カテゴリー「【犬狼物語】犬像と狼像(狼信仰)」の894件の記事

2024/04/20

【犬狼物語 其の七百四十三】『三品彰英論文集〈第3巻〉神話と文化史』

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『三品彰英論文集〈第3巻〉神話と文化史』の中に獣祖神話の話がありました。

獣祖には、狼、犬、猪などがあります。

狼祖神話をもつ民族は、烏孫・ 羌・突厥・高車・アルタイ・蒙古・ブリヤートなどのトルコ系や蒙古系で、いずれも遊牧生活を営む民族です。「蒼き狼」で有名なモンゴル族はその代表格。

結局、日本には狼祖神話が入ってきませんでしたが、それは意外にも満蒙と人的・文化的交流が盛んだった朝鮮半島にも入っていません。「入っていません」というより「根付きませんでした」という方が正確かもしれません。

この本によると、環境の違いで根付かなかったということらしい。満蒙の牧畜を主にした草原と、狩猟・農耕を主とした朝鮮半島の違いということになるんでしょうか。当然日本列島も朝鮮半島と同じ環境であって、狼祖神話はありません。

だから、日本の狼信仰を考える時、この遊牧民の狼信仰が直接影響したことはなく、間接的な影響はあるのかもしれませんが、よくわかりません。

でも、遊牧民の狼信仰は、狼信仰の始まりを想像するには参考になるのではと感じます。なぜ、恐ろしい狼が神になったのか、という点です。

日本では、農作物を荒らす鹿や猪を退治してくれるから農事の神さまとして信仰されたというのは、農業が始まってからのことであるし、何度も言うようですが、これは観念的なもののように思います。直接家畜の被害を目にした遊牧民とは違います。

そして時代が遡れば遡るほど、たとえば縄文時代の狼信仰などを考えたとき、この遊牧民の狼信仰は参考になるのではないかなと。

「原随園氏は、狼は「本来家畜殊に羊の強敵である。だから、牧者は自分等の家畜に危害を加えぬやうに狼を神として崇め、神慮を和げるに努めるのである。これが牧畜を主なる生業とする民族の間に屢屢見らるゝ狼神の原義である。かく狼として祭られた神が、家畜保護の神として威力をもつにいたつて、狼を殺して家畜を保護する神と仰がるゝのであり、はじめ狼として消極面において畏怖した神が、狼の害を防ぐ神として積極面において尊崇されるにいたるのである」と興味深く説明している。」

とあります。

農耕民が干ばつを恐れるのと同じくらい、遊牧民にとって一番怖いのが狼です。だから狼を神に祭り上げ、なんとか家畜を襲わないでくださいと祈念する、それが遊牧民の狼信仰の始まりであるようです。

 狼が捕らえた獲物の残りを人間がもらうことはおそらく縄文時代もあったと思います。狼は恵みを与えてくれると同時に怖い存在です。でも、狼が神になるのは、「恵み」より「恐怖」が勝っていたということではないでしょうか。

 なかなかそれを実感できない現代ですが、たとえば動物園で狼を見て「かわいい」とか「かっこいい」とか言えるのも、柵があるからで、この柵を取り払ったところを想像してみてください。はたして「かわいい」とか「かっこいい」とか言えるのか、俺だったら恐くてしかたなくなると思います。

そのときどうするか。「どうか襲わないで」と祈るしかないのでは。それが狼信仰の始まりともいえるかもしれません。

 実際に、中国四川省で、狼ではないですが、チベット犬3頭に囲まれたとき、天を仰いで「咬まないで!」と祈った経験があるので、こんなふうに思いました。(願いは通じず咬まれたのでしたが)

あの時の恐怖といったらなかったですね。今でも時々思い出してはヒヤッとします。幸い、チベット犬の飼い主家の娘さんが、石を紐につけて振り回しながら(ヘリコプターのように)やってきて追いはらってくれ、咬まれたのもこのときは靴の上からだったので大事に至りませんでした。 

犬に関しては怖いイメージから入っているのにもかかわらず、犬や狼に関心があるのは、むしろこの強烈な恐怖体験(1回や2回ではなく、数多く)から、犬・狼を自分の神に祭り上げ、恐怖が消えるようにセルフセラピーしている、という面もあるのかもしれません。

 

 

 

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2024/03/31

【犬狼物語 其の七百四十二】個人宅の宝登山神社

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ある個人の屋敷に祀られている宝登山神社の祠に置かれていたお犬さまのお札。

以前ここにも10戸ほどの宝登山講がありましたが、今は代参が途絶えています。みなさん務めているので決められた日に参拝するのが難しくなってきたからだそうです。

それで、これは戌年に代参した時の最後のお札になりました。 

 

 

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2024/03/30

【犬狼物語 其の七百四十一】三峯神社のあうんのお犬さま像

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三峯神社祠に掲げられた、あばら骨が強調されているあうんのお犬さま像プレートです。

秩父三峯神社の社紋として用いられている菖蒲菱もあります。

 

 

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2024/03/21

【犬狼物語 其の七百四十】イヌの起源とニホンオオカミとの関係

287a0314_20230213081401(奈良県大淀町所蔵のオオカミ頭骨)

「すべてのイヌはニホンオオカミの祖先から誕生? 遺伝情報で迫る起源」という記事が朝日新聞デジタルに掲載されました。

記事内にリンクがあり、科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表された論文はこちらを飜訳して読めます。

https://doi.org/10.1038/s41467-024-46124-y

イヌがどのように家畜化されたのか、今のところ想像するしかありませんが、ニホンオオカミの祖先から、しかも東アジアでイヌが誕生したというのはテンション上がります。

そういえば、イヌの起源についてこんな変わった説もありましたね。

子オオカミを人が育ててイヌにしたというのですが、子オオカミに乳をあげることができたのは人の女性しかいないというストーリーです。家畜化された動物で一番早いのがイヌなので、牧畜は始まってなく、牛や山羊の乳の利用もなかった時代です。古代ローマの建国神話、ロムルスとレムスは牝オオカミに育てられたとされますが、これは人がオオカミを育てる逆パターンですね。

確かにそれはあるかも。ただし、家畜化が子オオカミを育てたからだったら、です。

この論文を読んでそうだよなぁとあらためて思いました。

「イヌの家畜化の時間的起源、つまりイヌがいつ人間と関わり始めたかは、オオカミとイヌの個体群間の遺伝的分裂時間と同一視できないため、イヌの家畜化の起源については依然として議論が続いている」(google翻訳より)

とありました。当たり前ですが、DNA解析でわかるのは、オオカミとイヌが分岐したことであって、それに人間がどのように関わったかはわからないということです。だから自分の乳を飲ませて子オオカミを育ててイヌにしたというストーリーも想像の域をでません。

イヌがオオカミから分岐したのは間違いありませんが、人が家畜化してイヌになったというのは証明できません。なんだか常識を覆されたような気分です。「イヌは人が家畜化した」の思い込みがあるということです(俺だけ?)。

 

 

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2024/03/16

【犬狼物語 其の七百三十九】弘法大師と犬

287a0427(高野山に導いた犬)

287a0432(高野山に導いた犬)

 

161109_4(犬墓)

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161109_2(犬墓)

 

弘法大師を高野山に導いた2頭の犬像は、当ブログでも何度も紹介している通り高野山はじめ全国にたくさんありますが、徳島県には、その故事とは違う弘法大師の義犬像があります。

四国第十番札所「切幡寺」から西へ数キロメートル行った静かな里は「犬墓(いぬのはか)」という地名です。田んぼや畑が広がり、近くには低い山が続いている典型的な里の風景です。

ここに、弘法大師伝説の犬像があります。阿波市観光協会HPによれば、

「犬を連れてこの地の山に分け入った弘法大師が猪と遭遇したところ、その犬が弘法大師を猪から守りました。しかし犬は、誤って滝壺に落ちてしまい、犬の死を憐れんだ弘法大師が犬の墓を立てこの地を犬墓と名づけたと言われています。墓は享保(1716~36)の頃、犬墓村庄屋松永傳太夫が造ったとされています。」

「犬墓大師堂」の前には、弘法大師と義犬(忠犬)の像が置かれています。この像自体は、平成14年8月に建てられました。

像の反対側には、いくつか古碑や祠が並んでいますが、その中に丸い石が載ったお墓があります。これが義犬の墓です。

34cm×40cmの基礎石(五輪塔の地輪部分が残ったもの)の正面に「戌墓」と刻んであります。その上に径が36〜40cm、高さ23cmの楕円形の自然石を置いてあります。

基礎石の右側面を覗いてみると、犬のレリーフがありました。長さは20cmくらいでしょうか。一部は苔が生えていて、うっかりすると見逃してしまいそうな可愛らしいレリーフです。

 

 

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2024/03/14

【犬狼物語 其の七百三十八】弘法大師を高野山に導いた2頭の犬

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全国の犬像を周っていると、弘法大師にゆかりの場所で犬像に出会うことが多い。

唐から帰国した弘法大師が、狩場明神が連れた2頭の犬の導きで高野山にたどり着いたという故事に由来します。

 

 

 

 

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2024/03/13

【犬狼物語 其の七百三十七】埼玉県鴻巣市 山神社

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大山祇命を御祭神とする山神社です。 

明治39年、山の神公園地から現在地に遷座したそうですが、このあたり新しそうな住宅街になっています。10年前のナビでは地図が違いました。

境内には浅間大神も祀られています。浅間大神は木花之佐久夜毘売命のことで大山祇命の娘にあたります。

 

 

 

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2024/03/12

【犬狼物語 其の七百三十六】埼玉県鴻巣市 宝登山神社

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「狼信仰関連地図」に載せた神社巡りは続きます。

これは鴻巣市の宝登山神社。埼玉から、群馬にかけて点在する宝登山神社では、ほとんどで祠にお犬さまのお札がちゃんと祀られていました。ここにも五人講向けのお札がありました。

『宝登山神社誌稿』によれば昭和53年4月時点で、鴻巣市には34の五人講がありましたが、これは熊谷市、行田市に次いで多い所です。

 

 

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2024/03/06

【犬狼物語 其の七百三十五】ひな祭りの犬筥(いぬばこ)

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「犬筥(いぬばこ)」についてです。

去年の岩槻のひな祭りのとき、江戸時代には犬筥がひな祭りにはひな道具のひとつになり、ひな段にも飾られるようになったことが、博物館展示の浮世絵から知りました。

それで今年は浮世絵ではなく、実際飾られる例があるのかと思い、何か所か展示場を見ていたら、ありました。ひな人形の下に飾られている犬筥が。

犬筥は雌雄一対、上下に開く張り子で、天皇の玉座の脇に置かれていた守護獣(狛犬)に由来するという。 この犬筥が江戸に伝わり「犬張子」になりました。犬の民俗ではたびたび出てくる「犬張子」ですが、そのルーツが犬筥です。

犬筥は、江戸時代には武家の嫁入り道具にもなり、上流家庭では産室や子どもの寝室などに置かれたり、婚礼に用いられるなどしました。犬の多産・安産にあやかった子どものお守りとして生活に密着したものでした。

 

 

 

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2024/03/02

【犬狼物語 其の七百三十四】ニホンオオカミの高深度ゲノム: ニホンオオカミはイヌに最も近縁なオオカミ

65e176533708e (日本の研究.comより)

 

「ニホンオオカミの高深度ゲノム: ニホンオオカミはイヌに最も近縁なオオカミ」

https://research-er.jp/articles/view/131341

 

最近、ニホンオオカミやイヌの起源がだんだん解き明かされてきていますが、個人的には、二ホンオオカミとイヌの境目があいまいだと感じてきたことの証拠が出て来て興味が尽きません。

「江戸時代には日本列島にニホンオオカミとイヌの交雑個体がいた」というのは重要なポイントかもしれません。というのも、2種類いたらしいという報告は確かにあった気がするからです。

ただしそれぞれを「オオカミ」や「ヤマイヌ」などと区別して呼んでいたかは別の話です。先日紹介した『享保元文諸国産物帳』での呼び名のバリエーションを考えても、明確に2種類を2つの名前で区別していたとは思えません。しかも全国規模で統一された名前があったわけでもないし。

それよりも、当時の人たちは、外見で2つ(イヌでさえ)を区別することは不可能だったろうし、そもそも区別する必要があったのかということもあります。

 

 

 

 

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