カテゴリー「民俗・民族・文化習俗」の38件の記事

2024/06/10

【犬狼物語 其の七百六十二】お犬さま(狼)像のあばら骨の表現について(お札の場合)

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前回は、石像・ブロンズ像のお犬さま(狼)のあばら骨の表現についてでしたが、それじゃぁ狼のお札はどうなんだろうかと疑問がわきました。

だから今回はお札についてです。今さら言うのもなんですが、石像よりもお札が先だったかもしれません。お札を参考にして石像を作った例もあったのではいでしょうか。

まず参考にした資料はこちらです。

松場正敏氏、編集発行の『お犬様の御札 ~狼・神狗・御眷属~』(2020年7月13日)で、全国の狼のお札を網羅している第一級の資料です。

この本に掲載された狼のお札と、俺がいただいた「群馬県黒髪山神社&鳥取県三輪神社&岡山県倉敷市木野山神社」のお札をプラスして、狼のあばら骨が浮き出た表現の有り・無しで、カウントしてみた結果です。(お札に一対あるばあいは、それぞれ1体としてカウント)

前回は、狼像のあばらの表現は東日本に多いようだ、という結果だったので、お札も東日本と西日本とに分けたいところですが、西日本のお札は絶対数が少ないので、今回は、「東北と関東+山梨」と、「静岡、長野、岐阜、福井以西」としてわけてみました。

次が結果です。

 

【東北と関東+山梨】
あばらの表現が有り:85体
あばらの表現が無し:116体
[あばら有りは全体の42%]

 

【静岡、長野、岐阜、福井以西】
あばらの表現が有り:7体
あばらの表現が無し:55体
[あばら有りは全体の11%]

 

この結果をどう見るでしょうか。

全体では、263体中、有りは35%、無しは65%です。【東北と関東+山梨】ではあばら有りが42%、【静岡、長野、岐阜、福井以西】ではあばら有りが11%で、石像ブロンズ像同様に、東日本にあばらの表現を用いた狼像が多い傾向があるように見えます。ただし、これはサンプルの取り方をどうするかで結果が違ってきそうです。

 

『お犬様の御札』には、昔のお札も数多く掲載されているので、では、現在授与されているお札だけ(氏子だけに授与は除く。つまり一般人が現在も手に入れられるお札)の場合はどうでしょうか。

 

【東北と関東+山梨】
あばらの表現が有り:25体
あばらの表現が無し:34体
[あばら有りは全体の42%]

 

【静岡、長野、岐阜、福井以西】
あばらの表現が有り:6体
あばらの表現が無し:25体
[あばら有りは全体の19%]

 

全体では、90体中、有りは34%、無しは66%です。【東北と関東+山梨】では42%、【静岡、長野、岐阜、福井以西】では19%で、あばらの表現は同様に【東北と関東+山梨】が多い傾向を示しています。

 

『お犬様の御札』でわかったのですが、同じ神社でも昔のお札にはあったのに、新しいものではなくなっていたりします(両神御嶽神社など)。時代によってその傾向は変わっているかもしれません。また、白い狼にはあばらの線が入っているのに黒い狼は全体が黒で塗りつぶされているなどの例もあります。

 

表現が難しいのですが、昔のお札も、現在授与されているお札でも、「東日本固有」とまでは言えなくても「東日本に多い」傾向は間違いありません。

そして将来、いや今も、様々なお札が発見されているようなので、今後の課題です。

 

それではなぜあばら骨が浮き出た表現が東日本に多いのか?という疑問は、前回の「お犬さま(狼)像のあばら骨の表現について」を参考にしてください。

それと、ある狼の絵はあきらかに同じものがあり、どちらかが真似されたんだろうなとわかります。どちらがどちらを、ということまではわかりませんが。

カメラもない時代です。絵心があれば、あるいは寸法など正確に測れば可能かもしれませんが、石像をほとんど完璧に真似して作るのは不可能だったろうと思います。その点、お札は運ぶのが楽なので、遠いところにもっていって、真似することは簡単にできたのではないでしょうか。良いと思ったものは真似をする。これは文化の基本でしょう。

 

 

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2024/06/08

下田の陰祭り 下田太鼓の音が夜の街に響き渡る

 

 

 

 

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2024/05/28

群馬県沼田市 気になる石仏群

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2024/05/22

【犬狼物語 其の七百五十九】群馬県前橋市 産泰神社「安産・子育て戌」「安産胎内くぐり」

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産泰神社は安産・縁結びの神社として有名です。 

境内には、子安信仰関連のものが複数ありますが、犬張り子型の「安産・子育て戌」や「安産胎内くぐり」の岩などがあります。

何度も書いていますが、犬は安産多産のシンボルになっていますが、もともとは狼や狐など、犬科動物に対する信仰ではなかったのかなと個人的には思います。(素人が言うことなので信用しないでください)

また「安産胎内くぐり」は、石の間をくぐり右に回る、左に回る、というふうに岩の間をくぐると、妊婦が安産になるという習俗です。

そして境内には大山祇神の祠も祀ってあります。大山祇神は、安産・子授けの木花咲耶姫の父親です。

 

 

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2024/03/18

乙女稲荷神社と庚申塔

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根津神社内の乙女稲荷神社。

狼像 が紛れていることがあるので、狐像 の中をつい探してしまいます。尻尾が直立していなかったりすると余計に。 

その隣には6基の庚申塔。

その中の1基、寛文八(1668)年の青面金剛です。

 

 

 

 

 

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2024/03/06

【犬狼物語 其の七百三十五】ひな祭りの犬筥(いぬばこ)

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「犬筥(いぬばこ)」についてです。

去年の岩槻のひな祭りのとき、江戸時代には犬筥がひな祭りにはひな道具のひとつになり、ひな段にも飾られるようになったことが、博物館展示の浮世絵から知りました。

それで今年は浮世絵ではなく、実際飾られる例があるのかと思い、何か所か展示場を見ていたら、ありました。ひな人形の下に飾られている犬筥が。

犬筥は雌雄一対、上下に開く張り子で、天皇の玉座の脇に置かれていた守護獣(狛犬)に由来するという。 この犬筥が江戸に伝わり「犬張子」になりました。犬の民俗ではたびたび出てくる「犬張子」ですが、そのルーツが犬筥です。

犬筥は、江戸時代には武家の嫁入り道具にもなり、上流家庭では産室や子どもの寝室などに置かれたり、婚礼に用いられるなどしました。犬の多産・安産にあやかった子どものお守りとして生活に密着したものでした。

 

 

 

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2024/03/04

岩槻のひな祭り

 

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2024/03/01

貯金が貯まりそうな「貯金塚」

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関東大震災で混乱している中、不動貯金銀行だけが貯金の全額払い戻しに応じ、多くの人びとを助けました。それをたたえたのが芝大神宮の階段横の「貯金塚 」です。

 

 

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2024/02/28

【犬狼物語 其の七百三十三】「狼の眉毛」と「遠野物語拾遺」

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狼や犬には不思議な力があると信じられていました。

狼の民話にはいくつか有名なものがありますが、この「狼の眉毛」も狼の能力を示す民話のひとつです。

ここでは稲田浩二・稲田和子編著『日本民話百選』から広島県雙三郡に伝わる「狼の眉毛」を要約します。

あるところにひどい貧乏人の男がいて、いっそ狼に食われて死のうと思い、山へ行き「狼ども、食うてくだされ」と叫ぶと、何匹か集まってきて、そのうちの一匹が男に言った。「なんぼう『食え、食え』言うたって、ここにはお前を食う狼はおらん。お前は真人間じゃ、狼にはそれがよくわかるのじゃ。お前に狼の眉毛をやろう。これがあればひもじい目に会うことはない」と言い、眉毛を引き抜いてくれて山奥へ帰っていった。男がある村で田植えをやっているところを、眉毛をかざしてみたら、たくさんの早乙女は、猫やら鶏やら山犬やらの動物だった。真人間はめったにおるもんではないなぁとあきれていると、田の持ち主が来て「わしにも狼の眉毛を貸してくれ」と頼んだが、「狼が『どんなことがあっても人の手に渡しちゃあいけん』と言うたので、いやじゃ」と断ると、主人は立派な自分の家に連れていった。「わしはもう隠居したい。お前はほんとうの人間だと知ったから、この家の跡を継いでもらう気になった」と言う。それからというものは、狼の言ったとおり、ひもじい思いをしたことはなかったと。

これは霊力を持った狼が真実を見抜き人を守ってくれるという話ですが、次に、『遠野物語拾遺』の71話、盗賊を見抜くお犬さま(狼・三峰様)の話が出てきます。

栃内の和野の佐々木芳太郎という家で、誰かに綿カセを盗まれたことがあったそうで、その犯人捜しのために衣川(岩手県奥州市の衣川三峰神社)から三峰様を借りてきて、暗い奥の座敷に祀り、村人がひとりひとり拝みに行くのだが、ある女は手足が震え、血を吐いて倒れた。そして女は盗んだものを村人の前に差し出したという。

真実を見通す三峰様の話です。現代なら「なにをばかな」ということになるかもしれませんが、当時は三峰様のご神徳を信じていたので、犯人は、恐ろしくなり、自ら盗みを認めたということなのでしょう。(余談ですが、あるいは、三峰様のご宣託ということで、女が犯人に仕立てあげられ、村のいさかいをこれ以上大きくしないために、女は犠牲になったのかもしれませんが)

お犬さま(狼)のご神徳に、火災除け、盗難除けがあります。異常事態(火災や盗賊)をすばやく察知して人に知らせるところは、犬を番犬としてきたことからもよくわかります。犬の優れた能力のひとつと言えます。

実際火事を知らせた忠犬の話が複数あります。草津市の眞教寺には"白"が、寺の火事を知らせ大事に至らなかったという忠犬の伝説があるし、太田市の普門寺の"もん"も火事を知らせた犬でした。

狼や犬に不思議な力があると信じていたのは、たんなる想像ではなくて、ある意味、狼や犬に備わった実際の知覚能力の高さに由来するものでもあったでしょう。人間は自分たちにはないその犬の知覚の鋭さを必要としたのです。頼ったのです。(犬を飼ったからホモサピエンスが生き残ったという説があるくらいです)

犬がそうなんだから神に近い狼はもっと鋭いだろうし、「真実を見抜く」というご神徳にまで高められたのは無理な発想ではなかったと思います。

 

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2024/02/24

【犬狼物語 其の七百三十一】『絶滅したオオカミの物語 イギリス・アイルランド・日本』

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志村真幸・渡辺洋子著『絶滅したオオカミの物語』を読みました。サブタイトルに「イギリス・アイルランド・日本」とあり、それぞれの国でどのようにオオカミが絶滅したか、3国を比較しながら書かれていてわかりやすい。

とくに、アイルランドとイギリスは、オオカミについては対照的な考えがあって、アイルランドは、古いケルト文化の影響もあり、日本と似ている部分も感じます。

ケルトについては以前から気になっていて、とくにケルト音楽は比較的よく聴いているし、あるオーストリアのケルト遺跡が、まるで日本の神社を思い起させるようなたたずまいに、日本と何か通じるものがあると思っていました。

それと、ローマから離れた遠い島国のアイルランド。一方、中華文明から遠い島国の日本。地理的な類似性からも、どちらにも古い文化が残りやすい共通項があったようです。

よく、西洋と日本は対比されて論じられますが、キリスト教が入る前の西洋は、共通するところが多いようにも思います。いや、西洋というのではなくて、これはもっと人類共通の、原初的なアニミズム的な宗教感なのかなとも思います。もちろん、地域差はあって、見た目はだいぶ違うのですが。

オオカミの絶滅に関する研究として現在も参照される一冊となっているというジェイムズ・ハーティング(1841~1928年)の『ブリテンの動物たち』によると、

「オオカミは、イングランドではヘンリー七世治下(1485~1509年)、スコットランドでは1743年、アイルランドでは1770年(もしくは1766年)に絶滅したとハーティングは結論づける。絶滅の正確な年代については、ハーティング以降も多くの研究がなされ、イングランドはヘンリー七世治下ということで意見が一致しているが、スコットランド、アイルランドについては、現在でも確定できていない。」

ということらしい。イングランドでは15世紀にはオオカミはいなくなっていたようです。イングランドの風景ですが、危険動物を人的に排除したある意味、人間の理想国土を作り上げたということなのでしょう。

それと比べると、スコットランド1743年、アイルランド1770年と、絶滅時期は遅れますが、日本ではちょうど狼信仰が盛んになった時期です。それから百数十年後、日本でも結局オオカミが絶滅してしまいました。

こうしてみてくると、時間差はありますが、19世紀までは、人類はオオカミを絶滅しようという方向で活動してきたということです。(イギリス(フランス?)でオオカミが一時保護されたといいますが、それは貴族の狩猟対象だからという意味でした)

また、この本では、アイルランド人とイギリス人のオオカミの見方の違いについても触れています。それがオオカミ絶滅に3世紀の隔たりを生んだ理由でもあるでしょう。

「ここに『アイルランドのオオカミ』の著者キーラン・ヒッキーのコメントを紹介したいと思う。この島の土着の住民であるアイルランド人と、新しくやって来たイギリス人ではオオカミの見方が大きく異なるように見える。アイルランド人はオオカミをこの国の自然の風景の一部と見ている。(中略) 彼らにはアイルランドの風景からオオカミを抹殺してしまおうなどという考えはまったくなかった。(中略)
いっぽう新しいイギリス人の入植者たちの態度はまったく違っていた。ほとんどのイギリス人はアイルランド島にやって来たとき、山野にまだオオカミの群れがうろついているのを見て恐れおののいたのである。彼らはオオカミをこれから自分たちがこの地に形成していこうと思っている風景を脅かすものであると恐れ、できるだけ早く抹殺しようと考えたのである。新しい入植者たちにはオオカミを受け入れようという考えは微塵もなかったのである。」

 

 もうひとつ、この本にはアイルランドの狼報恩譚が紹介されています。

「恩返しをしたオオカミ」を要約すると、

あるところにコノールという若い農夫がいた。あるときコノールの2頭の牝牛がいなくなり探しに出かけた。夜になり、粗末な避難小屋があり、戸をたたくと、中には白髪の老人と女がいて「どうぞおはいりなさい。よくきたなあ。わしらはおまえさんを待っていたんだよ」といい、夕食を出された。二人を疑いながらも、腹が減って疲れていたので、ごちそうになることにした。しばらくすると、戸を叩く音がして、老人が戸を開けると、一頭のほっそりした黒い若いオオカミが入ってきたが、すらりとした浅黒い美しい若者に変身した。「よく来たなあ。おれたちはおまえのことをずっと待っていたんだ」といった。その後もう一頭のオオカミも入ってきて、若者に変身。老人は、この二人は息子で、コノールになぜここへやってきたかを聞いた。いなくなった二頭の牝牛を探しにきたといった。すると家族は笑ったので、コノールは怒りだして、出ていくといった。すると、若者がいった。「おれたちは見るも恐ろしい邪悪なものに見えるかもしれない。しかし親切にしてもらった恩を忘れることはない。お前は覚えているだろうか。昔、谷底でいまにも死にそうで苦しんでいた小さいオオカミのことを。奴の脇腹にはいばらのとげが刺さっていたんだ。そのとげをおまえが抜いてくれて、水を飲ませてくれた。おまえはそのオオカミをそのままそこにそっと休ませて行ってしまった」コノールは覚えていた。「そのときのオオカミがおれなんだ。おれは何とかしておまえを助けたいと思っている。怖がることはない。今夜はここに泊っていきなさい」そのあとはみんなで陽気に食べたり飲んだりして、ぐっすり眠った。コノールが目を覚ますと家の近くの畑にいた。畑には今まで見たこともない美しい牝牛3頭がいたが、これはオオカミの贈り物だと知った。この3頭の牛は立派に成長し、その子孫は今日にいたるまで栄えている。コノール一族が金持ちになり、繁栄したことはいうまでもない。その後、オオカミ一家に礼を言いたくて探したが、あの避難小屋も探し当てることはできなかった。

 この報恩譚を読んで正直驚きました。オオカミのいばらのとげを抜いてあげたら恩返ししてくれた、という。

この主題でいえば、日本のオオカミの報恩譚とほぼ同じと言ってもいいくらいです。日本でも、オオカミの喉に刺さったとげを抜いてあげたら恩返しされるという話なのです。これも偶然なのでしょうか。

もちろん、この一例だけをもって関係があるとか、ないとか俺が言える立場ではありませんが、東西離れたところに似たようなオオカミの報恩譚があることが面白いなぁと思います。

 (ちなみにカナダの先住民族の民話にも、とげを抜いてあげたら恩返ししてくれたという狼報恩譚が伝わっています)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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