群馬県渋川八幡宮の「子授け子宝石」)

 

Xで丸石について話題になっていたのですが、俺にとっては、丸石と聞くと、子安信仰の丸石を思い浮かべます。山梨県の丸石道祖伸とは関係あるのかどうか。

以前書いた子安信仰の丸石について、再アップします。

ここ何年か、お宮参りとかお食い初めの写真撮影を依頼されることも多くなり、そこで、この産育に関しての「犬」と「石」の信仰というものに興味が出てきました。

「犬」に関してはすでに何度も書いているし、本にも「子安犬」として掲載しているので、今回は「石」についてです。

新谷尚紀著『生と死の民俗史』(昭和61年 木耳社)、「境界の石」「産育の石をめぐる民俗心意とその儀礼的表現のメカニズムには、

「同じく小石を身近におきながら妊娠、出産、育児の各段階でそれぞれ民俗としての意味づけが異なっているという点である。出産以前においては、子授けや安産、出産前後には産神、離乳のころには歯がため、というふうにである。」

とあります。

多摩川浅間神社境内には主祭神の木花咲耶姫が炎の中で出産したという故事にちなんで、子産石や夫婦銀杏などもあります。

子産石とは自然石で、長い年月をかけて海の波で削られて丸くなり、本体の大岩から分離してできたものだそうです。まるで子どもが産まれるように。だから「子産石」の名前が。撫でると子どもに恵まれるという言い伝えもあります。別名「子宝石」です。

『生と死の民俗史』にも、著者の新谷氏が、神奈川県横須賀市久留和海岸へ子産石を探しに行ったことが書いてあります。今も「子産石」というバス停があるのですが、google mapで見ると、丸い石が置いてあるようです。

磯部の岩が波で削られて丸い石が分離してくるらしい。

岩に傷がつく。傷が大きくなり溝になる。溝の間に水が入って岩が割れる。割れた石が波の力で回転を始める。そして角が取れて丸くなる、ということらしい。でもかなりの時間がかかっています。

新谷氏も海岸で1個見つけています。地元の漁師に見せたら、これが子産石だといわれたそうです。今でも探すことができるのでしょうか。

今まで見た中では、他に丸い石は、神鳥前川神社の「子産石」や、越谷香取神社の「安産の石」があります。綾瀬稲荷神社に富士塚があって、そこにまん丸の石が載っていますが、これもそうなのではないかなと思います(確かめていませんが)。

川でも水流によって丸い石が分離してくるという話は、確か「ブラタモリ」でもやっていたように記憶しています。そしてツイッター上には、山梨県に丸石が「道祖神」として祀られているという例もあるようです。この道祖伸の石は、河原に落ちていたものだそうです。これはぜひ見に行ってみたいものです。

どれも、まん丸で、見た目だけでも「普通じゃない、特別の石、珍しい石」と思うのですが、大きな岩から「生み出された」という生成の経緯を聞くと、なおさら丸い石が子授け祈願と結びつくのが分かるような気がします。(七社神社の「子の石」は、まん丸ではないので、ちょっとタイプが違います)

出産のときは、石を手元に置くことがあるそうですが、そのときは、石は産神、お守りになるらしい。石のパワーをもらって、出産を無事に済まそうということ。

その後、赤ちゃんが生まれて100日後にはお食い初めの儀式です。ここで使われる石は、『生と死の民俗史』によれば、河原や海辺や雨に打たれたような石が良いのだそうです。「水」が関係する場所の石です。

栃木県のある神社で撮影した時は、お宮参りした時、神社の境内から石を拾って、それをお食い初めのときに使うと言っていた親御さんもいました。本殿により近いところに落ちている石が良いと言っていました。

だいたいは、お宮参りをしたあとお食い初めする親御さんが多く、歯固めの石は、すでに儀式を行う店で用意してあるので、どこから持ってきた石かはわかりません。だいたいは、まん丸ではないけれど角のない石が多いです。

歯固めの石については、歯が丈夫になるようにとか、骨が堅く丈夫になるようにとか、堅い(堅実な?)性格に育つようにとかいわれているようです。歯、骨、性格、いずれにしても、石の堅さをもって祈願するものです。

歯固めの石は、使用後は、神社に返すというところもあります。

このように、産育の民俗において、石はその場面場面で、いろんな役割を果たしています。

ところで、2026年1月31日、日本石仏協会主催で、中沢新一さんの講演「丸石神の謎」がありました。なんとタイムリーな。

 丸石神信仰は山梨県に多いのですが、道祖伸として祀られている丸石はだいたい畑から出土したものだそうです。それを捨てるようなことはせず、村境などに道祖伸として祀っているのが山梨県であるらしいのですが、山梨県の縄文遺跡から「炉」「石棒」「丸石」がセットで発掘されているそうで、丸石はこの縄文時代のものではないかという。

 では、「炉」「石棒」「丸石」は何を表しているかというと、「炉」は生命の原点、太陽であり、石棒は男根、丸石は子どもということになるようです。

つまり、中沢さんの説によれば、丸石が 子どもを表すということで、子安信仰の場に祀られるのはそういうことなのかと納得したのです。大きな岩から丸石は「生み出される」ということ自体、子安信仰にはふさわしいとは思っていましたが、こんな理由もあったのですね。

 

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2026/01/27

猫碑のそばに立つ蛇碑

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猫碑を探しているとそこに蛇碑も立っていることが多く、なぜだろう、偶然なのかなと思っていたのですが、養蚕関連(猫も蛇も鼠を捕ってくれるから養蚕の守り神)か祟り封じのものらしいことがわかってきました。

これらの写真はいずれもが「猫碑」といっしょに立っていた「蛇碑」です。

こんなニュースがありました。

 

 蛇についてもっと知りたくなりました。

 

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2026/01/20

今日から二十四節気「大寒」

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「大寒」です。


関東地方は晴れていますが寒く、今週は寒波が襲来するそうで、いよいよ「大寒」を実感する季節になりました。


写真は長野市大岡中牧の棚田で、遠くには北アルプスの山々が一望に見渡せる絶景のポイントでもあり、開放感にあふれています。


 


 


 

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2026/01/17

明治43年「送り狼」の舞台

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昨日書いた明治43年の「送り狼」の舞台は、「日光から足尾に抜けて、鹿沼に下りる途中の山中」とあるので、現在の県道58号線沿いではなかったかと思います。

深山巴の宿、古峰ヶ原峠、古峯神社、大葦神社と続きます。

それにしても、こんな山道を真っ暗な中一人で歩くこと自体驚きです。

とはいえ俺も、中国で何度か、夜真っ暗な中歩いた(自転車に乗った)ことはあります。

雲南省大理の郊外で乗った自転車。月もなく、当然昔は街灯もない、自転車のライトもないので、本当に真っ暗な道です。ただ、星が輝いていたので、道の両側のポプラ(ユーカリ?)の木のシルエットが星の光を遮るので、並木がわかるようになるんですね。だから路肩から突っ込むこともなく、道の中央を走ることができたわけです。

幹線道路はこれで良かったのですが、むしろ怖いのは集落近くです。犬が襲ってくるからです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2026/01/16

明治43年の送り狼

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ニホンオオカミは、明治38年(1905年)1月23日、奈良県東吉野村の鷲家口で、東亜動物学探検隊員の米人マルコム・アンダーソンに売られた雄の標本を最後に絶滅したといわれています。

ところがです。目撃談はなくならず、たとえば昭和9年発行の雑誌の「送り狼」の話もそのひとつです。明治43年の夏の出来事でした。

この人が昔の思い出話を書いたものですが、明治43年という「絶滅」から5年後の目撃談です。

要約するとこのような内容です。

暗い山の中(足尾から鹿沼の間)で2匹の犬が後になり先になりついてきた。それはかねがね聞いていた狼(山犬)とそっくりだった。今まで怖いものには会ってなかったがこの時ばかりは違った。

怖くなって大木に登っが、二匹は木の周りを回って立ち去ろうとしない。でも呑気なものでそのまま眠ってしまった。

あくる朝、大木の下を通りかかった人から起こされ、事情を話したら、「それは送り狼で害はくわえませんよ」と教えられたというのです。

もちろん、この人が目撃したのは狼であった証拠はなく、単なる犬かもしれないし、正式な記録ではないのですが、すぐに「送り狼」という言葉が出てくるくらいまだ狼が身近だった時代の話という感じがします。狼が「絶滅した」などということも当時はわからなかったわけだし。

明治38年(1905年)1月23日の狼が最後の1匹なのかはわからず、各地にまだ残っていた狼と遭遇する話は記録に残ってないだけで、たくさんあったのだろうと思います。

 
 
 

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2026/01/15

日本石仏協会主催2026年石仏写真展「いしのたましひ」

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俺が出品しているのはこの2点です。

巌根神社のお犬さまと、鹿倉白山神社のお犬さま。

会場には石仏や狛犬の写真がずらりと展示されていますが、一番興味をひかれたものは、大陸とのつながりを思わせる動物像です。

モンゴルの狼祖神話が直接日本に入ってきた痕跡はなさそうですが、朝鮮半島や雲南にはいわゆる日本でいうところの初め狛犬のような動物像があります。

次の狼像の本では、大陸から入ってきたそれらの動物像と、特に山の神の眷属としての狼像とのつながりについて狛犬の研究者でもある石仏協会会長にインタビューさせてもらいたいと思います。

 

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2026/01/14

猫児卵

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日東本草図纂に載っていた謎の妖虫「猫児卵」。

なんだろうこれは。

普段は土の中にいるが、出て来てもあっという間に地中に潜るらしい。

 

 

 

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2026/01/10

稲荷社

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伊豆半島のある神社境内に祀られていた稲荷社です。

思わず手を合わせたくなります。

 

 

 

 

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2026/01/09

海岸の神さま

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海岸の岩に鎮座する小さな神社。

何の神さまを祀ってあるかは確かめていませんが(わかりませんでしたが)、この圧倒的存在感の岩はただものじゃないと。

 

 

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2026/01/08

津波避難ビルと千本港神社

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沼津漁港の近くの港口公園には津波避難ビル(大型展望水門)があって、運河をまたいで橋のようになっています。

公園に隣接して千本港神社が鎮座します。昔は天神社として沼津市内にあった神社のようです。

 

 

 

 

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2026/01/05

2026年の干支にちなんで「馬像」

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今年の干支、午に因んで「馬像」をアップしました。

過去にもっと馬像を撮っていると思うのですが、今覚えているのはこのくらいです。

上から、

気仙沼市 早馬神社 「撫で馬」

靖国神社 「軍馬慰霊碑」

一関市 「大夫黒 顕彰碑」

徳島市 金刀比羅神社 「神馬」

鴻巣市 常勝寺 「軍馬慰霊碑」

 

 
 
 
 

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2026/01/03

タイ人が「発見」した富士山の世界的ビューポイント

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新倉山浅間公園へ行ってきました。 

新倉山浅間公園は、山梨県富士吉田市の新倉山中腹にあり、眼下に富士吉田市の街並みが広がりその奥に雄大な富士山を望むことができます。

ここには太平洋戦争戦没者をなぐさめるために建てられた「忠霊塔」(五重塔)があり、とくに桜の時期には、「富士山」「五重塔」「桜」という日本の象徴的風景のコラボが見えるところとして、世界的に有名になりました。

この世界的ビューポイントを「発見」したのは、確かタイ人ではなかったかと記憶しています。タイ人のSNSから広がった人気は留まるところを知らず、今では多くの観光客、とくに外国人観光客が訪れます。

俺たちが行った日も多くの観光客が来ていて、展望デッキは押し合いへし合いの大混雑。午後2時ころ行ったのですが、太陽がちょうど正面にあり、もろに逆光で、写真を撮るにはあまり良い時間帯ではありませんでした。

それでも太陽光線が富士山の雪に反射していて感動を覚えました。

ここには新倉富士浅間神社があり、歴史を感じるすばらしい場所だし、富士山の眺望もよい所ではあるんですが、日本人にとってはある意味「見慣れた風景」だったのかもしれません。

そこへ外国人が来て、初めてこの風景を見たときの衝撃は俺も想像できます。逆の立場で、俺が外国へ行ったとき、ある場所を写真に撮っていると、「ここの何がいいんだ?」と聞かれたこともあり。地元の人間には普通の風景でも、外の人間にとっては特別な風景であるという経験は俺にもあるからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2026/01/01

2026年元旦

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兎年ではありませんが、初めてうちで飼っている兎のノアとピコを紹介します。

今年もよろしくお願いいたします。

春には『日本の猫神様をめぐる旅』が出版される予定ですが、今年も去年に引き続き、動物供養碑や動物像を取材しようと思っています。

猫像はほぼ終わったので、次に中心になるのは何になるのか。いつものことですが、実際にやっているうちにテーマが固まってくるかなと思います。自分の意志というのではなく自然な流れに任せることで、自分が一番今欲しているテーマが見えてくると思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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