カテゴリー「ニュース」の450件の記事

2024/01/06

白米千枚田の道の駅

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今朝も最大震度5強という余震があった能登地方。

白米千枚田 にも観光客はいたはずだと思っていました。小さい道の駅があり、何度も立ち寄っています。

今朝、道の駅で孤立状態にあった人たちをヘリコプターで救助したというニュースを見ました。

やっぱりそうだったのかと。そして無事に救助されて良かったです。

他にも孤立状態地域はたくさんあるようで、飢えと渇きと寒さに耐える避難所生活の辛さは想像できます。

今のところ、素人の俺が行っても邪魔になるだけだし、普通の生活を続けるしかないですが、機会を見て、何か考えたいと思っています。

ちなみに東日本大震災のとき、ペット避難所のボランティアに行ったのは、震災後1ヵ月半後 でした。今回もそのくらいの時間が経たないと俺たちのような素人は動けないと思います。

 

 

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2023/11/05

ジェノサイド

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イスラエルがガザの病院や学校を爆撃したというニュースが入ったとき、「誤爆」かと思ったのですが、そうではなかったようです。

「民間人の犠牲もしかたない」は、それ自体許されないことですが、百歩譲ってまだ理解はできます。ただ、子供たちは将来テロリストになるから、殺しておくというイスラエル側の本音と言える発言が一部ツイッターで流れていましたが、本当だとしたら、あまりにも非人間的といわざるをえません。

避難所や病院を攻撃するなど、ジェノサイドだというパレスティナ側の主張が信ぴょう性を増します。

こんなことどういう発想したらできるのか。あのガス室に送られて悲惨な思いをした人の末裔なのに、と思ってしまいます。「俺たちはそういうことをしない」ではなくて「俺たちも同じことをやってやる」という方向へ行くのが人間の性なのでしょうか。

相手が「人間」であることを忘れてしまうように、パレスティナ人をガザに閉じ込め、隔離してきた政策の行きつく先は、こういう殺戮を平気で行うことができてしまう世界。今のイスラエル人は、パレスティナ人を人間とは感じてないでしょう。イスラエル人だけじゃなくて、俺たちも同じ。相手を人間と感じなくなった瞬間を、為政者たちが利用する怖さ。

今から思えば、世界屈指の諜報機関モサドが、今回のハマスの攻撃を事前察知できなかったなどというのも嘘で、ハマスをたたく、いや、ガザをたたく格好の言い訳を自分で作り出したのではないかと疑いを持ってしまうほどです。

なんだか、西欧諸国の言う「人権」「法の秩序」とかも色あせてしまいます。結局は、力(軍事力)か、金(経済力)、情報(発信力)か。それで世界がうごいているという悲しい現実が見えてきます。

日本はどっちつかずで、これまた歯がゆい感じです。パレスチナ側にもちゃんと100億円の援助を申し出たにもかかわらず、世界で大きくニュースになるのは、イスラエル国民への連帯と支援を表明しイスラエルから感謝された上川陽子外務大臣の姿です。

俺も特別な行動は起こしてないので、偉そうなことは言えませんが、日本がこのジェノサイドに加担しないことを願います。

 

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2023/09/10

「モロッコ地震 死者2000人超」のニュース

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地震のニュースには敏感で、他人事には思えません。今回の地震は数百年ぶりの規模らしい。
とくに最近は関東大震災から100年ということもあり、地震に対する意識は高まっています。

昔モロッコ には2回行ったことがあって、マラケシュ にも滞在しています。

今回の地震の震源地は、マラケシュから南西約70kmとのこと。2枚の写真はそのあたりになると思われる集落の写真です。

今も変わってないと思いますが、モロッコの田舎はこのようにレンガ造りの建物が多く、耐震構造にはなっていないので、地震には弱いのではないかと心配します。

ツイッターにあげられた地震の様子ですが、建物が崩れているのがわかります。写真と同じ村かはわかりませんが、同じような被害に遭っていると思われます。

日本からも救助隊の速い派遣をお願いしたいところです。

 

 

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2023/09/09

コロナが再拡大

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コロナが5類になり、電車でもマスクをしてない人が増えて、もうパンデミックは収束したかに思えましたが、撮影現場でも、再びコロナ感染で撮影が中止になったりという影響を受け始め、あぁ、まだコロナは終わっていなかったんだなぁとあらためて思います。

学校の文化祭で感染が拡大し、休校になった学校もあるというニュース。文化祭は盛り上がるかならなぁ。閉鎖空間のお化け屋敷やダンスパフォーマンスの応援は要注意かもしれません。

そういえば、8年ほど前にブラッド・ピット主演の映画『ワールド・ウォーZ』がありました。これもパンデミックをテーマにした映画でした。この時は遠い世界の話として見ていたように思います。

ただ、率直に感想を言わせてもらえば、映画を見終わったときの、このもやもや感はなんだろう?と思いました。

大量のゾンビを殺していくシーン、とくに、エルサレムの高くそびえる壁を乗り越えてくる何千、何万というゾンビたちに人々(感染していない人々)が襲われるシーンは圧巻ではあったのですが・ ・ ・。

映像的には迫力あるシーンに握手を送りたいとは思うのですが、一歩引いて内容を考えると、ゾンビは「敵」なのか?という疑問が浮かび上がって、物語りにのめりこめなくなってしまいました。

たぶん俺の「ゾンビ」に対するイメージというか、偏見でしょうが、ゾンビ自体に、ある種の「ばかばかしさ」を感じてしまうのは、アメリカの土葬と日本の火葬という文化の違いもあるのかもしれません。幽霊やお化けと違って、「死体」が動き回ることにリアリティを感じないのです。

彼らは「病人(感染者)」じゃないかなと思うと、「ゾンビ」とレッテルを貼られた人間が有無を言わずに殺されるというのが違和感だったのです。まず「病人(感染者)」を助けるのが筋じゃないのかと。

いや、そこが俺の勘違いなのだと後でわかりました。映画で描かれていたのはすでに死んだ「ゾンビ」なんです。噛まれたらすぐに感染して死んでしまい、その結果としてすぐにゾンビになるということらしいのです。だから「病人(感染者)」という状態の人間は存在しません。

ゾンビは動き回わりはしますが、あくまでも「死体」なので、問答無用に殺しても(死んだ人間を「殺す」という表現は変ですが)罪悪感は生まれないということになります。

「ゾンビ」にあまりにもフォーカスを当て過ぎるとこの映画の良さを見誤るかもしれないし、だから「ゾンビ映画」と呼ぶのは間違っているのかもしれません。

謎のウィルスが突然世界に蔓延し、パニックに陥る「パンデミック・パニック映画」と捉えれば、ブラピが出演したことも腑に落ちるというか、ブラピ自身はこの映画にほれ込んでいたようだし。

ブラピ演じる主人公は、元国連捜査官で、韓国やイスラエルでウイルスの正体を調査します。でも、正体はわからずじまいで、人間とゾンビの戦いが続いていくようなのです。

とりあえず有効なのが、ある「病気」になると、ウイルスの宿主として役に立たなくなって、ゾンビから襲われなくなるという応急処置が発見されたのでした。

つまり、この映画の続編が作られるということを暗示していたのでしょう。でも、8年経って、その間コロナの本当のパンデミックが起こり、続編はいまだにできていないし、できたとしても、内容は変わってくるんだろうなと思います。

 

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2023/08/25

「ネッシー大捜索」のニュース

Img_1591(これは北海道屈斜路湖の「クッシー」)

 

半世紀ぶりでネッシーの大規模捜索が行われるらしい。大々的にニュースになっていますね。

https://news.yahoo.co.jp/articles/e3a95fe1fcd1f750d9ed4a5398eda9850743b00d

もうネッシーは解決済みだと思っていたら、そうではないようです。昔、湖面から首を出した生物の写真が発表されて注目を集めましたが、のちに、これは捏造だった(おもちゃだった)ことがわかり世間に衝撃を与えました。

その後も捜索活動は散発的に行われていて、故石原慎太郎さんも捜索したことがあって、そのときは巨大ウナギ(と言っても1mほど)を発見したのではなかったでしょうか。その他にも湖水のDNA検査から、やっぱりネッシーの正体はウナギの可能性大ということでした。

もし恐竜のような、いわゆるネッシーがいるとすれば、1頭では繁殖できないので、かなりの数がいなければならず、そう考えると、もっと目撃されてもいいのではとも思います。

と、ここまで書いてきて、ネッシーはファンタジー(物語)であることをつい忘れそうになっている自分にハッと気がつきます。

捜索は、8月26、27の両日に行われるという。どうして今さら大々的に捜索をするんだろうというのが一番の疑問です。ファンタジーならファンタジーのままでいいじゃないかとも思います。「いない」ことがわかっているからこそ安心して「ネッシーの物語」を楽しむことができる、というふうにも言えます。(かりに実在していたら、なんらかの被害が出て、笑ってばかりもいられないでしょう)

皮肉をこめて言えば、そもそも、あのオオカミに対しては徹底的に駆除したイギリスじゃないですか。オオカミは、イングランドでは、ヘンリー七世治下(1485~1509年)、スコットランドでは1743年には絶滅にいたったという。危険動物がいない「安全な自然」を作り上げてきたイギリスが、ネッシーのような危険生物をそのままにしておくはずはないのです。

今回の捜索は話題作りなんでしょう。世界的にもネット上でいろんなものが知られてきたので、相対的にネッシーの知名度・観光地的価値がだんだん下がっているのは確かです。ここで起爆剤を投入して、また盛り返そうということなんでしょうね。観光地があの手この手で生き残りをかけるのは、別に悪いことだとも思いません。日本でも屈斜路湖にクッシーがいますし。

「企画したのは、ネス湖の観光拠点「ネス湖センター」と独立のボランティア調査チーム」(Yahooニュースより)だそうです。 

 

 

 

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2023/08/04

「バイデン米大統領の愛犬、4カ月で職員10人に噛みつく」のニュース

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「バイデン米大統領の愛犬、4カ月で職員10人に噛みつく 腕や太ももに大ケガした職員も」のニュースです。

https://news.nifty.com/article/item/neta/12189-2472261/

これは仕方のないことですね。ファーストドッグでも、野犬でも、犬には変わりありません。

これがニュースになったのは、家族(あるいは仲間)同然と思っていた犬が、しかも躾が行き届いているはずのファーストドッグが人間を咬むなんて、ということでしょうか。でも、犬が咬むことで、犬も自然物であることを再認識せざるをえません。自然とは人間の意識でコントールできないものです。「犬が咬む」ことで人間に犬も自然の動物であることを思い出させます。

だからこういった咬む傾向のある犬を職場に連れてこないことですね。極端に言えば、ライオンを職場に連れてこないことと考え方としては同じです。犬にはまったく責任はないんですが、犬は「家族同然」「友人」ではあっても、人間でも、ロボットでもありません。

 

「自然との共生」とか言うわりには、たとえば街にサル1匹現れただけで右往左往する都会人。やたら「共生」と言いたがるのは、都会人に多いのかもしれないですね。

「共生」という言葉には、なんとなく、「仲良く暮らしてます」みたいな偽善を感じることがあります。だいたいにして、農業だって、林業だって、狩猟だって、漁業だって、ある意味、自然との闘いでもあるんです。やさしい自然なんて一面だけ。それをちゃんと分かっている人が、「共生」っていう言葉を使ってほしいですね。田舎では、自然と「共生」するために、どれだけ苦労しているのか、都会人はわかってないかもしれません。

都会とは、そういう異物を排除して快適さを得ている場所。その快適さを脅かすものは、たとえ小さくても取り除こうとします。

人工的な空間、都市空間は、人間の脳が作ったパラダイスです。サルなどという異物が入り込むと、苦痛でしかたなくなる。脳は、都会でサルと共生する方法をまだ考えられず、混乱してしまいます。

サルとは違って、犬は人間の社会に入り込んでいます。普段はまったく問題がありません。犬も都会に完全に溶け込んでいます。ただし、何かのきっかけで、犬が人間を咬んだりすると大騒ぎになってしまう。そこに野生動物が突然現れたような感じです。

バイデン米大統領の愛犬も「しまった!」と思っているかもしれません。1万数千年前に、人間社会に入り込むことに成功した犬たちも、できれば問題を起こしたくない。このまま犬として種を永らえたい。犬が自然物であったと人間が気がつかないように、犬たちは願っているかもしれません。

16歳になろというヴィーノですが、今でも咬もうとすることがあります。これは「飼い主の躾がなってないからだ」という人もいるでしょう。でもどうなんでしょうか。100%飼い主の思い通りになる犬を飼って楽しいのでしょうか。そしたらアイボで充分かと。 

 「犬は咬む」と、「犬が好き」は、まったく矛盾しないのです。

 チベット高原や雲南省で、さんざん犬に咬まれたり、追いかけられて怖い思いをした俺でさえ、犬と暮らすことができています。もちろんその途中には、犬恐怖症状態があって、リハビリには時間がかかりましたが。

 

 

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2023/07/21

「ホモ・サピエンス」から「ホモ・オオタニ(仮称)」への分岐点

Shohei_ohtani_52251828753(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E7%BF%94%E5%B9%B3 )

 

大谷翔平の快進撃は目をみはるものがあります。野球にあまり興味のない俺でさえ、大谷さんの活躍にはつい耳を傾けてしまいます。

「まるで人間ではない」という評価がありますが、この評価は正しいかもしれません。

現生人類ホモ・サピエンスが誕生したのは約30万~20万年前。そして5万年前以降にアフリカを出て、世界各地へと拡散していきました。それまでいたネアンデルタール人などは絶滅し、現在ではホモ・サピエンスだけが生き残っています。

そろそろ、新らしい人類が分岐してもおかしくはないかもしれないのです。生物学的には、ある種が袋小路に入ってしまった場合、そこから別系統の種が枝分かれして生き延びる、というのがこれまでの生き物の流れです。

もしかしたら、その「ホモ・オオタニ(仮称)」の分岐点を目の当たりにしているのかもしれないのです。ただし、これが正しいかどうかは数万年後にわかるということです。

 

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2023/07/10

7月10日は、「納豆の日」

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今日は「納豆の日」だとか。

ヴィーノと日本一周してたとき、時々地元の納豆をスーパーで買って食べていましたが、東日本から西へ行くほど、納豆に付いてくるタレが甘くなるのを感じてました。

それと、「納豆の日」で、もうひとつ思い出したのは、中国でも珍しい、納豆かけご飯を、雲南省の少数民族のお宅で出されたときは驚きました。

緑色に見えるのはネギではなくて、トウガラシです。醤油で味付けしてあるので、ほぼ日本の味に近かった。

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2023/07/05

川口のクルド人問題

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好きな街、川口の悲しい現実です。

「難民?在日クルド人の実像(4)多くの違法行為疑惑、摘発方法は?」

http://withenergy.jp/2735

これは民族差別なんてものではなく、単に、日本の法律やルールを守って生活してくださいというだけの話です。

国籍には関係なく、事実、中国人も韓国人もインド人もちゃんと日本人と共生しています。

外国人が増え、いずれ来るだろうと思ってましたが、ついに日本でも クルド人 のような問題が。生活を脅かされたら「出て行ってくれ!」となりますよね。外国人ならなおさら。川口ではもう限界点を越えてしまったかもしれません。

もともとは一部の法律・ルール無視のクルド人に対するものだったものが、今は、それが「クルド人」という民族に対するものになってしまったという意味の限界点です。

日本で生活するつもりなら、こうなる前にクルド人自身が、もっと日本に関心を持ってほしかったと思います。

でも、ほとんど関心がないでしょうね。関心があるのは、「生活の場」の確保。日本が好きだから来ているのではなさそうです。だからどこでもいい。今後、入管法が変わり、住みづらくなったら自分から出ていくかもしれません。

「外国人との共生」だの「多文化理解」だの、そう簡単ではありません。気安くそういったことを言う人は信用できません。外国を旅してきてつくづく思います。

でも、その文化の違いが「面白い」と思えるところに共生できるチャンスもあります。違うからこそ面白いんです。その違いを受け入れれば、自民族文化の活性化にもなります。そもそも純粋な「日本文化・日本人」なんて、あるはずはなく、昔から、外国・異文化との接触によって形作られてきたんじゃないですか。けっして相容れないものではありません。ただしそこにはルールがあります。

外国文化が好きだからこそ、クルド人たちには、もっと日本に関心を持ち、できれば好きになって欲しいと願います。

でも、今の川口では、もう難しい段階なのかな。「コレラが流行ったのは外国のせい」を笑えません。

 

 

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2023/06/21

「北島康介・吉田秀彦・萩野公介「五輪金トリオ」が布教に励む「富士王朝は存在した」謎の新興宗教」のニュース

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FLASHの記事(https://smart-flash.jp/sports/240384/1/1/)にはこうあります。

「教祖の渡邉聖主(せいす)氏は、『宮下文書(みやしたもんじょ)』と呼ばれる古文書を教義の中心にしています。神武天皇よりも以前の200万~300万年前に、教団本部の場所に『富士王朝が存在した』と主張しており、宮下文書に記された古代神社の再建を、活動の中心にしているんです。」

200~300万年前といったら、「猿人や原人の王朝」ということなんだろうか。「猿の惑星」みたいなものを想像すればいいのかな。ちなみに富士山もまだなかったようですが・・・。

この教義には突っ込みどころ満載で、だから「謎の」という形容詞が付けられてしまうのでしょうが、どんな荒唐無稽の物語でも信じるのは自由です。

史実や事実だけが人間の心を満たしているのではないことは、自分のことを考えてもわかります。どんな人も、理屈に合わないことのひとつやふたつは信じているでしょう。俺もそうです。

そもそもどんな宗教でも、信じるかどうかは、その人の心に「ぴったりくる」物語を提供してくれるかどうかだけです。

ただ、「教団の公式サイトには古代神社の再建計画が示され、30億円を目標に「奉賛金」を募っている。」とあります。

問題となってくるのは、記事でも触れられていますが、金メダリストなどの権威者を使って(本人たちは無意識かもしれませんが)、若い人たちに、これが「物語」ではなく「史実」や「事実」だと思い込ませること、そしてそれがだんだんと進んでいって、精神的、肉体的に、強制力をもって入信させたり、寄付を募ったり、となってくれば、これは宗教の話ではなく、社会的な問題となってくるでしょう。

 

 

 

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