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2026/02/26

扁額

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年季の入った扁額です。

稲荷神社ですが、こちらも東京都内の稲荷神社に多い、崖の「狐穴」を祀ったものかもしれません。

 
 
 

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2026/02/23

鑁阿寺

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鑁阿寺は鎌倉時代に足利義兼によって建立された真言宗大日派の本山。地元では古くから「大日様」と呼ばれているそうです。

鑁阿寺境内はちょうど梅の季節で、校倉の宝庫、たくさんの庚申塔、二十三夜塔など見どころがあります。

 

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2026/02/22

今日は「猫の日」

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今日は2月22日、「猫の日」です。

写真は陸前高田市立博物館所蔵の猫神様。

これは絶対撮影させてもらいたいと思った猫像の一体。口からのぞくノコギリのような歯がかわいい。

『全国の猫神様をめぐる』のHPができました。

 

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こちらは青弓社です。

https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787221094/

こちらはAmazonです。

 https://www.amazon.co.jp/dp/4787221094

 

 

 

 

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2026/02/19

王子神社(猫神様)

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王子神社の拝殿に入ると、おびただしい数の猫像が奉納されていましたが、正面左には招き猫像、右に犬張り子像があり、猫の縁起物と犬の縁起物が同居しているという珍しい拝殿でした。

王子神社のHPより

「約五百年前に「王子神社」と正式に呼ばれ、別称「猫神さん」という呼び名は、俗に伝えられている「阿波の猫騒動」よりきております。
約三百年前、無実の罪で捕えられた庄屋の娘・お松さんが処刑される前に、愛猫お玉に報復するように言い含めお玉の霊が罪をかぶせた人々に次々と祟ったので、長谷川奉公家は、この地にお松とお玉の霊を祀りました」

猫の名前や祟る相手は違っていますが、これは阿南市のお松大権現と元々は同じ伝説「阿波の猫騒動」から派生しています。

昔の人は「化ける」ことに対して恐れもあったかもしれませんが、いっぽうでは、その強い霊力を認めていたのではないでしょうか。むしろ人は、化け猫の霊力を頼みに、自分の思いを晴らすことができるという心理的効果に期待したのかもしれません。 

 
 
 

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2026/02/18

旧暦と祭り

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数年前、ある神社で夜の神事に参列する機会がありました。その日は11月15日でした。ただしこれは新暦の日付で、昔は旧暦の霜月11月15日に斎行されていた神事でした。

つまり祭りは満月の夜だったのです。真夜中ならちょうど中天に月が煌々と輝いていたことになります。それを想像するとぞくぞくっとしました。

昔の祭や神事は月の満ち欠けと関係していました。だから昔の人はいまよりも月の満ち欠けに敏感だったことが想像できます。

柳田国男は『年中行事覚書』の中でこう言っています。

「暦が字で書き印刷した本になり、どこの家庭でも見られるようになったのは至って新しいことで、もとはその暦本の数も少なく、こしらえる処が遠くに在って持って来る方法も なく、それに第一読める人が少なかった。そのためにたいていの農村では昔の仕来りのままに、月の形を見ていろいろの祭や行事の日をきめたのであった。年や月というものの境も、この満月の日だったろうかと私は思うが、その点は確かにそうだとまでは言えない。ただ少なくとも多くのお社の祭が、今でも十五日の後先になっているのは、文字を知らない人々には月の形が、一ばんわかりやすい暦だったからである」

祭りと旧暦にはこのような関係がありました。

満月の明かりは、現在のように街灯が多いと分かりませんが、意外と明るいものです(中国雲南省で体験済み)。その明かりの下で斎行される神事、神の来臨を迎えるには最高の舞台装置になったかもしれません。

 

 

 

 

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2026/02/17

新年快乐! 身体健康! 恭喜发财!

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今日2026年2月17日は旧暦一月一日(旧正月・春節)。今年もよろしくお願いいたします。

旧正月を、沖縄では「ソーグヮチ」、中国では「チュンジエ(春節)」、ベトナムでは「テト(節)」、韓国では「「ソルラル」です。

例年なら春節の中国人観光客でごった返す日本ですが、高市発言で、現在中国人観光客は減っています。実際、1週間ほど前、浅草雷門へ行ったときも、中国語よりタイ語の方が多く聞こえてきたような印象でした。

ところで、今年の「旧暦棚田ごよみ」の睦月の写真は、高知県土佐町・高須の棚田です。

四国の内陸部、高須の棚田は四国の水瓶・さめうら湖の南に位置します。約600枚の棚田が広がり、まだらになった光が棚田を流れていきました。

この棚田の近く(といっても車で40分と20分くらい)に狼信仰の神社があって、狼像が守っていました。これは次の『オオカミは大神(参)』で掲載することになると思います。九州よりは多いですが、四国の狼像も少ない中での貴重な狼像になります。

 

 

 

 

 

 

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2026/02/15

旧暦棚田ごよみ 2026

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いよいよ明後日2026年月17日が旧暦の元日です。

 

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ご注文はNPO棚田ネットワークで。

私たちは時計や暦を発明して「時間」を普通に感じて使っていますが、考えてみれば、たとえば1日が24時間、1年が365日というのは、偶然で特殊な例だと気がつきます。
昔、あるTV番組を見ていたら、赤色矮星を周るその惑星は、赤色矮星に近すぎるので、いつも惑星は引力の影響を受けて自転をしないそうです。赤色矮星は空のどこかにあってずっと動きません。
自転しない惑星の話ですが、そのような惑星に人類のような生物が生まれていたとしても、彼らは時間を意識できないかもしれません。できないというより、違った時間の単位を持つでしょう。当然ですが、24時間や365日にはなりません。
時間が違うとコミュニケーションは難しいという話です。SFの話だけではありません。私がイランのカスピ海沿岸地方の棚田を撮影に行ったときのことです。
何か祭りがあると聞いたので、それがいつなのか尋ねたのですが、いっこうにわからず諦めた経験があります。
イランへ行ったのも15年程前だし、テヘランなどの都会は別でしょうが、当時、田舎に行ったとき、「西暦(グレゴリオ暦)」がまったく通じず、すべて「イラン暦」で答えられたからでした。イラン暦は、春分から一年が始まる暦で「ヒジュラ太陽暦」ともいわれます。春分の日はノールーズ(ペルシア語で「新しい日」という意味)として盛大に祝われます。
暦が違っただけでこれだけ話が通じないんだなと愕然としました。西暦に慣れてしまっていると、他の暦には即座に対応できません。頭がこんがらがってしまうのです。「なんで西暦がわかんないの?」と逆切れしました。イラン暦でさえこうなんだから、ましてや、広い宇宙で自転のない惑星に住んでいる生物ならどんなことになってしまうのか。
 
暦はコミュニケーションを取るための必要なものであることを言いたいのですが、また、使っている暦によって、その人たちのライフスタイルは決まってくるということです。私たちは自分のライススタイルは自由自在に、自分で作っていると思っていますが、暦によって制約を受けていることも事実です。
毎年提案していることですが、西暦を否定するわけではなく、プラス、旧暦も気に留めておけば、世界は2倍に広がるということではないでしょうか。新暦に慣れているので、旧暦ごよみは初め使いづらいかもしれませんが、普段は気にも留めないことに意識を向けさせてくれるのも旧暦なのです。
こよみは、単なる日付が並んだ表ではありません。昔の権力者は、勝手にこよみを作ることを禁止していたくらいです。こよみが変わると、生活が変わる、そうすると考え方まで変わってきます。

  

 

 

 

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2026/02/11

猫神社と喘息

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猫神社・猫塚は喘息に効くという霊験が語られます。特に高知県にある複数の猫神社ではそう聞きました。

これは実際に猫アレルギーがあるので、このような「猫」と「喘息」が結びついたものらしい。

猫アレルギーの原因は猫アレルゲン(猫の毛などに含まれるタンパク質)で、喘息を持つ人は喘息発作を誘発・悪化させやすいという。昔は原因が分からなかったので喘息を「猫の祟り」と考える人もいて、「祟りませんように」と猫神様にお願いするということであったようです。
 
先日の猫又の話と同様、訳のわからない病気の原因として、猫又のような妖怪としてイメージしたり、神に祀り上げてそれを起こさないように祈願したり、現代社会からすると、なんて非科学的なと思うかもしれませんが、当時の最先端の知識内での解釈としてはかなり理屈に合っているのかなと思います。
 

 

 

 

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2026/02/09

金華猫と猫又

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『全国の猫神様をめぐる』には猫札の画像を含めた200点の写真を送りました。

写真を組み込んだ再校だ出るのは今月末らしい。

その1枚、これは「金花猫大明神」の石碑。

天保六年、会津の殿様は参勤交代の際にこの街道を通ったとき、行列の前を一匹の猫が横切り「無礼な猫め!」と一刀両断にされてしまった。江戸に到着した大名行列だったが、急に殿様が原因不明の高熱を発して危篤状態におちいった。江戸中の名医に診てもらったが原因もわからず、病状も一向に良くならない。困り果て祈祷師にみてもらったら「猫の祟り」だという。それで思い当たったのは、独鈷沢で切り捨てた猫で、当地に「金花大明神」の供養碑を建てた。

中国浙江省「金華猫」と呼ばれる妖怪は、日本の猫又の認識にも影響を与えているそうです。だから猫又のことを「金華猫」と表わすこともあるという。

水木しげるも「金華の猫」を紹介し、境港の水木しげるロードには、猫又の像も立っています。 

最古の「ねこまた」の記載は1233年頃の『明月記』(藤原定家の日記)に、猫股と呼ばれる獣が一晩に7〜8人襲い死者も出た。犬のような大きさで目は猫のようだったとあります。

猫又は、何かの感染症を猫又という妖怪の姿として捉えられていた可能性もあるという。 それはあるかもしれません。

というのも、コレラなど疫病が流行ったとき、それをアメリカ狐など魔物のしわざとされたことがありました。そのアメリカ狐、異獣を退治してくれるのは、日本最強の動物、狐の天敵の狼(山犬)しかいないという理屈から狼信仰が流行ったのでした。

 つまり、病原菌やウイルスなど、病気の原因は現代人なら知っていますが、昔はわからなかったので、狐や魔物、そして猫又というものにその原因を求めたということなんでしょう。目に見えないものを、狐、魔物、猫又という目に見えるものに置き換えることで、イメージしやすくなった面はあるのではないでしょうか。

 でも、狐は狼で退治できましたが、猫又はどうでしょうか。対峙できる猫又の敵とはなんだったのでしょうか。

 

 

 

 

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2026/02/05

国立公文書館で企画展「馬とまつりごと-神事と武芸からみる馬の日本史-」開催中

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Img_6703『日本書紀』

Img_6708『古事記』

Img_6720『馬誌』「黒毛馬の図」

Img_6725『驪黄物色図説』

Img_6734『肥前州産物図考』

 

国立公文書館では、1月17日(土)から2月21日(土)まで、企画展「馬とまつりごと-神事と武芸からみる馬の日本史-」を開催中です。馬に関する資料約40点を展示。

馬に関してはほぼ何も知らないので、興味深い展示がたくさんありました。

馬は4世紀末から5世紀初めにかけて大陸からやってきました。

解説ボードには、
「『日本書紀』によると、応神天皇15年8月、百済王が阿直岐(あちき)という人物を日本に派遣し、良馬2匹を応神天皇に献上しました。この記述は、大陸から日本に馬が伝わったことを記した最初の記録だと考えられています。阿直岐は馬の飼養の責任者に任ぜられ、馬を飼育していた地は厩坂(現在の奈良県橿原市付近)と名付けられました」とあります。写真の『日本書紀』は漢文体の書をかな交じりの文体で筆写したもの。 

『古事記』に初めて「馬」の文字(写真中央)が登場する場面。須佐之男命が班馬の皮を剝ぎ高天原から追放されたという。

それと次の絵は、『馬誌』「黒毛馬の図」です。黒毛馬を奉げて雨を願ったという(『続日本紀』) 。

『驪黄物色図説』の赤毛馬の絵。解説ボードには、「『続日本紀』によると、宝亀元年(770)八月朔日の日食に際して、伊勢神宮に幣帛と馬2匹が献上されました。伊勢神宮の祭神である天照大神は太陽神としての性格を持ち、赤は五行説で「火」を司ります。古来、日食は、国に災いが起こる不吉の前兆と考えられていました。そこで、凶事から国を守るための儀礼的処置として、太陽神に火の気を持つ赤毛の神馬が奉げられました」とあります。

 『肥前州産物図考』の絵は、肥前国唐津藩の馬渡島に設けられた牧の様子。

 

 

 

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2026/02/04

猫寺・自性院

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猫寺として知られる自性院。ここもまた招き猫発祥地説の一か所。

参道入り口に立っている招き猫像。初代は河村目呂二作の猫があったそうですが、戦争時、忠犬ハチ公像と同じように、金属供出で失われたそうです。

地蔵堂の中には猫好きな大工さんが自分で作って寄進したという地蔵菩薩立像があり、光背は6匹の猫がレリーフになっています。

節分の日は、1年に1度の猫地蔵の石仏2体が御開帳される日です。(秘仏なのでここには掲載しません)

そのうちの1体は、太田道灌を自性院まで導いて難を逃れたという黒猫の供養のためのもので、撫でまわされたせいか、ほとんど猫の顔もわからなくなっています。

もう1体は、江戸時代のもので、猫面地蔵と呼ばれるもので、猫の顔がはっきりわかります。

節分の豆まきの前に行われたお練りには、七福神と鬼、歳男歳女、黒猫、太田道灌など総勢約40人が参加して寺の周辺を行列を作って周りました。

それとここには猫塚がありますが、昔三味線で使われた猫を供養しているとのことでした。

 

 

 

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2026/02/03

「福は内、鬼は外」

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「福は内、鬼は外」

今日は節分で、東京都のある寺院の節分祭へ行く予定です。1年に1度の猫地蔵様の御開帳の日でもあります。

節分の豆まきについて小松和彦著『日本の呪い』には、

「この「ケガレ」(カオス)を浄化する儀礼には、ふたつのタイプがある。これは「ケガレ」の発現を未然に防ごうとする儀礼である。予防注射のようなものだ。これは、まだ「ケガレ」の状態になっていない、つまり「ケ」の状態にある者が、身体や家や集団のなかにたまりつつある「ケガレ」のもとを、「ケガレ」になるまえに祓い落とし、外部へ追放しようとするものだ」

節分の豆まきは「ケガレ」のもとを外へ出してしまえば、内は安泰だ、という発想ですね。内・外は心理的な区別と実際の物理的区別にもなっています。

今日、多くのところで、「ケガレ」のもとが外に追い出されます。日本中、異常な数の「ケガレ」のもとが漂っていることでしょう。ならば、今夜、外を歩くのは危険極まりない、ということになります。「ケガレ」のもとを自分が吸い取ってしまうかもしれないからです。

 

 

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2026/02/02

猫墓・猫塚の置かれた場所

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猫塚・猫墓に限らず、動物塚が「そこ」にある意味は大きいと思われます。どうして昔は「辻」に猫を葬り猫塚を置いたのでしょうか。

一説には猫は執念深いので怨念が出ないように往来の人々に踏み固めてもらうため辻に埋めたという。または、たくさんの人に拝んでもらうために辻に葬ったという話もあります。(『猫の民俗学』)

また、昔は動物の死体など捨てていた特定の場所があり、それはだいたい村境でもあったようです。

もちろん、いろんな事情により、すでに場所が移動された像も多いとは思います。

たとえば、上の「白猫ノ墓」は愛猫の墓なので元々ここにあったのかもしれませんが、下の「猫塚」は、今は人間の共同墓地の一角に並べてありますが、明らかにどこからか持ってきてここに置いたようで、元々はどこかの「辻」に置かれていたのではないでしょうか。

猫塚・猫墓を作った人々の強い思い、人々はなぜその猫塚・猫墓を「そこ」に建てたのか、環境を含めての猫塚・猫墓ではないかとも思います。

だから、猫塚・猫碑・猫墓(猫像は移動可だから別か?)は建てた場所で見ないとダメなんじゃないか、環境から切り離して見ては片手落ちではないか、という気がします。

だから俺が言うのもなんですが、書籍の写真や博物館の展示だけで満足するのはもったいない。

 

 

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