カテゴリー「民俗・民族・文化習俗」の163件の記事

2026/09/20

心理面からみた犬供養

287a2208

 

動物の葬り方のひとつとして、「犬供養」「犬卒塔婆」という名前にひかれて調べ始めたのでしたが、昔は、本当に犬が直接関係していて、特に、安産であるはずの雌犬が死んだりすると、災いが起こらないようにと供養したという地区もあったようです。

でも、犬供養をやっていることはやっているそうですが、今はあまり「犬」が前面に出てくることはなくなったという話をしてくれたのは、今も犬供養をしているつくば市に住む講の人です。

前にも書きましたが、『印西町史』には、

「難産で死んだ犬を供養しないと、女人の出産が重くなると思われていたから、Y字型の犬卒塔婆を作り、ムラの寺院の住職に読経してもらったり、(中略)ムラムラによってそれぞれ所定の位置に建てられていた」とあります。

犬の産死が人々に災いするのでは?という恐れがあったのは確かなようです。安産であるはずの犬が産死するというのはある意味"異常事態"でもあるので、その"異常事態"を何とか納めたいという気持ちもあったことは、恐れは何にもまして強い感情なので、心理面からも想像ができます。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/09/16

石製の犬卒塔婆(2)

287a7364

これもまた石製の犬卒塔婆(ザクマタ)です。年号が見つけられなかったのでいつ作られたか詳細は不明です。

ザクマタを奉納する「犬供養」の習俗は地元の十九夜講など女人講などが行うもので、主に安産祈願と言われています。

立っている場所が典型的な三叉路で、昔は木製の犬卒塔婆をここに奉納していたのでしょうが、この石製犬卒塔婆以降は犬供養が行われていないということを意味しているのかもしれません。あるいは朽ちない石製を奉納することで、この習俗を後世に伝えるという意味があるのかもしれません。

 

 

| | コメント (0)

2026/09/14

石製の犬卒塔婆(1)

287a7316

 

茨城県つくば市の石製の犬卒塔婆(ザクマタ)です。

詳細不明ですが「令和三年」と彫ってあるので、もしかしたらこの地域の犬供養は令和3年で終わってしまったのかもしれません。

 

 

 

| | コメント (0)

2026/08/29

足立区扇の御嶽神社(扇御嶽神社)

287a6820

287a6823 287a6826

 

寛永16年(1639年)創建の御嶽神社です。

現在の社殿は昭和63年(1988年)に完成したものですが、屋上社殿というのは珍しい。階段を上った2階部分に鎮座します。

たしか鹿沼市には屋上社殿の三峯神社があったはずです。

また屋上の「境内」に寛政5年(1793年)銘の青面金剛の庚申塔や水神宮があります。

 

 

| | コメント (0)

2026/08/23

寛永寺の虫塚

Img_6801

287a9433

287a9437

287a9441

ベランダで蝉が死んでいました。まだまだ暑い日は続いていますが、蝉の死骸は夏の終わりを感じさせます。ちなみに「死蝉(しにぜみ)」は独立した季語としては採用されていないことが多く、一般に秋(初秋)の言葉として扱われているそうです。

この蝉の死骸で、以前も紹介した上野の寛永寺の蟲塚(虫塚)を思い出しました。虫類の供養のためにたてられたもので、東京都指定旧跡になっています。 そもそも生きものの供養碑が多い日本ですが、虫の供養碑は少し珍しいかもしれません。(と思ったら、意外にたくさんあることを教えてもらいました) ちなみに高野山にはシロアリ供養碑、奈良県上北山村にはゴキブリ供養碑もあり、今年中に見てみたいと思っています。

調べてみると、この寛永寺の蟲塚は伊勢長島藩主の増山雪斎が写生に使った昆虫や小型生物を供養したものだそうです。

増山雪斎が描いた代表的な写生画帖が『虫豸帖(ちゅうちじょう)』です。下の蝉の画像がそうですが、ColBaseで見ることができます。

「写生のために殺してしまった虫の死骸を小箱にしまい、「これはわが友である。いつか適当な地に埋めて供養したいものだ」と語っていたそうです。彼の没後、友人たちは雪斎の墓地がある勧善院に、虫の死骸を葬る「虫塚」を立てました。この虫塚は、後に東京国立博物館の隣の寛永寺に移され、現在も残っています。」 

 

1_20260809143601

出典:『虫豸帖』 ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_item_images/tnm/A-10085-2?locale=ja#&gid=1&pid=22) 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/08/07

【犬狼物語 其の八百三十二】板橋不動尊の犬像

_mg_1494 _mg_1499 _mg_1458 _87a4769

 

昨日アップした犬卒塔婆(ザクマタ・ザンマタ)と同様に、つくばみらい市の板橋不動尊も「子安信仰と犬」に関わりの深い寺です。元禄年間建立と言われる鮮やかな朱塗りの楼門の本堂側の左右に白い犬像が鎮座します。表情が最高です。

板橋不動尊は「お犬不動尊」と呼ばれているそうで、次のような伝説が伝わっています。

公式HP「板橋不動尊白犬の由来」にはこのようにあります。

「江戸の昔、山王新田(現・つくばみらい市)で難産の婦人 多く親子共に死に至るものもあって子供を身篭ると皆不安な毎日を送るようになった。ある夜、村名主の夢枕に雄雌の白い犬が現れ、我は板橋不動の使いなり、女人講中揃って不動尊に参詣し護摩祈祷を成せば難産の苦しみを救わんとのお告げがあった。翌朝、祈願をし不動尊の使者である白犬一対 奉納したところ、以後、当村内で難産で若しむ者一人もなく。
以来、板橋不動さまを別名お犬不動尊と呼ぶようになった出産安産の霊験今に伝わっています。」

また子安観音、子安こんがら童子の両脇に、目黒不動などの母子犬像と似ている犬像が控えています。こちらは板橋不動内で一番古い犬像のようです。

 

 

| | コメント (0)

2026/08/06

つくば市の犬卒塔婆(ザクマタ)

287a5787_20260805053901

 

以前から興味のあった「犬」と「産育習俗」が結びついた「犬卒塔婆」はぜひ見てみたいと思ってきましたが、今年になっていくつか見ることができました。

つくば市内の十九夜塔に立てかけられた犬卒塔婆(ザクマタ)です。女人講が二又の犬卒塔婆を立てて犬供養を行い 安産を祈願したそうです。

ここは典型的なY字路です。ここがそうだったのかはわかりませんが昔Y字路は犬猫の墓地でもあったようです。。

犬卒塔婆が奉納された年号は裏に書いてあったのかもしれませんが、うっかりして確かめるのを忘れました。汚れ具合から今年のものではないようです。

つくば市内の別な犬卒塔婆で聞いた話ですが、Y字形の木、枝ぶりが適当なものは意外と探すのが難しい。しかも昔はキリの木を探したといっていました。キリの木は軽いので「軽いお産」にかけてキリの木を使ったそうです。

 

 

 

| | コメント (0)

2026/07/31

SBC信越放送「ずくだせテレビ」 で常光寺の「唐猫碑」が紹介

287a5489

287a1392  287a5478

7月29日のSBC信越放送「ずくだせテレビ」 で塩尻市常光寺の「唐猫碑」が紹介されました。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/07/30

馬の石碑

287a2916_20260728075401 287a2918

東金市にある馬の石碑です。

全国各地で今までいろいろと馬の像を撮影してきましたが、座った馬の像は初めて見ました。

後ろの石碑には「故猪堅幾司氏威徳之碑」 とあります。調べてみると、この辺りはかつて「牧」と呼ばれる牧場だったらしく、

「道で発見! ちば」https://www.keiyobank.co.jp/sustainability/social/contribution/Information_magazine/road/pdf/Road-32.pdfにはこのようにあります。

「裏側には昭和6年12月建立の文字と寄附者のご芳名が記されていることから、馬に関わりのあった徳の高い人が建てた慰霊碑のようです。」

 

馬つながりで、こちらは印西市の馬像が置いてある馬頭観音です。

287a2365

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/07/20

「貴船まつり」の準備中

Img_6659

Img_6678

Img_6671

287a4806_20260720072301

Kibune2026

 

真鶴港へ行ったら日本三大船祭りのひとつといわれる「貴船まつり」の準備が行われていました。パンフレットによれば、今年は2026年7月24日(金曜日)、25日(土曜日) だそうです。

「貴船まつり」は貴船神社の例大祭で、華やかな花飾りや吹き流しで飾られた小早船と神輿船などが海上渡御を行う船祭りとのことです。

 

 

 

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧