カテゴリー「旅(外国)」の453件の記事

2026/08/28

ネパールと中国の国境地帯で大規模な洪水が発生

昔、チベット のシガツェ、ティンリをまわり、ネパール に入ったことがありましたが、ネパール側はずっと渓谷でした。あの地形では鉄砲水からの逃げ場がありません。

日本人ツアー客も5人と連絡取れていないといいます。通信状態が悪いこともあるので、無事を祈ります。

 

 

| | コメント (0)

2026/07/18

台湾の犬・猫

287a3817_20260717093001

287a3705

287a3900

287a3892

287a3886_20260717093001  287a3761  

287a3884_20260717093401 287a3870 

台湾で出会った犬猫たち。

一番目は、真っ黒い短毛の犬種で台湾犬の「マッチ(麻吉)」。ゲストハウスの看板犬です。マッチとは台湾語で「マブダチ」といった意味だそうです。

すっかり気に入ってしまった「台湾犬」or「高砂犬」。

wikiによれば「台湾中部の山岳地帯に住んでいる台湾原住民によって飼育されていた犬で、南アジアのパリア犬の子孫であると考えられている」「南アジアの猟犬の子孫であることが分かった」とあります。

二番目は、基隆からの電車で出会った「クロ」。台湾では柴犬も人気らしい。

三番目は、九份の食堂で出会った台北からやってきた観光客の犬で「アリ」。これも柴犬です。都会ではわかりませんが、たまたまなのか、田舎の食堂では犬同伴は許されるようです。

以下、九份の街中の犬・猫たちです。犬は飼い主がはっきりしているものの、繋がれるわけではなく、地域犬のようでもありました。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/07/17

台湾の狛犬

287a3527 287a3724 287a3738 287a3744_20260717060401 287a3659  287a3863

台湾、台北市と新北市でみかけた狛犬像。

 

 

 

| | コメント (0)

2026/07/16

黄金神社(金瓜石社)

287a3964

287a3974

287a3994

287a4003_20260716061401

287a3955

 

初めて黄金神社の写真を見たとき、ギリシャ神殿のような遺構に驚きました。

黄金神社は、九份からバスで20分、新北市の金瓜石黄金博物園区内にかつて鎮座した神社で、正式名称は金瓜石社です。

「黄金神社は1898年(明治31年)田中家によって基隆山頂より東側の少し平らになった場所に流造の社殿[注 2]が建立され、同年3月2日に鎮座祭が執り行われた。祭神は大国主命と猿田彦命、そして鉱山の神とされる金山彦命[2]の3神。」
「太平洋戦争後廃社となり社殿などは破却されたが、社殿を支えていた柱や鳥居、燈籠などが今も残る。現在でも金運上昇のパワースポットとして、多くの観光客が訪れる」(Wikiより)

黄金博物園の入り口でバスを降り、地元の女性に黄金神社の行き方を聞いたら、あるルートを教えられました。google mapで確認すると、確かに神社まで道は続いていました。

バス道からいきなりの急坂で、しかも山道は狭く、10分ほど経ってほんとにこの先にあるのか疑問に思ったとき、道が藪の中に消えていました。有名な神社がこんな道ではないはずだとようやく気がついて、バス道に引き返しました、結局、博物園へ続くメインロードを素直に辿っていけば着けたのでした。ショートカットがいつも成功するとはかぎりません。

トロッコ電車が走る黄金博物館があり、神社はさらにその上で、ここからの階段がきついです。途中いくつかの常夜灯を見て鳥居をくぐります。

山の上にあるので、暑い中の参拝はきびしいものがありましたが、境内に立つ柱や、保存されている鳥居など、かつて参拝者が多かった古の時を想像しながら、涼しい木蔭で休憩しました。

黄金博物館前に立つ男たちのモニュメントは、ここで作業する人たちの苦難を表しているようです。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/07/15

阿妹茶楼

287a3808_20260714081601

287a3790

287a3786_20260714081601

 

日本人にも大人気の台湾・九份の茶藝館「阿妹茶樓」。

公式HPによると、映画『悲情城市』の彩りと『千と千尋』の舞台に似るとの噂で、阿妹茶楼は九份の魅力の象徴になったそうです。

屋内席とテラス席がありますが、テラス席は人気があるので、40分以上待ちました。

台湾厳選の高山銘茶と心を込めた手作り茶菓子が提供されます。茶道具、急須と茶海のセットが置かれ、まずスタッフによる飲み方のレクチャーがあって1杯注いでくれます。2杯目からは自分たちで注ぎます。

九份からの絶景を眺めながらゆったりと最高の台湾茶を楽しむ。こんな贅沢な時間の過ごし方をしたのは何年ぶりでしょうか。

 

| | コメント (0)

2026/07/14

台湾の石神信仰

287a3658

287a3652

287a3657

 

台湾にも石を信仰する習俗があって、掲載の写真は台北の国泰病院の衆恩祠に祀られている「石公頭」です。

日本石仏協会「日本の石仏(第184号)」川野明正「台湾の石神信仰」によると、

「台湾では、各地で自然石を祠堂に祭祀する。(中略)産育習俗との関りも深く、台湾の石神信仰は、石に生命力の豊穣をみる信仰を形成する」

とあります。

何度か書いていますが、日本でも「安産石」とか「子産み石」とかの名前で、主に丸石が安産祈願など産育習俗に関係しています。

でも、同論考によると、この「石公頭」は、「病気治癒にも霊験があり、貴重である」とあります。

「1970年代に、病院建設の際に出土した岩で、除こうとして病人が出たため留め置き、1977年に、分院の建設に際して祠を設けた。石神に触ると病気が治るとされる」

 病院の敷地内から出た石なので、そのような霊験が語られるようになったようです。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/07/13

台湾の動物慰霊碑「畜魂碑」

287a3618

287a3587

台湾には日本統治時代に建立された「畜魂碑」が複数残っています。

その中の1基、台北市信義区の有名な道教寺院、天宝聖道宮の門前に設置されている「畜魂碑」です。

元は台北大竜峒にあったそうで1974年に移されました。

真辺将之「日本統治時代台湾の動物慰霊碑」には、

「一九二八年三月には家畜市場が開場、屠畜場はそこに附設されることとなった。畜魂碑は、一九三〇年八月一五日に神社の社司により破土式を挙行し建設開始、費用約二千円をかけ、翌年一〇月までの竣工を目指すと報じられている。」

とあります。

もう1基は、北投畜魂碑です。北投駅の東、徒歩20分ほどの駐車場入り口横にあります。

10年前のネットの情報では祭祀も行われていたようですが、現在鍵のかかった柵の中にあり、近づくことができませんでした。なので「畜魂碑」の文字もわかりません。この写真は碑の裏側です。

本当はもう1基、木柵畜魂碑は、あったはずの公園が現在工事中で、地元の人といっしょに探してみたのですが、結局わからず諦めました。市役所で聞くとかしないと見つからないかもしれません。ここが何になるかわかりませんが、工事が終わった後、畜魂碑も戻されるかもしれないのでそれを期待します。

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/03/01

イラン 

Ir_01

Ir_05 

Ir_17

Hcsaau9awaad7am

Hcsaau1asaaajby

 

イランを旅した時はみんな親切だったし、特にアルボルズ山脈の北側、カスピ海沿岸地方は大稲作地帯で、日本とそっくりな風景が親近感を持たせるもので、イランに対してはいい思い出しかありません。

だから今回のアメリカ・イスラエルによる先制攻撃は、他人ごとではないんですが、これをどう考えればいいか、今のところわかりません。

旅行中は、意外と女性の服装がカラフルだったことに驚き、道のまん中で女子大生から握手を求められて、やっていいのだろうか?と、逆に俺が周囲の目を気にしたりして、でも、ちゃんとやりましたが、そんな開放感がありました。

町では、さすがにマックやケンタッキーはないものの、イランふうファーストフード店で、若者たちはハンバーガーやピザを食べているし、テレビでは、ハリウッド映画もやっていました。アメリカは嫌いだけど、アメリカ文化は好きだというイラン人はたくさんいたようです。

市内バスも、男女別の席だと聞いていたのですが、エスファハーンやシーラーズでは、平気で男女いっしょの席に座っていたし、イスラムの厳格さが色濃い「イラン」のイメージが変わったのでした。

でも、それからイランは変わりました。ちょうどイランから帰国した日は大統領選挙投票日だったと記憶しています。そして保守強硬派のアフマディネジャドが大統領になりました。あれ以来、女性の服装が厳しく取り締まられたりというニュースを聞くようになり、あの自由でおおらかなイランが様変わりしていくことを感じながら見ていました。

でも、服装が乱れているといっても、「足首が見える」「髪の毛が見える」という程度なんです。それでも厳格なイスラム教徒には許されないんですね。それなら日本女性の服装は、ほとんど下着姿、いや、ほとんど裸です。

そして最近でも反政府のデモが起きて、弾圧されて何人も殺されていることがニュースになっていました。死刑を覚悟してみんなの前でヒジャブを脱ぎ捨て一心不乱に踊る女性の姿は胸に迫るものがありました。力を持たない一般市民(女性)が命をかけておこなった抵抗運動には身につまされるものがあります。それは尊くも悲しい姿でした。

今回の攻撃で、現政権は転覆させられるかもしれません。だからそれを喜んでいるイランの市民もたくさんいるようです。彼らにとっては人権抑圧のイスラム現政権は望ましいものではなかったでしょう。「親米」になることがいいことかはわかりませんが、少なくとも、人権無視の政権からの脱却は望ましいかな思います。

それとは別に、気に食わなかったら力で現状変更してしまうという最近のアメリカのやり方はちょっと行き過ぎなんじゃないかと思っていました。力によって脅しをかけるというやり方は、ほとんどならず者国家と同じです。

イランとは長年友好関係にあった日本はどうするのか。

ロシアがウクライナを攻撃した時、力による現状変更はあってはならないと、日本も同調したはずでした。ならば、今回の件はどうなんでしょうか。日本がアメリカを支持したら、結局、国際法違反&力による現状変更を良しとすることと同じで、ロシアのウクライナ攻撃を非難できなくなってしまうのではないでしょうか。それとも、ロシアも、イランも「敵」であるなら、力の現状変更もOKと考えるのでしょうか。

今は、実際に出会ったイランの人たちの顔を思い浮かべ、この矛盾するような2つの思いが頭をめぐっています。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2026/01/17

明治43年「送り狼」の舞台

Img_4046 Img_4031

Img_3966 Img_4082_20260116083801

Img_4191 Img_4202 Img_4204_20260116083801

 

昨日書いた明治43年の「送り狼」の舞台は、「日光から足尾に抜けて、鹿沼に下りる途中の山中」とあるので、現在の県道58号線沿いではなかったかと思います。

深山巴の宿、古峰ヶ原峠、古峯神社、大葦神社と続きます。

それにしても、こんな山道を真っ暗な中一人で歩くこと自体驚きです。

とはいえ俺も、中国で何度か、夜真っ暗な中歩いた(自転車に乗った)ことはあります。

雲南省大理の郊外で乗った自転車。月もなく、当然昔は街灯もない、自転車のライトもないので、本当に真っ暗な道です。ただ、星が輝いていたので、道の両側のポプラ(ユーカリ?)の木のシルエットが星の光を遮るので、並木がわかるようになるんですね。だから路肩から突っ込むこともなく、道の中央を走ることができたわけです。

幹線道路はこれで良かったのですが、むしろ怖いのは集落近くです。犬が襲ってくるからです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2025/12/24

2026年干支 馬・午のトンパ文字

2014_01 2014_03 2014_06 2014_042014_07

トンパ文字は中国雲南省のナシ族に伝わる象形文字です。

これは来年の干支、馬・午のトンパ文字です。

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧