カテゴリー「文化と芸術について」の131件の記事

2024/06/08

下田の陰祭り 下田太鼓の音が夜の街に響き渡る

 

 

 

 

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2024/05/29

【犬狼物語 其の七百六十一】お犬さま(狼)像のあばら骨の表現について

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あばら骨が浮き出た表現を施された狼像は関東地方に多いことが分かりました。

ではどうして関東地方で、他の地方には少ないのか。

Xで投稿したポストに対して、いろんな人から教えてもらったことを集約して考えてみることにします。

まず、本物の狼のあばら骨についてですが、3日坊主@enerdri_200yenさんによれば、「チュウゴクオオカミは夏になると肋が浮き出て見えるそうです。これは別に痩せているわけではないとのことで、東アジア系統のニホンオオカミも同じような特徴があったのではと思います。」

伏見 ゆき𓃥6/2までワイルドライフアート展@FushimiAkaさんいよると「秩父で犬を使った大物猟をしている猟師さんに昔、「猟犬はあばらが少し浮くようでないと鹿や猪を追い続けられない」「それに仕事を熱心にしない」というお話を伺いました。」との情報も。猟犬の話ではあるんですが、あばらについての考え方は参考になります。

実際あばら骨が浮き出て見えるわけですね。すると、東日本の狼像にあばら骨の表現が多いということは、より写実的だとも言えそうです。

ちなみに、手元にある『狼と人間ヨーロッパ文化の深層』をざっと見ましたが、痩せたヨーロッパの狼でも特段あばらが浮き上がった絵は見当たりません。あばらの表現はしてありません。(これから他の本もあたってみますが。あばらの表現されている絵が見つかるでしょうか)

では、さらに、なぜそれが関東地方に多いのか、ということですが、西日本と比べれば東日本の方が狼は多かったのだと思われます。

狼が身近にいれば、実際に見た人の数も増えるだろうし、実像にかなり近い情報が絵師や石工にもたらされた可能性は高いでしょう。そしてそのあばらを施した狼像(絵や石像)は「すごい」となって真似した人も出たのかもしれません。(石像の前にお札の絵があったかもしれませんが)それが西日本には伝わらなかったということかもしれません。

ちなみに中国地方で狼像が多く置いてあるのは木野山系ですが、少なくとも木野山信仰は明治時代のコレラ騒動以降勧請されたものが多く、時代的には関東地方の後ということになります。

ぎんふくのはは@gin_hukuさんは「 日本画の伝統技法でアバラを描くことがイコール「これは狼ですよ」という目印ではなかったかと。」

 杜すいとん 行きたいところばっかし@wolfmuzzle1さんは「狼は一部地方以外ではかなり稀な存在になっていたので、数少ない目撃例から「狼とはこういうものだ」となっていた可能性。」

1743年、日本を旅行したツーンベリは「狼は、今やもっと北に行かないといない」との証言もあります。だから一般の人が狼を目にする機会は多くなかった。目撃談は話に尾ひれがついて誇張されたものになっていく。そこには人間の深層心理が作用しています。イメージを集団で作り上げ、共有する、というわけです。

だから、あばらが見える、ということがやっぱり狼のイメージと合致するところがあり、絵でも石像でも「あばらが見える=狼である」というお約束事になっていた可能性はあるかもしれません。 神職や氏子や石工が、お犬さま(狼)に対しての意識が高く、より狼らしさを出すために(他の狐などと区別するために)あばらの表現を用いることもあったでしょう。(西日本の狼像はまるで狐に見える像も多い)

🈂ジマ@Dzolobsさんは「アバラが見える=寒さや飢えに耐えながらも懸命に悪路をゆく僧や修験者を彷彿とさせて趣があったからかも?という想像をしてみます」

俺もそう思います。先のあばらが浮いた猟犬が良いという例もありましたが、いつも腹を空かせている方が狼らしいという勝手なイメージはあります。その時点でリアルな狼とは別物になっていますが。イメージの表現物と、実際の動物としてのニホンオオカミは分けて考えなくてはならないでしょう。 

畑と着物のたけのり@9_breezeさんは「表現と現実と、分けてそれぞれ探求し追求していく姿勢が大切だと思います 」

その通りだと思います。

その違いを違いとして踏まえた上で、お犬さま(狼)像は人々のイメージが作り上げたもの、だからかえって、神秘・野生などをストレートに表現しているとも言えるのではないでしょうか。人々はお犬さまをどう見ているか、お犬さまに何を求めているか、わかるわけです。

 

 

 

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2024/04/01

福井昭夫作品展 2024/4/8~4/14

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福井昭夫作品展

2024年4月8日~4月14 日

11:00~18:00
(初日12:00~ 最終日16:00まで)

会場は、銀座ギャラリーあづま

https://galleryazuma.sakura.ne.jp/

 

 

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2024/03/09

さいたま市大宮盆栽美術館

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 何度も行っているさいたま市大宮盆栽美術館ですが、~3月20日(水祝)まで、特別展「煎茶と盆栽~「盆栽」の夜明け」をやっています。

今日の盆栽文化が成立した過程には、幕末から明治時代にかけて大流行した文人たちの煎茶趣味が関係していたこと、初めて知りました。 

庭園のみ写真撮影可です。掲載写真、上から順に

推定樹齢120年の欅

推定樹齢120年の五葉松

推定樹齢350年の五葉松「青龍」

推定樹齢45年の欅

じっと見ていると、根元に人や動物のフィギュアを置きたくなってきます。箱庭療法です。

箱庭療法は、スイス人のドラ・カルフがユング心理学を基盤として発展させて確立した心理療法です。箱庭にミニチュアの人形や動物や建物や植物などを配置するもので、無意識に降りてゆき、心を癒すひとつの方法として取り入れられているものです。

日本の江戸時代にもありました。盆の上に石を置いて風景を作る「盆石遊び」と呼ばれるものです。「盆石遊び」は小学校の教科書に載っているくらい、1950年代までは一般的な遊びだったようです。

このように伝統的に箱庭で遊ぶ文化があったので、箱庭療法が受け入れやすかったそうです。ちなみにノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士も子供のころ盆石遊びをしていました。

 

 

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2024/02/26

群馬県甘楽町 石仏の里

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甘楽町の沢に迷い込んで出会った石仏の里。多くの種類の石仏が点在していました。 

 知識がないので、それぞれがどのような石仏かわからないものもたくさん。でも里全体の雰囲気は楽しめます。

ちなみに「甘楽」とは、「 古代には「甘良郡」として『続日本紀』和銅4年(711年)に登場する。韓からの渡来人が多く住んだことから、「から」が変化して「かんら」となったと考えられる。」(wikiより)

 

 

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2024/02/03

富田和明氏、深川不動堂 で『打!般若心経・永巻』を奉納

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友人の太鼓打ち、富田和明氏、2月1日、深川不動堂 で『打!般若心経・永巻』を奉納しました。

力強い富田さんの太鼓は鬼気迫るものがあり、お坊さんの声明と相まって、お堂の中、どこか異空間へ足を踏み込んだような神秘体験
となりました。

 

本人のブログにはこちら。写真がたくさん載っています。
https://uchigumi.blogspot.com

 

 

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2023/12/05

2024年の干支「辰」「龍」「竜」のトンパ文字

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毎年恒例になっている年賀状用のトンパ文字をアップします。とは言え、俺は年賀状そのものをほとんど出さなくなったのですが、1181pixcel×1748pixcelあるので、年賀状印刷にも耐えられます。

トンパ(東巴)文字は、中国雲南省北西部の麗江に住むナシ(納西)族に伝わる象形文字です。

2024年は「辰」、「龍」、「竜」、「たつ」。

アジアでは龍は水を司る神様です。水の大切さ、恐ろしさ、あらためて水について考えていかなければなりません。温暖化で、水の脅威はますます増しています。

来年は空に駆け上るような元気な日本になってもらいたいです。

アップしたトンパ文字「辰」は、納西象形文字譜(雲南人民出版社 1981年)を参考にしました。

 

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2023/11/23

新嘗祭

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1948年((昭和23年)に制定された勤労感謝の日、11月23日という日は、昔は「新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)」の祭日で「新嘗祭」は五穀(とくに稲)の収穫を祝う収穫祭です。飛鳥時代の皇極天皇の時代に始まったものでした。天皇が五穀の新穀を供え、自らもこれらを食して、その年の収穫に感謝するというものです。


旧暦11月の2回目の卯の日に行われていましたが、明治時代に太陽暦(グレゴリオ暦)に改暦して以降は、毎年11月23日に固定されて行われるようになりました。


それは、その年の「11月の2回目の卯の日」がたまたま11月23日だったので、翌年からもそのまま11月23日になったそうで、11月23日に特別な意味はないんですね。もともとは旧暦だったし。ちなみに今日は旧暦で十月十一日です。


でも「新嘗祭」は、敗戦後GHQの占領政策で、天皇行事・国事行為から切り離され、一応表向きは「勤労感謝の日」になりました。天皇という精神的支柱を失わせ、日本人を団結させないためのアメリカの政策です。「勤労感謝の日」というのもアメリカから提案された名前だそうです。


稲に宿る精霊のようなもの「稲魂(いなだま)」を信仰する習慣とともに、収穫祭という意味で、中国南部に住んでいるミャオ族など少数民族にも初穂を捧げる儀礼のような、似た祭りは多くあります。神に感謝し、収穫を祝うという農業民族にはごく自然な行為なのですが…


 

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2023/11/01

こんなの許されていいのか?

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「こんなの許されていいのか?」は「とてもユニークで素晴らしい」という意味ですよ。

 横からだとわかりませんが、正面から見ると、ギャハハと笑っているような顔です。

 

 

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2023/10/27

あなた、だれ? 思わず聞いてしまう顔

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寺院の手水石です。

前足にも指5本ありますが、後ろ足の指5本もちゃんと作られています。これは四つ足動物であるらしい。

 

 

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