カテゴリー「環境・自然」の167件の記事

2024/05/26

【犬狼物語 其の七百六十】ニホンオオカミの剥製

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先日ニュースになった新しく発見されたニホンオオカミの剥製と、前から科学博物館に展示されていた剥製、新旧の剥製を比べてみました。

個人的な印象は、今回発見された剥製の方が、より狼らしいかなと思いました。ストップ(額段)の滑らかさ(平さ)、尻尾の太さなどで。

と思ったら、なんと頭骨入ってないそうです。比べても意味がないですね。

 論文全部は読んでいなかったので、まさかDNA解析くらいしているんだろう(科博だし)と思い込んでいました。 

シーボルトが持って行ったライデンの標本も確か犬とのハイブリッドだったはず。それもDNA解析して初めて分かったことです。

 そしたら極端に言えば、西日本の2つの神社にある「狼さん」の剥製と変わらないですね。「お犬さま・狼さま」という信仰物としては問題ないでしょうが。

 

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2024/03/09

さいたま市大宮盆栽美術館

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 何度も行っているさいたま市大宮盆栽美術館ですが、~3月20日(水祝)まで、特別展「煎茶と盆栽~「盆栽」の夜明け」をやっています。

今日の盆栽文化が成立した過程には、幕末から明治時代にかけて大流行した文人たちの煎茶趣味が関係していたこと、初めて知りました。 

庭園のみ写真撮影可です。掲載写真、上から順に

推定樹齢120年の欅

推定樹齢120年の五葉松

推定樹齢350年の五葉松「青龍」

推定樹齢45年の欅

じっと見ていると、根元に人や動物のフィギュアを置きたくなってきます。箱庭療法です。

箱庭療法は、スイス人のドラ・カルフがユング心理学を基盤として発展させて確立した心理療法です。箱庭にミニチュアの人形や動物や建物や植物などを配置するもので、無意識に降りてゆき、心を癒すひとつの方法として取り入れられているものです。

日本の江戸時代にもありました。盆の上に石を置いて風景を作る「盆石遊び」と呼ばれるものです。「盆石遊び」は小学校の教科書に載っているくらい、1950年代までは一般的な遊びだったようです。

このように伝統的に箱庭で遊ぶ文化があったので、箱庭療法が受け入れやすかったそうです。ちなみにノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士も子供のころ盆石遊びをしていました。

 

 

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2024/02/23

今日2月23日は 富士山 Mt.Fuji の日

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2024/02/10

2024年2月10日は旧暦1月1日

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あけまして、おめでとうございます。

今日、2024年(令和6年)2月10日は、旧暦の元日です。

 

旧暦棚田ごよみについて

2年前、岡山県のある神社で夜の神事に参列する機会がありました。その日は11月15日でした。ただしこれは新暦の日付で、昔は旧暦の霜月11月15日に斎行されていた神事なので、満月の夜だったのです。真夜中ならちょうど中天に月が煌々と輝いていたことになります。それを想像するとぞくぞくっとしました。

昔の祭や神事は月の満ち欠けと関係していました。だから昔の人はいまよりも月の満ち欠けに敏感だったことが想像できます。

柳田国男は『年中行事覚書』の中でこう言っています。

「暦が字で書き印刷した本になり、どこの家庭でも見られるようになったのは至って新しいことで、もとはその暦本の数も少なく、こしらえる処が遠くに在って持って来る方法も なく、それに第一読める人が少なかった。そのためにたいていの農村では昔の仕来りのままに、月の形を見ていろいろの祭や行事の日をきめたのであった。年や月というものの境 も、この満月の日だったろうかと私は思うが、その点は確かにそうだとまでは言えない。ただ少なくとも多くのお社の祭が、今でも十五日の後先になっているのは、文字を知らない人々には月の形が、一ばんわかりやすい暦だったからである。」

毎日変化する月の満ち欠けそのものが暦だったのです。月の満ち欠けには規則性があるということに気がつくには、約29.5日という周期は、偶然とはいえ、ちょうどいい長さだったかもしれません。

ただ、月の満ち欠けだけでは、季節がずれていくので、太陽の動きも考慮したのが太陰太陽暦です。

日本では中国由来の太陰太陽暦を日本風に改良して使ってきましたが、明治6年から太陽暦(新暦/グレゴリオ暦)に変更され、それまで使っていた暦は「旧暦」と呼ばれることになりました。今年は改暦から151年目です。

世界標準となった太陽暦によって科学技術が発展し、豊かになったのも事実なので、否定するものではありませんが、旧暦と新暦の併用はできないものでしょうか。中国、台湾、ベトナム、韓国などの国々では旧暦を併用していますが混乱はありません。日本でも「中秋の名月」など、旧暦を意識せざるをえない日はあって、生活に潤いを与えています。

私たちもこの10年旧暦を使ってきて、確実に月を見上げる機会が増えたし、田んぼの稲の様子の移り変わり、周辺の草花、気温の変化などに敏感になったのは確かです。これは旧暦を意識しているからにほかなりません。

新暦に慣れているので、旧暦ごよみは初め使いづらいかもしれませんが、普段は気にも留めないことに意識を向けさせてくれるのも旧暦なのです。旧暦を使うことは懐古趣味というのではなく、むしろ新しいライフスタイルを提案するという意味もあります。

 

 

 

 

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2023/12/16

地獄谷野猿公苑

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長野県の北部、山ノ内町の横湯川の渓谷に位置しています。

今までアジアでも野猿のいる場所に行ったことがありますが、たとえば、ネパールのスワヤンブナートや、バリ島ウルワツ寺院などでは、猿が凶暴で、観光客を襲うということがありますが、ここはまったくそういうことはありません。

食べ物やレジ袋の持ち込みは禁止で、監視員もいるので、猿が人を襲う姿はありませんでした。

そして有名な入浴シーン。もっと寒くなると温泉に入る猿が増えるのかもしれませんが、行ったときは、おばあさん猿が1匹、ずっと温泉に入っていて、他に、数匹がちょっと入ってはすぐに出るといった状態でした。

その入浴シーンを大勢の観光客がカメラを構えて覗いているシーンも面白いといえば面白い。8割は外国人観光客だったようです。

 

 

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2023/08/19

今井恭子さんの『縄文の狼 』

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『縄文の狼 』を読みました。

今井さんは、本格歴史犬小説『こんぴら狗』の著者でもあります。「こんぴら狗」というのは、江戸時代、主人の代わりにこんぴら参りをしたという犬のことで、実在しました。今回も犬好き、狼好きの今井さんの思いが込められた作品になっています。

今、狼信仰のルーツをあれこれ妄想して楽しんでいる最中なので、この『縄文の狼』も時代的にぴったりで、興味を持って読みました。縄文時代の早期はこんな感じだったんだろうなと思いました。具体的な人物が喜怒哀楽を感じながら日常生活を送る姿はとてもリアルです。作者の想像の世界ですが、共感できる世界でした。資料や文献とは違う、作者の直感力と想像力のすばらしさです。

縄文早期が舞台ですが、移動しながら狩猟採取をする人たちと、海辺に定住している人たちが登場します。主人公のキセキは、移動しながら暮らす一族出身ですが、あるきっかけで定住者の村で暮らすことになります。

この状況もリアルだと思います。縄文人とひとくくりに言いますが、最近の古人骨のDNAの研究から、縄文人は各地域でかなりバリエーションのある集団だったようです。俺が知っている範囲でいうと、中国南部の少数民族が今でもそうであるように、山や谷を越えると違う民族の村があるといったような状態であったかもしれません。

キセキは定住村で、当時の先端技術をおぼえるんですね。それを他の集落や次の世代に受け継いでいくことになるのでしょう。こういうことが1万年以上も続いた時代が縄文時代です。ゆっくりと、少しづつ変わっていく。国家・国境などという縛りもなく、人間と動物たちが、それこそ自由に暮らしていた時代です。

作品ではまた、人や文化の移動について示唆的な描写があります。主人公キセキは、まず不可抗力で(自分の意志ではなく)海辺の村にたどり着くのですが、最後は自分の意志で移動します。たぶん、この「不可抗力の移動」と「意志を持った移動」というふたつは実際あったパターンなんだろうと想像できます。こうして人と文化が伝わっていったのでしょう。

また、縄文時代には、犬は人間の狩猟を手伝っていたらしい。実際縄文時代の遺跡からはきちんと埋葬された犬の骨も見つかっています。作品では、犬ではなく、狼犬ですが、犬と人間との関わりも、こんな感じだったんだろうなと思います。というか、犬と人間の関係性は昔も今もそれほど変わらないのではないでしょうか。

 

 

 

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2023/08/03

【犬狼物語 其の六百七十八】「イヌ」の始まり(2)

_mg_9987(国立科学博物館 ハイイロオオカミの眼。視線強調型)

_mg_2636(山梨県上野原市犬目宿 ヴィーノの眼。黒目強調型)

オオカミとイヌの違いは何かというと、いろいろありますが、たとえば目。オオカミは視線強調型であるのに対して、イヌは黒目強調型。

オオカミに比べて、全体的にイヌは丸っこく、体に対する頭の大きさも大きい。

オオカミは遠吠えはしますが、吠えることはなく、一方のイヌは吠えます。

オオカミは人間の意図を察することはありませんが、イヌは人間の意図を察して行動します。

オオカミは人間に懐くことはありませんが、イヌはもっと穏やかな性格で懐きます。

などなど、いろいろあります。昨日は、オオカミからイヌが分岐するとき、長年、何世代にもわたって、オオカミは人間の周辺で「野犬」のような状態で暮らしたのではないか、その中で、オオカミはもっと人間に近づく方法として、自分の姿を変えていったと思われると書きました。

どういうことかというと、「野犬」状態の環境の中で、イヌ的な突然変異がオオカミのある個体に現れたということなのでしょう。ただ、その変異は、1頭のオオカミにすべてのイヌ的変異が同時に現れたのではなく(1頭のオオカミが突然イヌになったわけではなく)、各変異が現れた個体はおのおのばらばらで、しかも、その変異が現れたのは「有利」だからはなく、ほぼ偶然、そういう変異が突然に現れたということにすぎなかったでしょう。

でも、その変異、たとえば黒目が増した個体、体に対する頭の大きさが大きい個体の方が幼く見えて、人間に脅威を与えず、人間が保護しようとして生き延びるチャンスが増したとは言えるでしょう。黒目になったり頭が大きくなったりという遺伝子頻度が高くなったと考えられます。

他の変異についてもそうです。「野犬」状態の環境下では、オオカミがイヌ的変異を持った個体の方が生き延びたと思われます。そうしてその変異は何世代ものうち固定され、変異は遺伝するようになりました。オオカミからイヌに変わるために、何世代、何年必要なのかはわかりませんが、だんだん「イヌ」に変わっていったということなのでしょう。ただし、オオカミとイヌの間の化石がほぼ見つかってないということなので、このイヌ化は意外と速く進んだ可能性もあります。

ここまでは、人間側からみたイヌの進化ですが、同様に、イヌからみた人間にも進化があったのでしょうか。

人間の中にも、オオカミを怖がらない個体が現れ、野犬状態のオオカミと友達になった個体、あるいは、狩に出たとき、オオカミを使えばもっと狩が楽になることを知った個体などあったかもしれません。たとえば外敵の接近を知らせてくれる野犬状態のオオカミをそばに置くことで、外敵に怯えるストレスは多少なりとも軽くなったなどはあったのではないでしょうか。

オオカミをそばに置いてもいいと思う個体は、そうでない個体よりも有利になったかもしれません。このように、人間側にも、形質的な進化というより、心理的な進化が起こったとしても不思議ではありません。

オオカミがイヌになることには、人間とオオカミの双方にメリットはあったと思われます。

 

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2023/08/01

【犬狼物語 其の六百七十七】「イヌ」の始まり(1)

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イヌはどのようにしてオオカミから生まれたのかが気になるところです。遅くても1万数千年前の出来事で、実際どうだったのかを証明することは不可能なので、想像するしかありません。毎日こんなことばかり考えている俺は、どこかおかしい、それは自覚しています。

それでいろいろと本を読んだりしていますが、定説は、もちろんありません。

ただ、野犬やアフリカのブッシュマンなどの狩猟採取民のイヌたちがヒントになるのではないか、という気がします。野犬(野良犬)は最近ではめったに見なくなりましたが、10年ほど前には、四国で何回か野犬を見たことがあります。

徳島県、高知県、香川県です。そのときはヴィーノも連れた「犬旅」だったので、とくに野犬には気がつくことが多かったようです。

香川県三豊市観音寺の公園には、同じような姿の薄茶色の2頭の野犬がいました。兄弟姉妹かもしれません。

1頭は4mほどまで近づきました。人間が嫌いなわけではなさそうです。でも、それ以上接近することはありませんでした。こちらが近づいていくと逃げていきます。もう1頭は、人の姿を見ただけで逃げていきました。兄弟でも人間に対する態度はかなり違うようでした。どちらも飼い犬にはない、緊張感が漂っていました。野生の匂いですね。

もちろん近づいてくるのは、人間が食べ物を与えるからでしょう。でも、飼い犬のように、すぐ近づいてくることがないというのは野犬らしいところです。

「付かず離れず」 この微妙な距離が、人間と野犬たちの関係を象徴しているようです。この距離が長くなればなるほど、「飼い犬」から「野犬」に近くなるということでしょう。「野犬度」と、この距離は比例しているといってもいいかもしれません。

この「野犬」の感じこそ、「イヌ」が「オオカミ」から分岐したころの姿に近いのではないでしょうか。ここからは、俺の想像するシナリオの一つです。

人が狩猟採取していた時代、人の近くに近づいたオオカミがいた。人が現れると、逃げて、見えなくなると、また人の捨てた残飯などをあさっていた。人も最初は追いはらっていた。それでも狼にとっては、確実にえさにありつける人のところは魅力で、追いはらわれながらも、隙あらば、近づいていた。人が狩をしたときは、残った骨などにかぶりついた。双方が警戒しながらも、半分存在を認め合う間柄だ。そんな「野犬」状態のオオカミが何世代も続いた。

偶然に人間に近づいたオオカミの個体がそのままイヌとして飼われるようになった、あるいは、オオカミの子どもを拾ってきて飼い始めてイヌになったということはあまり考えられないので、何世代もの「野犬」状態が続いたのではないかと思います。それは100年単位、1000年単位かもしれません。DNAとして固定されるまでには長時間が必要です。

「野犬」状態のオオカミの中には、ずっと人間のそばに居つくようになった個体もいたかもしれません。また、人間がこれは狩に使えると思った個体もあったかもしれません。とにかく、長い間、こんな「着かず離れず」状態が続いたのではないでしょうか。

やがて、オオカミはもっと人間に近づく方法として、自分の姿を変えていったと思われます。目を黒目に変えて、幼く見えるように変わりました。そして吠えることをおぼえました。幼く見せることは人間の警戒心を解き、より近づきやすくなったし、吠えることで、危険を察知する番犬として、また、狩をするときの合図として、人間の役にたつことにもなった。双方にとってメリットがあった、というわけです。

だから考えてみれば当然なんですが、「オオカミからイヌになった瞬間」なんてものはないということなんでしょうね。 

 

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2023/05/09

NHKのBSプレミアム「ワイルドライフ 厳冬のモンゴル 雪原を駆ける蒼きオオカミ」

1_20230509070901(ワイルドライフHPより)

_mg_7327 (夏のモンゴルに雹が降る)

_mg_7309(夏のモンゴルに雹が降る)

 

「ワイルドライフ 厳冬のモンゴル 雪原を駆ける蒼きオオカミ」HP

https://www.nhk.jp/p/wildlife/ts/XQ57MQ59KW/episode/te/V2NGY8Y2W4/ 

昨日の夜、「厳冬のモンゴル 雪原を駆ける蒼きオオカミ」を、後半の40分だけですが、観ることができました。

気温マイナス30度にもなる厳冬のモンゴルが舞台です。

俺は夏のモンゴル(写真)しか知らないので、モンゴルオオカミそのものにも興味はありますが、風景・環境を知ることができてよかったです。

それにしても雪原の中を疾走するオオカミのなんと美しいこと。寒さに適応した結果なのか、じゃっかん丸みを帯びた姿でした。 

いくつかの群で生活していますが、中には、外から入ってきたはぐれオオカミを群に迎え入れて新しい家族になるというのも素晴らしいものでした。

それと狩のしかたです。モンゴル人は(というより人間は)、オオカミから狩を学んだという話があります。日本のような木々が多い山岳地帯では無理ですが、モンゴル草原のようなところであれば、オオカミたちがどのような狩をするのか、はっきりと見ることができるんだなぁとあらためてわかりました。

姜戎 著『神なるオオカミ』には、人間も家畜も草原も、オオカミに鍛えられている、といった意味の言葉が出てきたと記憶していますが、厳しいぎりぎりの環境で、人間はオオカミが怖い動物、というのと同時に、生きる先生でもあったこと。どうしてオオカミが草原の民にとってトーテムになり、神になったのか、少しだけですが、わかるような気がします。

それと、オオカミが人間によって飼いならされてイヌになった過程を想像しました。「イヌ」は人間の画期的な発明のひとつだったのではないでしょうか。

産業革命や、インターネット、AIの登場などと同じように、大きな人間の分岐点になったのかも。動物を初めて飼いならしたという以上に、「神」なるものを手元に置くことに成功したわけですから。

 

 

 

 

 

 

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2023/02/19

【犬狼物語 其の六百五十四】2022年開催の国立科学博物館企画展「発見!日本の生物多様性」のニホンオオカミ

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 2022年開催の国立科学博物館企画展「発見!日本の生物多様性」のニホンオオカミ剥製です。

常設展では、体の右側からは見ることができなかったので、これは貴重なアングルでした。今、どういう展示をしているかわかりませんが。

NHK「ダーウィンが来た!」でも、のの剥製が参考にされたんだろうなと思います。

 

 

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