イラン
イランを旅した時はみんな親切だったし、特にアルボルズ山脈の北側、カスピ海沿岸地方は大稲作地帯で、日本とそっくりな風景が親近感を持たせるもので、イランに対してはいい思い出しかありません。
だから今回のアメリカ・イスラエルによる先制攻撃は、他人ごとではないんですが、これをどう考えればいいか、今のところわかりません。
旅行中は、意外と女性の服装がカラフルだったことに驚き、道のまん中で女子大生から握手を求められて、やっていいのだろうか?と、逆に俺が周囲の目を気にしたりして、でも、ちゃんとやりましたが、そんな開放感がありました。
町では、さすがにマックやケンタッキーはないものの、イランふうファーストフード店で、若者たちはハンバーガーやピザを食べているし、テレビでは、ハリウッド映画もやっていました。アメリカは嫌いだけど、アメリカ文化は好きだというイラン人はたくさんいたようです。
市内バスも、男女別の席だと聞いていたのですが、エスファハーンやシーラーズでは、平気で男女いっしょの席に座っていたし、イスラムの厳格さが色濃い「イラン」のイメージが変わったのでした。
でも、それからイランは変わりました。ちょうどイランから帰国した日は大統領選挙投票日だったと記憶しています。そして保守強硬派のアフマディネジャドが大統領になりました。あれ以来、女性の服装が厳しく取り締まられたりというニュースを聞くようになり、あの自由でおおらかなイランが様変わりしていくことを感じながら見ていました。
でも、服装が乱れているといっても、「足首が見える」「髪の毛が見える」という程度なんです。それでも厳格なイスラム教徒には許されないんですね。それなら日本女性の服装は、ほとんど下着姿、いや、ほとんど裸です。
そして最近でも反政府のデモが起きて、弾圧されて何人も殺されていることがニュースになっていました。死刑を覚悟してみんなの前でヒジャブを脱ぎ捨て一心不乱に踊る女性の姿は胸に迫るものがありました。力を持たない一般市民(女性)が命をかけておこなった抵抗運動には身につまされるものがあります。それは尊くも悲しい姿でした。
今回の攻撃で、現政権は転覆させられるかもしれません。だからそれを喜んでいるイランの市民もたくさんいるようです。彼らにとっては人権抑圧のイスラム現政権は望ましいものではなかったでしょう。「親米」になることがいいことかはわかりませんが、少なくとも、人権無視の政権からの脱却は望ましいかな思います。
それとは別に、気に食わなかったら力で現状変更してしまうという最近のアメリカのやり方はちょっと行き過ぎなんじゃないかと思っていました。力によって脅しをかけるというやり方は、ほとんどならず者国家と同じです。
イランとは長年友好関係にあった日本はどうするのか。
ロシアがウクライナを攻撃した時、力による現状変更はあってはならないと、日本も同調したはずでした。ならば、今回の件はどうなんでしょうか。日本がアメリカを支持したら、結局、国際法違反&力による現状変更を良しとすることと同じで、ロシアのウクライナ攻撃を非難できなくなってしまうのではないでしょうか。それとも、ロシアも、イランも「敵」であるなら、力の現状変更もOKと考えるのでしょうか。
今は、実際に出会ったイランの人たちの顔を思い浮かべ、この矛盾するような2つの思いが頭をめぐっています。
































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