明治43年の送り狼
ニホンオオカミは、明治38年(1905年)1月23日、奈良県東吉野村の鷲家口で、東亜動物学探検隊員の米人マルコム・アンダーソンに売られた雄の標本を最後に絶滅したといわれています。
ところがです。目撃談はなくならず、たとえば昭和9年発行の雑誌の「送り狼」の話もそのひとつです。明治43年の夏の出来事でした。
この人が昔の思い出話を書いたものですが、明治43年という「絶滅」から5年後の目撃談です。
要約するとこのような内容です。
暗い山の中(足尾から鹿沼の間)で2匹の犬が後になり先になりついてきた。それはかねがね聞いていた狼(山犬)とそっくりだった。今まで怖いものには会ってなかったがこの時ばかりは違った。
怖くなって大木に登っが、二匹は木の周りを回って立ち去ろうとしない。でも呑気なものでそのまま眠ってしまった。
あくる朝、大木の下を通りかかった人から起こされ、事情を話したら、「それは送り狼で害はくわえませんよ」と教えられたというのです。
もちろん、この人が目撃したのは狼であった証拠はなく、単なる犬かもしれないし、正式な記録ではないのですが、すぐに「送り狼」という言葉が出てくるくらいまだ狼が身近だった時代の話という感じがします。狼が「絶滅した」などということも当時はわからなかったわけだし。
明治38年(1905年)1月23日の狼が最後の1匹なのかはわからず、各地にまだ残っていた狼と遭遇する話は記録に残ってないだけで、たくさんあったのだろうと思います。
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