カテゴリー「民俗・民族・文化習俗」の34件の記事

2024/03/18

乙女稲荷神社と庚申塔

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根津神社内の乙女稲荷神社。

狼像 が紛れていることがあるので、狐像 の中をつい探してしまいます。尻尾が直立していなかったりすると余計に。 

その隣には6基の庚申塔。

その中の1基、寛文八(1668)年の青面金剛です。

 

 

 

 

 

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2024/03/06

【犬狼物語 其の七百三十五】ひな祭りの犬筥(いぬばこ)

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「犬筥(いぬばこ)」についてです。

去年の岩槻のひな祭りのとき、江戸時代には犬筥がひな祭りにはひな道具のひとつになり、ひな段にも飾られるようになったことが、博物館展示の浮世絵から知りました。

それで今年は浮世絵ではなく、実際飾られる例があるのかと思い、何か所か展示場を見ていたら、ありました。ひな人形の下に飾られている犬筥が。

犬筥は雌雄一対、上下に開く張り子で、天皇の玉座の脇に置かれていた守護獣(狛犬)に由来するという。 この犬筥が江戸に伝わり「犬張子」になりました。犬の民俗ではたびたび出てくる「犬張子」ですが、そのルーツが犬筥です。

犬筥は、江戸時代には武家の嫁入り道具にもなり、上流家庭では産室や子どもの寝室などに置かれたり、婚礼に用いられるなどしました。犬の多産・安産にあやかった子どものお守りとして生活に密着したものでした。

 

 

 

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2024/03/04

岩槻のひな祭り

 

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2024/03/01

貯金が貯まりそうな「貯金塚」

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関東大震災で混乱している中、不動貯金銀行だけが貯金の全額払い戻しに応じ、多くの人びとを助けました。それをたたえたのが芝大神宮の階段横の「貯金塚 」です。

 

 

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2024/02/28

【犬狼物語 其の七百三十三】「狼の眉毛」と「遠野物語拾遺」

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狼や犬には不思議な力があると信じられていました。

狼の民話にはいくつか有名なものがありますが、この「狼の眉毛」も狼の能力を示す民話のひとつです。

ここでは稲田浩二・稲田和子編著『日本民話百選』から広島県雙三郡に伝わる「狼の眉毛」を要約します。

あるところにひどい貧乏人の男がいて、いっそ狼に食われて死のうと思い、山へ行き「狼ども、食うてくだされ」と叫ぶと、何匹か集まってきて、そのうちの一匹が男に言った。「なんぼう『食え、食え』言うたって、ここにはお前を食う狼はおらん。お前は真人間じゃ、狼にはそれがよくわかるのじゃ。お前に狼の眉毛をやろう。これがあればひもじい目に会うことはない」と言い、眉毛を引き抜いてくれて山奥へ帰っていった。男がある村で田植えをやっているところを、眉毛をかざしてみたら、たくさんの早乙女は、猫やら鶏やら山犬やらの動物だった。真人間はめったにおるもんではないなぁとあきれていると、田の持ち主が来て「わしにも狼の眉毛を貸してくれ」と頼んだが、「狼が『どんなことがあっても人の手に渡しちゃあいけん』と言うたので、いやじゃ」と断ると、主人は立派な自分の家に連れていった。「わしはもう隠居したい。お前はほんとうの人間だと知ったから、この家の跡を継いでもらう気になった」と言う。それからというものは、狼の言ったとおり、ひもじい思いをしたことはなかったと。

これは霊力を持った狼が真実を見抜き人を守ってくれるという話ですが、次に、『遠野物語拾遺』の71話、盗賊を見抜くお犬さま(狼・三峰様)の話が出てきます。

栃内の和野の佐々木芳太郎という家で、誰かに綿カセを盗まれたことがあったそうで、その犯人捜しのために衣川(岩手県奥州市の衣川三峰神社)から三峰様を借りてきて、暗い奥の座敷に祀り、村人がひとりひとり拝みに行くのだが、ある女は手足が震え、血を吐いて倒れた。そして女は盗んだものを村人の前に差し出したという。

真実を見通す三峰様の話です。現代なら「なにをばかな」ということになるかもしれませんが、当時は三峰様のご神徳を信じていたので、犯人は、恐ろしくなり、自ら盗みを認めたということなのでしょう。(余談ですが、あるいは、三峰様のご宣託ということで、女が犯人に仕立てあげられ、村のいさかいをこれ以上大きくしないために、女は犠牲になったのかもしれませんが)

お犬さま(狼)のご神徳に、火災除け、盗難除けがあります。異常事態(火災や盗賊)をすばやく察知して人に知らせるところは、犬を番犬としてきたことからもよくわかります。犬の優れた能力のひとつと言えます。

実際火事を知らせた忠犬の話が複数あります。草津市の眞教寺には"白"が、寺の火事を知らせ大事に至らなかったという忠犬の伝説があるし、太田市の普門寺の"もん"も火事を知らせた犬でした。

狼や犬に不思議な力があると信じていたのは、たんなる想像ではなくて、ある意味、狼や犬に備わった実際の知覚能力の高さに由来するものでもあったでしょう。人間は自分たちにはないその犬の知覚の鋭さを必要としたのです。頼ったのです。(犬を飼ったからホモサピエンスが生き残ったという説があるくらいです)

犬がそうなんだから神に近い狼はもっと鋭いだろうし、「真実を見抜く」というご神徳にまで高められたのは無理な発想ではなかったと思います。

 

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2024/02/24

【犬狼物語 其の七百三十一】『絶滅したオオカミの物語 イギリス・アイルランド・日本』

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志村真幸・渡辺洋子著『絶滅したオオカミの物語』を読みました。サブタイトルに「イギリス・アイルランド・日本」とあり、それぞれの国でどのようにオオカミが絶滅したか、3国を比較しながら書かれていてわかりやすい。

とくに、アイルランドとイギリスは、オオカミについては対照的な考えがあって、アイルランドは、古いケルト文化の影響もあり、日本と似ている部分も感じます。

ケルトについては以前から気になっていて、とくにケルト音楽は比較的よく聴いているし、あるオーストリアのケルト遺跡が、まるで日本の神社を思い起させるようなたたずまいに、日本と何か通じるものがあると思っていました。

それと、ローマから離れた遠い島国のアイルランド。一方、中華文明から遠い島国の日本。地理的な類似性からも、どちらにも古い文化が残りやすい共通項があったようです。

よく、西洋と日本は対比されて論じられますが、キリスト教が入る前の西洋は、共通するところが多いようにも思います。いや、西洋というのではなくて、これはもっと人類共通の、原初的なアニミズム的な宗教感なのかなとも思います。もちろん、地域差はあって、見た目はだいぶ違うのですが。

オオカミの絶滅に関する研究として現在も参照される一冊となっているというジェイムズ・ハーティング(1841~1928年)の『ブリテンの動物たち』によると、

「オオカミは、イングランドではヘンリー七世治下(1485~1509年)、スコットランドでは1743年、アイルランドでは1770年(もしくは1766年)に絶滅したとハーティングは結論づける。絶滅の正確な年代については、ハーティング以降も多くの研究がなされ、イングランドはヘンリー七世治下ということで意見が一致しているが、スコットランド、アイルランドについては、現在でも確定できていない。」

ということらしい。イングランドでは15世紀にはオオカミはいなくなっていたようです。イングランドの風景ですが、危険動物を人的に排除したある意味、人間の理想国土を作り上げたということなのでしょう。

それと比べると、スコットランド1743年、アイルランド1770年と、絶滅時期は遅れますが、日本ではちょうど狼信仰が盛んになった時期です。それから百数十年後、日本でも結局オオカミが絶滅してしまいました。

こうしてみてくると、時間差はありますが、19世紀までは、人類はオオカミを絶滅しようという方向で活動してきたということです。(イギリス(フランス?)でオオカミが一時保護されたといいますが、それは貴族の狩猟対象だからという意味でした)

また、この本では、アイルランド人とイギリス人のオオカミの見方の違いについても触れています。それがオオカミ絶滅に3世紀の隔たりを生んだ理由でもあるでしょう。

「ここに『アイルランドのオオカミ』の著者キーラン・ヒッキーのコメントを紹介したいと思う。この島の土着の住民であるアイルランド人と、新しくやって来たイギリス人ではオオカミの見方が大きく異なるように見える。アイルランド人はオオカミをこの国の自然の風景の一部と見ている。(中略) 彼らにはアイルランドの風景からオオカミを抹殺してしまおうなどという考えはまったくなかった。(中略)
いっぽう新しいイギリス人の入植者たちの態度はまったく違っていた。ほとんどのイギリス人はアイルランド島にやって来たとき、山野にまだオオカミの群れがうろついているのを見て恐れおののいたのである。彼らはオオカミをこれから自分たちがこの地に形成していこうと思っている風景を脅かすものであると恐れ、できるだけ早く抹殺しようと考えたのである。新しい入植者たちにはオオカミを受け入れようという考えは微塵もなかったのである。」

 

 もうひとつ、この本にはアイルランドの狼報恩譚が紹介されています。

「恩返しをしたオオカミ」を要約すると、

あるところにコノールという若い農夫がいた。あるときコノールの2頭の牝牛がいなくなり探しに出かけた。夜になり、粗末な避難小屋があり、戸をたたくと、中には白髪の老人と女がいて「どうぞおはいりなさい。よくきたなあ。わしらはおまえさんを待っていたんだよ」といい、夕食を出された。二人を疑いながらも、腹が減って疲れていたので、ごちそうになることにした。しばらくすると、戸を叩く音がして、老人が戸を開けると、一頭のほっそりした黒い若いオオカミが入ってきたが、すらりとした浅黒い美しい若者に変身した。「よく来たなあ。おれたちはおまえのことをずっと待っていたんだ」といった。その後もう一頭のオオカミも入ってきて、若者に変身。老人は、この二人は息子で、コノールになぜここへやってきたかを聞いた。いなくなった二頭の牝牛を探しにきたといった。すると家族は笑ったので、コノールは怒りだして、出ていくといった。すると、若者がいった。「おれたちは見るも恐ろしい邪悪なものに見えるかもしれない。しかし親切にしてもらった恩を忘れることはない。お前は覚えているだろうか。昔、谷底でいまにも死にそうで苦しんでいた小さいオオカミのことを。奴の脇腹にはいばらのとげが刺さっていたんだ。そのとげをおまえが抜いてくれて、水を飲ませてくれた。おまえはそのオオカミをそのままそこにそっと休ませて行ってしまった」コノールは覚えていた。「そのときのオオカミがおれなんだ。おれは何とかしておまえを助けたいと思っている。怖がることはない。今夜はここに泊っていきなさい」そのあとはみんなで陽気に食べたり飲んだりして、ぐっすり眠った。コノールが目を覚ますと家の近くの畑にいた。畑には今まで見たこともない美しい牝牛3頭がいたが、これはオオカミの贈り物だと知った。この3頭の牛は立派に成長し、その子孫は今日にいたるまで栄えている。コノール一族が金持ちになり、繁栄したことはいうまでもない。その後、オオカミ一家に礼を言いたくて探したが、あの避難小屋も探し当てることはできなかった。

 この報恩譚を読んで正直驚きました。オオカミのいばらのとげを抜いてあげたら恩返ししてくれた、という。

この主題でいえば、日本のオオカミの報恩譚とほぼ同じと言ってもいいくらいです。日本でも、オオカミの喉に刺さったとげを抜いてあげたら恩返しされるという話なのです。これも偶然なのでしょうか。

もちろん、この一例だけをもって関係があるとか、ないとか俺が言える立場ではありませんが、東西離れたところに似たようなオオカミの報恩譚があることが面白いなぁと思います。

 (ちなみにカナダの先住民族の民話にも、とげを抜いてあげたら恩返ししてくれたという狼報恩譚が伝わっています)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024/02/23

「棚田」と「犬」の接点

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Mg_4926  (犬の尾が稲穂を連想させる?)

 

今までテーマとしてきた「棚田」と「犬」には意外な接点があります。こじつけではありません。

中国南部の少数民族には、「稲を犬が持ってきた」という伝説が多く伝わっています。

例えばチワン族やミャオ族の伝説では、犬が天上の稲モミを尾に付けて運んできました。犬の尾が稲穂を連想させるからだという説もあります。穀物起源の話と犬は意外と関係が深いのです。

チワン族の伝説では、9尾の犬が天上のモミを付けて逃げるのですが、途中8尾は切られてなくなってしまいます。最後に残った1尾に付いていたモミが人間界にもたらされて、稲作をやるようになりました。

日本では、直接犬が稲を運んできたという伝説は少ないようですが、弘法大師が薬草(麦の種子)を盗んできたという話は伝わっています。香川県善通寺市にある「犬塚」も、この伝説の碑です。

その義犬伝説とは、善通寺市のHPによると、こういったものです。

「唐に留学していた弘法大師が天竺の国に行った時のこと。天竺の国王は大切にしていた薬草を持ち出されないように、番犬を使って畑を管理していました。他では手に入らない薬草を何とか手に入れたいと考えた弘法大師は、3粒の種を足の股の肉を裂いてその中に隠して持ち帰ろうとしました。ところが1匹の番犬がひどく吠え、問いつめられた弘法大師は盗んでないといい通し、犬は番人に叩かれて死んでしまいます。かわいそうに思った弘法大師は犬の死骸を持ち帰り、長安で真言の秘法を施して生き返らせます。薬草とともに犬も一緒に帰国し、その後、死んだ犬を祀ったという話です」

この場合も、犬が関係しています。犬は、麦が盗まれないように見張る番犬です。立場は違っていますが、これも穀物起源と犬が関係している話です。

それと、日本では花咲かじいさんと言われますが、中国には犬が田畑を耕す「狗耕田」という民話があります。

ここほれワンワンの花咲か爺さんのルーツ話ともいわれるようですが、犬がここほれワンワンというのを聞いて人間が掘るか、それとも犬自身が掘るかの違いはありますが、(ここから先は俺の勝手な想像ですが)、黄金(宝)を見つけたというのは、「稲(穀物)」なのかもしれません。

 

 

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2024/02/20

長野県長野市 芦ノ尻の道祖神

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長野県長野市の芦ノ尻の道祖神です。

神面が取り外された1.5メートルほどの道祖神の石碑に、正月に飾られた注連縄で新しい神面を飾りつけ、来年1月7日までの1年間、地域の無病息災と豊作を祈る守護神とします。

なお、近くには原田沖の棚田があって、そこからも雄大な北アルプスを眺めることができます。

 

 

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2024/02/17

【犬狼物語 其の七百二十七】東京都 深川不動堂の愛玩堂

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深川不動堂の愛玩堂には、犬、猫、小鳥、そして頭に馬の冠を載せた馬頭観音像があります。

このお堂では、ペットの供養や病気平癒や長寿延命の祈願も受け付けているそうです。

 

 

 

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2024/02/16

【犬狼物語 其の七百二十六】群馬県玉村町 玉村八幡の安産撫で犬&三峯神社

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群馬県玉村町の玉村八幡を参拝しました。

ここには子安信仰としての「安産撫で犬」の像があります。御影石の黒い像を撫でると子授け、安産、子育て祈願になるそうです。また撫で犬の奉納絵馬もあります。

そして本殿の後ろに三峯神社の祠があります。 以前参拝した時は気がつきませんでした。

秩父三峯神社の社紋として用いられている「菖蒲菱(あやめびし)」がこの祠の扉にも施されています。

 

 

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